会議室に足を踏み入れた瞬間、あの声が聞こえた。「おい、お前ひょっとして紫か?」振り返ると、20年近く会っていなかった同期の山口が、あの頃と変わらない人を見下したような表情で立っていた。
。彼は本社の営業部長にまで昇りつめた男で、昔から俺を馬鹿にしていた。今日は俺が勤める支社の代表として、本社の重要会議に参加するために来ている。俺の手には、支社の皆で何度も話し合って作り上げた企画書が握られていた。
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「やっぱり紫か。久しぶりだな。」「ああ、本当だね。」仕事の関係でメールのやり取りはあったが、直接会うのは本当に久しぶりだった。山口は俺の左手を見てニヤリと笑う」おいおい、支社に行っただけのことはあるな。その調子じゃ、結婚もまだだろう?」彼はそう言って、俺の背中をバシバシ叩いて笑った。俺が結婚指輪をしていないのを見て言っているのだろう。実際には、数年前に体調を崩して痩せてしまい、指輪が緩くなったため自宅に置いているのだ「俺は結婚してるよ。子供も2人いる。幸せに暮らしてるから、心配してくれなくて大丈夫だ。」俺が皮肉を込めてそう言うと、山口は間の抜けた声を上げた。「なに?結婚してるだと?聞いてないぞ!」「報告してないし、式も身内だけでやったからな。」完全に見下していた俺が、幸せな家庭を築いているという事実が、彼の想像以上にショックだったらしい。周りで聞いていた人々の中から、堪えきれない笑い声が漏れるのが聞こえた。の瞬間、山口は顔を真っ赤にして怒り出した「く、くそ、バカにしやがって!」馬鹿にしてきたのはどう考えても山口の方なのだが、俺は心の中でやれやれとため息をついた。のタイミングで会議の時間が近づいたせいか、会議室に人が増え始めた。山口は小さく悪態をつき、俺を睨みつける。俺はそ知らぬ顔をして自分の席を見つけ、着席した。
の時の俺は夢にも思わなかった。まさか山口がこのやり取りを根に持って、あんな理不尽な行動に走るなんて
。会議が始まり、すぐに分かったことだが、この会議の進行役を務めるのは、本社の営業部長である山口だった。議は順調に進み、プロジェクトの発表の段階になると、うちの支社の番が回ってきた。は気を引き締め、壇上で企画書の発表を始めた。「以上を持って、私どもの支社のご提案となります。」一通り発表を終えると、周りからは「これはなかなか」と好意的な雰囲気が感じ取れたがの後、突然大きな咳払いが聞こえ、会議室が静まる「えっと、これが村支部長の支社の企画書か。なるほどね。」席払いの主は山口だった。彼はニヤニヤしながら、俺の用意した企画書を指で叩く「会議の意味わかる?こんな内容じゃお話にならないよ。君、仮にも部長なんだろう?普段どんな仕事したら、こんなしょうもない企画書が作れるのかな。」周りの反応が良かっただけに、その言葉には思わず首をかしげた。「しょうもないとは、具体的にどの部分でしょうか?」「むとにかく全体的にだよ!」全く要領を得ない返答に、俺は心の中でため息をついた。山口のことだから、さっきのやり取りが気に入らず、俺に恥を欠かせたいという一心で言っているのだろう。「大体なあ、本社から支社に左遷されるような奴が代表者としてこの会議に参加している時点でおかしいんだよ」「俺は左遷ではない。」「いやあ、山口部長。さすがにお言葉が過ぎますよ。村支部長の企画書は、目的や数値がしっかりしていますし、特に問題はないかと。」山口の側にいた人間がやんわりと注意してくれたが、山口は全く聞く耳を持たない「とにかく、こんな企画書は論外だ。今すぐ支社に帰って、1から出直すんだな。」そして俺に帰れと言わんばかりに、手でしっしと払う動作をするだが、いくら進行役だとしても、山口よりも偉い立場の人間がいないのかと思う。俺は視線で周りを探ると、山口の側に「常務」と書かれた席があった。その人物を見て愕然とする。めちゃくちゃ関心のない表情で、ぼーっと頬杖をついているのだ。れは俺と目が合っても、すぐにそらしてしまう。の瞬間、山口がより一層笑みを深める「おら、とっとと帰れ!本社にお前の居場所なんかないんだよ!」俺は拳を握りしめた。周りの席の人間は、何とも言えない表情で俺を見ているのがわかる。くら相手が山口とはいえ、ここまで理不尽な扱いをされるなんて。の場で唯一山口を止められるであろう常務でさえ、あんな様子なのだから。会議室にいる55名の中にもう俺に味方はいないのだろう。」これが本社のエリートの実態か。」俺はやれやれと首を横に振り、「わかりました」と短く答えて、会議室を出た。大勢の前で俺をこき下ろし、退出までさせたのだ。さぞ山口はいい気分だろう。「いつか絶対に後悔させてやる。」俺はそう心に誓った。
、それから1年後のことだ」。俺は東京本社の近くにあるホテルを訪れていた。今日は、社長の一人息子である春氏が、晴れて新社長に就任したことを祝う、宿賀会が開かれるのだ。本社勤めの専務や常務も次期社長候補として名前が上がっていた中での就任ということで、社内外でも注目が大きい。ちなみに専務は、自分よりも春氏がふさわしいと考えていたため、早々に候補を辞退していたらしいだが、俺はある理由から、この宿賀会の進行役を任されていた 」 「壇上に上がり進行を始めると、聞き覚えのある声が俺の邪魔をする。」おいおい、なんでお前が?村子、お前なんかが来ていい場所じゃないぞ!」見れば、顔を赤くした山口が、ワイングラスを片手に、もう片方の手で俺を指さしてわめいていた。やれやれ、もう酔っているのか。年前の重要会議以来だったが、山口の嫌がらせの精神は変わっていないらしい。「警備員さん、彼に山口部長に退出してもらってください。」会場にいる全員が、一瞬「えっ」という顔をした。俺は軽く咳払いして言い直す「俺は男場からまっすぐ山口を指びさした。主催者である春氏は、この場に山口部長を招いておりません。ですから、山口部長は部外者です。分かりやすく言い直しましょうか?今すぐあいつをつまみ出せ、とね。」そこまで言い直して、ようやく警備員が山口に向かう「塔の山口は状況が分からないといった様子で、口をパクパクさせてうろたえるのみだ。」おい、ふざけるな!俺はこの本社の営業部長だぞ!」それを、紫こう、貴様ごときが何の権利があって「俺は壇上からニコリと微笑む。」宿賀会の参加者には招待状が配られているはずです。でも、山口営業部長、あなたには届いていないのでは?」俺の発言に、山口は一瞬ぎくりとした顔になる「それは、でも、そんなもの何かのミスだと思って……!本社の営業部長の私が不参加なんておかしいだろう!」俺はやれやれと首を横に振った「招待状がない以上、さっきも言った通り、あなたは部外者です。。」警備員が山口に退場を促すと、少し離れたところでも警備員に退出を促され、反抗している人間がいた。れは去年の重要会議で、上の空だった常務だった。」「私から説明しよう。」俺と山口の間に、声を滑り込ませてきたのは、この宿賀会の主役、新社長の春氏だっだ。まさかの事態の連続に、他の社員たちがさらに驚いた様子だった。「村子君には、私からあらかじめ指示しておいたんだよ。山口部長と常務には招待状は手配していないから、もし見かけたらお帰りいただくように、と。」「そんな……なぜ……そもそも、なぜ新社長が紫に……!」山口が目を見開いている後ろで、常務の悲鳴にも似た声が遠いていくどうやら人足先に、常務は退出させられたようだ。「本来、私の挨拶の後にみんなに発表しようと思ったことだが、私の新社長就任と同時に、何人かの社員の役職を引き上げようと思ってね。の1人が村子君なんだよ。村子君には、来る本社で営業本部長を任せたいと思っている」春氏の言葉に、山口は驚愕の表情を浮かべた。顎が外れんばかりに口を大きく開けている。「実は俺が支社に応援に行った際、部長や春氏の父に直接こう言われていたのだ」」自社を息子に任せたのだが、能力のある者に、息子の支えになって欲しいと考えている。そこで本社から何名か支社に応援に行ってもらいたくてね。息子の成長、引いては会社の未来のために、力を貸して欲しい。」と深く頭を下げられて、俺は支社への移動を決意した。当時は春氏自身が社長の息子であるということは公言していなかったので、俺は秘密裏に知らされたということになる。「私が作る会社の未来のために、君の力が必要なんだ。これからも、手伝ってくれないか?」春氏にこう言われた時、俺は自分の努力が報われたのだと思った。もちろんこれがゴールではない。経営側の役職になることで、今以上の責任や苦労がついて回るだろうだが、春氏の元でなら、きっとその苦労も誇りになると信じている。」「1年前、本社で会議が行われた時には、すでにこの人事は内々で決まっていましたが、あの会議で私は疑問を持ったんです。
。あなたのような人が、なぜ営業部長になれたのか。そして会議に同席していた常務は、なぜ何も言わなかったのか。」すると周りの社員の中から、あの時のことかと納得するような声が漏れ聞こえた。「私から説明しよう。」春氏が山口に相問いかけたが、感情的になっている山口は引くに引けないのだろう「……聞かせてください。」「私は村子君から話を聞いて、山口部長と常務について調査をしてみたんだ。したら色々とね、大量に問題が浮上したというわけだよ。の1年、君たち両名が言い訳もできないように、しっかりと準備を進めてきた。」山口が俺を睨みつけるが、俺は目をそらさずにしっかりと山口を見る山口はわななと震え、やがて自分から目をそらした「山口部長は、常務に不適切な取り入り方をして昇進したという証拠も揃っている。」村さ君の信頼のおかげで、私は新社長に就任したら、人事を強化するという新しい目標を持つことができたわけだ。」そこまで言って、山口の顔から血の気が引くつまり、山口と常務は悪い意味での協力関係だったのだ。とだからこそ、会議の件でも常務は山口を止めなかった」」俺は春氏に続いた「ある意味、1年前の会議での振る舞いに感謝していますよ。山口部長があんな仕打ちをしなかったら、気がつかなかったかもしれませんので。」俺が言うと、今度こそ山口は絶句する。のまま、控えていた警備員が山口を引きずっていくitそれが、俺の見た山口の最後の姿だった」 、それから数年、俺は春氏の宣言通り、営業本部長として忙しく過ごしている。宿賀会の後すぐ、山口と常務は会社を追い出された。山口は退職してどこかで暮らしているが、常務は裏で経費に関わる悪事もしていたため、兵の中で暮らしているらしい。先代の頃にはなかったハラスメント問題専門の部署など、春氏は宣言通り人事にも力を入れて会社を経営している。「俺はこれからも、新社長を支えていきたい。」



