「大学事務局から呼び出された時、私は退学を覚悟していました。すると担当者が言ったんです。『匿名の方が、卒業までの学費を全額負担してくださっています』と。支援者の名前は絶対に明かさない。それが条件でした。私はただ、いつかこの恩を医療の現場で返すと手紙を書きました。そして三十年後、私は執刀医として彼の娘の命を救うことになる。退院の朝、私はふと、その匿名の支援者の名前が気になってこう尋ねました。『…

「大学事務局から呼び出された時、私は退学を覚悟していました。すると担当者が言ったんです。『匿名の方が、卒業までの学費を全額負担してくださっています』と。支援者の名前は絶対に明かさない。それが条件でした。私はただ、いつかこの恩を医療の現場で返すと手紙を書きました。そして三十年後、私は執刀医として彼の娘の命を救うことになる。退院の朝、私はふと、その匿名の支援者の名前が気になってこう尋ねました。『...

成田に降り立った日の空は、冬にしては高く澄んでいた。七年ぶりの日本だ。スーツケースの車輪が空港のロビーに響き、迎えの車は都心の一等地にそびえる総合病院へと向かった。日本最高峰と謳われる医療の象徴のような場所で、俺は新設された外科部長として迎えられることになっていた。

俺の名前は早山浩司、四十四歳。ニューヨークとベルリンで十数年のキャリアを積み、難手術を数多く手掛けてきた。「奇跡の執刀医」などと呼ばれることもあったが、その呼び名は好きではなかった。奇跡なんてものは医療の現場には存在しない。あるのは準備と技術と、そして患者への誠実さだけだと思っている。

正面玄関で出迎えたのは事務部長と、数列の若手医師たちだった。案内された院内は想像以上のものだった。最新の手術ロボット、ハイブリッド手術室、海外でもなかなかお目にかかれない設備。これだけのものが揃っていれば、救える命はどれほどあるだろう。胸の奥が静かに熱くなった。

だが、廊下を歩くうちに別のものが目についた。医局の前を通りかかった時だ。白い医師たちが二、三人寄り集まって話していた。

「奥田先生の派閥に入っておかないと、来年の人事がどうなるか分かりませんよ」「教授の顔を立てておかないと」

患者の名前は一度も出てこなかった。聞こえてきたのは、肩書きと派閥と人事の話ばかりだった。胸の奥にざらついたものが残った。

部長室に通され、机に荷物を置く。ポケットから出したのは古びた財布だった。革は擦り切れ、角は丸くなっている。中には一枚の紙が入っていた。何度も開いたせいで折り目が白くなっている。それは二十数年前に届いた、匿名の支援者に宛てて書いた手紙の控えだった。

あの頃、俺は東北の片田舎から出てきた苦学生だった。親はなく、奨学金だけでは医学部の学費を払えなかった。退学を覚悟したある日、大学事務局から呼び出され、「匿名の方が学費を全額負担してくださっています」と告げられた。名前は決して明かさないでほしいというのが支援者の条件だった。俺はその恩人の顔も名前も知らない。ただ、いつかこの恩を医療の現場で返していきたいと書いた手紙の控えを、今日まで肌身離さず持っている。この擦り切れた紙が俺の原点だ。人々の笑顔を守るために、俺はここに帰ってきたのだ。

赴任から三日目の午後、第一回目の教授会が開かれた。大会議室の長机には十数人の教授と幹部が並んでいた。正面には白髪の男が腰を下ろしていた。外科教授の奥田常司。最大派閥の中心人物だと事務部長から聞かされていた。委員長の鈴木がゆっくりと口を開いた。

「本日は新人の外科部長、早山浩司先生をご紹介します。海外でのご経験をぜひ我が病院でも生かしていただきたい」

形式的な拍手がまばらに起きた。俺は立ち上がり、率直に話し始めた。

「早山です。本日は二点ほど提案させていただきたいことがあります。一つは海外で確立されつつある低侵襲の新しい治療プロトコルの導入。もう一つは、若手医師が早い段階で執刀経験を積めるよう指導体制を見直すことです」

室内の空気がわずかに動いた。教授たちの視線が一斉に奥田へと向いた。奥田はゆっくりと口を開く。

「早山先生、お言葉ですが、海外のやり方をそのまま日本の医療に持ち込む必要はないと私は考えております。我々には我々の歩んできた歴史があり、患者さんもその伝統を信頼して当院を選んでくださっている。伝統を否定するつもりはありません。ただ、救えるはずの命を画一的な判断のために見送るわけにはいかないと思っています」

「若手にすぐ執刀というのも危険な発想だ。順序というものがある。我が国の医療は、その順序を守ってきたからこそ世界に誇れる安全性を維持してきたのですよ」

他の教授たちが次々と頷いた。一斉に奥田に同調した。

「早山先生のご経験は素晴らしいが、現場を混乱させてはなりません。まずは当院の流儀を半年ほど見ていただいてからではよろしいのでは?」

俺は反論を飲み込んだ。会議が終わり廊下に出ると、教授たちは俺を避けるように離れていった。一人として声をかけてくる者はなかった。三日目にして、俺は病院の中で完全に孤立していた。

通路の隅で、一人の女性が挨拶をしてきた。五十前後の看護師だ。胸の名札に「白石」とあった。

「看護師長の白石でございます。先生のお話、廊下まで聞こえておりました。お聞き苦しいものをお聞かせしました」

「いえ。患者さんのことを真っ先に口にされる先生が来てくださって、私は嬉しく思っております」

俺は深く頭を下げた。まだ誰も信じてくれない。それでも、この医院に来た理由を思い出せば、引くわけにはいかなかった。

翌日のことだった。カンファレンスルームで若い医師が一人の患者の資料を読み上げていた。モニターに映し出されたCT画像を見て、室内は重い沈黙に包まれた。

「朝倉里美さん、三十四歳。複数の病院で手術は困難と判断されています。当院でも化学療法による経過観察が妥当と思います」

俺は手元の資料をめくった。紹介状が三通、画像データが五セット。どれも「手術不能」「適応外」の文字が並んでいた。若い医師が続ける。

「これは難しいな。下手に手を出せば病院の評判に関わります。ご家族にも緩和の方向でご説明するのが妥当かと思います」

俺は資料の最後のページを開いた。そこには患者本人が書いたと思われる短い文章が添えられていた。

「娘の小学校の入学式をどうしても見届けたい」

たった一行だった。俺は画像をもう一度丁寧に見直した。ベルリンで経験した同じような症例が脳裏をよぎる。俺は静かに顔を上げた。

「この患者さんは、まだ助けられる可能性があります」

部屋の中の視線が一斉に俺に集まった。奥田が眉をひそめる。

「早山先生、軽々しいことを言っては困る」

「軽々しくは申しておりません。画像を見る限り、腫瘍と血管壁の間に薄いが層が残っています。難しい手術になりますが、不可能ではありません。リスクはありますが、リスクのない手術はありません。だからこそ、患者さんとご家族の意思をまずは確かめさせていただきたい」

奥田は鼻で短く息を吐き、椅子の背にもたれた。他の医師たちは誰も口を開かなかった。俺は資料の表紙に書かれた名前をもう一度見た。朝倉里美。そして、緊急連絡先の欄に書かれた父親の名前を何気なく目で追った。朝倉次郎。聞き覚えのある名前ではなかった。ただ、その文字がなぜか胸の奥で小さく揺れた気がした。

帰国してまだ一週間も経っていないが、戦いはもう始まっていた。救えるはずの命を、絶対に見送るわけにはいかない。

朝倉里美の手術検討会は翌週の月曜に開かれた。大会議室に集められたのは各教授と病院幹部。正面のスクリーンには、俺が昨夜遅くまで作り直した手術計画書が映し出されていた。

「主要な血管と腫瘍の間には、わずかだが層が確認できます。海外で同じ条件の症例を四例、私自身が執刀し、いずれも長期生存に至っております」

説明を終えると、奥田教授が机を指でゆっくり叩いた。

「先生、海外で四例というのは、裏を返せばたった四例という意味でもある。我が国で、しかも当院でその手術を行う合理的な根拠とは言えませんな」

他の医師も声を出した。

「成功する保証がない手術に当院の名前をかけるわけにはいかないでしょう。責任は誰が取るのですか?」

反対意見が波のように押し寄せた。俺は一つ一つデータで返した。だが、誰の耳にも届いていないことは、空気で分かった。

「早山先生、これは技術の問題ではありません。病院の信用の問題ですよ」

委員長の鈴木がようやく口を開いた。額には薄く汗が浮いていた。

「早山先生のご熱意はよく分かりました。ですが、当院としては今回の手術は見送らせていただきます。化学療法での経過観察をご家族にご説明ください。これは病院としての決定です」

「委員長、もう一度だけお願いします。手術を行う場をください」

「早山先生、これ以上は……」

その日、俺は委員長室の前に三度立った。朝、昼、夕方。頭を下げ、計画書を差し出した。鈴木委員長は目を合わせようとしなかった。

翌日の午後、俺は朝倉里美の病室を訪ねた。ベッドの隣に、作業着姿の男性がいた。父親の朝倉次郎だった。

「早山と申します。外科の部長を務めております」

「先生のお話、看護師さんから伺いました。手術が難しいと」

里美は痩せていたが、目は澄んでいた。俺は正直に話そうと決めていた。

「病院としての結論は、化学療法での経過観察です。ですが、私は別の意見を持っております。手術で取り切れる可能性は十分にあると考えています」

「先生は、やってくださるんですか?」

「やらせていただきたいと思っています。ただ、リスクをきちんとお伝えした上で、お二人のお気持ちを伺いたいのです」

里美はしばらく膝の上で指を組んでいた。やがて、ベッド脇の小さな写真立てに目をやった。ランドセルを背負った、五歳くらいの女の子の写真だった。

「この子、来年の春に小学校に上がるんです。入学式の朝に、髪を結ってあげるって約束したんです。前の病院でもう難しいって言われた時、私は一度は諦めかけました。でも、この子の手を引いて桜の下を歩きたいんです。それだけが今の私の願いです」

俺は黙って頷いた。次郎がゆっくりと頭を下げた。

「先生、娘の命だけは諦めたくないんです。手術が難しいことも、お金のことも、何があっても構いません。どうか娘を助けてやってください。お願いします」

職人の太い指が震えていた。

「朝倉さん、必ずお嬢さんを桜の下まで連れていきます。私の持っているもの全部使わせていただきます」

病室を出ると、廊下の壁に手をついた。胸の奥が熱くなっていた。あの父親の頭の下げ方を、俺はどこかで知っている気がした。理由の分からない既視感だった。

ナースステーションの前で、白石看護師長が待っていた。

「早山先生、手術室のスタッフは私が責任を持って集めます。ベテランの器械出しと麻酔科、私自身も入らせていただきます」

「白石さん、これは病院の決定に反することになる。あなたまで巻き込むわけには」

「三十年、この手術室で働いてまいりました。患者さんを救うために来てくださった先生を、現場の人間が支えなくて誰が支えるんですか? 私は先生を信じます」

俺は感謝の気持ちでいっぱいだった。

その夜、俺はもう一度委員会室の扉を叩いた。

「委員長、最後にもう一度だけお話しさせてください」

「先生、私の立場も分かってください」

「分かっております。だからこそ申し上げます。すべての結果について、責任は全て私が負います。医師として、外科部長として、一切の責任を私一人で引き受けます」

鈴木はペンを置いた。

「早山先生、あなたは本当に患者さんのことだけを考えておられるんですね」

「これ以外に、医者がすべきことがありますか?」

長い沈黙の後、鈴木は小さく頷いた。

「執刀を許可します。ただし、最善の準備をお願いします」

「ありがとうございます」

翌朝、奥田教授は廊下で俺を呼び止めた。眉間に深い皺が刻まれていた。

「早山先生、私は最後までこの手術に反対です。失敗すれば、病院全体が傷を負う」

「ご意見、心に留めます。ですが、私は執刀します」

奥田は何か言いかけて、口を閉じた。

手術当日、手術室の扉が閉まったのは午前八時だった。白石看護師長を中心に選び抜かれたスタッフが、無駄なく動いていた。俺はメスを手にし、一度だけ目を閉じた。里美の写真の中のランドセルの少女が浮かんだ。

「では、始めます」

わずかな層をミリ単位で剥がしていく。時間の感覚は、途中から消えた。手術室の扉が開いたのは、夜の九時過ぎだった。十二時間を超える執刀の末、腫瘍は完全に摘出された。里美の容体は安定していた。

廊下で待っていた次郎が立ち上がった。俺は汗だくのまま深く頭を下げた。

「終わりました。娘さん、頑張ってくださいました」

次郎は声をあげずに泣いた。両手で顔を覆い、肩を震わせていた。

その夜遅く医局に戻ると、何人かの若手医師が立っていた。無言で、深く頭を下げてきた。廊下の奥から奥田教授が一度だけこちらを見て、すぐに目をそらした。何かが、確かに動き始めていた。

手術から三週間が経った。里美の回復は当初の予想を上回るほど順調だった。食事の量が増え、車椅子から歩行器へ、歩行器から自分の足へと変わっていった。退院の朝、病棟の廊下には淡い春の光が差し込んでいた。病室の扉が開き、里美が自分の足で出てきた。頬には血色が戻り、髪は丁寧に結われていた。その後ろから女の子が小走りに走ってくる。写真立ての中で見たあの子だった。

「ママ、ゆっくり歩いてね」

「うん。ありがとう」

白石が小さく俺の腕をついた。

「先生、あの親子が並んで歩く姿を見られただけで、私は看護師になってよかったと思いますよ」

里美の隣には父の次郎が立っていた。作業着ではなく、気の入ったジャケットを羽織っていた。俺の姿を見つけると、ゆっくりと近づいてきた。

「早山先生」

「お父様、よくここまで頑張られましたね」

「里美は……先生のおかげです。本当に、本当にありがとうございました」

次郎は深く頭を下げた。俺は慌ててその肩に手を添えた。

「お父様、頭をあげてください。私はただ、医者として当たり前のことをしただけです」

「いえ。当たり前のことを当たり前にしてくださる先生がどれほど少ないか、私のような者にもそれくらいは分かります」

その時だった。看護師の一人が書類を手に近づいてきた。

「朝倉次郎様、こちらにサインをお願いいたします」

朝倉次郎。その文字を、俺はもう一度頭の中で繰り返した。カンファレンスルームで初めて目にした時、胸の奥で小さく揺れたあの名前だった。町場の職人と看護記録にあった。東北の出だと看護師から聞いた覚えもあった。俺の手が無意識のうちに、胸ポケットの財布へと伸びていた。

俺は次郎を面会室へと案内した。向かい合って腰を下ろす。次郎はぽつりぽつりと話し始めた。

「先生、つまらない話を少しだけお聞きいただいてもよろしいですか?」

「もちろんです」

「私はね、東北の山合の小さな村の生まれでして。中学を出てすぐ東京の町工場に奉公に出ました。学問なんてものは、最初からありませんでした。それが悔しくて悔しくてね」

次郎は皺の寄った手を膝の上で組んだ。

「四十を過ぎた頃でしょうか。ようやく自分の工場を持ちましてね。ほんの小さな町工場ですが、おかげ様でなんとか食えるようになりました。その頃、女房と話しましてね。少しでも余裕ができたら、自分のように学ぶことを諦めかけている若い子にこっそり手を貸してやりたいと」

「支援をなさってきたんですか?」

「ええ。大した額ではありません。年に一人か二人、医学部や工学部の苦学生にこっそりと。名前を出すのがどうも心苦しくて、ずっと匿名で。もう三十年近くになりますかな」

俺の指先がわずかに震えた。内ポケットから、二つ折りの古い紙をゆっくりと取り出す。あの感謝状の控えだった。

「朝倉さん、一つだけお尋ねしてもよろしいですか?」

「はい。なんでしょうか」

「ご支援なさった学生さんの中に、東北の出身で、両親をなくした医学生はいらっしゃいませんでしたか」

次郎の表情がふっと止まった。

「一人、おりました。確か二十三、四年前です。大学の事務局から、退学しそうな子がいると聞きましてね。女房と相談して、卒業までの学費を全額お渡ししました」

俺は震える手で紙を開いた。そこには、俺自身の文字でこう書かれていた。

「ご支援くださった朝倉次郎様へ。いつかこの恩を、医療の現場で目の前の患者さんへお返ししてまいります」

事務局の方が「特別に」と教えてくれた支援者の名前。それは決して公表しないと、俺だけが胸に抱えてきた名前だった。

「朝倉さん、この名前をご覧いただけますか?」

俺は紙を次郎に差し出した。老眼鏡を取り出し、ゆっくりとかける。紙に視線を落とし、しばらく動かなかった。やがて、肩がかすかに震え始めた。

「先生、あなたは……あの時の早山君ですか?」

「はい。朝倉さんに学費を出していただいた、東北の医学生です。あの時、先生に医者にしていただいたのが私です」

二人とも、しばらく言葉がなかった。次郎は紙を膝の上に置き、両手で目を覆った。

「女房が……生きておれば、どんなに喜んだか」

「朝倉さん、ようやく、ようやく恩返しができました」

俺は椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。自分の頬を涙が伝っていた。

「あなたが学費を出してくださらなければ、私は医者になっていません。里見さんを助けることもできませんでした。三十年近く前のあなたの善意が、今日、娘さんの命を救ったんです」

次郎は何度も首を横に振り、それから何度も頷いた。その様子を、面会室の扉の隙間から二人の男が見ていた。委員長の鈴木と、奥田教授だった。白石看護師長がことの次第を、小さな声で二人に伝えていた。鈴木は眼鏡の奥で目を細めていた。奥田は腕を組んだまま、しばらく動かなかった。やがて、奥田は低い声で呟いた。

「私はね、鈴木委員長。あの先生のことをずっと海外の跳ね返りだと思っておりました。病院の伝統を乱す男だと。ですが……患者さんのためにここまで頭を下げられる医者を、私はいつから見なくなっていたのでしょう」

「奥田先生、私たちは肩書きと派閥を守ることばかりに気を取られておりました。患者さんの顔を、いつからまっすぐに見られなくなっていたんでしょうか」

二人の医師は、それきり何も言わなかった。

数日後、委員長室で鈴木は俺に頭を下げた。

「早山先生。この病院を、患者第一の医療を掲げる病院にもう一度作り直したい。お力を貸していただけませんか?」

「もちろんです。私一人ではできません。皆さんと一緒に」

奥田教授も後日、医局で短くこう言った。

「早山先生、若手の指導体制の件、もう一度一から議論させてください。私も加わらせていただきたい」

俺は深く頭を下げた。

その年の春、里見は約束通り娘の手を引いて桜の下を歩いた。入学式の朝、髪を結ってあげたと、後日届いた手紙に書かれていた。夜の医局で、俺は若手医師たちのレポートを読んでいた。机の端には、あの古びた財布が置かれていた。窓の外で町の明かりがゆっくりとまたたいていた。

あの夜、東北の片田舎で退学を覚悟していた一人の学生に、あの人が手を差し伸べてくれた。今度は、俺が手を差し伸べる番だ。

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