妻へのプレゼントを買うため、高級宝石店に足を運んだ。長年連れ添った妻への感謝を込めて、何か似合うものはないかと探しに来たのだ。
仕事帰りで、私はまだ作業着姿だった。汚れの目立つ作業着に、擦り切れたズボンの裾。とても高級な宝石を買いに来るような格好ではないことは、自分でも分かっていた。
店内には他に客もおらず、一人の若い男性店員がいた。名札には「大崎」と書いてある。私は声をかけた。
「すみません。妻へのプレゼントを探しているのですが」
大崎は私を頭の先から足の先までじろじろと見つめると、にやにやしながら言った。
「お客様が購入できるような商品はございません。どうぞお帰りください」
その言葉に、私は一瞬言葉を失った。カウンターの中にはたくさんの宝石が並んでいる。それらが全て売り切れたとでも言うつもりか。
「買える商品がないっていうのは、どういうことですか?」
私はつい語気を強めてしまった。
「だから、うちの商品はたった今、全て売り切れました。迷惑なんで、いい加減帰っていただけませんか」
馬鹿にしすぎだ。こんな店の売上には、もう一円も貢献したくない。私は店を出ようとし、そして思い出したように言った。
「そうだ。一つ言っておかないといけないことがあったな。今後購入する予定だった、3億円分のジュエリーだが、あれもキャンセルすると本田さんに伝えておいてくれ」
大崎は目を丸くしたが、すぐに嘲るような表情を浮かべた。
「何言ってるんですか? 3億だなんて、ふざけないでくださいよ」
その時だった。奥から店長の本田さんが慌てて駆け寄ってきた。
「松永様! ようこそお越しくださいました。いつもご贔屓にしていただき、ありがとうございます」
大崎は困惑した様子で、私と本田さんの顔を交互に見ている。
「店長、こちらのお客様のこと、ご存知なんですか?」
本田さんは驚きのあまり、珍しく声を荒げた。
「君は、松永様を知らないのか?」
そう、私は清掃会社の社長をしている。小さな会社から始めたが、今では全国に支社を持つまでに大きくなった。見た目はこんなでも、宝石の投資を趣味にしており、この店の本田店長とは長い付き合いなのだ。
私は本田さんに、大崎とのやり取りを全て話し、今後3億円分の購入予定をキャンセルする旨を伝えた。
本田さんの顔色は一瞬で真っ青になった。
「この度は誠に申し訳ございませんでした。どうか、それだけはご容赦ください。ほら、大崎君も謝りなさい」
しかし大崎は、うつむきながら口ごもるだけで、謝罪をする気配は一向にない。
「だって…こんな小汚い格好してるのが悪いんじゃないですか。誰が見たって、金を持ってるようには見えないでしょうよ」
本田さんは深く息を吸い込み、静かに、しかし強い口調で言い放った。
「君には、これまでも他のお客様から何件かクレームが入っていた。今回の件で、大事な取引がなくなりかけたんだ。これ以上、君に働いてもらうわけにはいかない。今度は君が、お引き取りいただく番ですよ」
大崎は膝から崩れ落ち、その場に座り込んでしまった。その姿に、私は胸のつかえが下りる思いだった。
その後、本田さんは深く頭を下げ、贅沢を言えばと思う気持ちも抑えながら、私は妻へのプレゼント選びを再開した。妻は8月生まれだというと、本田さんはペリドットの宝石をあしらったブローチを見せてくれた。
「ペリドットは8月の誕生石で、石言葉は『夫婦の幸福』なのですよ。お揃いでお付けになると、いつまでも仲良くいられるそうです」
それはまるで一輪の花のように美しい品だった。
「じゃあ、これにします」
家に帰ると、妻はエプロン姿でキッチンから出てきた。
「お帰りなさい。今日はサバが安かったのよ」
あれこれ考えているうちに、袋を見られてしまった。私は頭をかきながら、少し照れくさそうに言った。
「いや…いつの間にか結婚して25年経っていただろう。いつもありがとう」
妻が包みを開けると、パッと顔を輝かせた。
「もう、素敵! これはペリドットかしら」
「ああ。ペリドットには夫婦の幸福っていう意味があるんだって。お揃いでつけると、ずっと仲良くいられるんだと」
私は、もう一つの包みを取り出した。ブローチは恥ずかしいと思い、自分用に選んだのは、一粒のペリドットが埋め込まれたネクタイピンだった。
それを見た妻の目に、涙が浮かんでいた。
「…なんだ? これからもよろしくな」
泣きながら、妻は言った。
「意外と可愛いところあるのね。こちらこそ、よろしくお願いします」
仕事にばかりかけてきた妻に、これからは二人の時間をもっと増やしていきたいと、私は強く思ったのだった。



