「おい、クレカは俺が持ってるぞ。300万使う予定だから、支払いよろしく。」…

「おい、クレカは俺が持ってるぞ。300万使う予定だから、支払いよろしく。」...

「俺、飲みに行ってくるわ。ゆき子、車から降りて歩いて帰れ。」
 夫・はるきが、そう言って私を置き去りにしようとした。私は妊娠している。それなのに、この男は私を車から降ろして、三時間もかかる道のりを歩いて帰れと言うのだ。
「飲みに行くって、私、もう三ヶ月なのよ。それなのに置き去りにする気?」
「え? 三ヶ月って病気なのか? 違うだろ。そもそも嫁は夫の奴隷なんだよ。黙って従え。ちなみに電車には乗るなよ。金がもったいないから。まあ、三時間も歩けば着くだろう。」
 私はこの日のために、すべてを準備していた。子供は事前に実家で預かってもらっている。私は涼しい顔で、彼に言い返した。
「三時間って何? 三分あれば十分よ。新居のタワーマンションに行くので。」
 そう言って、私は車から降りた。夫は少し戸惑っていたが、私の言葉を真に受けてはいなかった。
「はるき。あなたは必ず後悔することになるわ。」

 はるきが車のエンジンをかけ、出発しようとしたその瞬間、義両親が現れた。彼らの突然の出現に、はるきの手がハンドルから滑り落ちる。
「おい、なんで二人がここにいるんだ?」
 はるきは驚きの声をあげ、慌てて車から降りた。彼は義両親に、今日は別の予定で出かけると聞かされていたからだ。しかし、私はその予定を密かに変更してもらっていた。
 義父が車の窓越しに近づき、厳しい顔をして言った。
「はるき、今の会話は全て聞いていたぞ。」
 その瞬間、夫の表情は緊張に固まった。義父の顔には、いつもの穏やかな表情とは違い、激しい怒りが浮かんでいた。
 続けて義母が口を開き、声を荒げた。
「ゆき子さんは妊娠してるのよ。これを歩いて帰らせるなんて、あなた何を考えているの?」
 その言葉がはるきの耳に届いた瞬間、彼の顔色はさらに青ざめた。
「なんだよ。いきなり現れてさ。今日は旅行に行ってるはずじゃなかったのか。」
 軽い口調でなんとか場を収めようとするはるきだったが、その声は震えていた。
「俺たちはゆき子さんから話を聞いていたんだ。お前がどれだけひどいことをしてきたか、全部な。」
 義父は静かに、しかし確実に言い放った。その一言一言が、はるきの余裕を徐々に奪っていく。
「お前の態度は許されるものじゃない。今までゆき子さんがどれだけ苦しんできたか、少しは考えたことがあるのか。」
「何を聞いたんだよ。ただ少し歩かせただけだろ。大したことじゃない。」
 その言い訳が虚しく響き渡った瞬間、義母は声を震わせながらも鋭く言い返した。
「少しって何よ。妊娠がどれだけ大変かも知らないで。ただでさえあなたの冷たい言葉や態度に傷ついて、心も体もボロボロになっているのに、それを少しだなんて。」
 義母は目に浮かんだ涙をなんとかこらえながら、はるきをじっと見つめた。その目には失望が色濃く現れていた。
「はるき子さんがどれだけ大変な思いをしてきたか知っているの? つわりがひどくて何度も吐いて、夜も眠れずに苦しんでいたのよ。それでもあなたは一度も支えようとしなかった。」

 私はわざとはるきの不安を煽るように、冷静に口を開いた。
「はるき。ご両親が怒っているのは嫁いびりだけじゃないわ。あなた、浮気してるでしょう。私が出産を控えていたというのに。」
 その瞬間、はるきの表情は一瞬で硬直した。彼の顔色がみるみる青ざめていく。
「は、浮気だと? 何を言ってるんだ、ゆき子。俺がそんなことするわけないだろ。根拠もないのに変な言いがかりはやめてくれ。」
 彼の声は震えていたが、それでも必死に虚勢を張ろうとしている。私はゆっくりとポケットからスマートフォンを取り出し、静かに画面をタップした。そして、はるきに見せたのは、彼とある女性が映っている写真だった。
「根拠がない? よくそんなことが言えたわね。私が何も知らないと思っていたの?」
 その瞬間、彼の動揺は隠しきれないものとなった。
 そこへ、義父の厳しい声が重く響いた。
「俺たちは事前に写真も見せてもらった。だからお前の浮気も知っている。誰と浮気しているかもだ。この事実を否定したいなら、お前こそ根拠を示してみろ。」
「いやいや、そんな遠くから撮った写真一枚で浮気だなんてバカバカしいだろう。その女性は体調が悪かったんだよ。だから体を支えてあげただけだ。それだけのことで浮気だなんておかしいだろう。」
 本当にバカな人。私は心の中でそう呟いた。この時点で素直に嫁いびりと浮気を認めていたら、少しは彼の未来も違っていたかもしれない。しかし、彼は最後の最後まで白を切り続けるつもりのようだ。
「はっきり言って諦めてるのはあなたの方よ。写真一枚しか証拠がないと思った? 残念だけど、証拠は全て揃っているの。ちなみに証拠集めは案外簡単だったわ。嘘だと思うならついてきて。私の新居までね。」
「新居って、お前マジで引っ越したのか? あれって嘘じゃないのか?」
 未だにはるきは半信半疑だったが、義両親の鬼の形相を見た瞬間、新居への同行を了承した。
 私ははるきを静かに見つめ、心の中で誓った。これから全ての真実を暴き、はるきには必ず相応の報いを受けさせると。義両親と共に、私は復讐の第一歩を踏み出したのだった。

 新居に向かう道中、はるきは何度も私の耳元で問いかけてきた。
「ゆき子、本当に新居なんてあるのか? どうせ嘘なんだろ。今ならまだ間に合うぞ。正直に話せ。」
「慌てないでよ。もうすぐ着くから、黙ってついてきて。」
 私は冷静に答えた。その冷静さにはるきは少しだけ焦りを見せる。そして数分後、私たちの目の前に立派なマンションがそびえ立っていた。
「ここが新居だって?」
「ええ、そうよ。そして中に入れば、全てが明らかになるわ。」
 はるきはそのマンションを見上げ、信じられないといった様子で呆然としている。マンションのエレベーターに義両親、はるき、そして私が乗り込むと、静かな空気が流れた。そして、私の部屋の前まで来たが、そこで立ち止まることなく、隣の部屋の扉の前に立った。玄関の扉は鍵も閉まっておらず、そのままドアノブを回し、扉を開く。音もなく開かれた扉の向こうには、一人の女性が立っていた。その女性とは、私の妹・ちかだ。
「ちか、どうしてお前がここにいるんだ?」
 彼の声は高く、驚きのあまり思わず叫んでしまったかのようだった。ちかの姿を見た瞬間、はるきの顔が驚きに満ち、血の気が一気に引いていく。
「はるき。このマンションはちかの新居でもあるの。それを知った上で、私も同じマンションに引っ越したのよ。あなたのその血の気が引いた表情から察するに、何も知らなかったようね。ちかはあなたの浮気相手なのに。」
 私の言葉が、まるで鋭い刃物のようにはるきの心に突き刺さった。彼は絶句した。ここまで大胆に私が浮気相手に近づいたとは、夢にも思わなかったのだろう。
「ちかが浮気相手? 何をバカなことを。ゆき子が勘違いしているだけで。」
 直後、はるきの言葉を遮るように、私はバッグから探偵が集めた証拠資料を取り出して机の上にパンと置いた。
「私の言ってたこと忘れちゃったの? 全て揃っているのよ。浮気の証拠はね。」
 はるきがその資料を手に取り、一枚一枚確認していく。高級ブランド店やホテルに出入りするはるきとちかの姿が写真に納められていた。
 義父は冷たい表情で、はるきの顔を見て低い声で言った。
「はるき。この写真を見て、私たちに何か言うことはあるか?」
「いや、違うよ。まさかそんなことするわけないだろ。考えてみてよ。ちかはゆき子の妹なんだ。」
 はるきは必死に否定したが、私は冷静に続けた。
「はるき。ここに来る前に言ったでしょ。証拠集めは案外簡単だったって。その言葉で察しがつかなかった? あなたの浮気相手は私の妹だから、接触するのも住所の特定をするのも簡単だったって意味よ。妹と同じマンションに引っ越して私は監視を始めた。結果、あなたの浮気の証拠写真も撮影できたというわけ。」

 その場がしんと静まり返る。今度はちかが涙を浮かべながら震える声で言った。
「お姉ちゃん……ごめんなさい。本当にごめんなさい。」
「ちか。あなたの謝罪は後でいいわ。今ははるきに全てを認めてもらう必要があるからね。」
 私は冷たく言い放った。
 その夜、新居のリビングに漂う緊張感は、まだ容易に解けるものではなかった。すると、今度ははるきが遮るように口を開いた。まだこの場を乗り切れると思っているようで、言い逃れを開始した。
「確かにちかと一緒に買い物に行ったとかはあったけど、ただ付き添っただけだし、ホテルに行ったのもただ相談を受けただけなんだよ。決して恋愛感情があったわけじゃないさ。だって俺とちかは、義理とはいえ家族でもあるだろ? 家族の相談に乗るのがおかしいことか? 違うよな。何勝手に俺が悪いみたいな感じにしてんだよ。」
 私が妊娠中に苦しんでいる時は、一つも相談に乗ってくれなかったのに、何を言っているのだろうか。ただ、はるきが言っていることも筋が通ってなくもない。証拠写真に写っていたホテルというのは、ラブホテルではないからだ。でも、全てを知っている私には何を言っても無駄だ。
「こんな探偵まで雇って俺を疑い、落とし入れようとして、何なんだよ。ゆき子が俺と別れたくてこんなこと仕掛けてきたんじゃないのか。新居のことだって俺に無断だった。勝手に引っ越すなんてどうかしてる。こんなことされたら、逆に夫婦を続けることなんてできるわけないじゃないか。もう付き合ってられねえわ。」
 そう言い放ったはるきは、私たちを残しリビングから立ち去ろうとした。しかし、義父が彼の肩を掴み、力強く引き止めた。
「はるき。まだ話は終わっていないぞ。ゆき子さんの話すことをちゃんと最後まで聞くんだ。」
 私もこの機を逃さず、バッグから小さな録音機を取り出した。これをはるきの顔の前に突きつけるように差し出し、間を置かず再生ボタンを押した。はるきは顔をしかめながら後ずさった。
 そうしてまた静かになった部屋の中に、男女が話している会話が流れ始めた。
「なあ、ちか。もう少しで二人で生活できる環境を整えれると思うんだ。ゆき子にはもう愛想が尽きた。もう少しで離婚できそうなんだ。そうすれば俺たちは自由だ。一緒に幸せになろう。」
「本当にお姉ちゃんは何も気づいていないの?」
「大丈夫だ。ゆき子はバカだから、絶対に気づいてないよ。それにバレたとしても俺なら言いくるめられる。あいつは俺の言いなりだからな。この時のために資金も少しずつ貯めてあるんだよ。二人で遠いところに行けばうまくやれるさ。」
 その言葉が響き渡ると、はるきの顔と義両親の顔にも衝撃が走るのが分かった。義父は顔を赤らめ、拳を震わせていた。
「これは誰の声だ? はるき、お前とちかさんの声に聞こえるぞ。」
 その声には怒りと失望が混在していた。はるきはその言葉に驚き、状況を理解できずに恐れおののくばかりだった。
 私は泰然とした態度を保ち、真実を打ち明けることにした。
「これは車の中に仕掛けていた盗聴機で録音したものよ。はるきが証拠写真を見せても言い逃れしようとするかもしれないと思って準備していたの。案の定、あなたは言い逃れしようとした。でも無駄よ。これはあなたが私を捨てて離婚しようとしていた証拠。この音声は、お父さんやお母さんにも聞かせていなかったけどね。この盗聴機を回収したのは、はるきが私を車で駅に迎えに来た時のことだった。彼は私に歩いて帰れと言って車から追い出したが、私は車内に忘れ物がないか確認するふりをして後部座席からその盗聴機をこっそりと回収したのだ。」
 さすがにはるきも動揺を隠せず、さっきの居丈高な態度はどこかへ消えてしまった。しかし、それでもなお彼は言い訳を始めた。
「いや、これは違うんだ。ゆき子。本当は浮気をやめようと思っていたんだ。前は確かにそういったこともあったかもしれないが、今は後悔しているんだ。」
「あなたの言葉は全て嘘よ。元々あなたは私を捨てる計画を立てていた。この音声の中であなた自身がそう言ってるじゃないの。」
 その言葉を放った瞬間、はるきの顔は曇り、言葉を失った。直後、義父が怒りに任せてはるきに掴みかかり、激怒した。
「はるき! 俺たちは事前に全部聞いていたんだ。嫁いびりに浮気。しかも浮気相手がゆき子さんの妹だと。お前は何も知らなかったとはいえ、俺たちの前で平然と嘘と言い訳を並べた。自分がどれだけ愚かなことをしているのか、自覚はないのか。」
 義母は涙を浮かべながら、私に深々と頭を下げてくれた。
「ゆき子さん、本当にごめんなさい。こんなことになるなんて。」

 しばらくの間沈黙が続いた。しかし、はるきの心には怒りと自己弁護の感情が渦巻いているようだった。彼は再び口を開き、今度は開き直った態度で話し始めた。
「もういいだろう。ゆき子。確かに俺は浮気をした。それは事実だ。でも、浮気される方にも問題があるんじゃないか。」
 私は驚きと怒りが入り混じった表情ではるきを見つめた。義両親も彼の開き直りに信じられないという様子だった。
「あなたは、ゆき子さんのことを自分の所有物とでも言いたいのか?」
「その通りだよ。ゆき子は俺のものなんだ。だからどう扱おうが俺の勝手だろう。むしろ感謝して欲しいくらいだ。俺と結婚できていい夢が見れたんだからな。」
 そう言った瞬間、はるきは私の手にあった録音機を奪い取り、なんと窓から外に向かって放り投げた。
「こんなもので人の会話を盗み聞きするようなことしやがって。やっぱり俺は間違ってなかったんだよ。出ていってやる。どうせ出ていくつもりだったからいい転合いだったんだよ。」
 ありえない言葉の数々に、義両親の体はブルブルと震えていた。
「はるき。あなたは本当に救いがないわね。これが最後の忠告よ。このまま出ていったら、あなたは必ず後悔するわ。それが嫌なら、全てを認めて謝罪して。私だけじゃなく、ご両親にもね。」
「バカか。お前は。後悔なんてするわけないだろ。救いようがないのも後悔するのも、お前の方だ。まんまと俺に騙されていたくせに、偉そうにするなよ。先に言っておくが、二度と俺たちに関わるな。次に俺たちの前に現れたら、どうなるか分かってるよな。」
 はるきは冷笑を浮かべ、鋭い視線で威嚇しながら、ちかの手を引いて出て行ってしまった。

 あれから一週間後、私は実家で静かにその時が来るのを待っていた。しばらくすると、ドアが開く音がして、疲れ果てた様子のはるきが現れた。彼の顔には焦りと絶望が浮かんでいた。
「ゆき子……ちかの行方を知らないか。どこを探してもいないし、連絡が取れないんだ。お前の妹だろ。何か口裏合わせして、また俺を騙そうとしているんじゃないか。」
 はるきの声は震えている。彼が本当に困っていると一瞬で察することができた。もちろん、私にとっては想定内の出来事。そこで私は冷静に答えた。
「ちかなら、もうこの町にはいないわ。また新しいところに引っ越すと言っていたわ。」
「そんな! どういうことなんだ? この間引っ越したばっかりの新居はどうすんだよ。」
「やっぱり聞かされてないのね。実はちかには多額の借金があったのよ。ちかは昔から付き合っていた男が有名なホストらしいわ。彼にお金を貢ぐために、いろんなところに借金したりしてたみたい。それで相当なお金を彼のために貢いで、ずっとお金に苦労していたの。」
 はるきは愕然とした表情で私を見つめた。何も知らなかったのだから、その反応も無理はないだろう。私は最後の種明かしをするように、ゆっくりはるきに語って聞かせた。
「あなたの浮気が分かって、しかも私の妹とだなんて、どんな冗談かと思ったわ。あなたが憎らしいのと同様、ちかがとても憎らしかった。問い詰めて、あなたと一緒に罪を償わせようと思ったわ。でもね、ちかを追求した時、こう言ってたわ。『遊びのつもりだった。お金欲しさにはるきを騙してしまった』って。これっぽっちも愛情なんかない。だから許してって謝られたの。もちろん、そんなお詫び程度で許せるはずはないけど、話を聞いていると、ちかはもうお金が回らなくなっていて、借金取りに追われて住所を転々と変えているらしかったわ。あのマンションはそのホストから一時的に借りたマンションだったみたいよ。その時こう思ったの。ちかはもう、私が何をしなくても罪を償う時が来るだろうって。」
「そんな嘘だ。そんな素振りは全く見せてなかったのに。」
 私は自分の表情が少し含みを持った笑みに変わったのを感じた。これまで私を下に見ていたはるきが、確実にダメージを受けている。
「ちかはもう余裕がない状態だったわ。まさにさっきあなたがこのリビングに入ってきたような顔をしてた。だからちかはきっとあなたに頼るはず。そして頼られたあなたはちかを助けようとする。そうすると、ちかはあなたにできるだけ負債を負わせて、また逃げるだろうなって。」
 私の言葉は、冷徹にはるきの心を抉った。今のはるきが置かれている状況は、まさに私が予言した通りになっていた。
「知っているなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだ。教えてくれたら、ちかと浮気することなかったのに。それにお前の妹だろ? 不幸になっていいのかよ。」
「あれ? もしかして後悔しているの? 言ったわよね、あなた。『後悔なんかするわけないだろう』って。忘れたとは言わせないわよ。」
 はるきはその言葉に打ちのめされ、床に崩れ落ちた。涙が頬を伝い落ちる。
「ゆき子だ。もう一度チャンスをくれないか。全部やり直したいんだ。」
 義両親もその場に立ち尽くし、息子の無様な姿に呆然としていた。
「はるき。これがお前の選んだ道だ。今まで散々なことをやってきたんだ。自分でけじめをつけなさい。」
「そんなこと言わないでくれよ。ゆき子。本当に申し訳ない。どうか許してくれ。」
 はるきは涙を流しながら深く頭を下げた。私は冷静な表情を崩さず、冷たく言い放った。
「許すつもりはないわ。これからあなたには法的に責任を取ってもらう。慰謝料も請求するわね。あなたとの結婚生活はこれで終わりよ。」
「どうかお願いだ。ちかのせいで金もないんだよ。頼むよ。俺たち夫婦だっただろう。」
「あなたは自分の行動の結果を受け入れるべきよ。」
 泣き崩れているはるきを冷ややかに見下ろしながら告げた。その声には、これまでの苦しみとこれからの決意が込められている。
 それから、義両親の協力のもと、弁護士と共に離婚手続きを進め、はるきに対して慰謝料を請求した。はるきは全てを失い、義両親の監視のもとで生活を続けることになった。後日、はるきは私と娘が幸せに暮らしていることを知り、深い後悔の中に生きていくことになった。
 ちかはと言うと、さらに深刻な状況に陥っていた。同じ手口で複数の男性からお金を騙し取っていたことが露見し、詐欺の容疑で逮捕されていた。ちかはどん底に落ちるはめとなるが、それも仕方ないだろう。全ては自分で巻いた種。自分の行いについて相応の報いを受けるべきだ。
 私は自分の実家に戻り、両親と共に新しい生活を始めた。温かい家族のサポートのもと、娘と共に穏やかな日々を過ごしている。
「お母さん見て。ブランコに乗れるようになったよ。」
「本当に上手ね。お母さんも嬉しいわ。」
 ある日、緑豊かな公園の中で子供たちの笑い声を聞いていた。その中で娘が友達と一緒にブランコに乗って、嬉しそうにアピールをしている。私はその光景を見ながら、心の底から幸せを感じていた。でも、これからが本当のスタートだ。娘には絶対に幸せな未来を与えたいから。

「おい、さっさと飯の準備しろ。嫁のくせに休むな。せっかく親族が集まってくれたのに申し訳ないだろ。」
 えっと、一応確認するけど、今日は私の退院祝いよね。親族の皆さんを集めてくれたのは嬉しいけど、私、産後よ。もう退院したんだから大丈夫だろ。それに女が子供を産むのは当たり前のことだし。産後とか言い訳すんな。早く飯作れ。
 夫の涼介は、私が退院した翌日に、出産と退院祝いという形で実家に親族を十人ほど集めた。しかし、夫は私を気遣うことはない。それどころか、親族に申し訳ないから早く飯を作れという。夫の言動は本当にありえないものだったが、それは今に始まったことではなかった。だから私は、あくまで冷静に夫に再確認する。
「涼介。出産は病気じゃないけど、産後は大変なのよ。妊娠中と同じで、産後の体はとてもデリケートだし、今も体の痛みがある。それでもあなたは私にご飯を作れっていうの? 私のことはどうでもいいの?」
「どうでもいいなんて思ってない。若菜は大げさなんだよ。お前が入院中、俺は毎日見舞いに行ってやったじゃないか。それにさっきも言ったけど、女が出産するのは当たり前のことだ。俺は家族を養うために必死に働いてるんだから。お前は嫁の仕事をちゃんとこなせよ。」
 今、私と夫はキッチンにいるので、親族たちは周りにいない。それをいいことに、夫はいつもの調子で上から目線だ。もうこれ以上夫に何を言っても無駄だ。入院する前から覚悟はしていたが、もう夫とは終わりにしないといけない。そう決意し、私は夫にこう告げた。
「分かったわ。涼介。嫁の仕事はちゃんとこなす。でも、実はご飯はできてるの。今日のために私の知り合いが作ってくれたから。あなたもよく知っている人よ。今から呼ぶわね。」
 数分後、その人物を招き入れると、夫が目を丸くして驚いた。
「へ? なぜあなたがここに?」
 夫が驚くのも無理はないだろう。その人物とは、夫の会社の取引先社長である立花社長という男性だ。
「いやあ、涼介君。いつも世話になってるね。突然だがお邪魔させてもらうよ。」
「ちょっと状況が掴めていないのですが、なぜ立花社長が親族の集まりに?」
「若菜さんとは以前から連絡を取り合っていてね。今日退院されると聞いて、準備していたんだよ。私の妻も会社経営をしているから、なかなか家に帰ってこなくてね。いつの間にか料理が得意になっていたんだよ。」
 苦笑いを浮かべた夫は、私に耳打ちをしてキッチンの隅に連れていく。ひどく混乱した様子だ。
「どういうことだよ。お前が立花社長の知り合いって、なんでだ? 待って。あと、なんで親族の集まりに呼んだ? どう考えてもおかしいだろう。」
「私と立花社長のことについては後で話すわ。親族の集まりに呼んだのは、立花社長からの要望でね。どうしても親族の皆さんに話したいことがあるそうよ。」
「は? 話したいことって何だ? 立花社長と親族たちに接点ないだろう。」
「この理由も後で話すから、ひとまず立花社長を親族の皆さんに紹介してよ。ほら、立花社長もお待ちかねよ。」
 夫が立花社長の方を向くと、にっこりと爽やかな笑みが返ってきた。夫は明らかに戸惑いながらも、立花社長を親族たちの前に連れていく。当然、親族たちも見知らぬ男性の登場に全員が戸惑っていた。
「えっと、こちらは立花社長です。僕の会社の取引先社長で、大変お世話になっている方でして。今日は皆さんと話をしたいということで、若菜が招待したと先ほど聞きました。」
 夫自身も状況が掴めていないので、たどたどしい様子だ。親族たちがざわざわとする中、義父が口を開く。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。息子が大変お世話になっているようで。それで、話をしたいというのは?」
「実はですね、私の娘についてなんですよ。いや、本当に出来が良くて、目に入れても痛くないほど可愛いんです。今日は写真も持ってきていますので、確認していただけますか?」
 義父も夫と同じようにたどたどしい返事だ。それもそうだろう。親族たちにとって立花社長は初対面であり、そんな立花社長から突然娘の自慢をされれば、当然の反応だ。ただ、親族たちは立花社長から受け取った写真を見たことで、その意味を知ることになった。
「立花社長。この写真に映っている女性は娘さんで間違いないのでしょうか? うちの息子が隣に写っているのですが。」
「はい。間違いありません。娘の名前はエリと言います。あなたの息子さんは、私の娘と浮気しているんですよ。」
 その瞬間、親族たちは総然とする。と、夫を見ると、小刻みにブルブルと震えていた。まるで病人のように顔面蒼白で、滝のように汗をかき始めた。義父は信じられないといった様子で写真を何度も見返している。しかし、何度見ても写真に映っているのは自分の息子だ。写真の内容は、夫とエリさんが親しげに腕を組みながらホテルに入るシーンや、キスをしているシーンなど、明らかに浮気だと分かるものだった。
「皆さん、混乱させてしまい申し訳ございません。しかし、私はどうしても許せなかったんです。若菜さんと子供を作っておきながら、私の娘をたぶらかしているこの男が。皆さんにもその事実を知ってもらうべきだと思いました。そこで、私は若菜さんに協力したんです。」
 立花社長は深々と頭を下げながら胸の内を明かした。
 すると、夫が開き直るように言い放った。
「ちょっと待ってくださいよ。皆さん、何かの間違いだよな。お前が浮気をするなんて、どうしても信じられない。若菜さんが出産したばかりなのに、そんなことできるはずがないんだ。父さん。あ、当たり前じゃないか。俺が浮気なんてするわけないよ。この写真に映っている人物は、他人の空似さ。俺は立花社長の娘さんのことは知らないし、当然会ったこともないよ。俺が愛しているのは若菜だけ。そうだよな。若菜。」
 夫が私の方に向き直り呼びかけると、親族たちの視線が一気に集まった。夫は私をまっすぐと見て、無言の圧力をかけてくる。『俺を裏切ったらどうなるか分かってるよな』と顔に描いてあった。いつも私はそんな夫に従ってきた。優秀な夫に比べて、私は平凡で何もない。それに夫は交際中や結婚当初は私に優しかった。子供ができれば変わってくれると期待した。でも、夫は何も変わらなかった。
「涼介。私を愛しているなんて嘘つかないで。ずっと私のことをいびっていたくせに。さっきだってこう言ってたわよね。『女が子供を産むのは当たり前。産後とか言い訳するな。早く飯作れ』って。私が出産しても、体のことなんて気遣ってくれない。それに何より、赤ちゃんのことも興味ないじゃない。」
「何言ってんだよ。そんなこと言っていないし。お前のことも赤ちゃんのことも気にしてるよ。皆さん、若菜の言っていることは真に受けないでくださいね。産後で精神的に不安定なんですよ、きっと。」
 夫の動揺が明らかに大きくなった。その動揺する姿に、親族たちの目が変わっていく。夫が浮気をするのは信じがたい。しかし、証拠となる写真がある上、立花社長が直接話をしに来た。そこまでしてわざわざ嘘をつく理由もない。そう考えると、夫が嘘をついている可能性が高いと判断したのだろう。
「皆さん、涼介は嘘をついていないと言っていますが、全く逆です。涼介は他にもたくさん嘘をついています。そうですよね。立花社長。」
「ええ。その通りです。涼介君は私の娘と浮気していましたが、既婚者ということを隠していました。娘は涼介君と真剣に交際しているつもりだったんです。本人に確認しましたので、間違いありません。そして、もう一つとんでもないことが明らかになりました。皆さん、これも見ていただけますか?」
 そう言って立花社長は鞄から分厚い封筒を取り出した。中身を取り出し、親族たちに見せ、内容を説明する。その内容を私はすでに知っていたが、本当に信じがたいことだった。
「私は探偵社に浮気調査を依頼しました。しかし、これは娘の浮気調査ではありません。涼介君は、他の女性とも浮気していたんです。そして、その女性は私の妻でした。」
 直後、家全体が揺れるほど親族たちがどよめいた。その揺れと一緒に、夫は力なくへたり込む。
「私も本当に驚きました。妻も私と同じように会社経営をしているので家に帰ることも少なかったのですが、それをきっかけに私は浮気を疑うようになりました。それで浮気調査をすることにしたのですが、その結果、涼介君が妻と浮気をしていた。その後、娘とも浮気していたと分かったというわけです。」
 立花社長が料理を得意になったのは、奥さんが家に帰ってこなくなったから。その原因が仕事が忙しかったのではなく浮気だったと知って、立花社長は大きなショックを受けたと話してくれた。さらに、娘も騙されていたとなれば、立花社長の怒りは測り知れないものだろう。
 全てを知られていると分かった夫は、ようやく自分の立場に気づいたようだ。床に額を擦りつけ、勢いよく頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。知らなかったんです。まさか、僕の浮気相手が立花社長の奥様と娘さんだったとは。二人と知り合ったのは本当に偶然で、とても魅力的な女性だったものですから。立花社長のご家族だと知っていれば、こんなバカなことは。」
 その瞬間、夫の体が宙に浮かんだ。立花社長が夫の胸ぐらを掴み持ち上げたのだ。
「私の家族と知っていれば、浮気はしなかっただと? 浮気自体が許されることではないだろうが。それに、貴様、どこまで嘘をつけば気が済む? 取引を有利に進めるために、私の家族に近づいたんだろう。正直に言え。」
「お、お、本当に知らなかったんです。本当です。」
「貴様のような人間、信じられんな。妊娠中の奥さんをいびり倒し、出産後もないがしろにする。子供のことは一つも気にかけない。何が『女は子供を産むのが当たり前』だ。『産後とか言い訳するな』だと。出産のことを何も知らないくせに、偉そうに語るな!」
 大激怒する立花社長は、今にも夫を殴り飛ばしてしまいそうだった。しかし、親族たちは誰も止めることができない。夫をかばって味方をする方が難しいだろう。
「父さん、なんとかしてくれよ。謝っても無駄だって。早く立花社長を止めてくれ。」
「涼介。俺もできることなら止めたいよ。でも、お前がしたことは俺も許せないんだ。立花社長を止めることが、どうしてもできない。お前はその報いを受けなければいけない。」
「そんな、俺が悪かったから。頼むよ。若菜。浮気してたのは謝る。本当にごめん。マジで反省してるから、立花社長止めてくれ。」
 小犬のようにガタガタと怯えながら懇願する夫を見て、私は改めて思った。どこまで行っても夫は自分のことしか考えていないと。
「涼介。立花社長の奥さんと娘さんとは偶然知り合ったって本当? もう嘘はついてない?」
「ああ、本当だよ。ここまで来て嘘をつくはずがないじゃないか。」
「そう。分かったわ。あなたは本当にバカだってことが。涼介が嘘をついてることは簡単に分かるのよ。本人に聞けばね。」
 そう言って私はスマホを掲げた。スマホ画面は通話中であり、スピーカー状態だ。
「おい、若菜。まさかお前。」
「ええ、そのままよ。これまでの会話は、立花社長の娘さんであるエリさんに聞いてもらっていたわ。エリさんはあなたのことを信じていたみたいだから、事実を知ってもらおうと思ってね。さて、涼介は偶然であったと言っていますが、本当でしょうか?」
 スマホに向かって私がエリさんに問いかけると、彼女はおずおずと口を開いた。
「偶然ではないはずです。涼介さんと初めて会ったのは父の会社の前でしたし、それに涼介さんは最初から私の名前を知っていました。母と知り合いだと聞いていましたし、母からも涼介さんのことを教えてもらったので、その時は疑問に思わなかったのですが、まさか独身だと嘘ついた上に、母とも浮気しているとは。知らなかったとはいえ、大変申し訳ございませんでした。」
 シーンと静まり返った実家に、エリさんの落胆した声が響いた。夫は言葉を失ったようで、一瞬で青ざめる。夫の胸ぐらを掴んでいた立花社長は手を離し、夫に問いかけた。
「涼介君。なぜこんなことをした? どんな理由があっても許されることではないが、教えてくれ。」
 立花社長の問いかけに、夫はしばらく沈黙したが、親族たちを見渡した後、ゆっくりと口を開いた。
「実は僕は、会社で全くと言ってほど結果を残せていません。同僚たちが優秀で、僕はチームとして評価されているだけでした。学生時代もそうです。なんとか有名校に合格しましたが、大学に入学してから全くついていきませんでした。でも、親族たちの期待を裏切りたくなくて、本当のことが言えずにいたんです。そんな時、立花社長の奥様と出会ったことで思いついてしまいました。取引を有利に進めるために利用できるんじゃないかって。近づいたのも同じ理由です。」
 夫は小刻みに震えながら、消え入りそうな声で話す。親族たちは夫のことを優秀な人物だと思っていたので、真実を聞かされて絶望していた。
「立花社長。本当に本当に申し訳ございませんでした。こんなことをするのが親族たちへの裏切りだと分かっていたんです。でも、歯止めが効かなくなってしまって。」
「涼介君。周囲の期待を裏切りたくないのは私も分かるよ。だが、君が一番に考えないといけないのは、若菜さんと赤ちゃんのことだろう。」
「おっしゃる通りです。若菜。本当にすまなかった。俺、心を入れ替えるから、どうか許してくれ。この通りだ。」
 夫は額を床に擦りつけ、懸命の土下座をした。夫は本気で反省をしている。そう思える言動ではあった。でも、私はどうしても夫を許すことができない。なぜなら、涼介のしたことは取り返しのつかないことなの。もうやり直すことなんてできないわ。それに、あなた、嘘をついているからね。
「え、若菜、何を言って?」
 その直後、私は立花社長に向き直りこう告げた。
「本日立花社長がお越しになられる前、涼介はこんなことを言っていました。『お前が入院中、俺は毎日見舞いに行ってやったじゃないか』と。確かに涼介は私の入院している病院に毎日来ていました。ですが、その理由は病院のスタッフに会うためです。涼介は立花社長の奥様やエリさんだけでなく、他にも浮気相手がいるんです。」
 そう言って私はスマホの再生ボタンを押す。そこから夫と病院スタッフの会話が流れ出した。その会話の内容は、夫が独身だと偽ってデートに誘っているというものだった。
「もしかしたら、涼介は社内の人間にも言い寄っているかもしれません。残念ですが、まだまだ調べる必要がありそうです。こんな人のことを信じる方が難しいですよね。だから、私は涼介のことを一生許すことはできないと思います。」
 再び実家はシーンと静まり返った。さっき夫が立花社長に謝罪しながら打ち明けた話も、全て嘘なのかもしれない。夫は嘘に嘘を重ねたことで、全員からの信用を失った。
「涼介。あなたは、女が出産するのは当たり前のことだと言った。立花社長もおっしゃってたけど、何も知らないくせに偉そうなこと言わないで。そんな人に父親になる資格はない。私はあなたと離婚します。」
 そう言って私が離婚届を渡すと、夫は無言で震えながら受け取ったのだった。
 翌日、私は改めて義両親の元へ向かう。今回の件で謝罪をするためだ。
「お父さん、お母さん。ご相談できずに混乱させてしまい、大変申し訳ございませんでした。私一人では涼介に逃げられるかと思い、こんな形を取ってしまいました。」
「若菜さん。本当に驚いたよ。親族たちも混乱していたのは間違いない。ただ、涼介には一生忘れられない日になっただろう。こんなこと、二度とあってはいけない。その前に、私たちからも謝らせて。若菜さん、気づいてあげられなくてごめんなさい。私たちが親として涼介をしっかり見ておくべきだったわ。」
 義両親は本当に申し訳ないと言って頭を下げてくれた。もちろん、私は義両親を恨んでいない。夫が親族十人を集める際、真っ先に動いてくれたのは義両親だった。きっと心から孫の誕生を喜んでいてくれたに違いない。それだけに、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そんな私に義両親は「何かあったらいつでも頼りなさい」と言葉を残してくれた。本当に感謝しかなくて、自然と涙が溢れてきた。
 その後、私は夫と離婚し、慰謝料と養育費も請求。そして立花社長も奥様と離婚し、今はエリさんと二人で暮らしているそうだ。一方、元夫はと言うと、会社を辞め、地元も去ってしまう。親族全員から見放され、あっという間に悪評も広まり、離れるしかなかったようだ。今は多額の借金を抱え、毎日ボロボロになりながら働いているらしい。私は、エリさんだけでなく、他の浮気相手からも訴えられ、どん底に落ちてしまった。それでも、弟のしたことを考えれば足りないと思う。家族を騙したこと、何より赤ちゃんをないがしろにしたのだから。
 出産することは当たり前なんかじゃない。それが分からない限り、元夫はこれからも孤独のままだろう。すやすやと眠る赤ちゃんを見ながら、私はそう思った。そして、この子は私が守ると、改めて誓ったのだった。

「え? 私のクレカをどこにやった?」
「なんだ。今頃気づいたのか? 結衣。お前のクレカは俺が持ってるよ。海外旅行で使うためにな。三百万使う予定だから、支払いよろしく。」
 夫の徹也に電話をかけると、彼はゲラゲラと笑いながら言い放った。夫は今、私に内緒で親族と海外旅行中らしい。義父の誕生日祝いとして夫と私の姉が計画した旅行だが、費用は私のクレカで全額負担するつもりのようだ。普通ならぶち切れるところだろうが、私は淡々とした口調で事実だけを伝えた。
「クレカなら解約したよ。ついでに、離婚もしておいた。別に三百万使ってもいいけど。徹也が自分で払ってね。」
「解約? 離婚? そんな嘘信じると思ってんのか? 何強がってんだよ。」
「思ってた通りの反応ね。どうせ徹也は信じないと思ってた。でも、信じるか信じないかなんてどうでもいい。あなたが困れば、それでいいの。このままだと海外に閉じ込められるでしょうけど、もう私は他人なので助けない。それじゃ、さようなら。」
「はい? はい。さようなら。さようなら。さて、海外旅行を満喫するか。嫁の金で。」
 そう言って夫は電話を切った。夫にとって最悪の旅行になるだろうに、どこまでバカなのかしら。まあ、私には好都合。これで夫が地獄に落ちることが確定した。徹也。あなたにはたっぷりと後悔してもらうわ。
 翌日、夫から鬼のように大量の着信が来た。思ったより早かったなと思いながら、あえて無視する。不在着信が五十件に達したタイミングで、電話に出た。直後、飛び切り焦った夫の声が飛び込んできた。
「やっと出た。実は、両親と親族たちがホテルに帰って来ないんだ。電話しても繋がらないし。結衣、なんか知らないか?」
「あら、今頃気づいたの? 大丈夫よ。心配しないで。親族の皆さんは、揃って帰国したから。じゃ、そういうわけなので。」
「待て待て。何言ってんだよ、お前。みんなが帰国するわけないだろ。俺がいるのに。知らないなら知らないって言えよ。時間の無駄だろうが。」
「やっぱり信じないか。じゃあ、これを見てくれる? 百聞は一見にしかずって言うしね。」
 私はスマホを操作し、テレビ電話に切り替えた。すると、夫のポカンとした表情が画面に移った。
「はあ? なんでだよ。なんで結衣の隣にみんながいるんだ。マジで帰国したのか?」
「私は最初から冗談も嘘も言ってない。確かに親族たちは帰国し、今私の隣にいる。全員が鬼の形相で、テレビ越しに夫を睨んでいた。」
 ますます夫は混乱し、脂汗をかき始めた。夫を見ていた義両親が口を開く。
「おい、徹也。お前は言ってたよな。『俺の金でみんなに海外旅行をプレゼントする』って。でも、実際は結衣さんのクレカを盗んで使うつもりだった。全く、何を考えてんだ。」
「夫婦だからって、勝手にクレカを使うなんて、本当に情けないわ。」
「いや、クレカを盗んだなんて人聞きが悪い。ちょっと借りただけだよ。後で返すつもりだったんだ。結衣に伝えるのが遅くなって、勘違いさせてしまったんだよ。」
 とりあえずこの場を乗り切って、後で何とかするつもりなのか。夫は嘘を並べ始めた。そんなことをしても無駄なのに。だって、すでに夫は追い詰められているから。
「分かったわ。徹也。日本に帰ってきたら、話し合いをしましょう。電話じゃ、みんなも納得できない様子だし。」
「そ、そうだな。その方が良さそうだ。すぐに帰国するから、待っててくれ。」
 そう言って夫は電話を切った。だが、十分ほどすると、また夫から電話がかかってくる。
「おい、結衣。クレカが使えなかった。解約したって、マジだったのか。旅行に来る前は確かに使えたのに。」
「あなたが海外に着いたタイミングで解約したのよ。二十四時間前くらいかしらね。ちなみに、あなたがカードを盗むことは予想していた。だから、先に手を打っておいたのよ。」
「嘘だろう。絶対にバレてないと思ったのに。あと、さっき気づいたんだけど、俺のクレカが偽物にすり替わってた。これもお前の仕業か?」
「大正解。なかなかよくできてるでしょ。まあ、ちゃんと確認したらすぐに分かることだけど。あなたは私のクレカを使う気満々だったからね。」
「ふざけんなよ。人のクレカを盗むなんてありえないだろう。犯罪だぞ。犯罪。お前、会社の社長の癖して、何考えてんだ。」
「特大ブーメラン投げないでくれる? あなたが先に私のクレカを盗んだんでしょうが。」
「俺は盗んだんじゃない。さっきも言ったけど、借りようとしてただけだ。それに、夫が嫁のクレカを使って何が悪い?」
 今はテレビ電話に繋いでいないので、夫は言いたい放題だ。仮に夫婦間であっても、私のクレカを使うなら事前に相談するべき。勝手に使うとかありえない。やはり夫にはきつい仕置きが必要だ。
「とにかく、このままだと日本に帰れない。お前が責任とって、なんとかしろよ。私は仕事でそっちに行けないから、無理ね。他の誰かに頼めば?」
「他の誰かって誰だよ。親族はみんな帰国したんだろうが。ここには俺しかいない。さっさと金を送れよ。」
 電話が壊れるんじゃないかと思うくらいの怒声だ。テレビ電話にしていないとはいえ、親族にも聞こえてしまうかもしれないのに、よっぽど焦っているのだろう。ただ、残念なことに、私の反撃はここからが本番だ。
「何を言ってるの? 徹也。まだそっちに一人だけ帰国していない人がいるでしょう。私の姉、マキよ。あなたの浮気相手でもあるわね。」
 直後、あれだけ騒がしかった夫の声がぴたりと止んだ。私が浮気に気づいていることは想定外だったのだろう。私は夫と姉に復讐するために準備をしてきた。もちろん、夫がクレカを盗むことだけでなく、親族と海外旅行に行くことも知っていた。今回海外旅行を計画したのは夫と姉だったので、二人まとめて地獄に叩き落としてやろうと思ったわけだ。ちなみに、義両親を始め親族たちにも相談しているので、全員が私の協力者である。
「あなたと姉には言いたいことが山ほどあるの。早く日本に帰ってきてくれないかしら?」
「え、いや、実は、マキさんもお金を持ってないんだよ。だから、このままだと帰れないんだ。結衣、頼むよ。金を送ってくれ。」
「ごめんなさいね。実は、姉がお金を持っていないことも想定済みなの。だって、あなたは姉に何でも買ってあげてたでしょ。私のクレカを勝手に使ってね。旅行費も徹也が出すと思ってた。」
「さっきも言ったけど、このままだと海外に閉じ込められるわね。まあ、姉と二人きりになれるから、いいんじゃない?」
 ここでようやく自分の立場を理解したのか、夫は完全に沈黙してしまった。「三百万使う予定だから支払いよろしく」と言っていたくせに、その勢いを完全に失っている。電話の向こうは見事に静まり返っていたが、恐る恐る夫が口を開いた。
「あの、結衣さん。いや、結衣様。なんとかならないでしょうか。このままだと俺たちは日本に帰れないわけで。先ほどは大変失礼な発言をしてしまい、申し訳ございませんでした。どうか助けてください。」
 それは見事な手のひら返しで、笑いをこらえるのに必死だった。そのまま手首が折れればいいのに。ただ、こうなることは想定内だったので、私は次なる計画を実行する。
「仕方ないわね。じゃあ、私の知り合いにホテル経営者がいるから、連絡してあげる。ちょっと待ってて。」
 そう言って一旦電話を切り、秘書の山本さんにホテルへ連絡を入れてもらう。山本さんはいつものように迅速に対応してくれ、数分で夫に折り返すことができた。
「なんとかなったわよ。今から伝える場所に行ってちょうだい。そこで皿洗いしたら、特別に支援してくれるそうよ。」
「そっか。ありがとう。俺、頑張るよ。じゃあ、明日にはそっちに帰るから。」
「え、何言ってるの? 明日帰れるわけないじゃない。一ヶ月よ。一ヶ月、皿洗いしてきなさい。じゃあ、頑張ってね。」
「い、一ヶ月? そんなの聞いてない。おい、おい、電話を切るな!」
 私はお構いなく電話を切った。その後、夫から大量の着信が入ったが、私はそっとスマホの電源をオフにする。このまま簡単に帰国させてしまっては、私の気が済まない。夫と姉には、自分の行いを嫌というほど後悔させる必要があるのだ。

 そして、次に私が電話に出たのは一ヶ月後。夫だけでなく、姉もぶち切れていた。
「結衣。お前、ふざけんなよ。地獄のように忙しかったじゃねえか。毎日のように怒鳴られたわよ。」
「援護だったから何言ってるのか分からなかったけど、あんたのせいでひどい目に会ったわ。」
「まあ、すごく有名なホテルだからね。っていうか、むしろ感謝して欲しいんだけど。二人きりにさせてあげたんだから。そのまま海外に永住してもいいんじゃない? ちなみに、スタッフたちが怒っていたのは、徹也とお姉ちゃんが私を裏切り、浮気していることを知っているからよ。もちろん、親族の皆さんも知っているわ。帰国したら、覚悟しておくことね。」
 「うっ」という声が電話越しから聞こえる。二人仲良くダメージを受けたようだったが、すぐに反論してきた。
「そっちこそ覚悟しておけよ。俺たちはただでやられないからな。お前の思い通りにはさせない。」
「そうよ。なんだかんだ言っても、親族の皆さんは私たちのことを信じてくれるはずよ。こんなこともあろうかと、親切に接してきたからね。」
 そんな捨てゼリフを残し、電話は一方的に切られた。これまで夫と姉は親族に本性を隠していたので、うまく言い訳をすれば言い逃れできると思っているのだろう。でも、どれだけ逃げようとしても無駄。だって、私は全部知っているのだから。
 それから私たちが合流したのは二週間後だった。期間が空いたのは、私に協力してくれた親族たちに温泉旅行をプレゼントしたので、その帰りを待っていたのが理由だ。親族たちは温泉旅行を気に入ってくれ、お土産を買ってきてくれた。でも、夫と姉の分のお土産はなかった。二人を許さないという意思表示なのだろう。
 そんな夫と姉は無事帰国したようだが、作戦会議でもしていたのか、余裕の笑みを浮かべていた。親族と対面した二人は、早速言い訳を並べ出した。
「父さん、母さん。俺とマキさんは浮気なんてしてないよ。俺には結衣という大事な人がいるんだから。」
「妹が勝手に言っているだけですよ。憶測です。憶測。私と徹也さんは仲がいいですからね。焼きもちを焼いているんですよ。」
 言いがかりだとでも言いたげな表情で、夫と姉は浮気を否定する。ただ、私から事情を聞いている親族たちは、呆れた様子だった。
「俺と母さんも信じたかったんだがな。結衣さんのクレカを盗んでいたお前を、簡単に信じることはできなくなった。海外旅行に連れて行ってくれると聞いた時は嬉しかったんだけどね。まさか、奥さんのクレカを無断で使っていたなんて。」
「その話は誤解があるよ。俺と結衣は夫婦なんだからさ。俺が結衣のクレカを使ったっていいじゃないか。それに前にも言ったけど、クレカは盗んだんじゃない。借りただけなんだ。後で返すつもりだったんだよ。」
 よくもまあ、ここまで平然と嘘をつけるものだ。仮に借りたとしても、後で返すなんて絶対にしないくせに。ただ、それについては証明することができないので、私は何も言わなかった。私が黙っているのをいいことに、夫は自信ありげに話を続けた。
「ほら、俺とマキさんは、結衣の会社で働いてるだろう。部署も同じで経理担当だ。だから毎日のように顔を合わせるし、自然と話す機会も多い。仕事終わりに飲みに行ったりもしたけど、それって普通でしょ? それを結衣が勘違いして、浮気って言ってるだけ。」
「そうですよね。マキさん。」
「ええ、そうですよ。お父さん、お母さん。結衣は小さい頃から焼きもち焼くことが多かったんです。学生時代も、結衣が好きになった人と話しているだけで怒ってましたから。私は全然その気じゃないって言っても聞かなくて。困った妹ですよ。」
 作戦会議をして口裏を合わせてきたのか、夫と姉はスラスラと台本を読むように話していた。夫の言う通り、私はアパレル関係の会社を立ち上げて社長をしている。私は姉にお願いして、起業当初から経理としてサポートしてくれた。そんな私の会社に入社した夫と私は結婚。それ以来、私たちは力を合わせて頑張ってきたつもりだった。
「結衣はさ、ちょっと神経質なんだよ。大体、証拠もないのに浮気を疑うなんて、たまったもんじゃない。今すぐ訂正してくれ。」
「証拠もないのにね。徹也。なぜ、私がクレカを盗むことを知っていたのか、考えなかった?」
 そう伝えると、自信ありげだった夫の顔に疑問符が浮かんだ。それと同時に、私は待機していた人物を呼び出す。その人物は秘書の山本さんだ。山本さんはいつものようにキビキビとした動きで、私たちの前に数々の書類と写真を並べた。その瞬間、夫と姉の顔色は一瞬で青白くなった。
「山本さんはね、本当に優秀なの。だから、私、徹也とお姉ちゃんの監視をお願いしていたのよ。元々は浮気のための監視じゃなかったけどね。数々の書類には、夫と姉の行動の記録。そして、写真には浮気現場がばっちりと映っていた。これはすでに義両親にも見せているので、夫と姉がどれだけ浮気を否定しても、呆れるばかりだったというわけだ。」
「卑怯だぞ。結衣。秘書使ってこそこそと。」
「あら、勝手に人のクレカを盗んで、姉と浮気するのは卑怯じゃないのかしら。ホテルで皿洗いしている時も、姉といちゃいちゃしてたくせに。」
 追い打ちに、私はスマホに保存している動画を再生。そこには、夫が姉といちゃいちゃしている姿が映っている。実は、ホテルの経営者にも頼んで監視と撮影をしてもらっていたのだ。海外で気分が解放的になっていたのか、動画内の二人の顔は緩みきっている。それとは対照的に、目の前にいる二人の顔はガチガチだった。
 固まってしまった夫と姉に、義両親が怒りをあらわにする。
「言い訳ばかりしよって。徹也、マキさん。自分が悪いことをしたという自覚はないのか? もし自覚がないというのなら、本当に情けないことだぞ。」
「なんで浮気なんてしたのよ。結衣さんは立派に働いているし、家事だっておろそかにしたことないでしょ。」
 義両親の問いかけに、夫と姉は下唇を噛みながら俯いた。苦しい空気が広がっていく中、もう言い逃れができないと思ったのか、二人は明らかに開き直った様子だった。
「俺も結衣は立派だと思うよ。でもさ、気づいちゃったんだよね。結衣は、俺がいなくてもいいんだって。やっぱり、嫁っていうのは夫を立ててなんぼって言うか。その点、マキさんは俺のこと分かってくれるし。正直に言うと、マキさんと結婚したいんだね。マキさんも、俺と同じ気持ちですよね。」
「ええ、そうね。妹に徹也さんはふさわしくないわ。学生時代は勉強だけ。大人になったら仕事だけだし。男性の気持ちなんて分からないのよ。あんたは、浮気されても仕方ないの。浮気されるあんたが悪いの。」
 二人の本音は、義両親の怒りをさらに高めた。義父は切れそうなほど血管が浮かび上がり、義母は体をブルブルと震わせている。
「ふざけるなよ。浮気する方が悪いに決まっている。自分たちの都合だけで結衣さんを傷つけるなんて、どう考えてもおかしいだろう。それが家族に対してすることなのか。お前らに感謝の気持ちはないのか。」
「本当にありえないわ。恩をあだで返す気? すぐに謝罪しなさい。たとえ許されなくても。」
「そんなに熱くならないでよ。夫婦が離婚するなんて、世の中に溢れてるんだから。それに、結衣は俺と離婚して独身になったらしいよ。結衣本人も俺との関係を断ち切ったんだから。マキさんと結婚したっていいじゃないか。」
「そうですよ。それに、結衣の会社で働いているのは、結衣が私たちに助けを求めたからです。どうしてもって言うから手伝っていたんですよ。だから、感謝されるのは私たちの方です。何も知らないでは気分悪いですね。」
 直後、夫の体が激しく床に叩きつけられた。とうとう義父が夫に掴みかかり、投げ飛ばしてしまったのだ。どすんと音を立てて夫が床に倒れ込む。それと同時に、親族総立ちになって夫と姉を囲んでいた。
「徹也。お前を勘当する。マキさんも、二度と俺たちに関わらないでくれ。結衣さんの気持ちを考えると、お前たちを一生許せそうにない。会社もやめろ。すぐに辞表を書け。」
「いてえなあ。そういうの、うんざりするよ。分かった。喜んで縁を切ってやる。もうあんたらにご機嫌取りするのも面倒だと思ってたんだ。俺はマキさんがいればそれでいいし、俺たちなら次の会社だってすぐに見つかるからね。そっちこそ、二度と関わらないでくださいよ。」
「結衣。あんたもね。もう妹だって思わない。助けて欲しいって言っても助けないから。」
 火に油を注ぎ続ける夫と姉のせいで、この場は異様な雰囲気に包まれていた。まさに一触即発で、空気がピリピリとしている。でも、そんな中で私だけは冷静だった。私は義両親と親族たちに向き直り、こう告げた。
「皆さん、私のためにありがとうございます。ですが、もう大丈夫です。どうか怒りを納めてください。」
「結衣さん、本当にいいのかい? 二人とも全く反省していない。力づくでも分からせるべきではないか?」
「いいえ、その必要はありません。もう何を言っても無駄でしょうし。」
 私の言葉に、ピリピリとしていた空気は少しだけ緩まった。私はにこりと微笑み、大丈夫だという意思を伝える。その様子に、夫と姉だけはニヤニヤとした表情を浮かべた。
「やっぱり、結衣の思い通りにならなかったな。俺たちを怒らせたお前が悪いんだから、恨むなよ。これでようやく、お前ともおさらばだな。調子に乗るからいけないのよ。」
「あんたは私に一生頭が上がらないんだから。じゃあ、徹也さんは遠慮なくもらうわね。残念だったわね。結衣。」
「好きにすればいいわ。でも、最後に一言だけ言わせて。この先何があっても、後悔しないでね。ここにいる誰も、あなたたちのことを助けないから。泣きついても来ないでね。」
「最後の最後まで強がりか。後悔なんてしないから安心しろよ。それじゃあ、マキさん。行きましょうか。」
 結局、夫と姉は私の言葉をまともに聞こうともせず、家から出て行ってしまった。義両親と親族も、私が強がったのかと、心配した表情を浮かべていた。でも、強がりなんかではない。すでに夫と姉は詰んでいるのだ。最後の準備が整えば、二人は嫌でも後悔することになる。その時が来るのを、私は待つだけなのだった。

 それから数日もしないうちに、元夫の徹也と姉から連络が入った。二人とも今までにないくらい焦っており、すぐに話をしたいと言ってきた。私は山本さんと共に会社にて、二人が来るのを待つ。そして、徹也と姉がやってきたが、顔面蒼白で今にも倒れそうだった。
「結衣、教えてくれ。いつからだ? いつから知っていたんだ? 絶対にバレてないと思ったのに。」
 二人が焦っているところにお構いなく、山本さんに書類を出してもらった。その瞬間、徹也と姉の顔色がさらに悪くなった。徹也と姉の目の前に並べた書類は、領収書、簿記履歴、不正な送金履歴、不適切な請求書。これらは、徹也と姉が会社のお金を横領していた証拠だ。そう、徹也と姉は浮気だけでなく、会社で不正をしていたのだ。
「徹也、お姉ちゃん。前にも言ったけど、私は山本さんに二人の監視をお願いしていたわ。監視していた理由は、元々横領を調査するためだったの。その延長線上で浮気が判明した。浮気よりも、横領の方が先に発覚していたってことよ。ちなみに、横領に気づいたのも山本さんで、社員たちの証言を集めてくれたのも山本さんだ。本当に彼女は優秀で頼りになるわ。」
「結衣。悪かった。一回だけのつもりだったんだよ。だけど、全然バレないから調子に乗ってしまって。何年かかってもお金は返すから、内々に済ませてくれないか。これから、マキさんと幸せになりたいんだよ。頼むよ。本当に。」
「本当にふざけた人ね。自分のことしか考えていない。だから、平気で人を騙せる。私が徹也を許すわけないでしょう。これだけのことをしておいて、内々に済ませるなんて笑わせないで。それにね、徹也は大事なことを見逃しているわ。これを見たら、全てが分かるわよ。」
 山本さんにアイコンタクトを取ると、彼女は別の書類を取り出し、徹也の前に並べた。すると、徹也は体全体をブルブルと震わせた。
「う、嘘だろ。なんだよ、これ。こんなこと、信じられない。」
 そこには、姉と男性の姿が写っていた。その男性は、徹也とは別の男性だ。
「徹也。お姉ちゃんと結婚するなんて、無理なのよ。お姉ちゃん、あなたのことを捨てる気だからね。その男性はホストで、お姉ちゃんの大本命よ。その人のためにお金が必要だったみたい。横領を持ちかけたのも、お姉ちゃんからでしょ。つまり、徹也はまんまと騙されていたってわけ。」
「マジかよ。マキさん、嘘ですよね? 俺、マキさんのために頑張ったのに。」
 絶望感で満ちた表情で、徹也は姉を見た。姉は下唇を噛みながら、何も言えずにいる。一度は逃げ切ったと思っていたのに、一瞬で窮地に立たされてしまった。姉も焦りに焦っていたはずだったが、それでも開き直った。
「別に残念がる必要ないじゃない。徹也さんは、今まで通り私のために働けばいい。結婚はできないけどね。それに、あなたも妹を騙していたんだから、文句言えないでしょ。」
「ふざけんな。俺がどれだけリスクを背負ってきたと思ってる。マキさんと結婚できるから無理してきたんだよ。その仕打ちがこれか。俺の人生返せよ。」
 徹也は必死の形相だったが、姉が取り乱すことはなかった。そんな二人を見て、ふと昔のことが頭をよぎった。起業した当初は、徹也も姉も頼りになる存在だった。私が社長として頑張って来れたのも、二人のおかげだ。でも、それも全部嘘だったと思うと、胸にぽっかりと穴が開いた気分だ。信頼していた人に裏切られるということは、想像以上にダメージが大きかった。
「横領の弁済と浮気の慰謝料、全額回収させてもらうわね。それまで、今度は私があなたたちを監視します。ちなみに、解雇するから、再就職は難しいかもね。でも、安心してね。とってもいいホテルを知ってるの。あなたたちはそこで、私に監視されながら働くのよ。逃げられると思わないことね。」
「ねえ、結衣。お願いよ。このままだと、お姉ちゃんの人生が終わってしまうわ。私たち、家族でしょ。見逃してよ。」
「改めて謝罪させてくれ。俺が悪かったんだ。どうかしてたんだよ。冷静じゃなかったんだよ。一度、夫婦になった仲じゃないか。頼むよ。許してくれよ。」
「二人とも忘れたの? 私は忠告したはずよ。『この先何があっても後悔しないでね。ここにいる誰も、あなたたちのことを助けないから。泣きついても来ないでね』って。もう取り返しがつかないの。お金が問題なんじゃない。一度失った信用を、簡単に取り返せると思わないで。」
 その瞬間、徹也と姉は操り人形の紐が切れたように崩れ落ちてしまった。もし二人が最初から罪を認めて謝罪していれば、違った未来があったかもしれない。でも、その未来は二度と訪れることはないと、私は確信するしかなかったのだった。

 その後、宣言していた通り、私は夫と姉を海外のホテルに送った。以前と同じように、毎日怒鳴られながら皿洗いからスタートしたらしい。全額回収まで長い時間がかかるだろうが、二人が反省と後悔をするには十分だと思う。ただ、二人が本気で変わろうとしない限り、同じことの繰り返しだろう。
 一方、私はと言うと、会社も順調で前向きに楽しんでいる。しばらくは精神的に辛いものがあったが、なんとか立ち直ることができた。そうなれたのも、私を支えてくれている全ての人たちのおかげだ。ありきたりの言葉だが、感謝の気持ちを忘れないこと。それが大切なのだと、私は思っている。

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