「おい、ヘルパー、患者を検査に連れて行ってくれ」
休憩に入ろうとしたまさにその瞬間、エリート医師・鈴木は私にそう命令した。私は内心うんざりしながらも、仕方なく指示に従った。53歳、つい最近まで部屋に引きこもっていた私にとって、この病院でのヘルパーの仕事は体力的にきつかったが、忙しさに紛れて何かを考えないで済むことが救いだった。
20年前、私は妻のよ子と出会い、プロポーズした。そして4年後、息子のレイが生まれた。レイは病気ひとつしない元気な子で、私たち家族は平凡だが幸せな毎日を送っていた。
だが、レイが高校生になったある朝のことだ。トイレに行ったきり、大きな音が響いた。駆けつけると、頭を抱えてもがき苦しむレイがいた。よ子が体を揺らそうとするのを制し、私は救急車を呼んだ。レイは意識を失い、そのまま病院へ運ばれた。
手術室のランプが消え、医師が沈んだ顔で近づいてきた。そして告げられたのは、最善を尽くしたが手遅れだったという言葉だった。病名は脳出血。私は息子を救えなかった自分を呪い、仕事も辞め、部屋に引きこもった。
そんな私を、よ子は食事を置いて見守ってくれた。「あなたのせいじゃない。レイのためにも、一緒に前に進みましょう」という彼女の言葉に涙が溢れた。私は前に進むことを決意し、求人を探して見つけたのが、今のヘルパーの仕事だった。
働き始めて数ヶ月。ある日、私は新人看護師の佐藤さんが採血に苦戦している場面に遭遇した。鈴木医師が「お前にやらせてやるよ」と押し付けて去った後のことだ。私は佐藤さんに採血のコツを教えた。佐藤さんは無事成功し、深く感謝してくれた。その姿を見て、大人になったレイもこんなふうになっていたかもしれないと、人知れず涙を流した。
そして夜勤の日。救急搬送された患者を処置していた鈴木医師は、その患者が急変した途端に慌てふためき、周囲に他の医師を探すよう叫び始めた。夜間で医師は見つからず、鈴木は完全に自分を見失い、スタッフに当たり散らしていた。
「状況を説明してください」
私がそう言うと、周囲が静まり返った。鈴木は激怒した。「ヘルパーの分際で医師に指図する気か!」
「それでも、説明してください」
私は引かなかった。そして打ち明けた。「私は今はヘルパーですが、医師免許を持っています。かつては救急医学の専門医として、大学病院の医局長も務めていました」
鈴木は信じられない様子だったが、患者の命を救うため、プライドを捨てて「わかった。一緒にやってほしい」と頭を下げた。私は彼の指示に的確な判断を加え、患者の容態を安定させることに成功した。患者は一命を取り留めたのだ。
鈴木は深く謝罪した。「今までの無礼を、本当に申し訳ございませんでした」
私は「立場は関係ない。それぞれが大事な役割を担っている」と答え、互いに頑張ろうと言った。
この一件で、私は自分の知識で人の命を救えることを改めて実感した。天国にいるレイに顔向けできるように、私は再び医師に戻ることを決意した。今日も電車に揺られながら、私は病院へと向かう。思い出すレイの顔は、笑顔が多かった。



