兄から「お前はもう家族じゃない。2度と実家にまたげると思うなよ」と言われた時、なぜか私はほっとしていた。31歳の独身男の私と妹は、兄夫婦のリフォーム費用2000万円の3分の1ずつを払えと言われた。貯金100万円しかない私に、兄嫁は「だから結婚できないのね」と笑った。でも、元暴走族の義弟が見積もり書を見て一言。「これ、かなりぼったくってるぜ」。私は新しい見積もりを持って実家に行ったが、兄たちは…

兄から「お前はもう家族じゃない。2度と実家にまたげると思うなよ」と言われた時、なぜか私はほっとしていた。31歳の独身男の私と妹は、兄夫婦のリフォーム費用2000万円の3分の1ずつを払えと言われた。貯金100万円しかない私に、兄嫁は「だから結婚できないのね」と笑った。でも、元暴走族の義弟が見積もり書を見て一言。「これ、かなりぼったくってるぜ」。私は新しい見積もりを持って実家に行ったが、兄たちは...

「お前たち、もうこの家に邪魔だ。出て行け」

兄のすぐるがそう言った時、僕はただ俯いていることしかできなかった。31歳、独身。上に5歳上の兄すぐる、下に2歳下の妹ゆみ。兄は親の期待を一心に背負って生まれた長男で、名前からして特別だった。しかしそのせいでわがままに育ち、今では完全な俺様男。兄嫁も似たようなタイプだった。

僕と妹はその他大勢扱い。特に僕は成績も良くなく、容姿も普通以下で気が弱かった。兄や母にいつも馬鹿にされ、兄嫁からも下に見られていた。結婚した兄夫婦が実家に同居することになった時、すぐるが僕と妹を追い出したのだ。

妹は彼氏と同棲することになって何とかやっていけた。しかし僕は安い給料から生活費全てを自分で出さなければならず、かなり焦った。実家時代は月3万入れていれば良かったのに、一人暮らしになるとアパート代、光熱費、食費でその3倍近く出ていく。これまで親に甘えていたんだなと反省しつつ、できる限り生活を切り詰めた。

幸い、会社には女性社員やパートのおばさんが多くて、一人暮らしを始めたと聞くと生活の知恵を色々教えてくれた。中には「よかったらお弁当作ってきましょうか」と言ってくれる女子社員もいて、単純な僕は一人暮らしも結構いいなと思うようになっていった。

あれから5年後、週末に実家へ来るようすぐるからメールが来た。当日行ってみると妹のゆみも呼ばれていた。リビングにはすぐる夫婦と4歳と2歳の子供たち、父さん、母さん、そして僕たち兄弟。総勢8人が顔を突き合わせた。

最初に義姉が口を開いた。

「私たちの子供も結構大きくなったでしょう。今はまだ私たち夫婦の部屋で寝てるんだけど、独立心を養うためには絶対個室が必要なのよね」

すぐるが言葉を継いだ。

「この家も結構年季が入ってきたし、部屋も少ない。だから今度リフォームすることにしたんだ」

僕とゆみは少し驚いたものの、別にいいんじゃないかと返した。するとすぐるが「賛成してくれるってことだな」と確認してきたので、僕もゆみも頷いた。すると義姉がニコニコしながら書類をテーブルに置いた。

「これ、リフォームの見積もり書。2人とも1/3ずつよろしくね」

「ええっ、僕たちも払うの?」

「嘘でしょ?私、お金なんかないよ」

2人同時に叫んでしまった。正直なところ僕は毎月1〜2万円程度貯金するのが精一杯で、貯金は100万円ちょい。ゆみも今度同性の相手と結婚することになって、その費用で貯金はほぼ0になったと言っていた。

それなのに、見積もり書の金額はなんと2000万円近く。3等分すると1人700万円近い負担になる。

「はあ?ここはお前たちの実家なんだぞ。払うのは当たり前だろうが」

すぐるが怒鳴った。母さんも「あんたたちの代わりにこの2人が私たちの面倒を見てくれてるんだよ。そのお礼として払うのは当然でしょうが」と僕たちを責めるような言い方をしてきた。

でも僕もゆみも断った。

「兄さん、悪いけどちょっと無理」

「私も払えない。てか払う気ない」

するとすぐるが大声で叫んだ。

「ゆみ、その態度は何だ?お前のせいで俺がどれだけ迷惑したと思ってんだ?金で詫びろ。この出来損ないが」

ゆみは高校生の頃、あまりに両親と兄から嫌がらせを受けていたため、ぐれて家に帰ってこなくなったことがある。2回ほど警察沙汰になったこともあって、我が家は一時近所から白い目で見られたのだ。でも、それは両親やすぐるのせいだ。ゆみもそう思っているから、何と言われようと強気だった。

「なんと言われようと私は払う気一切ないから。結婚でお金使っちゃうし」

すると今度は義姉が口を出してきた。

「あら、あの暴走族崩れと結婚するんだっけね。お似合いよ。でもね、この家の恥を晒すことになるんだから、そのお詫びってことで請求させてもらうわよ」

「はあ?そんなもん、元々あるわけないじゃん。ばっかじゃないの?」

そう言い捨てて、ゆみは出ていってしまった。

すると残された僕に集中攻撃が始まった。4歳の姪まで「おじちゃん、私、自分のお部屋欲しいな」なんてすり寄ってくる。でも本当に無理なんだ。

「貯金100万円くらいしかないし」

そう言うと、母さんが「何?あんた就職して10年近くになるのにそれしか持ってないの?すぐると大違いね」と言い、義姉も「やだ、悟る君ってどんな零細企業に勤めてるの?あはは、だから結婚できないのね」と笑った。そして見積もり書のコピーを僕に押し付け、「とにかく工事は来月からの予定だから、ちゃんと1/3請求させてもらうわよ」とニヤニヤしながら言った。

どうしよう。確かに実家が多少痛んできているのは分かる。でも僕と妹の部屋が空いているんだから、子供2人にはその部屋を当てればいいはず。それにこれからもずっと住む気なら、実際に住むすぐるや両親が払うのが筋だろう。すぐるは大企業勤務でかなり余裕のある生活をしているのが義姉や子供の服装からも分かる。それなのに僕やゆみにあんなに払わせようだなんて。

そんな思いを抱きながら色々考えているうちに、ふと思い出したことがある。会社の同僚が家を建て替えた時、30坪で2000万円くらいだったと言っていたのだ。実家も同じくらいだから、リフォームなら建て替えより安くなるはずじゃないか。よっぽど高級な材料を使うのか?

そこで僕は妹のゆみに電話し、すぐ彼らのアパートに行った。実はゆみの夫となる元暴走族の男性は現在塗装職人をしているので、見積もり書を見れば何か分かるのではと思ったのだ。

「なんだよこりゃ。こんなのまともじゃねえよ」

ゆみの彼氏、つまり近い将来の義弟は見積もり書をざっと見ると吐き捨てるように言った。

「いや、やっぱりおかしいかな」

その迫力にビビりながら聞いてみると、

「おかしいなんてもんじゃねえ。大体なんだよ、この塗料。こんな値段とかありえねえよ」

良く分からないが、塗料には何種類もあって耐久年数にも違いがあり、見積もり書に書かれているのはその中で最も耐久性が低く、つまり価格も安いものなのに、価格が異常に高く設定されているという。

「多分これ、かなりぼったくってるぜ」

やっぱりそうだったんだ。ということは、すぐるたちは騙されている。僕は適正価格を彼らに知ってもらおうと、将来の義弟に再度見積もりをお願いすることにした。

2日後には新しい見積もり書が完成した。実際に現場調査をしたわけじゃないから多少のずれはあるだろうと言われたが、それでもすぐる兄たちの見積もり書の半額以下で、1000万円もいかなかった。

僕はその見積もり書を持って実家に行った。そしてすぐる兄たちがもらった見積もり書がかなり水増しされたものだと訴えた。

しかしすぐるも義姉も、僕の持ってきた見積もり書に見向きもしなかった。

「あのクズ夫の見積もりなんか信用できるとでも思うのか?」

「そうよ。そんな連中に工事なんかやらせたら、どんな出来になるか分かったもんじゃないわ」

ものすごい反発だ。僕はあの義弟は口は悪いけれど仕事に真摯なのを知っていたから、絶対信用できる見積もりだと必死に説得しようとした。すると義姉が嫌みっぽく言った。

「じゃあ、そっちの見積もり書の方でやってもらってもいいけど、その場合は全額悟る君が負担しなさいよ」

なんでそんな話になるんだと思ったが、すぐるも義姉に賛成した。

「いいな、それ。ゆみが1000万も払わないって言ってたから、お前には俺たちがもらった見積もり書の半額、1000万円請求するつもりだったんだ。悟るの見積もりだと、もっと安いんだろ?じゃあそっちで頼むわ。お前の払いでさ」

ニタニタしている。ここで負けたら自分が全て被ぶらされると思った僕は、勇気を出して言った。

「ごめん、でも出せないよ」

するとすぐるが怒鳴った。

「勝手に見積もり持ってきておいて、その言い草かよ。どうしても払わないと言うなら、お前なんかもう家族じゃない。2度と実家にまたげると思うなよ」

そう言われた時、自分の心がすっと軽くなるのを感じた。正直僕は両親にもすぐるにも感謝された記憶しかない。それでも親だから兄弟だからという気持ちがあって、ずっと耐えてきた。でももう家族だと思わないというなら、こちらも心置きなく縁を切ることができる。

「分かった、すぐる兄さん。もう2度と会うことないと思うけど、元気でね」

それだけ言うと、僕は家を出た。

それから2週間後、実家のリフォーム工事が始まったようだ。将来の義弟がこっそり見に行ったらしく、「笑っちゃうくらい手抜きの工事だ」と言っていた。しかも見積もり書に書かれていた材料より質の悪いものを使っているらしく、「2年後を楽しみにしな。錆とかハゲとかすげえと思うぜ」と笑っていた。

しかし実際には2年ではなく1年後だった。わずか1年で外壁にはヒビが、鉄には錆やハゲが出てきたと、母親から泣きそうな声で電話が来たのだ。

「うん。ゆみの旦那もそうなるって言ってたよ」

そう教えてあげると、母親は「そんな…すぐるの嫁が進めた業者だから絶対安心だと思ってたのに」と絶望していた。

その後すぐにすぐる兄が電話口に出てきたので、僕はゆみの旦那が言っていたことを伝え、「残念だけど、すぐる兄さんたちは騙されたんだよ」と言った。

するとすぐる兄が叫んだ。

「う、嘘だ。そんなはずない。あの見積もり書を作成して工事もしたのは嫁の親戚なんだ。あの業者なら絶対安心だからって嫁が何度も言うから…。業者からも『かなり値引きしましたから』とか『どこよりも丁寧な工事をしますからね』って言われたんだ」

多分、水増し材料、ごまかし工事、手抜きはその工事業者はもちろん、義姉も関わっている可能性が高い。

「そ、そういえば工事代金を分割で振り込んだら、あいつやたらバッグだの服だの買って…」

つまり不正工事で得た利益を工事業者と義姉で山分けしたってことだろう。ショックを受けて無言になってしまったすぐる兄がさすがに気の毒になり、僕はこう慰めた。

「塗装とか防水工事の場合は保証期間っていうのがあるんだって。その期間内なら、工事保証書があれば無料で補修してくれるから安心して。工事の時、保証はもらったよね?」

「え、なんだそれ?知らない」

工事保証書は工事の前、契約の時にもらうのが普通で、工事終了後に請求しても出してくれない業者が結構あるらしい。すぐるはそれを聞くや、電話を放り出し、義姉を大声で呼んだ。

そして2人は怒鳴り合いを始めた。金を返せとか、出ていけとか、この嘘つきとか、叫び合っているのが聞こえた。そしてその日のうちに義姉は子供2人を連れて両親の元に帰ったそうだ。

あれから半年。今のところ2人はまだ離婚していない。お互いが慰謝料を要求しているし、すぐるはリフォームの賠償金も請求している。子供をどっちが引き取り、どっちが養育費を払うかも揉めており、それが決まるまで離婚できないという。おまけに工事業者からは毎日のようにリフォーム代金の残金を払えと電話が来ているようで、家族全員ノイローゼ気味らしい。

またボロボロの状態の実家は、ゆみの旦那が無償で補修しようと申し出てくれたものの、未だにくだらないプライドと偏見が消えないすぐる兄たちは断ったらしい。我が家族ながら本当に恥ずかしいよ。

僕の方は、一人暮らしを始めた頃に僕に弁当を作ると言ってくれた職場の女性と、結婚を前提にお付き合いをしている。お互い給料が安いから、中古の一軒家を買ってゆみの旦那にリフォームしてもらおうかなんて話しているところだ。

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