「次の嫁はもっとマシよ。」
義母が湯飲みを置きながら笑った。
食卓の真ん中には、捺印したばかりの離婚届がある。
夫の姉は冷蔵庫を開けたまま言った。
「家具は置いてってよ。どうせ持って行く先もないでしょ。」
夫の妹は携帯から顔も上げずに続けた。
「私、お姉さんの部屋使うからね。前から決めてたし。」
夫が私の署名した紙をつまみ上げた。
「お前はもう用済みだ。部屋を片付けて、今すぐ出ていけ。」
「了解。」
4人の視線が一斉に私へ集まった。
言い返すと思っていたのだろう。
私はボールペンのキャップを押して、ペンをしまい、それから顔を上げた。
「皆さん、本当にこの家に住み続けるんですね。」
「当たり前でしょ。」
義母の声が台所まで響いた。
「分かりました。」
私は席を立った。
黙って署名したのは、諦めたからではない。
この人たちには、一つだけ決定的に勘違いしていることがある。
それが何なのか、この食卓の誰もまだ知らない。
私は大和香織、35歳。都内の資材メーカーで経理をしている。
結婚して7年になる。
夫の高幸は38歳で、住宅設備の会社の営業だ。
暮らしているのは、私鉄の駅からバスで12分の住宅地にある、古い一軒家だ。
祖母の家だった。
子供の頃は、夏ごとに預けられた。
庭の金木犀は、祖母が植えたものだ。
祖母は5年前に亡くなった。90歳だった。
遺言書には、この家には香織に住んでほしいと書かれていた。
結婚してすぐ、私たちはこの家で祖母と暮らし始めた。
相続の手続きは私が一人で終わらせた。
高幸は書類を一枚も見なかった。
「そういうのはお前の方が得意だろ。」
そう言って彼はソファーで野球を見ていた。
あの人は最初から、知らないままでいることを選んだのだ。
同居が始まって2週間目に、こう言われた。
「香織さん、お風呂は最後にしてちょうだいね。お湯が汚れるでしょ。」
以来ずっと、私は自分の家の湯舟に一番最後に入る。
同居が始まって2年目の秋、居間の壁から祖母の写真が消えた。
代わりに義父の遺影がかかっていた。
「お母さん、あの写真はどこですか?」
「仏さんが先に決まってるでしょ?よそ様の写真を居間に置くもんじゃないわ。」
よそ。
祖母はこの家を建てた人である。
私は押入れの奥から額を掘り出し、寝室の棚に置いた。
その晩、高幸に話した。
「あの写真、勝手に外されたの。」
「母さんの言うことにも一理あるだろ。仏壇の遺影が後回しってのもな。」
「仏壇は元々祖母のものよ。」
「細かいこと言うなよ。家族なんだから我慢しろよ。」
彼は寝返りを打って、背中を向けた。
その2週間後、私の部屋から荷物が消えていた。
仕事の資料も、祖母から譲られた着物も、全部まとめて廊下に積んであった。
高幸の妹の菜々がダンボールを運び込みながら言う。
「あそこ物置きに使うから。」
かず子さんは台所で振り向きもせずに言った。
「一部屋くらい融通しなさいよ。この家の人間なんだから。」
この家の人間。
かず子さんはその言葉を3年の間に何百回も使った。
使うたびに、それは私を含まない意味になっていった。
出ていけばよかったのだと言われるだろう。
私もそう思った夜がある。
でも、あの遺言書の文字を思い出すと足が止まった。
祖母がそう書いた家から、私の方が先に出ていくわけにはいかなかった。
この暮らしがどこから始まったのかを話しておきたい。
3年前のお盆の頃、義父の彰さんが亡くなった。70歳だった。
19日の法要が済んだ翌週の夜、かず子さんが大きな鞄を下げて玄関に立っていた。
「少しの間だけ住ませて。あの家、一人だと広すぎてね。」
高幸は玄関で靴も脱がずに言った。
「いいよな、香織。部屋は余ってるんだし。」
私は迷った。
49日が開けた翌週というのは、いくら何でも早い。
それでも、夫を亡くしたばかりの人を玄関で追い返すことはできなかった。
「どうぞ。奥の和室を開けます。」
その夜のうちに、由美さんと菜々さんが荷物を運び込んできた。
「私も週の半分はこっちに止まるから。お母さん一人じゃ心配だし。」
「私も荷物置かせて。あっちのクローゼット狭いんだよね。」
その週末、私は一枚の紙を用意した。
5年前、祖母の相続の手続きを頼んだ、高校の同級生の絵里に言われたことがあったからだ。
「人をただで住ませる時は、一枚だけ書いてもらいなさい。」
「え、身内なのに。」
「身内だから書くの。仲がいいうちに書くものだからね。仲が悪くなってからじゃ、書いてもらえないでしょ。」
私は台所のテーブルに紙を置き、3人に頼んだ。
書いてあるのは3行だけだ。
この土地と建物の持ち主は大和香織であること。
私たちは無償で使わせてもらうこと。
持ち主から求められた時は、速やかに出ていくこと。
菜々さんが老眼鏡を持ち上げて笑った。
「何これ?他人行儀ね。」
「形だけなんです。何かあった時のために。」
かず子さんがペンを取った。
「じゃあいいわ。書けばいいんでしょ。」
由美さんは名前を書きながら鼻で笑った。
「香織さん、こういうの好きだよね。会社の癖。」
菜々さんは面白がって、拇印を押すふりをして指を汚していた。
3人分の名前と3つの拇印。
日付は3年前の10月10日。
その紙を、私は家の書類を閉じた黒いファイルの一番後ろに入れた。
3人はその日のうちに書いたことを忘れたはずだ。
1週間もすると、かず子さんは自分の家にいるように振る舞い始めた。
夕飯の時刻が6時半に決まったのもこの頃だ。
「お父さんはいつも6時半だったの。うちはそういう家なのよ。」
掃除にも点数がついた。
「窓のサッシを指でなぞってご覧なさい。ほら。」
「すみません。次の休みにやります。」
「休みにやることじゃないでしょ。毎日やることでしょう。嫁なんだから当然でしょう。」
台所の道具も入れ替わった。
私が結婚の時に買った片手鍋が、ある日ゴミ袋に入っていた。
「あんな薄い鍋、体に悪いわよ。私のを使いなさい。」
仕事から帰ると、かず子さんは居間のソファーで通販番組を見ている。
流しには昼に使った器が重なっている。
「あら、お帰り。今日は天ぷらが食べたいわ。」
私は買い物袋を下げたまま台所へ直行する。
まず洗い物を片付けてから、玉ねぎを刻み始める。
そういう日が続いた。
その頃から、私の頭にずっと引っかかっていたことがある。
かず子さんは、なぜ49日の翌週にあれほど急いでここへ来たのだろう。
お義父さんは長く勤め上げた人で、蓄えがないはずはなかった。
1度だけ高幸に聞いたことがある。
「お母さん、あっちの家はどうするつもりなのかしら?」
「引き払ったって言ってたぞ。もういいだろう、その話は。」
彼は毎回同じ言葉で話を終わらせた。
同居が1年経った頃、私は久しぶりに絵里と会った。
「この前ね、うちの人の同僚の方に駅であったの。『いい家をお建てになりましたね』って言われて。私、なんて返せばよかったのかな。」
絵里は湯飲みに伸ばしかけた手を止めた。
「それ、高幸さんは何て言ってるの?」
「まだ本人には聞けてない。」
絵里はそれ以上何も言わなかった。
私は、祖母から相続したあの家の名義が今どうなっているのかを聞いた。
「念のため見ておくね。……動いてない。手続きしてないんだから当たり前だけど。」
帰り際、絵里は事務所の入り口まで送りに出てきた。
「香織、顔色良くないよ。」
私は笑ってごまかした。
誰かに自分の一日を説明したのは久しぶりだった。
私は毎日、自分の家に帰るために急いでいる。
それなのに、帰ったところに自分の居場所がない。
バスを降りて坂を上がると、家の窓に明かりがついていた。
中に入ると、居間から由美さんの笑い声が聞こえた。
「だからさあ、2階の南側を敬一の部屋にすればいいのよ。あそこは物置きになってるじゃない。」
ドアの隙間から、かず子さんと由美さんと高幸の背中が見えた。
テーブルには紙が広げてある。間取り図だった。
私はコートを着たまま廊下に立っていた。
自分の家の間取り図が、自分抜きで囲まれている。
「1階の和室ね、ここもいずれ使えるでしょう。」
1階の和室というのは、祖母が使っていた部屋のことだ。
私はその言葉に足を止めたけれど、誰も私の方を見なかった。
その年の11月、私は大阪の工場へ2泊3日の出張に出た。
3日ぶりに玄関を開けた時、家の匂いが変わっていることにすぐ気づいた。
廊下の突き当たりのドアが開け放してある。
祖母が使っていた1階の和室だ。
部屋は空っぽだった。
畳の上に何もない。
畳の色の違いだけが、そこに何かがあったことを覚えていた。
代わりに菜々さんのダンボールが6つ並んでいる。
2階から足音が降りてきた。
「あ、お帰り。」
「菜々さん、ここにあったもの、どこへやったんですか?」
「え、捨てたけど。」
一瞬、言葉の意味が入ってこなかった。
捨てた。
「だって使ってない部屋じゃん。こんな古い箱とか誰も開けてないでしょ。」
「あれは祖母のものです。」
「うん。だから古いって言ってるの。」
私は台所へ走った。
「お母さん、和室のものは?」
「ああ、片付けさせたのよ。あんなにものを置いておくから風通しが悪いの。カビが生えるでしょ。」
「祖母のアルバムがありました。」
「よそ様のアルバムをうちに置いてどうするの?」
よそ様。
私は声が出なかった。
その日、向かいの家の奥さんと電話番号を交換した。
「今朝の業者さん、もう行きましたか?7時過ぎに来たわよ。桐の箱があったから。あら、立派なのにって、主人と話してたの。」
その番号は、今も私の携帯に入っている。
家に戻ると、居間で高幸がビールを開けていた。
「んだよ。どこ行ってたんだ?」
「和室のもの、全部捨てられたの?」
「ああ、聞いた。まあしょうがないだろう。」
「しょうがない?」
「そんな大事なもんなら、鍵でもかけとけばよかったろう。」
私は初めて声をあげた。
そんな風に叫んだことは、結婚してから一度もなかった。
「あれは祖母が使っていた部屋なんです。祖母が縫い物をしていた場所なんです。アルバムには、祖母と私が一緒に映った写真が全部入っていました。」
かず子さんが茶碗を置く音がした。
「まあ怖い。そんな大声を出さなくたって。」
菜々さんは二階から降りてこなかった。
4人の誰一人、ごめんなさいとは言わなかった。
その夜、私は低い引き出しを開けた。
内側に、祖母と縁側で撮った写真が一枚だけ挟んである。
祖母と私が一緒に写ったものは、この一枚切りになった。
その夜から4ヶ月後、私が会社から帰ると家の前にワゴン車が止まっていた。
和室のドアが外され、畳が上がっていた。
「お母さん、これは和室にするのよ。あの部屋、使えるでしょ?」
作業服の男性が2人、頭を下げてくれた。
「工務店の方ですか?」
「はい。大和田様からご依頼をいただきまして。」
「この工事、いつ決まった話ですか?」
「先週です。奥様がいらっしゃる時間にお伺いして。」
奥様。
2階から菜々さんが降りてきた。
「あ、お姉さん。私の部屋、床がフローリングになるんだって。」
「菜々さんの部屋?」
「え、そうでしょ?私が使ってるんだから。」
私は工事を止めなかった。
10日後、請求書が届いた。
宛名は私の名前だった。
148万円。
和室6畳をフローリングにし、クロスを貼り替え、エアコンを1台入れた金額である。
会社の昼休みに相場を調べた。
どれも90万円前後だった。
「お母さん、この業者さん、どちらで?」
「町内会の岡本さんの息子さんよ。昔からうちで頼んでるところ。」
翌週、親戚の集まりでこう言われた。
「香織さん、聞いたわよ。高幸君、和室を綺麗にしてくれたんですってね。」
高幸は否定しなかった。
「まあ、母さんが住みやすいようにと思ってね。」
その隣で私は麦茶をついでいた。
訂正する言葉は喉まで来ていた。
出したところで、この人たちには私の話は聞こえない。
振り込みは私がした。
その頃から、かず子さんは家そのものの話をするようになった。
「香織さん、この家そろそろ建て替えたらどうですか?だってあちこち傷んでるじゃないの。」
「お金の話になりますけど、そこはね。新しい家は高幸の名義にしておきなさいよ。銀行だって話が早いでしょ。」
名義。
かず子さんの口からその言葉が出たのは、それが初めてだった。
「どうして急に名義の話になるんですか?」
「男の人が持ってる方が世間体もいいのよ。あなただっていつまでも働かないでしょ。」
その夜、私は寝つけなかった。
かず子さんは何を知っていて、何を知らないのだろう。
息子の家だと思い込んでいるだけなのか。
それとも、思い込んでいないから名義の話をしたのか。
敬一君のことも話しておかなければならない。
義妹の由美さんは4年前に離婚して、それから息子の敬一君と2人で暮らしている。
「香織さん、敬一の塾、月曜と木曜8時半に終わるから迎えお願いね。」
「今週は残業が……」
「え、行けないの?私だって働いてるんだけど。」
そのやり取りが2回続いて、私は迎えに行くようになった。
塾の月謝は最初から私が窓口で払った。
「今月ちょっと厳しくて。」
由美さんは一度も出さなかった。
それが3年続いた。
月に3万5千円。
それが3年分になる。
その敬一君の塾の月謝も、私の口座から出ていた。
返してほしいと思ったことは、正直に言えばあまりない。
敬一君に罪はないし、この子が高校に行けたことは私も嬉しかった。
ただ、「まとめて返す」と言われた年に、由美さんが新しい車を買ったと聞いた時だけ、手が止まった。
その夏、義父の三回忌があった。
あれからちょうど2年だった。
かず子さんは黒い喪服の胸元を直しながら、仏間で挨拶をした。
「おかげ様で、息子が建てたこの家でこうして皆さんをお迎えすることができました。」
息子が建てたこの家。
その言葉は、かず子さんが親戚に見せたいためだけに言ったのではない。
かず子さんが自分でそう信じているとしか思えない言葉だった。
やがて、岐阜の兄の修二さんが私の隣に湯飲みを持ってきた。
「香織さん、高幸君も立派になったなあ。家まで建てて。あのおじさん、わしらの若い頃は家を建てるなんぞ、夢のまた夢よ。」
私は返事ができなかった。
奥からかず子さんの妹が寄ってきた。
「ねえ、香織さん。お庭のあの木、切ったらどう?落ち葉が大変でしょう。」
「あれは、祖母が植えたものなので。」
「あら、前に住んでた方の木なの?だったらなおさらね。」
前に住んでた方。
私は湯飲みを下げに立った。
その時、かず子さんが由美さんに向かって声を落とすのが聞こえた。
「父さんが亡くなる時にあれだけ使っていなければ、私だって……」
「お母さん。」
由美さんの声が短く割り込んだ。
かず子さんは口を開けたまま、言いかけた続きを飲み込んだ。
何の話だったのか、その時の私には分からなかった。
親戚が帰ったのは8時過ぎだった。
私は奥から黒いファイルを持ってきて、膝の上に置いた。
中にはあの覚え書きがある。
3人分の名前と3つの拇印。
それを出すつもりだったけれど、そこで手が止まった。
あの覚え書きを出した瞬間に、これは話し合いではなくなる。
「お母さん、少しお話ししてもいいですか?」
「なに、疲れてるんだけど。」
「これから先のことなんですけど、そろそろ別のお住まいを考えていただけないでしょうか?」
言葉を選んだつもりだった。
それでも、部屋の空気が音を立てて変わったのが分かった。
かず子さんの顔から表情が消えた。
「別の住まい?」
「はい。同居始めて2年近くになりますし、お母さんもその方が気楽かと。」
かず子さんは両手で顔を覆って、そのまま声をあげて泣き出した。
「私を追い出すの?この年で行くところなんてないのに。」
高幸が缶を置いて立ち上がった。
「おい、香織。何の話だ?」
「あなたにも相談したかったの?」
「相談?母さんを追い出す相談か?」
「追い出すなんて言ってない。住むところを一緒に探しませんかって。」
「同じことだろうが。」
高幸の声が大きくなった。
「大体な、母さんがここにいて何が困るんだ。飯だって作ってもらってるだろう。」
「作っているのは私です。」
「それが嫁の仕事だろう。」
この人は、困っているのが誰なのかを一度も考えたことがない。
私は言い返そうとして口を開いた。
「この家は私の名義です。」
たった一言だ。
その一言が出なかった。
泣いている65歳の人と、怒っている夫の前で名義の話を持ち出す自分を想像した。
喉が塞がった。
高幸が私に背を向けた。
「悪いけど、2度とその話はするな。」
そう言って、かず子さんの背中をさすりに行った。
私は黒いファイルを抱えたまま、書斎へ戻った。
話はそこで終わらなかった。
1週間ほどして、義父の兄の修二さんから家の電話にかかってきた。
「香織さん、あんた、かず子さんを追い出そうとしとるんだって?」
「そういう話ではないんです。」
「わしはな、口を出すつもりはないよ。ないけどな。嫁が姑を家から出そうとしとると、そういう話になっとる。」
「ご心配をおかけしました。もうその話はしません。」
その翌日、由美さんが来て、すれ違いざまに言った。
「香織さん、お母さんに変なこと言ったんだって?あんまり困らせないでよ。」
困らせているのは、私の方を。
「え、何?」
「何でもありません。」
正しいことを言えば通ると信じていた自分が、ひどく子供に思えた。
その日から、私はこの家で誰かに何かを頼むのをやめた。
それから9ヶ月ほど、家の中は表向き穏やかだった。
私が何も言わなくなったからだ。
5ヶ月前の日曜日だった。
私は午前中に会社の月次決算の書類を片付けに出て、2時前に帰った。
玄関に見たことのない靴があった。
白いパンプスで、ヒールが細い。この家の誰のものでもない靴だ。
居間から笑い声が聞こえた。
ドアを開けると、かず子さんとお茶を飲んでいる女性がいた。
年は30ぐらいだろうか。
膝を揃えて座り、こちらを見て立ち上がった。
「初めまして。宮原舞と申します。」
「高幸の会社の後輩さんよ。近くまで来たからって言ってくださったの。」
かず子さんの声が、私に対して使う時の半分の高さになっていた。
「大和香織です。お茶菓子、何か出しましょうか?」
「あら、舞さんが持ってきてくださったのよ。ほら、駅前のお店の。」
テーブルの上には、かず子さんが好きな最中の店の包みがあった。
私が買って帰ると、いつも甘すぎると言われる店である。
「舞さんはね、本当に気が利くのよ。台所も勝手に片付けてくださって。」
「勝手にすみません。食器あそこで良かったですか?」
「ええ、大丈夫です。」
食器棚の並びが変わっていた。
祖母が使っていた小鉢が、一番上の段に移されていた。
私が背伸びをしないと届かない段だ。
「使いにくかったらすみません。よく使うものを下にした方がいいかと思って。」
「いえ、ありがとうございます。」
お礼を言った自分の声が、遠くから聞こえた。
舞さんが座ったまま天井を見上げた。
「素敵なお家ですね。天井が高くて。」
「そうでしょ。息子が建てたのよ。」
かず子さんが胸を張った。
舞さんは「ああ」という顔で頷いた。
その頷き方は、初めて聞いた話に対するものには見えなかった。
「築何年なんですか?」
「さあ、40年は経つんじゃないかしら。建てたのは高幸だけど。」
40年前、高幸は生まれていない。
舞さんはそこには触れなかった。
かず子さんが舞さんの手を取って笑った。
「息子がお嫁さんだったら最高なのにね。」
私の目の前で言った。
舞さんは困った顔をして湯飲みを見ていた。
その困り方が、初めて言われた人の困り方ではないことに、私は気づいた。
夕方、由美さんと菜々さんが来た。
「舞ちゃん、来てたんだ。」
初対面の呼び方ではなかった。
「高幸には舞ちゃんくらいの子の方が合ってるわよね。」
「お兄ちゃん、絶対そっちの方がいいって前から言ってるじゃん。」
私は台所で夕飯の支度をしていた。
人数は5人になり、私の分を入れて6人分になった。
「2階、見せていただいてもいいですか?」
「いいわよ。南側のお部屋なんて、日当たりがいいのよ。」
階段を上がる足音が2つ聞こえた。
私はまな板の上の手を止めた。
かず子さんが客を2階へあげたのは、この3年で初めてだった。
7時に高幸が帰ってきた。
玄関で舞さんの姿を見ても、彼は驚かなかった。
「なんだ、来てたのか。」
「お邪魔してます。」
「まあ、ゆっくりしていけよ。」
そう言って彼はネクタイを緩めながら居間に入った。
初めて家に来た会社の後輩に対する態度ではなかった。
9時前に舞さんが帰り、私は玄関まで送りに出た。
彼女は靴を履いてから玄関先で振り返った。
「今日はごちそうさまでした。」
「いえ、お気をつけて。」
舞さんは頭を下げて門を出た。
そして、迷わず生け垣の切れ目まで歩いて足を止め、そこで2階の窓を見上げた。
その窓は玄関からも道路からも見えない。
生け垣の切れ目に立った時だけ見える。
彼女は、どこに立てば2階が見えるかを、もう知っていた。
その夜、寝室で高幸に聞いた。
「宮原さんって、よくうちに来るの?」
「今日が初めてだろ?」
「そう?」
「なんだよ。変な勘繰りするなよ。」
初めての人が、2階の窓の見える場所を知っているだろうか。
初めての人に、食器棚の並びを変えられるだろうか。
かず子さんは舞さんに何と言っているのだろう。
「こういう子がお嫁さんだったら最高なのに。」
あれは冗談ではない言い方だった。
何かを、もう決めている人の言い方に聞こえた。
この3年で私は何度も傷ついてきたけれど、その夜の感情は「傷ついた」というのとは違った。
もっと乾いた、事務的なものだった。
確かめよう。
それだけを思った。
翌週の火曜日、私は会社を早退した。
高幸は朝会だと言って出ていった。
6時前に彼の会社の最寄り駅に着き、改札の見えるコーヒーの店に入った。
7時10分に、2人が並んで出てきた。
舞さんが先に歩いて、高幸がその半歩後ろにいた。
2人はロータリーを渡って、タクシーに乗った。
手は震えなかった。
その週の土曜日、私は宇川正子さんの事務所を訪ねた。
52歳の女性で、机の上に書類の山がなかった。
黒いファイルごと持っていった。
権利書、遺言書の写し、納税通知書、リフォームの振り込み明細、塾の月謝の領収書、そして一番後ろの3年前の紙。
宇川さんは一枚ずつ見てから、最後の3年前のあの紙で手を止めた。
「この覚え書きは、どなたのお考えで?」
「司法書士の友人が進めてくれました。」
「いいお友達ですね。」
「大和田さん、まず家のことです。所有者はあなたで、ここは動きません。」
「『出ていってください』ということは、できるんでしょうか?」
「言えます。書面でお伝えして、相当の猶予期間を設ける。応じていただけなければ、次の手続きに進みます。」
「進んだら、どうなりますか?」
「早くて半年。長ければ1年ほど見ていただくことになると思います。」
「その間は、同じ家で顔を合わせながらになるんですね。」
半年から1年。
毎朝5時半に起きて、6時半に夕飯を出し、最後に風呂に入りながら、裁判の書類を待つ。
その光景を想像した瞬間、答えが出た。
「あの家は、手放そうと思います。」
宇川さんは驚かなかった。
「売るということですね。」
「はい。私は、あの人たちを困らせるために売るんですか?」
「違います。私が、あの家から出て行きたいんです。」
「それなら、やり方があります。」
宇川さんは覚え書きをもう一度手に取った。
「こういうお話になると、必ず2つのことを言い出す方がいます。『生活費を入れていた』『もらう約束だった』。この2つです。」
「入れてもらったことはありません。」
「言うんです。ご本人の中では、本当のことになっていますから。」
宇川さんは署名の欄を指でなぞった。
「この一枚は、その2つを最初から塞いでいます。ご自分の字と、ご自分の拇印。」
それから、私は高幸と舞さんのことを話した。
宇川さんはメモを取る手を止めなかった。
「日付と場所は、その日のうちに。写真は撮った方がいいですか?」
「無理をなさらないで。あなたが集めるものより、あの方たちが残しているものの方が多いはずです。」
高幸の携帯は、洗面所の棚に置きっぱなしになっていることが多かった。
家計の口座から引き落とされるカードの明細には、私の知らない支払いが並んでいた。
私は何も問い詰めなかった。
ただ、日付と場所を書き続けた。
3ヶ月分の記録が、薄いノート一冊になった。
もう一つ、宇川さんは私に言った。
「大和田さん、あなたから『出ていきます』と言わないでください。」
「どうしてですか?」
「あなたから出た場合、『家を出た事実』だけが残ります。『追い出された事実』は残りません。待てますか?」
私は頷いた。
待つのは、7年やってきたことだ。
その帰り道、不動産の会社に電話を入れた。
仲介を2社と、買い取りもする会社を一社。
仲介の2社の返事は同じだった。
売ること自体はできる。
ただ、買う人に引き渡す日までに、住んでいる4人を売主の責任で全員出しておく約束が必要だ。
「その目途が立たないうちは、預かれない。からにしてただけるなら、この値段なら3400万円前後でしょうか。実際に拝見しないと確かなことは申し上げられませんが。」
残った一社の折り返しは3日後で、担当が伺えるのは早くて夏になると言われた。
2ヶ月前、私が有給を取った日の午前中に、その人は来た。
かず子さんは習い事、由美さんは仕事、菜々さんは勤務先の美容室で、家には私一人だった。
買い取りの会社の沢谷と名乗ったその人は、40半ばに見えた。
家の中を歩いたのは15分ほどで、2階には上がらなかった。
「建物の痛み具合は、細かく拝見しなくて結構です。」
「見ないんですか?」
「うちは建物を壊す前提で値段を出しますので。拝見しているのは、どなたが何をお使いかというところです。」
沢谷さんは玄関先のくいしろまでを測り、それから門の外で前の道の幅を測った。
「道、狭いですね。ここが狭いと、2つに割った時、片方に家が建たないんです。」
その人は建物ではなく、土地の形だけを見ていた。
金木犀の下を通る時、その人は一度だけ木を見上げた。
「立派な木ですね。」
「祖母が植えたんです。」
「そうですか。」
それだけだった。
金額の提示は1週間後に届いた。
仲介の2者の数字より、随分低い。
その差の理由は、沢谷さんが家に来た日に一度だけ口にしていた。
「建物は取り壊しますので、値段はつきません。お値引きしているのは、いつ引き渡していただけるかが読めない分です。うちはその読めない分を持つ商売ですので。」
私はその紙を3日見てから、「はい」と答えた。
1ヶ月前、私は売買の契約を結び、手付金を受け取った。
同じ週に、職場から歩いて15分のマンションも決めた。
家賃は11万8千円。
一人には多すぎる部屋だが、日当たりだけで選んだ。
そこまで済ませて家に帰り、いつも通り6時半に夕飯を出した。
あとは、向こうが言い出すのを待つだけだった。
10月半ばの金曜日だった。
朝、高幸が珍しく玄関で振り返った。
「今日は早く帰るから、飯はいらない。」
「そう。」
それだけだった。
夕方、家に着くと玄関に由美さんと菜々さんの車が止まっていた。
居間のドアを開けると、4人が食卓を囲んで座っていた。
テーブルの上には何もない。
料理もお茶も茶菓子もない。
かず子さんの前にだけ、湯飲みが置いてあった。
4人掛けの食卓に4人が座っていて、私の分だけ台所の丸椅子が一脚運んであった。
高幸が私を見て言った。
「お帰り。座って。」
私はコートを腕にかけたまま座った。
かず子さんが咳払いをして、背筋を伸ばした。
「香織さん、今日はね、大事なお話があるの。高幸から言わせるわ。あなたたちの問題だもん。」
高幸が足元の鞄から、折り目のついた大きな紙を出した。
折り目を伸ばして、私の前に置く。
離婚届だった。
夫の欄にはもう署名がしてある。
証人の欄にも2人分の名前が入っていた。
大和田かず子、大和田由美。
高幸が私の顔を見ずに口を開いた。
「もう終わりにしよう。7年色々あったけどさ、お互いのためだと思うんだ。」
「宮原舞さんも、入っていますか?」
「それは今関係ないだろう。」
かず子さんが割って入った。
「香織さん、そういう邪推をするからダメなのよ。器が小さいって高幸も言ってたわ。」
私はテーブルの上の紙を見た。
書かなければいけない欄は、思っていたより少なかった。
名前と住所と本籍と、印を押す場所。
それから婚姻前の戸籍に戻るものか、新しく作るものか、という欄があった。
私は「新しく作る」の方に丸をつけた。
両親のいない戸籍に戻るより、自分で一つ作る方がいい気がした。
「ペン、ありますか?」
「え?」
高幸が顔を上げた。
「ペンです。持っていないので。」
かず子さんが立ち上がって、電話の引き出しからボールペンを取ってきた。
私は自分の名前を書いた。
大和香織。
7年書いてきた名前である。
風呂から印鑑を出して押すと、拇印が少し滲んだ。
捺印し終えた紙は、高幸の方へ滑らせた。
「はい。これでよし。」
かず子さんが手を打った。
その顔に、隠しきれない笑いが浮かんでいた。
「次の嫁はもっとマシよ。」
由美さんが冷蔵庫を開けながら言った。
「家具は置いてってよ。どうせ持ってく先もないでしょ。」
菜々さんは携帯から顔をあげずに続けた。
「私、お姉さんの部屋使うからね。前から決めてたし。」
高幸が私の署名した紙をつまみ上げた。
インクが乾いたかを確かめるように、指先で軽く振る。
「部屋を片付けて、今すぐ出ていけ。」
私は椅子の背に凭れた。
腹は立たなかった。
待っていた言葉が、ようやく向こうから出た。
「了解。」
4人の視線が一斉に私へ集まった。
言い返すと思っていたのだろう。
泣くか、すがるか。
せめて理由を聞くと思っていたのだろう。
「了解って、あんた……。」
「『今すぐ』と言われましたので、そのつもりで動きます。」
「まあ、聞き分けのいいこと。」
私はボールペンのキャップを押して、ペンをしまい、4人の顔を順番に見た。
かず子さん、高幸、由美さん、菜々さん。
「皆さん、本当にこの家に住み続けるんですね。」
一瞬、誰も答えなかった。
「当たり前でしょ。何よ、今更。この家の人間なんだから。」
「そうですか。」
「香織さんこそ、どこに行くつもりなの?実家もないんでしょ?」
「分かりました。」
私は立ち上がった。
2階へ上がって、私は電気をつけた。
物置きになっていた元の私の部屋には、菜々さんが置いたままのダンボールが積んである。
その隙間に、私の衣装ケースが2つ押し込まれていた。
1階から笑い声が聞こえてきた。
「ああ、すっきりした。早く舞ちゃん呼んだら。」
「まだ早い。届け出してからだろ。」
「月曜に出すの?」
「昼休みに行ってくる。」
私は衣装ケースを引っ張り出して蓋を開けた。
7年で増えたものは、思ったより少なかった。
持って出るものと置いていくものを分ける必要すらなかった。
この家にある家具のうち、私が買ったものをはっきり覚えている。
食卓も椅子も洗濯機も居間のソファーも食器棚も2代目の冷蔵庫も、全部そうだ。
家具の領収書も、日々の買い物のレシートも、黒いファイルの隣の箱に年ごとに入れてある。
私は畳に座り、鞄から手帳を出して12月のページを開いた。
1ヶ月前に書き込んだ日付が、もうそこにある。
残りの代金を受け取って、鍵を渡す日だ。
私は火曜に家を出る。
その翌週の日付に、小さく印をつけた。
私がいなくなってから、業者に来てもらう日である。
それから携帯を開いて、沢谷さんに一言だけ送った。
「予定通りお願いします。」
「承知しました。」
という一言だけが、すぐに帰ってきた。
翌日の土曜から、私は荷造りを始めた。
出ていけと言われたのだから、言われた通りにするだけだ。
午前中に引き取りの業者へ電話を入れ、日曜の午後に来てもらうことにした。
日曜の1時、トラックが来た。
作業服の男性が3人、玄関で頭を下げた。
「大和田様、まずどちらから?」
「居間のソファーと、テーブルと椅子を4脚。台所の食器棚と2代目の冷蔵庫。洗面所の洗濯機です。1台目の冷蔵庫は祖母のものですから、置いていきます。」
「ちょっと待って。」
かず子さんが廊下に出てきて、両手を広げて立ちはだかった。
「何を勝手に持ち出すの?うちの家具でしょ。」
「私が買ったものです。離婚するんだから、置いてきなさいよ。」
私は書斎から箱を持ってきて、廊下に置いた。
年ごとに分けた領収書の束が入っている。
「ソファーは5年前の4月。私の名前とカードの番号が入っています。食器棚は同じ年の5月。冷蔵庫は3年前の11月です。お母さんがいらっしゃった翌月に、4人分になったので買い足しました。」
「そんな紙、いくらでも作れるでしょ。」
「作れませんよ、これは。」
かず子さんは領収書を掴もうとして、途中で手を止めた。
私は業者の人に頷いた。
「お願いします。」
3人が動き出した。
かず子さんは玄関の柱に手をついたまま、何も言わなくなった。
家が空っぽになっていく音というものがある。
私はそれをその時初めて聞いた。
ソファーが運び出されると、居間の床の色が変わっているのが見えた。
食器棚の後には、壁の日焼けの跡が四角く残った。
高幸が2階から降りてきて、その空間を見た。
「おい、飯はどこで食うんだよ。」
「買えばいいと思います。」
「はあ。」
その週の月曜、高幸は「昼休みに離婚届けを出してくる」と言って出かけていった。
夕方に「出してきた」とだけ連絡があった。
日が暮れる頃、玄関のチャイムが鳴った。
敬一君が立っていた。
塾のリュックを背負ったままだった。
「あの……母さんに言われて。いや、嘘です。俺が来ました。」
私はダンボールを2つ、彼に渡した。
車まで運ぶ間、敬一君は何度か口を開きかけてやめた。
最後に後部座席のドアを閉めてから、こちらを見ずに言った。
「3年間、ありがとうございました。ご飯、美味しかったです。」
ずっとその言葉で泣きそうになったので、私は車の鍵を探すふりをした。
火曜の朝、私は庭に出た。
金木犀のその年に伸びた若い枝を、一本だけ切った。
時期が悪いのは知っている。
それでも私はその一本を、濡らした新聞紙に包んだ。
台所の窓からかず子さんが見ていた。
「何してるの、そんなところで?」
「お世話になりました。」
かず子さんは答えなかった。
そのまま私は玄関で靴を履いた。
「2度と戻ってこないでちょうだいね。」
「そのつもりです。」
「全く、恩を仇で返すって、こういうことを言うのよ。」
私は玄関の鍵をポケットから出して、一度だけ手のひらで確かめた。
それから鍵をかけずに、ドアを閉めた。
まだ人が住んでいる家だからだ。
坂を下りながらバックミラーを見ると、庭の金木犀が視界の端をよぎった。
それが、私があの家を見た最後になった。
新しい部屋は、職場から歩いて15分のところにある。
エレベーターがないので、ダンボールは4階まで自分で運んだ。
6つ目で腰が笑い始めた。
それでも、誰かの機嫌を伺ってから頼む必要はもうなかった。
運び上げて、私は最初に枝を挿した。
牛乳のコップに入れ、切り口を斜めに削って立てた。
つかないかもしれない。
それでもいい。
その夜、私は買ってきた惣菜を皿に移して、床に座って食べた。
テーブルがまだなかった。
食べ終わってしばらくして、気づいたことがある。
急がなくていいのだ。
6時半に合わせる必要も、風呂の順番を待つ必要もない。
私は湯舟に湯を張って、一番最初に入った。
3年ぶりだった。
湯の中で、自分が声を出して泣いていることに途中で気づいた。
悲しくはなかった。
涙が出る理由が、その時の私には分からなかった。
今なら分かる。
あの家で、私は3年、泣く場所を持っていなかった。
会社では、離婚のことを上司にだけ伝えた。
部署の若い子が、翌週に給湯室で言った。
「大和田さん、最近ちょっと顔つき変わりましたね。」
「そう?」
「前より、息してる感じです。」
妙な日本語だと思ったが、当たっている気がした。
そこから先で何が起きたのか、私はその場で見ていない。
後で敬一君と、向かいの家の奥さんと、買い取りの会社の沢谷さんから聞いた話をつなぎ合わせている。
だから細かいところは違っているかもしれない。
それでも大筋は、多分間違っていない。
私が出ていった翌週の水曜日、舞さんがキャリーケースを引いて坂を上がってきたのだという。
かず子さんは玄関の外まで出て迎えた。
「いらっしゃい。今日からここがあなたの家よ。」
舞さんは頭を下げて家の中に入った。
そして、居間で足が止まったらしい。
由美さんが座布団に座ってテレビを見ていて、菜々さんが台所でカップ麺にお湯を入れていたからだ。
「あの、由美さんと菜々さんは、私が来るまでに出られると伺っていたんですけど。」
「あら、由美は週の半分こっちにいるのよ。菜々はここに住んでるの。」
「誰がそんなこと言ったの?」
「そうなんですね。これから家族になるんだから、仲良くしてちょうだいね。」
2階の南側の部屋には、菜々さんの荷物がまた運び込まれていた。
舞さんの荷物は、廊下に置かれたままになった。
夕方、高幸が帰ってきて、5人で夕飯を食べた。
舞さんだけが、その輪の外に座っていた。
食卓はもうないので、居間の床に座布団を敷いて、買ってきた弁当を並べたのだという。
「新しいテーブル、舞さんの好きなの選んでいいわよ。前の人が全部持っていっちゃったから、揃えないといけないのよ。テーブルも椅子も食器棚もね。」
「あの、それは気にしないで。」
「うちのお金でいいんだから。」
その夜のことは、後に舞さん側の弁護士から出た書面にそのまま書かれていた。
「『今月中』って言ってましたよね。」
「まあ、そのうちだよ。急ぐ話じゃないだろ。」
「私、部屋もう引き払っちゃったんですけど。」
「実家みたいなもんだと思えばいいって。」
実家。
高幸はその言葉を自分の口で使ったのだという。
それでもその夜は、全員がこう思っていたそうだ。
これで理想の生活が始まると。
かず子さんは翌朝、新しいソファーの色の話をしていたそうだ。
その同じ朝の10時過ぎ、インターホンが鳴った。
出たのはかず子さんだった。
新聞の勧誘だと思ったのだという。
モニターには、スーツを着た男の人が映っていた。
片手に黒い鞄を下げて、まっすぐ立っていた。
かず子さんが玄関を開けると、その人は名刺を差し出した。
「お世話になっております。私、こういうものでございます。引き渡しに向けまして、お家の様子を確認に参りました。」
かず子さんはその言葉の意味が分からなかったのだという。
「引き渡しって、何の?」
「こちらの売買契約でございます。」
「土地と建物のうち、何も売りませんけど。」
「はい。売主様は、大和香織様です。」
そこで、かず子さんの手から名刺が落ちたのだという。
沢谷さんは玄関先で順を追って説明した。
売買の契約はもう結ばれていること。
所有権を移して鍵を受け取るのは12月であること。
舞さんが廊下から出てきて、こう聞いたらしい。
「12月って、何の話ですか?」
「現況のままを引き受ける案件でございますので、税務の手続きと段取りにお時間をいただいております。今回の契約では、住人が残っている現況のまま買い取る条件になっていました。つまり、退去の問題も含めて、買主側が引き受ける契約だった。」
「あの家はどうなるんですか?リフォームとかされるんですか?」
「解体いたします。2軒のお家を建てる予定でございます。建物は、お取り壊しになります。」
その言葉の後、しばらく誰も何も言わなかったという。
かず子さんは震える手で高幸に電話をかけ、高幸は営業先から1時間で帰ってきたそうだ。
玄関に立っている沢谷さんを見るなり、こう言ったという。
「うちの母が何か騙されてるんですよ。俺の家ですよ。」
「ここは失礼ですが、どちらでご確認なさいましたでしょうか?」
「確認って、住んでるんだから俺の家でしょ。」
沢谷さんは黙って鞄から一枚の紙を出したそうだ。
「大和田高幸様でいらっしゃいますか?恐れ入ります。土地と建物の持ち主は、国の帳簿に記録されております。当登記簿と申します。そこに載っているご所有者は、大和香織様でございます。」
「だからそれは、俺の妻で、元奥様とお伺いしております。」
その一言で、高幸は黙ったらしい。
私の携帯が鳴ったのは、その後だった。
「おい、お前、家を売ったのか?」
「はい。」
「『はい』ってなんだよ。勝手にそんなことしやがって。」
「勝手ではありません。私の家です。」
「ふざけるな。ここは俺が……」
「あなたが建てた家ではありませんよ。」
言ってしまってから、自分の声が思っていたより低いことに気づいた。
「知らなかったなんて、言わないでくださいね。5年前の相続の書類を全部私がやりました。あなたは一枚も見なかった。見ようともしなかった。」
「だから何だよ。」
「法務局へ行けば、誰でも他人の家の持ち主の名前が書かれた紙を取れます。600円です。あなたは取れなかったんじゃない。取らなかったんです。」
「分かっていて、言っているんですよね。」
返事はなかった。
代わりに、電話の向こうで誰かが電話を奪う音がした。
その後のことは、沢谷さんが後日私に教えてくれた。
かず子さんが「じゃあ、私たちはどうなるんですか」と詰め寄ったのだという。
沢谷さんはこう答えたそうだ。
「当社が現況のままでお引き受けしております。今後のご相談は、当社から改めてご連絡を差し上げます。」
「相談って、追い出すってことでしょ?」
「私からは、そういう申し上げ方はいたしません。」
その人は、それ以上のことを一言も言わなかった。
言わないというやり方が、あの場で一番重かったのだと思う。
沢谷さんが出したのは、一枚の紙だった。
かず子さんが受け取って、老眼鏡を外して目を近づけたという。
そこには3行だけ書いてあった。
この土地と建物の持ち主は大和香織であること。
私たちは無償で使わせてもらうこと。
持ち主から求められた時は、速やかに出ていくこと。
日付は3年前の10月10日。
その下に、3人分の署名と3つの拇印。
大和田かず子、大和田由美、大和田菜々。
「これ、何?」
「売主様からお預かりした資料の一部でございます。」
かず子さんは、自分の名前を指でなぞったそうだ。
それが自分のものだと分かるまでに、随分時間がかかったのだという。
その日の夕方、私は宇川さんの事務所に寄った。
「向こうから、連絡が来ましたか?」
「そうでしょうね。今後、直接お話にならないでください。全部、こちらへ。」
帰りの電車で、鞄の中の紙が一枚、指に触れた。
契約の時に沢谷さんから預かっていた書類の控えである。
その資料の一枚目に、3年前の日付と3人分の名前があった。
その日から何日も、携帯が鳴り続けた。
着信は60件を超えた。
4日目の夜に、一度だけ出た。
「お前、家を売ったのか?」
「はい。」
「取り消せよ。」
「契約は成立しています。手付金も受け取りました。」
電話の向こうで、声がかず子さんに変わった。
「香織さん、あなた頭がおかしいんじゃないの?私たちが住んでるのよ。家族を路頭に迷わせるつもりなの?」
「私も、家族じゃありませんよ。離婚届は受理されています。出したのは高幸です。」
かず子さんが息を吸う音がした。
「それに、『出ていけ』と言われましたので。『今すぐ部屋を片付けて出ていけ』と。」
「あれは、あなたの部屋のことでしょ?」
「はい。ですから、片付けました。」
私は、もう一つだけ言った。
「かず子さん。」
3年間、私はこの人を一度も名前で呼んだことがなかった。
「何よ、いきなり名前で。」
「お義母さんでも、お母さんでも、もう亡くなりましたので。」
電話の向こうで、何かが倒れる音がした。
その電話の途中で、由美さんの声が割り込んできた。
「お母さんだから言ったじゃない。確かめておきなさいよ。あんたのせいでしょ。お父さんのお金、あんたの離婚で全部……」
「全部じゃないわよ。菜々の店の分だってあるじゃない。」
そこで通話が切れた。
言葉の断片が、勝手な形になっていった。
4年前の由美さんの離婚の後始末に、義父は生前かなりの額を出した。
残りと保険金は、葬儀が済むより先に菜々さんが店を持つ話へ回すと決まっていた。
彼氏の手付金と内装の埋め金が出た後で話が流れ、戻ってきた額はほとんどなかったという。
かず子さんは、なぜ49日の翌週にあれほど急いでここへ来たのだろう。
その理由が、今は分かる。
年金は入るけれど、部屋を借りるには敷金と礼金の現金がいる。
家賃を立て替えてくれる保証会社の審査もある。
その審査では、緊急連絡先としていざという時に電話に出てくれる身内の名前を一人、書かされる。
そのどれも、かず子さんは持っていなかった。
だからあの夜、「少しの間だけ」と言いながら、鞄一つで玄関に立っていた。
私は3年間、その理由を知らずに朝食を4人分作っていた。
由美さんは、私が出ていった後、泊まる回数が増えたそうだ。
家賃を浮かせられる場所が、あの家しかなかった。
菜々さんも同じで、荷物を置ける部屋だけが残っていた。
あの家がなくなると困るのは、かず子さんと由美さんと菜々さんだった。
高幸の方も、似たようなものだった。
舞さんに「持ち家がある」と言ってしまった。
かず子さんがあの家にいることは、舞さんも知っていた。
知らなかったのは、由美さんと菜々さんのことだ。
あの2人は、ほとんど住んでいる。
私が出た後も、それは変わらない。
ここは、高幸が多分伝えていなかった。
一軒家が手に入ると思っていたら、義母と義姉と義妹の同居が延長されるだけ。
だから彼は急いだ。
証人の欄にかず子さんと由美さんの名前を先に書かせて、金曜の夜に紙を出した。
母親は住むところがなくて、息子は言った手前があって。
2人とも、同じ家にすがっていた。
その家は、2人のものではなかった。
宇川さんは、離婚届が出された翌日に、まず高幸本人へ通知の手紙を出していた。
1週間ほどして、向こうにも弁護士がついた。
沢谷さんが来てから半月後、宇川さんからその弁護士へ書面が出た。
内容は、その前に説明を受けていた。
「まず、家のことです。離婚の時は、夫婦で築いた財産を分け合います。ただし、相続で受け取った家は、夫婦で築いたものではありませんから、原則としてその対象にはなりません。元のご主人は、取得にも修繕にも税金にも、1円もお出しになっていない。争って通る話ではないと思います。」
宇川さんは決して「勝てる」とは言わなかった。
その言い方が、却って信用できた。
「それから、住んでいらっしゃる方のことです。無償で住ませていた関係は、原則として新しい所有者には主張できません。家賃を払っていた借家人の方とは、そこが違います。」
「夫は、どうなりますか?」
「少なくとも『配偶者だから当然に住み続けられる』という根拠は、離婚によって失われます。あの覚え書きは必要ではありません。ただ、必ず出てくる話を先に塞いでいます。」
売買をやめられないかという話は、一蹴で消えたそうだ。
持ち主が自分の家を売る時、住んでいる人にそれを止める道はない。
その上で、必ず出ると宇川さんが言っていた話が出てきた。
向こうの弁護士からの返事には、こう書いてあったそうだ。
「生活費を入れていた。」
「将来この家をもらう約束だった。」
宇川さんは、覚え書きの写しを添えて、一行だけ返した。
「ご本人の署名と拇印です。」
慰謝料の請求書も、同じ封筒に入れた。
不当な関係についての請求額は、高幸と舞さんの2人合わせて300万円である。
私が代わりに払った分は、別の紙にした。
かず子さんと由美さんと菜々さんの分は、一通ずつ内容証明で出す。
かず子さんには、あのリフォームの代金。
由美さんには、敬一君の塾の3年分。
菜々さんには、車の修理代。
「あのリフォームの分は、争いになれば長引きます。頼んだのがお母様でも、直したのはあなたの家ですから。取り壊される家ですけど。ただ、通ると決まった話ではありません。」
宇川さんに聞かれて、私は考えた。
「敬一君の分は、要りません。」
「よろしいんですか?3年分で126万円ですよ。」
「あの子は、『ありがとう』って言ってくれた子なので。」
宇川さんは黙って、その行に線を引いた。
返してもらうことにしたのは、148万円と車の22万円。
合わせて170万円だけになった。
書類にサインをしながら、私は聞いた。
「あの人たちは、いつ気づいたんでしょうか?」
「調べればすぐに分かることでした。調べなかったのは、知りたくなかったからだと思いますよ。知っていることと、認めることは別ですから。3年もあれば、認めない方が楽になります。」
相続してからの5年、私も同じことをしていた。
この家は私のものだと知っていて、認めさせるのを先延ばしにし続けた。
リフォーム代も固定資産税も、入れなかった。
あれは所有者の私が払うものだ。
祖母の家を持つというのは、そういうことだった。
かず子さん宛ての内容証明が届いた日の夜、最後の電話があった。
留守番電話に、声が残っていた。
「香織さん、あの、あれは冗談よ。『義理の嫁がどうとか』って、あれは……」
声はそこで途切れていた。
それから10日ほどして、また有給を取って、あの坂を上がった。
境界と、残していくものの確認をする日である。
沢谷さんと土地の境界を測って図面にする土地調査士の方と私。
それに、両隣りの方と、裏に住むご主人が、順番に庭へ出てきた。
私は車を降りた。
金木犀の花はもう終わっていて、枝が冬の光に裸で輝いていた。
調査士の方が三脚を立てて機械を覗き始めた時、玄関のドアが開いた。
かず子さんが出てきた。
その後ろに、由美さんと菜々さんが続いた。
仕事を休んだのか、高幸もいた。
最後に、舞さんが玄関の中に立ったまま、こちらを見ていた。
かず子さんが庭に降りてきた。
「香織さん、話し合いましょう。私たちだって、ちゃんと生活費を入れていたのよ。」
「入れていただいたことはありません。お米も、私が買っていました。」
かず子さんが言葉に詰まった。
そこへ由美さんが割り込んだ。
「大体ね、ここは私の実家なのよ。私の実家を勝手に売らないでちょうだい。この家は、いずれもらう約束だったんだから。お父さんもそう言ってたし。」
「高幸さんの、お父さんは、そんなことをおっしゃる方ではありませんでした。」
「言ったのよ。私は聞いたんだから。」
私は鞄から黒いファイルを出し、一番後ろのポケットから一枚の紙を抜いた。
沢谷さんに預けたのは写しで、こちらが原本である。
「これを、ご覧ください。」
かず子さんの指先が、紙を持ち直せずにいた。
由美さんが横から覗き込む。
3行と日付と、3人分の署名と3つの拇印。
「『この土地と建物の持ち主は大和香織である』と書いてあります。『私たちは無償で使わせてもらいます』とも。『持ち主から求められた時は、速やかに出ていきます』とも。」
かず子さんが顔を上げた。
「この前も同じ紙を見せられたけど、こんなの覚えてないわ。」
「3年前の10月10日です。かず子さんが『他人行儀ね』と笑いながら書かれました。由美さんは『こういうの好きだよね』と言いながら書かれました。菜々さんは判子を探して、拇印で指を汚しました。」
3人が黙った。
私は由美さんの方を見た。
「由美さん、さっき『私の実家を勝手に売らないで』とおっしゃいましたね。由美さんの実家だったことは、一度もないですよ。ご自分の字です。ご自分の拇印です。」
由美さんは口を開けたまま、何も言わなかった。
菜々さんが横から手を伸ばして、紙を覗き込んだ。
「これ、私の字だ。」
「はい。」
「え、なんで?私、こんなの書いた覚えないんだけど。」
「判子を持ってきて、拇印で指を汚して、笑っていらっしゃいましたよ。」
菜々さんは、自分の指先を見た。
3年前のその指が、今の自分を止めている。
高幸が庭に降りてきて、由美さんの手元を覗き込んだ。
「俺は書いてない。その紙に、俺の名前はないだろ。」
「はい。ありません。」
「じゃあ、俺には関係ないな。」
「はい。あなたには関係ありません。あなたは、この家の持ち主の夫として住んでいただけです。離婚した時点で、この家にいる理由そのものがなくなりました。」
「理由って、俺は……」
「今、あなたがここにいるのは、私が黙っているからです。それ以上の理由はありません。」
玄関から、舞さんが出てきて、高幸の腕を掴んだ。
舞さんが沢谷さんの話を廊下で聞いてから3週間が経っていた。
アパートはもう引き払った後で、この家にい続けるしかなかったのだという。
「高幸さん、3週間待ちました。『この家はあなたのだ』と、もう一度言ってください。」
「いや、だから、そういう細かいことは……」
「細かいことですか?私、部屋を引き払ったんですよ。」
「なんとかなるって、聞いていた話と全然違うじゃないですか。」
舞さんの声が高くなった。
かず子さんが割って入った。
「舞さん、落ち着いて。これから住む家を、みんなで探しましょう。」
舞さんは、かず子さんの顔をまっすぐ見た。
「なんで私が、高幸さんのお母さんの住むところまで、一緒に探さなきゃいけないんですか?」
誰も何も言わなかった。
舞さんはキャリーケースを引き出し、振り返らずに坂を下りていった。
その音が消えてから、かず子さんが息子を見た。
「あんたが、この家は自分のものだって言ったんでしょ。家族なんだから、あんたが何とかするのが当たり前でしょ。」
「母さんだって、そう思ってたんじゃないか。」
「思わされたのよ。」
由美さんが金切り声を上げた。
「私はどうすればいいのよ。ここがなくなったら、敬一の下宿代まで私が持つことになるじゃない。高幸、あんたが何とかしなさいよ。弟なんだから、当然でしょ。」
菜々さんが高幸に詰め寄った。
「私の荷物、どうしてくれるのよ、お兄ちゃん。」
4人が同時に喋り出した。
3年間、この人たちが私に言っていた言葉が、そっくりそのまま互いへ向いていた。
「嫁なんだから当然でしょう。」
「家族なんだから我慢しろ。」
「この家の人間なんだから。」
その言葉が、今度は母から息子へ、姉から弟へ、妹から兄へ飛んでいた。
違うのは、言われた側が言い返すところだけである。
2階の窓に、敬一君が立っているのが見えた。
目が合うと、彼は小さく頭を下げて、カーテンを閉めた。
私は庭の隅で、それを見ていた。
「皆さん。」
私が声を出すと、4人が黙った。
「この家の人間は、祖母と私だけでした。」
かず子さんが何か言いかけて、口を閉じた。
「3年間、そうおっしゃっていましたよね。『この家の人間なんだから』と。」
「私は、そんなつもりじゃ……」
「私にできることは、12月にこの家の鍵を買主さんにお渡しすることだけです。皆さんに『出ていってください』という権利は、12月までまだ私にあります。ですが、使わないと決めました。『出ていってください』という役目は、もう買主さんにお任せしてあります。12月からは、あちらが決めます。私ではありません。」
かず子さんが声をあげた。
「じゃあ、どうすればいいのよ。」
「そちらの会社とお話しください。私に電話をされても、何も動きません。」
「そんな冷たいこと言わないで。3年も一緒に暮らしたじゃないの。」
かず子さんの声が、初めて小さくなった。
「はい。3年、一緒に暮らしました。じゃあ、その3年で、私が座って夕飯を食べた日は、1日もありません。冷たいのは、どちらだったんでしょうか?」
言い終えて、自分の声が震えていないことに気づいた。
7年かかったが、私は初めて、最後まで喋りきった。
調査士の方が「お立ち合いは、以上です」と声をかけてきた。
私は差し出された境界確認書の隅に署名した。
この家の土地の形について、私が名前を書くのは、これが最後だった。
12月の午前、有休を取って、残りの代金の受け渡しに立ち合った。
銀行の一室には、沢谷さんと買主が手配した司法書士の方がいた。
その人は、私の免許証と委任状、それに戸籍の写しを確かめた。
「登記上の名前が大和田香織様のままですので、先に名前を書き換える申請を出します。移転と同じ日に。旧姓に戻った分、書類が一枚増えていた。実印も、今ので登録し直したものだ。」
その人が顔を上げた。
「これで、登記できます。」
沢谷さんが携帯を耳に当て、「着金いたしました」と言った。
私は判を押し、鍵を渡した。
祖母の家の鍵は、玄関のものと勝手口のもので2本ある。
あの家にはまだ4人が住み、それぞれ鍵を持っている。
私が2本返したところで、あの家が開かなくなるわけではない。
それでも、2本とも渡してしまうと、手のひらには何も残らなかった。
帰りに駅前の食堂で、うどんを食べた。
座って湯気を見ながら、それだけのことが嬉しかった。
店を出たところで、絵里から電話が来た。
「終わった?」
「終わった。今、うどん食べてた。」
「一人で?」
「一人で。座って食べた。良かったじゃない?」
義家族が家を出たのは、翌年の6月だという。
その間のことは、噂で聞いた。
由美さんは駅から遠いワンルームに移った。
舞さんとも、あの日を最後に切れたらしい。
引き渡しの後も半年住んだ分は、家賃に当たるお金として4人に請求されたらしい。
かず子さんは、部屋を借りるのに2度、断られたという。
保証会社の審査が通らなかったのだ。
私が部屋を借りた時と同じだった。
審査には、いざという時に電話に出る身内の名前を一人、書かなければならない。
高幸は家賃と慰謝料の分割で手いっぱいで、由美さんも菜々さんも、その欄に名前を書くとは言わなかった。
書ける名前が、あの人にはもうなかった。
由美さんは「ただで泊まれて夕飯の出る場所」を失い、菜々さんはトランクルーム代を自分で払うことになった。
誰も破滅していない。
他人の家を自分の家として使う暮らしだけが、終わった。
あの家はやがて取り壊され、2軒の分譲住宅になるのだと後で知った。
祖母の形見は戻らない。
アルバムも、廊下に積まれたまま消えた着物も戻らない。
縁側も、もうなくなる。
あの人たちが出た後、菩提寺に相談して仏壇のお性抜きをしてもらい、祖母の位牌だけをこの部屋の棚に移した。
茶箪笥は置ける場所がなかった。
戻せたのは、その位牌と、庭から切ってきた枝一本だけだった。
離婚して、私は旧姓の「河野」に戻った。
会社で名刺を作り直してもらった日、総務の人が名前を2度読み上げた。
「河野の香織さん、河野の香織さん。」
自分の名前が、口の中で落ち着くのが分かった。
私は今も同じ会社で経理をしている。
住まいは職場から歩いて15分。家賃11万8千円だ。
朝は7時に起きればいい。
夕飯の時刻を、誰かに決められることもない。
ベランダには、あの日切った枝を挿した鉢がある。
「つかない」と言われたが、春に根がついた。
秋に花が咲くかは分からないが、芽は増えていく。
年が明けて、敬一君から一通だけ連絡が来た。
大学に受かったという報告と、短い一文が添えてあった。
「香織おばさんのご飯、うまかったです。」
私は「おめでとう」とだけ返した。
返してもらわなかった月謝が惜しいと思ったことはない。
170万円は、月々わずかずつしか戻ってこない。
それでも、毎月振り込みの記録は残る。
3月の終わり。元夫からメッセージが来た。
「母さんも反省している。一度話せないか。」
「反省」という言葉は、誰のためのものだろう。
それから一行だけ返した。
「次の嫁は、もっとマシなんですよね。」
返事は来なかった。
私はその番号をブロックした。
あの日、あの人は言った。
「部屋を片付けて、今すぐ出ていけ。」
だから私は、言われた通りにした。
私の部屋を片付けた。
それだけではなく、私の家事ごと、片付けた。
祖母は遺言に「この家には香織に住んでほしい」と書いた。
その家を手放した日、私は少し祖母に申し訳ない気がしたけれど、今はそうは思っていない。
祖母が住んでほしかったのは、あの建物ではない。
自分の家で座って食事をして、一番最初に風呂に入る人間として、私に暮らしてほしかったのだと思う。
それは、今この部屋でできている。
明日も6時に会社を出て、買い物をして、8時に水をやる。
それから座って、夕飯を食べる。
そういう毎日を、続けていきたい。



