「家族の食卓に座らないでよ。」
義母のよしえが、箸を持ったまま笑った。お盆の座敷に、私が台所で並べた寿司と刺身と天ぷらが並んでいる。その中に、私の箸だけがない。皿も箸も湯のみもない。あの、私の席だけが。
「あんた、他人なんだから」
義姉のマリ子が、大トロをつまみながら言う。
「運び終わったなら、他人は帰れば?」
私は夫を見た。浩司は寿司をつまんだまま、目を上げない。
二十年だ。この家に、毎月二十万円を送り続けてきた。その間ずっと、台所で食べてきた。だが、前後と私の分がないのは、初めてだ。
「他人は、今すぐ出ていけ」
よしえが畳を叩いた。
私は座布団を外し、畳に手をついた。
「わかりました。では、帰りますね」
「え、本当に帰るの?」
浩司がようやくこちらを見る。
私は頭を下げた。
「他人がいたら、邪魔でしょ」
玄関の引き戸を閉めた。締め切った後で、座敷の笑い声がまた大きくなった。
—
私は北原えみ、五十四歳。食品メーカーの経理課長をしている。夫の浩司は五十六歳で、住宅メーカーの営業課長だ。結婚して二十七年になる。子供は授からなかった。
話は、二十年前の夏から始まる。
義父の浩三が亡くなった。六十四歳だった。金属加工の町工場を五十八歳で畳んだ人だ。厚生年金には一度も入らず、国民年金しか掛けてこなかった。年金が出るのは六十五歳からだから、畳んだ時に手元に残った金を崩しながらの六年だった。亡くなった時には、それも尽きていた。義母のよしえは、自分の年金がまだ出るまでに、あと六年あった。
四十九日が済んだ夜。浩司が畳に手をついた。
「えみ、頼みがある。母さんを助けたいんだ。毎月二十万送らせてほしい」
私たちのマンションは、まだローンが十年残っていた。頭金の三百万円は、独身時代に私が貯めた金から出した。それなのに、名義は浩司になった。その時も、私は何も言わなかった。浩司の給料は、ローンと管理費と車と付き合いで消えていた。
「じゃあ、私の給料から出すわ」
そう言ったのは、私だ。誰にも強いられていない。
当時の私は三十四歳で、係長になったばかりだった。手取りは月三十四万円。そこから二十万円を送れば、残りは十四万円になる。その十四万円と賞与で、二人の日々の暮らしと、私の実家の急な出費を賄うことになった。
浩司は顔を上げて、目の縁を赤くした。
「恩に着る。この金は、えみの金だ。それだけは忘れない」
私は便箋を一枚出した。経理の人間の癖だ。口約束は、言った本人が一番先に忘れる。
「じゃあ、書いておいて」
浩司は嫌な顔をしなかった。筆箱から万年筆を取り出し、座卓の上で整った字を並べた。
「母への毎月二十万円は、えみの給与から支出する。開始、変更、終了は、えみが決める」
日付と名前を書いて、判を押した。私はそれを、仕送り用のファイルの一番上に閉じた。
翌週、二人で信用金庫の窓口へ行き、毎月二十五日に二十万円がよしえの口座へ渡る手続きをした。振込日は、私の給料日と同じ二十五日にした。残高が足りずに送金が止まることのないよう、私は前の月のうちに残しておくようになった。用紙を書いていると、浩司が受付の女性に向かって言った。
「振り込みの名義、俺の名義にできますか? 母が気にするので」
私はその時も、深く考えなかった。夫の実家に、夫の名前で届く。それだけのことだと思った。
以来、二十年。二百四十回。一度も欠かしたことはない。
途中で止めなかった理由は、三つある。一つ目は、浩司が畳に手をついてまで頼んできた約束だったこと。二つ目は、私が止めれば悪者になると分かっていたこと。そして三つ目は、一度訪ねて、二度と尋ねられなくなったことだ。
十八年前、私は一度だけ、何に使われているのかを聞いた。
「母さんを疑うのか?」
浩司は、それだけで顔色を変えた。
よしえに電話で聞いた時は、もっと早かった。
「他人行儀なこと言わないでちょうだい」
そう言って、切られた。
それからは、聞けなくなった。
—
北原の家で私が受けてきたことは、三つに集約できる。
名前を呼ばれないこと。行事の写真の輪に入れられないこと。料理を並べ終えたら、台所に立たされること。
写真のことは、いつも同じだった。法事でも正月でも、座敷にカメラを構えると、よしえが手を振る。
「あんたは、撮る側でいいから」
そう言って、私にシャッターを押させる。北原の家のアルバムに、私が映っている一枚はない。二十七年で一枚もない、というのは偶然ではあり得ない。
正月のことも覚えている。座敷にいたのは身内だけだった。よしえとマリ子と浩司。私が煮物の鉢を運び終えると、よしえが台所を指した。
「あんた、あそこで食べてちょうだい」
私は流しの前に立ったまま、里芋を一つつまんだ。座敷から、マリ子の声が飛んでくる。
「立ってる方が、片付けも早いでしょ」
浩司は笑っていた。母と姉が笑うから、一緒に笑っていた。
後で、玄関で私が黙っていると、上着を着ながら、こう言った。
「怒るなよ。あの人たち、悪気はないんだから」
悪気がない。その言葉を、この二十七年で何度聞いただろう。
悪気がないなら、なぜ私の分の箸だけが出てこないのか。浩司は、その答えを一度もくれなかった。
一度だけ、マリ子に言われたことがある。
「あんた、うちの弟に拾ってもらったんだから、それくらい我慢しなさいよ」
拾ってもらった。二十七年前、私は自分の足で北原の家の敷居をまたいだつもりでいた。そう思っていたのは、どうやら私だけだったらしい。
「あんた、ちょっとよその人」
二十七年、この家で、私はそう呼ばれてきた。
—
ファイルの一番上の一枚は、二十年で少し黄ばんだだけだった。浩司の字は、まだはっきり読めた。
二十周年の夏だった。
八月七日、お盆の一週間前によしえから電話が来た。
「今年もよろしくね」
そう言った後、要件が続いた。
「寿司は特上を三人前と上を二人前、刺身の盛り合わせを一つ。天ぷらは、私が上げること。人数は五人」
それから、手土産の指定があった。
「去年のあれ、安いのが分かるからやめてちょうだいね」
デパートの地下で、一箱四千円の菓子を選んだつもりだった。私は返事だけして、手帳に書いた。
「お母さん、寿司は何時にお届けにしましょうか?」
「そんなの、あんたが決めてちょうだい。私は忙しいんだから」
よしえが一日をどう過ごすかなら、知っている。朝の連続ドラマを見て、庭に水をやって、昼寝をする。この人は、「忙しい」という言葉の中身を一度も説明しない。
三十分後、マリ子から電話が来た。
「私は準備できないから、あんた前の日に来て」
マリ子はスーパーのレジで、週三日だけ働いている。前の日も後ろの日も休みだと知っていた。
「前の日は、仕事なんです。当日の朝早く出ますから」
「まあ、他人には他人の都合があるんでしょうけどね」
電話は、先に切られた。
お盆と正月の食事代と手土産は、二十年毎回私が包んできた。一回で四万円、年に二回で八万円、二十年で百六十万円。マリ子が包んだところは、一度も見ていない。こういう数字が頭に残るのは、職業のせいだ。
三年のことも、数字として残っている。
よしえから電話があった。声の調子がいつもと違った。低くて、早口だった。
「あんた、まとまったお金がいるの。浩司に言っておいてちょうだい。事情は聞かないで」
「いくらでしょうか?」
「二百八十万」
私は受話器を握ったまま、黙った。私の手取りの七か月分に近い。何に使うのかと聞こうとした時、横から浩司が受話器を取った。
「母さん、わかった。用意する」
そして、受話器の口を手で覆って、私に言った。
「母さんは、事情は言えないって言ってるんだから、黙って出してやれよ」
私は翌日、よしえの口座へ振り込んだ。この時も、浩司は名義は自分にしてくれと言った。私は窓口で、依頼人の欄に夫の名前を書いた。
次に帰省した時、風呂と台所が新しくなっていた。新しい蛇口が銀色に光って、床のタイルが張り替えられていた。誰も何も言わなかった。よしえもマリ子も浩司も、そこが新しくなったことに触れなかった。私も聞かなかった。聞けば、また同じことを言われるからだ。
「他人に、金を出すことに理由はいらないのに、理由を聞くことだけには資格がいった」
振り込む前の週に、工務店から書類が一通うちに届いていた。宛名は私だった。差出人に心当たりがなく、封も切らずに置いたままにしていた。思い出して開けたのは、振り込んだ後だ。合計欄だけを見た。
二百八十万円。振り込んだ額と一円も違わない。数字があったので、そのままファイルに閉じた。伝票は、合っていれば中まで読まない。それが三十二年の癖だ。
—
よしえには口癖がある。
「あの子は、苦労してるんだから」
あの子というのは、マリ子のことだ。浩司の二つ上の姉で、五十八歳になる。十二年前に離婚して、息子の信吾を連れて実家へ戻ってきた。
話がその言葉に着地すると、その後は必ず金の話になる。信吾の学費、車の税金、屋根の雨漏り。
五年の春も、電話はマリ子からだった。
「信吾の入学金、ちょっと足りないのよ。いくらか出してもらえない?」
「いくらか」というのが、二百四十万円だった。祝いではない、納付金の不足分だ。私立の薬科大学は六年制で、初年度に収める額が大きい。私は振り込んだ。
信吾は悪い子ではない。合格を知らせる電話をくれたのも、あの子だけだった。
「おばさん、ありがとう」
それから五年、その話は一度も出ない。誰かが、出させないようにしているのだと思っていた。
—
八月十日の夜、私は家計簿の余白にペンを走らせた。
二十年で、私の給料は上がった。係長から課長になって、手取りは月四十二万円になった。それなのに、私の名前の預金は二十年でほとんど増えていない。上がった分は、その都度、義実家の急な出費に先回りされていた。賞与も同じだ。二人の暮らしと車の維持と義実家の臨時で、毎回きれいになくなった。
よしえの入院と手術で百八十万円。信吾の大学入学の時の不足分で二百四十万円。お盆と正月の食事代と手土産で百六十万円。そして風呂と台所で二百八十万円。老後の積み立ての欄には、五十四歳の女が書くにはあまりに少ない数字が並んでいた。
旅行は二十年行っていない。車は十四年乗っている。定年まで六年。浩司の同い年くらいの人たちは、昼休みになると退職後の資金の話を笑いながらしていた。私はその輪に入らなかった。話せる数字を持っていなかったからだ。
あの家の水回りは新しくなっていった。私の老後の欄だけが、二十年開いたままだった。
—
八月十二日の夜、電話が鳴った。かず子さんだった。かず子さんは、義父の妹で七十二歳になる。義父が亡くなってからこの方、北原の親戚で私を名前で呼ぶ人は、この人だけになった。
「えみさん、お盆、うちにも寄ってちょうだいね」
私の名前を呼ぶ声が、耳の中でゆっくりと溶けていった。二十年、私はこの声を頼りに帰省していたのかもしれない。
「兄さんはね」
かず子さんが続けた。
「亡くなる前に、私に言ったのよ。えみさんが困ったら、相談に乗ってやってくれって」
電話の向こうで、かず子さんの夫の三郎さんが低い声で相槌を打った。
「そうだ」
その一言だけだった。三郎さんは七十五歳で、昔から口数の少ない人だ。
「どうして今まで、教えてくださらなかったんですか?」
私が聞くと、かず子さんはしばらく黙った。息を吸う音が耳に入った。
「何度も言おうとしたのよ。でもね、私が口を出すと、あなたの立場が悪くなると思って」
かず子さんは知っていたのだ。私が座敷に座らせてもらえないことも、写真の輪から外されることも、二十年見ていて黙っていた。
「ごめんなさいね。黙ってる方が、あなたのためだと思っていたの」
「そんなことは」
「それでね、えみさん。本当は、今年のお盆はやめておきなさいって、言いたくて電話したの」
「何かあったんですか?」
「よしえさんがね、親戚の電話でこう言ってるのよ。うちの嫁は、気が利かないの、って」
私は湯のみに手を伸ばして、そのまま止めた。
「それだけじゃないの。子供も埋めないしね、って。私、そこで電話切ったのよ」
耳が熱くなった。二十七年、私が一度も口にしなかったことだ。それを、あの人は電話口で親戚に配って歩いていた。
「かず子さん、ありがとうございます。でも、行きます。どうして行かないと、それも私のせいになりますから」
かず子さんは、何か言いかけて、やめた。
—
翌日、会社の休憩室で、総務の桜井さんと給与の話をした。桜井さんは四十八歳で、私より六つ下だ。
仕送りの額を口にすると、彼女は湯のみを持つ手を止めた。
「毎月二十万って、えみさんのお給料から、丸ごと二十万ってことでしょ?」
「丸ごとね、二十年」
桜井さんはしばらく私の顔を見ていた。それから、眉を寄せた。
「えみさん、それご主人のお母さんですよね。ご主人は家のローン、うち去年ローン控除が切れて手取りが減っちゃって。えみさんちは、もうとっくに終わってますよね」
言われて、私は黙った。うちのローンは、十年前に終わっている。払い終えた時に、うちのマンションを借金の担保に入れていた抵当権を消す書類は、私が法務局へ持っていった。知らなかったはずがない。知っていて、私はこの十年、うちはローンがあるからと、自分に言い聞かせてきた。仕送りを続ける理由がとうになくなっていたことに、気づかないふりをしていたのだ。
「えみさん、その二十万、いつまで送るって、決めてあるんですか?」
「決めてないの」
「じゃあ、死ぬまでですね」
桜井さんは、悪気なく言った。「悪気がない」というのは、こういう時にこそ怖い言葉だと思う。
桜井さんは急に明るい声を出した。
「来年、温泉行きましょうよ。えみさん、旅行何年行ってないんですか?」
答えられなかった。数えてみて、二十年より前だと分かった。
—
その夜、弟の秀樹から短い連絡が来た。五十一歳になる弟は、昔から回りくどい言い方をしない。
「姉ちゃん、それいつまで続けるの?」
私は返事を書きかけて、消した。
二十年前、秀樹は一度だけ止めようとしたことがある。二十万は多すぎる。姉ちゃんの給料だぞ、と言った。あの時、私は弟にこう言った。
「浩司さんの立場もあるから、余計なことは言わないで」
あの時、秀樹は電話口で黙って、それから一言だけ言った。
「姉ちゃんがそう言うなら、もう言わない」
弟はそれから二十年、本当に一度も言わなかった。私は二十年ぶりのその一言を、三度、読み返した。弟を黙らせたのは、弟ではない。私だ。
かず子さんに名前を呼ばれるだけで、こんなに息がしやすくなるのだと知った。その電話から二日後、私は名前どころか、席まで失うことになる。
—
八月十四日、お盆の真ん中の日だった。
朝の七時に家を出て、電車を乗り継いで二時間。義実家の最寄り駅からは、バスに乗る。両手には、指定された菓子折りと、仏壇に備える花と、よしえの好きな桃の箱を下げていた。浩司は前の晩から、実家に泊まっていた。
バスは一時間に二本しかない。二十年、私はこの路線の時刻表を暗記していた。窓の外では、青いままの田んぼと色褪せた看板が流れていった。私が降りるバス停の名前を、運転手より先に言えるようになったのは、いつからだっただろう。
玄関を開けると、お座敷からよしえの声が飛んできた。
「遅いわよ。早く並べて」
「いらっしゃい」でもない。「暑かったでしょう」でもない。二十七年、この家の玄関で私を迎えたのは、いつも要件だった。
私はまず仏間へ行って花を置いてから、台所へ回った。この順番も、二十年変えたことがない。台所に入ると、寿司桶が三つ、流しの横に積まれていた。刺身の盛り合わせは冷蔵庫。天ぷらの材料は、買い物袋のまま置かれている。
マリ子が、座敷から顔を出した。
「来たんだ。天ぷら、上げといて」
「はい」
エビの背わたを取って、ナスを切って、かぼちゃを薄く切る。衣は氷水で溶く。よしえは衣が暑いと機嫌が悪くなるので、粉は少なめにする。二十年で覚えたことは、大抵この家の誰かの機嫌の取り方だった。
夏の台所は、火を使うと十分で汗だくになる。エアコンは、座敷にしかない。窓を開けても、風は入ってこなかった。座敷からは、笑い声が聞こえていた。よしえとマリ子と浩司。それから、大学六年生になった信吾の低い声。その座敷にいるのは、私を入れて五人はずだった。笑っているのは、四人だった。
揚げ物の音の合間に、座敷の話が途切れ途切れに届いた。
「屋根屋さん、見積もりだけ取っておいたわよ」
マリ子の声だった。
「秋になったら、頼めばいいでしょ。どうせ振り込みは続くんだから」
「そうね。浩司がいるから」
よしえの声が、それに重なった。
私はかぼちゃを油に落とした。じゅっという音が、二人の声を消してくれた。
「どうせ振り込みは続くんだから」
台所で聞いたその一言は、帰りの電車でも耳の奥に残っていた。
天ぷらを揚げ終えて、寿司を桶から皿に移し替え、刺身に大根のつまを添えて、座敷へ運んだ。塗りの座卓に、料理が隙間なく並んでいく。仏壇には花を生け替えて、桃を備えた。線香を一本立てて、義父の位牌に手を合わせた。
「お父さん、今年も来ましたよ」
小声で告げた。この家で、私が名前で呼ばれたのは、この人が生きていた頃までだ。
「えみさん、暑いのに悪いね」
義父は、いつもそう言って、台所まで麦茶を持ってきてくれた。
「もういいでしょ。座って、座って」
マリ子が手を叩いた。よしえが床の間を背にして座り、その隣にマリ子、向かいに浩司と信吾。四人の前が、きれいに並んでいる。私は玄関脇から古い座布団を一枚取って、座敷の端に敷いて座った。
それから、箸の数を数えた。二度、数えた。皿も箸も湯のみも、四人分しかない。寿司は五、五人分ある。「人数は五人」だと言ったのはよしえで、注文したのも代金を包んだのも、私だ。五人分を私に買わせて、箸は四つ。数が合わない時は、必ず誰かがそう合わせている。
「あの、私の席は」
よしえが、箸を持ったまま笑った。
「家族の食卓に座らないでよ」
一瞬、意味が取れなかった。私は座敷を見て、それからよしえの顔を見た。よしえは笑っていた。冗談を言った人の笑い方ではない。当たり前のことを言った人の、笑い方だった。
「そうそう。あんた、他人なんだから」
マリ子が大トロをつまみ上げる。醤油の小皿を引き寄せながら、こちらは見ない。二十七年、この人が私の目を見て話したことは、数えるほどしかない。
「運び終わったなら、他人は帰れば」
私は浩司を見た。夫だ。二十七年、一緒に暮らしてきた人だ。二十年前、この家の畳に手をついて、母さんを助けたいと言った人だ。浩司は、寿司をつまんだまま、目を上げなかった。
「浩司さん」
呼ぶと、ようやくこちらを見た。そして、面倒くさそうに息を吐いた。
「お母さんも姉貴も、悪気ないんだからさ」
「浩司さん、私の分のお箸がないんだけど」
「お前も、盆くらい空気読めよ」
その時、私の中で何かが動いた。怒りではなかった。怒りはもっと前に、何度も来ては帰っていった。お盆の度に、正月の度に、来て、帰りの電車で消えていった。それはもっと静かな音だった。長い間回っていた機械の、電源が落ちるような音だ。
マリ子が、追い打ちをかけた。
「嫁って、結局他人だからね。親子水入らずの邪魔しないでよ」
私は膝の上で指を組んだ。声を荒げてはいけない。二十七年、この家で声を荒げたことは一度もない。荒げた瞬間に、悪いのはこちらになると知っていたからだ。
信吾が、顔を上げて何か言いかけた。
「おばさん、俺の前」
マリ子が、息子を横目で睨んだ。信吾は口を閉じて、視線を落とした。二十三歳の子に、この座敷でできることは何もない。
「他人は、今すぐ出て行け」
よしえが畳を叩いた。湯のみが、小さく跳ねた。
私は座布団を外した。この二十年、あの家で私が使ったのは、いつも玄関脇に積んである古い座布団だった。縁の色が褪せて、綿の薄くなったものだ。座敷の周りには、揃いの座布団が四枚並んでいる。数が足りないのではない。私の分は、最初から数に入っていなかった。
畳に手をついて、頭を下げた。
「わかりました。では、帰りますね」
座敷が、静かになった。
「え、本当に帰るの?」
浩司が箸を置いた。ようやく、私の顔を見た。
「今日のこと、後で謝るからな」
私は立ち上がった。
「他人がいたら、邪魔でしょ」
よしえが何か言いかけた。マリ子が「行くなら行けば」と笑った。
私は台所へ戻り、揚げ物の油を落とし、火の元を確かめ、換気扇を止めた。他人の家に、火を使いっぱなしで出るわけにはいかない。流しには、私が使った皿とボールだけが残っていた。四人分の食器は、これから誰が洗うのだろう。二十年、それを洗ってきたのが誰なのか、あの人たちはきっと考えたこともない。
仏壇の前をもう一度通った。桃の箱と、生け替えたばかりの花がある。位牌に向かって、心の中で言った。「行ってきます」ではなく、「失礼します」だった。
鞄を持って、玄関へ出た。振り返らなかった。引き戸を閉めると、蝉の声が降ってきた。二十年分の何かが、その声の中で、音もなく切れた。
—
バス停まで五分。次を逃せば三十分待つことになるので、走った。間に合うはずの時刻を過ぎても、バスは来なかった。ベンチに座って、二十分待った。日陰のないベンチで、私は膝の上に鞄を置いたまま座っていた。汗が、背中を伝っていく。喉が乾いていた。あの家で私が飲んだのは、台所の水道の水だけだった。
電車に乗ると、車内は空いていた。窓際に座って、鞄からスマートフォンを取り出した。信用金庫のアプリを開く。毎月決まった日に、決まった額が私の口座から出ていく。自動送金の画面だ。
毎月二十五日、二十万円。受取人、北原よしえ。二十年前の八月に組んだ手続きだ。七月の分で、二百四十回になった。二十万円×二百四十回で、四千八百万円。数字はいつでも頭の中に置いてある。
四千八百万円。家が一軒買える。私と浩司が住んでいるマンションより、少し広いのが買える。私は、旅行に行かなかった。新婚旅行の後、一度も飛行機に乗っていない。旅行会社の広告は、開く前に閉じる癖がついた。
五年、健康診断で引っかかって、精密検査を受けた。待合室で考えたのは、自分の体のことではなかった。私が働けなくなったら、あの二十万円はどうなるのだろう。そう考えている自分に気づいて、笑いそうになった。
四千八百万円という数字は、私にとっては絵ではなく、伝票の束だ。二百四十枚の伝票が、頭の中の棚に積んである。一枚ずつに、その月の私の暮らしが貼り付いている。エビの入っていない天ぷらそばを食べた月がある。靴の底を張り替えて、三年履いた年がある。実家の母の葬儀に、弟の秀樹に立て替えてもらった年もある。
八年、私は思い切って口に出したことがある。
「ねえ、そろそろ額を見直せないかしら? お母さん、年金も出てるでしょ?」
浩司は、テレビを見たまま答えた。
「母さんが、かわいそうだろ?」
それで終わりだった。「かわいそう」。その言葉の前では、こちらの言い分は全部、わがままになる。
電車が鉄橋を渡った。川がキラキラと光って、すぐに後ろへ流れていった。
私は画面を見つめた。私は、他人なんだものね。
六年前に、記帳に行くのが面倒で、ネットバンキングも使えるようにした。その時、窓口で、自動送金の解約も画面からできることを確かめてあった。終わらせ方を先に調べておくのは、私の職業病だ。
二十年、私は一度もその画面を開かなかった。「解除」と書かれた文字に、指を置いた。確認の画面が出る。もう一度、確認の画面が出る。
「手続きが完了しました」
それだけだった。二十年を終わらせるのに必要だったのは、十秒だった。完了の画面は驚くほど素っ気なくて、私は思わず二度見た。二百四十回。毎月二十五日に、あの家へ渡っていた二十万円は、これで八月から一円も出ない。
画面を閉じて、鞄に入れた。それから、もう一度出して、確かめた。確かに消えていた。窓の外を見た。
泣くだろうと思っていた。涙は出なかった。代わりに、腹の底が温かくなった。二十年、私が私の給料をどうするか。私は一度も決めていなかったのだと、気がついた。決めていたのは、いつも誰かだった。
—
家に着いたのは、夕方だった。シャワーを浴びて、素麺を茹でて、一人で食べた。テレビはつけなかった。静かな部屋で食器を洗うのが、久しぶりに気持ちよかった。
洗い終えて、食卓に座った。ふと、あの座敷の音を思い出した。
「どうせ振り込みは続くんだから」
マリ子の声だ。屋根の見積もりは、私に一言もないまま、取られていた。私は手帳を開いて、八月十四日の欄に書いた。
「屋根、見積もり済み。マリ子」
日付を入れて、線を引いた。書き終えて、自分でおかしくなった。私はもう、送らないと決めた家の屋根の話を、まだ記録している。二十七年。そうやって生きてきた癖は、一日では抜けない。
—
浩司が帰ってきたのは、その日の夜の十時過ぎだった。玄関で靴を脱ぐ音が、乱暴だった。
「お前、何考えてんだよ」
上着も脱がずに、居間に立ったまま言った。
「明日、菓子折り持って、謝りに行け」
「何を謝るの?」
「嫁が席を立つとか、俺の立場、どうなるんだよ」
立場。この人が守るものの順番が、そこではっきりした。
「私の箸が、なかったのよ」
「だから、悪気はないって言ってるだろ。母さんはもう年なんだ。姉貴も、苦労してるんだよ」
「私は、苦労してないの?」
浩司が黙った。それから、ネクタイを緩めながら言った。
「そういうこと言うから、母さんに嫌われるんだ」
私は、返事をしなかった。返事をしないという返事もあるのだと、五十四歳で覚えた。
—
翌日の昼、よしえから電話が来た。私は仕事中だったので、休憩室で取った。
「あんた、昨日のことだけどね」
よしえの声は、思ったより落ち着いていた。
「お盆の失礼を詫びに来なさい。親戚に知られたら、私が困るのよ」
「失礼をしたのは、どちらでしょうか?」
「口答えするようになったのね」
よしえは鼻で笑って、それから話を変えた。ここからが本題だと、声の高さで分かった。
「それでね、あんた、そろそろこっちに越してきて、私の面倒を見てちょうだい。浩司も一緒にね。会社は、やめればいいでしょ」
台所に立たせて、座敷には上げないと言った次の日に、この人は同居の話をしている。
「お母さん、私は他人ですよね」
「他人を、まだ引きずってるの?」
「他人が家にいたら、邪魔じゃありませんか?」
よしえが、息を吸う音がした。何か言い返す言葉を探している間があった。
「あんた、変わったわね」
「はい、変わりました」
私はそう言って、電話を切った。休憩室の窓から、八月の白い空が見えた。二十年、私はこの人の電話を切ったことが、一度もなかった。
—
八月二十五日。よしえは、毎月この日の午後、必ず銀行に行く。二十年、それだけは欠かさなかった人だ。その日、私は定時で上がった。
夕食の支度をしていると、浩司の携帯が鳴った。よしえだった。浩司はスリッパを引きずって、台所の外の廊下へ出た。声は、そこからよく聞こえた。
「うん。え、入ってない?」
短い沈黙。
「ああ、いや、大丈夫だよ、母さん。あいつが手続きしてるだけだから。金は俺の金なんだから、心配すんな」
私は、菜箸を置いた。
金は、俺の金。二十年、あの家に届いていた二十万円は、この人の名前で届いていた。私が振り込んだ金が、この人の親になっていた。それは頭のどこかでは、分かっていたことだ。分かっていたつもりで、耳で聞くと、まるで違った。
台所の換気扇の下で、私はしばらく動けなかった。鍋の中で味噌汁が煮立って、慌てて火を止めた。
私は手を洗って、手帳を出した。
「八月二十五日、午後六時四十分」
そして、浩司がよしえに言った言葉を、そのまま書き写した。その場では、何も言わなかった。言えば、この人は言い方を変えるだけだ。言い方を変えられる前に、書いておく。それが、私の仕事のやり方だった。
—
夕食の後、浩司が食卓に座り直した。
「なあ、母さんへの振り込み、忘れてるぞ」
「忘れてないわよ」
私は湯のみを置いた。
「止めたの」
浩司の顔から、表情が抜けた。
「止めたって、何を?」
「仕送りを、八月の分から」
「なんでだよ」
「私は、他人なんでしょう」
浩司が息を吸った。私は構わず続けた。
「他人のお宅へ、毎月二十万円送る理由はないもの」
「そんな、子供みたいなこと言うなよ」
浩司が食卓を叩いた。茶碗が跳ねた。
「一言だろ。一言で、こんなことするか」
「普通、一言じゃないわ。二百四十回よ」
「うちの母さんが困るだろうが。年金だけで、暮らせると思ってんのか?」
「お母さんの年金がいくらか、あなたは知ってるの?」
浩司が黙った。
「私も知らないのよ。二十年送っていて、一度も教えてもらったことがないの」
「二十年だぞ。それだけ続けてきて、いきなり止めるやつがいるか?」
「二十年続けたのは、私よ」
「同じことだろ。夫婦なんだから」
「じゃあ、あなたが送ればいいでしょ」
浩司の口が、半分開いた。
「あなたのお母さんなんだから」
夫は、何も言わなかった。言い返す言葉を探している顔だった。
私は椅子を引いて立ち、食器を流しへ運んだ。背中の後ろで、浩司がまだ何か言っていたけれど、水の音で聞こえなかった。
浩司は風呂にも入らず、寝室へ行った。廊下の電気を消して、私は居間に残った。
—
その夜、私は何度か、ダンボールを出した。二十年分の仕送りのファイルが、四年ずつで五冊ある。表紙に年号を書いて、整理番号を振ってある。ダンボールは、埃をかぶっていた。振り込みの控え、よしえの入院の領収書、信吾の入学の時の振り込み表、帰省の度に買った菓子の領収書まで、私は捨てずに取ってあった。捨てたら、私がこの二十年やってきたことが、どこにも残らなくなる気がした。
一冊目の初めの方のページには、若い頃の私の字が並んでいる。振り込みの日付と金額が、一件ずつ手書きで書き写してある。まだアプリもない頃だ。二十五日の帰りに信用金庫へ寄って、通帳に一行増えたのを確かめてから帰る。そういう年月が、長く続いた。
「二十万」という数字の下に、私はよく短い言葉を添えていた。「今月も無事」「お母さん、風邪を引かないと言い」読み返して、自分の若さに驚いた。
一冊目の一番上に、あの一筆箋がある。二十年で少し黄ばんだ紙に、浩司の几帳面な字が並んでいる。
「母への毎月二十万円は、えみの給与から支出する。開始、変更、終了は、えみが決める」
その次のページには、あの日に信用金庫で書いた、自動送金の申し込み書の控えが挟んである。
私は、紙を戻して、三年前のファイルを開いた。三年前の秋。あの時、合計欄だけを見て閉じた控えが、そこに閉じてある。
その夜、初めて、裏を返した。
裏には、見積書の写しがついていて、リフォームの打ち合わせが記載されていた。浴室の全面改修、給湯器の交換、台所の設備一式。合計、二百八十万円。
差出人の方にも、こうある。
「北原えみ様」
そして、発注者の欄に、別の名前が入っていた。
「北原マリ子」
私は紙を裏返して、もう一度、表を見た。間違いではなかった。金を出したのは私で、注文したのはマリ子だ。私は、相談されていない。見積もりを見せられてもいない。何者に頼んだのかも、知らない。
何に使われたのかは、風呂と台所を見た時から、薄うす分かっていた。分からなかったのは、誰が決めて、誰の手柄になっていたかだ。
家は、よしえのものだ。だから直すお金を、よしえが用意するのが本来の形だと思う。それでも、頼まれれば、私は出したと思う。二十年出してきたのだから、あと二百八十万でも、出しただろう。腹が立つのは、頼まれなかったことだ。
私は、注文した人でも、家の持ち主でもなく、ただお金を出すだけの人だった。だから、理由を説明する必要もないし、相談する相手にもならない。座敷の会話も、思い出した。
「屋根屋さんの見積もり、取っておいたわよ」
「どうせ、振り込みが続くんだから」
あれは、初めてのことではなかったのだ。三年前も、同じ順番だったに違いない。先に頼んで、後から私に回す。
控えの端に、鉛筆の走り書きがあった。工務店の担当者の字だ。
「請求書は、弟さんの奥様へお送りするようにと、北原マリ子様よりご指示」
私はその一文を、読み返した。
「弟さんの奥様」
この家の外にいる人にまで、私は名前ではなく、その呼び方で伝わっていた。
ファイルを閉じて、居間の時計を見た。夜中の一時を回っていた。寝室からは、浩司のいびきが聞こえてくる。この人は、その晩もぐっすり眠るのだろう。二十年、そうやって眠ってきたのだから。
私は五冊のファイルを積み直して、一番上に手を置いた。紙は、冷たかった。
—
九月に入って、最初の土曜日の朝。家の電話が鳴った。浩司は釣りに出ていて、家には私しかいなかった。受話器を取ると、いきなり声が飛び込んできた。
「ちょっと、えみさん。先月のお金、どうなってるの?」
私は受話器を持ったまま、しばらく黙っていた。よしえだった。あの人は、まだ、あれは浩司の金で、私はそれを動かすだけの「係」だと思っている。だから、係の私に催促してきたのだ。
「えみさん」
二十七年で初めて、あの人が私の名前を呼んだ。二十万円が届かなかった。その十二日後に。
「聞いてるの? えみさん?」
二度目も、名前だった。二十七年。「あんた、ちょっとよその人」と呼び続けた口から、こんなに滑らかに出てくるものなのか。
「仕送りは、終了しました」
「終了? 何を言ってるの?」
「八月の分から、止めました。もう、送りません」
よしえの声が、裏返った。
「嫁なのに、姑を見捨てる気?」
私は、ゆっくり息を吐いた。
「私、家族じゃないんですよね」
受話器の向こうで、息を吸う音がした。
「お盆に、そうおっしゃいましたよね。家族の食卓に座らないでって。他人は、今すぐ出ていけって」
「あ、あれは、あれは」
よしえが言葉を探している間に、電話が誰かの手に渡った。ガサガサという音。マリ子の声になった。
「あんた、いい加減にしなさいよ」
「マリ子さん、盆の冗談くらいで、何怒ってんのよ」
「冗談」
私は、その言葉を手帳に書いた。
「二十万くらい、早く振り込みなさい。母さんが困ってるでしょ」
「二十万くらいですか?」
「そうよ。母さんがかわいそうだと思わないの?」
「マリ子さんは、毎月入れてらっしゃるんですか?」
「は? 家に住んでらっしゃるんですよね。生活費です」
マリ子の返事が一拍。あんたに関係ないでしょ、と続けた。
横から、よしえの声が割り込んだ。
「そうよ。あんたのとこ、共働きでしょ。子供もいないんだから、余ってるでしょうが」
私は、もう一度、手帳に書いた。
「余ってるから」
「マリ子さん」
「何よ」
「他人から毎月二十万円もらうなんて、気持ち悪くないですか?」
沈黙があった。しばらくして、マリ子が何か叫んだけれど、私は受話器を置いた。
置いてから、手が震えていることに気がついた。私は台所へ行って、水を一杯飲んだ。
それから、ノートを出した。表紙に何も書いていない、大学ノートだ。八月の終わりに買って、それまで手帳に控えていた文は最初のページに書き写してある。
「九月六日、午前十時二十分、よしえから着信。マリ子に交代」
発言の内容を、一行ずつ。日付を先に書いてから、中身を書く。二十年、私は伝票をそうやって閉じてきた。日付のない紙は、証拠にならない。
手の震えが止まるまで、私は流しの縁を掴んでいた。二十七年、私はこの家族に言い返したことがなかった。言い返すというのは、思っていたよりずっと、体力を使うことだった。
—
その日から、電話は毎日のようになった。朝の七時になることもあれば、夜の十一時になることもあった。私は出る時は出て、出ない時は着信の時刻だけ書いた。留守番電話には、よしえの声が残った。
「えみさん、私が悪かったから」
「えみさん、もう年寄りをいじめないでちょうだい」
「えみさん」
「えみさん」
一度も呼ばれなかった名前が、留守番電話が入るたびに、繰り返された。
浩司は最初のうち「出てやれよ」と言っていたが、そのうち何も言わなくなった。会社から帰る時間が遅くなり、日曜も家にいない日が増えた。一回言っているのだと分かっていた。一体何をしているのかは、聞かなかった。聞いても、本当のことは帰ってこない。
留守番電話の最後の方は、声が変わった。
「えみさん、あんた、私が死んだら、化けて出るからね」
私は、その一言だけ、日付とノートに書き写した。
—
九月の半ばから、私は月に一度、休暇を取るようになった。
「えみさん、病院ですか?」
桜井さんが、心配そうに聞いてきた。
「そんなところ」
そう言って、笑った。会社の誰にも、本当のことは言わなかった。浩司にも言っていない、有給の残りを数えた。必要な分は、足りていた。
休暇の日は、いつもより荷物が重かった。鞄には、その月に必要な分のファイルの写しを入れていく。何をしていたのかは、まだ誰にも言っていない。
家は、必ず先回りされる。二十年、私は先回りされ続けてきた。今度は、私が先に立つ番だった。
—
九月十九日の夜、かず子さんから電話が来た。
「えみさん、あのね、言いにくいんだけど」
「何でしょう?」
「よしえさんがね、親戚に電話をかけて回ってるのよ。嫁がお金を止めた。私は見捨てられた、って」
「そうですか」
「それとね、三年前のお風呂の話。あれ、浩司が直してくれたって、みんなに言ってるのよ」
私は、受話器を握り直した。
「浩司は、親孝行だからって、深沢さんのところでも、そう言ってたって」
深沢という苗字を聞いて、私は座り直した。深沢達夫さんは、義父の従弟に当たる人だ。七十三歳になる。集まりでは、いつもまとめ役をしている。
「かず子さん、それ、私が出したお金です」
「え? 二百八十万? あれ、浩司が?」
「宛名は、私でした」
電話の向こうが、静かになった。
「えみさん、あなた、そうやって」
かず子さんはそこで言葉を切って、それから低い声で続けた。
「私、何も知らないで生きてきたのね」
「かず子さんのせいではありません」
「でもね、えみさん。私は、兄さんに頼まれてたのよ。相談に乗ってやってくれって。二十年、私は何もしなかった」
電話の向こうで、鼻をすする音がした。
「今からでも、遅くないかしら?」
「遅くありません」
私はそう答えた。答えながら、自分の声が思ったより落ち着いていることに、驚いていた。
電話を切ってから、私は自分の家の居間で、義父の顔を思い出していた。うちには、仏壇がない。
「えみさん、暑いのに悪いね」
二十年前のあの夏、浩司が畳に手をついた時、あの人はもう亡くなっていた。もし生きていたら、浩司はあんな風に頼めただろうか。
そういえば、と思った。あの夜の浩司は、妙に急いでいた。四十九日の膳が下げられて、まだ一時間も経っていなかった。なぜ、あんなに急いでいたのだろう。
—
九月二十五日が過ぎた。二度目の二十五日だ。八月に続いて、二十万円は義実家の口座に入らなかった。
同じ週に、信吾の大学から、後期の授業料の納付書が届いた。私立の薬科大学は六年制で、一年に納める額は二百万円ほど。そのうち百二十万円は、毎月の二十万円が払ってきた。残りは、信吾の奨学金と、マリ子が出す分だったらしい。前期の分は、春までに納めてある。用意できなくなったのは、後期のうち、仕送りが受け持っていた六十万円だ。
そこから先の話は、後でかず子さんから聞いた。よしえが毎日のように電話で愚痴をこぼしていたからだという。
よしえが、マリ子に言った。
「あんた、今月から、自分の食費くらい入れなさい」
マリ子が、言い返した。
「なんで私が」
よしえの声が、高くなった。
「なんでって、あんた?」
「母さん、私、パートで八万しかないのよ。信吾の分だってあるのに」
よしえが言い返した。
「その信吾の授業料が払えないって、言ってるの」
マリ子が、声を張った。
「じゃあ、屋根はどうするのよ? 見積もりも、取ってあるのよ」
「マリ子、屋根どころじゃないでしょ」
親子の言い合いは、その日から、毎日続いた。外食が消えた。月に一度行っていた温泉が消えた。よしえが毎年頼んでいたおせちも、その年は取らないことになった。マリ子のカードの引き落としは、口座の残高が足りずに、一度戻った。
引き落としが戻った日、マリ子は台所でよしえに食ってかかったという。
「母さん、なんとかしてよ。私、恥ずかしくて店に行けないじゃない」
よしえも、声を荒げたという。
「なんとかって、どうしろって言うの? 浩司に電話しなさいよ。息子でしょ」
マリ子は、信吾にこう言ったという。
「おばさんが意地悪して、お金を止めたのよ」
「意地悪? 何かあったの?」
「あの人、最初から、うちを見下してたのよ。自分だけいい会社に務めてるからって」
信吾は、それ以上、何も言わなかったそうだ。
私はその話を聞いて、お盆の座敷を思い出した。
「おばさん、俺の前」
あの子は、そう言いかけて、マリ子に睨まれて、口を閉じた。あの子は、きっと、あの時止められたことを、覚えている。
—
九月が終わる頃、浩司が一度だけ、自分で送ろうとした。火曜の夜、電卓を叩いている背中を見た。
管理費と修繕積立金。家を持っているだけで毎年かかる、固定資産税の積み立て。車の保険と駐車場代、生命保険、付き合いの飲み代、ゴルフの会費、それから小遣い。小遣いの欄には、十五万と書いてあった。二十年、この人の小遣いだけは、一度も減らなかった。
浩司の手取りは、月に三十八万円ある。そこから住まいにかかる分と車と付き合いを引いて、小遣いの十五万を別にすると、残りは十万円を切った。
「なあ」
浩司が、こちらを見ずに言った。
「十万でいいか? 母さんに」
「私に、聞かないで」
「二十万は、無理なんだよ。俺の給料じゃ」
そこで、浩司は口をつぐんだ。自分が何を言ったのか、遅れて分かったらしい。二十年、この人はよしえの前で、あれは自分の金だという顔をし続けてきた。その二十万円という額、そのものも、自分の給料からは出せなかったのだ。
私は洗い物を続けた。背中で、電卓を叩く音がした。その十万円が振り込まれることは、結局、なかった。
翌朝、浩司は何事もなかったような顔で、会社へ出ていった。玄関で靴べらを使いながら、こちらを見ずに言った。
「今度の休みに、母さんのとこ行くから、お前も来いよ」
「行きません」
「なんでだよ」
「他人ですから」
扉が閉まる音が、いつもより大きかった。
—
十月に入って、最初の日曜日。私は電車に乗った。戸田家は、実家から二駅の距離にある。かず子さんと三郎さんが二人で住んでいる、古い平屋だ。
私は五冊のファイルを紙袋に入れて、持っていった。
「えみさん、そんな重い物を」
「見ていただきたいんです」
座敷の上に、五冊を並べた。四年ずつ、古いものから順に。どの年の控えと、その四年の臨時の支出が閉じてある。よしえの入院と手術の領収書、信吾の入学の時の振り込み表、帰省の旅の領収書。そして、三年前の工務店の控え。一番上には、二十年前の一筆箋を置いた。紙の縁だけが茶色く焼けている。字は、まだはっきり読めた。
かず子さんは、老眼鏡をかけて、一枚ずつ見ていった。三郎さんも、隣で覗き込んでいる。途中で、かず子さんの手が止まった。
「これ、二百八十万だけじゃないのね。これ、二十年分丸ごと、あなたのお金だったの」
「はい。浩司じゃなくて。浩司さんの給料からは、一円も出ていません」
かず子さんは、眼鏡を外した。目の縁が、赤くなっていた。
「私、あなたが台所に立たされているのは、知ってたのよ。写真のことも、知ってた。ひどいなと思って、見てた。でもね」
指が、ファイルの背をなぞった。
「お風呂のお金は、この間、あなたから聞いたわ。でも、毎月の分までとは、思わなかった。二十年。額も長さも、私、何も見ていなかったのね」
「言いませんでしたから」
「よしえさんは、みんなの前で言ってたのよ。浩司がちゃんと送ってくれてるって。二十年、ずっと、そう言ってた」
三郎さんが、低い声を出した。
「二十年か」
それだけだった。それから、三郎さんは湯のみに茶を注ぎ足してくれた。
かず子さんが教えてくれたことは、他にもあった。よしえは親戚の集まりの度に、真新しい話をしていたそうだ。
盆と正月の手土産を持ってくるのも、浩司。入院の時に付き添ってくれたのも、浩司。信吾の入学祝を包んでくれたのも、浩司。
入院の時、朝と晩に病室へ通ったのは、私だ。有給を三日、使った。入学の時の二百四十万円も、祝いではなく納付金の不足分で、私の口座から出ている。
「深沢さんなんか、浩司はいい息子だって、去年の法事でみんなの前で褒めてたわよ」
私は、湯のみを両手で包んだ。茶は、もうぬるくなっていた。私が出した金が、浩司の親孝行に変わっていたことは、八月の廊下で聞いて知った。お風呂の話が配られていることも、九月にかず子さんから聞いた。
知らなかったのは、配られていたのが、それだけではなかったことだ。付き添いも、入学の金も、手土産も、全部あの人の手柄になっていた。
北原の家のアルバムに、私が一枚も映っていないのと。これは、同じことなのだと思った。私は、この家の記録から、丁寧に消されていたのだ。
「かず子さん、お母さんは、本当に知らないんでしょうか?」
かず子さんは、ファイルではなく、私の顔をじっと見た。
「えみさん。よしえさんの方は、息子が送っていると、本気で思い込んでいるのかもしれないわよ」
—
十月の二度目の木曜日だった。昼休みが終わって、経理の自席に戻ったところで、内線が鳴った。総務の、桜井さんだった。
「えみさん、受付にお客様です。北原マリ子さんという方が」
椅子から立ち上がるまでに、二秒かかった。
「すぐ、行きます」
エレベーターで一階に降りると、マリ子はロビーの真ん中に立っていた。夏に見た時と同じ、派手な柄のブラウスを着ている。周りの受付の女性たちが、チラチラとこちらを見ていた。
「マリ子さん、ここは会社です」
「あんたが電話に出ないからでしょ」
マリ子の声は、ロビーによく響いた。
「家族を困らせて、楽しい?」
私はマリ子の前まで歩いて、正面に立った。
「誰の家族ですか?」
「は?」
「どなたの家族のことかと、伺っています」
マリ子の顔が、赤くなった。
「私たちに決まってるでしょ。母さんも、浩司も、私も」
「私は、他人なんですよね。お盆にマリ子さんがおっしゃいました。嫁って、結局他人だからね、って。運び終わったなら、他人は帰れば、とも」
「あ、あれは、言葉のあやよ」
「言葉のあや」
私は、その言葉を繰り返した。
「二十七年、私は、その言葉のあやで台所に立ってきました。言葉のあやで、写真の輪から外されて。言葉のあやで、名前を呼ばれませんでした」
マリ子の目が、泳いだ。
「そんな昔のこと、いちいち」
「昔ではありません。今年のお盆です」
マリ子が、一歩前に出た。私は、下がらなかった。
「都合のいい時だけ、家族に戻さないでください」
そこで、桜井さんが割って入った。
「お客様、こちらでのお話はご遠慮いただけますか? 会議室にご案内しますが」
「会議室? そんなの結構よ」
マリ子は声を張った。
「皆さん、聞いてください。この人、七十九歳の姑の生活費を止めたんですよ。血も涙もないでしょ」
私は、マリ子の目を見たまま、動かなかった。桜井さんが、受付の内線に手を伸ばすのが、視界の端に入った。
マリ子は、会議室には入らなかった。捨て台詞を二つ残して、自動ドアの外へ出ていった。
「恥かかせて、それで気が済むの?」
「あんた、それで人間として、恥ずかしくないの?」
自動ドアが閉まって、ロビーが静かになった。桜井さんが、私の腕をそっと抑えた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
私は、息を整えた。膝の裏に力が入っていたことに、その時初めて気づいた。二十七年、この人たちの前で、足に力を入れたことはなかった。
「あの、えみさん。私、さっきのやり取り、全部聞いてました。何かあったら、証人になりますから」
私は、桜井さんの顔を見た。四十八歳の、いつも仕事の早い人だ。
「ありがとう」
言葉が短くなった。長く離すと、こらえているものが出てしまいそうだった。窓の外を見た。マリ子は、駅とは反対の方向へ歩いていく。私は目で、その背中を追った。その先には、歩いて十五分ほどの、浩司の会社があった。
—
同じ頃、よしえの方も動いていた。親戚中に、電話をかけて回っていたと、後でかず子さんから聞いた。九月に聞いた時と同じ相手に、同じ話を、もっと大きくして配っていた。
「嫁に捨てられた」
「二十年尽くしてきたのに、恩を仇で返された」
「浩司が、かわいそうで見ていられない」
私が二十年出してきた金の話は、一度も出てこない。金の出所は浩司のままで、被害者だけが入れ替わっていた。
かず子さんは、電話口で怒っていた。
「えみさん、私、言ってやろうかしら。あれは全部、あなたのお金だって」
「まだ、言わないでください」
「どうしてよ」
「言えば、お母さんは話を作り替えます。作り替えられない場所で、言いたいんです」
かず子さんは、しばらく黙って、それから「分かったわ」と言った。
—
十月の中旬、深沢達夫さんから、うちの固定電話に一度だけかかってきた。
「奥さん、親戚の手前もあるでな。お母さんの顔を立ててやってはくれんかね」
七十三歳の、ゆっくりした話し方だった。
「深沢さん、私は何を我慢すればいいんでしょうか?」
「まあ、そう言わんで。金の話は、身内でやるもんだから」
「身内」
私は、その言葉を手帳に書いた。
「深沢さん、私は、身内ですか?」
電話の向こうで、深沢さんが黙り込んだ。
「そりゃあ、あんた、嫁だろ」
「では、その嫁が二十年でいくら出したか、お母さんから聞いていらっしゃいますか?」
深沢さんは、答えなかった。話をそらして、電話を切った。
—
浩司が、家で怒鳴るようになったのは、その頃からだ。マリ子が会社に来た日の夜、浩司はいつもより早く帰ってきた。玄関から、足音が大きかった。
「お前、姉貴に何を言った?」
「本当のことを」
「本当のことって、何だよ」
「会社の受付で騒がれて、俺がどんな顔したと思ってんだ」
「私も、受付で騒がれました」
浩司は、上着を椅子に投げた。
「母さんが、泣いてたぞ。毎日電話してくる。俺の顔、潰すな」
「顔を潰すな」
私は、湯のみを置いて、夫の顔を見た。八月に「立場」と言い、十月に「顔」と言う。この人が守るものには、いつも私が入っていない。
「浩司さん」
「なんだよ」
「私が傷つけられたことより、自分の顔の方が大事なのね」
浩司の口が動いて、止まった。反論の言葉が出てこない時、この人はいつも同じ顔をする。二十七年で覚えた顔だ。
「そんな言い方するなよ」
それだけ言って、寝室へ行った。
私は居間に残って、ノートを開いた。
「十月九日、午後八時十五分、浩司の発言」
それから、マリ子が会社に来た日の時刻と、桜井さんが立ち合ったことも、書き出した。
書きながら、二十年前の一筆箋のことを考えていた。三十四歳の私に、先が見えていたわけではない。ただ、日付のない紙は証拠にならないと、知っていただけだ。三十四歳の私が、五十四歳の私を助けようとしていた。そんな気がした。
書き終えて、ペンを置いた。ノートは、もう半分まで埋まっている。
会社を出る時、桜井さんが言った言葉を思い出した。
「えみさん、あの人たち、あなたが本気だって、まだ思ってないですよ」
その通りだった。あの人たちは、まだ、私が折れるのを待っている。二十年折れ続けた女が、二十一年目に折れないはずがない、と思っている。その思い込みは、あと一か月ほど続くことになる。
—
十月の二十五日にも、よしえには何も入らなかった。マリ子が、浩司の会社へ行ったことは、その週のうちに分かった。受付で名乗って、姉だと言って、応接に通されたらしい。そこで、マリ子は座らずに言ったそうだ。
「あんたの嫁を、連れ戻しなさい。母さんが、上道に(のぼせて)するわよ」
声が廊下まで漏れて、通りかかった部長が足を止めた。浩司は、営業課長だ。上司の前で、姉に説教された。その話を私にしたのは、浩司自身だった。その週の終わり、夕食の後に、湯のみを両手で回しながら話した。
「お前、もう泣かないよな。姉貴のやつ」
私は、返事をしなかった。
「あのさあ、えみ、もう十分だろ。来月から、戻せよ」
「戻しません」
「じゃあ、十万でいい」
「十万でいいから、ご自分で送られたら、いかがですか?」
浩司は、湯のみを置いて、テレビをつけた。音量が、普段より大きかった。
—
十月十九日。八十八歳(傘寿)の祝いの打ち合わせがあった。よしえは七十九歳。数えで言えば八十だから、「八十のお祝いをやろう」と深沢さんが言い出したらしい。座敷に親戚を呼んで、膳をとって、写真を撮る。北原の家の恒例の行事だ。
私のところにも、よしえから電話が来た。
「あんたも、顔出しなさい。親戚に、何と言われるか分からないんだから」
台所に立たせて、座敷には上げないと言った人が、対面のために私を呼んでいる。私は、「行くと」答えた。行かなければ、それも私のせいになる。
その日、座敷にいたのは、七人だった。一番奥の席によしえ。その隣にマリ子。向かいに浩司。仏壇のそばに、戸田かず子さんと三郎さん。縁側を背にして、深沢達夫さん。そして末席に、私。
信吾は、卒業研究の追い込みで、研究室に泊まり込んでいると聞いた。
私は、六人前しか取っていなかった。足りないのは、私の分だけだった。義父の妹のかず子さんが、自分の折り詰めを私の前に押し出した。
「えみさん、半分こしましょう」
「かず子さん、そんな。いいのよ。私、そんなに食べないから」
深沢さんが咳払いをして、進行を始めた。日取りは十一月十六日。膳の数。写真屋を呼ぶかどうか。よしえは、上等な着ていく着物の話を始めた。
「せっかくの八十のお祝い、ものをちゃんとしたいのよ。写真も、撮ってもらってね」
「写真」と聞いて、私は膝の上の手を見た。十一月のその日も、きっと私は、カメラの後ろに立つのだろう。
マリ子が、横から言った。
「母さん、そのお金、どうするの?」
「なんとか、なるでしょう」
マリ子が、箸を置いた。
「なんとかって、今月の食費も足りないのに」
深沢さんが、二人を見比べた。
「そんなに、苦しいのかね」
よしえが、眉を寄せて、大きなため息をついた。それから、はっきりした声で言った。
「浩司が毎月きちんと送ってくれてたのに、それを止められちゃったのよ」
座敷の話し声が、止まった。その静けさに、かず子さんの声が落ちた。
「よしえさん、それ、えみさんのお金でしょ?」
誰も、箸を動かさなかった。畳の目まで見えるような、間だった。
よしえが、かず子さんを見た。何を言っているのか、分からないという顔だった。
「よしえさん、あの二十万はね、えみさんが二十年、自分のお給料から出してたのよ。浩司の給料からは、一円も出てないの」
「何を言ってるの、かず子さん」
「私、この目で見たの。全部の控えを」
深沢さんが、身を乗り出した。
「待ちなさい。じゃあ、三年前の風呂も」
かず子さんが、即座に答えた。
「あれも、えみさんのお金よ」
深沢さんが、マリ子を見た。マリ子の箸が、止まっていた。
「マリ子ちゃん、あんた、あのリフォームは、誰に頼んだんだ?」
マリ子の口が、動いた。そして、余計なことを言った。
「浩司が払うって言うから、頼んだのよ」
深沢さんが、浩司の方へ顔を向けた。
「浩司が、そう言ったのか」
浩司より先に、マリ子が答えた。
「そうよ。だって、家のことは、長男が見るもんでしょ」
開き直った人は、大抵一言多い。
「大体、私の買い物だって、母さんが払ってくれてたんだから、文句ないでしょ」
そして、もう一言だけ、足した。
「それに、どのみちこの家は、私のものになるんだから。誰が払ったって、同じでしょう」
浩司が、姉を見た。何を言っているんだ、という顔だった。
「姉貴? 何の話だよ、それ?」
「知らないなら、いいのよ」
マリ子は、そこから先を言わなかった。よしえが、顔色を変えた。
「マリ子、何よ。本当のことじゃないの?」
よしえの視線が、浩司に移った。
「浩司、まさか、あんたのお金じゃないでしょうね」
浩司が、湯のみを置いた。畳に置く音が、大きかった。
「夫婦なんだから、同じ金だろ」
その一言で、座敷の空気が変わった。深沢さんが箸を置いた。三郎さんが、低く息を吐いた。
私は、膝の上で手を重ねたまま、言った。
「浩司さん、「同じお金」だとおっしゃるなら、どうして、お母さんは今、驚いていらっしゃるんですか?」
浩司が、私を見た。口が半分開いて、そのまま止まった。よしえも、何も言わなかった。ただ、それは「分かった」という顔ではなかった。「信じたくない」という顔だった。二十年、この人は、息子が送っていると思い込んできたのだ。それを崩すには、かず子さんの言葉だけでは足りない。よしえは、その日、最後まで「そうだったの」とは言わなかった。
マリ子が、急に青くなった。
「じゃあ、私、二十年、この人にご飯食べさせてもらってたってこと?」
誰も、答えなかった。
深沢さんが、湯のみから手を離して、長いこと黙っていた。それから、ぽつりと言った。
「わしは、去年の法事で、みんなの前で浩司を褒めたんだ。親孝行な息子だと」
誰も、返事をしなかった。三郎さんが一度だけ、深く頷いた。それが、この人がその日に見せた、唯一の事情表示だった。
私は、最後まで、鞄から紙を一枚も出さなかった。ここではない。全員が揃う場所は、あと一度ある。その時まで、待つと決めた。
帰りの駅で、私は休暇の日に会っている人へ、電話をかけた。さっき座敷でマリ子が言ったことを、そのまま伝えた。「この家は自分のものになる」と、義姉が言った、と。
—
その夜、浩司が八つ当たりに来た。
「お前、姉貴を焚きつけたのか?」
「私は、何も言っていません」
「言わなくても、同じだろうが」
私は、答えなかった。答える価値のない問、というものがある。
浩司が部屋を出る時、マリ子の言葉が、もう一度、耳の奥で鳴った。
「どのみち、この家は私のものになるんだから」
マリ子は、なぜ、あんなに落ち着いた声で言えたのだろう。
—
十一月に入って、二度目の日曜日。浩司が、朝から居間に座っていた。テレビもつけずに、腕を組んでいる。何か言うつもりなのだと、分かった。
「えみ、もう意地を張るの、やめろ」
「意地ではありません」
「意地だろ。母さんは、もう八十だぞ。あと何年、生きると思ってんだ」
私は台所から出て、向かいに座った。
「嫁なんだから、母さんの面倒くらい見るのが、普通だろう」
「普通」
その言葉が出た時、私は立ち上がって、納戸へ行った。段ボールから、五冊のファイルを出して、食卓に積んだ。背表紙の番号が、下から上へ並んでいる。
浩司が、ファイルを見て、それから私を見た。
「なんだよ、これ?」
「二十年分です」
私は、一番上のファイルを開いた。
「毎月二十万円、二百四十回、四千八百万円です」
「知ってるよ」
「十五年前からの、お母さんの入院と手術で、百八十万円。信吾さんの大学入学の時の不足分が、二百四十万円。お盆と正月の食事代と手土産が、年二回で二十年、百六十万円。風呂と台所の改修が、二百八十万円」
私は、電卓を叩かなかった。数字は、もう頭に入っている。二十年、伝票を閉じてきた人間の頭の中には、金額が張り付いている。
「仕送り以外で、八百六十万円。四千八百万円と合わせて、五千六百六十万円です」
浩司は、何も言わなかった。
「この二十年分について、一円も請求するつもりはありません」
夫が、顔を上げた。
「ただ、何をしてきたかは、数えました。数えるのが、私の仕事なので」
浩司の顎が、小さく動いた。音にはならなかった。
私は鞄から封筒を出して、食卓に置いた。中身を出すと、緑の枠の用紙が広がった。
離婚届だった。
浩司の目が、紙の右下で止まった。証人の欄には、もう二人の名前と住所と捺印が、書き込まれている。会社の桜井さんと、私の弟だ。桜井さんに捺印まで書かせた日のことは、一生忘れないと思う。
「なんだ、これ?」
「そのままの意味です」
「お前、本気で言ってんのか?」
「はい」
「お母さんの一言くらいで、二十七年を捨てるのか?」
私は、首を振った。
「一言ではありません。二十七年、あなたが一度も、私の味方にならなかったからです」
「味方って、何だよ。俺は、家族を守ってきただろう」
「守っていただいた覚えが、ありません」
私は、座ったまま、夫の目を見た。
「お盆の日、私の箸がないと分かった時、あなたは寿司をつまんでいらっしゃいましたね。あの時、箸を置いて、母さん、何やってるんだと、一言おっしゃっていれば、この紙はここにありません」
浩司の顔が、赤くなった。それから、白くなった。母と姉に攻め立てられ続けた二か月余りが、この人の中で溜まっていたのだと思う。
浩司は、ペンを取った。乱暴に、けれど字だけは几帳面に、名前を書いた。
「出せばいいんだろ。どうせ、出せやしないくせに」
十一月九日のことだった。
—
三日後の昼休み、私は市役所へ行った。窓口の職員が、用紙を確かめて、「届けを確かに受け付けた」という証明書を一枚、出してくれた。受理証明書というそうだ。三百五十円だった。
「相違ありません。受理しました」
それだけだった。二十七年を終わらせるのにかかったのは、十五分だった。受理証明書を鞄の内側ポケットに入れて、私は会社へ戻った。午後は、十月分の締めがあった。数字は、合った。私は、自分の手が震えていないことに、驚いた。
その日の夜、西脇千津先生に電話をした。西脇千津先生は、四十九歳の弁護士だ。九月から月に一度、休暇を取って通っていたのは、この人だ。その時鞄に入れていたのは、先生に見せるための書類の写しだった。
「北原さん、十月にお電話でお聞きした、お姉さんのお話ですが」
「はい。この家は自分のものになる。お姉さんは、そうおっしゃったんですね」
「そう、聞こえました」
先生は、少し間を置いた。
「二十年分を、取り返せますとは、申し上げません。そこは、正直に申し上げておきます。ただ、記録がこれだけ揃っているのは、大きいですよ」
「それより、伺いたいことがあります。ご主人は、お母さんから、何か約束をされていませんか?」
私は、受話器を持ち直した。
「約束ですか?」
「二十年、北原さんのお金だと分かっていながら、自分の名前で送らせたわけです。理由があるはずですよ。人は、理由のないことを二十年も続けません」
心当たりは、なかった。ただ、二十年前の夏の、浩司の急ぎ方が、また頭に浮かんだ。四十九日の膳が下げられて、まだ一時間も経っていない夜だった。
—
数日後、よしえから電話が来た。
「十一月十六日、忘れてないでしょうね」
「八十のお祝いですね」
「嫁として、来なさい。お盆の時みたいに、御事(おこと)をしてちょうだい」
私は受話器を耳に当てたまま、頷いた。よしえには見えないと分かっていて、頷いた。
「はい、伺います」
電話を切ってから、なぜ呼ばれたのかを考えた。答えは、すぐに出た。二十万円を再開させるには、親戚の前で私を「嫁」の座に戻しておく必要があるのだ。あの人にとって、私は嫁でなければ、財布にならない。
私は、「行く」と決めた。全員が揃う場所は、その日しかないからだ。座敷には、よしえもマリ子も浩司もいる。かず子さんも、三郎さんも、深沢さんもいる。二十年、金の出所は作り替えられ続けてきた。作り替えられない場所で、その話を終わらせたかった。
その夜、かず子さんに電話をかけた。
「かず子さん、十六日、証言していただけませんか?」
「あの、一番上に置いてあった一筆箋を出すのね」
「はい。あれを出せば、話は終わりますから」
かず子さんは、何も聞かなかった。
「分かった。じゃあ、私、証言するわね」
離婚届が受理されたことは、言わなかった。あの夜、離婚届に名前を書いていく浩司の手を思い出した。二十年前、同じ手が同じ几帳面な字で、あの一筆箋を描いたのだ。同じ字なのに、まるで違って見えた。
—
十一月十六日。北原の家の座敷は、朝から人が入っていた。膳の折りが並び、床の間に花がある。よしえは紫の無地の着物に白い羽織りを重ね、「前の月に仕立て直したのだ」と深沢さんに話していた。仕立て直しは、安く見ても五万はする。膳の費用は親戚の会費で賄うと聞いたが、着物の金がどこから出たのかは、誰も聞かなかった。
一番奥の席によしえ。その隣にマリ子。マリ子の隣に、信吾が窮屈そうに座っている。向かいに浩司。仏壇のそばに、戸田かず子さんと三郎さん。縁側を背にして、深沢達夫さん。その後ろには、近くに住む北原の親戚が十人ほど、二列に並んでいた。
そして末席に、私。三度目の座敷でも、私の箸だけがなかった。
四日前の十一月十二日に、離婚届が受理されたことは、この座敷の誰も知らない。夫婦で築いた財産をどう分けるか。財産分与の話がまとまるまで、私と浩司は同じ家で、寝室だけを分けて暮らしていた。
マリ子には、前の日から手伝いに来いと言われたが、断った。当日の朝、台所には前の晩の食器が積んであった。私はそれを洗ってから、座敷に上がった。
「あんた、お酌して回ってちょうだい」
よしえが、徳利を顎で指した。
「嫁なんだから、お酌くらいできるでしょう」
二十七年、「他人」と呼んだ口が、その日は「嫁」と言った。何人かが、目を伏せた。
私は、徳利を持って立ち上がった。マリ子の前を通り、深沢さんの前まで進んだところで、袖を引かれた。かず子さんだった。
「えみさん」
かず子さんが、私の手から徳利を取って、畳に置いた。
「座りなさい。話しなさい」
よしえが、声を上げた。
「かず子さん、何を」
「よしえさん、今日はね、私がお酌の仕返し(つもり)なの」
私は、膝をついて、座り直した。それから、鞄からノートを出した。
「お母さん、八月二十五日のことは、覚えていらっしゃいますか?」
「何の話よ?」
「二十万円が振り込まれなかった日です。あの日、お母さんは、浩司さんに電話をなさいました」
私は、ノートを開いて、日付を読み上げた。
「八月二十五日、午後六時四十分。浩司さんは、こうおっしゃいました。「あいつが手続きしてるだけだから。金は、俺の金なんだから、心配すんな」」
浩司の顔が、動いた。
「なんで、お前が、それ」
「廊下で話していらっしゃいましたから」
私はノートを閉じ、鞄の封筒から一枚の一筆箋を取り出した。黄ばんだ紙だ。それを、座卓に置いて、よしえの方へ回した。
「これは、二十年前に、ご主人が書いたものです」
よしえが、老眼鏡をかけた。目が、紙の上を二度、往復した。
「母への毎月二十万円は、えみの給与から支出する。開始、変更、終了は、えみが決める」
日付と署名と、印鑑がある。
座敷が、静まり返った。
深沢さんが、身を乗り出した。
「これは、浩司の字か?」
「俺の字だ」
浩司が、短く答えた。
よしえの手が、震え始めた。老眼鏡を外し、またかけて、もう一度紙を見た。
「先月から、ずっと、そんなはずはないと思ってきたのよ」
その声に、二十年分の重さがあった。
「二十年? 私は、嫁の金で暮らしていたっていうの?」
浩司が、畳を叩いた。
「だから、同じ金だって言ってるだろ。夫婦なんだから、俺の金でもあるんだよ」
私は、封筒から、もう一枚出した。信用金庫の申し込み書の控えだった。二十年前の日付が、入っている。毎月決まった日に、決まった額を送る手続きの用紙だ。受取人の欄には、よしえの名前がある。そして、相手の通帳に記載される「振込依頼人」の欄には、こう書いてあった。浩司の字ではない。窓口の人が、代筆した字だ。
「北原浩司」
私は、その一文を指で示した。
「浩司さん。「同じお金」なら、どうして二十年、依頼人だけは、あなたの名前だったんですか?」
浩司が、口を開いた。何も、出てこなかった。
「私は、二十七年、この家で名前を呼ばれませんでした。この二十年は、通帳の上からも、消されていたんです」
よしえが、浩司を見た。息子を見る目ではなかった。
「浩司、先月、あんた、夫婦の金だって言い張ったわね。この紙は、何なの?」
「嘘じゃない。俺は、二十年」
「よしえ、私はあんたに感謝してきたの。親戚みんなに、うちの息子はできた子だって、言って回ったのよ。あんたは、先月も、今日も、「違う」とは言わなかった」
よしえの声が、高くなった。息子を責める声だった。この人の怒りが、逃げ場のない形で私以外に向いたのは、それが初めてだった。
「母さんが喜ぶから、私に恥をかかせたってことじゃないの」
深沢さんが、目を閉じた。
その時、マリ子が笑った。間の抜けた、高い笑い声だった。座敷の全員が、マリ子を見た。
「何よ、みんな。そんな大げさな顔しちゃって」
マリ子は、箸を置いて、胸を張った。誇るものが自分にはある、という顔だった。
「お金を出したのが誰だって、関係ないでしょ。だから、何よ」
そして、言った。
「この家は、私がもらうって、五年前に母さんが決めたじゃない。役所じゃなくて、公証人役場ってところでね、正式な遺言書にしてもらったのよ。専門の人に作ってもらう遺言だから、後から誰も、文句の付け用がないの」
座敷が、凍った。
よしえが、真っ青になって、娘の腕を掴んだ。
「マリ子、何よ」
「だって、本当のことでしょう」
浩司の顔から、血の気が引いていくのが分かった。上から下へ、水が引くように色が抜けた。
「母さん」
浩司の声は、かすれていた。
「今の、どういうことだよ。先月、姉貴が同じことを言った時、俺は聞き流したんだ。母さん、まさか、本当なのか?」
よしえは、答えなかった。
「母さん、俺は、長男なんだぞ」
「浩司、あのね」
「五年前って、いつだよ。俺は、聞いてないぞ」
よしえは、目をそらした。マリ子が、代わりに答えた。
「五年前の秋よ。私、車で送っていったもの。中には入れてもらえなかったけど、外で一時間待ったわ」
浩司が、畳に手をついた。二十年前と同じ姿勢だった。あの時は頭を下げるためで、その日は、体を支えるためだった。
かず子さんが、小さく息を吐いた。三郎さんは、腕を組んだまま、天井の一点を見ている。深沢さんは、湯のみに手を伸ばして、気づいて、戻した。
「俺は」
浩司の声が、震えていた。
「俺は、この家を継ぐつもりで、二十年やってきたんだぞ」
浩司は、顔を上げなかった。
「ばあさんに、長男は俺だって思ってて欲しかったんだよ。それだけなんだよ」
私は、その背中を見ていた。二十年前の夏。四十九日の膳が下げられて、一時間も経たないうちに、この人はなぜ、あんなに急いでいたのか。答えは、そこにあった。急いでいたのは、姉に先を越されないためだ。親の財布が姉の方を向いているのは、この人が一番近くで見ていた。
「浩司さん」
私は、低い声で呼んだ。
「そのお金は、あなたのものじゃなかったですけどね」
浩司は、答えなかった。二十年かけて買っていたつもりのものは、よしえの気持ち一つで、いつでも消せるものだった。
その時、マリ子の隣で、信吾が膝を立てた。そのまま、立ち上がる。二十三歳の若い体が、座ったままの親たちを見下ろす形になった。
「おばあちゃん、俺の授業料も、その二十万から、出てたってこと?」
マリ子が、息子の袖を引いた。
「信吾」
信吾は、その手を振り払った。よしえは、湯のみに目を落としたままだった。信吾は、立ったまま、行き場をなくした。誰も、身じろぎしなかった。浩司は、ようやく畳から手を離して、膝の上に戻した。マリ子は、口を尖らせて。信吾は、立ったままでいる。よしえは、一番奥の席で、着物の膝をぎゅっと握っていた。
私は、よしえの方へ体を向けた。
「お母さん、一つだけ、伺ってもいいですか?」
「何なの?」
「私に、名前で呼ばれたくなかったんですね」
よしえの肩が、跳ねた。
「何を、言い出すの?」
「二十七年です。お母さんが私を名前で呼ぶようになったのは、八月に二十万円が届かなかった。その十二日後からでした」
「そんなの、たまたまでしょ」
よしえが、湯のみに手を伸ばして、そのまま止めた。
「その前は、二十七年、一度もありません。お母さんは、私の名前を、ご存知でしたよね」
「知ってるに、決まってるでしょう」
「たまたま、二十七年ですか?」
よしえの顔が、赤くなった。よしえの怒りは、火がつくまでに時間がかかった分、一度溢れると止まらなかった。
「そうよ」
よしえが、声を張り上げた。
「あんたに、家族ヅラされるのが、嫌だったのよ」
誰も、口を開かなかった。
「子供も生めない嫁が、いつまでも息子にくっついているから、いけないのよ」
私は、膝の上で手を重ねたまま、動かなかった。二十七年、待っていた言葉だ。
「よしえさん」
かず子さんが、低い声を出した。よしえは、止まらなかった。
「浩司はね、いずれ、この家に帰ってくるのよ。私は、ずっとそう思ってきたの。あんたが離れれば、あの子は、帰ってくるんだから」
深沢さんが、手を上げた。
「よしえさん」
「それじゃあ、あんた、そうよ。だから、家族にしなかったのよ。あんたに、この家に居場所があると思わせたくなかったの。名前を呼ばなかったのも、写真の輪から外したのも、食卓に座らせなかったのも、そのためだった。私が、この家に根を張らないようにしていたんだ」
「でも、お金は、いるのよ」
よしえが、開き直った。
「嫁の務めでしょ。務めなんだから、感謝する必要もないの」
「他人」と言いながら、「務め」だと言って縛る。
私は、よしえの目を見た。
「お母さん、その帰って来るはずの息子さんの家は、なぜ、五年前に娘さんへ渡すと、書き残したんですか?」
よしえが、黙った。答えは、帰ってこなかった。
めちゃくちゃな理屈だ。それでも、私は二十年、それに従ってきた。
「お母さん、その二十万円は、何に使われていたんですか?」
よしえは、湯のみの縁を指でなぞっていた。
マリ子が「もういいでしょう」と言った。
「言ってください。二十年です」
よしえが、息を吐いて、諦めたように話し始めた。
「最初の八年」
義父が亡くなってから、マリ子が実家へ戻るまでの八年だ。指を折りながら言った。
「九十六回。私の暮らしに十万。残りの十万は、マリ子に」
「マリ子さんに」
私は、その名前を繰り返した。
よしえは、畳に目を落としたまま、先を続けた。
「あの子ね、結婚した先で、カードを何枚も作って、買い物を重ねてたのよ。借りたお金そのものは、最初は四百万くらいだったの。でも、返しているそばから、またカードを使って、別のところからも借りて。結局、八年近く、毎月十万円を渡し続けたのよ」
マリ子が、顔を伏せた。信吾が、母親の方を向いた。
「母さん、そのカードって、どういうこと?」
マリ子が、横を向いた。
「うるさいわね。昔の話でしょ」
よしえが、話を引き取った。
「主人が生きてるうちは、工場を畳んだ時に残ったわずかな金で埋めてたの。それがあの人、亡くなる前の年に尽きたのよ」
義父が亡くなった年に、仕送りが必要になった理由は、それだった。よしえの暮らしだけでは、なかったのだ。二十年前のあの夜、浩司は「母さんを助けたい」と言った。助けたい相手の中に、姉の借金が入っていたことは、一言も言わなかった。
「次の七年は」
私が促すと、よしえは続けた。
「マリ子と信吾が転がり込んでからの、七年、八十四回。三人の暮らしに十三万。信吾の中学受験の塾代から、私立の六年大学に入る時の初年度費用まで、七万」
信吾が、顔を上げた。
「そして、この五年は」
私が促した。
「この五年で、六十回だ」
よしえの声が、小さくなった。
「暮らしに十万。信吾の大学の授業料、二十万よ。年に百二十万。学費に回す分、食費と光熱費を三万、削ったの」
信吾が、マリ子の方へ体を向けた。
「母さん、俺、聞きたいことがある」
マリ子は、答えなかった。
「母さんは、おばさんが意地悪で止めたって言ってたよね。入学した後の授業料、ずっとばあちゃんが出してくれたって聞いてたんだけど」
入学の時の二百四十万円は、あの子も知っている。それっきり口に出さなかったのは、口止めされていたからだと、私は思い込んでいた。ただ、言いにくかっただけなのかもしれない。
「信吾、あんたは、黙って」
マリ子は、箸置きばかり見ていた。
深沢さんが、湯のみを置いて、思い出したように言った。
「かず子さん、あんた、祝い事の度に、いつも一番多く包んでくれてたよな。うちの孫の入学の時も」
かず子さんが、横から言った。
「深沢さん。あれはね、よしえさんの年金からよ」
深沢さんが、かず子さんを見た。
「年金?」
「お盆の後、八十のお祝いの相談のついでに、私、よしえさんの通帳を見せてもらったのよ。年金は月に六万八千円。それが暮らしに回ってたってことは、一度もないの。祝い事の時に包む分と、マリ子ちゃんの買い物の引き落としで、毎月きれいになくなるのよ」
よしえが、何か言いかけて、やめた。
「だから、深沢さん。暮らしの方は、丸ごと、えみさんの二十万が埋めてたのよ」
深沢さんは、何も言えなくなった。北原の家の体面は、二十年、私の給料で買われていた。
三郎さんが、その日初めて、口を開いた。
「祝いの席で、いい話を聞かせてもろた」
嫌味に聞こえたけれど、この人は昔から、こういう言い方しかしない。それだけに、座敷の誰も、笑わなかった。
—
「お母さん」
私は、姿勢を正した。この人が、最後に何を選ぶのか、親戚の前で見ておきたかった。
「遺言のお話でしたら、以前、弁護士から聞いたことがあります。遺言というものは、書いた本人が生きている間は、いつでも書き換えられるそうです。ですから、五年前に決めたというお話も、確定したものではありません。お子さんには、遺言があっても、必ずもらえる分が、法律で決まっているそうです。「遺留分」というそうですが」
浩司が、顔を上げた。溺れかけた人が、水面を見る顔だった。よしえも、その顔を見た。遺言は書き換えられる。書き換えるかどうかを決めるのは、自分だ。息子を縛る鎖が、戻ってきた。あの人は、財布さえ戻ればいい。そう計算した顔だった。
そこから先の変わり方は、見事なものだった。
「えみさん」
さっきまで怒鳴っていた人が、猫撫で声になった。
「あなたも、大切な家族よ。あの日はね、私、虫の居所が悪かっただけなの」
よしえは、膝を進めて、お祝いの引き出物の紙袋を、私の前に押し出した。
「ほら、これ、持って帰って。今日は、あなたの分もあるのよ」
私は、その紙袋を見た。
「ねえ、えみさん。だから、今月からまた、二十万円。お願いね」
座敷の空気が、止まった。私は、笑ってしまった。声は出さなかったけれど、口の端が動いた。
「お母さん、なあんだ。やっぱり必要なのは、私じゃなくて、二十万円なんですね」
私は、紙袋を持ち上げて、よしえの膝の前に戻した。引き出物の重さは、二十七年分の呼ばれなかった名前より、ずっと軽かった。
—
私は、座卓に手を置いて、座敷を見渡した。誰も、動かなかった。仏壇のそばと、縁側から、三人の目だけがこちらを向いていた。
「皆さんがいらっしゃる前で、三つ、ご報告させていただきます」
よしえが、眉を寄せた。
「何よ、改まって」
「一つ目。仕送りは、終了しました」
私の鞄の中のノートに、触れた。数字は、もう覚えている。二十年前の八月から、今年の七月まで。毎月二十五日に、二十万円。二百四十回。合計で、四千八百万円。一度も、欠かしていません。それで、終わりにします。
よしえが、湯のみを置いた。
「終わりって、あんた?」
「弁護士に確認しました。嫁が夫の親を養う義務は、法律にはありません。よほど特別な事情がある時にだけ、家庭裁判所が決めることがあるそうです。ですが、それは私が勝手に背負うものではない、と言われました」
深沢さんが、「そうなのか」と小さく言った。私は、深沢さんの方へ頷いてから、続けた。
「ただし、実のお子さんには、義務があります。浩司さんと、マリ子さんです。そこは、別の話です」
マリ子が、顔を上げた。
「私は、パートよ。八万しかないのよ」
「マリ子さんの事情は、私が決めることではありません」
よしえの声が、飛んできた。
「二十年も面倒見てやったのに、この恩知らず」
私は、黙って見返した。
「あんたなんか、うちに入れるんじゃなかったわ」
座敷の誰も、その言葉を止めなかった。止める必要がなかったのだと思う。この人が二十七年で一番正直だったのは、その日だった。
よしえの声が、急に落ちた。
「私は、どうやって生きていけばいいのよ」
「実のお子さんが、二人いらっしゃいます」
私は、そう答えた。冷たいことを言っている自覚は、あった。それでも、この人たちは、私がしてきたことに一度も名前をつけなかった。名前のないものを続ける理由は、もうない。
「二つ目です」
私は、鞄の内側ポケットから、一枚の紙を出した。市役所が出した、あの受理証明書だった。それを、座卓に置いた。
「離婚届は、十一月十二日に、受理されました」
座敷が、水を打ったようになった。
浩司が、顔を上げた。
「出したのか」
「はい。あなたが、署名なさった通りに」
「なんで、言わなかったんだよ」
「言えば、また泣かれるからです」
浩司が、息を吸い込んで、そのまま吐いた。
「私は、北原えみに、戻ります。本名です。離婚しましたので、皆さんとの親戚としての繋がりも、これで終わります。こちらから、届けを出す必要もありません。離婚と同時に、自然に切れるそうです」
マリ子が、声を上げた。
「じゃあ、この人、少なくとも、他人ってことじゃない」
「はい」
私は、マリ子の目を見た。
「お盆に、そうおっしゃいましたよね。「他人は帰れ」と。おっしゃる通りになりました」
マリ子が、黙った。
私は、続けた。
「二十年、私は「嫁の務め」だと言われてきました。務めなら、断れません。「他人」だと言われながら、務めだけは背負わされる。その形がおかしいと気づくのに、二十年かかりました」
よしえは、何も言わなかった。
「財産分与については、代理人を通して協議します。請求には二年の期限があるとも聞いています。ですから、慌てるつもりはありません」
「代理人って、何よ?」
よしえが、眉を寄せた。
「三つ目です」
私は、名刺を一枚、受理証明書の隣に置いた。
「今後のご連絡は、全てこちらへお願いします。西脇千津法律事務所です」
よしえが、名刺を見て、体を引いた。
「私の勤務先や自宅へ来られること。事実と違う話を、親戚やご近所に広めること。それが続くようでしたら、記録を残して、順を追って対応させていただきます」
「ほど、好きなの?」
「記録を残すのは、脅しではありません。私の仕事です」
私は、そこで、浩司の方へ向き直った。
「浩司さん、あなたには、最後に、一つだけ」
夫だった人は、畳の上で、手を握っていた。
「二十七年、家の家計は、私が見てきました。光熱費の契約も、火災保険の更新も、町内会への加入も、あなたの実家への手土産も、全部、私です。ローンを払い終えた日に、法務局へ書類を出しに行ったのも、私です。うちのマンションを、抵当権から外す手続きです」
浩司が、私を見た。
「明日からは、ご自分の生活を、ご自分で回してください」
浩司は、何も言わなかった。
「町内会の名簿の名前も、火災保険の契約者の名義も、来月から書き換えてください。書き方が分からなければ、代理人にお尋ねください」
「そんなの、お前がやればいいだろう」
「私は、他人ですから」
二十七年、あの家の人たちは、その言葉で私を黙らせてきた。同じ言葉が、今度は、私の側にあった。
その時、よしえが、最後の望みを口ばった。
「じゃあ、浩司。あんたが、帰ってきなさい」
マリ子が、即座に振り向いた。
「何言ってるのよ。この家は、私のものよ。あんたの部屋なんか、ないわよ」
「マリ子、あんた、母さんが決めたことでしょう」
母と娘が、座敷の真ん中で、言い争いを始めた。互いの喉元に食らいつくような、声だった。深沢さんが、目をそらした。
マリ子は、最後に、私にも捨て台詞を投げた。
「せいぜい、一人で寂しく、暮らしていきなさいよ」
その時、三郎さんが、立ち上がった。座敷をゆっくり見回して、それから言った。
「今日という今日は、よう、分かった」
三郎さんは、そこで一度、言葉を切った。
「二十年、世話になり続けた人を、「他人」と呼んで、挙げ句、面倒を見てもらえんとなく。あんたらは、縁を切られたんじゃない。当たり前のことを、自分で全部、やってきたんだ」
それが、この人が二十七年で言った、一番長い言葉だった。
よしえが、「三郎さん」と呼びかけたが、三郎さんは、振り返らなかった。かず子さんが、立ち上がった。深沢さんも、立ち上がった。後ろに並んでいた親戚が、一人、また一人と、続いた。信吾は、マリ子を見ないまま、出口の方へ足を向けた。誰も、よしえに声をかけなかった。
信吾が、私の前まで来て、黙って頭を下げた。長い時間、そのままでいた。私は、その肩に手を置かなかった。置いてしまえば、この子がまた、北原の家に縛られることになる。ただ、こちらも頭を下げた。
「おばさん」
信吾は、顔を上げないまま、それだけ言った。
「もう、おばさんではありませんよ」
信吾は、それでも、動かなかった。
—
私は、座卓の上の一筆箋と、送金の申し込み書の控えを、封筒に戻して、鞄にしまった。この二枚だけは、私の手元に置いておく。
それから、仏前へ行った。義父の位牌に、線香を一本上げて、手を合わせた。
「お父さん、ご挨拶が遅くなりました」
「えみさん、暑いのに悪いね」
二十年前の声が、耳の奥で鳴った。
「あなたの息子さんと、今日で、お別れします。二十七年、お世話をさせていただきました」
私は立ち上がって、座敷を振り返った。
「私は、これからも、皆さんを、「他人」として、お迎えします」
よしえの口が、半分開いていた。
「他人の生活は、自分たちで支えてくださいね」
縁側の脇に、写真屋の三脚が、立てかけたままになっていた。写真は、とうとう、一枚も撮られなかった。
玄関で、靴を履いた。誰も、見送りに来なかった。それでいい。二十七年、私を迎えた人もいなかったのだから、釣り合いは取れている。
引き戸を開けると、十一月の風が、首筋を通り抜けた。入る時は嫁で、出る時は他人。それだけのことなのに、体は、こんなに軽かった。
—
あれから、季節が三つ流れた。
北原の家は、あの年の暮れには、売りに出ていた。屋根と外壁は四十年手つかずで、修繕の見積もりは、四百万を超えたという。固定資産税は、住んでいるだけで毎年出ていく。よしえの年金と、マリ子のパートでは、どうにもならなかった。
家は、二千三百万円で売れた。仲介の手数料を引き、マリ子がまた作っていたカードの残りを、よしえが払った。そこから中古のマンションを買うと、手元にはほとんど残らなかったという。それ自体は、不幸ではない。身の丈に合った暮らしに、移っただけだ。嫁から毎月二十万円もらうのが当たり前の暮らしは、そこで終わった。
よしえは、近所に「嫁に捨てられた」と話しているらしい。けれど、あの座敷にいた親戚が、それぞれの家で、本当のことを話した。
「家族じゃないって、追い出したのは、あなたでしょう」
深沢さんにそう言われて、よしえは黙り込んだという。
マリ子は、よしえから、毎月八万円入れろと言われた。家を出れば家賃がかかるので、出られない。勤務は週三日から五日に増え、カードは解約したという。新しいマンションは、二人で手いっぱいで、浩司が帰る部屋はない。
よしえが、この二十年ずっと欲しがっていたのは、息子ではなく、息子が運んでくると思っていた二十万円だったのだと思う。
信吾は、大学に分納させて欲しいと願い出て、足りない分は大学の貸付制度とアルバイトで払い切った。春に薬剤師になり、実家とは距離を置いたままだという。
その信吾から、私にだけ、手紙が届いた。便箋一枚に、短い文字が並んでいた。
「中学の時から、ありがとうございました。返せる額ではないので、返すとは書きません。働き始めました」
私は、その手紙を、あの一筆箋と同じファイルに閉じた。
浩司とは、財産分与の話し合いが、代理人同士で片付いた。マンションは、あの人が住み続けることになった。頭金の三百万円を含めて、十年かけて、毎月十万円ずつ受け取る取り決めにした。その予定表は、私が作って、代理人に渡した。人の家の分割払いばかり数えてきた私が、自分の受け取り表を作ったのは、初めてだった。
浩司は、毎月十万円を、よしえに入れることになった。二十年、俺の金だと言い張ってきた額の半分だ。それでも足りないと言われ、書き換えられるかもしれない遺言のために、よしえの新しいマンションへ通っているという。行くたびに、母と姉から同じことを言われる。「えみさんを、連れ戻せ」。
妻を守らずに、母と姉にいい顔をし続けた人が、その母と姉に攻められている。私は、それを聞いて、もう何も感じなくなった。
—
私は、駅の反対側に、小さな部屋を借りた。新しい部屋で迎えた最初の給料日に、家計簿を新しくした。仕送りの欄は、もうない。代わりに、「旅行」と書いた欄を作った。二十年ぶりに書く言葉だ。
老後の積み立ては、初めて自分で計算した。退職金と、六十五まで働く分を足せば、届く。会社では社員の退職金の備えを、毎年きちんと積んできた。それなのに、自分の分を弾いたのは、それが最初だった。
少し、いい米を買う。魚は、丸ごと一匹で買う。
四月に、桜井さんと温泉へ行った。露天の湯に肩まで浸かって、何も考えずに山を見ていた時間が、二十年ぶりだった。弟の秀樹とも、月に一度は電話をするようになった。
「姉ちゃん、痩せた?」
「太ったのよ。ご飯が、美味しくて」
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そして、次のお盆が来た。その日は、私の部屋に、三人が来た。秀樹と、桜井さんと、かず子さん。かず子さんは、三郎さんの畑のナスを下げてきた。
狭い台所で、天ぷらを上げた。エビの背わたを取って、ナスを切って、かぼちゃを薄く切る。手が、勝手に動く。皿を運んで、座ろうとしたら、秀樹が席を開けた。
「えみ、こっち、座りなよ」
一瞬、私は動けなかった。「姉ちゃん」ではなく、名前だった。名前で呼ばれて、席を進められるのは、二十七年で初めてだった。
去年のお盆の座敷が、頭をよぎった。四つの箸と、四つの箸置き。私は笑って、その席に座った。
「いただきます」
四人で、手を合わせた。私の前にも、ちゃんと箸がある。
食べ終わって、かず子さんが、部屋を見回した。棚に、写真が一つある。義父が生きていた頃の、北原の家の写真だ。私は、映っていない。撮ったのが、私だからだ。
「えみさん、これ、飾ってるの?」
「はい。あの家で、お父さんだけは、私を名前で呼んでくれましたから」
来年の夏も、その次の夏も。私は、自分で決めた席に、座るつもりでいる。


