朝8時、大学病院の廊下。いつもの癖で救命救急センターの方向へ足を向け、すぐに立ち止まった。今日から俺の職場はそこじゃない。エレベーターのボタンを押す。4階、美容外科。
俺の名前は佐藤隆。42歳。昨日までは救命救急センターの主任として、運ばれてくる命と向き合っていた。エレベーターの扉が開くと、そこには別世界が広がっていた。壁は淡いピンクとベージュ。待合室には柔らかな音楽が流れ、観葉植物が丁寧に並んでいる。
受付の女性が頭を下げた。
「佐藤先生ですね。山司部長がお待ちです」
部長室のドアをノックすると、低い声が返ってきた。中に入ると、白い髪の男が立ってこちらを見ていた。山司美容外科部長。この分野では名の通った人物だ。
「座ってくれ。まずはっきり言っておく。救命から来た医者がうちで何をしたいのか、俺には分からん。だがうちには美容の患者しか来ない。命を救う場所じゃない。そこを勘違いされちゃ困るからな」
穏やかな言い方だったが、言葉の端々に棘があった。俺は深く頭を下げた。
「勘違いはしていません。ここで学ばせていただきます」
部長室を出た廊下で、俺はしばらく壁に手をついて立ち止まった。医療事故。心臓手術中の判断ミスで患者が亡くなった。執刀していたのは大山裕二病院長の息子で救命の副部長。だが翌日、俺の元に届いた書類には、俺の名前が責任者として記されていた。
「悪いな、佐藤先生。親父の顔もあるんだよ」
あの日の大山の声が耳の奥にこびりついている。反論しようとした俺は、病院上層部の一言で封じられた。処分は美容外科への異動。それが飲めないなら辞めるしかない。俺は辞めなかった。辞めれば無実の証明もできなくなる。
「先生」
声をかけられて振り返ると、若い看護師が立っていた。
「高島ゆきと申します。今日から先生の担当につかせていただきます。救命での先生のお話、前から伺っていました。ここに来てくださって、私は嬉しいです」
俺は少し驚いて彼女の顔を見返した。
「そう言ってもらえると助かる。しばらく勝手が分からないから、色々教えてくれ」
「はい、よろしくお願いします」
こうして俺の新しい日常が始まった。患者の相談、経過観察、カルテ管理。救命の現場とは何もかもが違う。
異動して2週間。その日の予約表にいくつかの名前が並んでいた。
「先生、次の方、少し変わっていて帽子とマスクで顔を隠していらっしゃるんです」
「有名人か何かか」
「多分そうだと思います」
診察室のドアが開いた。入ってきたのは深く帽子をかぶった女性。上品な白いコートに大きめのマスク。ただ者ではないことを告げていた。女性は静かに帽子とマスクを外した。見覚えのある顔だった。テレビや雑誌で何度も見ている白石裕子。35歳、日本有数のIT企業を率いる女性経営者。経済誌の表紙を何度も飾っている、あの白石裕子だ。
「本日はどのようなご相談でしょうか。カウンセリングからお伺いします」
裕子は椅子に腰を下ろしたまま、俺の顔をじっと見つめていた。返事がない。
「白石さん、どこか気になる部分がおありですか」
その時、彼女の目から涙が一筋流れた。ぽろりとこぼれるように。何も言わないまま、裕子は微笑んだ。
「やっと会えました」
その声は震えていた。俺は言葉を失った。美容の相談で来た患者が、目の前でこんな表情を見せることなど、あるはずがなかった。
「失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」
裕子は静かに頷いた。
「ずっとお会いしたかったんです」
記憶を辿った。だが思い当たる場面は何もない。経営者との接点など俺にはない。
「申し訳ありません。私の記憶違いかもしれない。どこでお会いしたか教えていただけますか?」
「先生は覚えていらっしゃらないと思います。私もこうしてお会いできる日が来るとは思っていませんでした」
彼女は膝の上で両手を握りしめていた。診察室にしばらく静かな時間が流れた。
「今日は施術の相談で来たわけではないんです。ただ、この形でしか先生にお会いする方法が思いつかなかった」
「白石さん」
「勝手なお願いだと分かっています。少しだけ私の話を聞いていただけませんか?」
俺は顔を上げた。彼女の瞳の奥に、ただならぬものが宿っていた。
「分かりました。時間は取ります。お話しください」
裕子は小さく頷くと、ゆっくりと話し始めた。
「私、少しずつ記憶をなくしているんです」
その言葉に俺の手が止まった。
「15年前、交通事故に遭いました。その後遺症だと最近になって診断されました。進行性の記憶障害だそうです」
「進行はどの程度で?」
「日によります。最近の会話が抜け落ちる日もあれば、朝食べたものを忘れる日もあります。まだ、大事なことは覚えていられます」
「まだ」という言葉に、彼女は自分で傷ついたように目を伏せた。
「全部を忘れてしまう前に、どうしてもお会いしたい方がいたんです。それが先生でした」
俺は息を飲んだ。理由がどうしても分からない。
「15年前、救命救急センターで瀕死だった私を救ってくださった研修医の先生がいました。それが佐藤先生です」
その言葉は俺の胸を強く打った。研修時代。毎晩のように運ばれてくる患者。名前も顔も覚えていない無数の命。その中の一人だと彼女は言っている。
「本当に申し訳ない。私はお顔を思い出せません」
「いいんです。先生にとってはたくさんの患者さんの一人ですから」
彼女は微笑んだ。俺は席を立った。
「少しだけお時間をください。カルテで確認します」
裕子は静かに頷いた。一室に戻り、俺は書庫の奥から段ボール箱を引き出した。15年前の記録。自分が研修医だった年のカルテが埃をかぶって眠っていた。一枚一枚めくる指が、いつの間にか震えていた。
見つけたのは下から二冊目のファイルだった。白石裕子、20歳、交通事故による多発外傷。担当の欄には指導医と並んで俺の名前があった。俺自身の筆跡でこう書いてある。
「意識回復。涙を流し礼を述べる」
思い出した。病室のベッドで包帯だらけの少女が笑ったこと。「ありがとう」と掠れた声で言ったこと。だが顔は、靄のかかった夢のように輪郭がぼやけていた。
俺は診察室へ戻った。
「白石さん、あなたを覚えていなかったこと、大変すみませんでした」
俺は深く頭を下げた。
「カルテを確認しました。あの日、あの夜、私が担当した患者さんにあなたのお名前がありました」
裕子の目にまた涙が浮かんだ。
「よかった。先生に辿り着けて。本当に良かった」
彼女はそう言って両手で顔を覆った。診察室の時計が静かに午後5時を告げていた。
翌週の午後、裕子は再び診察室を訪れた。
「先生、白石先生をお通ししました」
「ありがとう。今日は少し長くなるかもしれない。次の予約との間を開けてくれるか」
「はい、承知しました」
裕子は椅子に座ると、膝の上に小さな手帳を置いた。黒い革の、少し古びた手帳だ。
「先生、今日は私のことを少しだけ聞いていただけますか?」
「もちろん、時間は気にしなくていいです」
裕子は手帳をそっと開いた。中には細かな文字がびっしりと書き込まれていた。
「これ、日記のようなものなんです。忘れないように、大事だと思ったことを書いています」
その最初のページには、大きな字で一行だけ書かれていた。
「命を救ってくれた先生、佐藤隆」
「事故の後、私は1年ほど入院しました。退院してから父の会社を手伝い始めて、気がつけば自分で会社を作っていました」
「白石さんの会社は確かIT関連の」
「はい。社員は今700人を超えました」
淡々と語る声だった。
「苦しい時はいつも先生の顔を思い浮かべていました。あの夜、意識が戻った時、白い光の中に若い先生の顔がありました。汗だらけで目が真っ赤で。『よく頑張ったな』って、そう言ってくださったんです」
「私がそんなことを」
「はい。私、あの言葉に何度救われたか分かりません」
俺は自分の手のひらを見つめた。研修医の頃の記憶は、今ではほとんど断片でしかない。毎晩患者を送り、また運び込まれて、仮眠室で泥のように眠った日々。
窓から差し込む光が、裕子の方を照らしていた。
「先生、今日はもう一つお伝えしたいことがあって参りました」
「何でしょう?」
「先生がこちらの科に移動されたご事情のことです」
心臓が一つ、大きく打った。
「なぜあなたがそれを」
「3ヶ月前のあの日です。私、この病院に来ていたんです」
裕子は手帳のページをめくった。そこには短いメモが書かれていた。
「定期検査で脳神経内科を受診していました。帰りにエレベーターの前で少し休んでいたんです。その時、白い男性が二人、廊下の奥で話しているのが聞こえました」
「二人?」
「一人は大山裕二先生でした。テレビで見たことがあったのですぐに分かりました。もう一人は院長の方だと思います」
俺は身を乗り出した。
「大山先生はこう言っていました。『責任者は佐藤にしておけ。カルテはもう直してある』と」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で何かが弾けた。握りしめた拳が震えた。
「私、その場では意味が分かりませんでした。ただ『佐藤』という名前だけが心のどこかに引っかかっていて。家に帰って手帳を見返して気づいたんです」
裕子は手帳の別のページを開いた。そこには15年前の記事の切り抜きが貼られていた。小さな地方紙の記事だ。取材に応える研修医の名前は、佐藤隆と記されていた。
「私、あの日初めて先生が今もこの病院にいらっしゃると知ったんです」
裕子は真っ直ぐに俺を見た。
「私一人の証言では、大山先生には叶わないと思ったんです。私は経営者ですが、この病院とは何の関わりもない外の人間です。しかも記憶障害を抱えています。私の言葉なんて法廷では証拠も同然だと」
「そうかもしれない」
「だから迷いました。3ヶ月迷いました。でも……」
裕子は手帳を胸に押し当てた。
「昨日、私、朝ご飯に何を食べたか思い出せなかったんです」
その声がわずかに震えた。
「怖くなりました。このままだといつか、先生に助けていただいたあの夜のことも忘れてしまう。大山先生の声を聞いたあの日のことも忘れてしまう」
「白石さん」
「忘れる前に、真実だけは伝えたいと思ったんです」
彼女は、消えていく自分の記憶と競争している。その中で俺の名前を守ろうとしている。
「ありがとう。あなたのその言葉だけで、私は十分報われる」
「いいえ、先生。証言します。私、必ず病院の調査委員会で証言します」
その声には迷いがなかった。
その日から、裕子は週に一度診察室を訪れるようになった。名目上はカウンセリング。だが彼女がしていることは、記憶の整理だった。彼女は毎回手帳を開いて、前回話したことを俺に読み上げてもらう。確認して、また閉じる。
ある日、彼女は診察室に入るなり、少し戸惑ったような顔をした。
「先生、すみません。今日ここに来る途中で、なぜ来るのか一瞬分からなくなってしまって」
「手帳は見ましたか?」
「はい、手帳を見て思い出しました」
俺は静かに頷いた。
「昨日は母の顔が思い出せませんでした。写真を見てようやく母だと分かりました」
その声には、諦めではなく悲しみがあった。
「白石さん」
「はい」
「無理をして証言する必要はないんです。あなたの体と記憶の方がずっと大事だ」
裕子はゆっくりと首を横に振った。
「先生、私、忘れたくないことがあるんです」
彼女は手帳の最初のページを開いた。「命を救ってくれた先生、佐藤隆」。あの一行を指でそっとなぞった。
「他のことは全部忘れてもいいんです。母のことも、会社のことも、いつか思い出せなくなるかもしれない。それは仕方のないことだと受け入れています」
俺は黙って聞いていた。
「でも、先生に助けていただいたことだけは忘れたくないんです。あの夜のことだけは、最後の最後まで覚えていたいんです」
裕子の頬を涙が伝った。
「だから証言させてください。忘れてしまう前に、この記憶をちゃんと形にしておきたいんです」
俺は机の上の自分の手を見た。15年前、この手で確かに一人の命を繋ぎ止めた。その命が今、逆に俺を救おうとしている。
「分かりました。あなたの言葉を私は受け取ります。そして私があなたを支えます」
裕子は目を見開いた。
「証言の後、記憶がどうなろうと、私はあなたのそばにいます。忘れられても、何度もあなたに会いに行きます」
裕子は口元を押さえて、しばらく俯いていた。やがて顔を上げると、静かに微笑んだ。
「先生、ありがとうございます」
窓の外で街路樹が風に揺れていた。俺は心に誓った。この人を絶対に守る。
調査委員会が開かれたのは、冷たい雨の降る木曜日だった。大学病院の会議室。中には病院長、副院長、外部の弁護士、そして大山裕二がすでに座っていた。
「佐藤先生」
振り返ると、山司部長が廊下の向こうから歩いてきていた。
「白石さんは控え室にいらっしゃる。だいぶ緊張されているようだ」
「ありがとうございます。山司先生こそ。今日は御足労をおかけします」
「何、うちの若い医師の名誉の問題だ。当然のことをしているだけだ」
室に入ると、裕子は椅子に座っていた。膝の上にはいつもの黒い手帳。俺の顔を見ると、彼女はほっとしたように微笑んだ。
「先生、今日、私ちゃんと覚えています。全部覚えています」
「無理はしなくていい。手帳を読み上げてもらっても構わないと委員会には伝えてあります」
「いいえ、自分の言葉で話します」
彼女は手帳をぎゅっと胸に押し当てた。
「隣にいます。ずっと隣にいます」
裕子は小さく頷いた。会議室の扉が開かれ、裕子が呼ばれた。
中央の席に座る大山の顔がちらりとこちらを見た。その目に一瞬、動揺が走った。彼は明らかに、証言者が誰であるかを聞かされていなかった。
裕子はゆっくりと歩み、証言台に腰を下ろした。
「白石裕子と申します。IT企業を経営しております。本日は3ヶ月前にこの病院で目撃したことをお話しさせていただきます」
彼女の声は震えていた。
「3ヶ月前、私は診察を受けた後、4階のエレベーターホールで休んでおりました。その時、廊下の奥で二人の男性が話しているのが聞こえました。一人はそちらにいらっしゃる大山裕二先生でした」
大山の顔がみるみる強張った。
「委員長、この方は」
「大山先生、ご静粛に」
裕子は怯まなかった。
「大山先生はこうおっしゃいました。『責任者は佐藤にしておけ。カルテはもう直してある』と。私はその場でメモを取り、日付とともに手帳に記録しました。こちらがその手帳です」
「待て。この女性は記憶障害だと聞いている。そんなものの証言に何の価値がある?」
その声が響いた瞬間、会議室の空気が凍った。裕子は静かに顔を上げた。
「はい。私は進行性の記憶障害を患っております。ですから忘れてしまう前に、こうして記録を残しています。手帳のこのページには、あの日のうちに書いたメモがあります。筆跡鑑定でも、日付の確認でも、いくらでもお調べください」
彼女は手帳を委員長に差し出した。委員長は手帳を受け取り、ゆっくりと目を通した。
「大山先生、3ヶ月前の当該手術のカルテを改めて内部監査に回します。デジタル記録の修正履歴も含めて、全て確認させていただきます」
大山の顔から血の気が引いていった。
一週間後、俺は病院長室に呼ばれた。デスクの向こうに座る病院長は、深く頭を下げた。
「佐藤先生、この度は本当に申し訳なかった。カルテ改竄の事実は内部監査で確認された。大山裕二は懲戒解雇。俺の無実が証明された。そして救命救急センターへの復帰を要請された」
俺はすぐに返事ができなかった。胸の奥がざわついた。美容外科に戻り、部長室のドアを叩いた。山司は書類から顔を上げた。
「戻れることになったか?」
「はい。ご相談したくて」
「佐藤先生、あなたが来た日のことを今でも覚えている。俺はあなたに随分冷たい態度を取った」
「いえ、当然のことでした」
「違う。俺は救命出身の医者をどこかで見下していたんだよ。命を扱う現場から来た人間が、美容の世界を軽く見るのだろうと勝手に決めつけていた」
山司は立ち上がり、俺を真っ直ぐに見た。
「だがあなたは違った。しわの相談に来た夫婦にも、二重の相談に来た学生にも、同じ真剣さで向き合っていた。俺はあなたの背中を見て、自分のこの仕事をもう一度誇りに思えるようになったんです」
「山司先生」
「美容外科に来てくれたからこそ、あなたが本当に患者を思う医師だと分かった。だから胸を張って送り出す」
山司は右手を差し出した。俺はその手を両手で握り返した。その手のひらの温かさが、じわりと胸に染みた。
その日の夕方、俺は病院のロビーで白石高史と会った。裕子の父。70歳、IT企業の創業者にして、今は会長を務めている。彼は裕子と並んで座り、俺の姿を見つけるとゆっくりと立ち上がった。
「佐藤先生」
彼は深く、深く頭を下げた。
「15年前、あなたに娘を救っていただいた夜のことを、私は忘れたことがありません。あの夜、私はあなたに何度もお礼を申し上げたはずですが、いくら言葉を尽くしても足りませんでした」
「頭を上げてください、白石さん」
「今日ようやく、この15年間の恩を正しくお伝えできる日が来ました。娘の命をありがとうございました。そしてこの度は、娘の証言を受け止めてくださってありがとうございました」
彼はそう言ってもう一度頭を下げた。その隣で裕子も同じように頭を下げていた。俺はしばらく何も言えなかった。
俺が美容外科を去る日、裕子は最後の診察に来ていた。診察室の椅子に座った裕子は、少し困ったような顔で俺を見上げた。
「先生、すみません。今朝、手帳を見てきたんですが」
彼女は手帳をそっと開いた。
「先生のお名前が一瞬思い出せなかったんです」
俺はゆっくりと椅子を彼女の正面に寄せた。
「でも、この行を見て思い出しました」
「命を救ってくれた先生、佐藤隆」
彼女は指でその文字をなぞった。
「私、これからも少しずつ忘れていくと思います。今日のことも、いつか忘れてしまうかもしれません」
「白石さん」
「でも、また先生に会いに来ます。何度忘れても、また会いに来ます」
彼女は真っ直ぐに俺を見た。澄んだ、静かな瞳だった。
「その時は、また『初めまして』から始めよう」
俺は微笑んだ。
「何度でも『初めまして』から始めればいい。俺はいつでもここにいます」
裕子は静かに頷いた。そしてふわりと微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥で何かがすっと開いた。
15年前の病室。包帯だらけの少女がベッドの上で掠れた声でありがとうと言った、あの顔。ずっと靄のかかった夢のようにぼやけていた、その輪郭が今、はっきりと俺の中に浮かび上がった。目の前の裕子と、あの日の少女がようやく一つに重なった。
裕子は立ち上がり、深くお辞儀をした。
「先生、今日までありがとうございました」
「こちらこそ。また必ず会いましょう」
彼女はドアの前で一度振り返り、もう一度微笑んで、静かに出ていった。一人になった診察室で、俺は自分の手のひらをじっと見つめた。



