高級寿司屋で数年ぶりに元同僚に声をかけられ、「お前みたいな負け組が、こんな店に来るなんて場違いだぞ」と嘲笑された。彼は鼻高々に「俺は今や社長だ。明日は業界最大手と10億の契約を結ぶんだ」と自慢してきた。かつて彼に罠を仕掛けられ、会社を追われた僕を、今も見下しているのだ。でも、彼は知らない。その“明日の契約先”の営業部長が、まさか僕だとは――。彼が得意げにその会社の名前を口にした瞬間、僕の中で…

高級寿司屋で数年ぶりに元同僚に声をかけられ、「お前みたいな負け組が、こんな店に来るなんて場違いだぞ」と嘲笑された。彼は鼻高々に「俺は今や社長だ。明日は業界最大手と10億の契約を結ぶんだ」と自慢してきた。かつて彼に罠を仕掛けられ、会社を追われた僕を、今も見下しているのだ。でも、彼は知らない。その“明日の契約先”の営業部長が、まさか僕だとは――。彼が得意げにその会社の名前を口にした瞬間、僕の中で...

「お前、元気そうだな。俺は今、社長やってるんだよ。コンサル会社の」

高級寿司屋のカウンターで、数年ぶりに再会した元同僚・安斎が、酔った勢いで絡んできた。彼は俺のことを根性なしの負け組だと思っているらしい。そして、まるで昔の不始末を忘れてしまったかのように、自分の成功をこれでもかと誇り始めた。

「お前が俺のことをどう思ってるか分かんねえけどさ、俺は勝ち組だからな。明日なんて、業界最大手のIT企業と10億の契約を結ぶんだぜ。ま、俺には楽勝な話だけどな」

安斎は得意げに言う。俺はその言葉に、内心で静かに笑った。彼がその「最大手のIT企業」の誰と会うのか、知る由もないようだ。

「それ、すごいな。でも、その契約の話、もう成立しないよ」

俺の言葉に、安斎の顔が一瞬で強張った。彼は何を言ってるんだと、怒りと困惑が混ざったような顔で俺を見る。俺はゆっくりとポケットから名刺を取り出し、彼の前に差し出した。

「俺、今、その会社で営業部長やってるんだよ。お前が明日会う予定の相手だ」

その瞬間の、安斎の顔。信じられない、という表情が一瞬で恐怖に変わる。彼は俺に名刺を握らされたまま、まるで石になったように固まっていた。

――思い返せば、あれはもう5年以上も前のことだ。

俺は元々、明るくて社交的な性格だった。バスケットボールに打ち込み、大学まで続けた。就職活動では体育会系の学生の王道とも言える営業職を志し、第一志望の大手建設会社に内定をもらった。入社してからも順調で、同期の安斎とは気も合い、部署内でも若手のホープとして期待されていた。

入社1年後、俺と安斎の二人に大口取引先の子会社との大型契約の担当が任された。成立すれば3億円規模の利益が見込める、重要な案件だった。俺たちは喜び勇んで、準備に奔走した。上司に相談し、資料を集め、休みの日も返上してアイデアを出し合った。あの頃は、結果を出すことだけを考えていた。

しかし、契約当日の朝。安斎は電話でこう言った。

「悪い、菊地。先方の都合で、今日の打ち合わせ、延期になったらしいんだ。担当者の人が急病で」

俺は相手を心配しつつも、「まあ、仕方ない」と納得した。安斎は会社に残ると言い、俺は別件で外回りに出た。ところが夕方、上司から呼び出しがかかった。

「おい、菊地。どうして打ち合わせをすっぽかしたんだ。安斎だけに行かせて、お前は何をやってたんだ」

意味が分からなかった。上司が言うには、安斎は1人で打ち合わせに行き、どうにか契約をまとめてきたという。俺は慌てて安斎の元へ向かった。休憩室でコーヒーを飲んでいる安斎に詰め寄る。

「どうなってるんだよ。打ち合わせは延期になったって、お前が言ったんだろ?」

すると安斎は、驚くこともなく、あの歪んだ笑顔を浮かべた。

「ああ、アレな。俺が嘘をついて、お前を外したんだよ。お前が来なかったって、上司に報告しておいた。先方に怒られて、必死でまとめたってな。俺はちゃんとストーリーも用意してたんだよ。お前はもう終わりだ。営業のエースは俺なんだよ」

その言葉で、すべてを理解した。俺たちは同じ目標を目指してきたはずなのに、安斎は最初から、俺を蹴落とすことだけを考えていたのだ。

俺が何か言っても、もう誰も信じてくれない。翌日には、機密書類を持ち出そうとしたという濡れ衣まで着せられた。俺は弁解も虚しく、会社に居場所を失い、解雇された。たった一晩で、すべてを失った。

人間不信になった俺は、両親や友人からの心配も、ありがた迷惑に感じるようになった。何もかもが嫌になり、一人で腐った日々を送った。食いつなぐためだけの仕事を転々としながら、数年が過ぎた。

そんな俺を拾ってくれたのは、大学時代の同期だった。彼は上司の会社の社長――IT企業を立ち上げた人物――に、無理を承知で俺を紹介してくれた。社長は俺の過去を知った上で、それでも雇ってくれたのだ。最初は裏方から始まり、慣れた頃に営業へと配置転換された。自分の居場所を取り戻し、気が付けば俺は営業部長になっていた。

そして、あの寿司屋の日。まさか安斎と再会し、あんな形で決着がつくとは思わなかった。彼の会社について、俺はいつも通り信用調査を行った。結果は散々だった。急成長の裏で、幹部との喧嘩別れが続き、従業員への待遇も悪い。業界内での評判は、目も当てられなかった。

「お前の会社、人材がボロボロと辞めていってるらしいな。金で選挙に干渉してたって話も聞いたぞ。お前は俺を嵌めた後も、やりたい放題やってたらしいな。今回の契約がダメになったのは、そのツケが回ってきただけだよ」

俺がそう告げると、安斎は逆上した。椅子を倒し、俺の胸ぐらを掴もうとした。店の中での大騒ぎに、大将がすかさず止めに入った。

「お客さん、その辺で。あんたは出て行ってくれ。二度と来るな」

安斎は怒鳴り散らしながら店を追い出され、その後、若い職人たちが外へ連れて行くのが見えた。

それから、1ヶ月も経たないうちに、安斎の会社は倒産した。新規事業への投資に失敗し、実質的な自転車操業だった末の破綻。オフィスは夜逃げ同然で引き払われ、安斎本人の行方も分からないらしい。小島のタワーマンションから逃げ出し、国外に逃亡したという噂もあった。

俺は思う。人から信用を得るのは難しい。ただ、過去に俺を裏切った人間が、同じことを繰り返して、最後には転がり落ちていくのを見て、ようやく自分の中で決着がついた気がした。

今は、部下を抱える身だ。あの安斎のような人間にはならないよう、自分と人に対して裏表のない、正直な仕事をしていきたいと思う。誰も不幸にしないために、自分のできることをやるだけだ。

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