「じゃあ、役に立たないお前のことは、これからいないものとして扱わせてもらう。文句があるなら出ていってくれていいからな」
その言葉を聞いた瞬間、私は言葉を失った。今までニコニコと優しかった夫が、まるで別人のような顔でそんなことを言うなんて信じられなかった。
私の名前は半田直子。34歳の専業主婦だ。夫の大輔とは友人の紹介で出会い、交際を始めて1年後には結婚していた。彼は有名大学出身で、名の知れた大企業に勤めるエリート。普通のOLだった私とは住む世界が違うと思ったこともあったが、彼の方が私を気に入ってくれて、真剣に交際を申し込んでくれた。そして「絶対に直子を幸せにするから」という言葉を信じて、私は彼の実家での同居を決意したのだった。
結婚後、私は仕事を辞めて義母との三人暮らしを始めた。義母は優しく迎えてくれて、家庭の味を教えてくれたり、ご近所との付き合い方を教えてくれたりした。最初はうまくやっていけると思っていた。
そんなある日、大輔が疲れ果てた顔で帰ってきた。
「直子にお願いがあるんだ。仕事を手伝ってほしい。新しいプロジェクトの責任者になったんだけど、細かい資料整理に手が回らなくて」
「なんだ、そんなこと。もちろん手伝うわよ」
そう答えたのが運の尽きだった。最初はインターネットで調べ物をする程度だったのに、いつの間にかプレゼン資料作りまで任されるようになり、最後にはすべての資料を私が作るようになっていた。家事をしながらではもう限界だった。
「ねえ、大輔。もう仕事を手伝うのはやめにしていい?さすがに家事をしながらプレゼン資料を用意するのは難しいわ」
夜、寝室でそう伝えると、大輔はガバッと起き上がり、見る見るうちに顔を歪めた。
「今更そんなこと言うなよ。直子の手伝いありきでプロジェクトを進めているんだぞ。まあ、専業主婦の直子には分からないか」
そして放ったのが、冒頭の言葉だった。
「わかった。それじゃあ役に立たないお前のことは、これからいないものとして扱わせてもらう」
それからというもの、大輔は宣言通り私を無視し始めた。おはようと声をかけても無視。夕飯を出しても「いただきます」も言わずに黙って食べる。そして義母も同じだった。大輔が義母に何かを吹き込んだのか、私のことなど見えていないかのような態度を取るようになった。
私は一人、台所に立ってご飯を食べる生活が始まった。リビングから響いてくる義母と大輔の笑い声が、まるで私を嘲笑っているかのようで、涙が出るほど惨めだった。
でも、これは私のせいかもしれない。もっとうまく家事と仕事の手伝いを両立できていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。時間が経てば大輔の態度も軟化するだろう。そう思って、私は我慢することしかできなかった。
そんな辛い日々が1年続いた。大輔は生活費すら渡してくれなくなり、私は独身時代の貯金を切り崩して暮らしていた。何のために結婚したのか分からない。洗濯物を取り込みながら、何度目かのため息をついた。
昼食を食べようと、ベランダのある2階から1階のリビングへ向かって階段を降りた時だった。
ドタッと大きな音とともに、私は階段を踏み外して転げ落ちてしまった。強く打ったお尻をさすりながら座り込んでいると、リビングから慌てた足音が近づいてきた。
「直子さん、どうしたの?大丈夫?階段から落ちたのね。怪我はしてない?」
約1年ぶりに義母と会話したことに感動して、私はつい本音をこぼしてしまった。
「お母さんの声、久しぶりに聞きました」
義母はポカンと口を開けて静止した。しまった、変なことを言ってしまった。私は明るく取り繕った。
「あ、えっと、怪我はしてないです。大丈夫です。ご心配おかけしてすみません。それにしてもお母さんと久しぶりに話せて嬉しいです、なんちゃって」
冗談めかしてそう言うと、義母はなぜか眉を寄せて、泣きそうな表情を浮かべた。
「私のことが嫌いなんじゃなかったの?」
「え?私がお母さんのことを嫌いになるわけないじゃないですか。どうしてそんなことを言うんです?もしかして、今まで私を無視してたのはそれが理由ですか?」
義母は首を横に振ると、衝撃的な事実を話し始めた。
話は1年ほど前に遡る。大輔が私を無視し始めた頃、彼は義母にこう吹き込んでいたらしい。「直子は本当は母さんのことが嫌いだから、これからは話さない方がいい」と。
どうやら大輔は、私が言う通りに手伝いを続けなかったことがよほど気に入らなかったようだ。私をこらしめるために、あるいは私を支配するために、家庭内で孤立させようとしたのだ。まさかあんなに優しくて、みんなから慕われている大輔がこんな酷いことをするなんて、考えてもみなかった。
「私はお母さんのこと好きですよ。お料理のレシピを惜しみなく教えてくれたり、嫁である私を温かく受け入れてくれたりしたお母さんが好きです」
私がそう言うと、義母は口元を押さえて何度も頷いた。
「ごめんなさいね、直子さん。ちゃんと確認しておけばよかった。今日、大輔が帰ってきたら問い詰めてやるわ」
そうして義母と和解した後、大輔が仕事から帰ってきた。義母は静かに、しかし強い口調で言った。
「大輔、もう直子さんに嫌がらせをするのはやめなさい。今ここで直子さんに謝りなさい」
大輔は鼻で笑った。
「はあ、嫌がらせなんてしてねえよ。なんだ、証拠でもあるのか。ほら、早く証拠を出せよ」
確かに客観的な証拠はない。私たちが沈黙していると、大輔はさらに続けた。
「直子がそんなに気に入らないのか?1年前にも言ったよな。文句があるなら出ていけって。まあ、専業主婦のお前が出ていってもどうにもならないだろうけどな」
その言葉に、私はもう限界だと思った。
「大輔、大好きだったけど、もう一緒にいられない。わかりました。出ていきます」
義母の制止を振り切って、私は荷造りを始めた。当面必要な洋服や洗面具だけをキャリーバッグに詰める。
「今までお世話になりました」
「勝手にしろよ。どうせすぐ戻ってくるだろうけどな」
大輔の嘲るような言葉を背中に受け、私は家を出た。
それから1週間、私はターミナル近くのビジネスホテルに宿泊しながら、今後の生活のために色々と手続きを進めていた。少し落ち着いた頃、大輔から猛烈な勢いで電話がかかってきた。10回目の着信でようやく応答した。
「あ、もしもし。大輔?元気?」
「ふざけるな。お前の仕業だろう」
鼓膜が破れるかと思うほどの大声だった。
「仕業?一体何のことを言ってるのかしら」
「はがきだよ。はがき。俺がお前をいびってるとか、仕事を人に押し付けてるとか書いて会社に送ってきただろう。どういうつもりなんだよ」
「え、そんなことがあったの?私は知らないけど。大変ね」
嘘だ。送ったのは私だ。家を出た後、私は大輔が務める会社に、彼当てのはがきを送っていた。赤い文字で大きく書き殴った。「半田大輔は人に仕事を押し付けている」「半田大輔は妻をいびっている」「半田大輔は嘘つき人間」と。
はがきという特性上、中身は嫌でも目に入る。大輔の手元に届くまでに、多くの人の目に触れただろう。
「ふざけるな。お前のせいで俺は謹慎処分になったんだぞ。エリートのこの俺が。使えない部下に仕事を振ってやっただけなのに。使えない嫁に存在価値を与えてやっただけなのに」
「そんなに言うなら、証拠はあるんでしょうね。ほら、早く証拠を出しなさいよ。私がはがきを送ったっていう証拠」
つい先日、大輔から言われた言葉をそっくりそのまま返してやった。大輔の怒りは最高潮に達し、声にならない声で叫び始めた。私は一方的に電話を切った。
翌日、私は義実家を訪れた。大輔と今後のことについて話し合うためだ。日曜日なので、きっといるはずだ。
玄関には義母の靴がない。買い物にでも行っているのだろうか。だが、その代わりに見知らぬハイヒールが置いてあった。
まさか。嫌な予感がした私は、夫婦の寝室がある方から聞こえてくる物音に気づいた。スマホで動画を撮りながら、覚悟を決めて寝室の扉を勢いよく開けた。
そこには、一糸まとわぬ姿の大輔と、見知らぬ女性がベッドに横たわっていた。
「ぎゃー!」
女性が悲鳴を上げ、続いて大輔も「うわ、直子!」と叫んだ。
私は妙に冷静になっていて、無言で動画を回し続けた。女性は焦った様子で服を集め、上半身を隠す。
「もしかして奥さん?嘘でしょ?半年前に別れたって言ってたのに。私と結婚するって言ってたのに」
あの男は私に嫌がらせをしていた上に、浮気までしていたのか。どうせ私は都合のいい家政婦としか思っていなかったのだろう。
女性は「もう別れる!」と言い残して出て行ってしまった。流れる沈黙の中、大輔はベッドから飛び降りると、私の前で土下座をし始めた。
「な、何でもするから、その動画を拡散するのだけはやめてくれ」
はがき作戦がよほど効いたようだ。
「それなら、自分の非を認めて離婚してくれるわよね。だって今度は証拠もあるしね」
大輔は消え入りそうな小さな声で「はい」と言った。
それから間もなく、私と大輔は正式に離婚した。もちろん慰謝料も請求し、一括で支払ってもらえた。大輔は部下に仕事を押し付けていたことが上層部にバレて降格処分を受けた上、いびっていると噂の妻と離婚したことで社内評価はがた落ち。外面を取り繕って人目を人一倍気にしてきた大輔には耐えられなかったようで、結局自ら仕事を辞めてしまった。今では義実家で引きこもり生活中らしい。
義母は「直子さんに迷惑をかけたお詫びに」と、大輔と同居を続け、生活態度を監視して再教育することにしたようだ。義母が悪いわけではないので少し心苦しいが、ここはお言葉に甘えておこうと思う。
そして私はと言うと、なんと以前働いていた会社に戻ることができた。急に退職者が出て、それが偶然にも私が以前所属していた部署だったのだ。振り出しに戻ってしまった感じは否めないが、腐らずに真摯に人生と向き合っていこう。私はそう決心した。



