夫から突然の電話がかかってきた。「義両親と同居か、離婚か、選べ。タイムリミットは俺が出張から帰るまでだ」と。私は新居への引っ越し準備中で、電話の向こうの夫は高圧的そのものだった。「お前は俺の嫁だ。黙って従っていればいいんだよ」と脅す夫に、私は冷たく返した。「ちょうど慰謝料を請求中なの。あなたの愛人宅でね」と。すると夫は激怒し、私のことを「被害妄想」と罵った。でも、私はもう何もかも知っている。…

夫から突然の電話がかかってきた。「義両親と同居か、離婚か、選べ。タイムリミットは俺が出張から帰るまでだ」と。私は新居への引っ越し準備中で、電話の向こうの夫は高圧的そのものだった。「お前は俺の嫁だ。黙って従っていればいいんだよ」と脅す夫に、私は冷たく返した。「ちょうど慰謝料を請求中なの。あなたの愛人宅でね」と。すると夫は激怒し、私のことを「被害妄想」と罵った。でも、私はもう何もかも知っている。...

「みさ、教準に出ていけ。息子夫婦の部屋が足りないからな」

夫のたけしが、何の躊躇もなくそう言い放った。同居させるってこと?私は呆気に取られた。

「私は用済みだから捨てるわけ。ああ、その通りだ。専業主婦はニートと同じ。この家には不必要なんだよ。お前に拒否権ないからな」

息子のカイトも嫁のエリも、夫を馬鹿にしたような目で頷いている。彼らも夫と同意見のようだ。

「ふーん。そうなのね。分かったわ。お望み通り出ていってあげる。だけど1つだけ約束して。今後、私に頼るのはなしよ」

「おいみさ。それはこっちのセリフだ。お前こそ俺たちを頼ってくるなよ」

「母さんって本当にバカだよな。父さんのおかげで生活できてたのに。ニートが強がっても惨めなだけですよ」

「家事要員がいなくなるのは残念ですけどね」

心ない言葉の数々。だが、私の表情は動かない。なぜなら、私は全て知っているから。夫たちが後悔し、私を頼ってくることは確定している。すでに準備は整っているのだ。

「じゃあ私たちは旅行に行ってきますね。その間、娘のお世話をしてください。ちなみにこれはお願いじゃなくて命令です」

エリが私に孫を抱かせた。まだ小さくて温かい命が、私の腕の中にそっと収まる。

「俺たちが帰ってくるまでに家を出る準備しておけ。ああ、それと旅行の邪魔だけはするなよ。電話もしてくるな」

「よろしくね。ニートの母さん」

3人は親睦深そうに笑顔を交わし合いながら家を出ていった。ドアが閉まる音が響いた後、静寂が訪れる。私は孫を抱きながら、胸の中で固く誓った。

――見てなさい。あなたたちには必ず責任を取らせる。どんな手を使ってでも絶対に。

それから約1ヶ月が過ぎた。ある場所で日常を過ごしていると、ポケットの中でスマホが振動した。ディスプレイに表示された名前は、夫であるたけし。その瞬間、胸の奥にわずかな緊張と期待が生まれる。

――とうとう来たか。

通話ボタンを押すと、耳に飛び込んできたのは普段の落ち着きもない夫の慌てた声だった。

「おいみさ、ふざけるな。全部なくなってたぞ。各家電が。どうせお前の仕業だろ」

「その通りよ。家にあった家具や家電は全部、私の新居に移したのだから。家が空っぽなのは当然のことよ」

電話の向こうで夫が息を飲む気配がする。

「報告しようとは思ったんだけど、あなたたちが旅行中に電話するなって言ってたでしょ。だから遠慮したの。おかげで旅行を満喫できたんじゃない?そういうわけだから、1から全部買い直してね」

「勝手なことをしやがって。無断で持ち出すなんて泥棒と同じだろうが。さっさと返せよ」

「何?通報でもするつもりかしら?別に構わないわ。好きなだけすればいい。だって私は何も悪いことはしていない。家具や家電を買ったのは私。独身時代に購入したものだから特有財産よ。財産分与の対象にはならないわ」

「嫁のものは夫である俺のものなんだよ。法律とか関係ない。絶対に返してもらうからな」

その言葉に、私は思わず深いため息をついた。夫は昔からこうだ。結婚する前の彼は、こんな人ではなかった。優しく思いやりがあって、いつも私を尊重してくれていた。だが息子が生まれた後、彼は次第に変わっていった。

「とにかくあなたの家に行くわね。それから話し合いましょう。あ、そうそう。大事なことを言い忘れてたんだけど。3日後よ。3日後に家に来なさい。逃げられると思うなよ」

一方的にそう言って、夫は電話を切ってしまった。私は軽く肩をすくめて苦笑いした。

――やれやれ。どこまで行っても自分勝手な人だ。

3日後、私は夫の家、かつて自分が住んでいた家の前に立っていた。長年住んでいた場所のはずなのに、不思議と何の感情も湧いてこない。それはきっと、この家に対する未練が完全に消え去った証拠だろう。

スマホで「今着きました」とメールを送ると、数秒もしないうちに玄関の扉が乱暴に開いた。

「よく来たみさ、ただで住むと思うなよ。絶対に白黒つけてやるから覚悟しろ」

怒りを爆発させる夫の言葉が途中で途切れた。彼の視線は、私の隣に立つ男性に吸い寄せられている。

「ね、どういうことですか?なぜ山神さんがうちにみそと一緒に来るなんて聞いてませんが」

夫の声には明らかな困惑が混じっていた。私の隣にいる男性は、夫の上司である山神友信さんだ。彼に対する敬意と恐れが、その表情から滲み出ている。

「すまないね。たけし君、実は大事な話があって来たんだ。少しだけ時間をくれないか?」

夫は完全に面食らった様子だったが、上司からの頼みを無視するわけにもいかないのだろう。彼は困惑を隠せないまま友信さんを家の中に案内した。

家の中では、息子のカイトが戸惑いの表情を浮かべていた。

「え、父さん、その人はどちら様?今日は家族会議じゃなかったの?」

その横ではエリが同じく困惑している。しかし彼女の戸惑いは、夫やカイトのそれとは違う種類のもの。その理由も、私は知っている。

友信さんはゆっくりと周囲を見回し、落ち着いた様子で椅子に腰を下ろした。そして重々しい口調で言葉を紡ぎ始めた。

「たけし君、大事な話というのは僕の妻についてなんだよ。実は僕の妻は妊娠後に失踪してしまったんだ。ずっと探していたんだけど、なかなか見つからなくて」

その言葉が、部屋の中に不穏な静けさをもたらした。

「実は僕とみささんは幼馴染みなんだ。僕が中学生の時に引っ越したから、会ったのは数十年ぶりだったけどね」

「たけし君、カイト君。ずっと探していた妻は君たちの近くにいたんだ。今隣で青い顔をしているエリだよ。彼女は僕の妻なんだ」

その言葉が部屋に響き渡ると、空気が一瞬で凍りついた。夫とカイトの顔が驚愕に歪み、言葉もなくただエリを見つめるばかり。一方エリは体全体をブルブルと震わせている。

「いやいや、山神さん、冗談はやめてくださいよ。あなたの奥さんがエリさんだなんて意味が分からない。エリさんはカイトの子を産んでいるんですよ」

「そうですよ。そんな突拍子もない話、信じられるわけがない。それにエリが俺を裏切るわけないんですよ」

「エリが産んだ子は僕の子なんだ。その事実をエリが隠していた、ということだよね。エリ」

「なんでだよ。なんで俺たちを騙したんだ。お前は俺のこと愛してるって言ってたよな。全部嘘だったのか。答えろよ」

証拠がある以上、エリに逃げ場はない。彼女は観念したように事実を語り始めた。

「友信さんに不満があったわけではないの。でも友信さんへの愛情はほとんどなかったわ。私と友信さんはお見合い結婚だったの。両親が強引に決めてしまって、私は逆らうことができず流されて結婚してしまった。子供ができたら変わるかもしれないと思って妊娠した。でも私の気持ちは変わらなかった。そんな時だったの。私がカイトと出会ったのは。カイトを愛しているのは嘘じゃない。愛しているから言えなかったの。ごめんなさい」

エリは勢いよく土下座した。彼女の告げた真実は、友信さんや夫に重くのしかかる。

「信じられない。これはとんでもない裏切りだ。愛しているなんて口では何とでも言えるしな。エリ、お前のやってることは結婚詐欺みたいなもんだぞ」

「最初から俺や父さんに寄生するつもりだったんだろ。山神さんも山神さんだ。あなたがしっかりしてないからこんなことになったんじゃないですか」

夫とカイトの鋭い視線が友信さんを襲った。そんな2人を見て、私はマグマのような怒りが込み上げてきた。

――確かにエリがしたことは許されないことだろう。でも夫とカイトも、エリを責められる立場ではない。本当に詐欺師なのは誰なのか。思い知らせてやる必要がある。

「結婚詐欺の責任を取れって?たけし、あなたたちにそれを言う権利はないでしょ。私は知ってるのよ。全てをね」

「は?何言ってんだお前。お前ごときが何を知ってんだ」

「母さんは黙っててよ。どうせ何もできないんだから」

直後、私は用意していたノートパソコンの画面を見せた。それを見て、夫とカイトは時間が止まったように固まった。画面には、夫とカイトの卑猥な笑顔が映っている。

私が再生ボタンを押すと、吐き気がするような会話が聞こえてきた。

「ほら書いとこれを見てくれ。離婚届けだ。俺の名前は書いておいたから、あとはみさのサインがあれば離婚成立だ」

「いよいよ離婚するんだね。絶対にその方がいいよ。母さんは父さんのお金で何の苦労もなく生活しているからね」

「実はなカイト、元々俺はみさをこき使うために結婚したんだよ。正直誰でも良かったんだ。その時たまたまみさと付き合っていたってだけ。あいつ俺に従順で言いなりだったしな。でももういらなくなったし、捨てるわ」

「うわ、酷え。ま、母さんは騙されてるって気づいてないし、最後まで都合よく使ってやろうよ」

ここまで流して、停止ボタンを押した。映像も音声も鮮明だっただけに、夫とカイトは驚きを隠せずにいる。

――こんな会話をしている2人に、どうしてエリが責められるだろう。本当に笑わせてくれる。

だが、夫とカイトはさらに笑えないことを言い出した。

「みさ、お前盗撮していたのか?例え家族間であっても盗撮なんて許されない」

「そもそもお前が全部悪いんだろ?俺に寄生して悠々自適に暮らしていたお前が」

「そうだ、そうだ。1人じゃ生きていけないから父さんと結婚したんだろ。せっかく父さんが養ってくれてたのに感謝の気持ちはないのかよ」

夫とカイトに謝罪する気配はない。それどころか、本性は暴かれたのに悪びれる様子もない。自分たちが悪いなんて1ミリも思っていないのだ。

「寄生とか1人じゃ生きていけないとか。さっきから君たちは何を言ってるんだ?もしかして何も知らないのか?家族なのに」

「どういう意味ですか?みさは専業主婦ですよ。専業主婦なんてニートと同じです。俺が働いて稼いだ金があれば生きていけるんですから」

「本気で言ってるのか?だってみささんの年収は1500万以上だぞ。僕たちの給料なんてはるかに超えている。寄生する理由なんてないじゃないか」

あまりにも信じられない事実に、夫とカイトは失笑だった。私は言葉を挟まずに通帳を取り出した。通帳を見た夫とカイトは、目が飛び出そうなほど見開く。

「な、なんだよこれは。ありえない。みさが俺たちよりも稼いでいるだと?しかも年収1500万って。それこそ詐欺じゃないのか。こんな大金、簡単に稼げるわけがないんだ」

「実は私、動画製作会社で働いているの。友信さんの友人と一緒にね。お給料はYouTubeの収益がメインよ。在宅でできる仕事だったから、家事をしながらでも可能だったわ」

私は決して仕事を隠していたわけではない。自宅で仕事をしていたのだから、気づける要素はいくつもあった。彼らが気づけなかったのは、私に興味がなかったからだ。

「ちなみに、ここ数年の生活費を出していたのは私よ。家計のことも丸投げしていたたけしには気づかなかっただろうけど」

「は?嘘つくなよ。生活費は俺の貯金から出してるだろう。確かにお前に任せていたから詳しく把握してないが」

「とっくの昔に貯金は尽きてるわ。だってあなた、ギャンブルとキャバクラにはまって散財してたじゃない」

話の流れでさらっと暴露してやると、夫の額から冷や汗が滲み出た。私を散々寄生中呼ばわりしていた夫だが、彼には寄生できるほどのお金はない。私が生活費を補填していたと知らず、家計も丸投げだった夫は、自分のお金の管理すらできていなかったのだ。

しかし、夫以上に焦っていたのはカイトだった。カイトは小声でブツブツと何かを呟いている。

「父さんに貯金がない。そんな話聞いてないぞ。何のために俺が同居を決めたと思って?」

私にだけ聞こえていたが、カイトが何を言いたいのか私は知っている。この場で暴露してやってもよかったが、言葉を挟まずにいると夫とカイトが手のひらを返してきた。

「みさ、年収1500万なんてすごいじゃないか。それだけ稼いでれば楽に生活できるよな。俺が家をやってやるから、もう一度一緒に暮らそう」

「そうだよ。母さん。やっぱり家族は一緒にいないと。これまでのことは謝るからさ」

「残念だけど、もう私は新居に引っ越してるの。あと、重要なことを言ってなかったわね。私は独身になったから、家族でも何でもないわよ」

「は?独身になった?俺たちがいつ離婚したって言うんだよ」

戸惑う夫、いや、元夫のたけしに、私は再度ノートパソコンを見せた。するとたけしは「あっ」と言葉を漏らした。私がなぜ独身なのか察したようだ。

「たけし、あなた自身が言っていたことよ。『俺の名前は書いておいた。あとはみさのサインがあれば離婚成立だ』って。離婚届の隠し場所も知っていたから、お望み通りサインして役所に提出しておいたわよ。だから私たちは夫婦じゃないの」

「母さんマジで勝手に出してきたの?いくらなんでもやりすぎじゃ」

私の思い切った行動にカイトは驚きを隠せない。だけど私から言わせれば、何を今更という感じだ。サイン済みの離婚届を用意していたたけし。それを見てケラケラと笑っていたカイト。私に離婚届を突きつけるきっかけを与えたのは、どこのだれだ。

蓋をしていた怒りが湧き上がり、私の目には涙が浮かんだ。友信さんも我慢できなかったようで、ゆっくりと口を開いた。

「2人とも自分のことしか頭にないのか。あれだけみささんを傷つけて、やり直すなんて無理だろ。何が家族だ。家族なら何をやっても許されるのか。結婚したから、血が繋がっているから、それだけで家族なのか。お互いを思って支え合い、苦難を乗り越えて家族になるんじゃないのか。君たちのように汚い人間を見たのは初めてだ。もうみささんに関わらないでくれ」

友信さんは冷静なように見えた。でも体がブルブルと震えていた。幼い頃、私を守ってくれていた友信さんは、今も変わらず優しい人だと。今度は嬉しくて涙がこぼれた。

たけしとカイトは友信さんの言葉に沈黙している。

「分かりましたよ、山神さん。俺とカイトはみさと関わりません。何があっても絶対にです。そもそも最初から捨てるつもりだったんだ。色々あったけど予定通りですよ。俺にはカイトがいるので大丈夫です。というわけで、さっさと帰ってくれますか?嫁の管理もできないくせに偉そうにしないでくださいよ。エリもいらないんで、ちゃんと持って帰ってくださいね。まあ、どうせすぐに逃げられるんでしょうけど」

完全に開き直ってしまったたけし。

「たけし、カイト。私たちは出ていくわね。3日前にも言ったけど、今後私に頼るのはなしよ。何が起きても絶対にね」

「はいはい。分かった分かった。カイトと協力すれば何も問題ないんだ。お前こそ泣きついてくるなよ。1人ぼっちで寂しいってな」

もう何を言っても無駄だと思いながら、私と友信さん、そしてエリは家を出た。

私たちの間には重い沈黙が訪れるが、真っ先に頭を下げて謝罪したのは友信さんだった。

「みささん、すまない。僕がいながら大した力になれなかった。たけし君のことは会社にも報告するよ。彼には改めて話をするつもりだ。このまま謝罪もないなんて許せないからね」

ほとんど同時にエリも頭を下げた。彼女の様子から、本当に反省していることが見て取れる。簡単に許されることではないが、間違いを認めたのなら、まだ救いはあるだろう。

「友信さん、私のことを助けてくれてありがとう。昔もたくさん助けてもらって、ずっと感謝してた。私も守られてるだけじゃダメだと思う。だから後のことは任せて」

その言葉に友信さんは昔のように微笑みながら、ゆっくりと頷いてくれたのだった。

数ヶ月後、私はスマホの着信音で目を覚ました。ディスプレイにはたけしの名前が表示されている。

――ようやく来たか。

「みさ、教えてくれ。そっちにカイトが行っていないか。探し回っているけど見つからないんだよ。俺どうすればいいんだ?」

今までにないくらい焦りまくっている。その理由は、たけしの前から突然カイトがいなくなってしまったから。しかもただいなくなったわけではない。たけしのお金を盗み、音信不通になってしまったのだ。

「貯金がなくなったから借金したんだよ。それでカイトと協力してやりくりしていたんだ。そしたらカイトのやつ、俺が借金した金を持って消えたんだよ。くそ。なんでこんなことに?」

「それはそれは大変だったね。でもカイトがあなたのお金を盗むのは確定事項だったわよ。だって元々カイトは、たけしのお金が目当てで同居計画したんだから」

「今の何て言った?カイトが俺の金目当てに同居計画しただと?聞き間違いじゃないよな」

「ええ、間違いないわよ。カイトもあなたと同じようにギャンブルとキャバクラにはまっていたの。それで多額の借金を抱えていた。そこで思いついたのが、たけしに寄生することだったの。あなたは知らないと思うけど、カイトはこんなことを呟いていたわ。『父さんに貯金がない。そんな話聞いてないぞ。何のために俺が同居を決めたと思って』ってね」

直後、電話の向こうがしんと静かになった。まさか息子に騙されているとは、誰も思っていなかったのだろう。

私がカイトの計画を知ったのは、友信さんと再会したことがきっかけだった。友信さんはエリのことを探し回っていたが、その過程でカイトの存在を知った。その頃私はたけしのことを調べていた。結果、ギャンブルとキャバクラにはまっていることが判明したのだが、カイトもたけしと同じお店に出入りしていた。そのまま調査を進めていくと、カイトに多額の借金があることが判明した。その後カイトはたけしに同居を持ちかけた。その瞬間、私はカイトがたけしのお金を頼りにしていると察したというわけだ。

「カイトはたけしにべったりだったわ。小さい頃からずっとね。あなたを見ながらカイトは大人になった。だからカイトはあなたのことを誰よりも知っていた。どうすれば騙せるかまでね」

「あんなカイトが、実の息子が俺を騙すなんて。そんなこと信じられるわけ」

そこまで言うと、たけしは何かに気づいたようだった。たけしも私を騙し、落とし入れた。それが今、自分に帰ってきたというだけのこと。そうなるべくしてなったのだ。

「人を騙すなら、騙される覚悟もしておくべきだったわね。家族ならなおさらかも。ま、どちらにせよ私には関係のない話だわ」

「そんな冷たいこと言うなよ。俺、会社もやめてアルバイトしてるんだ。マジで金がないんだよ。危ないところからも借りたから、このままだとやばいんだ。みさ、年収1500万なら少しくらい出せるだろ。俺を助けてくれ。いや、助けてください」

「あれ?私は何度も言ったわよね。後で私に泣きつくのはなし。何があっても絶対にって。忘れたとは言わせないわよ」

あれだけ大口を叩いた結果がこれだ。本当にバカな人だと呆れるばかりだ。もう言葉も出ないようだったので、そのまま電話を切った。もうこれで本当に終わりだと、私は静かに目を閉じたのだった。

その後、たけしは借金取りに追われながらアルバイトで食いついでいるとメールを送ってきた。何度も助けてほしいと連絡が来たが、メールを確認するだけで返信はしなかった。

一方カイトは、持ち逃げしたお金も使い切り、身動きが取れなくなった。友人からも借金をしていたようで信用を失い、今では1人ぼっちだ。もしたけしとカイトが協力していれば、もう少しだけマシな未来があったかもしれない。そう思いはしたが、もう私には関係ないことだ。

友信さんとエリは離婚することになり、子供は友信さんが引き取ることになった。エリは実家に帰り、肩身の狭い思いをしているようだが、変わろうとしているらしく就職活動を始めた。

「エリのことは簡単には許せないが、変わろうとすることは止めない」

友信さんはそう言っていた。子供と一緒に前を見ている彼を見て、私も新しい人生の一歩を踏み出すのだった。

――これが最後のチャンスだ。義両親と同居か、離婚か、選べ。タイムリミットは俺が出張から帰るまでだ。

新居への引っ越し当日、夫のミキから高圧的な電話が来た。もはや脅迫と呼べる内容だったが、私には響かない。なぜなら彼はあまりにも無知だから。

「えっと、今じゃないとダメかしら。ちょうど慰謝料を請求中なの。あなたの愛人宅で」

私の一言で夫は途端に黙り込んだ。その隙に、私はビデオ通話に切り替え、愛人宅の様子が画面に映るようにする。当然、夫側の様子も確認できるようになり、「は?」と呟く夫の間抜け顔とご対面だ。どうやら本気で隠し通せていると思っていたらしい。本当にバカな人だ。

――ずっと夫の態度に我慢してきたが、今日で終わり。覚悟してね、ミキさん。必ず地獄を見せてあげるから。

「桜子、お前は何を言ってるんだ?愛人?俺に愛人がいるとでも?被害妄想も大概にしろよ」

「被害妄想じゃないわよ。ここのリビング。あなたにも見覚えがあるでしょ」

「そんな場所知っているわけがないだろう。いい加減にしろよ。お前は俺の嫁だ。嫁は黙って俺に従っていればいいんだよ。全く。今すぐに新居に行って片付けろ。そんなよく分からないところで油売ってんじゃねえ」

「よく分からないところじゃないでしょ。ここはあなたもよく知っている愛人の家よ。そして今、愛人に慰謝料を請求中だから、新居の方にはいないの。だから片付けろと言われても無理なのよ」

夫の強気な態度に私も負けじと返す。すると電話越しに、夫の大きなため息が聞こえてくる。

「なあ、桜子、俺は今出張中なんだ。お前の妄想には付き合ってられないんだよ。頼むから俺の言うことを聞け。いいな」

夫はそう言って電話を切ろうとする。その直後だった。

「ちょっと待ちなさい。桜子さんのせいにして電話を切ろうとするんじゃない。本当よ。勝手に切ろうとしないで。桜子さんにまずは謝りなさい」

「え、父さん、母さん?」

電話から義両親の声が聞こえてきて、夫を引き止める。まさか彼らが私と一緒にいると知らなかった夫は、電話越しでひどく焦り出した。実は義両親も愛人宅にいて、私のすぐそばに控えてもらっていたのだ。

「ど、どうして父さんたちが桜子と一緒にいるんだよ」

「あら、私たちが桜子さんと一緒にいるのはダメなのかしら?」

夫が戸惑うのも当然だろう。彼は私が従順で何もできない人間だと思っていたはずだから。だがすでに私は義両親に今回のことを相談しているため、義両親は夫のいびりを知っている。

「ミキさん、お前は桜子さんを脅して勝手に同居を決めてしまっていたらしいな。俺たちもお前たちと同居するという話は初めて聞いたんだが。それに、新居の購入も桜子さんに探すだけ探させて勝手に決めたと聞いたし。何よりミキさん、あなた桜子さんを『火政府』と呼んでこき使っていたそうじゃない?」

「ま、待ってくれ。なんかの誤解だ。俺はいびりなんてしてない。桜子に対して少し強く当たったりしたかもしれないが、それだけだ」

「残念だけど、何を言おうとしても無駄よ。お父さんたちには全て話しているから」

「桜子、お前何を言ってるんだ?どういうことだ?お前、父さんたちに何を吹き込んだんだ?」

「あら、吹き込んだとは失礼な言い草ね。私はただありのままをお父さんたちに伝えただけよ」

以前から私は夫の暴言をスマホの録音アプリで録音していた。このことを最初、義両親に相談するかどうか迷ったこともある。でも夫からのいびりに耐えられなくなった私は、証拠を持って義両親に相談し、その時点で全て聞かせていたのだ。

「お前のせいで、私はあなたのことを下に見ていたから無警戒だったわ。だから水面下で動くことは案外簡単だった。ありがとうね。私を舐めてくれて」

皮肉を込めて感謝すると、夫は黙り込んだ。義両親という強力な味方のおかげもあって、早々に立場を逆転することができたようだ。夫は観念したように「すまない」と謝罪した。この場で下手なことは言えないと悟ったのだろう。

「出張から帰ったら話をしよう。だから今は……」

夫は悔しそうに言って電話を切ろうとする。それが今の自分にとって最善の策だと判断したようだ。だが、そうはさせない。

「ミキさん、待ちなさい。まだ切らないで」

「なんだよ。何度も言うように俺は出張中なんだ。だから今は忙しいんだぞ」

「まあ、そう言わずに。今あるものを送るから確認してくれる?」

「は?送る?何をだ?」

私は夫を引き止めた上で、夫のスマホにあるデータを送信した。確認したであろう夫は、いきなり叫び声をあげる。

「な、なんだこれは?」

「あら、あなたにはちゃんと覚えがあるでしょ?」

私が夫に送ったデータを義両親にも見せる。直後、彼らも夫と同じように驚愕した。

「こ、これは?この若い子たちは何だ?見つめ合ったり、手を繋いだり。どういうことなの?」

そのデータとは、夫がパパ活相手の女の子と食事に行っている画像だった。昼夜問わず出歩いている画像には、どれも違う女の子が映っており、夫が仕事をしていないことも明らかである。

「ミキさん、あなた、これお昼の時間帯よね。仕事はどうしたの?それに、毎回映ってる子が違うわ。お前は彼女たちと何をしていたんだ?」

「これは出張先の女の子たちだよ。どれも案内してもらったついでに、お昼を一緒にしたんだ」

苦しい言い訳をする夫。だが、画像には仕事関係だとは思えないほど親密な様子が映っている。そして私は義両親に真実を告げる。

「実はミキさんは、だいぶ前に会社を退職しているんですよ。そしてこのパパ活をして、若い女を引っかけて遊んでいたんです」

「そんな嘘でしょ?桜子さん、それは本当なのか?」

「桜子、何を言ってるんだ?冗談はやめろ」

電話越しに叫ぶ夫。今まで夫が出張と言っていたのは、全て嘘だったのである。いや、最初の頃は本当に出張に行っていただろう。だが今では、夫は私と義両親を騙し続け、若い子を引っかけて遊んでいたのだ。

「そもそもミキさんが私をいびり出した頃、ミキさんの出張が明らかに増えました。さすがにそんな頻繁に出張があるわけがないと不信に思った私は、ミキさんのスマホを確認したんです。本当はダメだと思いましたが、確認するとパパ活アプリがインストールされているのを発見したんです。そこからはこの写真を見ていただければ分かる通り、ミキさんの行動を監視しました。結果として、ミキさんが仕事をサボり遊んでいたこと、並びに私たちに黙って退職していたことが発覚したというわけです」

「ミキさん、お前というやつは!桜子さんを支える夫という立場でありながら、浮気とはなんてことをしているんだ?」

「ち、違う。聞いてくれ。こ、これには訳があるんだ」

「あら、よくも出鱈目が言えるわね」

そう言った私を、全員が見てくる。そう、私は見つけたのだ。夫が言い逃れできない決定的な証拠を。ミキさんはパパ活相手の1人と男女の関係になっていました。何人かのパパ活女子とのデートを実行していましたが、そのうちの1人とホテルに一緒に入ったのを目撃したんです。

「ホテルだと!?」

義母が頭を抱え出す。義父も同様に怒りに満ちた表情をしている。

「桜子、お前、俺の知らないところでこそこそと動きやがって。自分が何をしているのか分かっているのか?」

私がここまで行動していたからなのか、もしくは自分の知らない間に調査されていたからか、とうとう夫がぶち切れる。ただ、電話越しに怒鳴られようが、私はもう夫を恐れはしない。

「は?お前がそれを言える立場か?」

「そうよ。桜子さんに隠れて浮気をしたり、私たちにも内緒で仕事を辞めるなんて、一体どういうことなの?」

それはまさか、義両親がここまで自分のことを全否定すると思っていなかったのか。夫は言葉が出ないようだ。それもそうだろう。浮気に関しては元々こそこそとするようなものだが、仕事を退職し、無職になることを黙っているのはどうかと思う。本来なら私なり義両親なりに相談してもいいはずだ。その相談もせずに、夫は退職していた。

「もういい。今すぐその出張とやらから帰って来い。どうして遊びほうけているだけなんだ」

「い、いや、だから今は……」

「いいから帰って来なさい。お父さんはそう言っているのよ」

「あ、はい」

1時間後、慌てたように、焦ったように夫が愛人宅へとやってくる。現在、愛人宅には私、義両親、愛人であるルミがいるという状況だ。その状況を見た瞬間、夫は冷や汗をかき、口元を引きつらせている。

「さあ、説明してもらおうか」

「もちろん、私たちにも納得のできる説明をしてちょうだいね」

声が笑っておらず、どう見ても大激怒している義両親。私に対するいびりや浮気、退職した理由について、夫を問い詰める。

「実は俺さ、会社で成果を上げ、スピード出世してたんだ」

義両親の迫力に負けている夫にいつもの勢いはなく、俯き加減になりながらポツリポツリと語り出す。若いうちにスピード出世した夫。この時のことは私もよく覚えている。テンション高く私にも報告してくれたからだ。

しかし、夫のスピード出世を良しとしない上司から疎まれてしまい、嫌がらせを受けていたという。最初はただの日頃の嫌がらせだろうと気にしなかったそうだ。だが夫に相手にされないことが、さらに上司を煽ることになってしまったという。日を増すごとに嫌がらせはだんだんとエスカレートしていく。出世したとはいえ上司に逆らうことができない夫は、ただ我慢するだけ。周りの社員たちは、自分たちに火の粉が飛ばないように夫のことを助けず、見て見ぬふりをするようになったらしい。

結果的に誰にも相談できずに追い詰められた夫は、自分を保つためにパパ活に逃げたらしい。少しでも若い子に癒されたかったのだという。しかしそれでも溜まった不満を全て吐き出すことができなかったらしい。自分の精神状態を保つために、夫はいびりを始めてしまったという。病院に行くことも考えたらしいが、夫の精神状態がボロボロではすぐに私にバレると思ったらしい。自分が優位に立っていないと気が済まない。夫らしい行動だ。

結局夫は、最終手段として出社しても仕事にならないならと、会社を自主退職したようだ。

「そんな中、パパ活を通し、ルミと出会ったことで俺は救われた。だから桜子、俺はお前と離婚してルミと再婚するつもりだ」

最後にはドヤ顔で打ち明ける。私と義両親は、夫のその態度に呆れてしまう。夫には理由があったものの、結局は自分のことしか考えていない。

「さ、お前はそんな理由で桜子さんにいびりをして、さらには浮気をしたのか。そんな理由が通ると思っているのか」

「母さん、違うんだ。父さんなら分かるだろう。上からのプレッシャーがどれほど重くて辛いものか」

「だからと言って、家を支えてくれる桜子さんをいびるなんて。お前は結局、自分のことしか考えてないじゃないか」

義両親は嘆きながら、夫の考え方や態度を再度否定する。それでも彼は認めようとはしない。

「仕方なかったんだ。俺だって辛かったんだ」

「さっきから被害者面をしているが、お前のやっていることも会社での嫌がらせと同じだろう。ミキさんは自分のことよりも、桜子さんに謝罪するのが先だ。もし謝罪すらできないなら、親子の縁を切ると父さんは言っているのよ」

「待って。勘当されたら俺は……」

「もうお前なんか知らん。自分のことばかりで、桜子さんの気持ちも俺たちの気持ちも何も考えていないことがよく分かった。今後は一切俺たちを頼ってくるな。俺たちもお前には頼らん」

「もうやめてください。これ以上ミキさんを攻めないでください。ミキさんは悪くないんです。私が悪いんです」

何も言えなくなった夫に代わり、今度はルミが土下座する。今まで話を聞いているだけで何もしようとしなかったルミが動いた。突然の行動に、義両親は驚く。私はその様子を見て、すっと目を細める。

「お願いです。ミキさんもそれ以上怒らないでください。私が全面的に悪いんです。私がミキさんを誘ったから」

「お、おい、ルミ……私、ミキさんに奥さんがいるって知っていたの?それでもミキさんのことを好きになってしまって、関係を持ちかけたのも私なんです。だから、だから本当にごめんなさい」

「そうね。あなたは元々ミキさんと同じ会社で受付事務をしていた子だもんね」

義両親は私の言葉に首をかしげる。私は義両親に浮気の証拠を全て提示しているが、愛人であるルミとどういう経緯で夫と関係を持ったのかまでは説明していないのだ。

「実はミキさんの愛人であるルミさんは、入社当時から年上で頼り甲斐のあるミキさんに恋心を抱くようになったそうです。しかしルミは奥手で、夫に話しかけることも気持ちを打ち明けることもできないまま、スカトブという会社に転職したようだ。どうして転職したかは知らないけどね」

「えっと、スカトブさんは私の叔父が社長を務める会社なんです。叔父の勧めもあり、私はミキさんへの思いを断ち切ろうと思って転職したんです」

ということは、ルミさんはスカトブさんの社長の姪だということ。義母は大手企業であるスカトブのことを知っていたようで、驚いている。

「叔父の会社であるスカトブに転職してからは、新しく覚えることも多く、その間にミキさんのことを諦めようと忘れようとしました。でも偶然営業のためにスカトブを訪れた夫と再開したルミは、忘れようとしていた気持ちが再度溢れ出し、気持ちを打ち明けようとした。だが夫はすでに私と結婚した後だった。たった数年の間に自分じゃない誰かと結婚したことに希望が打ち砕かれ、本当に諦めようとしたルミ。でもその寂しさを紛らわせようと登録したパパ活アプリで、夫を発見したという」

「まさか夫がパパ活に登録しているとは思っていなかったようで、最初は半信半疑だったらしい。だがやり取りをしていく中で夫だと確信したルミは、会うことを決意する。実際に会ってみると本当に夫の姿があったため、ルミは舞い上がったそうだ。しかし、すでに既婚者である夫。体の関係を持つことはダメだと分かっていたが、ルミは私から夫を奪うために浮気を持ちかけたとか」

「本当にごめんなさい。全部、全部私が悪いんです。私の心の弱さのせいで、この事態を招いてしまいました」

ルミは泣きながら自分が悪いと土下座と謝罪を続ける。あまりにもルミが聞き苦しかったので、義両親は何も言えなくなっていた。

――うまい。まるで役者顔負けの演技ね。

「色々と説明してくれてありがとう。本当に面白い演説だったわ」

私がルミを馬鹿にしたように言う。その場にいた私以外の全員が、笑い出した私に戸惑っている。

「な、何ですか?どうしてそんなに笑うんですか?まさかルミが嘘を言っているとでも思ってるの?」

「ええ、もちろん。よく口が回るから驚いたわ」

「ルミは嘘なんてついてません」

「そこまで言うなら仕方ないと思い、私は写真の束を取り出し、ルミに投げつける。これはルミ、これは一体何だ?」

その写真を見て、ルミが「あっ」と声を漏らす。夫も写真を拾い上げ確認した途端、衝撃を受ける。写真に映っていたのは、嫌がらせをしていたという上司だった。

「どうしてこんなものが?桜子さん、あなたが素直に認めたら、こんなもの出さずに済んだんだけどね」

ルミは言葉に詰まり、私を睨みつけ、拳を握りしめていた。実はルミは夫の会社の上司と今も繋がっている。それは、ルミが上司の弱みを握ってこき使っている証拠だ。

「ルミは夫を自分のものにするため、上司に嫌がらせをするよう指示を出し、夫を精神的に追い詰めた後、弱った夫に接近したのである。なんと手の込んだことではあるが、そこまでして夫を手に入れたかったのだろう。結果として、何も知らないあなたはルミが救ってくれたと未だに勘違いしているというわけよ」

「そんなの嘘だ」

「これだけ証拠が揃っているのに、今更私が嘘を言うとでも?どう見ても彼女の自作自演なの。あなたはそれに騙されているの」

「嘘だ。ルミがそんな俺を騙すようなことするはずがないだろう。桜子、お前はどこまで俺をコケにすれば気が済むんだ」

「だったら彼女に直接聞いてみなさいよ。私の話が本当かどうか、彼女に聞きなさいよ。ルミ、だよな?お前はこんなことしてないよな?」

夫はルミに事情を確認しようとするが、ルミは夫から視線を外し、俯き沈黙してしまう。何も答えないルミに、夫はそれを肯定とみなし、膝から崩れ落ちる。

「そんな……嘘だろ……」

「これで分かったでしょ?騙されていたとはいえ、あなたはやってはいけないことをした。だからミキさん、あなたの最初の選択に答えるわ。私はあなたと離婚することを選ぶ。そしてあなたにも、そこにいるルミさんにも慰謝料を請求させてもらうから」

すると、私が離婚を宣言したことで、ルミは開き直ったのか突然立ち上がると、私を罵倒し始める。

「うるさい、うるさい!さっきから聞いていれば何なのよ。ミキさんを攻め立てるようなことばっかりって。あんた本当にミキさんの奥さんなわけ?」

「ええ、そうよ。今はまだね」

「信じられない。やっぱりあんたより先に私がミキさんと結婚するべきだった。私こそがミキさんの横に立つにふさわしい女なの。あんたが邪魔をするからこんなことになるのよ。ただの専業主婦なくせに、私に逆らわないでよね」

「だからって、手の込んだことをしてくれるじゃない。人の夫を奪いたいからってことをして」

「だって私はあなたよりミキさんを愛しているの。そのためにあの上司を利用しただけに過ぎないわ。ミキさんの横に立つためなら、なんでも手玉に取ることなんて簡単なのよ」

ドヤ顔をしながら言うルミ。――好きな人のためなら、ってやつかしら。私から夫を奪うためだけにこんなことをするなんて、正気の沙汰じゃないわ。

「ミキさんと離婚するのは私の中では決定事項なの。だから好きにすればいいわ」

「ええ、好きにさせてもらうわよ。いつか後悔することでしょうけどね」

「それはこっちのセリフよ。今までミキさんの相手をありがとう。これからは私があなたの分までミキさんと愛し合うから。くれぐれも私たちの幸せを邪魔しないでね」

ルミは悪びれもせず捨てゼリフを残し、夫を強引に引きずって新居へと向かってしまう。本来なら私と夫、義両親が住む予定だった新居にルミと夫を見送り、ルミの家に取り残された私と義両親。

2人の姿が見えなくなると、義両親は夫の代わりに勢いよく頭を下げて謝罪してくれる。

「桜子さん、本当にごめんなさい。こんなことになってしまうなんて。ミキにはきっちりと慰謝料を払わせるから、心配しないでくれ」

どこか決意のこもった目で見てくる義両親。私はそんな義両親の気持ちに感謝しつつ、「大丈夫です。もう手は打ってありますから」と、見えなくなってしまった2人の方を見て不敵に微笑む。

――そう。これからがあの2人にとって、本当の地獄が始まるのだ。

数日後、夫から鬼電がかかってくる。想定通りだと思いながら、私は電話に応答した。

「おい、桜子、一体どうなってるんだ?」

「何のことかしら?」

「ここに出るなんて俺は聞いてないぞ」

――ああ、気づいたんだ。私は焦りまくった夫からの話を聞く。夫が出ると言ったのは、もちろん幽霊のことだ。

実は私が見つけ夫が購入した一軒家は、事故物件だった。夫は昔から霊感が強いらしい。それを知っていた上での家探しをしていた。そのため、まともに住むことができず、夫は焦りまくっているというわけだ。

「おい、なんとかしろよ。お前がこの家を見つけてきたんだろ」

「そんなこと言われても、何も確認しなかったのはあなたで、最終的にその家に決めたのもあなたなのよ。だから私のせいじゃないわ」

強く反論する私に、夫は電話越しに黙り込む。

「あなた自身が事故物件そのものなの。だからあなたみたいな人には、その事故物件がぴったりですね」

「桜子!お前と仲良く地獄に落ちなさい!」

「あら、私はあなたと違って地獄には落ちないわよ」

「待ってくれ。もう1つ聞きたいことがあるんだ」

「何かしら」

「お前、ルミがどこに行ったか知らないか。実は少し前から帰ってこないんだ。連絡しても返事が来ないし、電話も繋がらないんだ」

どうやらルミが夫の前から姿を消しているようだ。電話越しの夫は焦りまくっているが、私からすればそれも想定内である。

「ここまで来ても、あなたは自分が騙されていたと気づかないわけ?ルミがそんなことするはずないだろう?あなたの頭は本当におめでたいよね」

そう言って私は夫に真実を告げる。実はルミには夫の他に本命の男がいること。そしてその本命の男とは、夫と同じ会社にいた夫の後輩であると告げる。

「は、嘘だろ?俺の後輩だと?」

「残念だけど本当よ。ルミはあなたの後輩の1人に熱を上げていたの。実はルミが言っていた『夫のことを前々から好きだった』とか『スカトブの社長の姪』という話は全部嘘。ルミがあの場ででっち上げた話なのである。だからあの時、私は『面白い演説だ』と言ったのよ。ルミは本命の男であるあなたの後輩と結託し、上司と一緒に他の部下にも圧力をかけて、ミキさん、あなたに嫌がらせさせていたのよ」

「そんなバカな……ルミの本当の目的は、その後輩君を出世させるために、上のポストへ上がったあなたを追い出すことだったのよ。どう理解できたかしら?」

「ふざけるなよ。知っていたのなら、なぜあの時言わなかった?」

「言うわけないじゃない。あの時私は真実しか言ってなかったのに、あなたはルミを信じて私を信じなかったのよ。そんな人に言ったところで、信じるわけがないと思うに決まってるでしょ。それに、ルミのことに関しては探偵事務所にも依頼してるから、確かな情報なのよ」

「だからって俺に隠れて、そんなところにまで手を伸ばしていたのか」

「当たり前じゃない。そうでもしないと、あなたは納得しないでしょうからね。嘘だと思うなら、証拠の写真と調査報告書をあなたのところに送るわよ」

「嘘だ。ルミはそんな……」

「さ、桜子、お願いだ。助けてくれ。俺はこれからどうすればいいんだ?」

「そんなのあなたの自業自得じゃない。あなたは自分で私よりもルミを選び、浮気をした。自分のことばかり考えて行動した結果がこれなの。今更助けてくれなんて言われても、助けないわ」

「今からでもやり直さないか?お前もこのまま独り身になるのは嫌だろ」

今更よりを戻そうとしてくる夫。どれだけ自分のことしか考えていないのだろうか。本当に腹が立つ。

「そういうところが嫌だって言ってるのよ。桜子、お願いだ」

「あなたとの関係はもう終わったの。私と義両親を騙したことを一生後悔しなさい」

電話越しに泣き言を言ってくる夫に強く告げて、電話を切る。これ以上、もう関わりたくない。あんな人が一時でも私の夫だったなんて、思いたくないのだ。

その後、元夫は事故物件に住み続けることはできないとして新居を手放すが、多額の借金が残ってしまう。もちろん私への慰謝料を払う必要もあるので、心身共にボロボロになっていく。そんな状況のせいか、当然のごとく元夫の再就職もうまくいかない。働き口が見つからない元夫は、ギリギリの生活を送ることになっていた。

元夫は私に後悔と反省のメールを送り、復縁を迫ってくる。あの日にやり直そうと持ちかけたのを断っているというのに。ここまで来ても自分のことしか考えられない元夫に、私は呆れるしかない。呆れつつも、私は元夫が地獄に落ちる様を見届けるため、あえてブロックせずにいる。気が向けば返信をするが、それ以外は基本既読スルーだ。

一方、ルミの身もボロボロになっていた。なぜなら、ルミの本命の男もルミを使い捨てるつもりで利用していたのである。本命の男である後輩は、元夫のことが入社当初から気に入らず、どうにかして出世コースから元夫を外したかったらしい。その時、受付嬢をしていたルミに恋心を持たれ、元夫を引きずり下ろす計画を思いついたようだ。念入りに計画を立て、実行に移す。その後、ルミのことがバレないように転職させたらしい。しかし後輩は、今回のことが会社にバレてしまい首になる。同時に、元夫に嫌がらせを主導していた上司も、悪事がバレて社内で白い目で見られ、自主退職したそうだ。結局、全員が自業自得で因果応報という結果になった。

全てが落ち着いた頃、私は新居に引っ越した。その後、味方になってくれた義両親にお礼を伝えに行く。

「お父さん、お母さん、この度は本当にありがとうございました」

「やれやれ、愚息が本当に迷惑をかけて済まなかった」

「いえ、これも人生経験の1つだと思うことにしますので、気にしないでください」

義両親は最後まで渋い顔をしていたが、彼らに恨みなどない。私の味方になってくれたことに、感謝しかなかった。

「桜子さん、あなたのこと、本当の娘だと思っているわ。戸籍上は親子ではなくなったけど、いつでも頼ってほしいわ」

「お母さん……」

「だから、たまに一緒にお茶でもしましょう」

義母の言葉に、私は笑顔で頷く。元夫やルミのように、自分のことだけを考えて人を傷つけてはいけない。義両親のように人を思いやり、人のために怒れるような優しい人間になりたい。私はそう思い、新しい一歩を踏み出すのだった。

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