グリーン車で出張帰りのビールを味わおうとした瞬間、20年前に「貧乏人」と侮辱して振った元カノが隣の席に現れた。彼女は今も変わらず俺を見下し、夫と一緒に「貧乏な家の人は貧乏なままなんだよね」と笑い続けた。何も言い返せず、ただ頭痛を我慢していた。仕返しなんて考えもしなかった。ただ、静かにしてほしいだけだった。ところが、その直後、車内に響き渡った「医者の方はいらっしゃいませんか?」というアナウンス…

グリーン車で出張帰りのビールを味わおうとした瞬間、20年前に「貧乏人」と侮辱して振った元カノが隣の席に現れた。彼女は今も変わらず俺を見下し、夫と一緒に「貧乏な家の人は貧乏なままなんだよね」と笑い続けた。何も言い返せず、ただ頭痛を我慢していた。仕返しなんて考えもしなかった。ただ、静かにしてほしいだけだった。ところが、その直後、車内に響き渡った「医者の方はいらっしゃいませんか?」というアナウンス...

新幹線のグリーン車で幕の内弁当を開けようとした瞬間、俺は聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返ると、そこには高校時代の元カノ・マヤが立っていた。20年ぶりの再会。だが、その表情はかつて俺を「貧乏人」という理由で振った日と何ひとつ変わっていなかった。

「え、ハルトじゃない。久しぶり。元気そうで何よりだよ」

愛想笑いを浮かべながら俺は弁当に目を落とした。もう二度と関わりたくない相手だ。それなのに、マヤは隣の席に座ると、早速あの頃と同じ口調で言い放った。

「なんであんたみたいな貧乏人がグリーン車に乗ってるの?」

俺は過去を思い出していた。高校時代、家庭は決して裕福ではなかったが、母と二人で暮らしながらバイトをして、彼女の望むものは何でも買ってやっていた。デートも、プレゼントも、できる限りのことはしたつもりだった。だが、進学を諦めて就職を選んだ時、マヤは「やっぱり貧乏な家の人は貧乏なままなんだよね」と言って、あっさり俺を振ったのだ。

卒業式の日に言われた言葉が、今も耳に残っている。

「私は貧乏になりたくないから。じゃあね」

それから20年。俺は地元の中小企業に入り、仕事を任されるようになり、出張も増えた。今日はせっかく頑張ったご褒美に、グリーン車でちょっといい弁当とビールを楽しむつもりだったのだ。

「ねえ、聞いてる? あんたみたいな人がグリーン車なんて笑えるわよ。高卒で地元の小さい会社に勤めてるんでしょ?」

マヤは遠慮なしに話し続けた。後ろから現れた夫らしき男性も、ニヤニヤしながら隣に座る。

「ああ、高校の時の元彼? 前に話した貧乏なやつ」

「どうも」

俺は反論する気にもなれず、黙って弁当を食べようとした。だが、マヤは止まらない。

「私たち、休暇で高級ホテルに泊まってきたの。夜景の見えるレストランが本当に最高だったわ。あんたには一生できない旅行ね」

「写真見せてあげようか。貧乏人がこんな景色見ることないでしょう」

夫もそれに乗っかって笑う。

「本当にこんな貧乏人と別れてよかったな」

周りの乗客も迷惑そうに視線を逸らしていた。俺は頭痛を覚えながら、あとどれだけ我慢すればいいのかと考えていた。その時だった。

「どなたか、この中に医者の方はいらっしゃいませんか?」

前方の座席から、緊迫した声が響いた。俺は反射的に立ち上がり、その場所へ駆け寄った。そこには、車内販売のカートを前に倒れ込んだ男性がいた。机の上には、俺が買ったのと同じ幕の内弁当が置かれ、食べかけの煮物が見えた。

「詰まらせた可能性が高いです。処置します。スペースを開けてください」

俺は背中をさすりながら、ゆっくりと息を吐かせた。何度か繰り返すと、男性の呼吸が戻り、コロッと喉に詰まっていた物が出てきた。一安心した瞬間、車内から拍手が巻き起こった。

「助けてくれてありがとうございます…」

男性は息を整えながら立ち上がると、マヤとその夫をじっと見つめた。

「さっきから永遠と人を馬鹿にする言葉が聞こえてきて腹が立っていたんだが、まさか君たちだったとはな」

マヤたちは顔面蒼白になった。その男性は、二人が勤める大手IT企業の役員であり、直属の上司だったのだ。

「困っている人を助けてくれた恩人に対して、君たちは何て言葉を浴びせていたんだ。公共の場で会社の恥だ。処分は確実に下すから覚悟しておけ」

マヤは必死に言い訳をした。

「そんな、役員だなんて思っていなかったから…」

「いなかったら何をしてもいいのか?」

役員は冷ややかに言い放つと、俺に名刺を求めてきた。俺は差し出した。

「後日、一度診察に来てください。念のため検査しておきましょう」

名刺には「大学病院」の文字。そして医師・新山と書かれていた。マヤはその名刺をまじまじと見つめ、言葉を失った。

「夢である人の命を救える仕事ができているんだから、貧乏人って言われたって何とも思わないよ」

俺がそう言うと、車内から再び拍手が湧き上がった。マヤと夫は、周囲の冷たい視線を浴びながら、足早に席へ戻っていった。

あれから後日、役員は病院に足を運んでくれた。検査結果を伝えると、彼は深々と頭を下げた。

「あのまま助けてもらえてなかったら危なかったです。本当にありがとうございました」

「あの2人は懲戒処分になり、地方の出張所に移動になりました。それに、あの時の騒動が動画で撮られていて、ネットで拡散されたんですよ。会社も特定されてね。モラル上の問題として、厳重な処分が下された」

「ネットの世界は怖いですね」

「あなたは見ないんですか?」

「SNSはあまり。医学的な内容のものは見るようにしていますが」

「それは珍しい。うちの社員たちも見習ってほしいくらいです」

役員が笑いながら言った。俺は一つだけ訂正したかった。

「モラルのなかった2人には持ち合わせていないかもしれませんが、あなたの会社にも必ず勉強熱心な社員がいるはずです。僕ではなく、その人を見つけて評価してあげてください」

「確かに。決めつけは良くないね。とにかく感謝しています」

役員はそう言って診察室を後にした。俺は患者さんに感謝される嬉しさを噛みしめながら、気を引き締め直した。次の患者を呼ぼうとした時、入ってきたのはかつてお世話になった会社の社長だった。

「術後の調子はいかがですか?」

「先生に社長って言われるとやっぱり変な感じだな。先生がしっかり手術してくれたおかげで、ばっちり回復しとる」

「それは良かったです。でも油断は禁物ですからね。では検査結果を確認していきましょう」

今目の前にいる社長が、俺の夢を後押ししてくれなければ、今の俺はなかった。働きながら医学部に通うことを許してくれたのも、バイトとして雇い続けてくれたのも、この人だった。俺はその恩を、少しでも多くの患者さんの治療として返していくために、今日も診察に励むのだった。

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