携帯に届いた一通のメッセージを見て、私は自分の目を疑った。
「明日から絶縁するから。でも仕送りの20万だけは今まで通りよろしくね」
送信者は息子の嫁、裕子。結婚して8年、孫が生まれてから3年、一度も合わせてもらえないまま、ついにこんな宣告を受けた。絶縁するのに、お金は要求する。この矛盾に、私は心の中で何かが静かに崩れていくのを感じた。
私は石井ふみ子。看護師として39年間働き、息子の健一を女手一つで育ててきた。夫が10年前に他界してからも、息子夫婦のために月に20万円の仕送りを欠かしたことはない。
思い返せば、裕子からの扱いは結婚当初から冷たくなっていった。半年後、突然引っ越しをした時には「後で連絡する」と言われたきり、新しい住所は教えてもらえなかった。それでも私は銀行振り込みで仕送りを続けた。何度も問い合わせても「裕子が落ち着いたら」の一点張りで、その時は永遠に来なかった。
孫に会いたくて、探偵事務所に相談したこともあった。調査費用は30万円。でも踏み込めなかった。そこまでして会いに行けば、関係が完全に壊れてしまうと思ったから。今思えば、とうの昔に壊れていたのかもしれない。
半年前、裕子から突然の電話があった。要件は仕送りの増額。「孫の教育にはお金がかかる」と。英語教室にピアノ、水泳。私は「せめて写真だけでも」と願ったが、「個人情報の問題がある」とあっさり却下された。それでも孫のためと思い、増額に応じた。月収45万円から20万円を送れば、私の生活はギリギリだった。
しかし、その幻想はもろくも崩れ去った。同僚の娘がSNSで裕子のアカウントを見つけ、教えてくれたのだ。そこには孫の写真がたくさん投稿されていた。私が見たこともない笑顔、初めて立った瞬間、幼稚園の入園式。全て私の知らない成長記録だった。しかも、裕子の実家の両親が頻繁に登場し、「週に3回も孫に会っている」と綴っていた。
私は震える手で健一に電話をした。
「どうして私だけ孫に会えないの?」
「裕子が嫌がるから仕方ないだろう」
「なぜ私だけを嫌うの?」
「母さんがうるさいからじゃない。孫に会いたい会いたいってプレッシャーかけるからうるさいんだよ」
「健一、あなたは本当にそれでいいの? 実の母親を排除して、裕子の両親とだけ付き合うなんて」
「裕子の実家は金持ちだから付き合っておいて損はないんだよ。母さんと違って、向こうは事業やってるから将来の遺産も期待できるし」
息子の言葉に、私は絶望した。全ては計算だったのだ。裕子の実家は金持ちだから大切にし、私は金ずるとして利用する。
そして、今朝の絶縁宣言。絶縁するのにお金だけは送れ。昼過ぎには「来月から25万円に増額して」という追加メッセージまで届いた。
私は病院の休憩室で、同僚の佐藤さんに全てを話した。
「ふみこさん、それって完全に都合よく利用されてるだけよ」
「私もそう思うんです。でも、息子夫婦は当然のように要求してくるんです」
夕方、裕子のSNSを再び見ると、さらに衝撃的な投稿があった。「今日も実家でママ友ランチ。やっぱり血の繋がりって大切」と。裕子の実家からは生活費ももらっているらしい。私はもう我慢の限界だった。
電話を切った後、私は冷静になって考えた。感情的に対応しても通じない。ならば、論理的に法的に対処するしかない。私は病院の近くの法律事務所へ向かった。田中弁護士は、私が持参したLINEのメッセージをじっくりと読んだ。
「石井さん、これは興味深いケースですね。絶縁を宣言しながら、金銭的援助を要求する。法的には、相手が一方的に関係を断つと言った以上、あなたに扶養義務はないと考えられます。お孫さんに合わせてもらえない状況で、教育費を負担する義務もありません。このSNSの投稿を見る限り、十分裕福な生活をしているようですしね」
田中弁護士のアドバイスに従い、私は全てのメッセージを保存し、銀行に連絡して自動送金を停止した。そして、裕子へ冷静な返信メッセージを送った。
「裕子さん、絶縁の申し出を確認しました。了承いたします。つきましては、本日をもって一切の金銭的援助を停止させていただきます。絶縁した者同士に経済的な援助の義務はありません。これは弁護士にも確認済みです」
健一にも同じようなメッセージを送った。
翌朝、病院で同僚たちが心配そうに話しかけてきた。すると、画面に健一からの着信が表示された。私は電話に出た。
「母さん、なんで振り込まないんだよ」
「絶縁したんでしょう? なぜ絶縁した相手に電話してくるの?」
「何言ってんだよ。金は別だって言ったじゃないか」
私は淡々と反論した。
「絶縁というのは、一切の関係を断つということです。当然、金銭的な関係も含まれます」
「そんな屁理屈言うなよ。親が子供を助けるのは当然だろ」
「絶縁した他人を助ける義務はありません」
「他人じゃない! 俺は息子だ!」
「あら、裕子さんが絶縁すると言ったのよ。あなたも了承したんでしょう」
電話が裕子に代わった。
「お母さん、どういうつもりですか?」
「絶縁したんでしょう? なぜ電話してくるのですか? あなたが送ってきたメッセージは全て保存してあります。絶縁すると明確に書いてありますね。その上で金銭を要求している。これは強要罪に該当する可能性があります」
「弁護士に相談したんですか?」
「ええ、確認済みです」
「でも、お母さん、孫が…」
「あなたは私に孫を合わせたことがありますか? 3年間一度も。写真も見せずに拒否し続けた。SNSには堂々と写真を載せている。この矛盾を説明してください」
「SNSは友達限定公開で…」
「友達は良くて、祖母はダメ。おかしいですね。それに、あなたのご両親は週に3回も孫に会っている。住所を教えてくれれば、私も近所に住めたかもしれません。でも、あなたたちは3回も引っ越しして一度も教えてくれなかった」
裕子は反論できなかった。
「あなたのご実家からも援助を受けているでしょう? 車も買ってもらって、生活費ももらっている。健一の給料は全額貯金。それなのに、なぜ私からも20万円、いえ、25万円も必要なんですか?」
「それは将来のために…」
「誰の将来ですか? 絶縁した私の将来は考えないのですか? 私の老後の蓄えはどうなるんですか?」
「それは自己責任で…」
「自己責任? では、あなたたちの生活費も自己責任で賄ってください」
私の正論に、裕子は完全に言葉を失った。
「絶縁を撤回するなら話は別ですが、絶縁を撤回して、きちんと親子関係を築き、孫にも定期的に合わせ、住所も教える。普通の親子関係に戻るなら、援助も考えます」
「それはちょっと…」
「できないのですね。つまり、私との関係は断ちたいが、お金だけは欲しい。そんな都合の良い話は通りません」
電話の向こうで健一がまた怒鳴った。
「母さん、本気なのか?」
「本気です。あなたたちが選んだ道です」
「でも、来月から本当に困るんだ」
「裕子さんのご実家に頼めばいいでしょう。あちらは事業をされていて裕福なのでしょう?」
「向こうにもこれ以上は頼めない」
「なぜですか?」
「裕子の親も最近は渋くなってきて…」
「あら、そう。でも、私には関係ありません。絶縁したんですから」
最後に私は言った。
「絶縁を撤回し、普通の親子関係に戻るなら、話し合いに応じます。でも、今のまま都合よく利用されるのはもうごめんです。これ以上絶縁した相手から連絡が来るなら、本当に警察に相談します」
「ストーカーって…俺は息子だぞ」
「いいえ、あなたたちが決めた通り、もう他人です。さようなら」
電話を切り、私は深く息を吐いた。
それから3ヶ月が経った。私の生活は驚くほど豊かになっていた。月に20万円が自由に使えるようになって、初めて自分がどれだけ我慢していたか気づいた。美容院に通い、新しい服を買い、友人とハワイ旅行にも行った。69歳にして、新しい趣味の絵画教室も始めた。私の作品は「自由」というタイトルで、教室の展示会に展示されることになった。
ある日、病院のロビーで裕子の母親と偶然出会った。
「あら、石井さん、お久しぶりです。実は最近うちにもお金の無心が増えて、月に30万円も要求されるんです」
「大変ですね」
「ええ、主人もいい加減にしろって怒ってます」
私は少しだけ同情したが、これも因縁応報だと思った。
帰宅すると、健一から手紙が届いていた。
「母さん、今まで本当にごめんなさい。裕子と離婚することにしました。お金のことで毎日喧嘩になり、裕子の本性が見えました。今更ですが、母さんの大切さが分かりました。もう一度やり直させてください」
私は読み終えて、静かにため息をついた。手紙はそのままシュレッダーにかけた。返事を書くつもりはない。
絶縁は向こうが選んだこと。私はそれを受け入れただけだ。人を都合よく利用しようとした報いは、必ず自分に返ってくる。矛盾した要求には毅然とした態度で臨む。理不尽には屈しない。それが、私がこの経験から学んだことだ。
今、私は本当に自由だ。誰にも縛られず、誰にも利用されず、自分のために生きている。



