「私は残ります。」
聞き返さないと分からないくらい小さな声だった。ダンボールを抱えた社員たちの列がようやく途切れて、事務所が急に静かになったところだった。机は全部そのままだ。パソコンもいつも通りだ。それなのに、人が座っているのは一番奥の一台だけだった。
その日、私の会社から社員が七人、まとめて消えた。旗を振ったのは、十年前に一緒にこの会社を作った男だった。残ったのは私と、一番奥の席に座っているこの人だけだ。
その時、私は彼女に返す言葉を持っていなかった。正直に言うと、その瞬間、心の中でこう思ってしまったのだ。
「よりによって、この人か。」
会議で一度も手を挙げたことのない社員。名前を呼ばれても返事が小さくて、二度聞き直したことが何度もあった。仕事はきちんとやる。ただ、いてもいなくても会社は回る。そう思っていた。
この一番静かな社員が、この会社の何もかもを変えていくことになるとは。その時の私はまだ知らなかった。
私の名前は麻野大輔、四十一歳。吉井という人口十二万の町で「朝日企画」という小さな広告制作会社をやっている。会社と言っても大したものじゃない。駅の南口から歩いて八分、三階建ての雑居ビルの二階。四十坪の部屋に机を十台並べて、壁際に紙の見本と印刷物の束が積んである。エレベーターはない。夏はエアコンの利きが悪く、冬は窓際が冷える。
仕事は地元の会社のチラシとホームページだ。商店街の用品店、川沿いの工務店、山手の旅館、個人の医院。そういうところから集客の相談が来る。大企業の広告は一本もやったことがない。テレビのコマーシャルも作ったことがない。新聞に折り込まれるB4のチラシと、月に一度更新するホームページと、店の前に立てるのぼり。派手さはない。
それでも、私はこの仕事が好きだった。社長になって十年、会社を大きくしたいと思ったことは、正直に言えば一度もなかった。ただ、頼まれた店の名前を、もう少しだけ多くの人に知ってほしかった。それだけでここまで来た。
そのやり方が、去年の十月に全部ひっくり返された。
朝日企画を作ったのは十年前、私が三十一歳の時だ。救ったのは私一人ではない。黒沢シンジという男と二人で始めた。黒沢は私の一つ下で、専門学校の頃からの付き合いだった。私はデザイン科で、黒沢は広告のビジネスを学ぶ科にいた。卒業してからは別々の会社に入ったが、月に一度は駅前の居酒屋で会っていた。
黒沢は営業の才能があった。人の懐に入るのがうまい。初対面の相手を十分で笑わせて、三十分で名刺の裏に携帯番号を書かせる。あれは真似できない才能だ。私はその逆で、人に会うのが得意じゃなかった。ただ、机に向かって手を動かすのは苦にならなかった。
だから、二人で始めるのは自然だった。黒沢が取ってきて、私が作る。会社の名前を私の苗字にしたのは、黒沢が「麻野の方が響きが柔らかい」と言ったからだ。あいつはそういう気の回し方をする男だった。少なくとも、あの頃は。
最初の三年は本当に金がなかった。事務所の家賃も払えなくて、私のアパートの一室にパソコンが二台置いてあった時期がある。仕事を選ぶ余裕もなかった。あの頃に一番よくやっていたのが、白黒のチラシだ。カラー印刷は高い。だから、予算のない店にはA4の白黒を提案した。写真もろに使えない。使えるのは、店の人が話してくれた言葉だけだった。
だから、私はひたすら話を聞いた。その店が何年やっているのか、どんな客が来るのか、他の店と何が違うのか。店の人が「これは当たり前だから」と言って口にしないことの中にこそ、いつも一番いい言葉が転がっていた。
「その店にしかない言葉を探すのがうちの仕事だ。」
これは私が社員によく言っていたことだ。売り文句を作るんじゃない。その店がもうやっていることを取り出して、まだ知らない人に届く形にするだけだ。そういう考えでずっとやってきた。
会社は少しずつ大きくなった。五年目で社員が五人になり、八年目で八人になった。去年、九人目を採用した時に、私は初めて二階の部屋の家賃が安いと思った。年商は一億三千万ほど。地方の広告制作会社としては、そこそこの数字だと思う。
取引先には、十年ずっと切れない相手が何件もあった。商店街の用品店の堀内さん。川沿いの山根工務店。年に二回しかチラシを作らない小さな旅館。予算は少ない。一見あたりの金額は大きくても数十万だ。それでも、私はこの人たちの仕事を続けたかった。
ただ、私には悪いところもあった。社員の言うことを断れない。残業の申請も、担当を変えてくれという相談も、全部そのまま通した。取引先の無理な納期も、断るくらいなら自分が徹夜すればいいと思ってしまう。
黒沢はそれをよく笑った。「麻野、お前は人が良すぎるんだよ。」その言い方には最初のうちは愛情があった。だんだん、そうでもなくなった。
変わり始めたのは、多分三年前からだ。黒沢は県庁所在地の方へ営業に出るようになった。うちの町から車で四十分ほどの都市だ。そっちの仕事は金額が大きい。一件で数百万になることもある。黒沢はそういう案件を取ってくるようになった。会社の売上は確かに伸びた。私はそれをありがたいと思っていた。
ただ、黒沢が事務所で口にする言葉が、少しずつ変わっていった。
「小さい客ばかり相手にしてたら会社は伸びないぞ。」
「麻野は人で仕事してるから儲からないんだよ。」
最初は冗談だと思っていた。でも、同じことを月に一度言うようになった頃から、私はうまく笑えなくなった。
一度だけ、正面から言い合ったことがある。堀内さんの用品店の仕事を、黒沢がもうやめようと言い出した時だ。
「あそこ年間で五十万も行かないだろう。時間の使い方が下手だよ。」
「あの店は十年うちに頼んでくれてる。十年で五百万だぞ。」
「県庁前のマンションのやつは一件で四百万だ。」
私は何も言い返さなかった。数字だけ見れば黒沢が正しい。それは分かっていた。分かった上で、私はやめなかった。それが黒沢には多分、一番腹の立つことだったのだと思う。
その頃の私の家のことも書いておく。三年前に離婚した。子供はいない。妻は元々同じ業界にいた人で、こちらの事情はよく分かっていたはずだ。それでも、最後に言われたのはこういう一言だった。
「あなたは会社の人にはあんなに優しいのにね。」
私は返す言葉を持っていなかった。反論する材料がなかったからだ。
それから三年、私は事務所に一番早く来て、一番遅くまでいる生活をしていた。帰る家に誰もいないので、その方が気が楽だった。社員のことはそれなりに見ているつもりだった。デザイナーが三人、制作が二人、営業が黒沢ともう一人、そして事務が二人。全部で九人。私を入れて十人の会社だ。
事務の二人は、望月さおりと、木村さんという五十二歳の人だった。木村さんは、うちがまだ社員三人だった頃からいる。給料の計算も税理士とのやり取りも、この人が全部やってくれていた。私は社員の誕生日は覚えていた。家族の名前も大体知っていた。誰が何に困っているかも、聞かれれば答えられたと思う。そのつもりだった。
事務の一人が、三年間毎日ノートを取り続けていたことに、私は最後まで気づいていなかった。
望月さおり。二十七歳。三年前の春に事務として入ってきた社員だ。面接の日のことは、ぼんやりとしか覚えていない。県内の大学を出て東京の会社に二年いて、こちらに戻ってきたという経歴だった。志望動機を聞いたら、俯いたまま長く黙って、それから「ここで働きたいと思っていました」とだけ言った。その答えでは何も分からない。普通なら落とすところだ。
ただ、履歴書の字が綺麗だった。それと、面接の間ずっと、私の後ろの壁に貼ってあった仕事の見本を見ていた。私の顔ではなくそっちを見ていた。それが妙に印象に残って、私は採用を決めた。
入ってからの働きは、良くも悪くも目立たなかった。電話を取る。請求書を作る。見積もりの数字を打ち込む。会議では議事録を取る。頼んだことは必ず期限より早く出てくる。ミスもほとんどない。私は書類を受け取るたび、「望月さん、ありがとう」とだけ言っていた。それくらいしか、かける言葉を知らなかった。
自分から何かを言うことは、一度もなかった。会議で意見を求められても「特にありません」という。飲み会には来るが、橋の席で人の話を聞いている。デザイナーたちが盛り上がっているところに、望月が入っていく姿を見たことがなかった。
社員の間では、こんな風に言われていた。
「月さんって、何考えてるかわかんないよな。」
「いい人だけどさ、まあ、いてもいなくても変わらないっていうか。」
私はその言い方を注意した。したはずだ。ただ、心のどこかで否定しきれていなかったのだと思う。だから、私はこの人のことを何一つ分かっていなかった。いつも机の上に積んである大学ノートが何のノートなのかも。会議の後、席を立ちかけてまた座り直す癖の意味も。
一度だけ、こんなことがあった。夏のことだ。黒沢がまだ何も言い出していない頃だった。私が外出から戻ると、望月が私の机の前に立っていた。手に黄色い付箋を持っていて、私の顔を見て何か言おうとした。その時、電話が鳴った。県庁所在地の新しい取引先からで、私はそのまま受話器を取った。長い電話だった。切った時には、望月は自分の席に戻って、いつも通り伝票を打っていた。
私は何も聞かなかった。急ぎなら、もう一度言いに来るだろうと思った。そういう男だったのだ。
十月の初めの、雨の降っている夜だった。社員が全員帰った後の事務所に、黒沢だけが残っていた。私が印刷の見本を片付けていると、あいつが自分の椅子を回してこちらを向いた。
「麻野、ちょっといいか?」
その声の調子で、何かあるとは思った。ただ、その中身までは想像もしていなかった。
「俺、独立するわ。」
手が止まった。何を言われたのか、すぐには分からなかった。
「独立って。」
「会社を出る。自分でやる。」
十年一緒にやってきた相手から、こんなに事務的な言い方でそれを聞くとは思っていなかった。私は椅子に座り直して「落ち着け」と自分に言い聞かせた。
「いつからだ?」
「もう事務所は借りた。来月から働く。」
「分かった。取引先の引き継ぎは今月いっぱいで、そこまでに…」
言いかけたところで、黒沢が私の言葉を遮った。
「引き継ぎはいらない。社員も全員連れて行く。」
雨の音が、急に大きく聞こえた。
「全員って、何人だ?」
「八人。俺を入れてな。」
うちの社員は、私を除いて九人だ。八人ということは、一人しか残らない。
私は立ち上がっていた。自分でも気づかないうちに立っていた。
「いつから話してた?」
「夏頃かな。」
「夏って、お前…」
「一人ずつちゃんと本人の意思を確認した。無理に連れていくわけじゃない。」
言葉が出てこなかった。怒りよりも先に来たのは、自分の間抜けさへの驚きだった。三ヶ月。三ヶ月もの間、私の会社の中でそういう話が進んでいて、私は何一つ気づいていなかった。毎朝「おはよう」と言い合っていた。昼飯を一緒に食っていた。先月は制作の一人の結婚祝いをみんなで出した。その先にも、黒沢はいた。
「悪く思うなよ。誰も麻野のことを嫌ってるわけじゃない。」
「取引先は…」
黒沢はそこで少しだけ目を伏せた。
「いくつかは、もう話をしてある。」
その一言で頭の中が真っ白になった。社員も連れて行くだけじゃない。うちが何年かけて積み上げてきた取引先にも、あいつは裏で営業をかけていたのだ。
「どこだ?」
「言い切りはないだろう。」
私は机の淵を握った。声を出したら、多分怒鳴っていた。黒沢は立ち上がって鞄を肩にかけた。それから、こちらを見ずにこう言った。
「お前のやり方じゃ、この会社はこれ以上大きくならない。悪いけど、できるやつはみんな俺についてくるんだよ。」
ドアが閉まった後、私はしばらく動けなかった。窓の外では雨が降り続いていた。事務所の蛍光灯だけが、深夜に明るかった。
翌日から、社員たちが一人ずつ私のところに来た。デザイナーの三人、制作の二人、営業のもう一人、それに事務の一人。みんな封筒を持っていて、みんな同じことを言った。
「すみません。今月いっぱいで…」
私は誰も引き止めなかった。引き止める資格がない気がした。一番若いデザイナーの田代だけが、辞表を出した後、しばらくその場に立っていた。二十六歳の男で、二年前に採用したばかりだった。
「社長、すみません。」
「いいよ。田代の人生だ。」
「あの、俺…」
「大丈夫だ。頑張れ。」
そう言った後、田代は何か言いかけて、結局頭を下げて出ていった。私はその間、田代の顔をまともに見ていなかった。見たら、多分引き止めてしまうと思ったからだ。
そこから十月の終わりまでの三週間は、記憶があまりはっきりしない。引き継ぎの資料を作り、八人分の退職の手続きを進め、いつも通り仕事をした。事務所の空気は最悪だった。誰もが目を合わせないようにしていた。それでも仕事は動いているから、みんな普通に打ち合わせをして、普通に電話を取っていた。
木村さんがやめると言いに来たのが、最後から二番目だった。
「社長、私も今月で…」
「そうですか…」
「主人が来年定年で。その前に少しでも稼げる方へ…」
私は頷いた。頷くしかなかった。木村さんは鞄の持ち手を両手で握ったまま、こう付け加えた。
「月さんにも声はかけたんですけどね。望月に。『事務が二人とも抜けたら社長が困る』って言ったら、『困るのはお互い様でしょ』って言われて。あの子、変なところが頑固なんですよ。」
私はその時、その話をちゃんと聞いていなかった。木村さんが出て行った後、望月の席の方を見た記憶もない。その中で、望月だけが今までと何も変わらなかった。いや、「変わらないように見えた」というのが正解だ。私はその時も、彼女のことを見ていなかった。
十月の最終出社日が来た。夕方の五時を過ぎた頃から、みんなが私物をダンボールにまとめ始めた。マグカップ、写真、参考書。デザイナーの一人は、引き出しの色見本を持っていくかどうか少し迷っていた。あれは会社のものだ。私は持っていっていいと言った。
六時を回った頃、列ができた。ダンボールを抱えた社員たちが、順番に私の前を通って頭を下げて出ていった。
「お世話になりました。」
「ありがとうございました。」
「体に気をつけてください。」
黒沢はその日、顔を出さなかった。私は出ていく七人に「お疲れ様」と言った。何度も繰り返した。言うたびに、喉の奥が硬くなっていった。
最後の一人が出ていって、ドアが閉まった。事務所が静かになった。机は全部そのまま残っている。パソコンも椅子もそのままだ。それなのに、人の気配が全部消えていた。
私は両手で顔をこすって、目を閉じた。明日から、俺一人でこれを回すのかと思った。
その時、カタンと音がした。顔の向きを変えると、一番奥の席にまだ一人だけ座っている社員がいた。望月さおりだった。帰り支度をしていない。鞄も肩にかけていない。机の上には、いつも通り鉛筆と付箋の束と、表紙のすり切れた大学ノートが積んであった。
私は自分の勘違いに気づいた。そうだ。この人は「やめます」と言いに来ていない。
私は椅子から立って、彼女の席まで歩いた。何と言えばいいのか分からないまま、歩いた。
「月さん、無理に残らなくていい。うちは多分持たない。抱えてる仕事は返せる分は返して、返せない分は俺が最後までやる。給料の保証もできない。君まで巻き込みたくないんだ。」
長い沈黙があった。事務所の時計の音が聞こえるくらい、静かだった。やがて、彼女が小さく口を開いた。
「私は、残ります。」
聞き返さないと分からないくらい小さな声だった。
「え?」
「私は、残ります。」
二度目は、少しだけ大きかった。彼女はそこで初めて顔を上げた。三年間、この人と目が合った記憶がなかった。
「社長は、私みたいな社員の仕事にも毎回『ありがとう』って言ってくれました。伝票を打っただけの日も、電話を取っただけの日も、必ず言ってくれました。だから、今度は私が会社を支えたいです。」
私は何も言えなかった。「支えたい」という言葉を、この人の口から聞くとは思っていなかった。そして、正直に言えば、その時の私はまだ思っていたのだ。ありがたい。でも、この人に何ができるんだろう、と。
会議で一度も発言しなかった社員だ。営業をしたことがない。デザインもできない。大きな案件を任せたこともない。私が頭の中で組み立てていたのは、こういう計画だった。明日から望月には電話番と請求書だけ頼もう。それ以外は全部自分でやろう。この人を巻き込まないように、なるべく早く畳む準備をしよう。
その計画は、次の日に事務所を開けた日から、順番に崩れていくことになる。
次の営業日の朝、私は七時に事務所に着いた。鍵を開けて電気をつけると、十台の机が一斉に目に入った。人がいないというのは、思っていたよりずっと重たい光景だった。先週まで、この部屋には十人分の音があった。キーボードの音、電話、笑い声、プリンターの音。それが消えて、残っているのは冷蔵庫の唸る音だけだった。
私は自分の席に座って、まず机の上の書類の山を見た。進行中の案件が何本あるのか、正直なところ把握していなかった。営業は黒沢ともう一人がやっていたし、進行はデザイナーと制作が回していた。私は自分が手を動かす分の仕事しか、頭に入れていなかった。
八時前に、望月が来た。いつもと同じ時間だ。
「おはようございます。」
「おはよう。」
いつもと同じやり取りのはずなのに、声が二つしかないだけで、事務所が別の場所みたいだった。八時半に電話が鳴った。それが一本目だった。そこから昼まで、電話は止まらなかった。取引先は事情を知っていた。黒沢が声をかけて回った先はもちろん、そうでない先にも噂は届いていた。この町は狭い。
「麻野さん、大丈夫なんですか?」
「担当の方がいなくなったと聞きましたが、うちのチラシ、来月の分は本当に間に合いますか?」
私は電話に出るたびに「大丈夫です」と言った。言いながら、自分が嘘をついていることは分かっていた。何が大丈夫なのか。私自身が何一つ把握していなかったからだ。
その日、私が取った電話は六本だった。望月が取った電話は、後で聞いたら三十一本だった。私は途中から気づいていた。うちの電話は、三回鳴る前に必ず取られる。私が受話器に手を伸ばそうとすると、もう向こうで彼女が出ている。しかも、こちらへ回してくる電話は三本に一本もなかった。昼前に一度だけ、彼女が私の机に来てこう言った。
「社長、丸山時計店さんです。担当の者が退職した件はお伝えしました。丸山さんは社長の声を聞きたいとおっしゃっています。要件はご心配だけです。ご注文の話ではありません。」
私は受話器を取った。丸山さんは三分だけ話して、「うちは何も買わんから」と言って電話を切った。彼女は電話の中身を一本ずつ選り分けていたのだ。私が出るべき電話と、自分で終わらせられる電話を。
昼過ぎには、はっきりと分かった。無理だ。一人では回らない。デザインは私にもできる。ただ、動いている案件がいくつあって、どれの締め切りがいつで、どこまで進んでいるのか、それが分からない。分からないまま手だけ動かしても意味がない。
私は自分の椅子に座って、天井を見上げた。畳むしかないか、と思った。取引先に頭を下げて回って、進行中の分だけはなんとか納めて、それから会社を閉じる。四十代の広告屋の転職先がどれだけあるのかは知らないが、まあ、死にはしないだろう。そんなことを考えていた。
その時、机の前に人が立った。望月だった。A4の紙を一枚持っていた。
「あの、これ。」
「ん?」
「今、動いている案件です。」
私は紙を受け取って、そこで固まった。表になっていた。案件名の横に取引先、金額、締め切り、進み具合が書いてある。それが上から下までびっしり並んでいた。数えたら、二十四本あった。
しかも、ただ並んでいるだけではなかった。三つの色で塗り分けられている。
「制作会社に入稿が済んでいるものが七本です。ここはもう手を離れているので、あとは刷り上がりの色を確認するだけです。先方の返信待ちが九本。直しの赤ペンが入って戻ってきたら、その通り直すだけなので一本あたり二時間くらいだと思います。まだ何も手をつけていないものが九本。これが一番危ないです。」
私はその紙から目を離せなかった。
「今のは進み具合での分け方です。締め切りで分け直すと、今週が四本。残りは今月中と来月に散らばっています。今週の四本のうち三本は入稿するだけなので大丈夫です。問題は一本だけです。」
「どれだ?」
彼女は紙の下から三行目を指さした。
「山根工務店さんの、住宅相談会のチラシです。折り込みは今月の十六日の日曜です。折り込みの申し込みは今週の金曜まで。印刷所の入稿は来週の火曜までです。デザインは、まだ何もありません。」
私は表の上をもう一度目でなぞった。数字が合っている。
「望月さん。」
「はい。」
「これ、作った?」
「先週の金曜の夜です。」
「みんなが帰った後か。」
「はい。九時までかかりました。」
私は言葉に詰まった。彼女はまだ、こちらの反応を伺っている顔だった。何か間違ったことをしたんじゃないか、と思っているような顔だった。
「望月さん、ちょっと座ってくれ。」
彼女は自分の椅子を引っ張ってきて、私の机の横に置いた。座り方が浅い。いつでも立てるような座り方だった。
「聞いていいか? どうして、こんなに詳しいんだ?」
「あの…」
「怒ってるんじゃない。本当に驚いてるだけだ。」
彼女は膝の上で指を組んだ。それから、小さな声で言った。
「議事録を、全部取っていたので。」
「あれ、全部残してるのか。」
「はい。毎週の進行会議の議事録です。三年分あります。あと、電話で伺ったお客様の話も全部メモしてあります。」
私は自分の耳を疑った。
「担当者に取り継ぐ前に要件は必ず聞きます。その時に出てきたことを書いていました。見積もりを私が打っているので、金額と条件は覚えています。あとは、見ていれば大体分かります。」
「見ていれば分かる。」そんな言い方をされて、納得できるわけがなかった。私は十年この会社にいて、その表を作れなかったのだ。
「そのノートって、机の上に積んであるやつか?」
「はい。」
「見せてもらってもいいか?」
彼女は少し迷ってから、席に戻ってノートを何冊か抱えて戻ってきた。表紙に何も書いていない大学ノートだった。角が丸くなっている。一冊目を開いて、私は息を飲んだ。
日付。取引先の名前。話した相手。話の中身。それだけではなかった。余白に細かい字で、こんなことが書き足してあった。
「堀内用品店の堀内さん。採寸の時、必ず『あと何センチ伸びると思いますか?』と親御さんに聞いてから長さを決める。伸び代は三センチ。」
「山根工務店の山根さん。奥様が電話に出る日は、ご本人が現場に出ている日。急ぎの要件は夕方五時以降に電話した方が早い。」
私はページをめくった。
「丸山時計店の丸山さん。『うちは安売りはしない』が口癖。値引きを前提にした提案は必ず断られる。」
「大西印刷の大西さん。本当の締め切りより一日早い日を言ってくる。頼めば必ず一日伸びる。」
私はページをめくり続けた。取引先ごとに、こういうものがびっしり書いてあった。先方の社長の口癖、担当者の性格、断られた提案とその理由、お客さんが本当に困っていたこと。契約が動いた時、その前に何があったか。私が十年かけて頭の中に持っているつもりだったものが、全部この人のノートに文字で残っていた。
しかも、私が知らないことが多かった。
「何冊あるんだ?」
「十一冊です。」
「三年で十一冊か。」
「はい。」
私はノートを閉じた。閉じてから、その背表紙をしばらく見ていた。この人は黙っていたのではない。誰よりも静かに、会社の全部を見ていた。見ていたのに、一度も口に出さなかっただけだ。そして、私はそのノートが机の上に積んであるのを、三年間毎日見ていた。見ていて、一度も中を開かなかった。
最初の壁は、その日の午後に来た。私は山根工務店のチラシに取りかかろうとして、去年のデータを開いた。開いた瞬間、画面いっぱいに警告が出た。フォントがありません。画像のリンクも切れています。うちで使っていたフォントは、デザイナーの一人が自分の名義で契約していたものだった。会社の経費で払っていたが、契約者は本人だ。その本人が、先週いなくなった。去年と同じ書体で作ろうとすると、文字が全部別のフォントに置き変わる。同じチラシに見えない。
会社の名義で入れ直せばいい。ただ、あのフォントは一式で年間の契約だ。今から入れれば十万数万円がその場で出ていく。それだけならまだなんとかなる。問題はもう一つあった。
山根工務店のホームページだ。チラシと同時に、トップページの告知も差し替える約束になっていた。管理画面を開こうとして、私はパスワードを知らないことに気づいた。サーバーの契約もドメインの管理も全部うちが預かっている。ただ、その管理をしていたのは制作の一人だった。引き継ぎの資料にはホームページの更新手順は書いてあった。肝心のパスワードだけが、空になっていた。担当していた本人に一度だけ電話をかけた。呼び出し音が十回なって、切れた。それきりだった。
私は自分の甘さを思い知った。「引き継ぎはいらない」と黒沢は言った。あれは配慮ではなく、宣言だった。
「望月さん、サーバーのパスワード分かるか?」
「請求書は私が処理していたので、契約している会社と契約者番号は分かります。パスワードは分かりませんが、契約者はうちの会社です。本人確認をすれば、再発行してもらえるはずです。」
「どのくらいかかる?」
「電話で聞いてみます。」
彼女は受話器を取った。聞いていて驚いたのは、電話の相手に一度も聞き返させなかったことだ。契約者名、契約者番号、担当者の変更、必要な書類。順番に、無駄なく話していた。会議で「特にありません」と言っていた人と、同じ人だとは思えなかった。五分で電話が終わった。
「再発行のお知らせが届く先が、辞めた社員の個人のアドレスでした。届け先を書面で変えますので、最短で十七日の月曜です。」
「間に合わないな。チラシの折り込みは十六日の日曜だ。ホームページの差し替えも、同じ日に揃えたい。」
「ホームページは間に合いません。ただ、山根さんに事情を先にお伝えして、一週間ずらしていただくのはどうでしょうか? 相談会は月末までやっているので、告知が一週間遅れても来られる方の数はほとんど変わらないと思います。」
「根拠は?」
「去年、山根さんに伺いました。相談会に来られた方の申し込み日です。ホームページからの申し込みと電話の申し込みに分けて集計してあります。ホームページから申し込みは去年は十二人でした。そのうち九人が、相談会の三日前から前日に申し込んでいます。」
私は少し笑ってしまった。笑いながら、背筋が寒くなった。
「それもノートか。」
「はい。」
フォントの方は、印刷会社に電話することにした。大西印刷の大西部長。五十八歳の営業部長で、うちが創業した年から付き合いのある人だ。電話に出た大西さんは、事情を全部知っていた。
「麻野さん、大変なことになったな。」
「すみません。話が早くて助かります。」
「うちにも黒沢さんから連絡が来たよ。『新しい会社でも印刷はお願いします』って。」
「そうですか。」
「断ったよ。」
私は受話器を持ったまま、たまった。
「うちは印刷屋だからな。どこの仕事でもするのが商売だ。それは分かってる。でもな、十年やってきた相手を後ろから殴る手伝いはしたくない。」
その一言で、私は少しだけ息ができた。それから、私はフォントの件と今週の締め切りの話をした。大西さんは全部聞いてこう言った。
「入稿は木曜って言ってあったが、水曜の朝まで伸ばせる。それ以上は無理だ。折り込みの申し込みだけは動かせないから、金曜のうちに部数とエリアを決めてくれ。あとな、うちに出入りしてるフリーのデザイナーが何人かいる。一人、腕のいい人がいるんだ。」
「紹介していただけますか?」
「今から番号を送る。東さんって人だ。東西の東って書いて『あずま』さん。四十五歳で、昔は県庁所在地の制作会社にいた。子育てで辞めて、今は家で受けてる。腕は本物だ。ただ、断られても俺を恨むなよ。あの人は仕事を選ぶから。」
その日の夕方、私は東さんに電話をかけた。事情を全部話した。うちが今どういう状況で、何が足りなくて、いつまでに何が必要なのか。隠しても仕方がないので、お支払いが遅れる可能性まで話した。東さんは一通り聞いてから、こう言った。
「麻野さん、お金の話を先にしていいですか?」
「はい。」
「今回の分はいただきます。ちゃんといただきます。一本いくらでやります。その代わり、来月以降のことは今は約束しません。会社が続くかどうか分からないところと、年間の契約は結べませんので。」
私はその言い方がありがたかった。「同場で」引き受けてくれるよりも、むしろ。
「ありがとうございます。それで結構です。」
「あと、フォントは私のを使います。契約は私の名義なので、そこは気にしなくていいです。」
問題が二つ、その日のうちに片付いた。残ったのは、一番大きい問題だった。山根さんだ。
翌日の夕方五時過ぎ、私は山根工務店に車を走らせた。事務所から十分ほどの、川沿いにある。なぜ五時過ぎかと言うと、望月にそう言われたからだ。
「今日は奥様が電話に出られました。ということは、山根さんは現場です。五時半には事務所に戻られます。」
行ってみたら、その通りだった。作業服のままの山根さんが、事務所のストーブの前で新聞を広げていた。六十歳を過ぎた無口な人だ。私が入っていくと、山根さんは顔を上げて、それから目をそらした。
「麻野さん。」
「ご無沙汰しています。」
「話は聞いてる。」
「はい。」
しばらく沈黙があった。
「黒沢さんから電話が来た。これからは自分がやりますって。」
私は覚悟していた。昔からの取引先では、山根さんのところが大きい。年間で三百万近くある。取られるとしたら、真っ先にここだと思っていた。
「そうですか。」
「断ったよ。」
「え?」
山根さんはストーブの上のやかんを見ながら言った。
「あの人はな、うちに来るといつも県庁前の大きい現場の話をするんだ。『あそこは坪単価がいくらで、うちみたいなところとは違う』って。そんなことは言われなくても分かってる。分かってて、それでもうちに任せてくれる人が、この町にはいるんだよ。」
私は何も言えなかった。
「麻野さんのとこは、去年、雨の話を書いてくれただろう。」
去年のチラシのことだ。山根工務店は、大工が三人しかいない小さな会社だ。派手な設備もモデルハウスもない。だから去年、私は山根さんに何時間も話を聞いて、こういう一文を作った。
「雨の日にこそ現場を見に行く工務店です。」
山根さんは工事中の家を、雨の日に必ず見に行く。雨漏りは晴れの日には分からないからだ。それを四十年やっている。本人はそれを当たり前だと思っていて、一度も口にしたことがなかった。
「あれを読んで、うちの嫁さんが泣いてな。『四十年やってきたことを、初めて誰かが分かってくれた』って。」
私はストーブの音を聞いていた。
「だからな、麻野さん、今度のチラシも頼むよ。あんたのところが一人だろうが二人だろうが、うちは構わん。」
帰りの車の中で、私はハンドルを握ったまましばらく動けなかった。事務所に戻ると、望月がまだ残っていた。私は山根さんの返事を伝えた。彼女はほっとしたように、小さく息をついた。そして、こう言った。
「社長、一つだけお願いがあります。」
「なんだ?」
「取引先を回る時、黒沢さんのことを悪く言わないでいただけますか?」
私は少し驚いた。
「言いたくなると思います。私も言いたいです。でも、お客様の前でそれを言うと、お客様は自分が選んだことを責められている気持ちになります。山根さんは断ってくださいました。断らなかった方もいると思います。その方たちが戻る道を、こちらから塞がない方がいいと思うんです。」
私はその夜、彼女のことを初めてまともに考えた。この人は、三年間何を見ていたのだろう。そして、私は三年間、何を見ていたのだろう。
十一月の前半は、多分私の人生で一番働いた二週間だった。朝は七時に事務所を開ける。望月は八時に来る。夜は私が十一時頃まで残る。彼女は九時には帰らせた。最初は彼女も残ろうとしたが、そこだけは譲らなかった。
昼は二人ともコンビニの弁当だった。事務所の真ん中にある長机に向かい合って、弁当を置いて十分で食べる。十台の机がある部屋で、二人分の音しかしないのは最初のうちは落ち着かなかった。そのうち、その時間が一日のうちで一番まともな時間になった。
木村さんがやっていた給料の計算と保険の手続きも、望月がそのまま引き取った。弁当を食べながら、望月はよく質問をした。
「社長、丸山時計店さんの案件は、今年は受けない方がいいと思います。」
「なんでだ?」
「去年、実際の利益は二万円でした。」
「二万?」
「見積もりは三十八万円です。そのうち印刷と折り込みで二十三万円出ています。残りの十五万円がデザイン料のはずでした。でも、直しが七回入って、取材のカメラマンの出張も一回ありました。手間と出張で十三万円かかっています。残ったのが二万円です。うちが一日動く分の人件費も出ていません。」
私は箸を止めた。数字は合っている。
「でも、丸山さんは毎年やってる。」
「はい。だから『受けないでください』と言っているんじゃありません。受けるなら、値段の話を先にしてくださいという意味です。丸山さんは値引きを嫌う人です。『安くしろ』とは一度も言われていません。こちらが勝手に直しの回数を数えていなかっただけです。」
私は言い返せなかった。その言い方には、遠慮がなかった。少し嬉しくなった。この人が、私の前で言い切っている。
折り込みの話をしてくれたのも、その頃だ。
「社長、折り込みのチラシは、そもそも一回では戻りません。」
「そうか。」
「B4の両面カラーを三万部巻くと、印刷と折り込みで十九万円かかります。デザインと進行の管理を入れて、合計で三十四万円ほどです。折り込みの反応率は業種にもよりますが、〇・一パーセントくらいです。三万部で三十人です。その三十人が一年でお店にもたらす利益が一人六千円だとすると、十八万円です。三十四万円かけて、十八万円しか戻りません。」
「赤字じゃないか。」
「一年で見れば赤字です。でも、その三十人が来年も来てくれたら、その次の年も来てくれたら、そこで初めて戻ります。だから、うちのお客様はチラシを一回作って終わりにしてはいけないんです。本当に必要なのは一枚のチラシじゃなくて、毎月少しずつ相談できる相手です。」
十一月の第二週に入って、山根工務店のチラシが仕上がった。東さんのデザインは、大西さんの言う通り大物だった。うちのデザイナーたちより、正直うまい。原稿は私が書いた。山根さんに聞いた話を、そのまま並べただけの原稿だ。入稿は水曜の朝に間に合った。ホームページの差し替えは一週間送らせて、山根さんには望月が電話で説明した。
驚いたのは、最後に彼女が言ったことだ。
「山根さん、ホームページのお知らせはチラシと同じ、二十三日の日曜からの掲載になります。去年ホームページからのお申し込みは十二人、その九人が直前の三日間でした。今年の相談会は三十日までですので、二十三日からの掲載で去年と同じか、それ以上になると思います。もし出足が去年より鈍いようでしたら、途中で駅前だけ二千部巻きます。費用はいただきません。」
電話を切った後、私は彼女に聞いた。
「最後の二千部の話。あれ、俺には先に相談されてないぞ。」
「すみません。勝手に言いました。」
「いや、怒ってない。金額はいくらだ?」
「印刷と折り込みで一万二千円です。私と社長が一日ずつ休日返上で働く分は、計算に入れていません。」
「安いな。」
「安いです。山根さんが『今、うちを信じていいのか』と迷っている時間の方が、ずっと高くつきます。」
私はその時はっきりと思った。この人は、俺よりうまい。
その日の弁当の時、私は思い切って聞いてみた。
「望月さん、給料の話なんだけど。」
「はい。」
「今月は出せる。来月も多分出せる。その先は分からない。もし出せなくなったら、ちゃんと先に言う。それだけは約束する。」
彼女は箸を置いて、少し考えてから言った。
「社長、私、家賃が四万円のところに住んでいます。食費と光熱費を入れて、月に十一万円あれば暮らせます。貯金が百八十万円あります。」
「そんなことまで教えなくていい。」
「いえ、数字を出した方が社長が判断しやすいと思ったので。私はしばらく大丈夫です。だから社長は、私の給料のことは一番最後に考えてください。」
私は弁当の蓋を見ていた。この人は多分、「優しいことを言っている」つもりはない。ただ、一番確実なことを言っているだけだ。それがこの人の優しさの形なのだと、その頃やっと分かってきた。
入稿を終えたその日の夕方だった。事務所に二人しかいない時間に、私は彼女に声をかけた。
「望月さん。」
「はい。」
「あの表を見た時から、ずっと気になってるんだ。君、なんで今まで黙ってたんだ?」
彼女の手が止まった。キーボードの上で止まったまま、しばらく動かなかった。彼女は画面を見たまま、こう言った。
「昔、IQが百五十だと言われたことがあります。」
私は自分の顔がどうなっていたか分からない。
「小学校の時に受けた検査です。先生が母に『この子はすごいですよ』って言ったのを、廊下で聞きました。その頃は嬉しかったです。でも、その後が良くなくて。」
彼女は膝の上で指を組んだ。あの、いつもの組み方だった。
「中学の時、班で調べ物をする授業がありました。私はもう答えが分かっていたので、最初に全部言いました。そうしたら、その班の子たちが次の授業から何もしなくなったんです。『望月さんが言うからいいよ』って。先生に相談したら、『じゃあ望月さんは言わないでいてあげなさい』って言われました。それから、言わなくなりました。」
私は口を挟めなかった。
「東京の会社に入った時も、話しました。会議で『この案は数字が合いません』って言ったら、その場が静かになりました。後で先輩に言われました。『望月の言うことはいつも正しい。でも、正しさで人は動かないんだよ』って。その人は多分、親切で言ってくれたんだと思います。でも、私はそれを言われて、しばらく人と話せなくなりました。正しいことを言うと、人が離れていくんだと思って。」
彼女はそこで初めて、こちらを向いた。
「会議の後は、毎回一度は立ったんです。社長のところへ言いに行こうとして、途中でやめて、また座って。三年間ずっと、それでした。だから、書くようにしたんです。口で言わないでノートに書いておけば、誰も嫌な気持ちにならないので。そのうち、誰にも必要とされないなら、それでもいいと思うようになりました。」
事務所が静かだった。私は胸が痛かった。彼女の話を聞いたからではない。三年間、私のすぐそこにこの人がいて、私はその頭の中を一度も見ようとしなかった。会議で「特にありません」と言われるたびに、私はそこで質問をやめた。もう一度聞き直すことをしなかった。飲み会で橋の席に座っている彼女に、私は一度も自分から話しかけなかった。黒沢のことを「人使いが荒い」と思っていた。でも、この人の才能が見えていなかったのは、私だ。
「望月さん。」
「はい。」
「今度から、口で言ってくれ。」
彼女が顔を上げた。
「でも、うちは今二人しかいない。君が黙ってると、俺は何も知らないまま沈む。それに、俺は君が正しいことを言っても、離れていかない。離れる場所がないからな。」
彼女は少しだけ笑った。三年間で初めて見た、笑い方だった。
その次の日だった。望月がまた、一枚の紙を持ってきた。
「社長、堀内用品店さんのことなんですが。」
堀内さんは、柏木銀座商店街の真ん中にある。事務所から車で十分だ。今は二代目の堀内さんで、六十九歳になる。市内の中学三校の指定制服になっている。学生服の他に、体操着、上履き、名札、部活のジャージ。そういうものを扱っている。うちは十年ずっと、あの店の採寸会の案内を作ってきた。折り込みのチラシと、店の前ののぼりだ。
「今年は、まだ何のご依頼も頂いていません。いつもなら十月の半ばには、部数と日程のご相談をいただいています。」
「今年はない。」
「はい。それと、これを見てください。」
彼女が出したのは、メモを書き写した紙だった。
「九月四日。堀内さんから電話。『今年の話はまた今度でいい』とのこと。声がいつもと違う。」
「九月十八日。黒沢が堀内さんの店へ二十分。訪問後の報告は一言だけ。『麻野さんによろしくとのことでした』。」
「九月十八日の打ち合わせの内容は、議事録に残っていません。黒沢さんが議事録を取らなかったのは、この一件だけです。」
私はその日の夕方、望月を乗せて車を出した。商店街は日が落ちるのが早い。アーケードの照明がついていて、開いている店は半分もなかった。堀内用品のガラス戸を開けると、暖房の匂いと新しい布の匂いがした。ミシンの前に、堀内さんの奥さんが座っていた。菊子さんという、六十六歳になる人だ。学生ズボンの裾を縫って、待ち針を打っていた。
「あら、麻野さん。ご無沙汰しています。お父さん、麻野さんよ。」
奥から堀内さんが出てきた。私の顔を見て、少し気まずそうな顔をした。
「悪かったな、麻野さん。」
「いえ…」
「今年はな、案内はいいんだ。」
「何かありましたか?」
堀内さんは店の真ん中のガラスケースに手を置いた。中には金色の優勝カップのバッジが並んでいた。
「九月に黒沢さんに来てもらってな。今年の予算を聞かれたんだ。うちは去年と同じで三十万でお願いしますって言った。そしたら、こう言われた。『その金額だと、うちとしては見合わないんです』って。」
私は目を瞬いた。
「別に責めてるんじゃない。向こうも商売だ。それに、多分向こうが正しいよ。今年から、うちは案内を出さないことにした。」
「どうして…」
「今年の採寸で、店を畳もうと思ってるからだ。」
店の奥で、ミシンの音が止まった。
「うちは今年で六十八年になる。親父がこの場所で始めた店だ。息子は東京で会社勤めをしてる。継ぎ手がないのは、十年も前から分かってた。それだけなら、まだ続けたんだが、数がな。」
堀内さんはレジの下から古い大学ノートを出して、ページをめくった。
「三年前は百四十一人来た。それが去年は八十八人だ。今年は七十人を切ると思う。三年で半分だよ。市内の六年生の数がな。二十年前は千八百人いた。今年は九百人ちょっとだ。子供が半分になったんだよ。二十年で。その上、今は制服もインターネットで買える。安いしな。うちがなくなっても、子供たちは困らない。」
私は何も言えなかった。言えることが、一つもなかった。
その時、私の後ろから声がした。
「堀内さん。」
望月だった。車の中で待っているように言ったのに、いつの間にか店に入っていた。
「ああ、事務所のお嬢さんか。」
「望月と申します。いつも電話でお世話になっています。」
「うん、うん。いつも丁寧にありがとうな。」
「一つだけ、伺ってもいいですか?」
「なんだ?」
「堀内さんは採寸の時、必ず親御さんに聞きますよね? 『あと何センチ伸びると思いますか?』って。」
堀内さんの手が止まった。
「それで、伸び代を三センチ取って、長さを決められます。四センチでも五センチでもなく、必ず三センチです。」
「なんでそれを…」
「三年前の十一月に、電話で伺いました。あの時、私『なんでですか?』って聞いたんです。堀内さんはこうおっしゃいました。『四センチ取ると、一年生の間はブカブカの服で過ごすことになる。写真に残るのは一年生の春だから』って。」
店の中が静かになった。堀内さんはガラスケースの上を、手のひらでゆっくり撫でた。
「そんなこと、言ったかね?」
「言われました。私、メモしてあります。」
「もう一つ、伺っていいですか? この店で採寸された制服は、卒業まで何度でも直されますよね。」
「ええ、そうですよ。」
奥の菊子さんが答えた。
「男の子はね、二年生の夏で十センチ伸びる子がいるの。そういう子は、三回直しに来るわ。」
「うちで買ってくださった方は、お直し代はいただかないの。」
「それは、この店で買われていない制服でもですか?」
菊子さんは待ち針を持ったまま、少し笑った。
「そうね。持ってこられたら、断らないわね。よそで買った子の親御さんは、大抵申し訳なさそうな顔をしてこられるの。でもね、子供の制服がツンツルテンなのは、その子のせいじゃないでしょう。」
私はそのやり取りを黙って聞いていた。聞きながら、体の中が熱くなっていた。
「堀内さん。」
「うん。」
「今の話、チラシに書いていいですか?」
「今のお話って…」
「三センチのことと、お直しのことです。」
「そんなもん書いてどうする? 安いともうまいとも書けん話だぞ。」
「安いとは書きません。その店にしかない言葉を探すのが、うちの仕事なんです。」
堀内さんは私の顔をしばらく見ていた。それから、店の奥の菊子さんの方を見た。菊子さんは何も言わずに、待ち針を打ち直していた。
「いくらだ?」
「今年は、いただきません。」
「そういうのは困る。」
「じゃあ、成果が出たらいただきます。採寸の二日間に来られた人数が、去年の同じ二日間を超えたら、去年と同じ三十万をください。超えなかったら、無料で結構です。」
堀内さんは笑った。
「あんたのところが、危なっかしいんだよ。」
チラシは十一月三十日の日曜に折り込むことにした。折り込みの部数とエリアだけは、話が決まった翌日の金曜のうちに、大西さんへ抑えてもらった。B4の片面で六千部。エリアは、指定校の二つの中学校の校区に絞った。するのは大西だ。デザインは東さんに頼んだ。写真は、店の奥にあるミシンを映した一枚だけだ。それも東さんが「これだけでいい」と言って選んだ。原稿は私が書いた。三日かかった。一番上に、店の言葉で一行だけ入れた。
「うちで買っていない制服も直します。」
その下に、こう続けた。
「堀内用品店はこの商店街で六十八年、学生服を扱ってきました。採寸の時、私たちは必ず『あと何センチ伸びると思いますか』と親御さんに伺います。伸び代は三センチと決めています。四センチ取ると、その子は一年生の間ブカブカの服で過ごすことになるからです。写真に残るのは、一年生の春です。うちで採寸した制服は、卒業まで何度でも直します。お直し代はいただきません。それから、うちで買っていない制服も直します。子供の制服がツンツルテンなのは、その子のせいではありませんので。十一月三十日、採寸会をやります。」
チラシに入れたのは、それだけだ。制服の値段も、セールの文字も、一文字もない。
刷り上がったものを堀内さんに持っていった時、堀内さんはしばらく黙って読んでいた。読み終わって老眼鏡を外して、目の辺りを指で押さえた。
「こんなもんで、人が来るのかね?」
「分かりません。でも、これが本当のことです。」
採寸会は十一月の三十日。土曜と日曜の二日間だった。私は一日目の朝九時に、店の前に行った。手伝えることは何もない。ただ、どうしても見たかった。九時の開店の時点で、店の前に四人並んでいた。去年の同じ日は、朝一番はゼロ人だったと堀内さんが言っていた。十時を回った頃には、店の中がいっぱいになった。中学六年生の子供と、その親。ガラスケースの前で背筋を伸ばして立たされている男の子。スカートの長さを気にしている女の子。堀内さんはメジャーを首にかけて、一人一人に聞いていた。
「お母さん、この子、あと何センチ伸びると思う?」
奥のミシンの前には、行列ができていた。制服を持ってきた親御さんの列だ。よその店で買った制服。上の子のお下がり。親戚からもらったもの。菊子さんが一つずつ受け取って、待ち針を打っていた。
昼過ぎに、一人のお母さんが店を出てきて、私たちの前で立ち止まった。
「チラシを作られた方だと、伺って。」
私は頷いた。その人は畳んだチラシを鞄から出した。折り目が何本もついていた。
「これ、冷蔵庫に貼ってあったんです。うちの子、去年の春に転校してきて、前の学校の制服だったんですけど、直してもらえるところが分からなくて。よそで買ったのに、頼んでいいのかなって。ずっと…」
その人はそれだけ言って、手の甲で目元を押さえた。
「ありがとうございました。」
二日間で、六十七人が採寸に来た。去年の同じ二日間は、三十一人だった。閉店した後の店で、堀内さんは丸椅子に座って、ノートに数字を書き込んでいた。書き終わって顔を上げて、私にこう言った。
「堀内さん、三十万もらうよ。それとな、畳むのは、もう少し先にする。」
菊子さんが奥で、鼻をかんだ音がした。
山根さんの住宅相談会も、ホームページからの申し込みが去年の十二人を超えた。二千部を巻く必要はなかった。帰りの車の中で、望月はずっと窓の外を見ていた。信号で止まった時、彼女が言った。
「社長。」
「うん。」
「私、今日、生まれて初めて自分が役に立ったと思いました。」
私はハンドルを握ったまま、前を見ていた。
「月さん、それは違うぞ。君は三年前から役に立ってた。俺が気づいてなかっただけだ。」
信号が青になった。車を出してから、隣で小さく鼻をすする音が聞こえた。私は聞こえないふりをした。
会社は死ななかった。それは本当だ。ただ、私たちがこの後本当に苦しくなるのは、実はここからだった。
採寸会の話は、その週のうちに商店街を一周した。年が開ける前に、三件の問い合わせがあった。物産店と時計店と、商店街の外れの美容室だ。どれも小さな仕事だった。それでも、電話が鳴ってうちの名前を出してもらえるというのは、十一月には想像もできなかったことだ。
私は少し浮かれていたのだと思う。その浮かれを、望月が正面から止めた。十二月の二十六日だった。仕事納めの日に、彼女が机の前に立って、また一枚の紙を出した。
「社長、これを見てください。」
今度の紙は表ではなかった。折れ線が一本、引いてあった。横が月、縦が金額だ。その線が、一月の終わりのところで下に突き抜けていた。
「これは、資金繰りの見通しです。一月の末に、六十三万円足りません。」
私は紙を持ったまま、椅子に座り直した。
「順番に説明します。まずうちの売上は十月まで、月に大体千百万円ありました。十一月は八十万円です。あの二十四本のうち、大きい七本が先方から取り下げになりました。十二月は堀内さんの三十万円も入れて、百六十万円です。」
「分かってる。」
「はい。ただ、問題はそこじゃないんです。」
彼女はペンで紙の別の場所をさした。
「うちのお客様は、月末締めの翌月払いです。つまり、十一月に働いた分の八十万円は十二月の末に入ります。十二月に働いた百六十万円は、一月の末です。入ってくるお金は、働いた月のまるまる一ヶ月後なんです。月の初めに働いた分だと、二ヶ月近く待つことになります。それに対して、出ていくお金は待ってくれません。家賃と給料と社会保険は、売上がゼロでも毎月出ます。印刷代、外注費は、翌月末です。一月末に出ていくお金が全部で二百四十七万円です。入ってくるのは、遅れていた分を足しても百八十四万円です。差が、六十三万円です。」
私は紙を見つめた。数字は合っている。合っていることが分かるから、余計に息が詰まった。
「十月末までの入金はどうなってる?」
「そこが、もう一つの問題です。十月末までに納品した分で、まだ入っていないお金が百二十一万円あります。」
「なんでだ?」
「先方が混乱されているからだと思います。黒沢さんが担当されていた会社です。請求書はうちが出しています。でも、担当だった人はもう別の会社にいます。経理の方が、『これはどちらに払うのか』と迷われているんだと思います。電話は三件かけました。二件は二月に支払いますとおっしゃいました。一件は、来月私が伺います。」
私はしばらく黙っていた。それから、一番聞きたくないことを聞いた。
「県庁前のマンションの案件は?」
「十二月の頭に、先方から契約解除のご連絡がありました。来年分で千三百万円になる案件です。先方から『社長には言わないでほしい』と頼まれました。それを言い訳にして、私が黙っていました。すみません。」
私は、何も言えなかった。
「いや、俺が聞かなかったんだ。」
千三百万円。うちが一年で売り上げる額の、ちょうど一割だ。それが電話一本で消えた。
その夜、私は事務所に一人で残って、通帳と請求書のファイルを並べた。並べて電卓を叩いて、同じ答えが出るのを四回確認した。六十三万円。六十三万円が、一月の終わりに足りない。
年が開けて、私は借り入れを信用金庫に行った。創業の時からの付き合いだ。支店長は私の顔を知っている。応接室に通されて、私は資料を出した。望月が作った資金繰りの表、十一月と十二月の受注の実績、これからの見通し。支店長は丁寧に全部見てくれた。見てから、こう言った。
「麻野さん、正直に申し上げてよろしいですか?」
「お願いします。」
「社員さんが八人抜けたというのは、この町ではもう知られています。その状態で、新しいお貸しをするというのは、うちとしては難しいです。」
分かってはいた。分かっていても、実際に言われると椅子から立ち上がる力がしばらく戻ってこなかった。
「公的な機関に返済を保証してもらう道もあります。ただ、今の人員の数でお示しすることになりますので、多分同じお返事です。もし社員さんが戻られるか、大きい契約が一本決まるようでしたら、もう一度お持ちください。」
その帰りだった。信用金庫を出て駐車場に向かって歩いていたら、後ろから声をかけられた。十月まで、うちが仕事をしていた会社の専務さんだった。黒沢についていった取引先の一つだ。
「麻野さん、ご無沙汰しています。うちのことは、悪く思わんでください。」
「いえ、とんでもないです。」
その人は、少し言いにくそうにこう続けた。
「言いにくいんですけどね。麻野さん、人が良すぎたんですよ。こっちが値段を言っても、いつも黙って飲んでくれた。あれね、ありがたかったけど、こっちも心配になるんです。『この会社、大丈夫かな』って。」
私はその場で頭を下げた。下げながら、自分の中で何かが崩れていくのが分かった。事務所に戻る車の中で、私は信号の度に考えていた。十年やってきたことは、何だったんだろう。私は取引先を大事にしてきたつもりだった。社員のわがままも聞いてきた。無理な納期も引き受けてきた。その結果がこれだ。社員は一人しか残らず、取引先は半分に減って、銀行には貸せないと言われて、しかも心配されている。「人が良すぎた」。その言葉が頭から離れなかった。
事務所に戻ったのは、夕方の四時頃だった。私は自分の机に鞄を置いて、椅子に座ってしばらく何もしなかった。望月は私の顔を見て、何も聞かなかった。三十分ほどして、彼女が湯飲みを二つ持ってきた。給湯室のインスタントのお茶だ。
「社長。」
「うん。」
「一月の六十三万円ですが、私から案が…」
「ああ。」
「一つ目は、言っても社長が絶対に受けない案です。」
「なんだ?」
「私の給料のことです。二つ目を言います。」
「…ああ。」
「二つ目は、社長の役員報酬を下げることです。四十五万円を二十万円にすると、三ヶ月で七十五万円浮きます。」
「それはやる。」
「はい。役員の給料を下げるには株主総会の記録がいります。株は社長一人のものなので、決めて紙に残すだけです。書き方は、もう調べました。」
私は少し笑った。笑うしかなかった。
「三つ目は、大西さんに支払いの相談をすることです。一月分の一部を、二月に回していただけないかお願いします。これは私が言うことではないので、社長がご自分で言ってください。」
「そうだな。俺が行く。」
「それで今月は超えられます。ただ…」
彼女はそこで、湯飲みを両手で持った。
「今月を超えても、来月も同じことが起きます。」
「そうだな。」
「うちの仕事は全部、その都度なんです。チラシを一本作っていくら? ホームページを一本作っていくら? 作らない月はゼロです。だから、社長はずっと走り続けないといけないんです。十年ずっと、だったんだと思います。」
私は湯飲みを置いた。その言い方は、私を責めていなかった。ただ事実を並べているだけだった。それが、却って聞いた。
「社長、一つ提案があります。」
「言ってくれ。」
彼女は少しだけ息を吸った。そして、あの小さな声でこう言った。
「月額の集客サポート、作りませんか?」
月額の集客サポート。その言葉を聞いた時、私が最初に思ったのは「そんなもの、誰が買うんだ」ということだった。
「毎月お金をもらうってことか。」
「はい。月に三万です。」
「何をするんだ?」
「毎月一度、店に伺って、次に何をするか一緒に決めます。ホームページの直しや求人の告知は、その場で終わる分だけやります。大きい制作は、これまで通り別にお見積もりします。この三万は、毎月ご相談に乗って、先に手を打つための分です。相談は電話でもメールでも、何回でも。」
「それ、うちが損しないか?」
「そこが大事なところです。印刷代と折り込み代は、必ず実費で別にいただきます。ここを月額に入れると、うちが確実に赤字になります。それから、契約は縛らないでください。いつでもやめられるようにします。一ヶ月前に言っていただければ、終わりです。」
「縛らないと、すぐ切られるぞ。」
「切られるなら、切られて当然のことしかしていない、ということです。」
その言い方に、私は何も返せなかった。
「社長、うちのお客様が本当に困っているのは、チラシがないことじゃありません。相談する相手がいないことです。堀内さんも、山根さんも、丸山さんも、みんな同じです。『何かやった方がいいのは分かっている。でも、何をやればいいのか分からない』。分からないまま三年経って、気づいたら店を畳む話になっているんです。うちは十年、その相談に無料で乗ってきました。乗ってきたのに、お金は一回切りのチラシからしかいただいていませんでした。」
私は自分の十年を、そんな風に説明されたことがなかった。
「名前は?」
「え?」
「そのサービスの名前だ。何かないと、売れない。」
彼女はしばらく黙ってから、こう言った。
「『町の広報室』というのは、どうでしょうか?」
「町の広報室。」
「うちが、その店の後方の人になるという意味です。」
私はその名前を、口の中で二回繰り返した。悪くない。悪くないどころか、俺が十年やってきたことに一番近い名前だった。
サービスの中身を詰めながら、私はもう一つやらなければいけないことを片付けた。大西さんへ行くことだ。一月分の支払いの一部を、二月に回していただけないか。それを頼みに行った。隣の市の工場の応接室で、私は資料をテーブルに置いた。一月にお支払いする分のうち、四十八万円を二月に回してほしい。それが頼みだった。
大西さんは、資料を見もしなかった。
「いいよ。」
「見ていただかなくていいんですか?」
「見なくても分かる。あんたが頭を下げにくる額なんて、たかが知れてる。うちはな、麻野さん、十年、あんたのところが作ったチラシを刷ってきたんだ。あんたが金を払わなかった月は、一回もない。一回もない相手の、初めての頼みだ。断る理由がない。」
私は膝の上で、拳を握っていた。
「それより、麻野さん、一つ聞いていいか?」
「はい。」
「あんた、来年もやるつもりか?」
「やります。」
「そうか。なら、いい。」
工場を出た時には、外はもう暗くなっていた。私は駐車場で、しばらく経っていた。
一月の半ばから、私は営業に出た。営業なんて、十年ぶりだった。うちの営業は、黒沢の仕事だったからだ。紙は一枚だけ持っていった。望月が作った案内の紙で、値段とやることと、いつでもやめられることが書いてある。それだけだ。
最初に行ったのは、山根工務店だった。山根さんは紙を一分ほど見て、こう言った。
「これ、いつから始まるんだ?」
「二月からです。」
「じゃあ、二月からでいいんですか?」
「中身は、麻野さんとこが月に一回来てくれるって話だろ。それでいいよ。」
二件目は、堀内さんだった。堀内さんは紙を読んで、老眼鏡を上げてこう言った。
「三万は、うちには高いな。」
「そうですか…」
「でもな、去年までは三十万を一回払ってたんだ。それを十二で割ったら、二万五千円だ。月に五千円しか変わらん。変わらんなら、毎月来てくれる方がいいよ。」
そこからは、望月が作った順番で回った。彼女は、うちの過去の取引先を全部リストにしていた。三年以内に取引か提案のあった会社が、全部で八十七社ある。それを四つに分けてあった。黒沢について行った先、断ってくれた先、もう何年も動きのない先、そして一度提案して断られたままになっている先だ。
「社長、最初に回るのは、この四つ目です。」
「断られたところをか?」
「はい。断られた理由が全部ノートに書いてあります。予算が合わなかったところが十一社、時期が悪かったところが六社、社内で決まらなかったところが四社です。予算が合わなかった十一社は、三万ならもう一度話を聞いてくださると思います。」
その通りだった。十一社のうち七社が、その場で契約してくれた。先方の社長が口を揃えて、それぞれこう言った。
「あの時は五十万って言われたからね。毎月三万なら、ちょっとやってみようか。」
「実は去年から、誰かに相談したかったんだよ。」
暮れの三件も入って、二月の半ばには契約が十二社になった。月に三十六万円。今月ゼロになることが、もうない金額だ。その数字を通帳で初めて見た日のことは、今もよく覚えている。三十六万円は大きな金額ではない。それでも、私は事務所の椅子に座って、しばらく通帳を閉じられなかった。十年間、私はずっと走っていた。今月の仕事が終われば、来月の仕事を探した。探せなかった月は、自分の給料を止めた。それを当たり前だと思っていた。その走りが、初めて少しだけ止まった。
後から振り返ると、この会社が向きを変えた日は、はっきり分かる。望月さおりが一人だけ席に残っていた、あの日からちょうど一ヶ月後だ。十一月三十日、堀内さんの店の採寸が終わった日だ。あの二日間で、この町でうちの名前がもう一度知られた。次の仕事が向こうから来るようになったのは、この日からだ。
二月に入って、東さんの働き方も変わった。最初は一本いくらの外注だった。それが十一月、十二月と続いて、一月には週に二日、事務所に来てもらうようになった。二月のある日、東さんが自分から言い出した。
「麻野さん、週三日にしませんか?」
「ありがたいですけど、いいんですか?」
「うちの下の子が、この春で小学校を卒業するんです。」
東さんはパソコンの画面を見たまま話した。
「県庁所在地の会社にいた頃は、終電で帰ってました。下の子が熱を出した日に、迎えに行けなくて。それでやめたんです。十八年前です。家で受ける仕事は、気楽で良かったです。でも、ずっと一人でした。打ち合わせもメールで、直しもメールで、『いいですね』の一言もメールで。ここに来て一番驚いたのは、望月さんが必ず紙を出してくることでした。『この案件は、今こういう状況です』って、紙で説明してくれる人と、十八年ぶりに会いました。」
望月は自分の席で、耳まで赤くなっていた。
田代が事務所に来たのは、二月の終わりだった。夕方、ドアが開いて、あの二十六歳が立っていた。あの日、頭を下げた後、何か言いかけて出ていった男だ。
「ご無沙汰してます。」
「おう。」
田代は靴の辺りを見たまま、なかなか話し出さなかった。やがて、こう言った。
「俺、戻れませんか?」
私は少し黙ってから、椅子を進めた。田代は座らなかった。立ったまま、話した。
「向こうは朝から晩までやってます。案件の数は、うちにいた頃の三倍あります。でも、誰のために作ってるのか分かんないんです。先月、初めて自分が作ったチラシの店に行ってみたんです。県庁所在地の駅前の弁当屋で。店の人が俺の作ったチラシを見て、『これ、誰が作ったか知らないんだけどね』って言ってました。うちにいた頃は、そんなことなかったです。堀内さんは、俺の名前を覚えててくれました。」
「確かにな。」
「はい。」
「うちに戻るなら、前より給料が下がる。それは先に言っておく。」
「知ってます。」
「その上で、条件が二つある。」
私は指を二本立てた。
「一つ目。お客さんに、自分の口で謝ること。お前が抜けたことで迷惑をかけた先がある。誰かに謝ってもらうんじゃなくて、自分で言ってこい。」
「はい。」
「二つ目。ここで一緒に働く人間を見下さないこと。うちは今二人と、週三日の人が来てやってる。派手な仕事は一本もない。それを恥ずかしいと思うなら、来ない方がいい。」
田代が靴から目を離した。
「分かりました。」
田代が最初に言ったのは、堀内用品店だった。私はついていかなかった。望月にも行かせなかった。後で、堀内さんから電話があった。
「麻野さん、若いのが来たよ。店の前で三十分経ってたぞ。入ってくるまでに三十分だ。入ってきて、何を言うかと思ったら、『すみませんでした』って。それだけ言って、また黙ってな。うちの嫁が『お茶でも飲んで行きなさい』って言ったら、泣きよった。麻野さん、あれ、いい子だよ。」
三月に、田代が戻ってきた。その月、堀内さんの店の今年の採寸が全部終わった。最終の人数は百二十四人だった。去年が八十八人だ。堀内さんはその数字を電話で読み上げて、最後にこう言った。
「息子から電話が来てな。東京の同級生が、『実家の方であんたの店のチラシが話題だ』って言ってきたそうだ。息子は、うちの店のこと恥ずかしいと思ってたはずなんだけどな。『良かったな』って言われたよ。生まれて初めてだ。」
三月の半ばに、望月がその月の見込みを出してきた。見て、私は自分の目を疑った。月の売上が、五百二十万円になる見込みだった。十月までの千百万円には遠く及ばない。それは分かっている。ただ、あの頃は十人でやっていた。今は、私と望月と、週に三日来てもらっている東さんと、戻ってきたばかりの田代の四人だ。一人当たり百三十万円だ。十月までは、十人で百十万円だった。一人当たりの売上としては、会社を作って十年で一番高い数字だった。
その週に、事務所の電話が鳴った。私が取った。
「大東広告の三浦と申します。」
聞いたことのある名前だった。東京に本社がある、大きな広告のグループだ。
大東の三浦さんが事務所に来たのは、三月の下旬だった。四十代の半ばくらいの人だった。細身のスーツで、名刺は厚みのある紙だ。
「事務所の中、大きな机がたくさんありますね。賑やかそうなオフィスだ。」
「今は四人です。」
「なるほど。」
望月は月に一度の訪問で、外に出ている日だった。三浦さんは『町の広報室』の紙をテーブルに置いた。うちが営業に持って歩いている、あの案内の紙だ。
「これ、いただきました。うちの県庁所在地の支社の者が、正直に申し上げて驚きました。月三万でこの内容、しかもいつでも解約できる。地方の小さな会社を、こんなに細かく囲い込む仕組みは、うちのグループにはありません。」
「ありがとうございます。」
「そこで、ご相談なのですが。この仕組みごと、うちのグループに入っていただけませんか? 朝日企画さんもうちの傘下に入れて、『町の広報室』をうちのネットワークで全国に展開します。麻野さんには、この仕組みの責任者として残っていただきます。もちろん、これを考えられた方にも、ご一緒に。金額は、ご納得いただける形でご用意します。一括でお支払いする形も、お考えいただければ。」
私は答えなかった。答えられなかったのではない。「県庁所在地の支社」という言葉が引っかかっていた。黒沢が営業に出ていたのも、あの町だ。
「一つ、伺っていいですか?」
「はい。」
「大東さんは、去年の秋からこの町に入ってこられていますか?」
三浦さんの表情は変わらなかった。
「はい。この地域は、去年から力を入れています。」
「黒沢が作った、『黒沢アドバー』という会社をご存知ですか?」
「もちろんです。うちのパートナーです。」
「パートナーというのは…」
「うちがお金を出して、株を持たせていただいています。黒沢アドバーは、うちのグループの一員です。」
事務所の空気が、すっと冷たくなった気がした。
「いつからですか?」
「去年の七月には、お互いの話がまとまって、十月に正式な契約を交わしています。」
十月。黒沢が俺に「独立する」と言ったのは、十月の初めだ。
「三浦さん、もう一つだけ。うちを買う時の値段は、どう決めるんですか?」
三浦さんの口元がわずかに動いた。
「黒沢さんの時と同じで、人数と社数で見積もらせていただきます。」
「人数と社数。」
「はい。連れてこられる社員の人数と、実際に動いている取引先の社数です。ゼロから作るより、動いているものを買う方が安いですから。黒沢さんの時は、ご本人を入れて社員八名、年間五百万円以上のお取引先六社が条件でした。連れてこられた人数と社数で、うちが出す金額と、黒沢さんに差し上げる役職を決めさせていただきました。」
私は、しばらく何も言えなかった。言葉が出てこなかったのではない。目の前で、十月からの半年が全部組み合わさっていくのが分かった。黒沢は独立したのではない。売ったのだ。うちの社員八人と、うちの取引先六社を、数字にして売った。デザイナーの三人も、制作の二人も、営業も、事務の木村さんも。名前ではなく、数字だった。堀内さんの店が切られた理由も、それで繋がった。年間三十万の用品店は、その六社に数えられない。数字にならない客は、あいつにとってはもう「切る相手」だった。
「三浦さん。」
「はい。」
「お断りします。」
「即答ですか?」
「はい。」
「理由を、伺っても?」
私は少し考えてから、正直に答えた。
「うちの仕組みは、頭数と取引先の数では書かれないものを売ってるんです。それを頭数と取引先の数で買われたら、売った瞬間に中身がなくなります。」
三浦さんはしばらく私を見ていた。それから、名刺をもう一枚テーブルに置いて、立ち上がった。
「気が変わったら、ご連絡ください。言っておきますが、うちはこの地域から手を引きません。」
ドアが閉まった後、事務所は静かだった。田代が、自分の席で固まっていた。
「田代。」
「はい。」
「知ってたか?」
田代は下を向いた。しばらく、誰も口を開かなかった。
「すみません。全部じゃないです。でも、黒沢さんは言ってました。『東京の会社と組むから、うちは一気に大きくなる』って。『人数が揃わないと話がまとまらないから、頼むから来てくれ』って。俺、その時、いい話だと思ったんです。『頭数だった』って、後から分かりました。向こうに行って三ヶ月で、俺の担当はゼロになりました。案件は全部、東京から降りてきたものを回すだけでした。」
「…。」
「社長、すみませんでした。」
私は田代を攻めなかった。攻める気になれなかった。二十六歳の男に、東京の大きい会社と組むと言われて、断れる方が少ない。
その夜、私は事務所に一人で残った。やらなければいけないことがあった。十月から止まったままの、去年の請求書のファイルを整理することだ。望月に頼めば一日で終わるのは分かっていたが、自分でやりたかった。
分厚いファイルを二冊、机に積んだ。古い方から順番に見ていって、七月のところで指が止まった。紙と紙の間に、黄色い付箋が挟まっていた。小さな字だった。望月の字だ。
「山根工務店様の担当が、来月から黒沢さんに変わると、先方から伺いました。社内では聞いておりません。」
私は手が動かなくなった。ページをめくると、もう一枚あった。九月の請求書のところだ。
「デザイナー三名が、同じ日の同じ時間に外出されています。行き先が予定表にありません。三回目です。」
七月と九月。私は付箋を二枚、机の上に並べた。並べたまま、しばらく手が出せなかった。夏のことだ。望月が私の机の前に立って、何か言おうとしたことがあった。あの時、電話が鳴って、私は受話器を取った。「急ぎならもう一度言いに来るだろう」と思った。来なかった。
来なかったのではない。あの人は口で言えなかったから、紙に書いたのだ。そして書いた紙を、私の机の書類の上に置いた。私はそれを、見なかった。見ないまま、請求書のファイルに一緒に閉じた。
翌朝、私は付箋を二枚持って、望月の席に行った。彼女は私の手元を見て、すぐに分かったようだった。顔から血の気が引いていくのが、見えた。
「これ、昨日、請求書のファイルから出てきた。望月さん、これはいつ書いた?」
「七月の二十三日です。」
「もう一枚は?」
「九月の十一日です。」
日付まで覚えていた。
「俺は、これを見てなかった。」
「はい。存じてます。」
「なんで、その後、言ってくれなかったんだ?」
彼女はしばらく黙っていた。それから、はっきりした声でこう言った。
「見てなかったんじゃ、ありません。私が口で言えなかっただけです。あの時、社長にもう一度言いに行けば、多分止まりました。九月なら、まだ間に合ったと思います。でも、私は言いに行けませんでした。言って、社長が黒沢さんを疑って、それが違っていたらどうしようと思いました。私が言うことで、社長と黒沢さんの仲が壊れたら、私のせいだと思いました。だから、紙に書いておいて、そのままにしました。社長、あの八人がいなくなったのは、私のせいです。」
私は首を振った。
「違う。望月さん、それは違う。その紙を見なかったのは、俺だ。君は目の前に置いてくれた。俺はそれを、めくって閉じた。三年間、君のノートも同じだ。机の上に積んであったのに、俺は一度も開かなかった。見えてなかったんじゃない。見ようとしてなかったんだ。」
「それとな、望月さん、昨日、三浦さんから聞いた。あの会社と黒沢の話は、去年の七月にもう固まってた。契約は十月だ。君が夏に来ていても、九月に来ていても、あれは止まらなかった。君のせいにできる場所は、どこにもない。」
彼女は、俯いたまま動かなかった。膝の上で組んだ指の関節が、白くなっていた。長い時間が経ってから、彼女が席を立って、自分の鞄を取りに行った。戻ってきて、私の机の上に、一枚の紙を置いた。
古いチラシだった。白黒で、写真は一枚も入っていない。紙は古くなって、少し黄色くなっていた。折り目が四本ついていて、その折り目のところが白く毛立っていた。何度も広げて、何度も畳んだ紙だ。一番上に、大きな字で一文あった。
「買ったお店でなくても直します。」
私はその一文を見た。見て、自分の書いた原稿だと分かった。中身で気づいたんじゃない。言い切りの文体で分かった。私は昔から、一番大事な一言だけは必ず短く言い切って、そこで止める。それが自分の癖だからだ。その下には、こう書いてあった。
「ネジが緩んだ。鼻当てがずれた。かけていると耳が痛い。そんな時は、いつでも寄ってください。うちで買っていただいたメガネでなくても構いません。望月メガネ店は、この商店街で二十九年やっています。」
私は、紙から目を離せなかった。望月メガネ。望月。彼女と同じ苗字だ。
「これ…」
「七年前です。北浦町の商店街の、母の店です。」
私の頭の中で、記憶がゆっくり戻ってきた。七年前、会社を作って三年目だ。まだ社員が三人しかいなかった。大西さんがうちに来て、こう言ったのだ。
「隣町に眼鏡屋があってな。チラシを作りたいらしいんだが、金がないと言ってる。白黒でいいから、作ってやってくれないか?」
私は五万円で引き受けた。一日かけて、店の人の話を聞いた。相手は五十歳くらいの女性で、一人で店番をしていた。
「ネジを閉めたり、鼻当てを変えたりするのは、うちでは仕事のうちに入らないんです。お客さんが困っているのを直すだけですから、お金はもらいません。よそで買ったものでも、同じです。」
「それは、なぜですか?」
その人は、不思議そうな顔で答えた。
「だって、見えにくいまま返す理由がないでしょ。」
母はそれを当たり前だと思っていました。だから、一度も人に言ったことがなかったんです。
私は、堀内さんの店のことを思い出していた。菊子さんが待ち針を持ったまま言った言葉。「子供の制服がツンツルテンなのは、その子のせいじゃないでしょう。」
「堀内さんと同じだ。」
「はい。社長は、七年前も同じことを書かれたんです。」
事務所の時計の音が聞こえた。
「あの頃、うちの店は潰れる寸前でした。国道沿いに大きいメガネ屋ができて、お客さんが半分になりました。父は私が中学二年の時に亡くなっていたので、母が一人でやっていました。私は大学二年で、家にお金がないのは分かっていました。でも、何もできませんでした。そこに、このチラシが来たんです。母はそれを読んで、店の奥で泣きました。私、母が泣くのを見たのは、あの時が初めてでした。母が、こう言ったんです。『うちがやってきたこと、ちゃんと言葉になってた』って。」
私は、目の辺りが熱くなるのをこらえていた。
「あのチラシが出てから、お客さんが少しずつ戻りました。店は、今もあります。母は五十八歳です。まだ、一人でやっています。私、あの日決めたんです。あの紙を作った人のところで、働こうって。大学を出て、東京の会社に入って二年。やめて、こっちに帰ってきて、求人を探したら、朝日企画は事務の募集しかありませんでした。でも、それで良かったんです。面接の日、社長に志望動機を聞かれて、私、何も言えませんでした。」
私は覚えていた。俯いたまま長く黙って、それから「ここで働きたいと思っていました」とだけ言った、あの日のことを。
「本当のことを言ったら、社長が困ると思ったんです。『七年前のチラシのお礼を言いに来ました』なんて、重すぎるでしょう。」
「その日、君は俺の後ろの壁を見てたの。」
「はい。壁に貼ってある仕事の見本の中に、母の店のチラシがあるかどうか探していました。ありませんでした。社長にとっては、五万円の小さな仕事だったんだと思います。でも、私にとっては、あれが全部でした。」
私は椅子の背に寄りかかって、天井を見た。そうしないと、涙がこぼれそうだった。三年間、私はこの人を「いてもいなくても変わらない社員」だと思っていた。その人は、七年前に私が作った一枚の紙を、折り目が毛立つまで持っていた。そして、その紙を作った会社が沈みかけた時、たった一人で残ると言ったのだ。
望月がやめると言い出したのは、その三日後だった。朝、事務所に着いた私の机の上に、白い封筒が置いてあった。彼女はもう来ていて、自分の席に背筋を伸ばして座っていた。
「社長、今月いっぱいで、やめさせてください。」
「理由を聞かせてくれ。」
「私がここにいる限り、大東はこの会社を諦めません。大東は『町の広報室』を欲しがっています。あれを作ったのは、私です。私が抜ければ、あの仕組みの中身も一緒に消えます。買う価値がなくなれば、社長は普通に仕事を続けられます。売るかどうかは、株を持っている社長が決めることです。」
「それだけじゃないんだろう?」
彼女は、膝の上で手を組んだ。あの、いつもの組み方だった。
「止まらなかったと、社長は言ってくださいました。それでも、私は九月に黙っていました。その事実だけは、消えてくれないんです。そういう人間が、今、偉そうにこの会社の作戦を考えています。私は、それに耐えられません。」
私は封筒を開けなかった。
「望月さん、それは受け取らない。」
「社長…」
「今月いっぱいと言ったな。じゃあ、今月いっぱいは考える時間があるってことだ。その間、いつも通り働いてくれ。」
彼女は何か言いかけて、結局、小さく頷いた。
そのやり取りから四日後だった。事務所のドアが開いて、黒沢信二が入ってきた。半年ぶりだった。すぐに分かったのは、あいつが痩せたことだ。スーツは去年と同じものだと思う。肩の辺りが余っていた。
「久しぶりだな。入っていいか?」
私は、打ち合わせ用の長机を指した。あの、二人でコンビニの弁当を食べていた机だ。黒沢は座って、事務所を見回した。そこには、俺と望月と田代がいた。東さんは来ていない日だった。黒沢は田代を見て、少し口を歪めた。
「田代、お前、こっちだったのか?」
「はい。」
「まあ、いいけどな。」
それから、黒沢は俺の方に向き直った。
「聞いたよ。うまくやってるらしいな。三浦さんから聞いた。月三万のやつだろ? あれ、いい商売だよ。お前、運が良かったな。」
俺は黙っていた。
「あの女の子。」
黒沢が顎で望月の方角を指した。
「あの子だろ? あれを考えたのは。思ったより使えるらしいじゃん。事務のくせにな。」
望月が、下を向いた。俺には、その下の向き方の意味が分かった。この人は、きっと中学の教室でも、東京の会議室でも、同じ下の向き方をしてきたのだろう。
「なあ、麻野。相談なんだけどさ。あの子、うちで雇ってやってもいいぞ。うちなら給料も出せる。東京の仕事も回せる。ここにいるより、ずっといい。」
俺は立ち上がった。驚くほど静かに、俺は黒沢の名前を呼んだ。
「信二。」
「なんだよ。」
「彼女は、物じゃない。」
黒沢が、笑いかけたまま動きを止めた。
「『使える』とか、『雇ってやる』とか、そういう言い方をするな。望月さおりは、俺を救ってくれた人だ。俺の、大切な仲間だ。」
黒沢は俺の顔をしばらく見て、それから鼻で笑った。
「変わったな、お前。」
「変わったよ。十月に、全部無くなったからな。」
黒沢は指でテーブルを二回叩いた。
「まあ、いい。本題だ。うち、人が余ってる。何人か戻してやってもいいぞ。デザイナーが一人と、制作が一人。お前のところ、人が足りないんだろ。」
俺には、その言い方の中身が分かった。余っているのではない。回せていないのだ。
「信二、一つ聞いていいか?」
「なんだよ。」
「三浦さんが、うちに来た。」
黒沢の表情が、初めて動いた。
「『町の広報室』ごと買いたいと言われた。断ったけどな。その時に聞いた。『社員八名。年間五百万円以上の取引先、六社。それがお前の時の条件だったそうだな』。」
黒沢は、すぐには答えなかった。テーブルの上の自分の手を見ていた。
「三浦さん、そこまで言うのか?」
「言った。世間話みたいにな。」
「信二、お前が向こうに持っていったのは、八人の人間じゃない。『八』っていう数字だ。向こうは、あいつらの名前を一つも知らない。知らないまま、八人分の値段をつけて、お前に出資した。その八の中には、お前も入ってるんだよ。」
黒沢は、何も言わなかった。
「堀内さんを切ったのも、数字に入らないからだろう。お前、それを自分で決めたと思ってるだろう。決めさせられたんだよ。」
黒沢が顔を上げた。その目は、十年前に居酒屋で会社の話をしていた頃の目とは、まるで違っていた。
「分かった風なことを言うな。お前に、何が分かる? 俺は営業を二十年やってきた。取ってくる人間がいなきゃ、会社は一日も回らない。その俺が、ずっとお前の後ろにいたんだ。朝日企画。看板に出てるのは、お前の苗字だ。俺の苗字は、どこにも入っていない。取引先が『麻野さん、ありがとう』って言うたびに、俺は『俺は何だったんだ』って思ってたんだよ。」
俺はその言葉を黙って聞いた。聞きながら、多分それは本当のことなんだろう、と思った。俺はあいつに、一度も「ありがとう」と言っていなかったかもしれない。当たり前のように取ってきてくれるものだと思っていた。そこは、俺が悪い。
「そうだったのかもしれない。それについては、悪かった。」
「今更だろ。」
「今更だ。でも、それとこれとは別だ。」
俺は椅子に座り直した。座って、まっすぐあいつを見た。
「信二。本人たちが望むなら、戻ってもらっていい。」
「そうか。」
「じゃあ、条件が二つある。」
「なんだよ。」
「一つ目。お客さんに、自分の口で謝ること。担当が急になくなって困った人がいる。その人のところに、自分の足で行って、自分の言葉で謝ること。代わりに誰かが行くのは、なしだ。」
「…。」
「二つ目。ここで一緒に働く人間を見下さないこと。うちは今四人だ。派手な案件は一本もない。月三万の客ばかりだ。それを『小さい仕事だ』と思う人間は、うちにはいらない。」
黒沢はしばらく黙っていた。それから笑った。乾いた笑い方だった。
「お前、それ、本気で言ってるのか? 綺麗ごとで、会社が回るかよ。」
俺は少し考えた。考えて、この半年で一番確かなことを言った。
「信二、俺も去年まではそう思ってた。綺麗事だけじゃ食えないと思ってた。だから、お前に営業を任せて、自分は何も言わなかった。でもな、十月にお前が出ていって、うちに残ったのは、その綺麗事だけだったんだ。山根さんは、うちが二人になっても切らなかった。堀内さんは、三十万でうちに頼みたいと言ってくれた。大西さんは、お前の会社の印刷を断ってくれた。なんでだと思う? うちが安かったからでも、うまかったからでもない。十年、その人たちのことをちゃんと見てきたからだ。綺麗事を守ったから、お客様が残ってくれたんだよ。」
黒沢は、何も言い返さなかった。言い返さないまま、立ち上がった。
俺はその時、言い残していることがあるのに気づいた。言わずに済ませることもできた。あいつとは二十年の付き合いだ。ここで黙って見送れば、いつかまた会うこともあるかもしれない。でも、それをやると、俺はまた同じことをする。「嫌われたくなくて何も言わない」まま十年経って、また誰かを傷つける。
「信二。」
「なんだ。」
「もう、お前とは組まない。」
短い沈黙があった。
「そうかよ。」
「体には、気をつけろ。」
黒沢は返事をしなかった。ドアのところで一度だけ立ち止まって、壁を見た。十台並んでいるのは、今は四台だ。壁には、堀内さんのチラシと、山根さんのチラシと、『町の広報室』の紙が貼ってある。どれも綺麗な紙だ。その隣に、折り目のついた白黒の紙が一枚増えている。望月に頼んで、貼らせてもらった。七年前の、メガネ屋のチラシだ。黒沢はそれを二秒ほど見て、出ていった。
ドアが閉まって、しばらく誰も動かなかった。田代が、椅子に座ったまま小さく息を吐いた。
「社長。」
「なんだ?」
「かっこよかったです。」
「そうか。手が震えてたけどな。」
「本当に震えてましたよ。テーブルの下で、ずっと。」
黒沢の会社のその後のことを、後から少しずつ聞いた。これは大西さんに聞いた話だ。黒沢についていった七人のうち、田代の他に二人がやめたらしい。事務の木村さんは、聞いていた給料と話が違ったそうだ。もう一人は、業界を離れた。取引先からの苦情も絶えなかったらしい。納期が守られない。担当がコロコロ変わる。そういう話が、印刷屋の耳には入る。黒沢はそれを、一人で抱えていたのだと思う。俺のところに来たあの日、あいつが痩せていた理由を、俺は多分半分くらいは分かっていた。分かっていて、それでも縁を切った。それがあの日、俺にできる一番まともなことだった。
その日の夕方、田代が帰った後の事務所で、望月がぽつりと言った。
「社長。」
「うん。」
「さっきは、ありがとうございました。」
「何がだ?」
「私のこと、物じゃないって言ってくださって。」
彼女は自分の机の上を見たまま、続けた。
「私、ああいう風に言われるのは初めてじゃないんです。東京の会社にいた時、部長に言われました。『望月は使える』って。お世辞のつもりだったと思います。周りの人も笑ってました。でも、私、その後トイレで泣きました。『使える』って、道具に言う言葉だと思ったので。」
「そうだな。」
「今日、社長が言ってくださった時、私、嬉しかったです。嬉しかったんですけど…」
彼女はそこで、初めて言葉に詰まった。
「私、本当にここにいていいんでしょうか?」
俺は即答した。考える時間もいらなかった。
「君がいなかったら、この会社はなかった。これは慰めじゃない。事実だ。十一月に入ってすぐ、あの二十四本の表が出てこなかったら、俺はその週のうちに畳んでた。堀内さんの店は、今年で終わってた。山根さんも、丸山さんも、多分よそに行ってた。『町の広報室』は存在しない。今、この事務所にある全部が、君が『残ります』と言ったところから始まってる。」
彼女は口を押えた。肩が震えて、それから声を上げて泣いた。三年間、この人が事務所で泣くのを見たことは、一度もなかった。多分、泣ける場所だと思っていなかったのだ。俺は何も言わずに、給湯室でお茶を入れた。時間がかかるように、ゆっくり入れた。戻った時、彼女はまだ肩を震わせていた。湯飲みを机に置いて、俺は自分の席に戻った。
しばらくして、彼女が鼻をすすってから言った。
「すみません。」
「いや。」
「私、ずっと自分は間違って生まれてきたんだと思っていました。頭が回るのに、それを使うと人が離れる。使わないでいると、いてもいなくても同じ人になる。どっちにしても、私はいらないんだと思っていました。」
「望月さん。」
「はい。」
「一つ、はっきりさせておきたいことがある。」
俺は机の引き出しから、あの白い封筒を出した。彼女が置いていった、退職届だ。
「これは、返す。受け取らないんじゃない。返す。」
彼女は封筒を受け取って、両手で持った。
「その上で、頼みがある。望月さん、来月から、企画の責任者になってくれないか?」
「え…」
「『町の広報室』の全部を、君に見てほしい。どのお客さんに何を出すか、値段をいくらにするか、どこまでやってどこから断るか。全部だ。俺は原稿を書く。田代がデザインをやる。東さんが入稿まで仕上げる。決めるのは、君だ。」
彼女は封筒を持ったまま、首を振った。
「無理です。私、人の前では話せません。会議も、営業も、できません。」
「知ってる。だから、会議はやらない。」
「え?」
「うちは四人だ。会議室に集まって手を上げる必要が、どこにある? 君は今まで通り、紙に書いてくれ。それを俺たちが読む。営業は、俺が行く。十年ぶりに思い出したけど、俺、そんなに下手じゃなかったよ。」
彼女は、少しだけ笑った。
「望月さん、三年前、君は口で言わないと決めた。そのやり方を変えろとは言わない。変えるのは、こっちだ。君が書いたものを、ちゃんと読む会社にする。それと、給料の話をする。来月から、あげる。」
「そんな…」
「君は前に、『自分の給料は一番最後に考えてください』と言ったな。一番最後まで来た。だから、今する。」
長い沈黙があった。やがて、彼女は封筒を膝の上に置いて、頭を下げた。
「やらせてください。」
その週の日曜に、俺は車で北浦町へ行った。吉井から車で二十五分だ。七年前に何度か通った商店街だった。望月メガネ店は、思っていたより小さかった。ガラス戸に、色の焦げた剣の絵が描いてある。戸を開けると、奥から白髪の混じった女性が出てきた。七年前に一日かけて話を聞かせてもらった、望月せつ子さんだった。
「いらっしゃいませ。」
俺は名乗った。せつ子さんはしばらく俺の顔を見ていた。それから、口に手を当てた。
「朝日企画さん。あのチラシの。」
せつ子さんは、店の壁を指した。そこに、額に入った紙が一枚かかっていた。あの白黒の紙だった。俺が七年前に作ったものだ。ただし、折り目は一本もない。真っさらな一枚だった。
「刷り上がりを二枚、置いていってくださったでしょう。一枚はここに飾って、もう一枚は、娘が持っていきました。」
俺は額の前から、動けなかった。
「麻野さん、うちの娘がお世話になっています。」
「こちらこそ、助けていただきました。」
「あの子、昔から人と話すのが下手で、学校でもうちでもほとんど何も言わない子でした。それが、去年の暮れ、帰ってきた時、初めて仕事の話をしたんです。『うちの会社が大変でも、社長が頑張ってて』って。あの子があんな風に人のことを話すのを、私、初めて聞きました。」
俺は、うまく返事ができなかった。
「あのチラシね。あれをもらった日、私、店を閉めようと思ってたんです。主人が亡くなってから六年、一人でやって、もう限界だと思って。その時に、あの紙が来て、そこに私が毎日やってることが書いてあって。『ああ、これでいいんだ』って思ったんです。間違ってなかったんだって。」
せつ子さんはそこで少し笑って、目の縁を指で押さえた。
「小さな店に、あんな紙を作ってくださって、ありがとうございました。」
俺は頭を下げた。深く下げて、しばらく顔を上げられなかった。七年前の俺は、あの仕事を五万円の小さな仕事だと思っていた。あの日の俺は、その紙が誰かの店の壁にかかり続けるとは思わなかった。その店の娘が、もう一枚を持ち歩くことも知らなかった。そして、その紙が七年後に俺の会社を救うことになるとも、知らなかった。
帰り道、俺は車を路肩に止めて、しばらく前を見ていた。「その店にしかない言葉を探すのが、うちの仕事だ。」十年間、俺は社員にそう言い続けてきた。言い続けてきたのに、一番近くにいる人が持っている言葉だけは、俺は一度も探そうとしなかった。別れた妻にも、多分同じことをした。
あの十月から、一年半が経った。朝日企画は今も、駅の南口から歩いて八分の雑居ビルの二階にある。四十坪の部屋も、十台の机も、効きの悪いエアコンも、そのままだ。
うちは、俺を入れて五人になった。俺と望月と田代と、東さんと、去年の春に入った新しい子が一人。東さんは去年の秋に社員になった。今は週五日来ている。『町の広報室』の契約は、六十二社になった。黒沢について行った先も、三社が戻ってきた。月に百八十六万円。振り込まれるので、追いかけなくても毎月入ってくる。毎月の訪問は、俺と望月と田代で手分けして回る。月の売上は大体六百五十万円だ。十月まで、十人でやっていた頃の数字にはまだ届かない。届かなくていいと思っている。うちは今、無理な納期を断れるようになった。合わない仕事は、受けないようになった。一年半前まで、俺はそれができなかった。断ったら、二度と来てもらえないと思っていたからだ。断っても来てもらえる。それが分かったのは、この一年半で一番大きい変化かもしれない。
あの支店長のところへは、あれから一度も借りに行っていない。堀内用品店は、続いている。今年の採寸は、市内から百四十一人来た。四年前も、百四十一人だったと堀内さんが言っていた。あの年に戻ったのだ。少子化は止まっていないのに、店に来る子供の数だけが増えた。堀内さんはもう七十歳になる。腰が悪くて、長く立てない日もある。それでも、採寸の日にはメジャーを首にかけて、必ず店に立っている。菊子さんは、今も奥のミシンにいる。「うちで買っていない制服」が、毎年三十着ほど持ち込まれるらしい。一度、俺は聞いてみたことがある。「それ、赤字になりませんか?」と。菊子さんは笑って、こう言った。
「そのお子さんがね、卒業する時に、下の子の制服をうちで買ってくださるの。三年待てばいいのよ。」
俺はその言葉を、そのまま次のチラシに書いた。山根工務店は、去年、大工を一人増やした。丸山時計店は、値段の話を先にするようになってから、去年うちに払ってくれた金額が倍になった。丸山さんは相変わらず「うちは安売りはしない」と言っている。大西の大西さんは、この春で定年だった。最後の日に、うちの事務所に寄ってくれた。望月の母親があの店の人だったことは、去年のうちに伝えてある。
「麻野さん、あのメガネ屋の話、覚えてるか?」
「覚えてます。」
「あん時、うちの営業がな、断ったんだよ。『白黒一枚じゃ商売にならん』って。俺が拾って、あんたのところに持っていったんだ。まさか、あの五万円の白黒があんたの会社を助けることになるとはな。」
大西さんは今、隣の市で週に三日だけ工場に出ている。空いている日には、うちの構成を月に二回手伝ってくれることになった。田代は、去年の秋にデザインの賞をもらった。地方の広告のコンクールで、堀内さんの店の新しいチラシだ。受賞式に行った田代は、受賞の挨拶でこう言った。
「このチラシの文章は、僕が書いたものではありません。うちの会社の人が、何年もかけてお店から聞き続けてきた言葉です。僕はそれを、読みやすく並べただけです。」
会場では、誰にも意味が分からなかったと思う。俺と望月には、分かった。
そして、望月さおりは企画責任者になった。名刺にそう書いてある。本人は最初、その名刺を渡すのを嫌がっていた。今は、普通に渡している。今も、ほとんど話さない。会議は、相変わらずやっていない。その代わり、毎週月曜の朝、大きな紙が五枚、全員の机に置かれる。今週の案件と、危ないところと、先に手を打つべきところが書いてある。うちの会社では、その紙を読むのが仕事の始まりだ。
去年の春から、うちは採用をするようになった。面接には、俺と望月の二人で出る。望月は質問をしない。ずっと、メモを取っている。去年の面接で、こんなことがあった。三人来て、そのうち二人は経歴が立派だった。県庁所在地の制作会社にいた人と、東京の代理店にいた人だ。もう一人は、何もなかった。地元の高校を出て、スーパーで四年働いていた、二十二歳の女の子だった。デザインの経験もない。志望動機も、はっきりしなかった。面接が終わった後、俺は正直、上の二人のどちらかだろうと思っていた。そこに、望月が紙を一枚出してきた。
「三人目の方だけ、面接の後、自分が座っていた椅子を机の下に戻して、出て行かれました。それから、入り口に置いてあったうちのチラシを、まっすぐに直していかれました。あれは、私が朝、わざと斜めに置いておいたものです。本人は多分、自分が何かをしたと思っていません。」
俺はその紙を読んで、しばらく笑っていた。
「望月さん、それ、面接の点数に関係あるか?」
「あります。うちの仕事は、誰も見ていないところで手が出せるかどうかです。あの人は、それができました。しかも、そのことに気づいてもいません。」
うちは、その子を取った。その子は今年で二年目になる。まだ何もできないが、電話でお客さんの話を聞くのがうまい。相手が言い終わるまで、絶対に遮らない子だ。
黒沢信二のその後のことも、少しだけ書いておく。黒沢アドバーは、去年の秋に大東の子会社になった。株も社名も向こうのものになって、黒沢の名前はどこにも残らなかった。黒沢は今、その会社の部長らしい。社長ではなくなった。これも、大西さんに聞いた話だ。去年の暮れ、黒沢が県庁所在地の飲み屋で一人で飲んでいるのを見た人がいるらしい。三浦さんの会社からは、あれきり何も来ない。数字にならない客は、追わないのだろう。
名刺は、今も引き出しに入っている。俺から連絡はしてない。黒沢からも、来ていない。それでも、十年一緒に会社をやった相手だ。うまくいけばいいなと、たまに思う。いい話としてまとめる気はない。そういうものだと思っている。
先週の金曜の夜、事務所に俺と望月の二人だけが残った。田代も、東さんも、新しい子も帰って、事務所が静かになった。一年半前の十一月と同じ、静かさだった。俺はふと思い出して、こう言った。
「望月さん、あの日のこと、覚えてるか?」
「あの日?」
「みんながダンボールを持って出ていった日だ。」
「覚えています。」
「君が『私は残ります』と言ってくれたから、今のこの会社がある。『君がいなかったら、この会社はなかった』とは言った。でも、まだ言っていない一言がある。」
「望月さん。あの日、残ってくれて、ありがとう。」
彼女は自分の机の上を見ていた。それから、顔を上げてこう言った。
「社長、私、あの日、勇気を出したわけじゃないんです。」
「そうなのか?」
「はい。みんながやめるって言い出した時、私、一番最後に思ったのは『また同じだ』って思ったんです。私はどこに行っても、『いてもいなくてもいい人間』なんだって。でも、その後で気づいたんです。この会社では、私、毎日名前を呼ばれていたんだって。『望月さん、ありがとう』って。毎日、必ず。そんな場所は、生まれてから一度もありませんでした。だから、『残ります』って言えたんです。社長が、私みたいな人間にも居場所をくれたからです。」
事務所の窓の外は、もう暗かった。向いのビルの明かりと、駅の方の信号だけが見えた。
「望月さん。」
「はい。」
「ああ、減ったな。」
「はい。」
「田代たちが帰った後で悪いけど、下のラーメン屋に行くか。」
「行きます。」
俺たちは電気を消して、事務所を出た。階段を降りながら、俺は思っていた。十年前、俺は黒沢と二人でこの会社を始めた。そして、一年半前、俺は望月と二人で、この会社をやり直した。同じ「二人」でも、中身がまるで違う。十年前は、誰かに取ってきてもらう二人だった。今は、誰かの言葉を聞いてくる二人だ。
親友に、社員も、取引先も、こっそり持っていかれた日、俺はこの会社は終わったと思った。でも、たった一人残ったその人が、この会社の未来そのものだった。



