大雪が激しくなる中、会社からの帰り道、俺は自宅の前に人影を見つけた。暗くて視界が悪いのに、小さな影が二つ。ボロボロの服を着た幼い少女たちが、震えながら立っていた。
「正斗君ですか?私たちのこと分かりますか?」
その瞬間、俺は言葉を失った。あの頃の面影、変わらない声。忘れたことなんて一日もなかった。五年前に元妻に引き取られた、双子の娘の舞とゆいだった。
「ああ…舞、ゆい。パパだよ」
俺はバッグを落とし、二人を力いっぱい抱きしめた。涙が止まらなかった。極寒の雪の夜に、薄着で立っていた娘たち。唇は青く、体は小刻みに震えている。何があったのか、話を聞く前に分かってしまった。
家に入れ、温かい飲み物と食事を用意した。娘たちは遠慮がちに、しかし確かに話してくれた。
「パパとママに、ここに住んでる人が本当のパパだって言われて。帰ってくるまでここで待ってろって、車から下ろされました」
置き去りにされたのだ。五年前、元妻は不倫をし、俺から娘たちを奪った。養育費すら拒否し、「二度と関わらないで」と言い放った。再婚相手は金持ちだったから、娘たちが幸せになれると思っていた。なのに、この仕打ちか。
「私たち、いらない子じゃないですか?」
舞の言葉に、俺はまた泣いた。
「そんなことあるわけないだろ。舞とゆいは、パパの宝物だよ。これからはパパと一緒に暮らそう」
そう誓った夜から、俺の生活は一変した。会社に休暇をもらい、娘たちの服を買いに行き、保育園を探した。同僚のさ田さんが、そんな俺を支えてくれた。
「本田君、双子ちゃんたちの親権はまだ元奥さんにあるんでしょ?親権者がいないと受け付けてくれない保育園もあるから、心配で調べてきたの」
さ田さんは、俺が気づかなかったことまで考えてくれていた。明るくて、仕事もできて、いつも変わらず接してくれる女性。離婚してから酒の席にも出なかった俺を、変に詮索することもなく。
娘たちは最初こそ遠慮がちだったが、日に日に笑顔が増えていった。夕飯のとき、「食べ物いっぱい!これ全部食べてもいいですか?」と目を輝かせ、おかわりができることに驚き、パパが絵本を読んでくれることに喜んだ。
「前のパパは、買ってやったんだから自分で読めって言ったです」
その言葉を聞くたび、元妻とその再婚相手への怒りが込み上げた。野菜を義務のように食べる娘たち。痩せ細った体。薄汚れた服。何年も、どれだけひどい扱いを受けていたのか。
それでも、娘たちが目の前にいてくれる。仕事から帰れば「パパ!」と駆け寄ってくる。その笑顔が、俺を強く支えてくれた。
ある休日、インターホンが鳴った。玄関を開けると、そこには元妻が立っていた。
「久しぶりね。舞とゆいの親権のことで話があるの」
娘たちは怯えたように、さ田さんの後ろに隠れた。俺は元妻と近くのカフェで話すことにした。
「親権、あげるわよ。いいでしょ?」
元妻は相変わらずだった。再婚相手が娘たちに懐かないこと、そのせいで自分が捨てられそうになったこと。だから、自分が子供を引き取ってやる、と。
「元々欲しかったんだから、問題ないでしょ」
娘たちの気持ちなんて、最初からどうでもよかったんだな。金持ちの旦那との生活を守ることだけが、彼女の大事なことだった。
「もういい。サインすればいいんだろ」
離婚届を突きつけてきたあの日と同じセリフ。あの時から、何も変わっていない。
家に帰ると、舞とゆいが不安そうに駆け寄ってきた。
「ママのところに帰りたくないです」
俺はしゃがみ込み、二人の手を握った。
「大丈夫だ。あの日、パパは絶対に二人を守るって約束しただろう。もう一度約束する。パパは二度と舞とゆいから離れない。絶対に」
「パパ…」
二人が俺の胸に飛び込んできた。さ田さんも目を潤ませていた。
数ヶ月後、ついに親権が正式に俺のものになった。裁判所の帰り道、さ田さんは悔しそうに言った。
「あの女、無責任すぎるわよ。せめて慰謝料を払わせないと気が済まない」
「そんな風に思ってくれてありがとう。でも、あんな女とは二度と関わりたくない。これからは前だけを向いて生きたいんだ」
そう言うと、さ田さんはすっと肩の力を抜いた。
「そっか。それもそうだよね。じゃあ、お祝いパーティーしない?やっと親権取れたんだもん」
「ああ、それいいね。料理は任せていいかな?」
「もちろん、そのつもりよ」
そう言って足早に歩き出す彼女の背中を見て、俺は気づいた。俺はさ田さんのことが好きなんだ。またこんな風に人を好きになれる日が来るなんて、思ってもみなかった。
パーティーの日、リビングで料理とケーキを囲み、家族のように笑い合った。そんな中、娘たちが突然立ち上がった。
「パパ、ほなみちゃん、プレゼントがあります」
保育園バッグから、一枚の画用紙を取り出す。そこには俺とさ田さんの絵。そしてもう一枚、お手紙と書かれた画用紙。
「パパとほなみちゃんへ。私たちのことも大事にしてくれてありがとう。パパがいるから毎日楽しいです。ほなみちゃんがいるから毎日お家の中が優しいです。だからほなみちゃん、私たちの本当のママになってください」
言葉を失った。さ田さんの方を見ると、彼女は目に涙を浮かべていた。
「だめですか?」
娘たちの不安そうな声に、俺は深く深呼吸をした。
「ほなみさん。俺も舞とゆいと同じ気持ちだよ。二人のママに、そして俺の妻になってくれないか?」
「本田君…私ね、かなり前からあなたのことが好きだったの」
「俺もだよ。これからもずっと、そばにいてほしい」
その言葉を聞いた瞬間、娘たちが嬉しそうな声をあげて抱きついてきた。
「やった!ほなみちゃんがママになってくれた!」
あの日の夜、俺は心に誓った。今度こそ、俺の手で娘たちを、そしてほなみを幸せにすると。
それから一年後、記念日に入籍し、結婚式を挙げた。家族四人の思い出の写真がスクリーンに流れる。舞とゆいは楽しそうに笑っている。ふと気づくと、娘たちが涙を流していた。
「どうした?大丈夫か?」
「私たち、パパのお写真を一枚しか持ってなかったです。本当のパパに会いたいって、ずっと思ってたです」
「うん、前に話してくれたね」
「でも今は、パパと並んで撮ったお写真、たくさんあるです。それに優しいママもいるです。すごくすごく嬉しいです」
娘たちの言葉に、俺はまた涙を流した。隣を見ると、ほなみもぐずぐずになっている。
「なんだよ、泣き虫一家だな」
俺は作ったように、ほなみと娘たちをぎゅっと抱きしめた。



