「おい、やめるってどういうことだ?」
出社直後、みんなが困惑の目で俺を見てくる中、同期の水島だけが唯一俺に話しかけてきた。
。
俺は身に覚えのない言葉に戸惑う。そこへやってきたのは部長の織田だ。得意げな顔をする織田を見て、俺は直感した。ああ、こいつが何かをしたんだ。
だったらその責任はきちんと取ってもらわなければ。
。
俺はこの状況を利用して、この男の正体を社員全員の前でさらそうと決めた。
俺の名前は斎藤。30歳の会社員だ。俺の出身地はかなり田舎で、近くに高校も少なく、進学先の選択肢がほとんどなかった。しかも近くにある高校の偏差値は平均よりかなり低い。優秀な同級生は下宿や長距離通学で県外の高校に通う者もいたが、うちにはそんな金銭的余裕はなかった。
仕方なく近くの高校に通ったが、やっぱり俺には合わず、結局俺は高校を中退した。通信制の高校に返入したいと両親に直価談パしたが、両親は世間定を気にして俺の存在を恥ずかしいと言い、通信性への返入は叶わなかった。
俺は勉強したいことがあったので、毎日のように図書館に通い、家ではインターネットで情報収集し、独学で勉強をする。昔から大工が夢だった俺は建築についての知識を蓄え、それに付随する知識もどんどん吸収していく。
俺は同級生が高校を卒業するまでには知識を蓄えたいと思っていたのだが、両親がいい顔をしていないことに気づき、俺は家を出た。なんとか土木事務所に住み込みで働かせてもらうことができた。
俺は仕事の合間にまた図書館に通う。それを知った社長が、俺の勉強になりそうな現場を積極的に回してくれるようになった。その後20歳になると社長が別の会社を紹介してくれ入社。それが今の会社だ。
中途入社だったが、俺と同じ時期に水島という同い年の者も入社した。鈴島は高卒で働いていて、紹介してもらってこの会社に来たという。同い年だったこともあり、俺たちは仲良くなった。
入社してからも俺は自分の研究にも時間を費やした。そしてついに、雨の日でも施工できる特殊な配合のコンクリートを生み出したのだ:
コンクリートはセメントと水の化学反応で固まる。雨水が入ると比率が崩れ、強度が弱まってしまう。だから雨が降ると現場作業ができないこれは俺が前の会社で現場作業員として働いていた時に、嫌というほど経験したことだ[音楽]これをなんとかできないかと研究を重ねた結果、特殊な配合のコンクリートを生み出した:
俺はすぐに特許を申請するこの研究は、仕事が終わってから図書館に通い、完全にプライベートな時間で進めたものだ会社の設備も資料も一切使わず、全て自分の金と時間で開発したから、この特許は俺個人のものだこれが認められれば業界にとって画期的な存在になる:雨が続けば工期が遅れ、遅延による損害が発生していたのに、その損害を考えなくて良くなるというのは、発注者にとっても受注者にとってもメリットしかない。
それから3年、ようやく特許申請が通った:
この3年間、何度も審査官からの指摘を受け、取り直し実験を繰り返した: 仕事が終わってから図書館に通い、休日も返上して研究を続けた日々: コンクリートの配合比率を0. 1%単位で調整し、雨水との反応を検証する: 失敗を重ねるたびに、やっぱり無理なのかと諦めそうになったが、現場で雨に泣かされた仲間たちの顔を思い出すと、手を止めるわけにはいかなかった: 試作品を作っては強度試験を行い、データを取る:その繰り返しを経てようやく認められたのだ:涙が出るほど嬉しかった。
それからしばらくして、俺は社長に呼び出された:何事かとヒヤヒヤしたのだが、俺の特許取得を知った社長が、それについて詳しく聞いてきたのだ: 社長とはほとんど話したことはなかったのだが、車内法などでどんな人物か大体想像はついている:社長は現場作業員出身で、今も現場の声を大切にする人だだがここ数年で会社は大きくなり、なんとなく今までとは違う雰囲気が車内には広がっている: 現場を知らない人たちが上に立つこともあるので、その辺りが原因でもあるのかと思う: ここは俺の想像だが、会社が大きくなり、社長の目の届かない部分がそれなりに出てきてしまっているのだろう。その頃人事移動があり、部長が変わった:
だという50代の人で、別の会社から来たという: やり手だと聞いていた通り、部下にも厳しく、どんどん仕事を進める人だ: 後で聞いた話だが、織田は前の会社で現場の反発を買って追い出されたらしい: それ以来、現場上がりの人間に異常な嫌悪感を持っているという噂だった: 特に学歴のない人間が評価されることが我慢ならないようだ: 部下の話は聞かないし、自分の思い通りにならないと機嫌を損ねるしかも、詳細を理解していないのに、さも分かったかのように振る舞う癖があった:
「その程度のこと、私には分かっている」
と言いながら、実は全く理解していないのだ: 俺は現場主義なので、現場のコストカットをしようとしていた織田に「ここはコストカットするべきではありません」と信言: 同じく現場上がりの同期の水島は頷いていたのだが、織田は聞く耳を持たなかった:
「私に意見するというのか?」
明らかに機嫌を損ねる: やりづらい会社になったなあと、俺と水島はため息をつく:
おかげで水島と飲みに行く機会が以前より増えた: 前はこんなことなかったのにな:
俺が飲みの席で愚水も同意する:
「本当だよ。現場を知らずにコストカットするなんてバカなんじゃないの?斎藤、お前あんなに頑張ってるのに、学歴だけで判断されるなんて可哀想だよな。」
水島は俺のことを本気で心配してくれている: この会社で唯一俺を理解してくれる仲間だ:
翌日、俺はまた社長に呼び出された:
「斎藤君、君にとあるプロジェクトを任せたい。ただこれは極秘案件だから、周りに知られないようにしてほしい。」
そんなことを言われ、俺は手に汗を握る: 極秘プロジェクト?俺が緊張と共に嬉しさが込み上げる:
このプロジェクトは、俺の取得した特許技術を世に広めるため、これを製造できる会社と手を組むというものだ: 社長は、特許技術を用いた新しい建設方法を、他者はもちろん[音楽]車内にも漏らさないように、このプロジェクトが軌道に乗るまで極秘にすることにしたそうだ:
社長に「誰か1人信頼できる人をパートナーとしてこのプロジェクトを進めて欲しい」と言われたので、俺は迷わず水島を指名した:
織田部長には内容は明かされず、「俺と水島が別のプロジェクトを始めるから、仕事量を減らすように」と社長から話が伝わった:だが織田はこれが面白くなかったようで、仕事量は減るどころか増える一方だ:
織田は社長からの指示を無視して、わざと締め切りギリギリの仕事を俺に回してくる:
「明日までに仕上げろ」
と夕方5時に資料を渡され、[音楽]徹夜を強いられることもあった: それも本来なら1週間かかる作業を1日でやれというのだ:無茶な要求に思わず顔をしかめると、織田は
「お前、中卒のくせに生意気だな」
と俺だけに聞こえるように嫌味を言う: 水島も同じように嫌味を言われていたようだが、大卒の織田からしてみれば、中卒の俺が特に目障りだったのだろう:
「俺は一流大学を出ているのに、中卒のお前が特別扱いか」
と鼻で笑ってくるのだ:水島は
「俺も高卒のくせにとか言われてるけど、斎藤の方が扱いがひどいよな。俺、部長に直接談パしようか」
と言ってくれたが、それで水島の立場が悪くなっても困る:
何より俺はこの社長肝入りのプロジェクトを成功させたいので、あまり波風を立てたくない:島は俺の意見に同意してくれ、「このプロジェクトを発表できるようになるまで何とか耐えよう」と2人で決めたのだ:
その後、数ヶ月に渡って俺と水島はプロジェクトを進めた:そしてついに契約が最終段階に入り、あと数日でプロジェクトを車内発表できるという段階に:
プロジェクトがついに発表できると決まった日の夜、俺と水島は久しぶりに居酒屋で酒をあげた:
「やっと報われるな。」
水島がジョッキを掲げ、俺もそれに答える: 気づくと、もう夜の10時を回っていた: 翌日も仕事だったので、俺たちは11時頃には店を出た:
俺が朝出社すると、車内の人間が俺に困惑の目を向けてきたのだ:
「おはようございます」
といつも通り挨拶をしたのに、帰ってくる挨拶はまばらだ: そこへどこへ行っていたのか水島が部署に戻ってきて、
「おい、やめるってどういうことだ」
と俺に言ってくる:え?何を言っているんだ?俺がこの段階でやめるわけないだろう:周りの社員も水島の声に反応し、困惑した目でこちらを見てくる:水島は俺の様子がおかしいと察したようで、
「お前、退職しますってメール一斉送信してたよな」
と声のトーンを落として聞いてきた:
そんなバカな:俺は即座に否定する:そのままパソコンをつけ、パスワードを入れ、メールソフトを立ち上げた: そこには取引先や部署内に向けて「退職します」というメールが一斉に送信されていたのだ:
「なんだよ、これ。」
俺は送信日時を確認する: 昨日の夜22時15分:俺は思わず水島と顔を見合わせた:この時間、俺たちは居酒屋で飲んでいた:
水島も頷く:そこへ部署のドアが開き、織田が入ってきた:
「部長、おはようございます」
と車内が戸惑いの色を残しながらも挨拶をする: 織田は俺を見つけると、こちらに向かってきた:
「お前、退職するんだってな。自主的に偉いぞ。」
と笑う:俺の目の前で得意な顔をする部長を見て、俺は直感した:ああ、こいつが何かをしたんだ:水島も同じことを思ったのだろう:水島は俺に小声で
「部長の仕業か。一戦を超えてきたな。」
と言ってきた:俺は小さく頷く:その時、社長が入ってきた:織田はそれに気づき、一早く
「社長、おはようございます」
と声をあげる:社長は車内の雰囲気に気づかず、「おはよう」と言ってからまっすぐこちらに向かってきた:そして、
「斎藤君、水島君、極秘の28億の特許契約は済んだか。」
と尋ねたのだ: 社長は、28億という大プロジェクトが締結目前だということに気が焦ったのだろう:俺を見つけた瞬間に、みんなの前で爆弾発言をした: 織田はそれを聞いて、
「28億?社長、それは一体何のことで?」
と慌てる:プロジェクトの車内発表をする日は決まったもののまだ発表はしてないから、周りは当惑した顔になっ[音楽]た: 社長の言う特許契約とは、俺と取引先との間で交わす予定のものだ:
特許は俺個人で取得したものだから、プロジェクトの契約とは別に、取引先と俺とで特許の使用料契約を結ばなければならない:そして実は昨日の夕方、この契約を済ませたのだが、俺は
「部長が、妨害しました。」
と感情のない声で報告した:実はこの特許契約、俺が今の会社に在職中にのみ有効な契約になっているのだ:水島も頷く:
織田は「おい、何のことだ」と俺を睨みつけるが、そんな織田を社長が睨みつけた:
「織田君、どういうことだ?」
織田はしどろもどろになり、
「えっと、こいつは退職すると取引先や部署内にメールを送っていて、今日は退職届けを出しに来たのかと。」
その瞬間、俺と水島は顔を見合わせ頷いた: 社長は「退職?」と大きな声を出す: そして社長は俺に向き直り、[音楽]
「斎藤君、君からも説明してくれ。退職するつもりだったのか。」
と言ってくる:俺は答えた:
「いえ、違います。確かに私のパソコンからメールが送られていたようですが、私の意思ではありません:織田部長、あなたがやったんですよね。」
そこで織田は
「俺がそんなことするはずないだろ。これだから中卒は。」
と馬鹿にしてきたが、水島がそれを遮った:
「これが送信されたのは昨日の夜:その時間、斎藤は僕と一緒に飲んでいたので、メールは送れません。」
水島が織田に向かってそう言うと、織田は開き直った:
「そんなの誰でもできる:メールの送信予約したんだろう:とにかく退職メールを送ったんだ:お前みたいな使えないやつ、さっさとやめろよ。」
社長がいる前でこんなことを言うのかと思ったが、その後すぐに織田は社長に向き直る:
「社長、こんなやつに大規模なプロジェクトなんて任せる必要はありません:それは私が引き継ぎます:必ずや成功させますので、ご安心ください。」
得意げな顔で言った:次の瞬間、
「ふざけるな」
という社長の怒鳴り声が響いた: ここにいる全員が手を止め、こちらを振り向いたほどだ: 社長は元現場作業員で、普段は温厚だが、理不尽なことには決して黙っていない人だ:との社長がこれほどまでに怒っているのを、俺は初めて見た:
「君は、斎藤君のような特許を持っているのか?そもそも斎藤君が特許を持っていることを知っていて、今回のプロジェクトがどんな内容かも把握しているのか。極秘プロジェクトだ:それはないはずだが。」
と問い詰める:織田は、
「え、こいつが特許?」
と当惑した顔をしている:そこへ水島が
「斎藤はここに入社してから、自力で研究した特許を持っています:現場上がりだからこそ考え出せた特許ですよ。」
と口を挟んだ:
「社長はその特許の力を是非貸してほしいと私が頼んだ:この特許を利用し、大手と28億もの契約を進めていたんだ:それを退職?そんな無責任なこと、斎藤君がするはずがないだろう。」
と怒鳴る:織田は「いや、でも」と口ごもった:
「俺はメールの送信予約なんてしていません:履歴を見れば分かりますよ:それから、もしも昨日の夜、誰かがこのパソコンから送信したのなら、防犯カメラを確認してもらえば済みますね:織田部長が映っていると思いますよ:それに私のパソコンを織田部長が勝手にログインしたのだとしたら、業務上の権限を逸脱した不正アクセスです:場合によっては不正アクセス禁止法にも該当しますし、少なくとも就業規則違反、業務妨害罪に問われます:犯罪ですよ。」
と念を押す:すると織田は一気に青ざめた:社長は
「そうか:その手があったか:今すぐ防犯カメラを確認しよう。」
と言って、警備室に連絡をする: そこでようやく真っ青になった織田が、
「申し訳ありませんでした。」
と社長に頭を下げた: 社長が織田を睨む:
「君がやったと認めるのか。」
と問い詰めると、織田は「はい」と認めた:社長は続ける:
「頭を下げるのは私ではないだろう:それにこの問題は、頭を下げたからと言って解決する問題ではない。」
周囲の社員たちは社長のあまりの迫力に息を詰め、室内は静まり返っている:織田は「あ、はい」と言ったものの、俺に頭は下げなかった:
俺は静寂を破り口を開く:
「織田部長、あなたの学歴が素晴らしいのは分かります:ですが、それが他人を貶しめる道具になるのはどうなんですか?学歴でしか人を見られない:それは部長としてふさわしくないと思います。」
水島も俺に続いた:
「社長から僕たちの仕事量を減らすように言われた時も、逆に増やしましたよね:そんなに僕たちが気に入らないですか?言っておきますが、斎藤は車内でもトップクラスの実力を持っているし、結果を出しています:それを学歴だけで判断するのは、ちょっとおかしいんじゃないですか?」
織田は不機嫌そうな表情を見せるが、社長の手前、俺たちに嫌味を言うこともできない:
「申し訳ない。」
と消えるような声を発するのが精一杯だったようだ:
その時、社長の元へ電話が入った:電話を切った社長は
「防犯カメラの映像を確認してもらった:入退室の記録からも、やはり君で間違いないな:相応の処分はさせてもらう:ひとまず、メールを送った取引先に織田君が訪問し、謝罪をしてきなさい:君の処分はそれからだ。」
と言うと、織田は「あ、はい」と青ざめた顔のまま出ていった:その後、取引先からも俺のところに連絡があり、「退職するというメールは誤送信だった」と説明した: 織田は何日もかけ、全ての取引先を回ったそうだ:まあ取引先での織田の態度はあまり良くなかったようで、日に油を注ぐ例もあり、取引先はさらに激怒:
「君は自分のやったことの謝罪すらまともにできんのか。」
と言われ、再び青ざめる織田の姿があった:
数日後、俺の特許を用いたプロジェクトが車内で発表された:社長は
「斎藤君の素晴らしい特許技術は、この業界を変えるだろう。」
と微笑んだ:
あのメール事件の後、織田は針のむ城だった:車内に入るたび、他の社員が織田を見てひそひそ話す:「ひどい上司だ」と他の部署にまで噂は広まった:
結局、織田は自主退職:最終日も逃げるように退出していった:
社長から
「織田を訴えることもできるが、どうするか。」
と聞かれたが、俺にはさほど被害もなかったし、会社に迷惑をかけるのも嫌で断ったのだ:
俺はプロジェクトの成功により、特許使用料も入るようになったし、特別ボーナスももらえた: 俺を支えてくれた水島ももちろん特別ボーナスをもらい、2人でいつもより少しランクの高い居酒屋で酒を飲んだ:
社長は今回のことをきっかけに、部下からの評価というのも気にするようになり、人事に大きな影響を及ぼした:その結果、車内は以前のようにいい雰囲気に戻ったのだ:社長からは
「君たち2人は我が社の救世主だ:これからも頑張ってくれ。」
と言ってもらい、俺も水島もより一層やる気を出した: プロジェクトも軌道に乗り、新たなコンクリート技術が世に広まり始めている:これからも人の役に立つ技術を、現場に届けていきたいと思っている:



