システム部の部長である俺は、嫌がらせの矛先になっていた。営業部のトップである中西部長は、俺のことを一方的に目の敵にしている。高卒で後ろ盾もないくせに生意気だと言って、部長会議では徹底的に無視してくる。
理由は5年前に遡る。清水社長が就任した直後、中西部長が外部のシステム会社を強引に導入しようとした。俺はその会社の実態を調査し、修正対応できる人材が残っていないことを暴いた。経営状態も技術水準も危うい。導入を勧められないと進言し、契約の話は白紙になった。
中西部長はその契約で報酬を受け取る予定だったらしい。それ以来、顔を合わせるたびに嫌味を言われるようになった。胸ぐらを掴まれた時は身の危険を感じたほどだ。俺を認めてくれていた元部長は転職してしまい、俺に味方はいない。
ある日、夜遅くまで残って月1回の保守作業を行った。車内サーバーを監視するアラートシステムの動作確認だ。やや気になるログを見つけたが、記録を取って保留にした。翌日、総務部の社員が部長会議の議題を持ってきた。
議題は各部署の次年度予算について。他の部署は大きな変動がないのに、システム部だけ30%の削減が必要と書かれている。理由はコスト最適化と業務効率化。提案者の欄に中西部長の名前があった。効率化の名目で削減対象に含まれているのは、月1回の保守作業だ。
まるで保守作業を潰すための提案ではないか。俺は違和感を抱いたが、考えすぎかもしれないと頭を振った。
数日後、車内に嫌な噂が流れ始めた。システム部が社員の個人情報を盗んでいるらしい。部下が同期から問い詰められ、距離を置かれたと暗い顔で報告してきた。タイミングが悪すぎる。予算削減の話が進む中で流れた噂は、中西部長の仕業だと直感した。
その3日後、部長会議があった。今回は欠席者が多く、参加者は4人だけ。助かったと安堵したが、その安堵は長く続かなかった。会議室に入ると、上座には中西部長と、エリート軍団のナンバー2である総務部の織田部長がいる。経理部の胃嵐し部長もいた。
最初の議題は業務効率化だった。俺がシステム部の取り組みを説明しようと口を開くと、中西部長が遮る。
「総務部からの見解を先に述べてもらおう。」
次の議題でも同じことが起きた。設備投資について意見を述べようとした瞬間、織田部長が割り込む。
「その件は総務部で取りまとめた資料があります。」
俺の言葉は全て潰された。偶然ではなく、最初から決められた役割分担だ。中西部長が采配を振り、織田部長が実行する。3時間の会議で、俺は一切発言できなかった。
会議の最後、中西部長が笑顔で言った。
「さて、この後は大卒の3人だけで話しましょう。近くにいい店があるんですよ。」
俺を仲間外れにして嫌な思いをさせようという意地の悪さが伝わってくる。俺は頭を下げて会議室を出ようとした。すると、胃嵐し部長が後を追いかけてきた。
「部長、大丈夫ですか?」
「え?ああ、はい。お気遣いありがとうございます。」
「中西部長と織田部長と何かありましたか?俺、今年から車内相談窓口を担当しているんです。遠慮せず何でも話してください。」
予想外の言葉に驚いた。胃嵐し部長は27歳までアメリカで過ごし、アジア人というだけで偏見の目に遭った経験があるという。だから同じように苦しむ人を助けたいと思って相談窓口を引き受けたらしい。その目は心の底から俺を心配していた。
俺はある計画を胃嵐し部長に打ち明けた。彼は驚いていたが、最終的には頷いてくれた。
それから1ヶ月後。全部署の部長と課長を集めた全体会議の日が来た。俺は胃嵐し部長と共同で報告を行うことになっている。マイクを手に取り、一瞬目を閉じた。高卒の4文字が壁になる瞬間は何度もあった。今日、その壁を正面から崩しに行く。
「では、システム部と経理部からの共同報告をさせていただきます。」
俺はスクリーンに資料を映し出した。
「システム部は車内サーバーを監視するアラートシステムを運用しています。1ヶ月前の保守点検で、あるログを見つけました。営業部の経費証憑ログです。証憑のタイムスタンプが物理的にありえない順序になっています。」
タイムスタンプは、データがいつ作成され、誰が承認したかを自動で記録する機能だ。承認者のIDと日時が刻まれ、その後データが改ざんされていないことも暗号技術で保証される。つまり、この記録は後から書き換えることができない。
「誰かが意図的に手を加えたということです。なぜ手を加えたか。普通なら承認されない経費を通す必要があったからでしょう。」
続けて、胃嵐し部長が口を開いた。
「内部長はサーバーの記録に違和感を抱き、3年分の記録を保存しました。内容を経理部で確認したところ、実態のない費だと判明しました。これは営業部の年間交際費予算の38%に相当します。」
会議室がざわついた。中西部長が顔面蒼白で立ち上がる。
「システムのエラーだ!そうに決まってる!システム部には怪しい噂があると聞いたぞ。社員の個人情報を閲覧しているらしいじゃないか!」
「その噂を流したのも、あなたではないですか?」
俺はマイクを握り直し、まっすぐ中西部長を見た。
「システム部の保守作業への不審感を車内に広め、予算削減への流れを作る。そのための噂だったんでしょう。」
中西部長が息を飲む。俺は言葉に力を込めた。
「システム部にはそんな権限はありません。今はその話は関係ありません。俺たちが話しているのは、あなたの部署の実態のない費についてです。」
別部署の部長も俺を支持した。
「内部長の言う通りだ。話をそらそうとしているのか。」
その隙に、俺は決定的な証拠を突きつけた。
「この3年間で計上された金額はおよそ400万円。そして、中西部長と織田部長が連名で提案したシステム部の予算削減額も、同じく400万円です。この金額が偶然一致するとは考えにくい。削減額を不正経費に合わせて設定したのではないですか?」
織田部長にも視線が集まる。続けて、胃嵐し部長が織田部長を見て言った。
「総務部も営業部ほどではありませんが、怪しい経費の計上があります。怪しいと思った経費をまとめてきました。今から1つずつ提示しますので、詳細を説明していただけますか?」
胃嵐し部長を味方につけられたのは大きかった。俺が調査できない経費の詳細まで調べてくれたおかげで、二人は完全に追い詰められている。
沈黙が広がる中、営業部の係長が震えながら手を上げた。
「お、俺、中西部長に脅されてました。派閥の飲み会で、実態のない経費を計上するように言われて。断れる雰囲気じゃなかったんです。」
「お前!」
身内の裏切りに中西部長が困惑の声をあげる。すると、エリート軍団の何人かが顔を見合わせ、やがて次々と手を上げた。
「俺も同じです。」
「俺も中西部長に言われてやりました。」
「俺も逆らえなかった。」
中西部長と織田部長は脂汗を滲ませながら、仲間たちを見つめる。
「これは明らかに横領ですね。」
胃嵐し部長の言葉に俺は頷いた。すると、人事部の部長が立ち上がった。
「中西君、残念だよ。今回の件、俺から清水社長に報告しておこう。」
「そ、そんな、待ってください!」
中西部長が人事部長にすがりつこうとするが、払いのけられる。
「み、皆さん、こんな奴の言うことを信じるんですか?こいつは高卒で学歴も後ろもないやつですよ!」
「そ、そうだ!俺と中西部長を嵌めるための捏造だ!」
織田部長の主張に、その場にいた全員が呆れた様子を見せた。
「捏造したとして、俺に何のメリットがあるんですか?俺を貶めたいのはあなたたち二人の方ですよね。5年前、中西部長が推していたシステム会社の不正を暴き、部長の懐に入るはずだった契約の報酬をなかったことにした。高卒の俺にやられて、あなたはプライドを壊されて、ずっと俺を逆恨みしていたんでしょ。」
中西部長と織田部長が俯く。俺は、ずっと考えていたことを口にした。
「うちの部署の予算削減をしようとしたのは、清水社長への代替わりで影響力が弱まり始めた頃から続けてきた不正を隠すためだったんですか?保守作業をなくせば、俺がログを見る機会もなくなり、自分たちの不正が露呈する心配もなくなる。だから、部長会議で予算削減を提言したんですね。」
中西部長の顔が歪んだ。どうやら俺の予想通りらしい。
「呆れた。二人とも部長の器じゃありませんね。」
俺の言葉に全員が同意した。織田部長は椅子に座り、両手で顔を覆う。中西部長は足に力が入らなくなったのか、その場に膝をつき、絶望の表情で床に視線を落としていた。
会議は中断となり、人事部長がすぐに清水社長へ報告。俺と胃嵐し部長は社長室に呼び出され、詳細を説明した。清水社長は車内調査を実施。結果、二人の横領が認められ、解雇処分となった。横領に加担したエリート軍団の社員たちも解雇され、他のメンバーも関与の度合いに応じて厳しい処罰が下された。
織田部長は資産を売却しても返済資金が足りず、路上生活寸前だと噂で聞いた。中西部長はさらに悲惨で、資産を全て失った上に妻から離婚を突きつけられ、子供との面会も失ったらしい。同情する人は誰もいない。
一方の俺は、清水社長からセキュリティ強化を命じられて忙しい毎日を送っている。
「予算は増やす。人員も必要なら言ってくれ。」
清水社長の期待に応えるため、俺は今日も全力で仕事を頑張っている。



