忘年会の夜、俺は高野さんが車で送迎役をさせられているのを目の当たりにした。だが翌日、彼女が断れずに押し付けられた仕事を必死にこなす姿を見て、俺はついに我慢の限界を超えた。2人の陽キャ女子社員が、彼女のデスクにファイルを叩きつけて言い放った。「予定のないブスは残業してろ」。その瞬間、俺はとっさに口を開いていた。「予定ならあるよ。俺とのデートがな」。だがこの一言で、まさかの事態に発展していくこと…

忘年会の夜、俺は高野さんが車で送迎役をさせられているのを目の当たりにした。だが翌日、彼女が断れずに押し付けられた仕事を必死にこなす姿を見て、俺はついに我慢の限界を超えた。2人の陽キャ女子社員が、彼女のデスクにファイルを叩きつけて言い放った。「予定のないブスは残業してろ」。その瞬間、俺はとっさに口を開いていた。「予定ならあるよ。俺とのデートがな」。だがこの一言で、まさかの事態に発展していくこと...

俺の部署に、かなり地味な女性社員がいる。名前は高野みわ子。ナチュラルメイクに黒髪で、ネイルも短め。いつも清潔感があって、仕事も丁寧で真面目だ。ただ、他の女性社員たちから、やたらと仕事を押し付けられている。

「高野さん、ネイルが剥がれちゃうから、これお願いしていい?」

そう言って大量のファイルを押し付けるのは田中さんと山本さん。いわゆる“陽キャ”と呼ばれるタイプの派手な女性たちだ。うちの会社はネイルや髪色も常識の範囲内ならOKという緩いルールだから、派手な女子社員が多い。俺みたいな“陰キャ”には、ああいう人種は正直苦手だ。

高野さんはいつも笑顔で「分かりました」と引き受ける。嫌なはずなのに、嫌な顔ひとつ見せない。俺は自分の立場を使って口出しするのも不自然だと思い、まずは本人に聞いてみることにした。

そのチャンスは意外にも早く訪れた。トラブルで予定外の残業をしていた夜のことだ。もう帰ったはずの高野さんが戻ってきた。

「どうした?忘れ物か?」
「あ、高岸さん。残業ですか?私はちょっと気になることがあって」

そう言って彼女は自分のデスクでパソコンを開く。話を聞くと、頼まれた仕事の続きが気になって戻ってきたらしい。

「頼まれた?田中さんか山本さんに?」
「……そうですね」

彼女は気まずそうに目をそらす。

「前から思ってたんだけど、あの2人からよく仕事頼まれてるよな。嫌なら断っていいと思うぞ。自分の仕事は終わってるんだろ?」
「分かってはいるんです。でも……断った時の反応が怖くて」

その言葉に、昔の自分を思い出した。人に嫌われるのが怖くて、自分を犠牲にする。大人になって賢くなったくせに、立ち回り方だけ覚えた俺と、彼女は同じなのだ。

あれから数週間後、会社の忘年会があった。居酒屋での飲み会だ。みんなが酒を飲んで盛り上がる中、途中で電話が入った俺は店の外へ出た。用を済ませて戻ろうとすると、外でタバコを吸いながら話す田中さんと山本さんの声が聞こえてきた。

「足があるっていいよね。私はこの後彼氏の家に行けばいいし」
「高野さんは使えるよね。タクシー代も節約できるし、持つべきものは陰キャの同僚だね」

こいつら、高野さんを何だと思ってるんだ?仕事だけじゃなく、こんな時もいいように使っているのか。俺は怒りで握り拳を作ったが、状況が把握できていないのに飛び込むのは危険だと思い、我慢して席に戻った。

飲み会の締めの挨拶が始まると、田中さんが高野さんに言った。

「高野さん、送って欲しいんだけど」
「うん、分かった。私も帰ろうと思ってたから」
「彼氏が早く来てって言ってるから、急いで」

田中さんは作り笑顔でそう言うと、車を取りに行った。高野さんが運転する車に、田中さんと山本さんが乗り込む。3人を見送りながら、俺は胸の奥で何かがくすぶるのを感じていた。

翌週、昼休憩のことだ。コンビニで買ったサンドイッチをデスクに置いていると、高野さんの元に山本さんが近づいていった。

「あのさ、私今日定時で帰らなきゃいけないんだよね。だからこの資料、明日までに作っておいてくれない?」
「えっと……これ1人だとさすがにキツいかも。私が今やってる仕事も今日までなんだよね」
「はぁ?いけるでしょ。その仕事も終わりそうじゃん。友達なんだから私のお願い聞いてよ」
「……予定はないけど」
「じゃあ問題ないよね。よろしく。やっぱ持つべきものは暇人の友達だわ」

腹が立った。だが昼休みは終わってしまい、高野さんは昼食も取らずに資料に目を通し始めた。

「高野さん、お昼は食べたの?」
「あ、すみません。この資料、私が引き継ぎました。明日までには仕上がりますから」

俺は思わず言った。

「これ、高野さんの仕事だったっけ?断ればいいじゃん。今日締め切りの仕事を昼に引き継ぐなんて、ふざけてるよね。俺から言おうか?」
「大丈夫です。できるだけ残業しないようにしますから。だから高岸さんからは何も言わないでください。私の居場所がなくなっちゃうから」

彼女は作り笑いを見せた。本人がそこまで言うなら、俺からは何も言えない。

それから数日後、また残業をしていた夜のことだ。駅に向かう途中でスマホを忘れたことに気づき、会社へ取りに戻ると、事務所にまだ電気がついていた。中に入ると、高野さんがいた。

「あれ?高野さん、どうしたの?」
「えっと……忘れ物で」

彼女の手元には書類が広がっている。一目で分かった。田中さんと山本さんの仕事だ。

「もしかして、頼まれた仕事が終わってないんじゃないか?」
「……すみません」

俺は我慢ならず、口走ってしまった。

「いい人でいるのもいい加減にしなよ。自分で自分を追い込んでるだけじゃん。断らなきゃだめだよ」
「すみません。そうですよね……ごめんなさい」

高野さんは涙目になった。俺は自分を責めたくなった。

「なんで強く断らないの?この前の忘年会の時だって、送迎に使われて腹が立たないの?」
「あの時は車で40分ほどの場所まで送りました。本当は車を出すつもりなんてなかったんです。実は私、飲み会が好きなんですよ。お酒も飲みたかった。でも前の日の夜に、2人からこういうメッセージが来て」

そう言って彼女はスマホの画面を見せた。そこには田中さんと山本さんとのグループチャットが表示されていた。内容は、高野さんに送迎を頼むメッセージ。最初の方は高野さんも断っているが、2人は脅しのような言葉で「無視する」「仕事に響かせる」と言い出している。

「断れなかったんです。無視されたら仕事にならないと思って。1回だけ我慢しようと思ったけど、まさか隣の県まで送ることになるとは思いませんでした」

彼女は作り笑いをした。俺は決意した。

「俺から言うよ。もし無視されたら俺に言ってくれ。俺が注意するから」
「女性の世界って、そんな単純なものじゃないんです。高岸さんの前では態度を改めたように見せかけて、影で同じことを繰り返します。もしかしたらもっと悪化するかもしれない」

彼女の言葉は重かった。これ以上、俺が踏み込むのは危険だ。仕方なくその日は残業分の仕事を手伝い、早々に片付けた。

翌日、またあの光景を目にすることになった。

「なんで断ってくるのよ。今日に限って」
「私も自分の仕事で手一杯だから、今日は無理。ごめん」
「何言ってるのよ。山本さんは暇じゃないの。お願いしてるんだから、やってくれたっていいでしょ」

声が大きくなり、部署中に響き渡っていた。

「予定のないブスは残業してろ」

山本さんが高野さんのデスクにファイルを叩きつけるように置いた。これは見過ごせない。

「ちょっと待て」

俺は割って入った。

「これは高野さんの仕事じゃないだろ。陽キャだの陰キャだの、いつまで学生みたいなこと言ってるんだ?自分の仕事が終わらないなら、残業してもらうしかないね」
「分かってます。でも社長の方針は残業しないってことで」
「それは“無理な仕事をしないように”って意味だ。逆になんで終わらないんだ?営業時間に何してる?」
「営業先で話し込んでしまったら、終わらないこともあります」
「営業先で誰と話し込んでるんだか」

俺はスマホで、ある動画を開いた。それは、さっき物損事故を起こした営業車のドライブレコーダーの映像だ。そこには、営業車の中で誰かとビデオ通話をしている田中さんの姿が映っていた。田中さんは言葉を失った。

すると山本さんが焦って言い返してきた。

「高岸さんは随分と高野さんに優しいんですね。私たちの間で契約は成立してるんだから、口を挟むことじゃないですよねえ、高野さん」
「……っ」

縮こまっている高野さんが、うっかり返事をしてしまった。山本さんは勝ち誇ったように畳みかける。

「ほら、もう高野さんのせいで私たちがいじめてるみたいに言われちゃったじゃん。高野さんは予定ないんだから、いいよね?」
「予定ならあるよ。俺とのデートがな」

とっさに言ってしまった。自分でも驚く発言だった。

「マジで高岸さんと付き合ってたの?てか、なんで高野さんなんかと」
「予定をキャンセルするんで、私とデートしてください」

山本さんが手のひらを返してきた。

「勘弁してくれ。俺は予定があるので。だから自分の仕事は自分で片付けてください」

俺はそう言うと、デスクには戻らずに喫煙室へ直行した。自分の発言が恥ずかしすぎて、あのデスクに戻れなかったのだ。

仕事を終え、俺が戸締まりを始めると、高野さんが俺の方へやってきて頭を下げた。

「高岸さん、先ほどはありがとうございました」
「いやいや、帰って変な空気にしちゃって悪かったね。でもまあ、全員残業しないで済んでよかったよ」
「でも、嬉しかったんです。代わりに言ってもらったの、初めてだったから。嘘でも嬉しかったんです」

そう言いながら顔を赤くする彼女を見て、俺は可愛いと思ってしまった。

「この後、予定ある?お腹空いたよね」

すると、いいタイミングで高野さんのお腹が鳴った。

「やだ、恥ずかしい。めちゃくちゃ空いてます」
「じゃあ飯食いに行こうか。そうすれば、昼間のことも嘘じゃなくなるしね」

こうして俺たちは一緒にご飯を食べに行くことになった。この日は2人とも電車だったから、食事の際にビールで乾杯した。

「今日は驚かせてごめんね。改めてお疲れ様」
「謝らなくちゃいけないのは私の方です。うまく断ることができなくて、迷惑をかけてしまいました」

彼女は申し訳なさそうに言うと、美味しそうにビールを飲んだ。

「会社の飲み会以外で誰かと食事に来たのは久しぶりです。一緒に行く友達もいませんし、ぼっち飯はちょっと……」
「そんなことないでしょ。高野さんはモテるでしょ」
「そんなことないですよ。高岸さんの方がモテるじゃないですか。山本さんだってデートしたそうだったし」

あの会話の後、俺と高野さんは何度か食事をするようになった。好きなバンドが同じだと分かったり、お酒の好みが合うことが分かったりするたびに、俺は彼女に親しみを感じるようになった。

そんなある日のことだ。

「あの、相談したいことがあるので、私も飲みに連れて行ってください」

山本さんがそんなことを言ってきた。

「相談なら今聞くよ」
「あの、そういうんじゃなくて、私もお酒を飲みながら相談したいんです」
「そういうわけにはいかないだろ。山本さんの彼氏だって、そんなことしたら面白くないと思うけど」
「だって、高野さんばっかりずるい。私だって前から高岸さんのことが好きだったのに」

彼女のやってることは自分勝手でむちゃくちゃだ。俺は冷静に断った。

「仕事の相談ならいつでも聞くよ。でも飲みには行けない。ごめんな」
「なんで?なんで高野さんがいいんですか?あんな陰キャより私の方が……」

山本さんが悔し紛れに暴言を吐こうとした。

「陰キャとか陽キャとか、どうでもいいよ。くだらない。俺は高野さんがいいんだ。だからもう、高野さんに仕事を押し付けたり、いじめたりしないでくれよな。頼んだぞ」

そう言って俺は会議室を後にした。すると、そこには高野さんが気になって聞き耳を立てていたらしく、慌てて柱の陰に隠れた。

仕事が終わり、帰ろうとすると高野さんに呼び止められた。

「高岸さん、時間ありますか?」

誰もいない会社に2人きり。この感じ、懐かしいな。

「どうした?昼間の山本さんのことなら心配ないよ。特に何もなかったから」

俺がそう言うと、高野さんは真顔になった。

「本当の恋にできませんか?」

まさかの言葉に、俺は固まってしまった。

「私、高岸さんのこと本当に好きです。道場とか嘘でもいいです。私を恋人にしてくれませんか?」

俺は情けなかった。彼女に先に言わせてしまうなんて。

「俺は嘘や道場で恋人ごっこができるほど器用じゃないよ。いつも本気だ。だから俺の方からお願いだ。本当の恋人になってくれないか?」

そう言って、俺は高野さんを抱きしめた。俺にもこんな一面があったんだな、と内心自分の大胆な行動に驚きながら。

その日を境に、俺たちは本当に付き合い始めることになった。

付き合い始めて3ヶ月が経った頃、みわ子が言ってきた。

「親に会ってほしいんだ」

一瞬緊張したが、彼女とは本気で付き合っているのだから、もちろん会うことに承諾した。スーツに身を包み、彼女の実家へ向かった。みわ子に案内されて着いた先に、大きな家があった。そして中に入ると、さらに驚くことになる。

「社長!?」

開いた口が塞がらないとは、こういうことだ。そこにいたのは、うちの会社の社長だったのだ。

「ごめんね。隠してたわけじゃないの」
「高岸君、悪かったな。みわ子は俺の娘なんだよ」

あまりの衝撃に、俺は言葉を失った。確かに苗字は同じだったが、偶然だと思っていた。まさか娘だったなんて。

「高岸君が随分と面倒を見てくれるって聞いてたんだ。ありがとうな」
「いえ、いつも助けてもらってるのは僕の方です」

俺が緊張しているのを察して、社長は話を和らげてくれた。

「まあ、そんなにかしこまらなくてもいいだろう。みわ子と仲良くしてくれてありがとうな」

俺は覚悟を決めた。

「社長、俺はみわ子さんと真剣に付き合っています。結婚も考えています」
「みわ子、よかったな。高岸君なら俺も大賛成だ」

みわ子も嬉しそうに涙を浮かべている。

「みわ子は幼い頃に母親を亡くしてな。相談相手がいないせいか、辛いことがあっても自分の中にしまい込むようになってしまったんだ。男親では力不足なこともあるだろう。これからは高岸君が聞いてやってくれないか。頼んだぞ」

そう言って社長は握手を求めてきた。差し出された手を、俺は両手で力強く握った。

「みわ子さんの支えになれるよう、全力を尽くします」

社長に挨拶に行った半年後、俺たちは結婚した。そのタイミングで、みわ子が社長の娘だと社員に公表した。誰も予想していなかっただけに、みんな驚きを隠せない。そして、みわ子は副社長に、俺は専務に就任した。この発表に、田中さんと山本さんが焦りを見せたのは言うまでもない。

2人は、俺たち3人に必死になって媚びを売り始めた。だが、そんなのは今更だ。彼女たちが言い放った言葉は、取り消すことはできない。

今まで人に仕事を押し付けてきた2人には、外回りのない部署への異動が命じられた。派手な見た目を保つために買ったブランド品のローンをたくさん抱えている2人は、簡単に仕事をやめられない。異動後は、しょんぼりと残業もしているようだ。

短期間で俺の環境は目まぐるしく変わったが、みわ子と2人で幸せな生活を送っている。彼女は俺と交際し始めた頃から、ダイエットに化粧の研究もしていたらしい。どんどん綺麗になって、最近では美人副社長としてビジネス誌に取り上げられるほどだ。仕事の方は今も変わらず正確で丁寧。俺にはもったいないくらい、よくできた嫁だ。

ぼんやりしてたら捨てられちゃうかもしれないな。俺も仕事も自分磨きも怠ることなく、目の前の幸せを守り抜いていこうと思う。

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