「もう、いらないって言ってるんですよ!あなたの存在自体が重いんです!」
最愛の息子夫婦から、そう言い放たれた夜。私は65年間の人生で、初めて何も言い返せないという経験をしました。
私は田中け子、65歳。長年会社で働きながら、女手一つで息子の健二を育て上げてきました。夫を亡くしてから15年。必死に働き、息子の大学の学費だけでも1200万円以上を注ぎ込みました。結婚の際には500万円を援助し、その後も毎月10万円を生活費として渡し続けました。孫が生まれてからは、週に3回はベビーシッター代わりを務めてきたのです。
それが、すべて無駄だったと――あの夜、思い知らされました。
リビングに通されると、息子の健二と嫁の歩美さんが、まるで汚いものでも見るかのような目で私を見ていました。
「母さん、大事な話があるんだ」
健二の声からは、かつての優しさが完全に消えていました。
「これからは僕たちの生活に一切口出ししないでください。もう、あなたの世話になるつもりはありません」
「お義母さん、はっきり言いますね。私たちはあなたの老後の面倒を見るつもりは一切ありませんから」
私は自分の耳を疑いました。38年間、この子の幸せだけを願って生きてきた。その人生は、いったい何だったのでしょうか?
「冗談でしょう?」
私の声は震えていました。
「本気です。これが夫婦で出した結論です」
健二の目には、一点の曇りも迷いもありませんでした。そして、容赦なく続く言葉の数々。
「あなたはセンスが古いんです。私たちのライフスタイルに合わないんですよ」
「あなたの価値観、話し方、服装、全てが昭和の遺物みたいで、正直一緒に歩くのが恥ずかしいんです」
「母さん、歩美の言うことにも一理あるんだよ。僕たちの友人が来た時、母さんがいると空気が読めなくて困るんだ」
「お義母さんの料理も、もういりません。味が濃すぎるし、見た目も地味で、SNS映えしないんですよ」
「おばあちゃんみたいにダサくなりたくないって、この前も孫が言っていましたよ」
私は息ができなくなるほどのショックを受けました。あんなに可愛がっていた孫にまで、疎ましく思われていたなんて。
そして、最後に突きつけられたのが、老人ホームのパンフレットでした。
「母さんも同年代の人たちと暮らした方が、話も合うし楽しいでしょう」
「もう65歳でしょう? いつまでも若いつもりでいないでください。物忘れも増えていますし、認知症の始まりかもしれませんよ」
「孫の面会も、月に1回30分程度に制限させてもらいます」
「それでも多いくらいです」
私はこの38年間、何のために生きてきたのでしょうか。息子のため、家族のためだけに。それなのに、私はもう誰からも必要とされていない――。
「それから、家の鍵も返してください」
震える手で、私はキーホルダーから鍵を外しました。38年間大切にしてきた息子との絆が、音を立てて断ち切られていく気がしました。
最後に、歩美さんが勝ち誇ったように立ち上がりました。
「お義母さんは、もう私たちの家族ではありません。ただの親戚の1人です。それも、疎遠な親戚です」
2人はまるで判決を下した裁判官のように、私を見下ろしていました。私は何も言えませんでした。ただ、涙をこらえるのに必死でした。
2人が立ち去ろうとした時、私は思い切って聞いてみました。
「歩美さんのお母様には、どう接しているんですか?」
歩美さんの顔色が一瞬変わりました。
「それは関係ないでしょう」
「いいえ、聞かせてください」
私は珍しく強い口調で食い下がりました。
「歩美のお母さんは違うんだよ。まだ58歳で、センスも良くて話も面白い。一緒にいて恥ずかしくないんだ」
「歩美のお母さんには、毎月お小遣いも渡していますよ。月に5万円。まだ現役で働いているけど、少しでも楽をしてもらいたいからね」
私は自分の耳を疑いました。私への援助は「もういらない」と断ったくせに、歩美さんの母親には毎月お金を渡している。この差は、一体何なのでしょうか?
「お義母さん、勘違いしないでくださいね。うちの母とお義母さんは立場が違うんです。うちの母は自立してて、私たちに迷惑をかけません。でも、お義母さんは違います」
「私が、迷惑をかけましたか?」
「存在自体が重いんです」
その言葉に、私は全身が凍りつきました。
「歩美、それは言いすぎだぞ」
健二が一応たしなめましたが、歩美さんは止まりませんでした。
「本当のことじゃない。お義母さんが来るだけで、家の雰囲気がどんより暗くなるのよ」
「そうかもしれませんね」
私は力なく笑いました。そして、ふと思い立って聞いてみました。
「ところで、私が亡くなった時のことは考えていますか?」
突然の質問に、2人は顔を見合わせました。
「葬式とか、そういうこと?」
「ええ、それもありますが、遺産のことです」
健二が鼻で笑いました。
「母さん、失礼だけど、そんなに財産があるの? 僕たちに隠し財産でもあるわけ?」
「さあ、どうでしょうね」
「正直、期待していませんよ。母さんの年金と、雀の涙ほどの預貯金を合わせても、数百万でしょう? そんなの老人ホームの入居費用で、あっという間に消えますよ」
「お義母さんの遺産なんて、当てにしていません。むしろ、私たちが負担することにならないか心配なくらいです」
私は静かに答えました。
「そうですか」
心の中で、ある決意が固まっていきました。
「母さん、誤解しないでください。僕たちは母さんを見捨てるわけじゃない。ただ、適度な距離を置きたいだけなんです」
「距離を置く、ですか?」
「そうです。今月から10万円の援助も結構です。お金よりも、精神的な距離を置きたいんです」
今まで当然のように受け取っていた援助を、今更いらないと言う。それは完全な絶縁の宣言でした。
「分かりました」
私は立ち上がり、最後の質問をしました。
「もし私が本当に認知症になったり、介護が必要になったら、面倒を見てくれますか?」
2人はまた顔を見合わせました。
「施設に入ってもらいます。私たちには私たちの生活があります。世話なんてできません」
「でも、私はお義父さんを5年間、自宅で介護しましたよ」
「それは母さんが勝手にやったことでしょう。誰も頼んでいません。母さんが好きでやったことだと思っていました」
私は絶句しました。あの地獄のような5年間。毎日食事を作り、夜中も何度も起きて世話をした日々。それが「勝手にやったこと」だなんて。
「お義母さん、過去の話はもういいです。これからはお互い干渉しない。それが一番です」
「そうですね」
私は静かに息を吸い込みました。
「最後に1つだけ。今日のこの話、撤回する気はありませんか?」
「ありません」
2人は声を揃えて答えました。
その瞬間、私の中で何かが完全に切れました。もう、この2人に期待することは何一つない。そう悟った瞬間でした。
家に帰ると、私はまっすぐ寝室に向かい、壁に設置された隠し金庫のダイヤルを回しました。中には数冊の通帳と重要書類、そして一通の封筒が入っていました。
「遺言書」――封筒に書かれた文字を見つめながら、私は深いため息をつきました。3年前に作成したこの遺言書には、全財産を息子の健二に相続させると書いてあります。
通帳を1つずつ確認していきました。メインバンクの普通預金、3200万円。定期預金、4500万円。証券会社の投資信託、1800万円。そして、別の封筒に入っていた不動産の権利書。
「お父さん、あなたが残してくれた財産ですよ」
私は亡き夫の写真に語りかけました。夫は中堅企業の役員で、58歳で他界しましたが、手厚い生命保険と退職金でかなりの額を残してくれていたのです。そして、私自身の退職金も2500万円あります。年金も夫の遺族年金と合わせて月に28万円いただいています。
全てを合計すると、1億円を優に超える額になります。健二は、まさかこれほどの財産があるとは思ってもいないでしょう。私は質素な生活を心がけていましたし、決してお金の話をしませんでしたから。
「数百万程度」――先ほどの健二の言葉を思い出し、私は苦笑しました。
携帯電話を手に取り、登録してある番号を押しました。3回のコール音の後、懐かしい声が聞こえてきました。
「もしもし、け子さん。お久しぶりです」
「小林先生、夜分にすみません。田中です」
電話の相手は、長年お世話になっている弁護士の小林先生でした。夫の相続の時からのお付き合いです。
「実は、遺言書を書き直したいんです。できれば、今夜中に」
「何か急なことでもありましたか?」
小林先生の声に、心配の色が滲みました。
「息子夫婦から、絶縁を言い渡されました」
「え? 健二さんから?」
「はい。老後の面倒は見ない、もう家族ではないと、はっきり言われました」
電話の向こうで、小林先生が息を飲む音が聞こえました。
「それは……ひどい話ですね」
「ですから、遺言書を変えたいんです。全財産を、別のところに」
「分かりました。すぐに準備します。1時間後に、事務所でお会いできますか?」
「はい、伺います」
電話を切った後、私はもう一度金庫の中を確認しました。その時、1枚の写真が目に止まりました。健二の大学の卒業式の写真です。満面の笑みを浮かべる健二と、誇らしげに寄り添う私。
「健二、あなたは私の全てでした」
写真に語りかけながら、涙が一筋流れました。でも、もう終わりです。あなたがそう望むなら。
写真を金庫に戻し、私は立ち上がりました。化粧を直し、コートを羽織ります。玄関を出る前に、もう一度携帯電話を確認しましたが、健二からの連絡はありません。歩美さんからも。当然ですね。私は自嘲気味に笑いました。
タクシーに乗り込み、小林先生の事務所へ向かいます。車窓から見える夜景が、いつもより寂しく感じられました。
事務所に着くと、小林先生が温かく迎えてくれました。
「け子さん、大変でしたね」
「ありがとうございます。でも、もう決心しました」
応接室に通され、私は事情を詳しく説明しました。小林先生は黙って聞いてくれました。
「これで、財産はどちらに?」
「3つに分けようと思います」
私は用意してきたメモを渡しました。
「まず3000万円を、児童養護施設に。私も親を早くに亡くしましたから、親のいない子どもたちの力になりたいんです」
「素晴らしいお考えです」
「次に3000万円を、老人福祉施設に。これから私自身がお世話になるかもしれませんし」
「なるほど」
「そして残りの4000万円は、医療研究機関に寄付します。夫が病気で亡くなりましたから、同じ病気で苦しむ人が減ることを願って」
小林先生はしばらく黙っていました。
「息子さんには、1円も残さないのですか?」
「はい。向こうが家族ではないと言ったんです。家族でない人に、財産を残す必要はありません」
「後悔はしませんか?」
「しません。これが私なりのけじめです」
小林先生は深く頷きました。
「分かりました。すぐに書類を作成します」
1時間後、新しい遺言書が完成しました。私は震える手でサインをしました。これで全て終わりです。
「け子さん」
小林先生が優しく声をかけてくれました。
「これから、どうされるんですか?」
「まだ決めていません。でも、自由に生きようと思います」
「それがいいかもしれませんね」
事務所を出ると、夜明けが近づいていました。でも不思議と、心は軽くなっていました。
「さようなら、健二」
空を見上げて、私は静かに呟きました。明日から、新しい人生が始まります。息子家族に縛られない、私だけの人生が。
翌朝、私は珍しくゆっくりと目覚めました。時計を見ると午前7時。ゆったりとコーヒーを入れていた時です。携帯電話が鳴り始めました。画面を見ると、小林先生からでした。
「おはようございます、け子さん。実は、先ほど健二さんから連絡がありました」
「健二から? 先生に?」
「はい。どうやらけ子さんの財産について調べようとしたらしく、私が相続関係を担当していることを思い出したようです」
私は苦笑しました。昨日は期待していないと言っていたくせに。一晩で気が変わったのでしょうか。
「それで、なんと遺言の内容を教えて欲しいと」
「もちろん、お断りしましたよ。ええ。ただ、1つだけ伝えました。昨夜、遺言書が変更されたことを」
電話の向こうで、何かが落ちる音がしました。
「け子さん、今、健二さんからキャッチが入って……あ、切れました。おそらく、そちらに連絡が行くと思います」
小林先生の予想通り、すぐに着信がありました。健二からでした。
「母さん!」
電話に出た瞬間、健二の慌てた声が聞こえました。
「おはよう、健二」
私は落ち着いた声で答えました。
「遺言書を変えたって、本当ですか?」
「ええ、本当よ」
「どういうことですか?」
健二の声が震えていました。
「昨日、家族ではないと言われましたから。家族でない人に、財産を残す必要はないでしょう」
「そんな……まさか、全部ですか?」
「全部よ」
沈黙が流れました。そして、健二が絞り出すような声で聞いてきました。
「母さん、いくらあるんですか? 財産」
「さあ、どうでしょうね」
「教えてください」
「なぜ教える必要があるの? 昨日期待していないと言っていましたよね」
「それは……」
健二が言葉に詰まりました。すると背後から、歩美さんの金切り声が聞こえてきました。
「ちょっと、何やってるのよ! きちんと聞いて!」
電話が歩美さんに変わったようでした。
「お義母さん、これはひどすぎます!」
「何がひどいんですか?」
「息子に財産を残さないなんて、法律違反です!」
「いいえ。遺留分の話なら、弁護士を通してどうぞ。でも、昨日あなたたちは遺産なんて期待していないとおっしゃっていましたよね」
「それとこれとは違います!」
歩美さんの声がさらに高くなりました。
「いくらあるんですか? 正直に言ってください」
「言う必要はありません」
その時、背後で健二が何か叫びました。
「1億円?!」
電話の向こうが騒然となりました。どうやら健二が、何らかの方法で私の資産規模に気づいたようです。
「1億円って、本当ですか?」
歩美さんの声が裏返っていました。
「さあ、どうでしょう?」
「嘘でしょう? そんな大金があったなんて!」
「あったとしても、もうあなた方には関係ありません」
「待ってください! 話し合いましょう! 今すぐ!」
今度は健二が電話を奪い取ったようでした。
「母さん、今から会いに行きます! 誤解があるんです!」
「誤解? 昨日の話は、歩美が勝手に……いや、僕たちも言いすぎました。撤回します!」
「撤回?」
私は鼻で笑いました。
「都合が良すぎませんか?」
「母さん、お願いです。もう一度チャンスをください!」
「チャンス? 昨日、最後にチャンスを差し上げましたよね。『撤回する気はありませんか』と。あれは、『ありません』と言いましたね。2人声を揃えて」
健二が黙り込みました。
「母さん、僕が悪かったです。謝ります」
「謝罪は結構です。じゃあ、どうすれば……」
「どうもしません。昨日、あなた方が決めたことです。『お一人でどうぞ』でしたね、母さん」
それから、私は冷たく続けました。
「月10万円の援助もいらないと言いましたね。『お金より距離を置きたい』と」
「あれは……」
「では、距離を置きましょう。1億円分の距離を」
電話の向こうで、歩美さんが泣き始めたのが聞こえました。
「お義母さん、お願いします! 私たちが間違っていました!」
「今更言われても、信用できません。私は昨日、健二が言った言葉をそのまま返しています」
「老人ホームのパンフレットは、もう申し込みましたか?」
「それは……」
「私は高級老人ホームに入ることにしました。入居一時金3000万円、月額費用も高い施設です」
「そんな高級な……」
「ええ、1億円あれば余裕ですから」
健二が唸るような声を出しました。
「母さん、考え直してください! 僕は一人息子です! 親子の縁は切れません!」
「でも、昨日は『もう家族ではない』と言いましたよ」
「あれは、感情的になって……」
「いいえ、本音でしょう。歩美さんのお母様とは毎月会ってお小遣いまで渡しているのに、私は『存在自体が迷惑』なんですよね」
「違います! 母さんは大切な家族です!」
「今更、何を言っているのでしょう? もういいんです、健二」
「母さん、会って話しましょう! 今すぐ行きます!」
「来ても無駄です。もう決めたことですから」
母さん! 健二の必死な声が響きました。でも、もう私の心は動きません。
「これが『自業自得』というものです。自業自得。はい。親を軽んじた報いです。『お荷物』『時代遅れ』、全部あなた方が言った言葉です」
「謝ります! 土下座でも何でもします!」
「その必要はありません。私は静かに言いました。これからはお互い干渉しない。それが一番だと、昨日、歩美さんが言っていました。その通りにしましょう」
「待って! お母さん!」
「さようなら」
私は電話を切りました。すぐに着信が入りましたが、出ませんでした。何度も何度も、電話が鳴り続けました。
30分後、インターホンが鳴りました。モニターを見ると、健二と歩美さんが立っていました。2人とも顔面蒼白でした。
「母さん、開けてください!」
健二がインターホンに向かって叫びました。
「お願いします! 話を聞いてください!」
歩美さんも必死に頼んできました。昨日とは正反対の態度です。私はインターホン越しに答えました。
「お帰りください。もう話すことはありません」
「母さん、1億円を一人占めするんですか?」
健二の本音が出ました。
「一人占め? 私のお金ですが」
「でも、僕には相続権があります!」
「遺留分のことですか? 私は冷静に答えました。確かに法定相続人には遺留分があります。でも、それは私が亡くなってからの話です。今はまだ生きていますから」
「じゃあ、生前贈与する気はありませんか! 母さん!」
健二の叫び声が響きました。でも、もう私には届きません。昨日、健二は私の心を完全に殺したのです。
あれから3ヶ月が経ちました。私は今、都内の高級老人ホームで新しい生活を送っています。
「おはよう、け子さん。今日もお元気そうね」
同じフロアに住む友人の佐藤さんが声をかけてくれました。72歳の彼女も、似たような経験をしてここに入居したそうです。
「おはようございます。今日はフラワーアレンジメントの日ですね」
「ええ、楽しみだわ。け子さんの作品、いつも素敵だから」
ここでの生活は、想像以上に充実していました。毎日さまざまなアクティビティがあり、同年代の友人もたくさんできました。何より、誰にも気を使わず自分のペースで生活できることが、幸せでした。
お金はあっても、家族はいません。でも、今の方がはるかに幸せです。私は窓から見える美しい庭園を眺めながら、心からそう思いました。
先週、小林先生から連絡がありました。
「け子さん、実は健二さんから何度も連絡が来ています。まだ諦めていないんですね」
「それが……どうやら息子さん夫婦、離婚することになったようです」
「離婚?」
私は驚きました。
「はい。歩美さんの方から切り出したそうです。『1億円を失った男に用はない』と」
何ということでしょう。歩美さんは最初から、お金目当てだったのでしょうか?
「健二さんは『母に合わせてください』と懇願していますが、お断りしてよろしいですね」
「はい」
私は即答しました。
「もう、息子でも何でもありませんから」
電話を切った後、複雑な気持ちになりました。健二は今、一人ぼっちになったのでしょう。でも、それは自分が蒔いた種です。
その日の午後、施設の談話室で新聞を読んでいると、見覚えのある顔が現れました。
「ばあさん」
息子の健二でした。痩せた顔で、以前の傲慢さは消えていました。
「どうやって入ったんですか?」
「面会申請をしました。1度だけ会ってくださいと」
私は新聞を置き、健二を見つめました。
「何か用ですか?」
「謝りたくて。本当に申し訳ありませんでした」
健二は深く頭を下げました。
「歩美と離婚しました。あいつは最初から金目当てでした。母さんの言う通りでした」
「そうですか」
私は淡々と答えました。
「母さん、もう1度やり直せませんか?」
「無理です」
「どうして?」
「健二、あなたは私の38年間を否定したんです。私の存在自体を否定した。それは、取り返しがつきません」
健二の目に涙が浮かびました。
「後悔しています。毎日後悔しています」
「後悔しても、遅いんです」
私は立ち上がりました。
「言うことはありません。どうぞ、お帰りください」
「母さん!」
健二が追いかけてきましたが、職員の方が止めてくれました。
「面会時間は終了です」
健二の声を背に、私は自室に戻りました。その夜、私は日記を書きました。
『今日、健二に最後の別れを告げました。心は痛みますが、後悔はありません。人は自分の行いの報いを受けるものです。健二は、親を軽んじた報いを受けているのです』
翌朝、施設の理事長から呼ばれました。
「田中さん、先日の寄付の件、本当にありがとうございました」
私はこの施設にも、1000万円を寄付していました。
「恵まれない高齢者のために使ってください」
「必ず、有効に使わせていただきます」
理事長の感謝の言葉を聞きながら、私は思いました。健二に使うはずだったお金が、こうして社会のために役立っている。これで良かったのだと。
ある日、佐藤さんとお茶を飲んでいる時、こんな話になりました。
「け子さん、後悔はないの? 息子さんのこと」
「不思議と、ないんです」
「強いのね」
「強気じゃありません。諦めたんです。期待を」
佐藤さんは優しく微笑みました。
「私も同じよ。娘に裏切られて、財産を全部寄付したの」
「そうだったんですか。でも、今こうしてけ子さんみたいな友達ができて、幸せよ」
私たちはお互いに微笑み合いました。家族を失っても、新しい絆は生まれるのです。
先日、孫から手紙が届きました。
『おばあちゃん、会いたいです。パパとママは離婚しちゃったけど、僕はおばあちゃんが大好きです』
涙が溢れました。罪のない孫には会ってあげたい気持ちもあります。でも、今はまだその時ではありません。いつか孫が大人になったら、真実を話してあげようと思います。
施設での生活も半年が過ぎました。毎日が充実していて、むしろ感謝しています。趣味の絵画を再開し、展覧会にも出品しました。
「田中さんの絵、素晴らしいわ」
「本当、プロみたい」
仲間たちの賞賛を受けて、私は生きがいを感じています。息子のために諦めていた夢を、今実現しているのです。
ある朝、新聞の片隅に小さな記事を見つけました。『児童養護施設に匿名で3000万円の寄付』。それは私が寄付したお金のことでした。記事には、施設の子どもたちの喜ぶ姿が載っていました。
これで良かった。心からそう思いました。健二に残すより、ずっと価値のある使い方です。
私のこの経験を通して、皆様にお伝えしたいことがあります。親子の絆は当たり前ではありません。感謝を忘れれば、大切なものを失います。そして何より、理不尽に負けない強さを持つことの大切さを、私は身を持って学びました。
我慢には限界があります。自分の人生は自分で守るものです。私が選んだ道を後悔したことは、一度もありません。『親だから我慢すべき』。そんな考えに縛られる必要はないのです。親にも、幸せになる権利があります。
1億円は息子の手には渡りませんでしたが、社会のために有効に使われています。これこそが、本当の意味での財産の活用だと信じています。因果応報とは、まさにこのことでしょう。
息子の健二は、親を軽んじた報いを受けました。妻との離婚、財産の喪失、そして母親という最も大切な存在を失いました。一方で、私は新しい人生を手に入れました。自由で充実した、誰にも縛られない人生を。
もし今、これを読んでくださっている方の中に、理不尽な扱いを受けている方がいらっしゃったら、どうか立ち上がる勇気を持ってください。自分の尊厳を守ることこそが、本当の強さなのですから。
今、私は本当に自由で幸せです。施設の自室から夕日を眺めながら、私は静かに微笑みました。窓の外には、美しい夕焼けが広がっていました。それは、新しい人生を祝福するかのような、希望に満ちた光景でした。



