「リオの席がないの。当然だわ。嫁は家族ではないのだから」
義母の誕生日の食事会。家族で集まるはずのその場に、私の席だけが用意されていなかった。夫のハルトも、その後ろで笑っている義母も、私の困惑を面白がっているようだった。
でも、私は動じなかった。むしろ心の中は静まり返っていた。私は一昨日、こっそりと離婚届を出していたのだ。もう私は、彼らの「家族」ではない。
「じゃあ、帰るわね」
席を立ち、出口へ向かおうとした私の背中に、ハルトの嘲笑が突き刺さる。
「おい、本気で帰るのかよ。さっき言ってた離婚届を出したって話、そんなわけないだろ。俺のサインがなきゃ離婚なんてできるわけないんだから」
義母も便乗して笑った。
「本当におかしな嫁ね。さっさと帰ればいいじゃない。必要ないのよ、あんたなんか」
その言葉に、私はもう何も感じなかった。全て、計画通りだった。
突然、店のドアが開く音がした。そこに立っていたのは、仕事で来られないはずの義父だった。ハルトと義母は目を丸くして固まっている。
「ほ、本当だ。早かったんだね。リオの席が用意されてなくてさ、今、店員に確認しようと思ってたんだよ」
ハルトが慌てて言い訳を並べるが、義父はそれを無視し、私に向かって静かに言った。
「リオさん、帰ろうか」
その言葉に、私は深く頷いた。義父はスーツの内ポケットから、1枚の書類を取り出した。それは、夫のサインが入った離婚届だった。
「俺は全部知っている。お前たちがリオさんに何をしてきたのか。この離婚届が証拠だ。正の部屋に隠されていたものだ。何枚も用意してあったから、1枚抜き取っても気づかないだろうと思って持ち出した」
義父は、ハルトと義母を冷たい目で見下ろした。二人の顔から血の気が引いていく。
義父は、私が受けてきた仕打ちを全て知っていた。家にいない間、義母は私に家事の全てを押し付け、少しでも手を抜けば「嫁のくせに」と怒鳴った。ハルトも義母に同調して、私を攻め立てた。そして、二人は私の部屋を勝手に物色し、鍵付きの引き出しから、私が父から相続した遺産のことを知っていたのだ。
「私の遺産を狙っていたのね。でも、残念だったわね。遺産は財産分与の対象外よ。私は結婚前に貯めたお金で家具や家電も買っていたし、それらも全て私のもの。あなたたちには、何もあげない」
電話越しに怒鳴り散らすハルトと義母を、私は冷静に切り捨てた。
数日後、彼らは探偵を使って私の新居まで押しかけてきた。そして、土下座して許しを乞うた。生活費がなくて、明日のご飯すら食べられないと。
「復縁したいって、私を利用するためだけでしょう。本当のところ、まともに話し合うつもりなんて最初からなかったんでしょう」
そう言って、私はスマホの画面を見せた。そこには、彼らの脅迫の言葉が録音されていた。
「次に同じことをしたら、すぐに警察に通報します」
二人の顔色が一変した。そして、私は最後の一手を打った。
「では、最後にみんなでご飯でも行きましょう。私はあなたたちを許せませんが、ご飯も食べられないのは可哀そうですからね」
二人は安堵の表情を浮かべた。だが、現実は甘くない。
店に着くと、そこには義父が待っていた。用意された席は、私と義父の分の2つだけ。
「お前たちは家族じゃないからな」
義父の言葉に、ハルトと義母は呆然とした。何も言えずに、店を後にするしかなかった。
その後、ハルトは転職活動がうまくいかず、借金に追われる生活を送っているという。義母もパートを始めたが、失敗続きで、家の中はゴミで溢れ返っているらしい。一方、私は新しい仕事も決まり、義父との関係も良好だ。
あの日、新居で対峙した時、私は言ったのだ。
「そのセリフ、そっくり返すわ。あなたたちこそ、後で泣きついてこないでね」
その言葉の通りになったのは、彼らの方だった。



