深夜2時、救命センターに緊急のサイレンが響き渡った。ストレッチャーに乗せられて運ばれてきたのは、爆発音のような衝撃とともに搬送されてきた高齢の男性だった。頭から流れた血が白いシーツを赤く染め、意識はなく、呼吸も浅い。交通事故で、横断歩道を渡っていたところを車にはねられ、頭を強く打ったという。脳の中で出血が起きている。一刻も早く開頭して、たまった血を取り除かなければ、この人は助からない。
俺は走り寄って患者の状態を確かめ、搬送表に手を伸ばした。そして、そこに書かれていた患者の名前を見て、手が止まった。くの字に曲がった、見慣れたあの名前。20年間、一度も忘れたことがなかった名前。それは、雪の夜に倒れていた俺の前にしゃがみ込み、「まだ助かる」と低くてぶっきらぼうな声で言ってくれた、あの人だった。
俺の名前は立花蒼太。32歳。大学病院の脳神経外科でメスを握っている。難しいと言われてきた手術をいくつもこなしてきて、同年代の医者の中では腕がいいと言われていた。だが、正直に言えば、この数年、少し疲れていた。朝から晩まで手術が続き、夜中に呼び出されてまた手術。気がつけば、目の前の命を「次の症例」として片付けていくだけの機械のようになりかけていた。
あの雪の夜から20年。俺は、俺を救ってくれたあの人のことを、いつの間にか心の奥にしまい込んでいた。1人前の医者になったら、胸を張って帰ろうと思っていた。だが、その基準はいつまでも自分の中で上がり続け、「まだだ、まだ顔向けできない」と言い聞かせているうちに、年月だけが過ぎ去っていった。そして、こんな形で再会することになるとは、あの頃の俺は思ってもみなかった。
看護師の「先生、早く処置を」という声が遠くに聞こえる。俺は搬送表を握りしめたまま、しばらく動けずにいた。くの字に曲がった名前は、間違いなくあの人だった。俺を拾ってくれた、育ての親。あの雪の夜、俺に「まだ助かる」と言ってくれた恩人。その人が今、命の瀬戸際にいる。
手術の準備を進める中、看護師長が俺に言った。「先生、この患者さんはお知り合いですか? でしたら、他の先生に任せた方がいいかもしれません。身内の手術は冷静さを欠くことがあると言われています」。確かに、その通りだった。もし手元が狂ったら、もし助けられなかったら、俺は一生立ち直れないかもしれない。それでも、俺は首を横に振った。「いや、俺がやる。この時間にこの病院で、この手術を一番うまくできるのは俺だ。他の誰かに任せて、もし助からなかったら、俺は一生後悔する」。
ほどなくして、タエさんが家族控え室に到着した。20年ぶりに見る彼女の姿は、髪がすっかり白くなり、背中も少し丸くなっていたが、あの優しい目は変わっていなかった。「蒼太君、あなた、蒼太君なの?」。タエさんは涙を流しながら、震える手で俺に触れた。「大きくなって、本当に大きくなったね」。俺は、「ご無沙汰してすみません」と言うことしかできなかった。そして、「俺が絶対に助けます。あの人が俺を諦めなかったように、今度は俺が絶対に、先生を諦めません」と約束した。
手術は想像以上に難しいものだった。普段なら何度もこなしてきた手術なのに、今夜は勝手が違う。手術台に横たわっているのは、ただの患者ではない。俺の命の恩人であり、育ての親なのだ。手が震えそうになる。「落ち着け、今お前は医者だ。息子じゃない。1人の医者として、目の前の命と向き合え」。俺は心の中で何度もそう言い聞かせた。
頭を強く打ったせいで、脳を包む膜の下に大量の血が溜まっていた。それを取り除き、出血している箇所を一つ一つ止めていく。繊細な作業の中、20年前の記憶が蘇る。診療所の消毒液の匂い、タエさんの温かいおかゆ、一緒に釣りに行った渓流、旅立ちの朝にバス停で小さく手を上げてくれた先生の姿。ごめんなさい、先生。本当に、ごめんなさい。俺は心の中で何度も謝りながら、メスを進めた。
手術が最大の山場を迎えた時だった。モニターの警告音が鳴り響き、血圧が急激に下がっていく。「先生、血圧が下がっています!」。どこかで新しい出血が始まっている。誰かが「一度止めた方が」と言うのを、俺は遮った。「止めない。まだだ。この人はまだ助かる」。あの雪の夜、先生が俺にかけてくれたあの言葉を、今度は俺が先生のために口にしていた。「助かると信じられる限り、手は止めん」。20年前、大雪の夜に老夫婦の一人を死守した先生の言葉が、頭の中に蘇った。
俺は神経を研ぎ澄ませ、見落としていた小さな血管からの出血を見つけ出し、確実に止めた。モニターの数値が徐々に持ち直していく。「心拍数、戻ってきました」。手術室に安堵の空気が流れた。全ての処置を終えて手術室を出た時、外はもう白み始めていた。タエさんが祈るように両手を組んで待っていた。「手術は成功しました。先生は助かります」。その瞬間、タエさんの張りつめていたものが一気に溢れ出し、声を上げて泣いた。「よかった。本当に、よかった」。
その後、タエさんから、知らなかったことをたくさん聞いた。先生は、俺が町を出てからずっと、新聞や雑誌に載った俺の記事を切り抜いて、ノートに貼ってくれていたらしい。「あの人は口では何も言わないけど、町の人に聞かれるといつも言ってたのよ。『あれはうちの息子だ』って」。俺は言葉を失った。連絡一つしなかったのに、ずっと見守ってくれていた。俺の歩みを、誇りに思ってくれていた。
そして、タエさんはもう一つの長く秘めてきた話を静かに語り始めた。「蒼太君、私たちにはね、昔、子供がいたの。剣っていう男の子。あなたと出会うよりずっと前。あの子は生まれつき体が弱くて、12歳の時に病気で亡くなったの」。12歳、俺が拾われたのと同じ年だった。「修三さんはお医者さんなのに、自分の息子の命を救えなかった。あの人ね、あれから人が変わったように仕事にのめり込んでいったのよ。もう二度と、目の前の命を見捨てたくないって」。
俺は、渓流で釣りをしながら先生がぽつりと言った言葉を思い出した。「お前を見つけた時、昔のある子のことを思い出したんだ」。あの「ある子」とは、剣くんだったのか。俺は、俺が知らないうちに、二人の深い悲しみの上に立っていた。けれど、タエさんは言った。「あなたが来てくれて、私たちは本当に救われたの。あなたは私たちにとって、もう一度戻ってきた家族そのものだったのよ」。
手術から4日目の朝、くの先生の意識が戻った。「蒼太、か」。先生は、かすれた声で確かにそう言った。「はい、先生。蒼太です」。俺が答えると、先生はゆっくりと、俺がくの字に握った手を、シだらけの手で握り返した。「たっく、もう二度と戻れないのかと思ってたぞ」。「はい、すみません」。「いい。…立派になったな、蒼太」。「おかげです」。「いいや、お前の力だ。よく頑張ったな」。その言葉を聞いた瞬間、俺はようやく、20年ぶりに帰ってこられたのだと実感した。それは、俺がずっと待っていた瞬間だった。
それから、くの先生は日に日に回復していった。ある休みの日、俺は20年ぶりに沢渡りの町を訪ねた。診療所は、あの頃とほとんど変わっていなかった。タエさんが俺を中へ招き入れ、古い棚の引き出しから、分厚いスクラップブックを何冊も取り出して見せてくれた。そこには、俺の記事が日付順に、丁寧に貼られていた。記事の脇には、先生の不器用な字で、「よくやった。無理をするな。立派になった」といった短いメモが添えられていた。その紙面に、俺はまた涙が溢れて止まらなかった。
最後のスクラップブックの一番後ろには、一通の封筒が挟んであった。封筒の中には、先生の字で手紙が書かれていた。そこには、こうあった。「蒼太。お前が街に出てから、随分立つ。元気にやっているか? お前のことだから、心配してはいない。ただ一つだけ、覚えておいてくれ。医者は技術ではない。目の前の命を最後まで諦めない心だ。いつかお前が、誰かにとっての『まだ助かる』になる日を、俺は待っている。修三」。俺はその手紙を胸に抱きしめ、目を閉じた。先生は、ずっと俺の帰りを待っていてくれたのだ。俺が自分の足で戻ってくる日を。
その夜、俺は先生とタエさんに向き合って座った。「先生、タエさん。俺、決めました。この診療所を継がせてください」。二人は驚いた顔をした。「何を言ってるんだ。お前は大学病院の立派な医者だろう。こんな田舎の診療所を継ぐなんて、もったいない」。「いいえ、俺の原点はここです。この町で先生の背中を見て、俺は医者になりたいと思ったんです。俺が本当に見たかったのは、顔の見える、名前のある患者さんだったんです。先生が教えてくれたみたいに」。長い沈黙の後、先生はふん、といつものように鼻を鳴らして言った。「勝手にしろ。ただし、いいか。患者を番号で呼ぶなよ。名前で呼べ。それができねえなら、辞めろ」。「はい。もちろんです」。俺は笑って頷いた。
それから3年が過ぎた。俺は今、沢渡りの町で、くの診療所の二代目の医者を務めている。大学病院を辞める時は、周りから「もったいない」と言われた。だが、俺は今の暮らしに心から満足している。「蒼太先生、今日もありがとうね」。診療所には今日も町の年寄りたちがやってくる。俺は一人ひとりの名前を呼んで、世間話に付き合いながら、丁寧に診察する。腰の痛み、血圧、眠れない夜のこと。大学病院では向き合う時間のなかった、小さくても、その人にとっては大切な訴え。患者の暮らしまで見えるようになって、ようやく、本当に医者をやれているんだなと実感する。
くの先生はすっかり現役を退いたが、体調のいい日は診察室の隅の古い椅子に座って、俺の診察を黙って見ている。時々、短く口を挟む。「そうだ、このじいさんには、毎回薬をちゃんと飲むように念を押せ」。「分かってますよ、お父さん」。そう呼ぶと、先生は決まって照れたようにそっぽを向く。それでも、まんざらでもなさそうなその横顔を見るのが、俺は好きだった。俺たちは今、二人で一人の医者をやっているようなものだ。先生の長年の経験と、俺の新しい技術。それが合わさって、この小さな診療所は、以前よりもずっと頼りになる場所になっていた。
先日の吹雪の夜のことだ。一人の若い母親が、高い熱を出した幼い男の子を抱えて診療所に駆け込んできた。夫はいない、女手一つで育てているという。俺はその子の名前をちゃんと呼んで、優しく診察した。幸い、ただの風邪をこじらせたものだった。「大丈夫ですよ。ただの風邪です。お母さんが不安そうな顔をしていると、この子も不安になります。ドンと構えていてください」。気づけば、それは昔、くの先生が若い母親にかけていた言葉と、そっくり同じだった。
窓の外には、また雪が降り始めていた。20年前、俺の人生を変えたあの雪と同じ、静かな雪だ。あの夜、雪は俺から全てを奪う冷たいものだった。だが今、同じ雪を見ても、俺の心は温かい。雪の向こうに必ず明りがあることを、俺は知っているからだ。胸ポケットには、今もあの聴診器が入っている。先生が旅立ちの夜にくれた、古い聴診器。何十年もたくさんの命の音を聞いてきた相棒だ。あの雪の夜、消えかけていた一つの命。誰にも必要とされないと思っていた一人の子供。その命が巡り巡って、今、別の誰かの命を繋いでいる。この診療所には、いつだって温かい明りが灯っている。その明りを絶やさないこと。それが、俺が先生から受け継いだ、何より大切な宝物なのだ。



