「中卒の妹は一族のお荷物」。義母は私を指さし、結婚式の参列者の前でそう叫んだ。誰もが息を呑む中、私はただ立ち尽くすしかなかった。見下すようなあの笑顔。私の料理を「中卒のバイトが作ったもの」と笑う声。武骨な兄と優しい義理の姉は、そんな両親に何度も反論した。でも義母は止まらない。「あなたみたいな人が身内にいるなんて、恥ずかしい」と。そして、彼女が私を一人席に追いやった、柱の影で。兄が立ち上がった…

「中卒の妹は一族のお荷物」。義母は私を指さし、結婚式の参列者の前でそう叫んだ。誰もが息を呑む中、私はただ立ち尽くすしかなかった。見下すようなあの笑顔。私の料理を「中卒のバイトが作ったもの」と笑う声。武骨な兄と優しい義理の姉は、そんな両親に何度も反論した。でも義母は止まらない。「あなたみたいな人が身内にいるなんて、恥ずかしい」と。そして、彼女が私を一人席に追いやった、柱の影で。兄が立ち上がった...

義母の高笑いが会場に響き渡った瞬間、三列の視線が一斉に私へと集まった。だが、彼女は周囲の反応に一切気づかない。兄夫婦の結婚式で騒ぎを起こされたら面倒だ。私は立ち上がって義母をなだめようとした。その時、高い位置にいた兄、俊助と目が合う。彼は顔をこわばらせ、隣の真乃も信じられないといった様子で固まっていた。

「何、私に逆らう気?あなたみたいな中卒が」

静まり返った会場に、義母の高笑いだけが響く。すると、その静寂の中、俊助が立ち上がり、こちらへと向かってきた。彼は義母に口を開く。

まだ妹の正体に気づかない。え、おそらく俊助の言葉の意味が分からないのだろう。戸惑いながらも義母が首をかしげた。周囲の三列者もその様子を固唾を飲んで見守る。

「織里さんの正体?何の話かしら?」

彼はそっと、テーブルに並んだ食事を指さした。

「お母さんは、この料理を食べて何も思わなかったんですか?」

私は近藤織里、三十歳。現在はとあるレストランで料理人として厨房に立っている。毎日目の回るような忙しさだが、自分の作った料理でお客様が笑顔になる瞬間は何よりも買えがたい。充実した、やりがいのある日々を過ごしていた。

そんなある日、突然、兄の俊介から電話がかかってくる。

「織里、元気か?今度、良ければ会いたいんだが」

「急にどうしたの?」

「実は、織里に会ってもらいたい人がいて」

彼は私の四歳上で、今は離れてからしているという。会うのはおよそ一年ぶり。私はすぐに予定を合わせ、一週間後、指定された店へと向かった。

「お兄ちゃん、久しぶり」

「織里、忙しいのに時間を作ってくれてありがとうな」

にこやかな俊助の隣には、品のある美しい女性が座っていた。彼女は私を見て軽く会釈する。

「織里さん、初めまして」

「彼女は真乃さん。俺の恋人だ」

照れくさそうに頭をかきながら女性を紹介する俊助。私は状況を察した瞬間、思わず緊張した。

「初めまして。兄がいつもお世話になっております」

「お兄ちゃん、もしかして」

俊助に視線を送ると、彼は真剣な表情で頷く。

「実は、俺たち結婚することにしたんだ。今日はそれを織里に報告したくて」

「本当におめでとう」

「織里さん。これからよろしくお願いします」

顔を見合わせた二人を見て、自然と頬が緩む。気づけば、自分のことのように歓喜を上げていた。

「お兄ちゃん、良かったね」

「織里、ありがとうな。こうして真乃を織里に紹介できて安心したよ。俺にとって織里は大事な妹だから」

「私だってお兄ちゃんは大事な家族だよ。だからこそ、結婚って聞いてすごく嬉しい。お父さんやお母さんもきっと天国で喜んでるんじゃないかな」

私たちは両親を早くに亡くし、それからは兄弟二人で支え合って生きてきた。家族を失った悲しみを乗り越えられたのは、俊介がいてくれたから。私は今でも彼に感謝している。

ただ、私が両親のことを口にした瞬間、俊介は悲しそうな顔をする。

「織里、あの時は苦労をかけてごめんな。俺がもっとしっかりしてれば」

彼は小さく呟いて項垂れた。どうやら彼は、両親が亡くなった頃のことを今でも申し訳なく思っているらしい。私は慌てて首を横に振った。

「何を言っているの?お兄ちゃんは私のために懸命に頑張ってくれていたじゃない。そもそも、私は自分なりに考えて就職したんだから」

「俊介さんから聞いています。織里さんは今、料理人なんですよね」

俊助の様子を伺いながら、真乃がすっと口を開く。そんな彼女に、私は事情を説明した。

「はい。中学を卒業後、とあるレストランで修行を始めて」

実は、私は高校には行っておらず、中卒で料理人となったのだ。両親がいない以上、進学するとなると俊助に負担をかけてしまう。彼は自分の夢を諦めてでも私に高校に行くよう勧めていた。

「俺のことなんて考えなくていい。織里には自分が希望する道に行って欲しいんだ」

そう言ってもらえて嬉しかったものの、彼の人生を犠牲にはしたくない。彼にも目指している仕事があったのだ。そこで私は進学をやめて、元々興味があった料理の世界に飛び込むことにした。今もその選択を後悔していない。

けれど、俊助はずっと引っかかっていたようだ。

「織里は優しいから、俺のことを気遣ってくれたんだろ。それが申し訳なくて」

「もう何年前の話をしているの?私は今、料理人として働けて幸せよ。お兄ちゃんが謝ることじゃないから」

「ありがとな」

私の言葉に、彼は深々と頭を下げる。現在、俊助は夢を叶えて自衛隊員となった。国家と国民を守るべく、毎日懸命に働いている。そんな俊助は私の自慢の兄だ。真乃も、彼の誠実かつ頼もしい人柄に惹かれたという。

二人は彼女が働くホテルで出会ったらしい。

「俊助さんはあの日、お客さんで来ていて、私が無理難題を言うお客様に絡まれて困っていたところを助け出してくれたんです。それがきっかけで仲良くなって」

話を聞いていくうちに分かったのだが、真乃の勤め先は市内有数の有名ホテルだった。しかも、彼女はそこの社長令嬢なのだそう。

「え、あのホテルの社長の娘さん?そんなすごい人が、なんで兄と?」

「私は何もすごくありません。ただ父が社長なだけなので」

「そうは言ってもな。おいおい、失礼な妹だな。真乃は俺の男らしさに惚れたんだよ」

苦笑しながら自分の良さを語る俊介。そんな彼を見て、真乃が微笑みを漏らす。彼女は自分の立場を明かしても鼻にかける様子はなく、穏やかで優しい人だった。

「今度、是非織里さんのお店に伺わせてください。お料理、食べてみたいです」

「本当ですか?いつでも歓迎します。美味しい料理いっぱい振る舞いますから」

「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

俊助は私たちのやり取りを見て、顔をほころばせる。二人の結婚はもちろん喜ばしいが、私は真乃と家族になれることが嬉しかった。彼女となら、良好な関係を築けるだろう。幸せそうな二人を見て、自然と心が温かくなった。

それから二週間後、両家の顔合わせが行われた。

「俊介さんの妹さんよね。初めまして。お会いできて光栄です」

私を見るなり、義両親が揃ってお辞儀をする。ホテルの経営者夫婦というだけあって、二人はとても上品な人たちだった。彼らは兄夫婦の結婚を心から祝福しており、満面の笑みで二人を見つめる。

「あの真乃が俊介さんみたいな素敵な男性と結婚だなんて、本当に嬉しいわ」

「その若さで三尉だなんてすごいな。今までずっと頑張ってきたんだろ」

「ありがとうございます」

義両親に褒められて照れているのか、俊助の顔は赤かった。和やかな顔合わせが進む。真乃だけでなく、義両親もいい人そうで、私はほっと胸を撫で下ろした。

すると、彼らがこちらに視線を向けてくる。

「そういえば、織里さんはどんなお仕事をなさっているの?大学はどちら?」

「私は今、料理人としてレストランで働いています。大学には進学していなくて」

「そうか。じゃあ、専門学校かな?」

「いえ。中学を卒業後、料理人として修行を始めまして」

そう答えた途端、義両親が顔をこわばせた。義母は言葉を潜めて、義父に何かを耳打ちする。

「えっと、どうされましたか?」

二人の異変に気づき、とっさに問いかけるも、彼らは答えない。ただ、先ほどの笑顔は消え、あからさまに嫌悪感をあらわにしていた。

「お父さんもお母さんも、どうしたの?織里さんが困っているじゃない」

真乃が会話に割って入った途端、義両親がため息をつく。

「あら、ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃったの。まさか織里さんが中卒だとは思わなくてね。高校すら出ていないなんて。真乃とは大違いだな。真乃はあの有名大学を卒業して、今じゃうちのホテルで大活躍しているんだぞ。中卒なんて、最近そういないわよ。そんなに低学歴なんて珍しいわね。恥ずかしくないのかしら」

くすくすと漁笑いながら、二人は覚めた目で私を見た。自分が低学歴だと自覚はしている。しかし、初対面の義両親に馬鹿にされるなんて思いもしなかった。呆然のあまり、言葉が出てこない。

すると、俊助が私を庇う。

「織里は俺に負担をかけないため、中学を卒業してすぐ働き始めたんです。彼女はこれまでの十五年、懸命に料理人として腕を磨いてきました。そんな妹のことを笑うのはやめていただけませんか?」

口調は穏やかだが、目は鋭い。ただ、義両親は俊介に注意されても、態度を改めなかった。

「俊介さんは家族思いの優しいお兄さんなんだな。それは立派なことだ。だが、君と真乃が結婚すれば、織里さんも俺たちの家族になる。中卒がうちの家族の一員なんて、恥ずかしいじゃないか。料理人と言っても、街にある小さな定食屋とかでしょ。中卒を雇ってくれる店なんて、限られているでしょうし」

二人は平然と私を見下し続ける。

「お言葉ですが、妹は」

俊介は諦めず、両親に反論しようとした。だが、二人は聞く耳を持たない。

「俊助君はいい人だし、是非真乃と結婚してもらいたいと思う。だが、これから先、できるだけ織里さんとは関わらないでほしい」

「待ってください。俺にとって妹は大切な家族なんです。関わらないなんて無理ですよ」

「そうよ。あまりにもひどいわ。学歴がそんなに大事?高校に行っていないからって、なぜ関わっちゃいけないの?」

真乃も俊助と一緒になって声をあげる。そんな二人に、義母は肩を落とす。

「俊介さんはまだしも、真乃まで何を言っているのかしら?私たちの立場は分かっているの?ホテルの経営者一族なのよ。そこに中卒が入るなんて、ダメに決まっているじゃない。本当に恥ずかしい。俊介君が俺たちよりも妹を優先するなら、二人の結婚は考え直すべきかもしれないな」

え、さすがにそれは。義父の言葉が信じられず、私は自然と口を開いていた。このままだと、私のせいで俊介たちの結婚の話が破談になる。さすがにそれだけは避けたい。

「お二人の気持ちは分かりました。今後はなるべく兄と距離を置きますので」

私は俊介と真乃と、できる限り関わらないと決意した。途端に、義両親の表情が明るくなる。

「そうか。じゃあ結婚はこのまま進めよう。織里さんが話の分かる人でよかったよ」

「何を言ってるの?織里さん、ごめんなさい。お父さんたちの話は無視していいから。俊介と距離を置く必要なんてないわ」

「そうだよ。俺にとって織里はたった一人の妹だ。関わらないなんて無理だ」

二人はどこまでも私の味方をしてくれた。それは嬉しいものの、せっかくの顔合わせの日に義両親と衝突したくない。

「ありがとう。でも大丈夫。私のことは気にしないで。お父さんたちに迷惑がかかるわけにはいかないから」

私が義両親の提示した条件を受け入れれば、この場は丸く収まる。そう思い、俊助と真乃をなだめた。義母は不適な笑みを浮かべて私を見つめる。

「真乃の結婚相手に中卒の妹がいるなんてバレたら困るわ。これからは必要以上に近づかないでちょうだいね」

「お母さん、いい加減に」

「真乃さん、落ち着いてください。私が中卒なのは事実ですし、お母さん方の心配も分かります。残念ながら、私は真乃さんや兄ほど優秀ではありませんので」

自嘲気味につく私に、義両親はぷっと吹き出した。

「本当ね。俊介さんは素晴らしい仕事をしているというのに、片や織里さんは小さなお店の料理人。格好つけて料理人だの言っていたが、実際はただのバイトなんじゃないのか。中卒が作る料理なんて、高が知れているだろう」

散々侮辱されて悔しいものの、言い争うわけにはいかない。私は愛想笑いを浮かべて、なんとかその場を乗り切った。ただ、顔合わせ中、兄夫婦は異議を唱え続けていた。そして終了後、二人はすぐさま私に詫びた。

「織里さん、本当にごめんなさい。私の両親のせいで不快な思いをしたわよね」

「俺がもっと強く注意すべきだった。言っておくけど、もちろん距離を置かなくていいから。俺はそんなつもりないし。改めてお父さんたちには注意する。このようなことは二度と起こらないようにするから」

「いいんです。私は気にしていませんし。だから、お父さんたちには何も言わないでください」

私の言葉に、彼らは目を丸くする。

「なんで?あんなの許す必要ないわ。家族である私ですら理解できないもの」

「ですが、結婚前に私のせいで二人とご両親の関係が険悪になるのは嫌なんです。お兄ちゃんと真乃さんには幸せになってほしいから」

「織里の気持ちは嬉しい。だけど、俺は」

「お兄ちゃんは真乃さんと結婚するんでしょ?それなら、真乃さんのお父さんたちのこと、大切にしないと。もう家族は私だけじゃないんだし。これから家族として付き合うのだから、義両親の意見も聞くべきだ」

何度も自分の考えを伝え、どうにか二人を説得する。その結果、兄夫婦はひとまず義両親に余計なことは言わないと約束してくれた。

「だけど、距離は置かない。織里は大切な家族だ。これからも変わらず接していくから」

「私も織里さんと仲良くしたい」

「お兄ちゃんも、真乃さんも、ありがとう」

今後、私が義両親と会う機会は少ない。そのため、こっそり兄夫婦と関わっていてもバレることはないだろう。私は俊助たちの優しさに甘え、楽観的に考えていた。

しかし、その一週間後のこと。突然、見知らぬ番号から電話がかかってくる。なんとなく通話ボタンを押した次の瞬間、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

「織里さんのお電話で間違いないでしょうか?」

電話の相手は、なんと義母だった。

「え、なんで真乃さんのお母さんが私の電話番号を知って」

「あら、私がしちゃダメなの?大事なお話があるから、わざわざ電話したっていうのに」

「すみません。ちょっと驚いてしまって。それで、ご用件は何でしょうか?」

変に刺激しないよう、慎重に尋ねる。すると、彼女は予想外の質問を口にした。

「あなた、結婚式には参列するの?やっぱり俊介さんと真乃のために決席してくださるのかしら?」

義母はどうやら、結婚式の出欠を確認するために電話してきたらしい。

「あの、そもそも兄と真乃さんは結婚式をするんですか?私はそんな話を一言も聞いていなくて」

「それに決まっているじゃない。私たちの娘の結婚なんだもの。織里さんだって、きっとあげたいはずよ。これで、織里さんは参列するの?」

未だに状況が飲み込めないものの、彼女は話を続ける。私は素直な気持ちを伝えた。

「出席したいですが、私がいるとお母さん方が嫌なんじゃないですか」

先日の義両親の言動からして、私は結婚式にすら参列できないことを覚悟していた。しかし、義母は意外な返答をする。

「え、織里さんが来たいなら、来ればいいんじゃないかしら」

「え、いいんですか?」

距離を置けとしつこく言われていた手前、戸惑いが隠せない。そんな私に、彼女は呆れた声を漏らす。

「新郎の家族が誰一人としていないってのは、色々と面倒だから。本当は嫌だけど、今回だけは仕方ないでしょ」

低学歴には冷たいと思っていたが、意外と義母は悪い人ではないのかもしれない。私は兄夫婦の結婚式に参列できると知り、安堵した。

「ありがとうございます。では、出席でお願いしますね」

「はい。じゃあ、三列車リストに織里さんの名前も入れておくから」

それだけ言って、義母が電話を切る。私は通話後、真乃に状況を確認した。おそらく、義母に電話番号を伝えたのは彼女だと思ったのだ。すると、事情を話した途端、彼女が落胆する。

「本当にごめんなさい。母が織里さんに先日のことを謝りたいって言うから、電話番号を教えたのだけど、嘘だったのね」

私の予想は当たっていたらしい。ただ、真乃はまさか義母が結婚式の出欠確認をするとは思っていなかったようだ。

「嫌な気分にさせて。なんでこんなことに」

と小さく呟く。

「私も不思議に思っていたんです。真乃さんたちが頼んだわけでもないのに、どうして二人の結婚式の招待客をお母さんが確認しているんでしょうか?」

「分からないけど、お父さんもお母さんも私たちの式を盛大なものにしようとしているの。だから、勝手に招待客リストを作っているのかもしれない」

兄夫婦は結婚式を挙げるつもりではあるが、まだ細かいことは決まっていないという。つまり、義母が独断で出欠を確認していたのだ。なかなか準備を進めない兄夫婦に苛立って、義母が勝手に動いている可能性がある。とはいえ、私以外にも連絡しているのかは不明だそうだ。

「ちょっとお母さんに改めて確認してみる。今後、お母さんから電話があっても無視していいからね」

彼女は最後まで私を心配してくれていた。優しい彼女には感謝しているものの、義母の行動が読めず気味が悪い。私は妙に嫌な予感がしていた。

その二ヶ月後、結婚式の準備を進めていた兄夫婦から、式当日の料理メニューを決める会に誘われる。義父が経営するホテルで試食会を行うらしい。

「向こうのご両親と会いたくないなら、断っても構わない。だけど、せっかくなら織里にも参加してもらいたくて。プロの目線でアドバイスが欲しいんだ」

当然だが、会には義両親もいるそうだ。以前の態度からして、二人はまた馬鹿にしてくるだろう。分かってはいるものの、俊助の家族は私一人だ。

「心配してくれてありがとう。大丈夫。行くよ」

彼に迷惑をかけるわけにはいかず、私は覚悟して当日会場に向かった。案内されたのは、ホテル内のレストランの個室。部屋にはすでに兄夫婦と義両親が座っていた。

「織里さん、今日は来てくれてありがとう」

にこやかに迎えてくれた兄夫婦。対して、義両親は露骨に不機嫌そうな顔をする。

「なんで織里さんを呼んだんだか。彼女にうちの料理なんて、もったいないのに」

「全くだ。頼むから余計なことは言うなよ」

目を吊り上げて私を睨みつける二人。自分たちが経営するホテルに、中卒の私が来たことが納得いかないらしい。

「お父さん、お母さん、織里さんは私たちが呼んだんだから、文句言わないで。不満があるなら、二人が帰ればいいじゃない」

「真乃も、どうして織里さんの肩を持つのかしら。俊助さん、真乃に悪い影響を与えないで」

「お母さん、あの」

俊助が言葉を潜めて義母を見つめる。このままでは、また兄と義両親が口論をしかねない。

「お兄ちゃん、私は平気だから」

私は慌てて声をかけ、どうにか俊助をなだめた。それでも、室内には張り詰めた緊張感が漂う。すると、ホテルのスタッフたちが前菜のプレートを運んできた。私たちは目の前に並んだ料理を見て、ナイフとフォークを一斉に手にした。

次の瞬間、義母がわざとらしく大きなため息をつく。

「やっぱり育ちが出るわね。ナイフとフォークの持ち方が下品よ。そんな食べ方しないでちょうだい。みっともないわ」

彼女の視線の先は私の手元。義母からすれば、私はマナーがなっていないらしい。

「すみません。少し緊張してしまいまして」

「母さん、仕方ないよ。中卒がマナーなんて知っているわけがないんだから。こうなることが分かっていたから、織里さんと食事したくなかったのに」

義父もうんざりした顔で頭を抱えた。

「いくらなんでも失礼じゃないですか?織里はマナーを間違えていないと思いますが」

「俊介さんは妹に甘いのね。でも、私たちは厳しく教育するわよ。今のままだと、織里さんは結婚式当日、他の三列者に白い目を向けられかねない。俺たちは彼女のために言っているんだ。俊介君、分かってくれ」

嘲笑う義両親に、俊助は悔しそうな顔をする。真乃は黙っていられなくなったのか、口を開いた。

「織里さんはプロの料理人なんです。お父さんたちが注意する必要はないと思うけど」

「嫌だわ。笑わせないで。うちは一流ホテルなのよ。織里さんは安っぽいレストランで働いているバイトでしょ。ま、お前は俺たちより織里さんを庇うのか。お前だって、そう思うだろ?」

「そんなことは思わない。織里さん」

「真乃さん、二人の話なんて無視してください。気にしなくていいから」

彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。しかし、真乃は何も悪くない。兄夫婦は必死に私を庇うのだ。

「今後気をつけますので、料理をいただけませんか?」

義両親に視線を送るも、二人は目すら合わせてくれない。ふんと鼻を鳴らして、料理を口に運ぶ。私が視界に入ることすら嫌なようだ。気まずい空気のまま、食事を続ける。

そんな中、私はメインの肉料理である最高級の牛フィレのステーキに目を奪われた。さすが市内有数の一流ホテルのレストランだけあって、見事な仕上がりだった。やはり料理人の腕は確かなのだろう。義母はそんな私の様子を見て、声を掛けてくる。

「あら、織里さん、このステーキが珍しいの?あなたじゃ、一生食べられないような高級なお肉だものね。料理人なら、このソースのベースが何か分かるかしら?」

私は一口ステーキを食べ、味から推測して答えた。途端に、兄夫婦が目を大きく見開く。

「織里はさすがだな。食べただけで何のソースか分かるのか」

「すごいですね」

「お母さん、これでも織里さんを馬鹿にするの?」

真乃が顔をしかめて義母に鋭い視線を送る。だが、義母は余裕綽々に笑っていた。

「どうせ知ったかぶりよ。うちのコースのメニューを事前に調べて把握していたんでしょう。むしろ、これくらい答えられなきゃ料理人なんて名乗れないだろう。こんなことで得意げになるなよ。恥ずかしいぞ」

相変わらず冷たい義両親の態度に絶望する。少しでも認めてもらえるのではと思った自分が甘かったようだ。

「どうして家族になる人に、恥ずかしいなんて言えるの?恥ずかしいのはこっちよ。織里さん、ごめんなさい。お願いですから、織里に強く当たらないでくれますか?大切な妹なので」

兄夫婦は庇い続けてくれるものの、義両親はため息をつくばかり。また私のせいで険悪な雰囲気になり、申し訳ない思いでいっぱいだった。目の前に並ぶのは高級料理なのに、喉を通らない。

「まだまだ勉強しないといけませんね。恥ずかしい思いをさせてしまい、申し訳ございません」

「本当よ。式当日までにはマナーを覚えておいて。絶対に俺たちに恥をかかせるな。参列を許可してやったんだから、それ相応の振る舞いは身につけておきなさい」

私は悔しさを抱えながらも、愛想笑いを浮かべた。すると、その三日後、俊介から電話がかかってくる。彼曰く、一度会って相談したいことがあるそうだ。そこで後日、私は兄夫婦の自宅へと訪れた。

「お兄ちゃん、相談って一体何?」

早速訪ねると、俊助は目を細める。

「実は、俺たちの試食会で織里に料理を振る舞ってもらいたくて」

「え、私の?この前食べたフルコースを出すんじゃ」

「もちろん、あのフルコースも美味しかったですよ。でも、私は参列の皆さんに織里さんの料理を食べてもらいたいんです。当然、織里さんがご迷惑じゃなければですけど」

実は、試食会の一週間ほど前に、兄夫婦は私の勤めるレストランに来てくれた。二人はうちの料理の味に感動して、試食会でも出したいと思ったようだ。

「織里さんの作る料理、本当に美味しかったんです。私、びっくりしてしまって。やっぱりプロなんだなって思ったんです」

「そう言ってもらえて嬉しい。私としても、是非家族としてお兄ちゃんたちの力になりたいです。ただ、本当に私で大丈夫ですか?」

できる限り兄夫婦の希望を叶えたいものの、義両親が許可を出すとは考えられない。彼らは先日食べたフルコースを提供するつもりだろう。しかも、あれだけ私のことを馬鹿にしていたのだ。不安になっていると、真乃がまっすぐ私を見つめる。

「両親は私が説得します。私と俊介の結婚式ですから。両親が何を言おうと、織里さんに作ってもらいます」

「俺も真乃と一緒に説得するよ。だから、織里、お願いできる?もちろん、ただ働きじゃない。お金は払うし」

「お金なんて気にしてないよ。二人の大事な日でしょ。そんな日に、私の料理を振る舞えることがすごく嬉しい」

兄夫婦がここまで言うなら、断る理由はない。私は是非協力したいと思った。しかし、予想通り、義両親は大反対する。

「織里さん、あなた、真乃をたぶらかしたの?」

後日、義母から電話がかかってきた。彼女は開口一番、怒鳴り声をあげて私を攻め立てる。

「どうして試食会で、あなたみたいなバイトの料理を出さなくちゃいけないのよ。ホテルの料理は最高級なのに。織里さんが真乃に何か吹き込んだんでしょう」

「私は何も言っていません。兄と真乃さんが希望したんです。私の料理を試食会で出したいと」

経緯を説明しても、なお義母の怒りは収まらない。

「真乃も俊助さんも、何を考えているのかしら。確かに二人の結婚式でもあるけど、参列者にはホテルの取引先関係者だっているの。そんな人たちに、織里さんの料理なんて出したら失礼だわ」

「兄たちは私の料理を、本当に美味しいと言ってくれました。そんな二人のことまで否定するんですか?」

「真乃も俊介さんも、お世辞で言っているだけ。それを本気にする織里さんがおかしいの。どうせあなたが出しゃばったんでしょう。余計なことをしないでちょうだい」

彼女は私が自ら料理を担当したいと主張したと思っているようだ。そうではないと否定するも、義母は私を非難してくる。

「織里の作る料理なんて、何が入っているか分からない。そんなもの、食べられないでしょう」

「私はあくまでも料理人です。いくらなんでも、失礼では」

「素人に包丁を持たせた程度のレベルで、何を言っているの?もう真乃の結婚式をめちゃくちゃにしないで。これ以上邪魔するなら、あなたを参列させないから」

彼女の言葉に、思わず息を飲む。

「分かりました。式の料理には携わりません」

二人には申し訳ないが、式の参列を拒否されては困る。悩んだものの、結局私は料理の提供を諦めることにした。そもそも、義母の言う通りだ。ホテルの取引先の関係者まで来るような式で、家族だからと私が料理を振る舞うこと自体、間違っているかもしれない。

私はその後、期待に答えられないことを兄夫婦の元へ訪れて詫びた。すると、二人も謝罪の言葉を口にする。

「むしろ、織里に迷惑かけてごめんな。お母さんたちを説得するって宣言したのに」

「いいの。二人のために作ってあげたかったけど」

「両親は何も分かっていないんです。全て織里さんのお店に行って味を確認したから、答えを出して欲しかったのに。本当にすみません」

兄夫婦の表情は暗く、残念そうだった。主役は彼らのはずなのに、なぜ義両親の考えが優先されるのか。私としても、モヤモヤが残ったままだった。なんとかして兄夫婦に喜んでもらいたい。その後、私は自分なりに何かできないかと考えた。

そして三ヶ月後、とうとう迎えた兄夫婦の結婚式当日。私は会場であるホテルへと向かった。今回、私は俊介の親族として受付係を任されている。来客は自衛隊の関係者やホテルの取引先関係者ら。私は一人一人丁寧に対応して、芳名帳への記入を促していった。

そして、案内が一段落した後、ホテルのスタッフに案内されて、試食会会場へと入る。多くの円卓が並列する、広々とした会場だった。しかし、案内された自分の席を見て、言葉を失う。

「え、私の席はここですか?」

新郎の身内である私の場所は、会場の隅にぽつんと設置されていた。どの円卓も八人くらい座っているのに、私は一人席。普通に考えておかしいだろう。俊介の家族は私だけではあるが、他の親族席から外す理由はない。しかも、その円卓は柱の真後ろに隠れるように配置されていた。試しに着席してみたが、視界が柱で遮られて、新郎新婦の席が全く見えない。想定外の席に驚いていると、背後から声をかけられた。

「織里さん、受付、お疲れ様。あなたのために一人席を用意してあげたの。そこでゆっくり式を楽しんで」

振り返った先にいたのは、薄笑いを浮かべる義母だった。兄夫婦がこんなことをするはずがないと思ったが、どうやら彼女の仕業のようだ。

「どうしたの?なんだか不満そうな顔をしているけど」

「さすがにこの席はひどいです。どうして私だけ、一人隅に追いやられないといけないんでしょうか?」

語気を強めて反論するも、義母は一切悪びれない。それどころか、嬉しそうに顔をほころばせる。

「だって、あなたみたいな人が身内にいるなんて、参列者に知られたら私たちが恥をかくもの。大人しく柱の影で身を潜めていなさい」

そう言い放ち、義母は私の返事も待たずに去っていく。悔しいけれど、今日は兄夫婦の大切な日だ。余計な騒ぎを起こして、彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。私は感情を殺し、一人寂しく柱の影から式を見守ることにした。

やがて試食会が始まり、盛大な拍手と共に兄夫婦が入場する。俊助は自衛隊の礼装を着用し、真乃は純白のウェディングドレスを身にまとっていた。柱の隙間から見えた俊助の姿は、いつにも増して凛々しい。私は家族の晴れ舞台に、思わず涙が滲んだ。

そんな中、参列者は時折、不自然に孤立した私に視線を注ぐ。彼らは急いでおしゃべりしながら、こちらをじっと見つめていた。受付にいたため、私が新郎の親族だと分かっているのだろう。だからこそ、どうして一人で隅にいるのか不思議がっていた。恥ずかしさで顔が熱くなるが、試食会は滞りなく進行する。乾杯の音頭が唱和され、食事の時間が始まった。あちこちで賑やかな笑い声が響き渡る。私だけが一人、除け者にされているような気持ちだった。

すると、お酒が入って上機嫌になったのだろう。義父が取引先関係者と談笑している隙を見て、義母が私の元へと歩み寄ってきた。足取りは少しふらついており、顔は真っ赤だ。彼女は目の前に立ち、にやりと口角を上げる。

「いやね、真乃と俊介さんの結婚式なのに、どうしてそんなに辛気臭い顔しているのよ」

「誰だって悲しいです。こんな席に案内されたら」

「仕方ないじゃない。織里さんがいたら恥ずかしいんだもの。ドレスだって安物だし。見るからに低学歴って感じね」

「飲みすぎではないでしょうか」

周囲を気に止めず、だんだんと音量を大きくする義母。彼女は心配になるほど酔っ払っていた。

「参列者の皆さんにも聞こえるので、もう少し声を小さく」

よかれと思って忠告したのだが、義母は見る見るうちに顔をしかめていく。私に注意されたことが、よほど気に食わなかったらしい。

「うるさいわね。何様なの?私とあなたでは立場が違うのよ。余計なことは言わないで」

「すみません。ですが」

「本当に恥ずかしいわ。俊助さんは素敵なのに。妹がこれじゃね。中卒の妹は一族のお荷物」

一層声を大きくして、義母が私をののしる。その瞬間、参列者の視線がこちらに集まった。周囲の会話がぴたりと止まり、みんな何事かと目を見張っている。それだけ義母の声がうるさかったのだろう。だが、彼女は周囲の反応に一切気づいていない。

「学歴もない出来損ないが、私たちの家族のふりをしないで。本当はだって呼びたくなかったんだから」

「ちょっと、落ち着いてください、って」

兄夫婦の結婚式で騒ぎを起こされたら面倒だ。私は立ち上がって、義母をなだめようとした。その瞬間、高い位置にいた兄と目が合う。俊助は顔をこわばらせ、鋭く義母を睨みつけていた。隣の真乃も、信じられないといった様子で固まっている。

「何、私に逆らう気?あなたみたいな中卒が」

静まり返った会場の中で、義母の高笑いだけが響いていた。すると、その静寂の中、俊介が立ち上がり、こちらへと向かってくる。彼は恐ろしい形相で義母を見つめていた。その気配に気づいたのか、ゆっくりと彼女が振り返る。

「あら、俊介さん、怖い顔してどうしたの?おめでたい日なんだから、やめてちょうだい」

未だに義母は余裕綽々に笑っていた。俊助はそんな彼女に歩み寄り、淡々と口を開く。

まだ妹の正体に気づかない。え、おそらく彼の言葉の意味が分からないのだろう。戸惑いながら、義母が首をかしげる。

「織里さんの正体?何の話かしら。彼女はあなたの妹で、中卒でしょ。それ以外に何か隠していることでもあるの?」

「やはり気づいていないんですね」

「だから、何よ。もしかして、妹をからかわれて腹が立ったの?中卒なのは事実なんだから、少し落ち着いたら?」

「まだ織里を馬鹿にするおつもりですか?」

冷たい目で彼女を睨みつける俊助。周囲の参列者は、その様子を固唾を飲んで見守っていた。

「そもそも、織里がこんな席に座らされているのもおかしい。お母さんが勝手に配置をいじったんですか?」

柱の影にある円卓に視線を移し、俊介がため息をつく。義母はそれでもけらけらと笑っていた。

「だって、一族のお荷物だもの。隠しておかないと、恥をかくでしょ。私は真乃と俊介さんのためにやってあげたのよ」

「ふざけないでください。織里は俺の大切な家族なんです。そんな彼女をぞんざいに扱うなんて」

「まだ分からないの?あなたは私たちの一族になったの。ホテルの経営者一族よ。そこに中卒が混じるなんて、ありえないじゃない」

私をじっと見た後、義母はふんと鼻を鳴らす。

「この場にふさわしくない織里さんを、わざわざ結婚式に呼んであげたんだから。むしろ、感謝して欲しいくらいなんだけど」

「そうですか。お母さんは織里のこと、何も分かってないんですね。彼女が今日のためにどれだけ頑張ってくれたか」

「ひょっとして、受付をやったことを言っているの?それは新郎新婦の家族だから、当たり前のことでしょう。俊助さんは本当に織里さんに甘いわね」

一向に悪びれる様子のない義母に肩を落としつつ、俊介は私に視線を送った。

「織里、お母さんに伝えてもいい?もう黙っておく必要もないよね」

「ええ。元々隠すつもりじゃなかったし。お兄ちゃんたちがいいなら、お母さんに話してあげて」

正体が分からない限り、彼女は態度を変えないだろう。私は俊介の問いかけに、深く頷いた。

「何をもったいぶってんのよ。大したことじゃないんでしょ。その正体っていうのが何なのか、さっさと話しなさい」

義母が苛立ちをあらわにして口調をあげる。すると、俊助がそっと、テーブルに並んだ食事を指さした。

「お母さんは、この料理を食べて何も思わなかったんですか?」

それは、試食会の参列者に振る舞われたフレンチのフルコース。義母は料理に視線を落とした後、首を傾げる。

「え、美味しいと思ったわよ。何せ、うちのホテルの一流料理人たちが作っているからね。それが何かしら」

「この料理を作ったのは、ホテルの料理人ではありません。俺の妹、織里が作ったものです」

たちまち、彼女は呆然と立ち尽くし、私を見つめる。参列者も困惑しながら、今食べている料理を眺めていた。まさか私が作ったとは思わなかったのだろう。

「嘘よね。なんで中卒が」

唇を噛みしめて、うつむきながら義母が声をあげた。

「本当ですよ。私は兄と真乃さんに頼まれて、今回の試食会の料理を担当させてもらったんです」

「私、余計な真似はしないでって言ったわよね。それを無視して、出しゃばったってこと?」

「いえ。お父さんにも許可を得た上で作っています。出しゃばったわけではありません」

その時、取引先関係者の元にいた義父が、慌ててこちらに駆け寄ってくる。

「織里さん、何を言っているんだ?俺は許可をした覚えはないぞ。本当にあなたが作っているなら、大問題だ」

「お父さん、織里は」

「俊助君、いい加減、出任せを言うのはやめなさい。参列者の皆さんだって困惑するじゃないか。織里さんは今日の料理に一切関わっていない。そうだろ」

彼も義母と同様に、私の正体に気づいていないようだ。それゆえ、私たちの話をはったりか何かだと思っているらしい。

「皆さん、安心してください。こちらは全てプロの料理人が調理をしております。彼女が作ったわけではありませんので」

義父は参列者に事情を説明し、誤解を解こうとする。しかし、私たちは事実を言ったまでだ。私は参列者に向かって、頭を下げた。

「皆さん、隠していてすみませんでした。先ほど、新郎である兄が言った通り、この料理を作ったのは私です。私は料理人で」

「ふざけないで。あなたみたいな人が、フレンチを作れるはずがないわ。料理人って言ったって、織里さんは小汚い定食屋で働いているだけでしょう」

「お母さんは勘違いしています。織里は定食屋で働いているわけではありません。そこから訂正しないといけませんね」

呆れながらも、彼は義母に状況を説明する。

「そもそも、試食会のメニューが違うことに違和感を覚えなかったんですか?」

「それは…」

実は、今日参列者に振る舞われている料理は、以前行われた試食会で出たフルコースとは全く別物だった。義母もそれには気づいていたようで、言葉をつまらせる。その瞬間、義父がはっとした。

「もしかして、あの店の料理人が織里さんなのか?いや、まさか」

彼は何かを思い出したのか、ぶつぶつとつぶやきながら頭を抱えた。私の正体に気づき始めているのだろう。

「お父さん、その通りですよ。あの星付きの名店で、織里は働いているんです」

「は、なんで」

事実を突きつけられた瞬間、義父は目を大きく見開く。

「だから、二人はあのレストランを希望したのか?」

「そうです。今日、参列者の皆さんに織里の料理を提供するには、その方法しかありませんでしたから」

実は、今回の試食会のメニューは、兄夫婦の強い希望でとあるフレンチのレストランに外部委託していた。つまり、作ったのはホテルの料理人ではないのだ。義父は社長なので、もちろんそのことは把握している。ただ、そのレストランが私の職場ということまでは知らなかった。

「ありえない。あのレストランは予約が取れないほど人気なんだぞ。しかも、二つ星だ。そんな場所で、中卒の織里さんが働けるはずがない」

ホテルの経営者として、義父は一応レストランの名前を確認した。そして、どんな店かも把握した上で、彼は外部委託を承認していた。だからこそ、俊助が説明しても、なお私がそこの料理人だと信じられないらしい。

「お父さんは、レストランの料理長までは確認しなかったんですね。織里は、その名店の総料理長を務めているんですよ」

料理長と聞いて、義母が口をぽかんと開ける。参列者も驚きのあまり、総然とした。

「書類には店舗名しか書かれていなかったでしょうし。気づかなくても無理はありませんね」

「そんなはったり、通用しないから。織里さんが星付きのレストランの料理長なわけがないわ。いくら私たちが知らないからって、嘘をつくのはやめて」

「嘘ではありません。そもそも、レストラン側に確認すれば、すぐに事実だと分かりますよ。私が今、ここで勤務しているレストランに電話しましょうか?」

「いや、いや、今の話は本当なんだな」

呆然としたまま、義父が私を見つめる。

「私は中学を卒業してすぐ、料理の世界に飛び込みました。まずは市内のレストランで五年ほど働いた後、二十歳の頃に単身でフランスに渡り、有名店で修行しました。そして帰国後、今のレストランで料理長を務めるようになったんです。今回、兄と真乃さんは私の料理を試食会で出したいと言ってくれました。ただ、お父さんたちに大反対されたため、レストランに外部委託という形を取ったんです」

「皆さん、俺の妹の料理の味はどうでしょうか?」

俊助が参列者に呼びかけるが、周囲の返答を待たずに義母が声を張り上げた。

「予定と異なる料理を出してしまい、申し訳ございません。その料理は食べないでください。何が入っているか分かりませんから」

「お母さん、どうしてそんな失礼なことを言うのよ」

真乃が勢いよく立ち上がり、義母を責める。自分の結婚式を実の両親にめちゃくちゃにされて、我慢ならなくなったようだ。彼女の顔は真っ赤になっていた。

「織里さんは腕のいい料理人なの。これ以上侮辱するのはやめて。私が皆さんに食べて欲しくて、お願いしたんだから」

「真乃は、そんなにも織里さんの味方なのね。参列者の皆さん、率直な感想を教えてください。私たちのためにも、織里さんのためにも」

真乃も俊助と共に、参列者に呼びかける。その瞬間、会場内が一斉にざわついた。参列者は口々に「美味しい」「絶品だ」と褒めそやす。中には、私が勤めるレストランを知っており、「あの名店の味を食べられるなんて」と感動する人までいた。

「織里さんが、そこまですごい料理人だったとは」

義父は気まずそうに、ただ固まっている。そんな中、義母は悔しそうに顔を歪めた。

「織里の料理を否定しているのは、お母さん。あなただけです。それでもまだ、彼女を馬鹿にしますか?」

「ホテルの料理人が作ったと思い込んでいたとはいえ、美味しいと思ったんですよね。じゃあ、嘘だったってこと?織里さんが作ったなら、けなしていいと思っているの?そんな考えで、ホテルの経営に携わるなんて問題じゃない?」

「真乃、いい加減にしなさい。母親に恥をかかせたいの?中卒の料理を参列者に振る舞うなんて、失礼だわ」

参列者が料理を評価しても、なお義母は変わらず学歴で人を判断する。何が何でも私の実力を認めたくないらしい。その様子に、真乃は悲しげな顔をした。

「私は織里さんの料理を食べて、本当にびっくりしたの。こんなにも美味しいもの、今まで食べたことなかった。だから、参列者の皆さんにも味わって欲しかっただけ」

兄夫婦はなんとか私の料理を試食会で振る舞えないかと、義両親に反対された後も知恵を絞っていた。そして、外部委託という案を思いついたのだ。店名を見ても義父は気づかないことが前提の計画だったが、実際うまくいったらしい。

「お父さんはホテルの料理にこだわっていたから、外部委託も断られるんじゃないかとヒヤヒヤした。でも、意外とすぐに認めてくれたわね」

「そりゃあ、あの名店の料理なら、参列者も喜んでくれると思って」

「どうして、うちのホテルの料理は絶品よ。それなのに、わざわざその料理を出すなんて」

「お父さんは、この機会をうまく利用して、レストランと今後仕事ができたらと考えていたんですよね」

真乃が訪ねた瞬間、義父が肩をびくつかせる。

「なぜ、それを…」

自分の思惑がバレているとは思っていなかったようだ。そんな義父に、真乃は冷ややかな視線を送る。

「お父さんが役員と話しているのを、偶然耳にしたのよ」

彼女は淡々と事実を告げる。義父の狙いは、うちのレストランと接点を持つことだった。二つ星レストランの料理長が監修したメニューをホテルで出せば、話題作りになり、客も集まると考えた。そのきっかけになればと、兄夫婦の希望を叶えたそうだ。

「私のために許可してくれたわけじゃないのは分かっていた。それでも、外部委託を承認してくれたことには感謝しているわ。料理長である織里は、今ここにいます。彼女にお願いしたらどうですか?監修してくれないかって」

「だ、だが」

義父は気まずそうに、私から目をそらす。散々馬鹿にしていた相手に頼むなんて、プライドの高い彼には無理だろう。実際、義父は口を閉ざしたまま、何も言わない。そんな中、義母が声を荒らげる。

「今日、織里さんは受付をしていたわよね。この料理を全部作るなんて無理よ。どうせ、他の料理人が調理したんでしょ」

彼女は未だに、私が料理を作ったと認めたくないらしい。確かに、試食会が始まるまで私は受付を担当していた。外から見れば、調理する時間などないように思えるはずだ。だが、私は今回事前に準備をした上で、今日という日を迎えた。

「スープやソース、煮込み料理などは、前日までに作っていたんです。大勢の参列者に振る舞うには、一日だけでは足りませんから」

「え、昨日の段階でもうできていたの?」

「あと、ホテルの料理人にも協力していただきました。皆さん、さすが一流ですね。私の指示通り、正確に調理してくれましたよ。ですから、当然おかしなものは入っておりません」

ホテルの料理人が関わっていると知った途端、義母が口ごもる。余計なことを言えば、自分たちのホテルまで否定しかねないと気づいたのだろう。義両親は二人とも、顔を真っ赤にする。

その時、ホテルの取引先関係者であろう一人の参列者が立ち上がった。彼は私に握手を求め、「素晴らしい腕前だ」とこれみよがしに称える。

「あの社長」

罰が悪そうな顔で、義父が関係者におじぎをする。相手はホテルにとって相当重要な取引先の社長らしい。社長は義父母には目もくれず、私に優しく微笑んだ。彼は学歴など関係ないと、私を励ましてくれた。その気遣いに、心が温かくなる。

「ありがとうございます」

兄夫婦は私と社長のやり取りを見て、目を細めた。

「織里さん。申し訳なかった。俺たちが間違っていたよ」

すると、義父が私に向かって深々と頭を下げた。参列者の視線を浴びながら、詫びの言葉を口にする。彼は態度を一変させ、張り付けたような笑みを浮かべていた。

「もっと早く教えてくれたらよかったのに。どうして俺たちに教えてくれなかったんだ?俊助君が真乃と結婚した。今、俺たちは家族だろ」

手のひらを返して、私にすり寄る義父。変わり身の速さに、思わず引いてしまった。今までどれだけ私をけなしてきたか、忘れたのだろうか。

「お伝えしていたら、私への態度が変わったんですか?そもそも、私は料理人であることを事前に話していましたが」

「いや、まさかあの名店で働いているとは思わなくて。冷たい態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした。謝るから、どうか許してくれないか?」

「今更、困ります。それに、お父さんは私が勤めているお店が星付きでなければ、変わらず馬鹿にしていたでしょうし」

「そうじゃない。織里さんの料理に感動したから、態度を改めたんだ。本当に反省している。すまなかった」

現在、兄夫婦の試食会中で、周囲には大勢の参列者がいる。そんな状況で揉め事を起こしたい人などいない。義父はきっと、私が大人しく許してくれると思っているのだろう。

「俺たちは家族だ。そうだよな」

彼の考えなど、お見通しだ。ただ、今までの言動で傷ついてきたからこそ、当然許す気などない。私は自分の気持ちをありのまま伝えようとした。その時、先に真乃が口を開く。

「織里さん、許す必要ないわ。お父さんはあまりにも身勝手すぎる」

険しい顔で、彼女は義父母を非難した。味方であるはずの娘に攻められ、彼は途端に目を吊り上げる。

「真乃、何を言うんだ?俺は今、織里さんに謝っただろう。彼女は優しいから、きっと許してくれる。そもそも、許すかどうか、真乃が決めることじゃない」

「お父さんは反省なんてしていないわ。自分がどれだけひどいことをしたか、分かっているの?あれだけ織里さんを侮辱しておいて、許されるはずがないでしょ」

「うるさい。真乃は黙っていろ。俺は家族として、織里さんと仲良くしたいんだ。これからは学歴で判断したりしないから」

真乃を睨みつけた後、義父は私に笑顔を向ける。ただ、義母は拗ねているのか、不機嫌そうに悪態をついた。

「どうして彼女に謝罪なんてするのよ。中卒なんかに謝るなんて。お父さんも、何を考えているのか」

「おい、お前はまだ反省していないのか。そもそも、お前が織里さんに嫌がらせしたのが始まりだろう。ちゃんと謝れ」

「織里さんは高校にすら行っていないのよ。そんな低学歴の人に頭を下げるなんて、絶対に嫌だわ」

「お前はホテルのことを何も考えていないのか」

参列者が冷めた目で見る中、義母はふっと顔を背ける。彼女は義父が私への態度を改めたこと自体、気に食わないらしい。それでも、彼はどうにか義母に謝罪させようとした。

「中卒だからと馬鹿にしたことが間違いなんだ。今すぐ織里さんに謝罪しろ」

「だから、嫌だって言っているでしょ。そもそも、私は織里さんが自分の勤めているレストランを黙っていたことに腹が立つの。最初から言っておけば、試食会で料理を振る舞うことも断らなかったのに」

「仕事について話した時に、店名までお伝えすべきでしたか?聞かれたら答えるつもりでいましたが」

「聞かないで、わざと隠していたんでしょ。定食屋だと思っていた私を、内心笑っていたんでしょ。家族に黙っていたなんて、卑怯だわ」

私を指さして、怒鳴り声をあげる義母。すると、真乃が頭を抱えた。

「私はお母さんたちに、織里さんのレストランを教えようとしたでしょ。一度行ってみてって、伝えたはずだけど」

「え?ああ」

彼女の言葉で思い出したのか、義母が目を丸くする。試食会で私の料理を出したいと考えた兄夫婦は、反対する義両親に「一度でいいから織里さんの料理を食べて」と頼んでいたらしい。

「食べもせずに織里さんの料理を否定されて、不愉快だった。だから、彼女の働く店のことを説明しようとしたの。でも、お母さんたちは聞いてもくれなかったわね」

義両親はどうせ小汚い店だと決めつけ、店名すら知りたくないと拒んだという。聞いたところで行かないから、教えなくていいと言われ、真乃は伝えるのを諦めたそうだ。

「あの時、本当は織里さんが二つ星のレストランの料理長だって説明するつもりだった。そうすれば、二人も納得してくれると思って」

「それなら、私たちの話なんて無視して言ってくれたらよかったじゃない」

「あんなに拒否したくせに、話したところで無駄だと思ったから、教えなかったの。だから、外部委託でお願いすることにしたのよ」

「悪かったよ。俺たちがちゃんと聞くべきだった。真乃は、織里さんの料理が本当に好きなんだな」

義父は周囲に理解ある父親だとアピールでもしているのか、わざとらしく真乃に寄り添う。それでも、彼女は義父に対して厳しい顔をした。

「お父さんは、ホテルのために仕方なく謝っているんだよね。実際は、反省なんてしていない。織里さんの料理をホテルで出したいだけでしょ」

「何を言っているんだ。真乃、落ち着きなさい。俺は織里さんの実力を認めているからこそ、申し訳なさを感じていて」

「じゃあ、織里さんに監修は頼まないってことね」

彼はもごもごと口を動かし、目を泳がせる。その反応からして、真乃の予想通りのようだ。

「お父さん、本当のこと、言ってくれませんか?」

静かに義父を見つめる。すると、彼は観念したのか、正直に白状した。

「いや、反省しているのは本当なんだ。その上で、織里さんには是非うちのホテルで働いて欲しい。家族として、共にこのホテルを盛り上げていただけたらと」

「やっぱり、それが狙いだったんですね」

「勘違いしないでくれ。俺は社長としてではなく、義理の父親として言っているんだ。織里さんとは、これから本当の家族のように仲良くなりたいと思っていて」

義父はうろたえながらも、ホテルに来てくれと必死に訴える。ビジネスチャンスだと思っているようだ。私は首を横に振り、きっぱりと断った。

「私は今のレストランが好きなんです。それに、このホテルは中卒が働いていい場所ではなさそうなので」

「そんなことはない。学歴不問だ。織里さんほどの腕前があれば、きっとうちのホテルでも活躍してくれるだろう」

「だから、お父さん、いい加減にして。中卒の料理人をスカウトするなんて、恥ずかしい。参列者の皆さんだって見ているのよ」

言葉を潜めて義父を責める義母。彼女は私が働くことに反対している。

「お母さんが恥ずかしいと言っているので、お断りしますね」

「お父さん、諦めてくれますか?」

「待ってください」

「母さん、今、口を挟むな。お前は経営者でも何でもないだろう。このホテルの社長は俺なんだから、静かにしておけ」

「うちのホテルの料理人は、みんな素晴らしいの。彼らがいる以上、織里さんは必要ないじゃない。お父さんは、そんなことすら分からないのね」

「あいつらと織里さんじゃ、比べ物にならない。二つ星のレストランの料理長がどれほどすごいか、お前には分からないのか?」

義両親は互いに声を張り上げて、口論を始める。参列者が呆れる中、俊助が仲裁に入った。

「お父さん、もう諦めてください。それに、お母さんもいい加減、織里に謝ってくれませんか?」

「俊助さんは、そんなにも妹が大事なの?中卒の料理を提供するなんて、うちのホテルの体面が丸つぶれよ」

「今日は俺と真乃の結婚式なんです。ホテルの良さを伝える場ではありません。それを分かっていただけませんか?」

彼が間に入っても、義母の興奮は収まらない。その時、一人の参列者がゆっくりと立ち上がった。彼を見て、思わず声が漏れた。

「え、お客様、どうしてここに?」

「近藤さん、いきなりすまないね。ちょっと黙っていられなかったもので」

参列者が多かったため、受付の際には気づかなかったのだが、彼はうちのレストランの常連客だった。その常連客を見た途端、義父が慌ててすり寄る。

「これはこれは、いきなりどうされましたか?」

どうやら、常連客は地元の名士らしい。義父は媚び諂い、彼の機嫌を伺う。

「みっともない夫婦喧嘩を見せてしまい、申し訳ございませんでした」

「あの社長ご夫妻には、失望した。学歴で人を判断するような人間だとは思わなかったよ」

常連客の声は低く、激怒しているのが見て取れた。義父はその様子に怯え、額の汗をかきながら何度も頭を下げる。

「違うんです。私たちは勘違いをしていただけで」

「勘違いをしていたら、人を侮辱していいと思っているんだな。今まで私はこのホテルを気に入っていた。だが、今後はもう宿泊することはない」

常連客は険しい表情で義父を一蹴する。どうやら彼は、ホテルにとって重要な顧客のようだ。義父は目をうるませ、顔を真っ青にした。

「そんなこと、おっしゃらないでください。私どもも反省しているんです。ほら、お前も謝りなさい」

改めて、義母に謝罪をするよう促す義父。しかし、彼女は拒否し続けた。

「こんな大勢の前で、中卒に謝るなんて嫌よ。私は間違ったことを言っていないんだから」

義母はどれだけ酔っているのだろうか。常連客にすら無礼な態度を取る彼女に、義父は目をむく。

「いい加減にしろ。お前はホテルの信用を失墜させる気か。今、ここには関係者の方々がいるんだ。ほら、早く」

そう、彼が睨むと、義母はしぶしぶといった様子で頭を下げる。

「騒ぎを起こしてしまい、申し訳ございませんでした」

ただ、彼女は参列者にしか詫びをしない。その様子に、常連客が怒りをあらわにする。

「社長夫人は、近藤さんには謝らないんですか?彼女を散々けなし、まだ自分は悪くないと」

「ですから、織里さんに謝れ。何度も言わせるな」

義父が無理やり、義母の頭を下げさせる。

「ちょっと、やめてよ。なんでみんな、織里さんに甘いの?彼女は勉強ができなかったから、料理に逃げたんでしょ?二つ星の料理長だからって、偉そうに」

悔しそうに顔を歪めた彼女を見て、私は肩を落とした。こんな考えを持つ義母に謝られたところで、何も感じない。

「もう、謝らなくても構いません。お母さんが反省することはないでしょうから」

「ほら、織里さんもこう言っていることだし、もういいでしょ。せっかくの試食会なのに、あなたのせいで台無しだわ」

ぼやきながら周囲に目をやる義母。その瞬間、彼女は徐々に顔をこわばらせた。参列者が義母に白い目を向けていることに、ようやく気づいたのだろう。

「どうして私を睨むのよ。私は事実を言ったまでじゃない。皆さんだって、中卒が一族にいたら恥ずかしいでしょ」

同意を求めるも、全員無反応だ。次第に酔いが覚めたのか、彼女は自分の味方がいないことを察した。

「ここにいるみんな、私を悪者にするのね」

「何を言っているんだか。学歴で人を判断するなんて、お父さんとお母さんくらいよ。自分たちが間違っていることが、まだ分からないの」

「ま、あなたは大卒でしょ。ここにいる人たちだって、きっと全員高校を卒業しているわ。中卒がどれだけ珍しいことか、分かる?」

「珍しいから、おかしいとでも?織里は両親の死後、俺に苦労をかけたくなくて就職したんです。彼女は俺の自慢の妹だ。だから、もう侮辱しないでください」

兄夫婦は冷静に義母を攻め立てる。その時、参列者がざわついた。

「学歴だけで、あそこまで否定するなんて」

「ホテルはいいけど、経営者はダメダメだな」

とひそひそささやく。義母の言動に、みんな痺れを切らしたようだ。新郎側の参列者は、義母が私を一人席に案内したところも目撃している。そのため、彼らはここまで陰湿な嫌がらせをするなんてと、彼女を軽蔑の目で見ていた。

呆れ返る参列者に、義母は戸惑っている。ここまで引かれているとは思っていなかったらしい。

「織里さんが出しゃばらなければ、こんなことにはならなかったのに」

呆然としながら、私を睨みつける。私は彼女に否定されても、もう何も感じなかった。兄夫婦や参列者は、純粋に料理を評価してくれたのだ。それだけで十分だった。

ただ、ホテルのためには、しっかりと明かしておかなければならないことがある。私は義父に視線を送った。

「お父さんに確認したいことがあります。産地偽装の件、ご存じでしたか?」

「産地偽装?何のことだ?」

単刀直入に告げると、彼は真剣に首をかしげる。嘘をついているようには見えなかった。しかし、義母はあからさまに目をそらす。彼女は事情を知っているのだろう。

「お母さんは、心当たりがあるんですか?」

そう問いかけた途端、義母は激しく動揺した。

「織里さんは、私のことがそんなに嫌いなのね。産地偽装を私がしているとでも言いたいの?」

彼女は声を強め、なぜか私を攻め立てる。

「落ち着いてください。私はまだ、このホテルで産地偽装が行われているとは言っていません。ただ、知っているかどうか尋ねただけですが」

「だとしても、わざわざ私たちを揺さぶったじゃない。参列者の皆さんに疑われかねない行為だわ」

「そうですね。じゃあ、はっきりお伝えしましょうか」

私は一呼吸を置いて、事実を告げた。

「今回、下準備をしている際、料理人の方から相談を受けたんです。経営者に産地偽装されていると」

「何よ、それ。そんなの、料理人たちの嘘に決まっているじゃない。うちのホテルが、そんな卑怯なことをするわけがないでしょ」

「私もそう思いたいですが、指示したのはお母さんだと聞きました。証拠も確認しています」

先日、料理人から見せられたのは、外国産の肉を国産のものだと偽るよう書かれたメモだった。当然、彼らは産地偽装なんてダメだと反論した。しかし、義母は従わなければクビにすると脅してきたらしい。

最初は私も半信半疑だった。ただ、偽物だとは思えなくて。

「でも、私が指示を出した証拠はないんでしょ。料理人たちは、私を貶めたいのよ」

彼女は自分が無実だと言いはる。だが、料理人たちが義母への嫌がらせで書状をでっち上げた可能性は低い。

「皆さん、私が社長令嬢の義理の妹だと知って、すがる思いで相談してきたんです。あの表情からして、お母さんを貶めたいようには見えませんでした。彼らはホテルを守るため、声をあげた。それが痛いほど伝わってきたからこそ、私は義母を直接問い詰めようと考えたんです」

「お母さんだけでなく、お父さんも関与していると思っていましたが、それは見当違いだったみたいですね」

「待ってくれ、母さん。今の話は本当か?産地偽装するよう指示を出すなんて」

義父は目を見開き、義母を凝視する。どうやら初耳だったようで、義父は愕然としていた。そんな彼にも、義母は自分は無実だと訴える。

「どうせ、織里さんが私を嵌めるために、料理人と手を組んだのよ。産地偽装なんて指示していない。私は知らないから」

「本当のことを言え。今後、調査したら、事実はすぐ分かるんだぞ」

「うちのホテルの料理人が、織里さんと協力するのもおかしいだろう。だから、私は」

「お母さん、織里さんや料理人の皆さんが嘘をつく理由はないの。書状があるなら、言い逃れはできないと思う」

真乃が静かに義母を見つめる。まさか実の娘にまで疑われるとは思っていなかったらしい。

「どうして私が犯人だと決めつけるのよ。真乃、私を裏切るの?織里さんのことばっかり」

義母が声を震わせ、母が泣き出しそうになる。

「私だって、お母さんを信じたい。だけど、この状況で疑わないなんて無理よ。お願いだから、事実を話して」

すると、とうとう観念したのか、義母がゆっくりと口を開く。

「産地を偽装するよう、私が指示を出したわ。料理人にメモを渡して、従わないなら解雇だと告げた。これで、いい?」

彼女は自嘲気味に笑い、産地偽装を認めた。また、その瞬間に義父が顔をこわばらせる。

「本当なのか、母さん。一体、なんでそんなことを?」

「私はホテルのためにやったの。仕入れを安くして、その上でお客様の期待にも答えたかった。実際、今までバレていなかったんだから、いいじゃない」

「いいわけがないだろう。お前はお客様を騙していたんだぞ」

彼は激怒し、開き直る義母に怒声を浴びせる。産地偽装は、義母の独断で行われていたようだ。「ホテルのため」というが、バレたら信用が失墜するのは明白である。しかし、義母はことの重大さを理解していなかった。

「うちのホテルの料理人は一流でしょ。だから、肉が外国産だろうが国産だろうが、味は同じ。産地を偽装して、何が悪いのよ」

「そういう問題ではない。なんで、こんなことに?」

絶望して、義父が頭を抱える。参列者は信じられないといった様子で、義母に視線を送っていた。兄夫婦も、ただ静かに彼女を見つめている。

「お母さんは、お客様のことを馬鹿にしていたのね。バレないと思っていたんでしょう」

「実際、バレなかった。みんな味だけじゃ、どこの肉かなんて分からないのよ。そのおかげで、仕入れが浮いたんだから。むしろ、感謝して欲しいくらいだわ」

「ひどい。私はお父さんもお母さんも、ホテルの経営に関しては真面目に取り組んでいると思っていた。でも、違ったんだね」

悪びれる様子のない義母に失望して、真乃が目を伏せる。

「もし、料理人の皆さんが声をあげてくれなかったら、今後もずっと隠し続けるつもりだったの?」

「当たり前でしょ。織里さんが余計なことをしなければ、バレなかったのに。そもそも、こんなところで言わなくてもいいじゃない。私にだけ話してくれたら」

「お母さんやお父さんだけに話したら、揉み消される可能性がありますよね。料理人のためにも、それだけは絶対に避けたかったんです」

正直言って、義両親は信用できない。そのため、兄夫婦には申し訳ないが、ホテルの取引関係者が多くいるこの場で公表したかったのだ。会場内が総然とする中、関係者が義両親に詰め寄る。義父は「どういうことか、説明しろ」と問われて、顔を真っ青にした。

「このことは改めて調査しますので、どうか落ち着いてください」

私は、鬼のような形相でこちらを見る義母に声をかけた。

「今回のことは、すでに消費者庁に通報しています。ですので、しっかりと処分を受けることになりますよ」

「通報?そこまでしなくても、いいじゃない」

「織里さん、本当なのか?そんなことしたら、ホテルが終わる」

今にも泣きそうな顔で、義父がこちらに詰め寄る。

「母さんがやったのは、確かにダメなことだ。でも、通報なんてしたら…」

「じゃあ、お父さんは調査して産地偽装が発覚した際、どう対応するつもりだったんですか?料理人を説得して、ごまかすなんて言わないですよね?」

「いや、そんなことは…」

どもりながら、彼は言葉をつまらせた。その反応からして、やはり揉み消すつもりだったらしい。改めて、ここで公表してよかったと確信した。

「お客様への誠意がない経営者がトップのホテルなんて、ありえません。私はこのホテルのために通報したんです」

「こんなことになるなら、織里さんを結婚式に呼ぶんじゃなかった。料理人も、なんでよそ者なんかに相談したのよ」

義母がぎゃあぎゃあと喚いて、私を非難する。その様子を見て、真乃は険しい表情を浮かべた。

「お父さんもお母さんも、どうして織里さんを責めるの?彼女こそ、正しいことをしているわよね。このままじゃ、私たちのホテルが潰れかねないのよ。怒るのは当然でしょ」

「そうだ。そもそも、真乃が俊介君と結婚なんてしなければ、二人とも…」

「本気で言っていますか?真乃はこのホテルを大事にしている。ホテルに来てくれるお客様のことを、第一に考えているんだ。だからこそ、お母さんのやったことが許せないのに」

義両親に向かって、俊助が怒りをぶつける。彼は真乃の気持ちを知っているがゆえに、二人の態度が理解できないらしい。

「真乃は将来、お父さんの跡を継ぐために懸命に仕事に励んできました。そんな彼女を責めるなんて、お門違いです。もちろん、織里も何も悪いことはしていない」

「うるさいわね。俊介さんはホテルとは無関係でしょ。真乃、こんな非常識な人とは結婚しない方がいいんじゃない?身内に中卒だっているし」

「もう、いい加減にしてよ」

その瞬間、真乃の目に涙が浮かんだ。

「私はずっと、お父さんとお母さんの考えが分からなかった。学歴ばかり重視して、有名な大学に入れとうるさくて。でも、それは私のために言ってくれていると思っていたの。真乃はホテルの経営者になるなら、たくさん勉強しなくちゃいけない。そう思い込んで、頑張り続けていた。だけど、織里さんへの態度を見て、お父さんたちが間違っていることに気づけたわ」

彼女は義両親が学歴で人を判断する姿を見て、違和感を覚えていた。そして、自分のその感覚は正しいと、今はっきり自覚できたという。

「二人は私のために勉強するよう言っていたわけじゃない。ただ、自分たちが恥をかかないために、履歴書に箔をつけさせていたのよね」

「どうしたんだ、真乃。俺たちはお前のために…」

「もう、やめて。一族のお荷物は、むしろお父さんとお母さんじゃない。お客様を騙して、織里さんを馬鹿にして、結婚式をめちゃくちゃにした。私たちを責めるの?どう考えても、悪いのは織里さんでしょ」

「真乃は、そんな親不孝な娘ではなかったじゃないか」

真乃の言葉に戸惑う義父と、逆上する義母。そんな二人を、真乃は覚めた目で見ていた。

「これ以上、お父さんとお母さんにはこの場にいて欲しくない。今すぐ、試食会から出て行って」

「両親を追い出すなんて、何を考えているんだ。一旦、冷静になれ」

「私は冷静よ。お父さんは、産地偽装の件について今すぐにでも調査した方がいいでしょ。私の試食会になんて出ている暇はないと思うけど」

彼女の言葉が正論だからか、義父が絶句する。周囲の関係者も「事実確認をしろ」と求め、追われるようにして彼は会場を後にした。

「お母さんも、早く出ていって」

「どうして私が?私は真乃の母親なのよ。試食会にいる権利はあるわ」

「母親だとしても、織里を見下したことは許せない。そんなお母さんには、言われたくないから」

「あんた、怖い子ね」

義母は怒りのままに真乃に歩み寄り、彼女に掴みかかろうとする。だが、寸前のところで新郎側の親族が止めた。彼らは自分たちまで義母と同類だと思われたくないのだろう。

「今すぐ出ていけ」

と一斉に彼女を非難した。

「ちょっと、話しなさいよ。私は出ていかない。ここにいるの」

義母は暴れるが、ホテルのスタッフが彼女の腕を引いて、会場の外へ連れ出していく。どうやら彼女は、従業員にもあまり好かれていなかったらしい。義母がいなくなった途端、会場は静かになる。すると、兄夫婦は参列者に詫びて、試食会を再開した。

「織里、この席に座って。本来、俺たちが決めていた席はここだから」

俊助が私をとある円卓へと案内する。そこからは、新郎新婦の席がよく見えた。

「お兄ちゃん、ありがとう」

再開後、また参列者が楽しく談笑しながら料理を口にする。彼らは私の料理を褒めたたえ、その後は和やかな雰囲気に包まれた。

それから一ヶ月後、ホテルの産地偽装は発覚し、義父は責任を取って社長を退任した。そして、義母は不正競争防止法違反で逮捕された。現在、ホテルの社長は真乃となり、彼女は信頼を回復すべく、懸命に頑張っているという。真乃は今回のことで義両親と絶縁した。今、俊助と暮らしている住まいの住所は、伝えていないらしい。ちなみに、義両親はその後、離婚した。義母は賠償金を請求され、苦しい生活を強いられている。義父も慣れない仕事をしながら、どうにか一人暮らしをしているそうだ。

一方、私は変わらずレストランで料理長として働いている。定期的にうちの店を訪れては、幸せそうに食事している兄夫婦。そんな彼らから、先日嬉しい報告を受けた。

「実は、今、真乃のお腹の中に、俺たちの赤ちゃんがいて」

「おめでとう、お兄ちゃん。パパになるんだ」

私はもうすぐ、おばになるらしい。真乃は大変な時期だからこそ、家族として支えられたらと思う。そして、私も二人にとあることを報告した。

「実は、お付き合いしている人がいて。先月から、共にレストランで働く男性と交際を始めたんだ」

兄夫婦は、自分のことのように喜んでくれた。大切な家族と共に、幸せな日々を重ねていきたい。私はそう強く思った。

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