「バーバが来たら困るって」
孫の大輔が無邪気にそう言った瞬間、私は息が止まりそうになった。63歳になって、自分の息子夫婦から「来ないでほしい」と思われていることを、この言葉で初めて知った。そして、その後明らかになるのは、彼らが私に嘘の住所を教えていたという事実だった。
私は松田洋子。銀行員として33年間、一度も休むことなく働いてきた。夫を10年前に亡くしてからは、息子の拓也と嫁の舞、そして孫の大輔が私の生きがいだった。息子の幸せが私の幸せ。教育費、結婚式、新居の頭金。すべて喜んで出してきた。孫が生まれてからは週に何度も通い、夕食を作り、世話をしてきた。
なのに、なぜ彼らは私を遠ざけたのか。
思い返せば、私は息子にすべてを捧げてきた。大学4年間で800万円、結婚式に300万円、新居の頭金に500万円。すべて私の貯金から出した。孫の大輔が生まれてからは、仕事帰りに週3回通い、嫁が体調を崩した時は2週間毎日通った。お宮参りや七五三の費用もすべて負担した。
だが1年ほど前から、何かが変わり始めた。訪問すると嫁の表情が明らかに迷惑そうになり、「最近忙しいから」と断られる回数が増えた。孫に会えるのは月1回、30分だけに制限された。誕生日プレゼントを持っていけば「必要ない」と突き返された。
そして、あの日。
偶然町で大輔に会い、「今度バーバがお家に遊びに行ってもいい?」と尋ねた時のこと。大輔が言った。
「え、でもパパとママ、バーバが来たら困るって言ってたよ。絶対来ないようにって、嘘の住所を教えといたもん」
その瞬間、私の世界が音を立てて崩れ落ちた。
手帳のメモを確認すると、確かにそこに書かれていた住所は嘘だった。後日、知り合いを通じて本当の住所を突き止め、私は意を決してその家を訪ねた。インターホンを押すと、拓也と舞が現れた。明らかに迷惑そうな顔で。
「母さん、なんで来たの?」
「お母さん、急に来られても困ります。アポなしでこないでください。非常識ですよ」
非常識? 嘘の住所を教えたのは本当なのか。なぜそんなことを? 「やってお母さんがしょっちゅう来たら困るじゃないですか」
「母さん、もう60過ぎてるんだからもっと空気読んでよ」
「お母さんの料理、正直大輔が嫌がってるんです。時代遅れなんですよ」
「今の子育ては昔とは違うの」
「母さんの古い考え方、押し付けないで欲しいんだ」
「正直言うと、もう来ないで欲しいんです」
涙をこらえて私は言った。「私はあなたたちのために、どれだけ……」
すると舞は冷たく遮った。「お金のことですか? それはもう十分いただきました」
「母さんは恩着せがましいんだよ」
恩着せがましい?

私は一度も恩を着せたつもりはなかった。ただ息子の幸せを願っただけ。
「それにお母さん、もう70歳近いでしょ。これ以上頼られても困るんです。将来、僕たちに介護してもらおうとか思ってるなら、それは無理だから」
「はっきり言います。お母さんはもう私たちの人生に関わらないでください。もう家族じゃなくて、ただの他人だと思ってください」
他人。私はもう家族ではないのか。
「大輔にももう合わせられません。悪影響ですから」
手に持っていた大輔へのプレゼントが、力なく床に落ちた。
「それもいりません。処分しておきますから」
私は静かに立ち上がり、二人を見つめた。「わかりました」
その時、私の中で何かがはっきりと切れる音がした。
家に戻り、ソファに沈み込んだ。心の整理をつけようと何気なくスマートフォンを手に取ると、偶然にも舞のSNSアカウントを見つけてしまった。画面に映し出されたのは、幸せそうな家族写真。今日は実家で楽しい休日。そう書かれた投稿には、大輔が舞の両親と楽しそうに遊ぶ写真が並んでいる。毎週のように訪問している記録、誕生日会、運動会、季節ごとのイベント。すべてに舞のご両親が映っていた。
私は嘘の住所を教えられ、会うことさえ拒まれたのに。
さらに驚くべき事実が判明した。舞の両親は週に2回、息子の家で孫の世話をしているという。かつて私がしていたこととまったく同じことを。
私は銀行の振り込み記録をすべて見直した。教育費800万円、結婚式300万円、新居の頭金500万円。その後の家具購入費、車の頭金、出産祝い、お宮参り、七五三。細かいものを含めるとその他の援助は600万円以上。合計で2200万円以上。私が33年間真面目に働き続けて貯めた貯蓄の実に7割以上を、息子に使っていた。
一方、舞のご両親は一切金銭的援助をしていないことも分かった。つまり、お金は私から絞り取り、労働力と時間は舞のご両親が提供する。そして私は排除された。私はATMだったんだ。
数日後、私は決意を固めた。弁護士事務所を訪れ、相続放棄の事前準備と遺言書の作成を依頼。息子への財産分与は一切なし。全財産は事前団体への寄付にする。司法書士にも依頼し、手続きを進めた。携帯電話は解約し、クレジットカードの家族カードもすべて停止。そして、ハワイへの移住を決めた。
「息子夫婦が私を消したかったのなら、本当に消えてあげましょう。ただし、それは彼らが想像もしていなかった形で」
それから2週間後。舞がスーパーでカードを提示すると、エラーが出た。
「申し訳ございません。このカードは使えません」
「契約者様のご移行により、このカードは停止されております」
その日の夕方、拓也は妻からの電話で慌てていた。
「お母さんのカードが使えなくなってる。様子がおかしいの」
拓也は母の携帯に電話をかけた。
「お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません」
何度かけても同じ。実家のマンションに行くと、管理人に告げられた。
「松田様は2週間前に退去されましたよ。引っ越し業者が来て、荷物も全部運び出されました」
母が完全に消えた。そして、自宅に届いた内容証明郵便。そこには冷たい文面が並んでいた。
「今後一切の接触を禁ずる。連絡はすべて弁護士を通すこと。相続放棄の意思を明確に表明。松田洋子の全財産について、息子への一切の財産分与なし。全財産は事前団体への寄付を予定」
手紙の最後にはこう書かれていた。「もう家族ではないとおっしゃいましたよね。ご希望通り、他人として接します」
数日後、拓也は銀行の近くで母の元同僚に会い、こう言われた。
「お母様、ハワイで元気そうですよ。SNSで素敵な写真を投稿されてるんです」
そこには、海沿いのマンションのバルコニーで笑顔でコーヒーを飲む母の姿。真っ青な海をバックに夕日を眺める後ろ姿。現地の友人たちと楽しそうにヨガをする写真。どの写真も幸せそうな笑顔に溢れていた。投稿にはこう書かれていた。「新しい人生、最高に自由で幸せです。理不尽な束縛から解放され、本当の自分を生きています」
その夜、拓也と舞は激しい口論になった。
「あなたのお母さん、5000万円以上持ってたのよ。それを全部寄付するって信じられない」
「そんなに知らなかった。でも、もう遅いんだ」
拓也は何度も弁護士に電話をかけた。
「母と話をさせてください。謝りたいんです。直接話させてください」
「依頼人は明確に拒絶しております。一切の接触を禁じられています」
「依頼人からあなたへのメッセージがあります。読み上げてよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「恩着せがましい親は必要ないですよね。外の人に頼むのはおかしいのでは? ご自身のご両親にお願いしてください。もう他人だと思ってください。私の人生に関わらないでください」
それはすべて、彼らが母に言った言葉だった。
リビングでは大輔が泣いていた。
「バーバに会いたいって言わないで。もう会えないの。あなたが変なこと言ったからよ」
「どうしてバーバはどこに行ったの? 会いたいよ」
拓也はようやく、自分が何をしてしまったのか本当の意味で理解した。
今、私はハワイで本当の自由を手に入れている。毎朝、海沿いのマンションのバルコニーでコーヒーを飲みながら、真っ青な海を眺める。地元の日系コミュニティにも参加し、銀行員としての経験を生かしてボランティアで金融相談にも乗っている。週に3回は友人たちとヨガを楽しむ。誰に気を使うこともなく、誰に遠慮することもない。
息子夫婦は私に会うことも、連絡を取ることもできない。彼らが本当に反省したとしても、私の人生に彼らが戻ることはない。なぜなら、私は今、彼らなしで十分に幸せだから。いや、彼らがいないからこそ幸せなのだ。
嘘の住所を教えられ、「もう他人だ」と言われた日々。その屈辱を忘れることはない。でも、その経験があったからこそ、今の自由を手に入れることができた。
強く、自由に、自分のために生きる。それが私が手に入れた最高の勝利だ。


