父の誕生日に高級レストランへ行った帰り道、廊下で最悪のタイミングで上司に鉢合わせした。「お前みたいな底辺のバカが、なんでこんな店に来てるんだよ。お前らはお前らしくファミレスで十分だろ」と、家族まで底辺呼ばわりしてきた。俺は堪らず言い返したが、上司は逆上して「明日から仕事に来るな。クビにしてやる」と怒鳴り散らした。その瞬間、廊下の奥の個室から出てきた人物を見て、上司の顔色が一変した。彼は信じら…

父の誕生日に高級レストランへ行った帰り道、廊下で最悪のタイミングで上司に鉢合わせした。「お前みたいな底辺のバカが、なんでこんな店に来てるんだよ。お前らはお前らしくファミレスで十分だろ」と、家族まで底辺呼ばわりしてきた。俺は堪らず言い返したが、上司は逆上して「明日から仕事に来るな。クビにしてやる」と怒鳴り散らした。その瞬間、廊下の奥の個室から出てきた人物を見て、上司の顔色が一変した。彼は信じら...

高級レストランの廊下で、まさか上司と鉢合わせするなんて思ってもみなかった。父の誕生日を祝うために、家族で評判の店を予約していたのだ。コースも終盤に差し掛かり、デザートの後のコーヒーを前に、俺は一度手を洗いに席を立った。その帰り道、前方から歩いてくる男性が目に入り、何気なく顔を上げた瞬間、相手が驚いたように立ち止まった。その男は、俺の部署の新しい部長、坂野だった。

「お前、なんでこんな店にいるんだ?」

坂野部長は、俺の普段着をじろじろと見下ろしながら、大きな声でそう言い放った。彼の言葉は、すぐに嫌味へと変わった。

「底辺の馬鹿が、こんな高級店に来るなんて間違いも花々しいな。お前らはお前らしく、そこら辺のファミレスで十分だろうがよ。」

酒が入っているのか、彼の声は店内に響き渡るほど大きかった。太い首に派手な装飾をじゃらじゃらと巻きつけ、上品な店の雰囲気とはまるでそぐわない格好をしている。俺は腹が立ったが、この場を早く立ち去りたい一心で、短く答えた。

「今日は、父の誕生日だったので。」

「ふん。お前みたいな底辺のバカの家族には、どう考えても不釣り合いな店だな。それも誕生日だって?笑わせるぜ。お前らはそこら辺のファミレスで十分だ。」

家族のことを馬鹿にされて、俺は堪らず言い返してしまった。

「どこで食事を取ろうと、私たちの勝手ではないですか。」

その瞬間、坂野部長の顔が真っ赤に染まった。彼は怒鳴り散らす。

「お前、何て口の聞き方をしてるんだ?俺はお前の上司だぞ!現場上がりのバカのくせに、生意気なんだよ!お前の親も、どうせ同じような底辺バカだろうが!」

「坂野部長、それはさすがに失礼です。俺のことは何を言われても構いませんが、家族のことをとやかく言われる筋合いはありません。」

「うるさい!もう一秒でもその顔を見たくない!早く親を連れてここを去れ!明日から仕事に来るな!俺の視界にその馬鹿面を晒してみろ、お前なんてクビにしてやるからな!」

もはや口から泡を飛ばす勢いで、怒鳴り散らす坂野部長。その声が廊下にこだました、まさにその時だった。

「おい、一体何の騒ぎだ。」

廊下の突き当たりの個室から、父が顔を出した。静かだが、場を一蹴するような声だった。

「父さん…。」

慌てて俺が姿勢を正すと、さっきまであれほど興奮していた坂野部長が、何も言わずに固まっていた。真っ赤だった顔は、見る見るうちに青ざめていく。

「どうしたんですか、坂野部長。」

俺が声をかけると、彼は限界まで目を見開き、信じられないという顔で俺を見た。

「な、なぜ会長がここに…。というか今、『父さん』と言ったか?お前の父親が会長?嘘だろ…。」

そうなのだ。実は俺の父は、俺たちが務める大手スーパーの会長なのである。祖父が経営していた小さなスーパーを、父は一代でここまで大きく育てた。俺は将来の社長という立場にあったが、周りに特別扱いされたくなくて、父の息子であることを隠して会社に就職していたのだ。名前はどこにでもある苗字だし、顔も母に似ているため、今まで職場で気づかれたことはなかった。

「会長…。え、えっと、これは…。」

先ほどまで俺に向けていた傲慢な態度はどこへやら、坂野部長は体を震わせながら言い訳を探そうとする。だが、そんな彼を父が鋭い目つきで制した。

「君は、渡辺の上司の坂野君だね。残念だが、君の大声はこちらにも筒抜けだったよ。そもそも、こんな場所で大声を出すこと自体、褒められたものではない。」

「すみません、すみません…。」

父に睨まれた坂野部長は、顔色を真っ白にしてその場にへたり込んだ。そして土下座の姿勢で、力なく謝罪を繰り返す。

「先ほどの言い争いは、私の息子にも非がないわけではない。だが、いくら自身の部下だからと言って、あんな暴言を吐いていいわけがないのは分かっているだろう。彼らもそれぞれ家庭で大事に育てられた息子や娘だ。本人やその家族を、上司が勝手にバカにしてはいけない。『底辺のバカ』などという言葉を、他人に向けて二度と使うな。」

そうピシャリと言い放つと、父は母を伴ってその場を離れていった。

俺は少し迷った後、床に座り込んだままの坂野部長に一度頭を下げた。

「先ほどは失礼しました。」

売り言葉に買い言葉で、言い争ってしまったことを謝罪する。だが、部長は俺の声が聞こえているのかいないのか、頭を伏せたまま何も言わなかった。

それから数日後、坂野部長は「上からの判断」という名目で、徹底的な社内調査を受けることになった。同僚たちの間では、誰かが上層部に彼のことをリークしたのではないかと噂が立っていたが、真相は父の命令によるものだ。調査の結果、彼の日頃の職務怠慢や部下に対する暴力的な態度が次々と明らかになり、役員会議にかけられた。最終的な判断は、役職の剥奪と、本社からグループ会社への左遷だった。彼は平社員に降格の上、二度と戻って来られないと言われる、いわば左遷先へ飛ばされることとなった。

代わりにやってきた新しい部長は、系列の店舗で実際に働いた経験がある人物で、「現場あっての我々」という父の考えをよく理解している人だった。俺が会長の息子だということは知らないようだが、時々休憩時間に現場での苦労話や面白い話を聞かせてくれる、親しみやすい部長である。

部署内に淀んでいた重い空気はすっかり一掃され、俺も同僚たちも、ようやく晴れやかな顔で仕事に取り組めるようになった。俺は今も、尊敬する父の背中に少しでも追いつけるよう、日々謙虚に学ぶ姿勢を大事にしながら、自分の仕事に打ち込んでいる。

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