「失礼します」
部長会議の扉を閉めた瞬間、胃嵐し部長が声をかけてきた。
「部長、大丈夫ですか?」
「え?ああ、はい。お気遣いありがとうございます」
実は、さっきまで私は無視されていた。部長会議の冒頭から、中西部長と織田部長は私の発言をすべて遮り、私をまるで空気のように扱った。そして最後に言われたのが「大卒の3人だけで話しましょう」だった。
私は高卒だ。この会社で唯一の高卒の部長。
中西部長は私のことを一方的に敵視している。5年前、彼が推していた外部のシステム会社を、私が調査して欠陥を暴き、契約を潰したからだ。彼はそこからキックバックを受け取る予定だったらしい。以来、会うたびに嫌味を言われ、「高卒で何の後ろ盾もないくせに生意気なんだよ」と胸ぐらを掴まれたこともある。
そして今回、中西部長はシステム部の予算を30%削減する提案を部長会議に出してきた。理由は「コスト最適化及び業務効率化」。だが、削減対象には月1回のサーバー保守作業も含まれていた。
まるで、俺にログを見させないためじゃないか——そう直感した。
さらに数日後、車内で「システム部が社員の個人情報を盗んで閲覧している」という噂が流れ始めた。当然、予算削減が決定しやすくなるようにするための流れだ。部下たちも不安な表情を見せ始め、内部分裂寸前だった。
どうすればいい。私は頭を抱えた。
そんな時、胃嵐し部長——経理部の女性部長が声をかけてきた。彼女は今年から社内相談窓口を担当しており、「遠慮せず何でも話してください」と言ってくれた。彼女自身、27歳までアメリカで過ごし、アジア人というだけで偏見の目に晒された経験があるという。私は彼女にすべてを話し、ある計画を提案した。
「経理部のあなたにしか頼めないことがあります。協力してくれませんか?」
彼女は驚いていたが、最終的に頷いてくれた。
それから1ヶ月後。全体会議の日。
私は各部署の長が集まる会議室でマイクを握った。スクリーンに資料を映し出す。
「システム部では、サーバーを監視するアラートシステムの運用をしています。1ヶ月前の保守点検であるログを見つけました。営業部の経費証憑ログです」
中西部長が目を丸くする。
「証憑のタイムスタンプが物理的にありえない順序になっているんです。承認者のIDと日時が刻まれ、暗号技術で後から改ざんできない仕組みです。つまり、誰かが意図的に手を加えたということ。普通なら承認されない経費を通す必要があったからです」
続けて胃嵐し部長が口を開く。
「経理部で3年分の記録を確認したところ、実態のない費目と判明しました。これは営業部の年間交際費予算の38%に相当します」
会議室がざわめいた。
「システムのエラーだ!そうに決まってる!」中西部長が顔面蒼白で立ち上がる。
「システム部には怪しい噂があると聞いたぞ!社員の個人情報を閲覧しているらしいじゃないか!」
「その噂を流したのもあなたではないですか?」
私はマイクを握り直し、まっすぐ中西部長を見た。
「システム部の保守作業への不審感を広め、予算削減への流れを作るための噂だったんでしょう」
中西部長が息を飲む。
「今はその話は関係ありません。俺たちが話しているのは、あなたの部署の実態のない費目についてです」
他の部長も「内部長の言う通りだ。話をそらそうとしているのか」と追い打ちをかけた。
その隙に、私は決定的な証拠を突きつけた。
「この3年間で計上された金額はおよそ400万円。そして、中西部長と織田部長が連名で提案したシステム部の予算削減額も同じく400万円です。この金額が偶然一致するとは考えにくい。削減額を不正経費に合わせて設定したのではないですか?」
織田部長にも視線が集まる。
さらに、胃嵐し部長が織田部長を見て言った。
「総務部にも怪しい経費の計上が確認されています。私の方でまとめてきました。今から1つずつ提示しますので、詳細を説明していただけますか?」
2人は完全に追い詰められた。
すると、営業部の係長が震えながら手を上げた。
「お、俺、中西部長に脅されてました……」
彼は中西部長と同じ大学出身で、派閥の一員だった。
「派閥の飲み会で、実態のない経費を計上するように言われて……断れる雰囲気じゃなかったんです」
「お前!?」
中西部長が困惑の声をあげる。それを皮切りに、エリート軍団の何人かが次々と手を上げた。
「俺も同じです」
「俺も中西部長に言われてやりました」
「逆らえなかった……」
中西部長と織田部長は脂汗を滲ませながら、仲間たちを見つめる。
「これは明らかに横領ですね」と胃嵐し部長。
人事部の最年長部長がゆっくり立ち上がった。
「中西君、残念だよ。今回の件、私から清水社長に報告しておこう」
「そ、そんな!待ってください!」中西部長がすがりつこうとするが、人事部長はその手を払いのけた。
「み、皆さん、こんな奴の言うことを信じるんですか?こいつは高卒で学歴も後ろ盾もないやつですよ!」
「そうだ!俺と中西部長を嵌めるための捏造だ!」
織田部長の主張に、その場にいた全員が呆れた表情を見せた。
「捏造したとして、俺に何のメリットがあるんですか?俺を貶めたがっているのはあなたたち2人の方ですよね。5年前、中西部長が推していたシステム会社の不備を暴き、部長の懐に入るはずだった契約の報酬をなかったことにした。高卒の俺にやられて、プライドを壊されて、ずっと逆恨みしていたんでしょ」
2人が俯く。
私は続けた。
「うちの部署の予算削減をしようとしたのは、清水社長への代替わりで影響力が弱まり始めた頃から続けてきた不正を隠すためだったんですか?保守作業をなくせば俺がログを見る機会もなくなり、不正が露呈する心配もなくなる。だから部長会議で予算削減を提言しようとしたんですね」
中西部長の顔が歪む。当たりだった。
「呆れた。2人とも部長の器じゃありませんね」
私の言葉に、全員が同意した。
織田部長は椅子に座り、両手で顔を覆った。中西部長は足に力が入らなくなったのか、その場に膝をつき、絶望の表情で床を見つめていた。
その後の社内調査で、2人の横領が認められた。中西部長と織田部長は解雇。加担したエリート軍団の社員たちも解雇され、他のメンバーも関与の度合いに応じて厳しい処罰を受けた。
織田部長は資産を売却しても補填資金が足りず、路上生活寸前だという噂を聞いた。中西部長はさらに悲惨で、資産をすべて失い、妻から離婚を突きつけられ、子どもの親権も失ったとのこと。同情する者は誰もいない。
一方の私は、清水社長からセキュリティ強化を命じられ、忙しい毎日を送っている。
「予算は増やす。人員も必要なら言ってくれ」
清水社長の期待に応えるため、私は今日も全力で仕事を頑張っている。



