久しぶりに友人から合コンメンバーが足りないと頼まれ、仕方なく参加した週末の夜。指定された高級ダイニングバーの個室に通されると、そこには煌びやかなドレスアップした女性たちと、スーツを完璧に着こなした男がいた。俺の作業着姿を見た瞬間、場の空気が凍りつく。
「大輔、こいつ誰だよ。こんなん連れてくるなんて聞いてねえんだけど」
取引先の御曹司、日立院大和。彼の見下すような視線と言葉に、俺はただ苦笑いするしかなかった。女性たちも、まるで汚いものでも見るかのようにクスクスと笑う。
自己紹介の時間になっても、その空気は変わらない。俺が整備士だと名乗ると、大和はせせら笑いながら言った。
「整備士って普段どんな仕事してんの? この場の女性たちはさ、そういう泥臭い世界に触れる機会がないから興味あるっていうか」
その日の空気に耐えきれず、俺は早々に席を立つことにした。すると大和が追いかけてきて、駐車場で俺の車を見物すると言い出す。俺の車は、少し離れた場所に停めてあるフェラーリだった。
「なんでお前がこんな車に乗ってるんだ? 一体何者だよ」
エンジンをかけた瞬間、大和の顔色が一変した。俺はウィンドウを下ろし、淡々と語る。
「別に隠してたわけじゃないさ。俺はただ車の整備が好きで工場で働いてるだけだ。けど実は、自動車整備会社の社長でもあるし、産業廃棄物処理やら何社か経営に関わってる」
あれだけ大口を叩いていた大和たちは、その場で立ち尽くすしかなかった。
数日後、あの日のことが嘘のように、意外な人物が俺の工場を訪れた。合コンで見かけたお嬢様、姫川レナ。彼女は車の定期点検を俺に依頼したいと言う。いつもはディーラーに任せていたが、大輔から俺の仕事ぶりを聞いて、信頼できる人に見てほしいとのことだった。
作業中、彼女は控えめにこう語った。「シやさんが車をすごく大事にしている姿を見て、私も本当は何かにこだわってみたいって思ったんです。でも、大切にすればするほど、失うのが怖くなって」
母を病気で亡くした経験から、彼女は無意識に物事に執着することを避けてきたのだ。そして、この車には母の形見のパーツが組み込まれていることも教えてくれた。彼女の切実な思いに胸を打たれながら、俺は車の点検を進める。
すると、車体の裏側に不審なGPSトラッカーが貼り付けられているのを発見した。黙って外したその時だった。
「こんなところにいたのか」
工場の入り口に立っていたのは、大和だった。彼は悪びれもせず、あろうことかGPSを付けたのは自分だと認めた。
「お前に悪さをされないように見張ってただけさ。俺はお前の婚約者候補なんだぜ」
レナに向けられた歪んだ執着に、俺の中で怒りが燃え上がる。だが、レナは毅然とした態度で言い放った。「私はまだ、あなたを受け入れると決めたわけじゃない。ちゃんと考えたいの」
不満げに去っていく大和の背中を見送りながら、俺は密かに決意を固めた。この男に好き勝手はさせない、と。
あれから数日後、予想外の人物が工場に現れる。大和だった。「車の点検を頼みたい。最近調子が悪くて」
前の傲慢さが嘘のように、彼は頭を下げた。レナに嫌われたくないからだと言う。半信半疑で引き受けたものの、作業を進めていくうちに奇妙な違和感を覚える。どこか故意にいじられた形跡がある。
嫌な予感は的中した。試運転中、大和が立ち会う中で車は突然暴走した。ブレーキが効かず、ガードレールに激突する。命は助かったが、大和は勝ち誇ったように言い放った。
「どうやらわざと仕込んだ細工がちゃんと効いたみたいだな。ブレーキ周りをちょっといじらせてもらったんだよ。自業自得じゃないか」
混乱する中、大輔が駆けつける。すると大和は大輔に取引を持ちかけた。「この事故をなかったことにすれば、新規開発案件をくれてやる」
だが、大輔の反応は意外なものだった。彼はスマホを掲げ、録画していた動画を大和に見せる。そこには、大和が加害行為を指示し、俺への脅迫とも取れる言動をしている様子が全て記録されていた。
「今、全国の人たちがあんたの言葉を聞いてますよ」
大和は顔色を変え、怒鳴り散らしながらその場を去っていった。大輔は、長年大和に利用されてきたことを悔やみながら、今回ようやく立ち向かう決意を固めたのだ。
その後、動画はSNSで拡散され、大和の会社は大炎上。大和はグループの後継者候補から外され、事実上の降格処分となった。世間はこぞって大和を非難し、俺は「正義感の強い職人」として話題になっていく。
数日後、工場に駆けつけたレナは、涙で潤んだ目で俺に抱きついてきた。「無事でよかった。私、あなたを危険にさらすことになるんじゃないかって」
「誰のせいでもないさ。大和が勝手に暴走しただけだ」そう言って彼女の背中をさすると、レナは泣き笑いの顔で言った。
「これからは、レナって呼んで。シや」
あれから、俺の工場は以前にも増して忙しくなった。レナとの関係も少しずつ深まっている。俺は整備士として、経営者として、そしてレナを支える男として、誇りを持ってこの道を歩いていくつもりだ。



