53歳の私は、ひそかに就活生のふりをして自社の子会社の面接を受けた。そこで出会った部長は、私の履歴書を見て鼻で笑いながらこう言った。「無職なの?その年齢で。日雇いのバイトでもやったら?」——もちろん、彼は私が本社の経営戦略室の責任者だとは知らない。不採用になった数日後、妻と高級レストランで食事をしていると、偶然その部長に遭遇した。彼は私を「紐生活がお似合いだ」と大声で侮辱した。その瞬間、妻が…

53歳の私は、ひそかに就活生のふりをして自社の子会社の面接を受けた。そこで出会った部長は、私の履歴書を見て鼻で笑いながらこう言った。「無職なの?その年齢で。日雇いのバイトでもやったら?」——もちろん、彼は私が本社の経営戦略室の責任者だとは知らない。不採用になった数日後、妻と高級レストランで食事をしていると、偶然その部長に遭遇した。彼は私を「紐生活がお似合いだ」と大声で侮辱した。その瞬間、妻が...

面接会場に入ると、私と同年代の面接官がだるそうに座っていた。その態度を見た瞬間、私の緊張は一気にほぐれた。ああ、これはダメだな。面接に来てくれている就活生に対して感謝の気持ちが全く感じられない。

面接官はこちらをまともに見ようともせず、席に座るよう指示した。部長の視線の先には私の履歴書があった。履歴書には今の地位が分かるようなことは書かれていない。家族構成も大まかにしか書かれておらず、履歴書だけでは私の正体がバレることはない。

「こんにちは。私は部長の北村だ。えっと、佐々木さん、あなたも53歳なんですね。」

鼻で笑いながら話しかけてきた。

「はい。」

「え、今無職なの?その年齢で無職って。」

私は腹立たしかったが、我慢した。本当なら今すぐ北村に「お前は首だ」と言ってやりたかった。

「はい。家族もいますので、最終就職先を探しているところです。」

北村は私の年齢が高いこと、無職と書いてあることについて激しくけなしてきた。

「生活に困っているからって、高い給料目当てにおじさんに来られても困るんだよね。日雇いのバイトでもやったら?まあ、この年齢じゃ無理だろうけど。」

私の方を見ながらニヤニヤしている。隣にいた他の面接官は申し訳なさそうにしているが、口出しできないようだった。本当にむかつく顔だなと思ったが、私は「そうですね」とだけ言って面接場を後にした。

まともに取り合ってもらえず、不合格だとその場で言い渡された。

私の名前は佐々木直樹。現在、大手化粧品メーカーの経営戦略室の出張をしている。元々は研究畑の人間で、化粧品の開発、研究を行っていた。新しい化粧品の開発が完了すると研究員全員で打ち上げに出かけ、また新しい開発に向け皆で一生懸命に研究に打ち込む。この研究所内の一体感も大好きだった。

私が働いている大手化粧品メーカーは、元々妻の父親が社長を務めていたが、私との結婚を機に妻が社長の座に着いた。そういった背景もあったので、私も経営に携わるようになり、研究職のポジションになった。

妻は非常に頭が良く、経営の才能があった。妻の主案により会社は順調そのもので、社長の仕事もやりがいのある仕事で楽しかった。部下が大きな成果を上げると皆で打ち上げに行き、皆で喜び、以前に所属していた研究室のようにアットホームな職場を目指し、日々頑張っていた。

今では部下が育ってきたため、社長と言っても会長のようなポジションとなっており、ほぼ引退生活を送っている状態だ。現在の生活に何の不満もないのだが、今の仕事が落ち着いていくにつれ、私は昔のように研究に没頭したいと考えるようになっていた。また、会社の肩書きなしに自分の力がどれだけ通用するのかも確認したかった。

ある休日、私は妻に相談を持ちかけた。すると、子会社として扱っている化粧品ブランドのうちの1つがあまり売れ行きが良くないとのことだった。原因はまだはっきりと分かっていないようだったが、売れ行きが良くないというのは会社の信用問題に関わる。私たち夫婦としても見過ごせない問題なのだ。

妻から「自分の実力を試したいなら、その子会社の現状把握も兼ねて面接を受けてみてはどうか」と提案された。私は面白そうだなと思い、採用面接を受けることにした。

普段はオーダーメイドのスーツを着るのだが、それでは目立ってしまうので、近所のデパートで新しくスーツとネクタイ、革靴、鞄を購入した。部屋でスーツの試着をしていると妻が入ってきた。

「なんだか私たちが出会った頃を思い出すわね。」と笑った。

「そうだなあ。あの頃は研究にしか興味がなかったな。懐かしいな。」

自分が就活生だった頃を思い出し、妻と一緒に笑い合った。私はこの年になって就活のような体験ができるとは考えても見なかったので、とてもワクワクしていた。妻に「行ったら遊びじゃないのよ」と叱られそうだったので、今の気持ちは黙っておくことにした。

妻の話では、最終面接はその子会社の部長が行うことになっているという。面接官と話せばその子会社の実態が把握できるのではないかとのことだった。面接官の服装や言動まで細かく見るようにと指示された。

まずは履歴書を準備し、子会社へ送った。書類審査はクリアし、次は集団面接。若者に初老の私が混ざっているのが何とも言えない違和感だった。面接官が入室した際には驚いた顔をしていたが、今までの私の経歴を見て色々と興味深々に質問をしてくれた。自分では手応えのある面接だったが、結果が届くまでなかなか緊張感があった。数十年ぶりに味わう気持ちだった。

2日後、自宅のポストに合格通知と最終面接の日時を知らせる手紙が届いた。自分の実力が認められたんだとすごく嬉しかった。

いよいよ面接当日。準備していたスーツに着替え、家を出る時に妻からこう言われた。

「頑張ってね、就活生さん。ちゃんと自分の仕事を忘れないようにね。」

そういえばすっかり目的を忘れていたと少し反省した。

最終面接は個人面接だった。集団面接の時とは違い、廊下で1人椅子に座って待っている時間がすごく長く感じた。早く呼ばれないかなと思っていると中から声が聞こえた。

「次の方、中へどうぞ。」

「はい、失礼いたします。」

面接会場に入ると私と同年代の面接官がだるそうに座っていた。その態度を見た瞬間、私の緊張は一気にほぐれた。ああ、これはダメだな。面接に来てくれている就活生に対して感謝の気持ちが全く感じられない。これがまず最初の印象だった。

私はこんな会社なら採用される若者たちはかわいそうだと、帰りの車の中で北村の顔を思い出していた。こんな面接をしているようではいい人材は採用できないし、業績が落ちているのはこの面接官である北村が原因だということはすぐに察しがついた。早く妻に話してあの会社の体制と部長をどうにかしないと。

妻が出張から帰ってくる数日間、1人で考えていた。

数日後、妻が帰宅したので私たちはお気に入りの高級レストランに行った。何から話そうか色々考えたが、久しぶりの2人での食事だったので、食事が全て終わったら話そうと心に決めていたのだが。

「この前の面接なんだけど、あの子会社は部長の北村がいる限り業績が良くなることはないと思う。」

美味しい食事を味わっている途中に、私はいつの間にか面接の件を詳しく話し始めていた。自分が思っていた以上に腹に据えかねていたらしい。

「まあ、そんな社員がうちに、しかも役職にもついているなんて信じられない。この年であそこまで言われるとは思わなかったよ。」と軽く愚痴をこぼした。

デザートも食べ、一通り話し終えた後、そろそろ帰ろうかと話していた。

「ちょっとトイレに行ってくる。」

トイレのドアを開けると、手を洗っている人物がいた。後ろを通りすぎようとすると。

「あれ、どこかで会いましたよね。」

と男の声が聞こえた。私が振り向くと、なんとそこには北村が立っていた。

「今日はお1人ですか?」

「妻と一緒です。」

私はなんでこんなところにまで来て嫌な奴の顔を見なければならないのかと不快な感情を抑えて静かに話した。

「こんな高級レストランに来るなんて、奥様は相当稼いでいらっしゃるようですね。」

「はあ。」

私はこんなところで無駄な時間を使いたくないとその場を離れようと思い、ドアに向かって歩き出した。すると背中越しに北村が「紐のようなゴミ分がお似合いだな」と馬鹿にしてきた。

私はいい加減にしろと思いつつ、一旦冷静になり北村へこう言った。

「そうですね。せっかくですので妻を紹介しましょうか。」

「そこまで言うなら挨拶くらいしてやってもいいぞ。」

北村は妻のテーブルへ向かう途中でも私に嫌味を言ってきた。それは周りにも聞こえるようにわざと大声で話していた。

「お前が紐生活できるくらい稼いでいる奥さんに挨拶しなきゃな。」

テーブルに着くと、座っていた妻がゆっくりこちらに振り向いた。

「妻の真弓です。」

北村はさすがに妻が誰であるのか一目で分かったようだ。車内には妻がモデルを務めたアンチエイジングの化粧品のポスターが貼ってあるし、車内広報誌にも度々顔を出している。さらに役職についているとなると、妻の顔を知らないはずがないのだ。

北村は黙ってしまい、みるみる青ざめていく。手は震えているようにも見える。

すると妻が一言。

「紐のような生活がお似合いなのは、きっとあなたの方よ。」

大爆笑して皮肉たっぷりに行った。

「あ、あの、すみませんでした。」

北村は震えながら深々と頭を下げている。

「顔をあげなさい。謝罪をする相手を間違えているでしょう。謝罪が済んだらすぐに帰りなさい。空気が悪くなるわ。」

北村はこちらを向いて「すみませんでした」と勢いよく頭を下げた後、急ぎ足で帰っていった。

我が妻、かっこよかった。

「真弓、ありがとう。」

「私は妻として当然のことをしたまでよ。夫が恥をかかされたら、それ相応の対応をしないと。」

こいつだけは敵に回したくないなと思いながら家についた。

「これからまた子会社の調査や聞き取りで忙しくなるな。」

「労働環境をよくするのは社長として当然の義務よ。今まで気づかなかった私も悪かったし、皆に苦労させた分私も頑張るわ。」

妻はやる気満々だった。彼女はいい会社を作るためにはいい人材、いい労働環境が必須だと考えている。常々「社員に会っての社長だから」と話している。こういう社長だからこそ社員からの信頼も厚い。会社に顔を出した時に社員から取り囲まれる様子はまるで人気アイドルみたいだ。

私たち夫婦は大事な社員たちを守るために動き出した。まずは内部監査の部署に子会社の実態調査を依頼するため、私は妻から預かった依頼書を内部監査の役員へ見せた。もちろん面接の時の話もした。すると役員も「社長からの依頼とあって、1日でも早く結果報告できるように動きます」と言ってくれた。

数日後、監査役員が私の元を訪ねてきた。通常1週間以上かかる調査を早々に終わらせてくれた。

「失礼いたします。調査結果をお持ちしました。内容はとてもひどいものでした。」

「そうか。急いでくれてありがとう。」

調査結果はやはり思っていた通りのものだった。北村の高圧的な行為が横行し、自分より優秀な人材は採用しない。自分に意見する者はほすといったようなことをしていた。事前に履歴書を見て優秀だと判断されたものは書類審査の時点で落とされていた。

私はこれでは業績が落ちるのは当然だ。しかも優秀な社員は移動させられている。なんで今まで気づかなかったんだと猛省した。

一度だけ北村の暴挙に抗議した社員がいたようだが、逆に部長から執拗な嫌がらせを受けてしまい、体調を壊し退職してしまった。その光景を見ていた社員たちは声を上げることもできず、北村の指示に従うしかなかった。

「今中に社長にこの報告書を提出しておく。」

「ありがとう。」

その夜、私は妻に報告書を見せた。妻は何も言わなかったが、明らかに怒りの表情をしている。

「やっぱり。もう彼の処分は決まっているわ。明日は緊急役員会だから必ず出席してね。」

「わかった。」

翌日、朝一で緊急役員会が開かれた。妻が提案した北村への懲戒処分に反対するものはなく、役員会は30分ほどで終了した。

妻は「私が直接北村部長に今回の処分を伝えます」と言って子会社へ出向いていった。子会社へ着くと事前に連絡を受けていた社員が出迎えてくれた。その社員は何も知らされていない北村の元に妻を案内した。

「社長、今日はどうされたんですか?車内視察ですか?」

焦りながら話す北村へ向かってこう言った。

「あなたが今まで社員に対してやってきたことは懲戒処分に値する行為と見なされました。よって無期限の出勤停止を命じます。」

無言で俯いている北村。

「そ、そんな。家族もまだ養わないといけないし、もう少し感情的な処分を。」

「黙りなさい。あなたが不当に扱ってきた社員にも家族がいたんです。解雇にならなかっただけありがたいと思いなさい。」

北村はその場に力なく座り込んだ。

本社、子会社全ての系列会社へ北村の処分が発表され、北村は荷物をまとめてオフィスから出ていった。北村の部下たちは妻に感謝の気持ちを伝えたそうだ。泣いているものもいたらしい。それほど北村の高圧的な態度はひどかったのだ。

妻は社員たちに「今まで気づかなかったことを謝罪し、これからのあなたたちの活躍に期待しているわ」と言って会社を後にした。

1ヶ月も経たないうちに北村が退職を提出した。自分のしてきた行為が明るみになり、会社にも居づらくなったのだろう。退職はすぐに受理され、北村の退職が認められた。

私はこれで全てが終わったなととても清々しい気持ちだった。

ある休日に買い物していたら取引先の役員と偶然会った。我が社の情報もすでに取引先にも知れていた。そこで北村の名前が出たのだが、彼は現在奥さんの収入で生活しているそうだ。当時あれだけ私のことを紐生活だと馬鹿にしていたが、まさか自分が奥さんの収入に頼って紐生活を送ることになるとは思ってもいなかっただろう。次の就職先も見つからず相当落ち込んでいるらしい。

「ま、あの性格じゃ見つからないのも当然だろうな。」

「確かに。」

やはり人を落とし入れるようなことをすると自分に帰ってくるのだなと思った。

そして北村の後任として私が任命された。役職も部長級の商品開発室長となり、ずっとやりたかった研究にも携われることになった。ブランクもあり少し不安だったが、それ以上にまた研究ができるという嬉しさの方が勝っていた。

研究室の皆は私が役職者であることを知っているので初めはよそよそしかったが、研究を通して徐々に打ち解けてきた。

「部長。この化粧品、もう少し保湿力があった方がいいと思うのですが。」

「じゃあもう少し研究を進めてみよう。貴重な意見をありがとう。」

私は部下たちも自分の意見を言いやすくなるような環境作りを目指した。皆で1つの化粧品を作り上げるというのはとても時間がかかるし頭を使う作業だ。だが化粧品が出来上がりお客様からお褒めの言葉をいただくと、そんな苦労なんて全て吹き飛ぶ。そして研究員皆で喜びを分かち合う。これが私にとって至福の時なのである。

周りからは「デスクに座っていてください」と注意されるのだが、研究をしたくてずっとうずうずしていた私は研究室に入り浸っている。この子会社のブランド強化を頼まれているのでなおさら研究室から離れられない。こまめにミーティングを行い、サンプルが出来上がったら女性社員の意見を聞いてまた改良を行う。毎日この繰り返しだが、以前やっていた経営戦略室よりもはるかにやりがいを感じる。

「この化粧品が完成したらみんなでパーッと打ち上げに行こう。」

「はい!」

私の部署はいつも笑顔で溢れている。私が就任した後は売上も徐々に元に戻ってきている。これは社員たちの努力のおかげだ。この部下たちを守り育てていくため、北村を反面教師としてこれからも日々精進していこうと思う。

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