「その睨むような目つきでご商売ですか?」
妹の結婚式の控え室で、初めて会った義父にそう言われた時、頭の中が真っ白になった。
母が亡くなってから十五年以上、必死で守ってきたものすべてを否定された気がした。
俺の名前は柳下正。小さな町で母が始めたおにぎり屋を、高校を辞めて継いだ。離婚した父の顔を、妹のミキは知らない。母は女手一つで俺たちを育て、明るい笑顔で「人は心よ」と繰り返した。俺は母に似ず、父に似た鋭い目つきと彫りの深い顔立ちをしていて、子供の頃から「怖い顔」と言われるのが当たり前だった。
近所の夏みかんの木に忍び込んだ時も、一緒にいた友達は叱られてもすぐ解放されたのに、俺だけは老婆に「あんた、そんな目つきじゃ刑務所行きになるよ」と長々と説教された。母子家庭だということも絡めて。
母はいつも笑って「そんなのナンセンス」と言ってくれた。でも、母が帰らぬ人となったのは、俺が高校に入学してすぐのことだった。仕入れ中の交通事故だった。
祖母の家に行くべきだと現実的な意見を口にしたのは、十三歳だったミキの方だった。だが俺は「俺がやる」と店を継ぐ道を選んだ。無鉄砲だと分かっていた。大人たちに頭を下げ、二十歳の手前で店を切り盛りできるようになった。
「お前は勉強しろ。金のことは俺がなんとかする」
ミキを強引に説得して大学へ送り出した。ミキは優秀で、大手出版社に就職し、生き生きと働いた。俺の行きつけの居酒屋で、初任給で奢ってくれたあの夜は、今でもいい思い出だ。
ミキが就職して五年目。同じ編集部で働く男との交際を打ち明けられた。
「真剣交際だろ?」
俺がそう尋ねると、ミキは照れ笑いをした。
そして、プロポーズを受け、結婚の挨拶に彼氏が来ることになった。
細田かず。大手企業の創業家の息子だった。東京の高級住宅街で育ち、高校と大学はアメリカで過ごした、俺たちには縁のない世界の男だ。身構えたが、実際に会ったかず君は控えめで物腰の柔らかい普通の青年だった。ミキの言う通り、実直で飾らない人間だとすぐに分かった。
「ミキをくれぐれもお願いします。俺はミキと二人だけの家族だったから、一人増えるのは本当にありがたい」
そう伝えると、かず君は自然な笑顔でうなずいた。
入籍から三か月後、結婚式が執り行われた。
親族控え室で、まずかず君の家族と顔を合わせた。かず君の父は、誰もが知る大企業の社長。風格のある男だった。俺は緊張で表情が強張っていたと思う。
「ミキさんとはお顔が違いますね。あなたは……不運な方だ」
義父は俺の顔を舐めるように見て、軽蔑の色を浮かべた。
「おにぎり屋ですか? それを経営していらっしゃると、ミキさんからは聞いておりましたが」
「ええ、十六の頃に母が亡くなって、残された店を継ぎました」
「確か、高校を辞められたとか」
「はい。店を潰すのが嫌だったので」
「その睨むような目つきで、ご商売ですか? 客が寄りつきますか?」
そう言って、義父は半笑いで俺を嘲った。
「親の死を理由にしているが、それは言い訳でしょう。見た目からして、素行が悪くて成績不振だった。居場所がなくなって辞めたに違いない」
周囲が静まり返る中、義父は止まらない。
「こんなヤクザ崩れ、うちに迎え入れられるか」
俺は怒りよりも、どれだけ勘違いされているのかに呆然とした。かず君が「父さん!」と声を上げた、その時だった。
「失礼します。よろしいですか?」
ミキが手を挙げて、誰よりも大きな声を出した。目の周りが赤い。
「お父さん、兄はヤクザ崩れでも何でもありません。ただの、本当に善良な男です」
「料と言われてもな、この見た目では」
「いいから黙って聞いてください。兄は母を亡くして心細かった時、強く突き進む勇気のある人でした。そのおかげで母のお店は今も続いています。商店街の方も、昔からのお客様も、兄のことをよく知っています。兄は身を粉にして働き、私に進学させてくれました。私が出版業界で働ける夢を叶えられたのは、兄がいたからです」
そう言って、ミキは涙を浮かべながら続けた。
「私が一人で生きていれば、今日ここにいる皆さんと出会うこともなかった。兄が私に広い世界を与えてくれました。それなのに兄を悪く言うのは、私の人生を否定するようなものです」
「なんだ、私が悪いというのか。そんな若い娘の戯れ言だ。そもそも、あんたもその兄に騙されてるんだ」
義父は乱暴に手を振った。
「兄は詐欺師じゃありません。それに、あなたみたいに妄想を膨らませて、ひどいことは言いません」
ミキは目を開いて睨み返した。
「兄は不平不満を漏らす前に体が動く人です。お父さん、ついさっき『葬儀事業』とおっしゃったでしょう。兄はちゃんとその葬儀事業もやってます。弁当配達のボランティアを、十年前から毎日休まずコツコツと」
ミキが明かしたのは、俺が代表を務めるNPOの活動だった。母を亡くした後、似た境遇で育った友人たちと始めた食事の配達。引きこもりの老人、シングルペアレントの家庭、身寄りのない若者。地域で孤立しがちな人々に食事を届け、生存を確認する活動だった。小さな町から始めて、十年かけて行政とも手を組むところまで広がった。
「兄は別に見返りは求めていません。お店も、弁当配達も、NPOの運営も、自分がやるべきことだからやるだけ。どこまでも真っ直ぐ、一つの道を行く人です」
ミキの言葉に、義父は真っ赤な顔で俯いて黙り込んだ。かず君の母や妹が義父を責め始めた。
「お父さん、頭、大丈夫なの? 何様のつもり?」
義父はようやく、小さく「申し訳ない」と言って俺に頭を下げた。俺にはかず君の親族から謝罪の言葉が集まった。これから家族になる相手に腹を立てていても仕方ない。俺は謝罪を受け入れ、式へ向けて気持ちを切り替えた。
式と披露宴は、控え室での騒動が嘘のように素晴らしいものだった。ミキとかず君の人柄がなせる技だろう。参列者全員が笑い、涙した。嬉しそうなミキの姿が、何より俺の幸せだった。母が生きていたら、とふと思わずにはいられない、温かい時間だった。
結婚式を境に、家族の厚みが増した。かず君が俺のNPO活動の支援者になり、休日には活動に参加してくれた。かず君の妹さんは、活動の運営業務にまで携わり、挙げ句には店先に立ってくれることもある。
そんなある日、店先でかず君の妹さんに突然言われた。
「わたし、さんとお付き合いしてもらえませんか?」
誠実な人だと。中身がすべてだと。そう言って彼女は笑った。俺とかず君の妹が夫婦になるのかどうかは、まだ分からない。だけど、俺の人生はとても温かく、充実している。家族と仲間に囲まれ、毎日を満ち足りた気持ちで過ごしている。これからも俺は、自分のやるべきことをやり、守るべきものをしっかりと守っていこう。そう心に誓った。



