「全くできてないじゃないか。どうせサボってばかりいたんだろう」
社長の言葉に、僕は頭が真っ白になった。今日まで会社に泊まり込み、食事も睡眠も削って開発に取り組んできた。疲労は限界を超えていた。
「新システムを1週間で1人で作るなんて無茶です。お願いします、時間を…」
「うるさい。言い訳するな。お前が無能なだけだろ」
「申し訳ありません…」
「ああ、もういい。お前は首だ」
システム開発の難しさを少しも理解しようとしない。社長の言葉が頭に響く。そうか、もうこの会社に僕は必要ないのか。
僕はエンジニアとしてシステム開発を完遂できなかった悔しさを胸に、その場を去ろうとした。
ところが――。
「全部のデータが破損したって表示される。どういうことなんだ。お前、どうにかしろよ」
退社しようとした僕を呼び止め、社長が慌てて命じてきた。首にしておいて、なんて都合のいいことばかり言うのだろう。そんな相手からの命令に答える必要なんてあるものか。
覚悟を決めた僕は、はっきり言ってやることにした。これで一生後悔すればいいのだ。
――僕がこの会社で働くことになったのは、中学生の頃に遡る。
休日の僕はいつもゲームに没頭していた。ゲームが新しく発売されると、コンプリートするまで徹底的に遊び尽くすのが僕の流儀だ。
ある日、同じゲームを突き詰めていた友人から、あるゲームに誘われた。
「このゲーム、ちょっとこれまでのジャンルと違うんだけど、なんかはまっちゃったんだよね。暇だったらしてみてよ」
そう言って手渡されたのは、プログラミングのゲームだった。今でこそこういうジャンルのゲームは主流になってきているが、当時の僕たちの世代からしたらとても目新しいものだった。
「今進めてるゲーム、もう少しでコンプリートなんだけどな」
今のゲームを最後まで続けたかったけど、進められたものは基本的に断らずにやってみる性格だった。僕は今進めているゲームの手を止めて、新しいソフトに取り組んだ。
乗り気だったかといえば、そうでもない。だが、マイナスから入った分、衝撃度は高かったのだろう。プログラミングという世界は奥深い。これまでやってきたゲームも楽しかったが、それ以上に、ダンジョンに挑むような気持ちになった。僕はプログラミングゲームにまんまとハマってしまった。
高校までは普通科に通っていたが、高校卒業後は本格的にプログラミングが学べるシステム系の専門学校に入学し、プログラミングづけの毎日を過ごした。
1つのシステムを作り上げることは容易ではない。1つのトラブルが発生すると、芋づる式に不具合が起きてしまい、頭を抱えることも多い。だけど、その分しっかり完成して、どんな状況にも対応できるようになった時の達成感がやりがいになっていくのだった。
そして、某メーカーの社内SEとして内定が決まった。本格的に仕事としてプログラミングを作っていくんだと思うと気が引き締まったし、この世界に導いてくれた友人に感謝の気持ちでいっぱいになった。
社内SEはかなりたくさんの人数がいて、それぞれチームを組みながら、それぞれの分野のシステム調整を行っている。パソコンに向き合っているのは1人だから個人プレイだと思われがちだが、何人かで協力して作業していることが多い。自分が休みに入っているタイミングで不具合が起きても対処できるようにしてあるのだ。いつでも安全なシステムで会社を運営できるように、SEチームは努力しているのである。
そんなSEチームの頑張りを評価して応援してくれていた社長が、ある日交代することになった。社内一斉に発表された内容では「健康上の都合」とだけ書かれていた。前社長からの労いの言葉はSEチーム全体の活力になっていたから、ショックは大きかった。
「小方だ。よろしく」
新しく社長に就任した小方という人物は、それぞれの部署を回っていたそうだが、うちのSEチームへの挨拶はたったこれだけだった。秘書の人が「もっとそれぞれの部署で何を担当しているのかヒアリングした方がよろしいかと」と助言するが、とても面倒くさそうな表情をしている。
「ここってあれだろ? パソコン使ってゆったりタイピングしてるだけだろ」
こっそり呟いた小方社長の一言は、何人ものSEの耳に入ってきていた。それぞれ目線で会話するとは、このことなんだなと実感する瞬間だった。
「経費の無駄なんじゃないか。タイピングとか俺でもできる。こんな人数がいる意味がわからない」
言い返したところで、これからの関係が悪くなることは目に見えていたから、全員が大人の対応をして聞こえなかったことにしていた。だが、小方社長の態度は悪びれることなく、一切変わることはなかった。
そんなある日、僕は突然子会社への出向を命じられた。商品の開発も行っているとても重要な子会社だそうで、そこに新しいシステムを作ってほしいという要望だった。いきなりのことで戸惑ったが、その理由には納得できた。
「新システムを子会社に導入する。急いで作れ」
「あの…新システムというのは、僕1人でってことでしょうか? 」
小方社長から聞かされたのはそれだけで、子会社に出向になったのは僕1人だった。僕は小方社長がプログラミングについて全くの無知であることを認識した上でこの質問を投げかけると、予想はしていたが絶望するような答えが返ってきた。
「当たり前だろう。みんなで仲良く仕事できるなんて思うな。1週間で作れよ」
「いえ、1週間…1週間で新システムを1人で作るというのは、あまりにも短すぎます」
「文句言う前に手を動かしたらどうだ? 」
「文句ではありません。新システムを作るなら、それなりの人員と時間が必要です。チームを組むか期限を伸ばすかの対応をしていただかないと困ります」
僕は昔から頼まれたら断れない性格だったから、こういう発言をしたのは自分でも驚きだった。自分に対してというより、好きなプログラミングを軽視されているように感じたから出た言葉なのだろう。
「何か言ったら分かるんだよ。人は増やさないし、期限も伸ばさない。1週間後までに1人で新システムを作れ」
イライラした様子で言い残した小方社長は、そそくさと僕たちの部署を離れていってしまった。周囲の社員たちも心配そうな様子で見つめている。
「1人で新しいシステムを作れだなんて信じられない。エンジニアを何だと思っているんだろう」
「きっとタイピングしているだけだから、簡単な作業してるって思っているんだろうね」
「困ったことがあったらいつでも言って。なんとか駆けつけられるようにするから」
「ありがとう。助かるよ」
僕は小方社長以外の職場の人たちにも本当に恵まれていたんだなと痛感しながら、子会社に1人出向することになった。
子会社の人たちは僕を温かく迎え入れてくれて、何か手伝えることがあったら言ってほしいと言ってくれていた。しかし、僕のようなSEは誰もいなかったこともあり、作業量は想像していた通り膨大になっていった。
これまで使用していたシステムの使い方は子会社の人たちが教えてくれたものの、そのシステムの詳細まで分かる人は誰もいなかった。旧システムの構造分析をしながら課題点を洗い出し、新システムの構造を練るという、頭が何個あっても足りないような作業をする毎日に追われていた。
始業時間から終業時間までが一瞬で過ぎ去っていき、終業後もサービス残業が続く。子会社の人たちは僕が残ってまで仕事しているのを知ってくれており、コーヒーを差し入れてくれたり、ねぎらいの言葉をかけてくれたりする。その気持ちはものすごく嬉しかったが、さすがに睡眠時間が1時間程度で業務し続けて会社に泊まり込み状態になってくると、体力的にも精神的にも限界を迎えるようになっていった。
1度、同期に連絡を取ったこともある。同期はすぐにでも駆けつけようとしてくれたのだが、小方社長が目を光らせていたらしい。
「俺がこっそり子会社に行こうとしたら、急に声かけられてさ、この仕事終わらせろって。SEと全く関係ない仕事だけど、期限までに終わらせなかったら首だって言ってくるから、全く動けないんだ。申し訳ない」
「同期は何も悪くないよ」
同期は他のSEたちにも呼びかけてくれたそうだが、それぞれに期日までの仕事が山積みで動きが取れなくなっているのだそうだ。
「お前の体調が1番大切なんだからな。とにかく生きていてくれ。もっと自分を大切にしろよ」
同期のこの言葉に、僕ははっとさせられた。最近は特に仕事第一になってしまっていて、睡眠は気づいたら寝落ちしてしまっているものを睡眠にカウントして仕事を続けていたのだ。
「来てやったぞ。進捗はどうだ?

」
僕がどう自分を大切にしようか考えようとした時、タイミング悪く小方社長がやってきた。カレンダーを見てみたら、子会社に出向と言われてから1週間が経過していた。
「1週間経ったぞ。ゆっくりする時間があるくらいなんだから、新システムは完成しているんだろうな」
同期からもらった連絡を見ている姿を、ゆっくりしていると勘違いされていることに気づいて青ざめる。進捗はどれだけ頑張っても4割といったところだった。
「おい、全くできてないじゃないか。一体どういうことだ」
「ですから、1人で1週間で仕上げるというのは至難の技なんです。システムのいいところは取り入れて、悪かったところは改善させて新システムに反映させないと意味がないため…」
「言い訳なんて聞いてないんだよ」
僕は言い訳をしていたわけではなく、システムを作り上げることがどれだけ難しいのかを伝えたかっただけなのに、話を全く聞いてくれなかった。
「もういいわ。あとはこっちでやるから、もう来なくていい」
小方社長から放たれた言葉が、僕に対する解雇宣告であることを理解するのにしばし時間がかかってしまった。なんせ何日も安定した睡眠が取れていなかったから、思考力も低下していたのである。
「聞いてんのか? 首だって言ってんだよ。今月末までに引き継ぎをまとめろ」
「…分かりました」
僕は何も考える隙がないままこう返答して、その日は会社を後にしたらしい。というのも、この時の記憶が完全に抜け落ちているのである。「分かりました」と言ったのは覚えているのだが、どうやって帰ったのか、その時何を思っていたのかが全く思い出せない。子会社の人たちが心配して連絡をしてきてくれているのに、ベッドの上で返信していたという記憶があった程度だ。その日「今日は帰った方がいい」と僕を帰らせてくれたのは、どうやら子会社の部長だったそうだ。
よく考えたら、頑張って取り組んでいたシステムを最後まで作成することができないというのは、SEにとってもとても悔しいことなはずなのに、その時の僕に悔しいという感情がなかった。それだけ追い込まれていたのかもしれないと思いながら、僕は小方社長に言われた通りに引き継ぎを作成して、最終出勤日を迎えた。
もうここでやることは何もない。僕が足早に会社を後にしようとした時――。
「おい、これはどうなっているんだ!? 」
小方社長の叫び声が聞こえてきた。もうこの声を聞くこともないと思うとはっとする。しかし、なんだか様子が変だった。小方社長だけでなく、他の社員たちもパソコンを操作しては首をかしげている状態だったのである。
「パソコンが起動しない」
「何か変な文字が出てきている」
焦る社員たちの声に、僕はシャットダウンしていたパソコンを起動させた。これは――。
僕が見た社内パソコンの画面は、典型的なウイルスに感染したパソコン画面だった。あらゆるところから「新商品のデータにアクセスできない」「重要データが壊れている」と表示されるなどの声が聞こえてきた。ウイルスの状況を確認したところ、よく企業が標的になる機密データを抜き取るウイルスであることが確認できる。僕はその流れで、どこからウイルスが感染したのかを特定する作業をした。すると、根源となっているのは社長室、つまり小方社長のパソコンだったのだ。
「全部のデータが破損したって表示される。どういうことなんだ? 」
自分のパソコンが発生源であることも分からずに、ずっと文句を言い続けている小方社長。
「お前、どうにかしろよ」
小方社長が「お前」と言っている人物が僕しかいないことは、僕自身がよく分かっていた。
「社長、何か身に覚えのないメールなどを開いたのではありませんか」
「メール?
メールなんて当たり前に見るだろうが」
「当たり前に見るのは知っている相手のメールです。私が聞いているのは、身に覚えのないメールを開いていないかと聞いているんです」
小方社長は少し考えた様子だったが、「あっ」と小さい声を出して、それから黙り込んでしまった。小方社長がウイルスの含まれているメールを開いたのは確実だ。この反応を見て僕は悟ったのである。
「社長が何気なく開いた身に覚えのないメールにウイルスが含まれていたようです」
「知らねえよ。そんなことはいいから、早く機密データを復旧させろ」
事実を報告しただけなのにも関わらず、小方社長は自分の言動を批判されていると思ったのだろう。僕に対して「とにかく復旧させろ」とうるさかった。
正直に言うと、僕は専門学校の卒業制作で作成したセキュリティソフトを持っていたし、そのソフトでカバーできる種類のウイルスであることも確認は取れていた。しかし――自分自身を首にしておいて、頼まれたことに答える必要があるだろうか。
これまで散々にSEの仕事を馬鹿にされ、こき使われ、最終的に首にまでさせられたというのに、問題が発生したら解決しろと言ってくる。あまりにも都合が良すぎる。
だから、僕は行動に移すことにした。
「僕はもう首になりました。社員じゃないので、失礼します」
「おい、待て。おかしいだろ。復旧させろ」
「何もおかしくないです。僕はあなたに首にされた。首にした人材に頼ろうとしないでください。では」
僕はそう言うと、後ろからまだ文句ばかりを唱っている小方社長を置いて、会社を後にした。
これからどうしていこうかという不安はあったものの、少なくとも小方社長の元ではこれ以上働けない。様々な思いがあったが、自分の意思を持って離れるのもいいのかもしれないと思った。
その後の会社はと言うと――小方社長はデータ消失の責任と僕への礼遇を、子会社の人たちや同期たちが告発してくれたそうで、社長を解任になったそうだ。それだけでなく、他の部署も馬鹿にしていた小方社長は、役員たちの意向により、現在は別の子会社の配送ドライバーになっているようである。
「小方社長から受けた仕打ちについてはお詫びすることしかできないが、どうしても戻ってきてほしい」
役員たちに頭を下げられた僕は、少し検討した後、戻ることに決めた。小方社長とは働きたくないと思っていたが、それ以外に不満がなかったからだ。そして何より、僕を必要としてくれているのが嬉しかった。
消失したデータは自動でバックアップ保存される仕組みになっていたことから、無事に復旧することができた。復旧したデータを見た社員たちは歓喜のあまり、僕に抱きついてくる人もいて、少し笑ってしまう。
「本社に戻ってくることを提案するが、どうだ? 」
役員たちから本社に戻ってくることを提案されたが、僕は断った。
「あの新システム、絶対に完成させたいので、子会社で働かせてください」
「君がそういうならいいんだけど、本当にいいのか? 」
「はい。その代わりと言っては何ですが、お願いがありまして」
僕は小方社長に提案し続けていてもずっと却下されていた、チームを組んでもらうことを提案した。役員はすぐに採用してくれて、本社からチームが派遣されてきたのである。
「一、来たぞ」
チームの顔ぶれを見た時、このチームなら最強のシステムを作れると確信した。
「一人でここまで作っていたのか。天才かよ」
「俺たちも加わるんだ。抱え込むなよ」
「ありがとう。心強いよ。最強のシステム作っていこう」
「じゃあ、早速ミーティング始めましょうか」
最強のシステムを作れると確信した僕は、これからも自分のスキルを最大限生かして、評価してくれた人たちのために頑張っていこうと決意したのだった。


