完暦を過ぎた平凡な主婦の私、渡辺緑は、夕飯の買い物帰りに小学生の男の子たちが若者の集団に囲まれている現場に遭遇した。ランドセルを背負ったままの子供たちは、明らかに柄の悪い7人の若者たちに震えながら囲まれ、必死に涙をこらえている。金髪や茶髪に染めた髪、ピアス、タトゥー。一目で普通の連中ではないと分かる風体だった。
私は昔から正義感が強く、困っている人を見過ごせない質だった。ましてや、こんな小さな子供たちが怖い思いをしているのを黙って見ていることなどできなかった。
「すみません。この子たちに何かご用でしょうか?」
勇気を振り絞って声をかけると、7人の若者が一斉に振り返り、リーダー格の大柄な男が馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「ああ?なんだババアか。さっさとどっか行けよ」
彼らは子供たちを「教育してやってる」と嘯いた。7人の大人が小学生を相手に。私は冷静さを保ちながら、子供たちを解放するように伝えた。するとリーダーの男は激高し、親の権威を振りかざし始めた。
「俺の親父は森口組の組長だぞ。やられたいのか?」
情けない。自分の力ではなく、親の名前で脅すだけの男。私は穏やかな口調で、逆に提案した。
「では、その強いお父さんを呼んだらどうかしら?」
男は怒り狂い、父親に電話をかけた。10分後、黒いセダンが私たちの前に停まり、異様な雰囲気を放つ中年男性が降りてきた。男の父親、森口組長だ。組長は息子の話を聞こうとはせず、ジッと私の顔を見つめていた。最初は何気なく。しかし、徐々にその表情が固まっていく。
「あなたは…まさか、渡辺の奥様では…」
森口組長の顔色がみるみる青ざめ、体中を震わせながら深々と頭を下げた。
「申し訳ございません!息子が大変失礼をいたしました!」
「親父、何で謝ってるんだよ!」
混乱する息子の顔を組長は思いっきり殴りつけた。何が何だか分からない様子の男に、組長は絶望的な表情で叫んだ。
「この方は渡辺組の組長の奥様だ! 我々など足元にも及ばないお方だぞ!」
その瞬間、男の顔から血の気が引いた。夫が渡辺組の組長だということは、あえて公にしていなかったが、この地域の裏社会では誰もが知っている事実だった。
組長は地面に額を擦りつけて謝罪し、男たちも恐怖に震えながら同じように頭を下げた。私はただ、子供たちを早く家に帰してほしいとだけ伝えた。
「お気になさらず。この子たちを早く帰してあげてください。もう暗くなりますから」
事件から3日後、再び夕飯の買い物に出かけた私は、商店街で見覚えのある顔に遭遇した。あの日のリーダー、森口だった。顔には青あざが残り、目には以前にも増して深い怒りの炎が宿っている。彼は私を恨み、復讐すると宣言した。
「今度は親父も渡辺組も関係ねえ。直接お前を復讐してやる」
周囲は人通りがあったが、彼らは物怖じせず私を囲んだ。助けを求めるのは難しい。私は覚悟を決めた。買い物袋を勢いよく彼らに叩きつけ、隙を作って商店街を全力で走り出した。必死に逃げ込み、交番へ飛び込むと、警察官に状況を説明した。警察官は彼らを交番の中へ連れて行ってくれた。私は裏口から出て、夫に電話をかけた。
夫はすぐに迎えに来てくれた。普段の穏やかな姿とは別人のような、鋭く冷たい眼光を宿して。すると、警察の尋問を振り切った森口たちが交番の外に飛び出してきた。夫は私を後ろに下がらせ、彼らの前に立ちはだかった。
すると、夫が言った。
「お前の父親を呼べ」
森口組長が呼び出され、交番の前で顔面蒼白で土下座した。夫の問いに、組長は「息子を差し出します」と哀れに震えながら答えた。夫は冷静な目で森口を見下ろし、淡々と命じた。
「お前には、海に沈んでもらう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 死にたくねえんだよ!」
「では、代わりに賠償金を払え。1億だ」
森口はその場で1億円の借金を背負い、返済のためにマグロ漁船に乗せられることになった。彼は何度も父親に助けを求めて電話をかけてきたが、そのうち連絡は途絶え、漁船から帰ってくることはなかった。あの日、私を守るためにあれほどの威厳を見せた夫に、私は改めて感謝の気持ちでいっぱいになった。私は今日も、夫のために夕飯の支度を始める。それは、何の変哲もない、穏やかで幸せな日常のひとときだった。



