姉と兄が事故で亡くなった翌月、引き取った姪の発言会に、まさか俺のクールで厳しい社長が「私も行っていいかしら」と申し出る日が来るとは思わなかった。あの鉄面皮な社長が、パステルカラーのワンピースを着て現れた。そして、ステージで緊張する4歳の姪を、俺とは比べものにならないほど優しい目で見つめていた。ふと気づくと、彼女は顔を赤らめて言った。「大丈夫よ、熱なんてないわ」。実は彼女の過去に、誰も知らない…

姉と兄が事故で亡くなった翌月、引き取った姪の発言会に、まさか俺のクールで厳しい社長が「私も行っていいかしら」と申し出る日が来るとは思わなかった。あの鉄面皮な社長が、パステルカラーのワンピースを着て現れた。そして、ステージで緊張する4歳の姪を、俺とは比べものにならないほど優しい目で見つめていた。ふと気づくと、彼女は顔を赤らめて言った。「大丈夫よ、熱なんてないわ」。実は彼女の過去に、誰も知らない...

社長室の扉をノックしたとき、俺の手は少し震えていた。
有給申請書を握りしめたまま、深く息を吸う。
「失礼します」

マイカ社長は静かに書類に目を通していた。
「高橋君、要件は?」
「えっと、有給の許可をいただきたくて…」

書類を受け取ったマイカは、じっくりと申請理由を確認する。
「この『姪の発表会』というのは…」
「はい」
「私も行ってもいいかしら?」

その言葉に、俺は固まった。
まさか社長が自分も行きたいと言い出すとは思わなかったからだ。

「え、マイカ社長がですか?」
「やはり張り込みはまずいかしらね」
だというのに、マイカは淡々と続けた。
「幼稚園に聞いてみてくれない?ダメなら仕方ないけど」

混乱したまま俺は社長室を出た。
そして、その日の夕方、幼稚園に確認すると「知り合いなら大丈夫です」と言われた。
翌日、マイカにそのことを伝えると、彼女は珍しく少しだけ嬉しそうな顔をした。

発表会当日。
待ち合わせ場所に立っていたマイカは、普段のスーツ姿とはまったく違った。
パステルカラーのワンピースを着て、化粧も柔らかい。
正直、圧倒された。

「社長、おはようございます」
「おはよう。今日はありがとう」
「え?」
「いいの。今日は社長って呼ばないで。マイカでいいわ」

戸惑いながらも、俺は彼女を幼稚園へ案内した。
会場に並んで座ると、マイカはバッグからビデオカメラを取り出した。
「録画していいかしら?」
「大丈夫だと思いますよ」

周りを見渡すと、他の保護者たちもカメラを構えている。
ミクの出番はプログラムの三番目。
緊張した面持ちで端っこに立っているミクに、俺がそっと手を振ると、彼女は少しだけ微笑んだ。

発表が始まると、マイカは真剣な表情でビデオカメラを回し続けた。
時折微笑みながら。
意外だと思った。
社長室で見る彼女は鉄面皮と噂されるほどのクールな人なのに、今日は別の人のようだ。

無事に発表会が終わり、ミクが衣装のまま俺のところへ走ってくる。
「おじちゃん、来てくれたんだね」
「当たり前だろ。約束したじゃないか。上手だったよ」
「えへへ、ミク頑張ったんだよ」

そして、隣に立っているマイカに気づくと、ミクは俺の後ろに隠れてしまった。
人見知りの激しいミクだ。
でもマイカはしゃがみ込み、目線を合わせた。
「ミクちゃん、こんにちは。おじちゃんと同じ会社で働いているマイカって言います」
「おじちゃんと?」
「うん。ミクちゃんの発表会、見に来たの。とっても上手にできたね」

その言葉に、ミクは少しだけ緊張を解き、俺の後ろから出てきた。
「見てくれたの?」
「うん。ビデオにも撮ったよ。ねえ、ミクちゃん。お姉ちゃんともう少し遊びたいんだけど、いいかな?」
「遊んでくれるの?」
「うん」

ミクはおずおずと手を伸ばし、マイカの手を握った。
すると、なぜかマイカはその場に座り込んでしまった。
「マイカさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ごめんね」
立ち上がった彼女の顔は、熱があるのではないかと思うくらい赤かった。
「熱でもあるんですか?」
「ないわよ。大丈夫」

その後、何故かマイカは家までついてきて、昼ご飯を一緒に食べることになった。
「勝手についてきたのは私だから、お昼は私が作るわ」
「いいんですか?」
「ええ。ミクちゃんは何が食べたい?」
「うんとね、オムライス」
上目遣いに見上げるミクを見たマイカは、なぜか顔を手で覆った。
本当にどうしたんだ、この人は。

その日から、マイカとの距離は少しずつ縮まっていった。
幼稚園のお迎えも、休日の出かける先も、三人でいることが増えた。
ミクもすっかりマイカに懐いて、最近では俺よりもマイカと一緒にいたがる。

気づけば、また次の発表会の季節が来ていた。
去年と同じようにマイカにも声をかけると、今回も一緒に行ってくれることになった。
この頃には、もうすっかり家族のような関係になっていたと思う。

発表会が終わり、三人で家に向かう。
疲れ切ったミクが俺の背中ですやすやと寝息を立てている。
「今回も来てくれてありがとうございます」
「こっちこそありがとう」

並んで歩きながら、俺はずっと言えずにいたことを考えていた。
「あの、マイカさん」
「どうかした?」
「これからも一緒に、ミクを育ててくれませんか?」
「そうね。高橋君と一緒にいるの、私も楽しいわ」

その答えに、俺は首を振った。
「えっと、そういうんじゃなくて…」
「違うの?」
「間違ってはいないけど、俺が言いたいのはそうじゃないんです。俺はマイカさんのことがずっと気になっていました」

マイカが足を止めた。
「最初の頃は怖い人だと思ってたんです。でも、こうして一緒に過ごすうちに、本当は優しくて強い人だと知りました。ミクに対する愛情を見るたびに嬉しくなったんです。両親のため、会社のために自分の夢を諦めたあなたの強さ。それに、意外と笑うところ。その笑顔が可愛いと知るうちに、気持ちが変わっていきました。だから…俺たちと家族になって欲しいんです」
「私でいいの?私、バツイチよ」
「それを言ったら、俺こそ子持ちですよ」
「それもそうね」

マイカは少しだけ前に出ると、くるっと向き直った。
「そうね。君たちと一緒にいると、私もすごく楽しいわ。これからもずっと一緒にさせてください」
そう言って、彼女は勢いよく頭を下げた。
「頭を上げてください。お願いするのは俺の方なんですから」
「ふふ。じゃあこれからもよろしくね」

こうして俺とマイカの交際が始まった。
一緒に過ごす時間はますます増え、ミクも精神的に安定していた。
そして、ミクが小学校に入学した年に、俺とマイカは入籍した。
結婚式は三人だけの小さな式にした。
お互いの貯金を出し合って、一軒家も購入した。

今もミクはその家から元気に学校に通っている。
俺もミクも幼い頃に両親を亡くしている。
失ってしまった温かい家庭を、マイカと三人で作っていきたいと思っている。

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