「無職。ありえない。そんなのは外れみさにでもあげればいいのに。」
三つ上の姉が、テーブルの上の紙を指で弾いた。父が持ち帰った見合いのプロフィールだ。職業の欄には、たった二文字だけが書いてある。
私の家族は、四人。父の村瀬省吾、母のかえ、姉のレナ、そして私、みさ。姉はいつも一等席。私はその残り物を受け取るのが、村瀬の家の順番だった。
この話が始まったのは、私が三十歳の秋。施設で介護福祉士として働き始めて、もう六年になる頃だ。
私が勤める特別養護老人ホーム「春大園」。自転車で十五分の距離。早番、日勤、遅番、夜勤をこなす。手取りは決して多くないし、家には毎月三万円入れている。小さな借金を返し終えたばかりで、それでもようやく少しだけ余裕が出てきたのだ。
家にいても、順番は変わらない。進学も、成人式も、就職の席でも、姉には豪華に、私には「残り物」。母はいつも言う。「レナは見栄にお金がかかるの。人前に出る仕事なんだから」と。
だから、私がこの家にいられるのは、台所に立っている時だった。皿を並べ、洗い物をし、湯を沸かす。役に立っていれば、何も言われない。
春大園には、菅田さんという九十歳の女性がいた。目はほとんど見えないけれど、耳はとてもよく聞こえる。足音で私だと分かるらしい。「みささん、今日は早いのね」と言ってくれる。その一言のために働いているようなものだ。実家では、私の名前が「私」として呼ばれることはなかった。
その秋、父が白い封筒を二枚、テーブルに置いた。一枚には写真、もう一枚にはプロフィール。相手は大久保さんという、父の会社の相談役の紹介だった。
「レナにどうかと」
母の背筋が伸び、姉が二階から降りてきた。写真を見て、姉は呟く。「へえ。顔はまあまあじゃない」。母が二枚目をめくり、手が止まった。
「無職」
姉が紙を弾いた。母が眉をひそめる。「本当だわ。職業、無職って何それ?」「病気かしらね。借金じゃない?」「じゃなきゃ、何かあるってことでしょ?」
姉と母は、三十分もしないうちに、会ったこともない人の人生を決めた。そして、母は親戚に「レナにはいい話が来た」と触れ回っていたのを、翌日にはもう取り消しの電話をかけていた。「それがちょっと事情のある方でね。レナには」と。
「無職」の二文字は、三十秒もしないうちに「事情のある方」に変わった。父だけが黙っていた。腕を組んで、テーブルの一点を見ている。
「断るのは難しい」と父が言った。大久保さんはその男の父親と長い付き合いがあるらしい。
「だからって、うちのレナを……」
「レナじゃなくてもいい」
父の声は低く、二つの視線が同時に、台所に立つ私を向いた。
「みさ、お前が代わりに行け」
私は、分かったと答えた。誰も、嫌かどうかも、会いたいかどうかも、聞かなかった。
翌日、父に確かめた。「どうして断れないの?」父は新聞を読んだまま言った。「再来年の春で定年だ。関連会社で顧問をやらせてもらう話がある。大久保さんに口をきいてもらっている」
娘の見合いと、自分の老後の都合が、同じ天秤に乗っている。父は、それが問題だとは思っていない。
「じゃあ、お姉ちゃんが断ったから私が行くってこと?」
「そういう言い方をするな。お前は仕事が忙しいだろう。出会いもないだろう。ちょうどいいじゃないか」
また「ちょうどいい」だった。
数日後、私は夜勤に入った。巡回と排泄介助の合間、廊下を歩きながら考える。会う日も、場所も、着ていく服も、全部母が決めた。姉の部屋から出してきたワンピース。袖を通すと、丈が合わなかった。「裾を折ればいい」と母は言った。
待ち合わせは、駅前のホテルのラウンジ。私は初めて、この件で自分の意見を通した。「一人で行く」と。
約束の十分前、藤代直さんはもう座っていた。地味なセーターに、面の割れた顔。時計もしていない。名乗ると、立ち上がって丁寧に頭を下げた。「藤代直です。今日はありがとうございます」低くて、聞き取りやすい声だった。
注文を済ませ、仕事の話をした。私が特別養護老人ホームで働いていると言うと、彼は身を乗り出した。「夜勤は月に何回くらいですか?」「十六時間ですよね?」「休憩はどう取るんですか?」
その人は、私の仕事のことを、外の人がしない聞き方で聞いてきた。私は気づけば三十分も喋っていた。慌てて口を閉じると、彼は言った。「面白いです。本当に」
それから、姿勢を正して言った。「村瀬さん、失礼を承知で確かめさせてください。この話は、元々お姉様に来たものですよね」
私は正直に言った。「姉が断りました。無職と書いてあったので」
言ってしまってから、自分の言葉の冷たさに驚いた。すると、彼は驚くべきことを言った。「なるほど。それは当然だと思います。知らない人の紙一枚に無職と書いてあったら、私でも警戒します」
「ただ、もし身代わりなら、この話はお断りします」と彼は続けた。「お父様に言われてこられたのなら、村瀬さんが困ります。私はそういう形で誰かの家に入りたくない」
私は、返す言葉を持たなかった。彼は伝票に手を伸ばし、そして手を止めた。
「一つだけ聞いてもいいですか? みささんご自身は、どうしたいですか?」
どうしたいか。三十年生きてきて、その質問を私にした人は、家族の中に一人もいなかった。私は答えられなかった。
「すみません。急でしたね。答えは今日じゃなくていいです。もし良かったら、もう一度だけお会いしませんか? 断るにしても、紙一枚で終わるのはお互いもったいないので」
私は頷いた。
私たちは、その日を含めて三度会った。二度目は美術館。絵の前で長く立ち止まる人だった。三度目は商店街。魚屋の前で、真剣な顔で「今日は高いですね」と言う。値段を覚えている人だった。
三度目の帰り、駅の改札の前で、私は立ち止まった。「藤代さん。私、姉の代わりじゃなくて、私が結婚したいです」
彼は目を丸くして、それから笑わずに頷いた。「では、そのつもりでお話を進めます」
実家に電話をして、結婚しますと伝えると、母は五秒ほど黙って「あら」と言った。式はあげなかった。あの家の人たちに、私の一番いい日を見せたくなかった。
入籍したのは、翌年の春の終わり。新居は私の職場の隣の駅。古い賃貸マンション。引っ越しの日、部屋の隅に灰色の手提げ金庫があるのを見た。角が擦れて、塗装が剥げている。取っ手のところに油性ペンで「藤代」とだけ書いてある。それから一年近く、私はその箱に一度も目を留めなかった。
直さんは、本当に無職だった。朝、私より先に起きて米を研ぎ、洗濯機を回す。夜勤から帰ると、味噌汁の鍋が温め直せるようにしてある。本を読み、夕方に散歩へ出る。高級な車も、腕時計も、何もなかった。
ただ一つだけ、引っかかることがあった。金に困る様子が全くないのだ。家賃も光熱費も、私が知らないうちに落ちている。私が「給料を生活費に入れる」と言うと、首を振った。「みささんの給料は、みささんのものです。生活の方は、僕がやります」
「今のところ、困っていないので」
その言い方が、ほんのわずかに気になった。
入籍から数週間後、実家で親戚の集まりがあった。父は上機嫌で言った。「いや、実はね、この話は元々レナに来た見合いでしてね。ところがみさがね、どうしてもと言うんですよ」
座敷が笑いに包まれた。母が「全く困った子で」と言い、姉が「私、譲ってあげたんです」とけ出した。
私は、膝の上で指を組んだ。ここで「違う」と言えば、父が大久保さんと何を引き換えにしたのかまで出る。父の顔が潰れる。私は何も言えなかった。
姉が直さんに言った。「ねえ、直さん。働かなくて平気なの? みさが食べさせてるの?」
直さんは全く動じなかった。「今は働いていません。生活は困っていないので大丈夫です。保険も年金も自分で払っています」
帰りの電車で、私は言った。「すみませんでした」直さんは首を振った。「みささんが謝ることは、何もないですよ」
「でも、父があんな」
「お父様は、ああ言わないと座っていられなかったんだと思います」
その言い方には、攻める色がなかった。それが却って、私の胸を重くした。
「私、父に押し付けられて、あの席に座ってました。それは本当です」
「知っています」
「それなのに、私がどうしても、ってことになってました」
「はい」
「悔しいんです。でも、悔しいと言えないんです」
「言えないのは、みささんが優しいからではないと思います。言ったら困る人が多すぎるからです。それは、みささんのせいじゃない」
窓の外を、家の明かりが流れていった。
最初の電話は、親戚の集まりから十日ほど経った夜。母からだった。「さき、仕送りのことなんだけど。来月から五万円にしてもらえない?」
「うちは夫が働いてないんだけど」
「だから聞いてるのよ。困ってないんでしょ? あの人、困ってないって言ってたわよね」
私は電話を切った。母に対して電話を先に切ったのは、多分初めてだった。
次の電話は、父からだった。「お前はいいだろう。楽な結婚したんだから」「楽な結婚?」「聖主が家にいるんだ。飯も作ってもらえる」私は言った。「じゃあ、お母さんは苦労したから、私も苦労しなきゃいけないってこと?」父は黙った。
三本目は、また母から。「レナの相談所のことなんだけどね。年間十九万円かかるの。次の更新の半分、十九万、あんたが出してくれない?」
「どうして私が」
「だって、あんたレナのおかげで結婚できたじゃない。レナが譲ってあげたから、あんたのところに話が来たんでしょ」
「お姉ちゃんは、いらないって言っただけだよ」
「同じことでしょ?」
同じではなかった。
その週の終わり、母は直さんに直接電話をかけた。庭の草むしりと、物置きの片付けを頼んだらしい。「断ってよかったのに」「断る理由がないので」と直さんは言った。
次の土曜、私も一緒に実家へ行った。庭には近所の女の人が三人。母は紹介した。「これがうちの婿。若いのに家にいるものだから、こういう時は助かるのよ」
三人のうちの一人が「まあ、優しい旦那さんね」と言うと、母はすかさず言った。「優しいというかね。仕事してないのよ、この人」
午後、直さんが一つの箱を持ってきた。「お母様、これはどうしますか?」中身は私のものだった。専門学校の教科書と卒業証書の筒。母は箱の中を三秒だけ見た。「いいえ、もう使わないでしょ」
姉の学習机は残った。天板に姉の落書きがあるからだ。直さんは私に言った。「みささん、これ、うちに持って帰りませんか? 僕が使います」「昔のノート、読んでみたかったので」と。それは、優しい嘘だった。
夏が終わっても、母からの電話は減らなかった。そして秋の夕方、私はあの金庫を開けてしまった。
直さんに「スーパーに行くから現金をおろしてくる」と言うと、「じゃあ、金庫の現金を使ってください」と言った。「開いていますから」と、まるで醤油の話をするみたいに。
私は寝室へ行き、蓋を持ち上げた。
帯封のついた、札束が詰まっていた。茶色い帯に「壱百万円」と印刷してある。それが、一つや二つではない。重なって、底が見えない。私は蓋を閉めた。もう一度開けた。変わっていなかった。
「直さん、これ、何のお金?」
直さんは、私と同じ高さに座った。「僕のお金です」「そうじゃなくて、どこから来たお金?」「会社を売りました。二十五の時に、仲間と三人で作った会社を。十一年やって、大きいところに買ってもらったんです。持っていた株を全部売って、代表を辞めました」
私は、確かめたいことがあった。「じゃあ、社長なの?」「いや、働いていないという意味では、本当に無職です。会社はもう僕のものではありませんし、役員でもありません。だから、あの紙に書くとしたら、無職しかなかったんです」
「会社って、何の会社だったの?」
直さんは、そこで初めて言いにくそうにした。「介護と医療の記録のソフトです。施設の記録を、紙からタブレットに移すやつです」
「名前は、ケアリングテクノロジー」
音が耳に入った瞬間、指先が冷たくなった。私はその名前を、毎日見ている。春大園のタブレットを起動すると、画面の隅に小さく出る。私は読んだことすらなかった。ただの模様だと思っていた。
「毎日触ってます」私が言うと、直さんは目を細めた。「そうですか」それきりだった。
「知ってたの? 私の職場が使ってるって」「調べました。二度目に会う前に」「言ってくれればよかったのに」彼は首を振った。「言ったら、それが目当てで会っていることになるので」
金庫の中に手を入れ、一番上の束から帯を外して、一枚だけ抜いた。一万円札。それを財布に入れて、蓋を閉めた。
「それだけですか?」
「うん。スーパー行くだけだから」
直さんが、初めて聞く笑い方で笑った。
「お金があると知ってから近づいてくる人と、知らないうちから会いに来てくれる人は違うので」
私は、このことを実家に言わないと決めた。言えば、家族はこの人を見なくなる。金額を見る。あの日、プロフィールを見た目と、同じ目で。
怒涛の日々が始まった。父からは「直君にいい話を持ってきた。ジムで働いてくれと言っている」と。私は直さんに話すと、彼は言った。「行きます」「なんで?」「先方の会社は、断られる準備をしていないと思うので。行かずに断ると、角が立つのは先方です。僕が行って、その場でお断りすれば、話はそこで終わります」
そういう考え方をする人は、私の家にはいなかった。
父は、直さんに出向いて断ってもらった後、電話で「直君はいい男だ」と褒めていたが、私はすべてを直さんから聞いていた。「『今は働く予定がありません』とお話しして、お断りしました。『なぜ働かないんですか』と三回聞かれました」「なんて答えたの?」「『もう十分働いたので』と」
その答えは、多分誰にも通じない。通じないと分かっていて、この人は嘘をつかなかった。
母からは、法事の会場費を頼まれた。姉からは、更新料の催促のメッセージが来た。直さんに直接電話で、専門学校の教科書の箱を「捨てて」と言ったことも、母は私に言った。
私は、母に電話をかけた。「三つ返事をしようと思って。五万円は、三万円のままにします。レナの相談所も、法事の会場費も、出せません」
「ちょっと待ちなさいよ。あんた、この前は考えるって言ったでしょ」
代わった父に、私は言った。「お父さん、困っていないって、誰から聞いたの?」
「本人があの座敷でそう言ってた」
「そう。じゃあ、無職の人の言うことは信じるんだね」
「お前は変わったな」
「そうかも」とだけ答えて、切った。
翌日、菅田さんの部屋に入ると、「みささん、今日は声が違うわね」と言われた。「家族に、嫌ですって言いました」「あら、それは大変」菅田さんは、歯のない口で笑った。「言った後はね、しばらく寝られないのよ。でも一週間経つと、なんてことないの」
本当になんてことなかった。一週間後、私は普通に眠れていた。
年末、私たちは大久保さんの家へ挨拶に行った。大久保さんは、私に言った。「みささん、一つ謝らなければならん。あの見合いは、断ってくださって構わなかったんです。わしは省吾君にそう言った。お嬢さんが嫌なら、ここで終わりにしていいと。二度も三度も言った」
父は、一度もそれを私に伝えなかった。
「ただ、返事が来た。すぐに来た。その返事の中身が、わしは引っかかっている」
先月、直さんからその言葉を聞いた。「あの時のご返事は、本当にみささんご自身の口から出た言葉だったのでしょうか?」
何の返事のことか、私には分からなかった。父が何と書いて出したのか、私は聞いていなかった。
年が明けて、母の誕生日の集まり。姉は言った。「ねえ、まだ無職やってるの?」直さんは、天気の話をするみたいに答えた。「やっています」「すごいね。私だったら耐えられないわ」そして笑った。
母が台所で私に言った。「あんた、まだ三万円のままにするつもり?」「うん」「お父さんね、四月で定年なのよ。顧問の話も、まだ決まったわけじゃないの。だから今、うちはお金の当てがないの」
「分かるけど、それとうちの家計は別だと思う」母の手が止まった。「あんた、そういう言い方するようになったわね」「そうかもしれない」
その時、テレビの経済番組で、ケアリングテクノロジーが取り上げられた。創業十五年、介護の現場を変えたソフト。代表の辻本さんが、昔の映像を見せながら話していた。古い映像。狭い部屋で、若い男が三人。床に座り込んで、何かを見ている。一番手前の男が顔をあげた。
私は息を止めた。髪が今より多くて、顔が細い。それでも、間違いようがなかった。
テロップが出た。「創業者 藤代直」
「何これ?」姉が言った。父は口を開けたまま。母はゆっくりと画面を見て、それから直さんを見た。
テレビの中で、辻本さんが言った。「藤は営業の時に、いつも同じことを言ってました。現場の人が一番怖いのは、記録が増えることじゃなくて、記録のせいで利用者さんを見る時間が減ることだって」「うちは、あいつのその一言でできた会社です」
ナレーションが続けた。「五年前、同社は大手システム会社の傘下に入った。創業者の藤氏は売却にあたり、社員に特別な賞与を出し、自らの受け取りが最も大きく減ることを承知の上で経営から退いた」
「藤君」父が、ようやく声を絞り出した。「はい」「それは、僕です」
姉が立ち上がった。「この会社って、あれでしょ? 数年前に何十億で売れたって?」直さんは言った。「売りましたね」それだけだった。
沈黙が落ちた。最初に音を出したのは母だった。「あなた、会社をやってたって、小さいものだって言ったじゃない」「無職です」直さんは答えた。「その会社はもう人に渡しました。無職というのは、そういう意味です」
母が、初めて私を見た。「みさ、あんた、知ってたの?」「知ってた」「いつから?」「去年の秋から」「なんで黙ってたのよ?」
私は湯飲みを置いた。「聞かれなかったから」
姉がスマートフォンを取り出し、画面を見せた。「六十億円」その数字が、畳の上に落ちた。姉の目が変わった。
「ちょっと待って。それ、本来、私の見合いだったよね?」
その言葉が出るまで、姉は直さんの顔を一度も見なかった。最初にしたのは、権利の確認だった。
帰りの電車で、直さんは何も言わなかった。家に着いて、二人でアイスを食べた。「今日のこと、腹が立たないの?」直さんはスプーンを持ったまま考えた。「立ちません。あの方たちが見たのは、数字です。僕ではありません」
その日から、実家からの電話が増えた。母は「お体は大丈夫なの?」と心配の形をして、本当は金のことを聞いてくる。姉は「直さんっていくら持ってるの?」としつこく聞く。父は一度、大久保さんに電話をかけかけて、途中でやめたらしい。
二月中、姉は動いた。松さんからの電話だった。「みさちゃん、あんた、レナちゃんのマンションの話、聞いてる?」「マンション買ったんだって。もう手付け打ったって」「いくらの?」「三千八百万だって」
姉はローンを組まないらしい。「レナが言うにはね、その、先の方にお願いすればいいって」私は、姉に電話をかけた。「残りの三千六百万は、なんとかするよ。だって、あるところから出せばいいじゃん」姉は笑っていた。「家族なんだから」
そして、父からの電話。「家族で話がしたい。今度の日曜、二人で来てくれないか。藤君にもぜひ」
その日、実家の座敷には、私たちの他に父、母、姉がいた。姉が切り出した。「直さん、残りのお金、出してもらえない?」直さんは表情を変えなかった。「どうしてですか?」
「だって、あの見合い、本来は私に来たんだよ。私が譲ったから、みさがあなたと結婚できたわけでしょ。だったら、半分くらい私にも権利あるでしょ」
父が口を挟んだ。「まあ、権利という言い方は良くないが、家族なんだから、少しぐらい」
直さんは言った。「僕は、物じゃありませんよ」一言だった。「譲ったとか、権利があるとか、そういう話をされていますが、僕は誰かの持ち物になったことがありません」
姉は自分を止められなくなった。「じゃあさ、みさと離婚すればいいじゃん。元々、私に来た見合いなんだし。今からでも遅くないでしょ。私の方がいいし、まだ子供だって」
母が姉の腕を掴んだ。「レナ、もういいから」姉は振り払った。
直さんが湯飲みを置いた。「レナさん、あなたは僕が無職だから断ったんですよね。それは違いますか?」「それは、知らなかったからでしょ!」姉が叫んだ。「何を?」直さんは、ゆっくりと聞いた。誰も姉の顔を見なかった。
直さんは、手提げ金庫を膝の上に乗せ、中身を出した。灰色の手提げ金庫。畳の上に置くと、カタンと軽い音がした。中にはレシートの束が入っていた。輪ゴムで止めてある。そして、底の薄い板を持ち上げた。その下に、一枚だけ紙が入っていた。折り目のついた、給与明細だった。
「僕の父のものです。父が倒れた月の、最後の一枚です」
直さんは指を一つに置いた。「この月は、百時間を超えています。この一枚だけじゃありません。父の手帳に現場の入りと上がりが書いてあって、足すとどの月も同じように百時間を超えていました。五年間、ずっとです」
「そして、五十二で倒れました。現場で、そのままです。定年までは、まだ間がありました」
「僕はその時二十七で、会社が伸び始めていました。その日の父の着信は、仕事の後にしようと思って、そのままにしました」
「働かないと決めたのは、疲れたからではありません。父が使えなかった時間を、僕は使おうと思ったからです。散歩とかですけど」そう言って、口元を上げた。
直さんは給与明細を、座敷の真ん中に置き直した。松さんが父を見た。「この話を持ってきたのは、大久保さんよね。親戚に断ったんなら、大久保さんにも何か言ったんでしょう。何て返事したの?」
父は、しばらく黙ってから口を開いた。「お受けしますと書いた」「それだけ?」「……娘が是非にと申しておりますと」
私の耳の奥で、何かが鳴った。「お父さん、私、是非にって言った」誰も私を見なかった。
「大久保さんは、覚えていらっしゃいました。年末にご挨拶に伺った時、あの返事の中身が引っかかるとおっしゃっていました。ただ、それはお父様ご自身が話すことだと言って、教えてくださいませんでした」
父は黙った。松さんが言った。「どうして、そんな書き方をしたの?」答えたのは母だった。「だって、断れなかったのよ。大久保さんが持ってきた話でしょ。お父さん、この春で定年で、その後のことをお願いしてたから」「レナが嫌だって言うし、断ったら大久保さんに悪いし。だからみさに行ってもらったのよ。それのどこが悪いの?」
私は母の顔を見た。「押し付けたって書けないから、望んだことにしたんだよね」母は目をそらした。「あんただって、結果的には良かったじゃない」「結果の話はしてない」「じゃあ、何の話よ」「私がいない話をされてたって、話」
姉が立ち上がった。「ねえ、そんな昔のことより、六十億の話に戻そうよ。直さん、あの記事に出てた金額、あれ本当? だったら、それ、全部あなたのお金でしょ?」直さんは首を振った。「違います。会社の値段と、僕の取り分は別です」
直さんは説明した。三人で作った会社。社員四十人。売却前に特別な賞与を出した。その分、会社の値段が下がった。一番多く株を持っていたのは僕なので、一番多く減ったのも僕だと。
「なんでそんなことするの?」姉が本気で聞いた。直さんはその顔を見返した。「当時の代表が、僕だったからです」
それから、直さんは言った。「それに、仮に僕が三千六百万円を出したら、もらったレナさんに税金がかかります。形を変えても、その税金は誰が出しますか?」
姉は答えられなかった。直さんは、穏やかな声で続けた。「僕が決めるのは、僕のお金のことだけです。レナさんが借金をしているなら、それはレナさんが返すものです。僕やみささんが返すものではありません」
姉は絞り出すように言った。「私は、ただ、元は自分の話だったって言ってるだけで……」
「あの話は、僕のものでも、レナさんのものでも、お父様のものでもありません。会うかどうかを決める権利が、それぞれにあっただけです。レナさんはその権利を使いました。会わないと決めた。それは自由です。だから、今、取り消してるんじゃない。取り消せません。レナさんが断った日、僕は断られた側にいました。それは後から消せるものではないんです」
「みささんは、権利を持たないまま座らされました。それでも、三度目に自分で決めました。改札の前で、僕に言いました。僕が結婚したのは、みささんです」
姉は、今度は言い返さなかった。
父が、ぽつりと言った。「私はな、みさ。お前のためを思って、ああしたんだ」私は言った。「私のためだったら、私に聞いてくれればよかったよ。一回でいいから、嫌かどうかだけでも」
その時は、父を憎めなくなった。憎めなくなっただけで、許してもいない。この二つは、違う。
松おさんが、ゆっくりと口を開いた。「かえさん、あんた、あの時、私に電話をくれたわよね。『事情のある方だから、レナにはね』って。それで次の日には、なかったことにって。一晩よ。たった一晩で、会ってもいない人が『事情のある方』になったのよ」
そして、私を見た。「みさちゃん、ごめんね」私は首を振った。「おばさんが謝ることではない」それでも、この家で謝った人は、その日、松さんが最初だった。
私は、座敷の前に立った。母を見て、父を見て、最後に姉を見た。「昔からそうだったよね。お父さんとお母さんは、お姉ちゃんには価値のあるものを渡して、私には残りをよした」「進学も、振り袖も、就職の席だって。全部、順番があった」「でも、今回だけは違った」
「この家が外れだと思って押し付けた人が、私の人生で一番大切な人になった」
「それで、お金のことだけど」父の肩が動いた。「二つに分けます。病気とか、介護とか、本当に必要な時は出します。その時は言ってください。ただ、お金の前にまず地域包括支援センターに相談します。そこで要介護認定の申請をして、使える制度を全部使う。足りない分の話は、その後です。それが、私が毎日そばで見てきたことだから」
「その代わり、贅沢のためのお金は、一円も出しません。マンションも、相談所も、法事の会場も、車も、旅行も、全部そっちです」
「ちょっと待ちなさいよ!」「待たない。私は二十三歳から、もう八年以上、月三万を出してる。ちょうど百回で、三百万円です」
「去年の夏、お母さんは私に仕送りを五万にしてって言った。相談所の更新料も半分出してって言った。私が断った後、あれはお母さんが出したんでしょう。うちにはお金がないと言っていた人が、お姉ちゃんの手付けには百五十万出した。うちにお金がなかったんじゃない。私に回す順番がなかっただけだよ」
「三万円は、これからも続けます。増やしません。でも、それはお父さんとお母さんが年を取るからで、お姉ちゃんが部屋を買うからじゃない」
「家族なのに」母が言った。「家族だから、決めるんだよ」
「その上で、こっちからも一つだけ。大久保さんに、本当のことを言ってください。『是非に』って言ったのは私じゃないって。それだけ。お父さんの都合と、私の名前と、どっちが大事か、決めて」
姉が、小さな声で言った。「私には?」「お姉ちゃんは、あの見合い、私に譲ってくれたんだよね? 座敷でも、電話でも、そう言ってたよね。譲った人は、返せとは言わないよ。だから、最後まで譲ってくれていいよ」
姉は、畳に手をついた。それきり、最後まで顔をあげなかった。
帰りの電車は空いていた。直さんが、小さく息を吐いた。「疲れました」「そうだよね」「人の家で話すのは、緊張します」
「よく我慢したね」直さんは窓の方を向いた。「一度だけ、腹が立ちました。レナさんが『離婚すればいい』と言った時です。あの時、僕はみささんの顔を見られませんでした。見たら、多分何か言っていたので」
この人は、怒らないのではなかった。怒らないと決めているだけだった。そのまま、直さんは二駅も行かないうちに眠ってしまった。
春が終わる頃、実家からの電話は月に一度になった。姉は相談所をやめ、マンションの契約は解約になった。手付けの二百万は戻ってこなかった。父は四月に定年を迎え、大久保さんには自分から電話をしたらしい。「大久保さんには、私からも話した。松お姉さんの後で」「遅かったがな」父が自分でそう言ったのは、初めてだった。
私は、春大園で働いている。直さんは、無職のままだ。米を研ぎ、洗濯機を回し、本を読み、夕方に散歩へ出る。松さんの畑を見に行ってから、ベランダでネギを育て始めた。金庫は、まだ寝室の隅にある。
先週のことだ。冷蔵庫に卵がなかった。「夕飯の買い出しに行ってくるね」玄関で靴を履いていると、直さんが顔を出した。「今日はブリが安いはずです」「財布に三千円あるから大丈夫」「足りますか?」「特売日だから、余裕」そう答えると、直さんが笑った。あの日と同じ笑い方だった。
外は秋で、どこかの家の金木犀が匂っていた。実家の庭にあるのと同じ木だ。父が私の生まれた年に植えたのだと、松おさんに聞いた。帰ったら、ブリの照り焼きができているはずだ。二人で食べて、明日の話をして、九時には寝る。それだけの日が、この二年で一番欲しかったものだった。



