七五三の当日、義母は私の息子に枯れ葉を手渡し、「中卒嫁の息子の衣装は葉っぱ1枚で十分」と笑った。大卒の嫁の孫だけを可愛がり、私の父までも「どうせ中卒でしょう」と見下してきた。目の前で息子が泣き、父が怒りに震えるのを見て、私はもう黙っていられなかった。義母たちがまだ気づいていない、私の本当の姿を知った時、この人たちはどうするのだろう。私は静かに、決定的な一言を口にしようとしている。…

七五三の当日、義母は私の息子に枯れ葉を手渡し、「中卒嫁の息子の衣装は葉っぱ1枚で十分」と笑った。大卒の嫁の孫だけを可愛がり、私の父までも「どうせ中卒でしょう」と見下してきた。目の前で息子が泣き、父が怒りに震えるのを見て、私はもう黙っていられなかった。義母たちがまだ気づいていない、私の本当の姿を知った時、この人たちはどうするのだろう。私は静かに、決定的な一言を口にしようとしている。...

「中卒嫁の息子の衣装は葉っぱ1枚で十分よ」

義母はそう言って、枯れ葉のような葉っぱを私に手渡した。目の前で起きていることが信じられなかった。夫の克も、義母の言葉を聞いて驚愕している。この日は息子・かずきの七五三のお祝いのため、私の父も一緒に高級料亭に集まっていた。それなのに義母はお構いなしに好き放題言っている。それどころか、「やっぱり集一郎君は可愛いわね。大卒の嫁の子供はやっぱり違うわ」と言って、義兄夫婦の息子・一郎君だけを可愛がる始末だ。これには父も顔を歪め、怒りをこらえているようだった。さらに義母は、父を見下すような発言まで始めてしまった。私も父も、言葉を失ってしまった。だが、私の正体が明らかになった時、義母は膝から崩れ落ちることになるのだった。

私の名前は小寺美咲、31歳。夫の克と息子のかずきと3人で暮らしている。私は4年前、女性向け雑誌の編集者として働いていた。女性が多い職場に、転勤してきたのが克だった。女性社員たちの中で誰よりも一生懸命仕事をしていて、ハンサムな見た目に、女性以上に気配りができる克はすぐに人気者になった。一方の私は地味で、克に興味もなく、毎日仕事に専念する日々を過ごしていた。

ある日のこと、職場の飲み会に参加したところ、克の方から私に近づいてきた。そして驚くべきことを言ったのだ。
「やっとお話できましたね。ずっと美咲さんと話してみたいと思っていたんですよ」
私は驚いて、思わず笑ってしまった。
「私なんかと話したい人なんて、今までいませんでしたよ」
すると克は顔を歪めた。
「そんなこと言わないでください。美咲さんは誰よりも仕事を頑張っていて、笑顔も素敵だし、何より優しい。俺はそんな美咲さんのことが大好きなんです」
そう言いきると、克は顔を真っ赤にした。人気者の克が私に気持ちを伝えてくれている。信じられなかった。その後、克は私の目を見て告白してくれた。その日は返事をせずに終わったが、その日から私は克が気になって仕方なくなってしまい、やがて正式に交際を始めた。克はいつも優しく、私の味方だった。いつの間にか、克がそばにいる生活が当たり前になっていった。

プロポーズされたのは、付き合い始めて数ヶ月が経った頃だった。いつしか克との結婚生活を夢見ていた私にとっては、夢のような出来事だ。私はすぐにその申し出を受け入れ、私たちは夫婦になった。そしてすぐに一緒に住み始めた。

実は克には父親がいない。幼い頃に両親が離婚し、義母が女手一つで克と弟の翔太さんを育て上げたのだ。その事実を聞かされたのは結婚前だった。克は、私と結婚したら義母と同居したいと言い出した。女手一つで育ててくれた母を思う気持ちは、痛いほど分かる。なぜなら私も片親に育てられたからだ。私の母は私がまだ赤ちゃんの時に病気で亡くなり、父が一人で育ててくれた。働きながらの家事育児は本当に大変だったと思う。それでも父はいつも笑顔で私に接してくれた。義母もきっと同じような状況だったのだろう。数々の困難を乗り越えて、私たちは成長させてもらったのだ。克が大事にしている人は、私にとっても大事な人。克の母親なら、私も大切にしたい。そう思い、私は同居に快く同意した。

そんな私に、父は心配そうな顔をしていた。
「義母さんと同居するのは大変なことだぞ。大丈夫なのか?」
父は昔から、私のことになると極端に心配性になる。私は笑顔でこう答えた。
「克のお母さんだから大丈夫よ」
私がそう言っても、父は納得がいかないようだった。またいつもの父の心配が始まったと、その時は思っていたが、後に父の不安が的中してしまうことになるなど、この時の私はまだ何も知らなかった。

私たちは同居するために用意した綺麗な家に、一緒に住み始めた。私は会社を辞めて専業主婦になった。
「あなたたちと一緒に、こんなにも素敵な家に住めるなんて夢のようだわ。ありがとうね」
義母は最初のうちは私に優しく接してくれて、まるで本当の母親のようだった。家事も分担制で、どちらか一方の負担が重くならないようにと義母は配慮してくれた。母の愛情を知らない私は、義母との生活が楽しくて仕方がなかった。

それから数ヶ月が経過した頃、私たちの生活を一変させる出来事が起こった。一人暮らしをしていた克の弟・翔太さんが結婚したのだ。翔太さんは有名大学を卒業し、一流企業で働くエリート。その結婚相手になったのは、翔太さんが大学生の時の同級生であるエリだった。エリは私より二歳年上だ。二人はこの家に挨拶に来てくれた。最初は他愛もない話で盛り上がっていたのだが、エリが突然私に出身大学を尋ねてきたのだ。初めて会った人に学歴を聞かれてしまうなんて驚いたが、私は正直に話すことにした。
「中学までしか出ていないので、大学には行っていないんです」
私の話を聞いたエリも義母も、驚愕した。私は自分が中卒だということを、克以外誰にも話したことがない。二人が驚くのも当然のことだと思った。すると克が、驚く二人を前に私をフォローしてくれた。
「美咲はやりたいことがあって、大学に行く必要はなかったんだよ」
するとエリは笑い出した。
「今時中卒なんてありえないわ。いくらやりたいことがあると言っても、せめて高校は出るわよね」
エリの突然の言葉に困惑した。どうして私のことを何も知らない人に、そんなことを言われなければいけないのか理解できない。エリの隣に座っている翔太さんは、彼女を睨みつけた。それでもエリの嫌みは止まらない。
「じゃあ、高校数学とか何も分からないということでしょう。よくそんなので働けたわよね」
私は下を向いて、エリが黙るのを待った。克が私の手を力強く握りながら、エリの方を見た。
「美咲は才能に溢れていて、職場では誰よりも仕事ができていたよ。だから学歴なんて関係ないと思う」
克の言葉で胸が熱くなった。その言葉を聞いたエリも、少し静かになった。翔太さんは立ち上がり、頭を下げてきた。
「姉さん、この度はエリが失礼なことを言ってしまって、すみませんでした」
翔太さんは心からの謝罪をしてくれた。だが隣に座っているエリはそれを見て、機嫌を悪くしてしまったようだ。どうしてエリがふてくされているのか分からない。次の瞬間、義母が大きな声を出したのだ。
「あら、エリさんは本当のことを言っていただけじゃない。どうして翔太が謝るの?」
克も翔太も凍りついた。まさか優しい義母の口から、そのような言葉が出てくるとは思ってもみなかった。エリは得意げな顔をしている。義母は私の味方ではなく、エリの味方をしたのだ。
「お母さん、何を言っているんだよ」
「翔太も一流大学を卒業しているのよ。それなのに嫁が中卒だなんて、世間にバレてしまったら私が恥をかくことになってしまうわ。どうして結婚前に確認しなかったのかしら。後悔してもしきれないわ」
まさか義母がここまで学歴にこだわる人だったなんて、全く知らなかった。ショックで体が震え始めた。克はそんな義母にため息をついた。
「俺は学歴なんて関係ないと思っているよ。そもそも才能があれば、学歴なんて必要ないんだ。今時学歴にこだわる人の方が少ないよ。もう学歴の話はやめよう。楽しい話をしようぜ」
翔太さんの言葉もあり、話題は変わったが、その後も義母とエリの態度は変わらなかった。

二人が帰って行った後、克はジムに行くと言って家を出て行った。一方の私は、モヤモヤしながらも後片付けを始めた。義母はソファーに座り、テレビを見始めた。そして、後片付けをしている私に衝撃の言葉を放った。
「あなた、中卒だということをわざと黙っていたのね。それって結婚詐欺じゃない?今すぐ克と離婚しなさいよ」
私は義母の言葉を聞いて、目の前が真っ暗になってしまった。昨日までの義母はそこにはおらず、まるで別人がいるようだ。
「うちはね、高学歴の家庭なの。あなたみたいな中卒がいるだけで、周りからは好奇の目で見られることになるのよ。美咲が可哀想だと思わないの?」
義母はそう言って私を責め立てた。
「中卒のことを黙っていたことは、すみませんでした。私、そこまで学歴が大事なことを分かっていなくて、伝えそびれていました」
「それを詐欺って言うのよ。もういいから、早く出ていって」
義母の言葉に耳を疑った。同時に、どうしてそこまで学歴にこだわるのか、信じられない気持ちでいっぱいになった。私は克を愛しているし、克も私を愛してくれている。義母の言葉だけで出ていくわけにはいかない。それに、もう一つ、伝えなければいけないことがあった。
「あの……落ち着かれてから報告しようと思っていたのですが、お腹の中に克さんとの赤ちゃんがいるんです。学歴はないですが、克さんに対しての愛情は誰にも負けていません。これから家事や育児を頑張っていくので、どうか認めてもらえませんか?」
私がそう言うと、義母は驚愕した顔で私を見てきた。
「全部、計算済みということなのね。信じられないわ」
義母はそう言うと、自分の部屋へと行ってしまった。

その数十分後、手にたくさんの袋を持っている克が家に帰ってきた。
「可愛いベビー用品がたくさんセールになっていたから、つい沢山買ってしまったよ」
克はそう言うと、元気がない私に購入品を見せてくれた。まだ性別が分からないというのに、克は青いものをたくさん購入していた。
「先週もたくさん買ったばかりなのに、克ったら気が早いのね」
「当たり前だろう。俺たちの大事な赤ちゃんが生まれるんだぞ」
克は嬉しそうだ。先ほどの義母とエリのことなど、もう忘れているのかもしれない。私は幸せそうにしている克に義母のことを相談できるわけもなく、自分の心のうちに留めておくことにした。

この日から、義母は克にバレないように私をこき使うようになり、嫌みを連発するようになった。
「この不味い味噌汁は何?ふざけているのかしら?それとも中卒は、料理も満足にできないということなのね」
「す、すみません。作り直します」
「部屋がなんだか埃だらけじゃない。掃除したの?」
「掃除はもう済ませたのですが」
「じゃあ、あなたの目は節穴なのね。これだから中卒の嫁は嫌なのよ」
私は何を言われても、克とお腹の赤ちゃんのために耐えることにした。

それから数ヶ月が経過し、私のお腹もだいぶ大きくなってきた。さらにお腹の赤ちゃんの性別は、克の希望通り男の子だと分かった。これには克も大喜びだった。そんなある日のこと、エリが家に遊びに来た。そこで私は彼女のお腹の膨らみに気づいてしまった。
「エリさんも妊娠されているんですか?」
私が恐る恐るそう聞くと、エリはこう言った。
「ええ、そうよ。男の子なの。この子は私と翔太に似て賢くなるわね。あなたも妊娠しているんでしょう?お腹の赤ちゃんも気の毒だわ」
私はエリの言葉を聞いて、体の奥底から怒りが湧いてくるのを感じた。すると私の後ろからご機嫌な義母の声が聞こえてきたのだ。
「まあまあ、エリさん、よく来てくれたわね。渡したいものがあるのよ」
義母はそう言うなり、エリをリビングへと案内した。そして大量の紙袋をエリに手渡したのだ。
「これ、少しだけど、お腹の赤ちゃんに使ってちょうだい」
「全部ブランド物じゃないですか。嬉しいです」
私は自分の目を疑った。義母は私のお腹の赤ちゃんのためには何一つ購入してくれないくせに、エリには大量のブランドものベビー用品を購入していたのだ。怒りよりもショックで体が震えた。そして義母は、ありえないことを口にしたのだ。
「エリさんの赤ちゃんが生まれてくるのが待ちきれないわ。きっとエリさんに似て、頭のいい子が生まれるわね。どっかの誰かさんの赤ちゃんには興味ないけどね」
義母はそう言って私の方を見て、嫌味な笑みを浮かべている。ひどい。言っていいことと悪いことがあることを、義母は知らないのだろうか。私はこれ以上この話を聞いていたくないと思い、その場を後にしたのだった。

それから数ヶ月後、私は元気な男の子を出産し、名前をかずきと名付けた。克もとても喜んでくれた。だが、そばに義母の姿はない。エリも男の子を出産したため、義母は手伝うためにしばらく翔太さんの家で暮らしているのだ。義母が家にいないだけで、家の雰囲気が明るくなる。このまま義母が戻らなければいいのに。そんな思いも虚しく、しばらくすると義母は家に戻ってきてしまった。そして壮絶な日々がまた始まったのだ。義母はもちろん育児を手伝ってくれることはなく、家事すら何もしてくれない。私は育児だけで大変なのに、家事も完璧にこなさなくてはいけないプレッシャーで押しつぶされそうだった。

克は転職を果たし、毎日朝早くから遅くまで働くようになった。
「全部を美咲にやらせてしまってごめんな」
克はそう言ってくれたが、貴重な仕事の休みをかずきの世話に費やしてくれた。それだけでもだいぶ助かったのだ。一方のエリは、義母や実母が手伝ってくれているため、私ほど疲れてはいなさそうだ。同じ嫁の立場なのに、学歴が低いというだけで義母は私やかずきのことを愛してくれなかった。これではかずきが可哀想だとは思ったが、その分私がかずきを愛してあげよう。そう決意したのだ。

そのような日々が3年続いた。かずきは3歳になり、すくすくと成長している。少し人見知りはするものの、しっかりと言葉も話せるようになった。そんなある日のこと、エリが息子の一郎君を連れて義母に会いに来た。そして七五三の話をし始めたのだ。
「お母さん、七五三ですが、高級料亭に親族を集めてお祝いするということで、本当に大丈夫ですか?親戚の皆さんも集まるみたいですけど」
私は寝耳に水だった。そのような話は、義母の口から一度も聞いていない。
「もちろんよ。一郎君の大事な七五三だもの。しっかりお祝いしなきゃね」
義母はそう言っているが、きっと一郎君だけをお祝いするのだろうな。そう思っていた。だが義母は、私の予想に反したことを言ってきたのだ。
「もちろん、かずきも一緒にお祝いしてあげるわよ。衣装は私が準備してあげるから安心して」
義母がそんなことを言うなんて、驚き以外何もなかった。今までかずきのことを邪険に扱ってきたのに、一体どんな風の吹き回しだろう。私がそう思っていると、一緒に遊んでいたかずきと一郎君が言い争いを始めた。どうやら持っていたブロックの取り合いが始まってしまったようだ。それを見た義母が、かずきからブロックを取り上げた。
「かずき、あなたは一郎君よりも劣っているのよ。だから絶対に一郎君を泣かせるようなことはしちゃだめ」
私は怒りで体が震えた。かずきは大きな声で泣き始めた。3歳の子供に何ということを言うのだ?信じられない気持ちでいっぱいになってしまった。これ以上義母と一緒に生活すると、かずきにまで悪い影響が出てしまうだろう。私はここであることを決意したのだ。

そして迎えた七五三当日。私は母が遺してくれた着物を着た。
「かずきももう3歳か。早いな」
克もそう言って、この日のために用意したスーツに着替えた。あとはかずきだけか。そう思い、私たちの準備が済んだので、義母に言った。
「かずきの衣装をお願いします」
すると義母は、嫌味な笑みを浮かべながらこう答えた。
「衣装はまだ着せ替えない方がいいんじゃない?早く着替えさせてしまうと汚れちゃうわよ」
確かに義母の言う通りだと思った私は、それに従うことにした。私たちはそのまま、義母が予約してくれた高級料亭へと向かうことに。この日の予定は、まず高級料亭で子供たちの七五三を祝った後に、みんなで参拝に行くという段取りを組んでいた。

料亭の門をくぐり、私も克も驚愕した。明らかに高そうな店で、私たちも行ったことがないようなところだ。かずきは何も知らずに笑顔だ。中に入り個室に通された。そこにはすでにエリと彼女の両親の姿があった。私たちの後から続々と親族が集まってきて、随分と大掛かりな七五三となる。みんな子供の成長を喜び、お祝いの言葉をかけてくれた。一方でエリの両親は、私たちのことを他人を見るような冷たい目で見ている。翔太さんは仕事の関係で遅れてくるそうだ。その姿を見るなり、義母はエリに駆け寄ったのだ。
「一郎君に似合うような、素敵な衣装を用意したのよ」
義母はそう言うなり、手に持っていた衣装をエリに渡した。エリはその衣装を広げて歓声をあげた。
「ああ、これってあの大人気子供ブランドのものじゃないですか?ありがとうございます」
エリの両親も嬉しそうにしている。早速一郎君はその衣装に着替え始めた。次はかずきの番だ。そう思っていたのだが、待てど暮らせど義母は衣装を渡してはくれなかった。そんなやりとりをしているうちに、私たちの個室に父も入ってきた。久しぶりに会うかずきに目を細めている。そろそろ準備しないといけないのに、義母は衣装を渡すそぶりも見せてこない。私は恐る恐る尋ねてみることにした。
「あの、そろそろかずきの衣装をお願いしてもいいでしょうか?」
すると義母は私を見て、鼻で笑ってきた。そしてその口から、信じられない言葉が出てきたのだ。
「中卒嫁の息子の衣装は、葉っぱ1枚で十分よ」
義母はそう言って、私に落ち葉のような葉っぱを手渡してきた。私と克は目を大きく開けて驚いている。一方のエリもその両親も、笑い出した。
「あら、やだ。本当のことを言ってしまったら可哀想ですよ」
「確かに、中卒の嫁の息子には葉っぱがお似合いだな」
私は目の前で起きていることが信じられなかった。エリの父親は会社を経営していて、翔太さんが務めている一流企業とも取引をしている社長なのだ。そのため、好き勝手なことが言えるのだろう。父と克は怒りで体が震えている。それなのに義母はそれにはお構いなしで、好き放題言っている。それどころか、「やっぱり集一郎君は可愛いわね。大卒の嫁の子供はやっぱり可愛いわ」と言って、エリの子供の一郎君だけを可愛がる始末だ。これには父も顔を歪めて、怒りをこらえているようだ。これにはたまらず、克も大きな声を出した。
「おい母さん、いい加減にしろよ」
義母はその声を聞いても全く動じない。それどころか父を見て、笑い出したのだ。
「美咲さんのお父さんも、どうせ中卒なのでしょう?だからかずきも将来同じようになるのは確定なのよ。可哀想にね」
私のことはいくら言われてもいいが、父やかずきのことを悪く言われるのは許せなかった。我慢ができなかった私は、ついに堪忍袋の緒が切れたのだ。
「お母さん。言っていいことと悪いことの区別もつかないんですか?かずきも、お母さんの立派な孫じゃないですか?」
私がそう言うと、今度はエリが笑い出した。
「だって本当のことじゃない?お母さんは何一つ悪いことなど言っていないわ」
「そうだぞ。責める前に自分の学歴を何とかした方がいいぞ」
もうこの人たちには何を言っても無駄だ。そう思っていると、克が大きな声を出した。
「学歴なんて関係ないじゃないですか。この世の中には中卒で頑張っている人たちもたくさんいるんですよ」
克の横で大きなため息をついた父が、荷物を持ちかずきを抱っこした。
「この人たちには何を言っても無駄だよ。学歴や経歴で人の価値を決めてしまうなんて、最低な人間がすることだ」
父がそう言うと、その場は静まり返った。父の後について、私と克も立ち上がった。これ以上、このような場所にはいられない。
「帰るか」
「うん」
話を静かに聞いていた親族たちも、義母を非難しながら帰って行った。
「ちょ、ちょっと、美咲のことは言ってないのよ」
その時だ。個室の扉が開き、翔太さんが入ってきたのだ。
「遅れてしまってすみません。あれ、どうしたんですか?」
翔太さんは驚いた顔で見ている。
「こんなところ、気分が悪くていられないよ」
「え?どういうことだ?」
翔太さんは困惑している。一方のエリと義母は顔を見合わせて、嫌味な笑みを浮かべている。すると翔太さんは父の方を見て、固まった。
「え、どうして……」
翔太さんが固まっている横で、エリの父親が声高に笑い始めた。
「学歴のない者たちはいなくなった方がいいだろう。こんな無能な奴らと一緒にいたくはないんだよ」
「ちょっとお父さん、そのような言い方はやめてください」
翔太さんは尋常ではないくらいに脂汗をかいている。父の正体に気づいてしまったようだ。その時、父が雷鳴のごとく怒りを爆発させたのだ。
「そうか。そんなに私たちと一緒にいたくないんだな。出て行ってやるよ。その代わり、君の会社との取引は打ち切りにする」
その場が一気に静まり返った。そこで翔太さんが、震える声で口を開いたのだ。
「この方は……俺が勤めているS株式会社の取締役社長だよ」
翔太の言葉を聞いた義母とエリは、驚いた。
「そんなわけないじゃない。克と美咲さんが結婚する時、私は美咲さんのお父さんにも会っているのよ。その時社長だなんて、一言も言っていなかったわ」
「そうよ。そんなはずがないわ。だって中卒なんでしょ」
だがエリの父親は全く笑っていない。ようやく状況を理解したようで、顔面蒼白になっている。
「し、社長……申し訳ありませんでした」
「君が私の顔を思い出せるわけがないんだ。君は私が挨拶に伺った時も、仕事を部下に任せきりにしていて遊び歩いてばかりいたからな。私の顔を見たことがなかったんだろう」
「そ、それは……」
エリの父親は言葉にならないようで、何を話しているのか分からない。

そう。実は私の父は、一流企業S株式会社の社長をしているのだ。父が会社を経営することになったきっかけは、母が亡くなったからだ。当時サラリーマンをしていた父は、生まれたばかりの私を抱えて仕事をしなければいけなかった。だがそれは想像を絶するほど大変だったそうだ。加えて私は毎朝、父と離れたくないと泣き喚いていたという。そんな私が哀れで、できれば私のそばで働きたいと思った父は、時間の融通が利くように自分で会社を立ち上げたのだそうだ。立ち上げ当初は全く仕事がなく大変な状況だったらしいが、私と一緒にいたい一心で、諦めずに根気強く仕事を続けた。その結果、現在では知らない人がいないというくらいの一流企業に変貌を遂げた。そんな父は、私によくこう言った。
「お父さんは中卒なんだ。人よりも頭が良かったわけでもないし、才能があったわけでもない。ただ人よりも努力をしたんだよ。だから美咲も、努力を続けなさい」
父は一流企業の社長だからと言って、決して人にひけらかすようなことはしなかった。社長だから偉いという考えは、父にはない。そのため自分から自分の立場を言うことはしなかったのだ。克には結婚する時に父のことは伝えていたが、義母やエリには伝える必要がないと思っていたため、私からは何も言わなかった。

「そ、そんな……でも美咲さんは中卒じゃない?それってやっぱり頭が悪いからでしょ」
エリは信じられないという顔で私と父を見ている。克はその言葉を聞いて、睨みつけた。
「あなたは本当に何も知らないんですね。美咲はエリさんなんかよりも有能なのは確実ですよ」
「な、なんですって?」
「ああ、なんてことを言うのよ。今すぐに謝りなさい」
エリと義母は顔を真っ赤にして怒っている。そこで私はついに、真実を伝えることにしたのだ。
「一郎君が着ている衣装、とても素敵ですよね。だって、その衣装、私がデザインしたんですよ」
「はあ?そ、そんなわけがないわ」
父は笑い出した。
「4年も一緒にいたのに、そんなことにも気づかなかったのか。美咲は超一流子供服デザイナーで、そこの社長だよ」
「え、嘘?」
エリの両親は今にも腰を抜かしそうなほど驚いている。他のみんなも、信じられないという顔をしている。そこで克が、思い切って口を開いた。
「美咲は中学卒業後、デザインの勉強をするために単身でフランスに留学したんだよ。だから中卒なんだ」
「そ、そんな話、美咲さんは一度もしなかったじゃない」
「お母さんが、私が中卒と言った瞬間から態度を急変させたからですよ。話す機会も与えてくれなかったじゃないですか。おまけにエリさんのところにばかり行っていたから、私がデザインの仕事をしていることに気づかなかったんですよね」
義母は黙り込み、下を向いた。実は私は家事や育児をこなしながら、子供服専門店の社長をしているのだ。幼い頃から着せ替え人形でばかり遊んでいた私の夢は、ファッションデザイナーになることだった。父にそのことを話すと「とことんやりなさい」と応援してくれて、私のことを留学までさせてくれたのだ。帰国後、私は女性用雑誌の編集者として働きながら、服のデザイン画を書く日々を過ごした。その時、軽い気持ちで応募したアマチュアのファッションデザインコンクールで、最優秀賞を受賞したのだ。それを機に数々の賞を受賞するようになり、ファッションデザイナーとしてデビューした。それから子供が大好きな私は、子供向けの服を作るようになった。そこで立ち上げたのが、子供服専門店だった。口コミで私のデザインした服が可愛いと評判になり、またたく間に私の店は有名になっていった。現在はかずきのそばにいてあげたいため、仕事の本数を減らし、他の社員たちに協力してもらいながら社長業をしている。

そこに追い打ちをかけるように、克がさらなる真実を告げた。
「美咲は俺の年収の何十倍も多いんだ。中卒とか経歴とか関係ないってことが、分かっただろう」
「そんな……」
エリの両親は完全に静かになり、翔太は父の前に脂汗が止まらないようだ。エリもこれ以上言葉が出ないようで、黙ってこちらを見ているだけだ。そして義母は、膝から崩れ落ちた。
私は続けた。
「お母さん。克が転勤することになったので、私もかずきも克についていくことにしたんです。だから、一緒には住めないので、エリさんと翔太さんの家に引っ越してもらってもいいですか?」
私の言葉を聞いた義母は、目を丸くして驚いている。実はかずきが3歳になったばかりの頃、克の転勤が決まったのだ。義母のこともあり、当初は克に単身赴任をしてもらおうと思っていた。だが、昨日のかずきに対する態度を見て、これ以上一緒に住むのは不可能だと思った。そこで克に今までの義母の言動を全て打ち明け、一緒に転勤先に引っ越すことにしたのだ。
義母はそれほどショックを受けているような顔はしていなかった。むしろどこか嬉しそうだ。
「そうなのね。でも私は美咲さんよりもエリさんと一緒にいる方が気が合うし、それもいいわね」
エリは顔面蒼白で私を睨みつけている。
「そ、そんな。お母さんと一緒に住むなんて嫌よ」
その場は凍りついた。そしてエリの母親は、言いにくそうにこう言った。
「お母さんもまだ若いですし、一人暮らしをされたらどうですか?」
この言葉に義母は、驚愕しているようだ。
「私だってもうそんなに若くないわよ。一人で住むなんて絶対に無理よ。エリさん、今まであなたにどれだけ尽くしてきたと思っているの?あなたは私と一緒に住まなければだめよ」
「私、お母さんに一度も手伝ってくれと頼んだことはありません。お母さんが頼んでもいないのに、勝手に家に来て手伝ったんじゃないですか。正直、あまり家に来て欲しくなかったんですよ」
部屋に不穏な空気が流れる。翔太さんが思い切って口を開いた。
「ここ4年、兄さんが母さんの面倒を見てくれたんだ。今度はうちの番だろう」
翔太さんはエリを諭すように言っている。だが、エリは頑なな姿勢を貫くようだ。
「絶対に嫌よ。お母さんが一緒に住むことになってしまったら、私の人生終わりだわ」
「そんなこと言うなよ。もし一緒に住めないんだったら、俺たちの関係も終わりだ」
「え、そ、そんな……」
エリはこれ以上反抗したら大変なことになると思い、静かになった。その様子を見ていた義母は、見る見るうちに顔を赤くし、黙り込んでしまった。きっと今まで可愛がっていたエリの口から、このような言葉が出るとは思ってもいなかったのだろう。

騒いでいる間に、次々に高級な料理が並べられた。だが父はもうこの場にはいたくないようで、かずきを抱っこして部屋を出て行ってしまった。エリの父親と母親は父の後を追って出ていき、父に謝り続けている。翔太も父に挨拶するために部屋を出ていった。私と克も帰ろうとしていると、エリは部屋の隅で集一郎君を膝に乗せながら、高級料理を堪能し始めた。この雰囲気の中でよく食べることができるな。思わず私は感心してしまった。
「エリさんも、早く家に帰ってお母さんと一緒に住む準備を始めた方がいいんじゃないですか?」
私がそう言うと、エリは私を睨みつけ、一郎君を抱っこして部屋を去っていった。
「私たちは帰りますので、ここのお会計もよろしくお願いします。今までお世話になりました。来週までには荷物をまとめて、出ていってくださいね」
義母は目を丸くしている。
「え、ここのお会計はあなたたちが支払うのよね」
「何言ってるんだよ。ここを勝手に予約したのは母さんだろう。自分で何とかしろよ。じゃあな」
私と克は、呆然とする義母を置いて店を出た。その後、義母は泣く泣く店の料金を払い、家へと帰ってきた。そして静かに荷物をまとめて、出て行ったのだ。話しそうにしている義母に、克が優しい言葉をかけることはなかった。

翔太さんたちの家に転がり込んだ義母は、エリにひどい扱いを受けて、結局は一人暮らしを余儀なくされたそうだ。今は一人寂しく暮らしているという。そして驚くことに、翔太さんは義母が出ていってしまったことでようやくエリの本性を知り、エリのことも家から追い出したそうだ。エリは泣いて懇願したが、翔太さんは聞く耳を持たなかった。これまでの言動の結果だろう。十分に反省して欲しいと思う。父はエリの父親の会社との取引を正式にやめた。それにより、エリの父親の会社は倒産に追い込まれることに。今頃、学歴や経歴でしか人を判断できなかった自分を後悔しているだろう。だが、今更遅い。

人間の価値は、学歴では決まらない。そのことを学ぶいいきっかけになったと思う。これからは、人の内面を見て欲しいと切に願っている。一方の私と克は、新天地で新しい生活を始めた。ようやく平和な日々がやってくると思うと、本当に嬉しい。これからも自分の信じる道を、大切な人たちと一緒に歩んでいこうと思う。

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