「君のような無能は首だ。高卒の君は、それにふさわしい場所で自由にすればいい」…

「君のような無能は首だ。高卒の君は、それにふさわしい場所で自由にすればいい」...

「どう考えても無理ですよ。せめて、もう少し経験を積んだ人がいないと。」

そう訴える俺を、社長は足を組んだまま一瞥した。

「それは、高卒の君が悪いんだろう。」

面倒そうに吐き捨てるように言われたが、俺も黙ってはいられなかった。

「業務にまで影響が出ているんです。もう、これ以上は無理です。」

そう言うと、社長は我慢の限界に達したように声を張り上げた。

「そんなに言うなら、君のような無能は首だ。優秀な部下がやるから、高卒の君は、それにふさわしい場所で自由にすればいい。」

その瞬間、俺の中で何かが切れたような気がした。

「わかりました。」

その日のうちに退職届を出し、俺は長年勤めた会社を辞めた。

後になって、社長がこの発言をひどく後悔することになるとは、この時は考えもしなかっただろう。

俺の名前は森田明。家電の部品を作る会社に勤める、40歳のサラリーマンだ。

現在は海外向けのマーケティング部に所属しているが、最初は単純作業のオペレーターだった。俺はこの会社に高卒で入社したのだ。

俺が高校生の頃、父が交通事故で亡くなった。母は専業主婦で経済的に余裕がなくなったため、俺は大学進学を諦めてここに入社した。

オペレーターとして2年ほど働いた後、今のマーケティング部に移動になった。趣味や恋愛にあまり興味がなく、それゆえに真面目に仕事に取り組んできた。それが評価され、今は係長として働いている。

当時、高卒でどうすればいいか分からない状態だった俺を雇ってくれた社長の西野哲さんには、今もなお感謝しているし尊敬している。哲さんも俺のことを気にかけてくれて、よくプライベートで食事に連れて行ってくれる。

俺はここで働くことで、哲さんにせめてもの恩返しがしたいと思っていた。

そんな日常が一変したのは、ある日、哲さんが体調不良で入院したことから始まった。

秋に差し掛かって少し経った頃のことだ。気温の変化も激しく、気を抜くとすぐに風邪を引きそうな時期だった。

哲さんが体調を崩し入院したとの知らせは、すぐに社内に広まった。幸い命に別状はないとのことだったので騒ぎが大きくなることはなかったが、社内は不安げな空気に包まれていた。

俺もすぐにスケジュールを調整して見舞いに行こうとしたが、外せない案件が多く、すぐには行けなかった。心配してばかりではいけないと、気持ちを切り替えて普段通りの仕事をこなしていた。

その2日後、俺たちの元にある人物がやってくる。

「今日から、この会社の新しい社長になった西野だ。」

社員全員が集められた朝礼でそう挨拶したのは、哲さんの息子、西野孝介だった。

孝介は俺よりも若かったが、その態度はひどいものだった。

「前任の社長が入院してから不安を抱えている人も多いかと思うが、これからは私が引き継ぐので安心するように。」

もう少し、最初の挨拶にふさわしい言葉があるはずだ。

しかしその日のうちはそれ以上のことは起きなかったため、社員たちから不満が上がることはなかった。

問題は、その翌日から発生した。

孝介が「今の状況をこの目で確認したい」と各部署を見回っていた時のことだ。

「君が、森田君か。」

俺を見つけるや、そう声をかけてきた。

「はい。そうですけど。」

俺が少し困惑しながら答えると、孝介は値踏みするように俺の全身を見る。気まずいような気分になり、「何か、ご用ですか」と聞いた。

「いや、森田君は高卒だと聞いてね。直接確認しておきたかったんだ。」

「そうですか。」

その理由を聞いて、俺はあまり良い気分ではなかった。今までにもそういうことを言う人と出会ったことはある。基本的にそういった人とは必要以上に関わらないようにしてきたが、相手が現在の社長となると、簡単にはいかないかもしれない。

俺がそう考えていると、孝介はわざとらしくため息をついた。

「高卒でマーケティング部の係長か。どうせ、大した仕事もできないくせに。」

俺は一瞬、驚いて固まってしまった。まさか、ここまで率直な言い方をされるとは思っていなかったのだ。

孝介の話はそれからも続いた。どうやら彼は、極端に学歴重視の人間のようだ。自分も有名大学を卒業した身であり、そんな自分が率いる会社に高卒程度の人間は不要である、というのが彼の持論らしい。

そのため、孝介にとっては俺の存在が許せないようだった。

「君みたいな高卒がいる状況は、早く何とかしなければいけないな。」

嘲り交じりにそう言うと、孝介は俺の返事を待たずに去っていった。

俺は困惑して呆然としていたが、他の社員に「大丈夫か」と声をかけられて正気に戻った。

それからというもの、孝介は何かと俺にきつく当たるようになった。廊下で擦れ違う時にわざとらしく肩をぶつけたり、俺のことを馬鹿にしてきたり。学生のいじめのような嫌がらせに最初は腹を立てていたが、結局やり返すようなことはしなかった。

この会社に務める社員で高卒は少なく、実際俺くらいしかいないだろう。孝介の嫌がらせも、俺以外にしているところは見たことも聞いたこともない。大事にしても面倒だし、何よりも今の仕事が好きな俺にとっては、これぐらいの我慢は平気だった。

哲さんが入院してから1週間が経った頃、俺は予定を調整して哲さんのお見舞いに行った。

哲さんの顔色は思っていたより悪くなく、ベッドに横たわってはいるが、それ以外は至っていつも通りといった様子だった。

「心配をかけてすまないな、森田君。」

「いえ、気にしないでください。」

俺は持ってきていた見舞い品をサイドテーブルに置くと、椅子を近くに寄せて腰掛けた。

「それより、体調は大丈夫なんですか? 」

「命に別状はないが、各種検査や経過観察のために、1か月は入院だと言われてしまったよ。」

笑い混じりにそう言う哲さんを見て、俺は胸を撫で下ろした。大丈夫だと頭では分かっていても、やはり実際に見るまでは不安なものだ。

だが哲さんは、そんな俺の顔を心配そうに見ていた。

「どうしました? 何か、顔についてますか? 」

「いや、そうではないんだが。」

哲さんは言いづらそうにしていたが、ゆっくりと話し出す。

「新社長の孝介のことだが、彼は、大丈夫か?

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どうやら哲さんは、孝介が社長職をうまくこなせているか気にかけているようだった。息子でもあるのだから当然かと思い、俺は「心配しなくても、大丈夫ですよ」と答えた。

「そうか。そうなら、いいんだが。」

哲さんには何か別に気がかかることがある様子だったが、それ以上は何も言わなかった。

見舞いから2日後、孝介が俺たちの部署に来た。

「経営改革を行う。」

孝介は声高らかに宣言した。曰く、有名大学を卒業したエリートの新人を雇うことで、より業務を効率的にするとのことだ。

これには、さすがに俺も反論した。

「今から雇わなくても、今いる人員で十分です。」

だが孝介は俺の意見など最初から聞くつもりはないようで、一方的に詳細を伝えると、俺のことは無視してどこかに去ってしまった。

そして数日後、理系の新人が孝介と共に部署にやってきた。

「森田君、君の仕事を彼に引き継いでやれ。」

またもやとんでもないことを言われて、俺は困惑を隠せない。

「引き継ぐって、まだ何も知らない状態で、引き継げるものなんかありませんよ。」

「高卒の君ができる仕事なら、大卒のエリートの彼にもできるだろう。」

孝介は吐き捨てるようにそう言った。それでは新人もいい迷惑だろうと顔を見ると、「大丈夫です。エリートですから」と謎の自信を持って答えられた。

俺には理解できないが、こうなってしまっては仕方がない。

「わかりました。ただ、せめて書類だけでも作れる人材が欲しいのですが。」

「彼なら大丈夫だ。有名大学を卒業したエリートなんだからな。」

孝介はそう答えると、俺の肩を軽く叩き、すぐにその場を去ってしまった。

俺は残されたエリートらしい新人を眺めて、思わずため息をついた。

それからというもの、俺はこの新人に頭を悩ませることになる。

まず、新人は書類の作成もできない。さらに今までパソコンをあまり使ってこなかったらしく、俺はパソコンの基本的な操作から教えなければならなかった。

俺が新人教育に使える時間は非常に限られていて、当然そんなことにばかり時間をかけるわけにはいかない。にもかかわらず、当の新人は謎の自信に満ち溢れており、俺が教える前に変なことをしでかすこともしょっちゅうだった。

おかげで俺の業務にも支障が出てしまった上、1か月が経っても、書類の作成すらできていなかった。

さすがにこのままではどうしようもないと考えた俺は、孝介に直接話をすることにした。

「どう考えても無理ですよ。せめて、もう少し経験を積んだ人がいないと。」

そう訴える俺を、孝介は椅子に座って足を組んだまま一瞥する。

「それは、君の教え方が悪いだけだろう。」

面倒そうにそう言われるが、今回ばかりは俺も黙っていられない。

「僕の業務にまで影響が出ているんです。もう、これ以上は無理です。」

「これだって、君が無能の高卒だから、そんなことになっているんだろう。」

俺はさらに反論しようとしたが、孝介の言葉はまだ続いた。

「そんなに言うなら、もういい。君のような無能は首だ。優秀な部下がやるから、高卒の君は、それにふさわしい場所で自由にすればいい。」

これを聞いた瞬間、俺の中で何かが切れたような気がした。

「わかりました。」

最後に孝介のことを睨むように見て、俺は社長室を出る。そしてその日中に退職届を出し、俺は長年勤めた会社を辞めた。

それからさらに1か月が経った。

俺は会社を辞めた後、以前から取引先としてお世話になっていたある会社へ転職していた。以前の会社ではマーケティング部だったが、ここでは営業部に務めている。

だが会社や部署が変わっても、俺自身に変化があったわけではない。俺はここでも変わらず真面目に働いていた。

その働きぶりは社内でも評判で、何でも俺が来てから売上が10倍近くまで跳ね上がったとのことだ。社内での人間関係も良好で、俺は新しい職場で伸び伸びと働くことができていた。

そんなある日、俺の元に一通の着信が入った。表示された名前は、西野孝介。以前の会社の社長だった。

あれから一切連絡などなかったのに、今頃になって何の用だろうか。そう思った俺は、電話に出ることにした。

「おい、一体どこで何をやっているんだ? 今すぐ会社に戻ってこい。」

挨拶もなしに大声でそう言われるが、俺には意味が分からない。

「戻ってこいと言われても、もう退職したので、行きませんよ。」

俺は冷静にそう答えて、電話を切ろうとした。だが、それよりも早く電話先の声が届く。

「何を言っている? いいから、早く来い。」

「ですから、退職したので、もう行きません。」

「ごちゃごちゃ言うな。」

それから何度断ってもしつこく言われるので、俺は仕方なく以前の会社へ行くことにした。外出の途中だったため、会社にはすぐに到着した。

以前まで俺がいた部署に行くと、社長である孝介と、俺が教えていた例の新人がいた。

「森田、お前が仕事をちゃんと引き継がなかったせいで、売上が落ちたじゃないか。」

俺の姿を見るや、そう言って俺に詰め寄ってきた。

「引き継ぎって、彼にはちゃんと業務を伝えましたよ。」

「嘘をつくな。事実、彼が困っているだろう。」

俺は新人の様子を見る。泣きそうな顔でパソコンを操作している。状況が飲み込めない俺は、一体何が起きているのか説明を要求した。

それから話を聞くと、どうやら俺が引き継いだ業務を新人が何ひとつできず、結果として海外の取引先との商談が決裂になってしまったらしい。そして困った挙句に、俺に連絡してきたとのことだ。

それを聞いて、俺はようやく納得した。この会社の取引先はほとんどが海外の企業だ。そのため書類の作成や商談は英語で行わなければならない。英語が使えなければ、そもそも仕事にならないのだ。

特に商談の際には、ネイティブ並みの英語力が求められる。俺は高卒ではあったが、そういった仕事をこなせていたのは学生時代の経験のおかげだ。

実は父が亡くなる前、俺はアメリカに住んでいた。当時通っていた高校もアメリカの学校だ。その経験のおかげで、俺は高卒でありながら、英語をネイティブ並みに使うことができたのだ。

もちろん俺以外の社員も英語は使えるが、俺はその中でも一二を争うほどだった。だが新人は英語が非常に苦手だった。読み取りはできるが、文章を書いたり会話をすることができなかったのだ。そのせいで商談がまとまらず、契約を打ち切られてしまったということだ。

そしてそれを知った孝介は、慌てて俺に連絡をし、会社に連れ戻したというのが今の状況だった。

それらの説明が終わると、孝介は1枚の書類を取り出して俺に見せた。それは、この会社の契約書だった。

「お前、再就職したんだってな。けど、お前みたいな無能じゃ、ろくな仕事に就けてないだろう。またうちで雇ってやるよ。」

この後に及んでも、馬鹿にしたような態度で接してきた。しかも渡された契約書を見ると、そこに書いてある給料は驚くほど低い額だった。さすがに初任給に比べれば高いが、およそ今の俺には厳しい額だ。

「高卒だから、それくらいでいいだろう。」

またしても馬鹿にしてくる孝介に腹を立てながらも、俺は契約書を突き返した。

「給料がどうとかじゃないです。もう、再就職先が決まっているので無理です。」

それを聞いた孝介は、すぐに目を吊り上げた。だが俺は構わず、言葉を続ける。

「この会社は、もうすぐなくなりますよ。」

孝介が俺に軽蔑そうな目を向けるのと同時くらいのタイミングで、扉が開かれる。そこにいたのは、前社長である哲さんと、もう1人。俺が再就職した会社の社長だった。

「一体、何をしているんだ?

会社をめちゃくちゃにして。」

哲さんは孝介を見るや、凄まじい剣幕で一喝した。

傍から見ていた俺も驚いてしまったが、孝介はそれどころではないようで、見る見るうちに青ざめていった。

実は俺が再就職した先の社長は、哲さんの弟だったのだ。名前は西野大輔さん。大輔さんは以前から俺のことを哲さんから聞いていたようで、俺が再就職の面接に来た際にすぐに気づいて、雇ってくれたのだ。

また哲さんと2人でここに来たのも、大輔さんの提案が理由だ。

実は昨日、俺は哲さんから退院したとの連絡をもらっていた。そこで俺は大輔さんも交えて、会社の現状を伝えたのだ。

哲さんは孝介について、勉強はできるが協調性やコミュニケーション能力に乏しく、会社を継ぐにはまだ早すぎると考えていたようだ。そのため哲さん自身の体調が良くなり次第、会社に復帰するつもりだったらしい。

だが孝介のせいで経営状態は急激に悪化しており、どうしたものかとなっていたところに、大輔さんが1つの提案を出した。それは、大輔さんの会社が哲さんの会社を合併するという話だった。

哲さんはこれを快諾し、会社は吸収合併されることになった。そしてその契約のために、今日哲さんと共に大輔さんが会社に来たということだ。

ここまでの話を聞いて、孝介は力なく椅子に崩れ落ち、それから一切動かなくなってしまった。

それから半月が経った。

孝介は吸収合併の後、すぐに解雇となった。現在は再就職先が見つからず、アルバイト生活をしているとのことだ。

会社の方は合併した後、経営状態も良好だ。俺の部署については移動も可能だったが、なんだかんだで営業の仕事も楽しみ始めていた俺は、今のままにして欲しいと頼んでいた。哲さんも大輔さんも快く受け入れてくれたおかげで、俺は今日も満足に働くことができている。

色々あったが、俺の思いは変わらない。恩人である哲さんと、今回の件で恩人になった大輔さん。2人に少しでも恩を返すため、俺は一生懸命に働くだけだ。