おじいちゃん、これ…。そう言って孫が差し出した紙には『中卒は帰れ』と書かれていた。今朝、嬉しそうに「行ってきます」と家を出たばかりの中学を卒業したばかりの孫が、入社式の日に涙を浮かべて帰ってきたんだ。話を聞くと、社長の息子に「中卒は入社負荷」だと言われ、追い出されたらしい。さらに食い下がると、火のついたタバコを押し付けられそうになったと。普段は温厚な私でも、頭に血が上った。私はスマホを手に取…

おじいちゃん、これ…。そう言って孫が差し出した紙には『中卒は帰れ』と書かれていた。今朝、嬉しそうに「行ってきます」と家を出たばかりの中学を卒業したばかりの孫が、入社式の日に涙を浮かべて帰ってきたんだ。話を聞くと、社長の息子に「中卒は入社負荷」だと言われ、追い出されたらしい。さらに食い下がると、火のついたタバコを押し付けられそうになったと。普段は温厚な私でも、頭に血が上った。私はスマホを手に取...

「中卒は入社負荷だって言われたんだよ。」

孫の剣都が、玄関に立ったまま、うつむきながらそう言った。今朝、笑顔で「行ってきます」と出ていったばかりなのに、彼の目には涙が浮かんでいた。

私は息子夫婦を6年前の事故で失い、それから当時14歳だった剣都と二人で暮らしている。妻も一緒に、だが、あの日から、孫の笑顔を取り戻すために、私たちは必死だった。

剣都は中学を卒業すると、働きたいと言い出した。高校へ行けと説得したが、彼の決意は固かった。将来のため、働きながら夜間高校に通うことを条件に、私は彼の就職を認めた。彼が選んだのは、香川製作所という会社。各地でお土産などを販売し、有名な製品を手がける、誰もが知る企業だった。最近では、子供から大人まで楽しめる遊園地のような施設を作ろうとしているらしい。剣都はそこに憧れ、絶対に入社したいと目を輝かせていた。採用のメールが届いた時は、本当に嬉しそうだった。

だからこそ、入社式の日に、彼がこんな姿で帰ってくるとは思ってもみなかった。

「誰がそんなことを言ったんだ?」

私の問いに、剣都は「社長の息子だっていう人」と絞り出すように答えた。彼が差し出した紙には、『中卒は帰れ』と書かれていた。私は怒りで手が震えた。剣都は続ける。追い出されても納得いかず、食い下がったら、逆上した相手に火のついたタバコを押し付けられそうになったと。間一髪で避けて、逃げ帰ってきたと言う。

私は孫に怪我をさせようとした男に、一刻も早く文句を言ってやろうとスマホを手に取った。

「ちょっと待って」

剣都が私を止める。

「俺が高校卒業していないのが悪いんだ。学歴がないのを嫌がる人がいるのは知ってるし、仕方ないんだよ」

「何を言ってるんだ。向こうが採用すると言ってきたんだぞ?入社当日に追い返すなど、あってはならん」

確かに、採用のメールは来ていた。面接だって、好印象だった。これは絶対に剣都のせいじゃない。私は彼に言った。

「お前は優秀な人間だ。お前が頑張ってきたことを、俺は知っている。こんな仕打ちが許されるはずがない」

私は会社を経営している。建物の部品や器具を扱う、小さな会社だ。半年ほど前、香川製作所から新施設のための取引の申し出があり、契約を結んでいた。剣都が憧れる会社ということもあり、快く引き受けた。だが、大事な孫を傷つけられて、このまま取引を続ける気にはなれなかった。

私はスマホを操作し、香川社長に電話をかけた。

「香川社長、150億の契約、キャンセルでお願いします」

電話の向こうで相手が驚きの声を上げる。私は続けた。

「社長の息子さんが、私の孫に大変なことをしたので、頭に来ています」

香川社長は「啓介がそんなことを言うとは思えない」と困惑していた。だが、私は彼に伝えた。入社式に来ていない社員がいたが、どうしたのか、と。私と孫の関係は伏せて。

十分後、香川社長から電話がかかってきた。謝罪の言葉を第一声に、息子が「中卒はいらないから追い返した」と認めたらしい。私は孫を連れて家に来ることを了承した。

三十分後、インターホンが鳴った。そこには、香川社長と、顔を真っ赤に腫らせた啓介という男が立っていた。社長に殴られたのだろう。私は彼を許す気はなかった。謝罪の言葉など、聞く耳を持たないと思っていたが、啓介は信じられないことを言い放った。

「まさか島社長のお孫さんだなんて思ってもおらず、学歴がないなんて嘘をつくんですから」

「何のことだ?剣都が嘘を言うはずがないだろう」

私は睨みつけた。剣都は確かにませて見えるが、二十歳以上には見えない。面接で中卒だと話したのは事実だ。嘘をつく理由がない。

香川社長も呆れた様子で、啓介を怒鳴りつける。

「お前は何を見ているんだ!」

しかし、啓介は続ける。

「だってこのご時世に高校にも入学しないって、頭が悪いに決まってるだろう」

「そんなことはない。家庭の事情で働かなくてはいけない人も、やりたい仕事があってすぐに就職したい人もいる。剣都君はうちの会社を気に入って入社してくれたんだぞ」

「なんか趣味が悪いっていうか」

私は我慢の限界だった。この男は、なぜ謝りに来たのか。自分の言葉が、どれだけ人を傷つけるか、まるで分かっていない。

「君は、ここに何しに来たんだ?無駄話を聞くために来たのなら、帰ってもらおう」

香川社長が「啓介、ちゃんと謝罪しろ」と怒鳴ると、啓介はようやく頭を下げた。

「申し訳ありませんでした。……橋島社長のお孫さんだなんて、本当に知らなかったんです」

私はさらに眉間にしわを寄せた。知らなかったことが、許す理由になるのか?

「俺の身内じゃなかったら、何をやってもいいと言うのか?」

「それは……」

「私はお前を評価していたんだぞ。若いのにしっかりしていると思っていた。ケトのいい先輩になってくれるんじゃないかと期待もしていた」

私の言葉に、啓介は「そんな風に思ってくれるなんて、俺ってすごいんですね」と、自信満々に笑い出した。香川社長は「調子に乗るな!」と怒鳴り、啓介の胸ぐらを掴んだ。

私は、被害届を出すべきだと思うと伝えた。怪我はしていないが、火のついたタバコを押し付けられそうになった。これは立派な暴行罪になる。そう伝えると、ようやく事の重大さを理解したのか、啓介は顔色を変えて「警察に言うのだけはやめてください」と叫んだ。

私は剣都に聞いた。

「被害届を出すかどうかは、お前が決めることだ。どうしたい?」

剣都は少し考えた後、ぽつりと言った。

「入社式から追い出されて、とても辛かった。タバコの火を押し付けられそうになって、怖かった。でも、一番悲しいのは、人に害を加える人が、俺が憧れていた、たくさんの人を喜ばせようとしている会社にいることだ」

その言葉に、啓介は気まずそうな顔をした。そして、香川社長が静かに言った。

「啓介は、首にする」

啓介は「なんでだよ!」と声を荒げたが、社長の決意は固かった。

「警察沙汰になったのだから、息子だからと言って容赦はしません。それに、今まで報告がなかっただけで、普段から社員を見下していた可能性もある。調べてみます」

香川社長はすぐに警察署に行こうと言い、啓介の腕を強く掴んだ。

剣都が出した被害届は受理され、啓介は罰金刑となった。私たちは弁護士に依頼し、慰謝料も請求した。そして、会社の調査で、彼が普段から社員をいじめていたことが判明し、即刻解雇された。

その後、啓介はどこにも雇ってもらえず、コンビニでアルバイトをしているらしいが、プライドが高く、客と喧嘩をして首になったという話も聞いた。香川社長は息子を家から追い出し、一切連絡を取っていないそうだ。

剣都は、無事に入社できた。私はあの契約を続行することにした。剣都は忙しいながらも毎日気合いを入れて働いている。私はこれからも、孫が頑張る姿を近くで見守っていきたい。

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