「母子家庭貧困」と書かれた席札を、私は結婚式の会場で見つけた。息子の結婚式で、新婦の母に付けられたあだ名だった。披露宴のスピーチで彼女はマイク越しに「この貧乏ババアの息子が、よくうちの娘を狙えたわね」と笑い、会場中が私を嘲笑った。夫を早くに亡くし、一人で息子を育ててきた私。悔しさで震える拳を握りしめた時、彼女は私に向かってこう言った。「あんた、まさかヤクザに逆らう気?」――彼女は知らなかった…

「母子家庭貧困」と書かれた席札を、私は結婚式の会場で見つけた。息子の結婚式で、新婦の母に付けられたあだ名だった。披露宴のスピーチで彼女はマイク越しに「この貧乏ババアの息子が、よくうちの娘を狙えたわね」と笑い、会場中が私を嘲笑った。夫を早くに亡くし、一人で息子を育ててきた私。悔しさで震える拳を握りしめた時、彼女は私に向かってこう言った。「あんた、まさかヤクザに逆らう気?」――彼女は知らなかった...

「おめでとうございます。お席はこちらです」

そう言って私を案内したのは、新婦の母親である冬川さんだった。着物を品よく着こなし、髪を一つにまとめた、まさに「組の妻」という雰囲気の女性だ。

「どうぞ」

席に着くなり、私は自分の席の表示に目をやった。そこには「母子家庭貧困」と書かれていたのだ。

「あら、これ私が考えたのよ。覚えやすくていいでしょう?」

あまりの仕打ちに言葉を失う私を見て、彼女は嬉しそうに笑った。

「でも母子家庭なんでしょう?だったら貧困に決まってるわ。事実じゃない」

「確かに母子家庭ですが…」

「あたし、昔から覚える価値のない人間の名前って覚えられないのよ。だからあだ名をつけるのが得意になったの。どう?このセンス、素敵でしょ?」

失礼のオンパレードに何と言っていいのか分からない。うちは母子家庭だが、貧困ではない。訂正しようものなら話が通じないだろう。

「まあ、貧乏人にはこのセンスは理解できないわよね。ところで旦那さんはどうしてらっしゃらないの?やっぱり貧乏臭いから逃げたの?」

「どういう意味ですか?」

「貧乏なだけじゃなくて頭も悪いわけね。それじゃあ旦那に逃げられても当然だわ。こんな貧乏が写りそうな女と一緒にいたい人なんていないもの」

「あなた、さっきから失礼ですよ」

「ただの楽しい会話じゃない。もしかして怒っちゃった?これだから貧乏人と話すのは嫌なのよね。心の余裕もユーモアもなくて」

これ以上放っておくと、さらにひどいことを言われる。話をそらそうと、彼女が組の妻だと聞いたことを思い出し、話題を変えた。

「そういえば、あなたの旦那さんは組の方なんですって?」

すると彼女は待ってましたとばかりに得意げに話し出した。

「私の旦那は白川組の組長をしているの。有名な白川組ってご存知?」

「ええ、もちろん」

「こんな貧乏人のところまで情報が行くなんて、どういうことか分かる?すごいのよ。あんたの息子も、うちの娘が白川組のお嬢様だって知ってたんでしょ」

「まさか。息子は白川組に興味なんてありませんよ」

「そんなわけないでしょう。貧乏ババアの息子なんだから、逆玉を狙ったに決まってるわ」

「息子のことを侮辱しないでください!」

「侮辱?事実を言っただけじゃないの」

白川組になんて興味がないと言ったのに、彼女はさらにヒートアップする。

「白川組に立ち向かったらどんな目に合うか分かってるの?皆さん!この人は母子家庭で貧乏で、旦那にも逃げられた可哀想なおばさんですよ!」

彼女の声はどんどん大きくなり、周りの参列者がチラチラとこちらを見て不快そうに眉をひそめる。耐えられなくなり、私はわざとらしく腕時計を確認した。

「大変、もう式が始まる時間だわ。あなたも席に戻ったらどう?」

「あら、小汚い時計でも時間は正確なのね。ま、せいぜい楽しんで頂戴」

彼女はそう言い残すと、ようやく席へ戻っていった。やっと解放されたと胸を撫で下ろす。

結婚式は問題なく始まり、息子たちがたくさん準備したことが分かる素敵な式だった。しかし、新婦の両親のスピーチで事件は起きた。

「本当にどうして、恵まれた素敵なうちの娘が、こんな貧素なババアの息子をお婿さんに選んだのか、ちっとも分からないんです。娘にはもっともっと素敵な男性がいくらでもいたはずなのに。こんな母子家庭の貧困ババアが義理とはいえ家族になるなんて、とっても屈辱的ですねぇ。あんた、貧困じゃなくて生活保護受けてんの?」

会場からは彼女の旦那や新婦の親族たちの笑い声が聞こえ、中には「貧乏人!」「生活保護!」とヤジを飛ばす者までいる。私と息子を貶めてもいい空気が会場中に蔓延していた。

その時、新婦である美沙さんが立ち上がり、冬川さんに詰め寄った。

「ちょっとお母さん、さっきから失礼よ。貧乏とかババアとか、言っていいことと悪いことがあるわ」

「何よ美沙。あんた、まさかあの貧乏ババアの味方なの?」

「味方も何も、しおりさんは私の義理のお母さんになる人よ。結婚式のスピーチでそんな汚い言葉を言わないで」

「しおりさん、母が大変失礼しました。申し訳ございません」

美沙さんは母親を叱りながら、私に深々と頭を下げて謝罪してくれる。なんて出来た娘さんだ。

しかし、人前で叱られたことに逆上した冬川さんは、美沙さんを思いっきり平手打ちした。その強い一撃に、美沙さんはその場に倒れ込んでしまう。

息子が助けようと立ち上がるのを、冬川さんは「そうはさせない」とばかりに美沙さんの髪を掴み上げた。

「誰に向かって生意気な口を聞いてるの?あんたは一体誰のおかげで今ここにいられると思ってるの?これ以上私に失礼なことを言うなら、この結婚式をめちゃくちゃに潰してやるから」

美沙さんの頬は赤く腫れ上がり、せっかくセットした髪もぐちゃぐちゃになってしまっている。

「ごめんなさい」

「分かればいいのよ。こんな生意気な娘で、結婚生活なんてうまくいくのかしらね。ああ、せっかく貧乏ババアについて楽しくスピーチしていたのに。皆さんすみません、邪魔が入りましたがスピーチを再開します。ええと、どこまで話しましたかしら。ああ、そうそう、あのババアが生活保護を受けてるっていうところだったわね」

耐えかねた息子が立ち上がり、私のそばに来た。

「ごめん、母さん。式をもう中止にする。今日はもう帰ろう」

悲しそうな顔をした息子に背中を押されて、帰ろうと立ち上がる。すると、冬川さんはさらに嬉しそうに騒ぎ始めた。

「あら、母子家庭貧乏ババアさん、やっとお帰り?さっさと帰って頂戴。あんたの貧乏がみんなに映っちゃうじゃない」

悔しさがじわじわと湧き上がり、そのままでは帰れないと強く拳を握りしめた。私は冬川さんの近くまで歩いていき、宣言した。

「組の参加で乗り込むわよ」

彼女は一瞬言葉を失ったが、すぐに大爆笑し始めた。

「あはは、面白いわね。乗り込みって意味分かって言ってるの?」

「あなたよりはよく知ってるつもりよ」

「あのね、おばさん、私たちは白川組なのよ。ヤクザって分かる?あんたがそのヤクザに乗り込みするって言ってるの?本当にありえない。冗談はその貧乏臭い顔だけにしてほしいわね」

スピーチ用のマイクを通して煽ってくる彼女を無視して、私はその場で部下に電話をかけた。

「研究よ、すぐ来て頂戴」

電話をかけて数分後、私は部下たちを呼び寄せた。彼らは普段、私の指示があるまで近くで待機している。

突然現れた黒スーツの男たちは、見るからに普通の人間ではない風貌をしている。その数は80人近い。会場は私の部下たちに取り囲まれ、冬川さんとその旦那を始め、新婦の親族たちは青ざめた顔をしていた。

「なんなのこいつら!勝手に中まで入ってきて!」

「問題ないわ。全員、私の部下たちよ」

「組長、どうされました?」

「この白川組の組長の奥さんが、私のことを母子家庭貧困って侮辱するのよ」

「何だと?貴様、組長に対してそんな口を!」

冬川さんはあっという間に部下たちに取り囲まれ、何がなんだか分からず怯えた表情を浮かべている。

「あ、あんたたち私を誰だと思ってるのよ!そのバッジ、金子組?」

彼女は部下たちの胸元にあるバッジに目を向けた。そこには金色に輝く金子組の大門が光っていた。

「そうよ。金子組知ってる?私はそこ、金子組の組長を務めているの」

「う、嘘よ!こんな貧乏臭いババアが組長だなんて!」

「組って、関東全域を仕切っている大きい組じゃないの?」

「そうなの?だから言ったでしょう。息子は白川組になんて興味がないって」

「はあ…そんなの分かるわけないでしょ。それに、こんなに見るからに貧乏臭そうな見た目なのに組長のはずがないわ。着物もこんなに地味だし」

「あら、地味だったかしら。今日の着物は、あなたの着物が10着は買えるくらいの金額はすると思うけど。ほら、金子組の大門も入ってるわよ。見る人が見れば分かるはずだけどね」

「じゃあ、母子家庭貧困で生活保護も受けてるっていうのは嘘なのね。嘘つき!」

「嘘つきって、全部あなたが言っただけのことでしょ。呆れたわ」

冬川さんは唇を震わせて顔を真っ赤にしている。

「それで、息子の結婚式を台無しにした落とし前は、どうやってつけるつもり?」

私の凄みに恐れをなして、さっきまで石のように固まっていた白川組の組長がその場で土下座をした。

「金子組の組長とは知らず、大変失礼いたしました。本当に申し訳ございません。ほら、お前も謝れ!」

「嫌よ。なんで私がそんなみっともないことをしなくちゃいけないの?それに、ちょっとからかったっていうか、楽しくトークしただけじゃない」

「楽しくトーク?他人のことを貧乏だの片親だのと言って笑うのが、どうやら全然反省していないようね」

私が短く指示をすると、部下たちは従い、冬川さんと白川組長から離れて私の後ろに回った。許されたと思ったのか、二人はほっとした表情を浮かべる。

「3日後、白川組の事務所に乗り込みに行かせてもらうわ。組の参加だから、500人ぐらいかしらね」

「ご、500人?そ、それだけはお許しください!うちのような小さな組は潰れてしまいます!」

「そんなのハッタリよ!500人なんているはずないわ!」

「いい加減にしろ!お前が取り返しのつかないことをしたのが、まだ分からないのか!」

相変わらず大声で騒いでいる冬川さんと、それを叱る組長を一瞥して、私は息子と共に会場を後にした。

式から3日後、宣言通り500人の部下を集めて白川組の事務所へ向かった。事務所は小汚いビルにあり、こんな小さな組なのかと呆れた。

部下に事務所の扉を蹴破らせて中に入ると、静まり返った事務所には3人ほどの組員と白川組長と冬川さんしかいなかった。私たちの姿を見て立ち向かってくるかと思いきや、全員がすぐに土下座をして床に頭を擦りつけていた。

「しおりさん、結婚式では失礼な真似をしてしまって申し訳なかったわ。あの通り私もすっかり反省してるの。どうか許してくれない?」

「あなたの反省ごときで許せると思う?私が侮辱されたこともだけど、大事な息子の式をぶち壊した落とし前がつかないわ」

「うわあ、そんな落とし前だなんて!私だって義理の家族になるじゃない。1回くらいの粗相、目を多めに見てくれてもいいんじゃないの?」

「義理の家族になる人間を、母子家庭貧困なんて呼んでバカにしたのはどこの誰なの?反省したからって、言ったことがなしになるなんて甘すぎるわ」

「そんな!あなた組の組長なんでしょ?それにしては器が小さいっていうか、ケチなのね」

「あら、あなたやっぱり反省してなかったのね」

「反省なんて、とっくに心の底からしてるわよ。だから、そんな私に免じて許してくれてもいいじゃないって言ってるだけでしょ」

なんとかして許してもらおうと媚びてくる冬川さんを一喝すると、白川組長がおそるおそる口を開いた。

「もちろん、ただで許していただこうとは思っておりません。許していただけるなら、何でもします」

「そうね。指は要らないから、代わりに1億円で手を打ってあげる。払えなかったら、今すぐ組を潰す」

「1億円!?本気で言ってるの?払えるわけないでしょう!」

「あのね、冬川さん、これは主婦同士の会話じゃないの。ヤクザの組長同士の会話なのよ。それに旦那さんも言ってたでしょう。あなたはそれだけのことをしたのよ」

「金子組の組長の息子の結婚式をめちゃくちゃにした落とし前なんて、本当なら1億なんかじゃ足りないぐらいだからね」

「わ、分かりました。1億円で、組だけは見逃してください!」

白川組長はすぐさそう答えて、再び頭を深く下げた。

「1億円のうち5000万円は、息子夫婦に渡して結婚式を台無しにした慰謝料にしなさい。それから残りの5000万円は、あなたが『母子家庭貧困ババア』と呼んで馬鹿にしたような、貧しい家庭の支援団体に寄付しなさい」

「なんでそんなことするのよ!私たちのお金なのに!」

「だってあなたが言ったのよ。母子家庭は貧困に決まってるって。社会の問題が分かってるだなんて、素敵なことじゃない?本当に反省しているのなら、あなたが馬鹿にしてきた人たちを助けてあげるべきなんじゃない?」

「分かりました。おっしゃる通りにいたします」

白川組長は物分かりがいいのか、すぐに1億円をかき集める手配を部下に言いつけた。しかし、冬川さんは口では反省していると言いながらも、まだどこか私や世間を見下しているような態度が見え隠れする。

「残念だけど、冬川さんが本当に反省しているとは思えないから、嫌でも反省できるようにしてあげるわ」

私は部下たちに白川組の事務所にある金目のものを全て没収するよう命じた。元々乗り込みに来たので、暴れるための準備は全員してある。部下たちは手早く白川組の事務所を破壊し尽くし、高級そうなアクセサリーや時計など金目のものは全て回収した。金庫の中も開けさせ、中身も全てこちらで預かることにした。

しかし、中身を全てかき集めても1億円には到底足りなかった。そのことが分かっているのか、冬川さんと組長は小声で何やら言い争っている。

「1億円に足りない分は、あなたたちの体で支払ってもらうわね。金子組にはいろんな業界にコネクションがあってね。冬川さんには、海外のお店で働いてもらおうと思うの」

「勝負だなんて!そんな下品な仕事できるわけないでしょう!」

「相変わらず失礼な人ね。職業に貴賤なしって言葉を知らないの?それに、あなたが結婚式で私に言ったことの方が、何倍も下品よ」

「そんなわけないでしょ!ねえ、あなた、なんとか言いなさいよ!このままじゃ私、勝負として働かされちゃうじゃない!」

「うるさい。自業自得だろ。それに命があるだけいいと思え」

「そうね。男の人の相手が嫌なら、山奥で動物に囲まれて生活するのはどう?それとも海の底でもいいけど」

「あんた、悪趣味ね」

「母子家庭貧困なんて席札に書く誰かさんよりは、ましだと思うけど」

話しているうちに事務所は部下によってめちゃくちゃになり、冬川さんと白川組長、そして白川組の部下たちは私の部下に連行されていった。抜け殻になった事務所は、白川組が終わったことを静かに物語っていた。

その後、冬川さんが逃げられないよう部下たちには24時間の監視体制を敷かせた。また、母子家庭や生活保護など困っている人たちを馬鹿にした冬川さんに対しては、社会制度を利用させるつもりは一切ない。私からの1億円の請求のため、給料は全て金子組に入る状況で、無一文で労働している。

白川組が潰れたことで食いに困っていた白川組長は、かなり反省していたので金子組の一員として迎え入れることにした。冬川さんは最初の頃は漏らしたり相変わらず口汚く文句を言っていたらしい。脱走しようとしたことも1度や2度ではないという。しかし、反抗するたびにきつい無給労働を課せられるので、いつの間にか諦めたようだ。二人はこの半年間でかなりげっそりしたらしい。

ある日、私は新婚の息子夫婦の元を訪ねた。そして、1億円のうちの5000万円を息子夫婦に渡した。息子夫婦は私に対して相当申し訳ないと思っていたようで、私からの気持ちに対して泣いて喜んでくれた。

それからさらに半年後、冬川さん夫婦が私の元へ現れた。結婚式の時とは別人のように痩せていたので、姿を見て驚いた。

「結婚式の時のことを、きちんと謝りたいの。私は本当に愚かだった。本当に申し訳ございませんでした」

「分かってくれたならいいのよ。それで、改めてこれを渡しに来たの」

冬川さんの手には一通の招待状があった。結婚式の招待状だ。

「私のせいで台無しにしてしまったから、娘たちの結婚式をやり直したいの。また来てくださる?」

「もちろん」

冬川さんの態度には、1年前にはなかった誠意が確かに感じられた。息子夫婦に渡したお金で結婚式をやり直して、新婚旅行にも行ってくるよう息子夫婦へ伝えてほしいと冬川さんに言うと、彼女は涙を流して喜んでいた。

私はと言うと、息子の結婚式からの悩み事からようやく解放され、再び開かれる結婚式の日を今か今かと楽しみに過ごしている。

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