その質問が部屋に落ちた瞬間、記者の一人が立ち上がった。
「橋村さん、あの夜のことをあなたの口から聞かせてください。なぜ黙っているんですか?」
俺は運転席のドアに手をかけた。金属の取っ手が11月の夜の冷たさをそのまま手のひらに返してくる。答えなかった。俺の名前は橋村。今年で46になる。この街の片隅で、親父が起こした小さな工場を継いでいる。
あの台風の夜、病院の非常電源が止まりかけた。7人の患者の命がかかっていた。俺は自作の電源ユニットを積んだ白いワゴン車で駆けつけ、9時間、電気を送り続けた。投石室のモニターは消えなかった。患者たちは朝を迎えた。
3台の最新鋭電気自動車は、19分で止まった。電池から自社で作ったと宣伝している大手の車が、だ。
俺は何も語らなかった。名前を出してほしくないと病院に頼んだ。だが、足は運ばれた。全国紙の記者が、防犯カメラの映像と車体の文字を辿って俺の工場まで来た。同窓会の夜、宴会場の窓の下で、報道陣が俺の車を取り囲んだ。
そして今、大手の副社長・茎が、俺の目の前を通り過ぎようとしている。12年前、俺が「規定の時間に足りない」と訴えた連続試験を、8時間クリアと偽って報告書にした男だ。あの時、俺は再試験を要求する書類を出したが、突き返された。同期の藤沢と俺は別の部署に飛ばされ、俺は会社を辞めた。
「9時間。いい数字だ」
茎はそれだけ言って、俺の横を通り過ぎた。名前を呼ばなかった。呼ぶ必要のない相手として、彼は黒い車に滑り込んだ。
俺は車を発進させ、街灯の下を走った。頭の中には、続きの数字があった。19分。それは鈴木が答えられなかった数字だ。俺の頭の中には、なぜ3台が同時に止まったのか、その理由もあった。12年前のデータと、現場の故障報告が繋がっていた。
だが、記憶は証拠にならない。必要なのは、日付と署名の入った紙だ。
木戸さんの顔が浮かんだ。俺が若い頃、見下していたベテラン技師だ。「数字は嘘をつかないが、置き方を間違えれば嘘の数字になる」と教えてくれた男。俺は彼の告別式にも行けなかった。翌日、俺は東亜計測に電話を入れた。木戸さんの業務手帳を探していると伝えると、会社は合併し、古い記録は未整理の倉庫にあると言われた。
俺は大阪という、木戸さんの元部下だという男に会いに行った。倉庫は埃まみれだった。3日かけて、ようやく該当する年の記録を見つけた。木戸さんの貴重な字で、開始時刻と終了時刻が記されている。規定の8時間に、達していない。2時間14分で打ち切られた記録が、公式の立ち合い記録として残っていた。
これを手にすれば、証明できる。だが、会社の承認が必要だと言われた。
その頃、病院からの正式な依頼が届いた。防災アドバイザーを引き受けてほしい、と。俺は承諾した。
そして、大手の説明会の日が来た。俺は参考人として招かれた。鈴木が堂々と「規定通り8時間実施しております」と話す。俺は木戸さんの私物のノートを取り出し、「この車の電池は、規定の時間に達していません」とだけ言った。鈴木は反論した。「それは亡くなった方の私物メモに過ぎません」
会場の空気が傾きかけたその時、後方の扉が開いた。大阪が、分厚い記録簿を抱えて立っていた。取締役会の証人を得て、原本を運んできたのだ。ページがめくられ、データが映し出される。閉じ込み式で改ざんできない構造だと、国交省の担当官が確認した。
鈴木は「2時間14分で終わったなどという事実は存在しないんですよ」と口を滑らせた。俺は言った。「私はまだ一度も時間を申し上げていません」
その後、寒川が立ち上がり、12年前の虚偽報告を認めた。国交省が押収した決済書には、茎の判が押されていた。俺が出した要求書の控えと照合され、内部通報が潰された経路が一本の線として繋がった。
あの日から、風向きが変わった。大手は形式指定を取り消され、12万台規模のリコール。茎は副社長を辞任し、鈴木も処分を受けた。契約を切られた取引先から、再契約の電話が入った。
藤沢が工場に来た。12年間、会社に残り、疑問を抱えながら過ごしてきた男だ。俺は「うちで働かないか」と声をかけた。彼は深く頭を下げた。
季節が巡り、市の防災計画に、俺の車の名前が正式に記載された。柴原は第一種電気工事士の資格を取り、2号車の担当になった。病院とは月1回の実地訓練を続けている。
俺は今、事務所の窓辺に立っている。外では欅の若葉が風に揺れている。あの台風の夜から、ようやくここまで来た。証明することばかり考えていた日々の先に、今度はちゃんと、目の前の人の顔を見ている自分がいる。



