「あら、藤村さん、ゴーヤ苦手って言ってたでしょ。特別メニューよ。食べたら、さっさと帰ってくれない? さもなくば、あんたの家族丸ごと消してやるわ」…

「あら、藤村さん、ゴーヤ苦手って言ってたでしょ。特別メニューよ。食べたら、さっさと帰ってくれない? さもなくば、あんたの家族丸ごと消してやるわ」...

ママ友のランチ会。高級イタリアンの個室で、他のママたちにはコース料理が運ばれていく中、私の前に置かれたのは、たった一本のゴーヤ。生のまま、塩も胡椒も何もかかっていないゴーヤだった。

ボスママの矢島由亜が、満面の笑みで言い放った。「あら、藤村さん、ゴーヤ苦手って言ってたでしょ。特別メニューよ。食べたら、さっさと帰ってくれない?」そして、私の口にそれを無理やり押し込もうとした。怒りと屈辱で体が震えたが、私はそれを必死に抑え、背筋を伸ばしたまま微笑みを返した。翌日、藤村会の本部で再会した時の、血の気が引いた彼女の顔を思い出すと、今でも溜飲が下がる。それは、私の知られたくない「もう一つの顔」が、表に出た瞬間だった。

私、藤村あみ、37歳。表向きは普通の主婦で、夫の慎二と中学2年生の娘・美咲と平穏な日々を送っている。PTAや子供会の活動にも積極的に参加する、料理上手な模範的な主婦。それが私の表の顔だ。でも、家族以外に私の本当の職業を知る者はいない。慎二は家では穏やかな夫だが、外に出れば誰もが名を聞くだけで震えるような存在。そんな彼と出会って15年、今では私も「レディ組長」として組員たちを束ねる立場にある。漆黒の着物に身を包み、感情を表に出さず、どんな修羅場でも一歩も引かない。それが、私の裏の顔だ。

そんな平和な日常に、影を落とす存在が現れた。半年前に引っ越してきた矢島由亜。夫は地元企業の役員で、息子の達也君は娘の美咲と同級生。初対面の挨拶から、嫌な女だと思った。「私の父は関西の組織で有名な人なの。何かあったら言ってね」と、相手を見下すような冷たい目で自己紹介してきた。あっという間に彼女を中心としたママ友グループが形成され、私もその輪に強制的に組み込まれた。

集まりのたびに、由亜は私に嫌味を言ってくる。「あみさんのケーキ、しっかりしてて食べ応えあるわね。手作りって、やっぱり素朴な感じがするのね」「今日の服、すごく個性的ね。もしかして、お得に見つけたのかしら? ちょっとレトロ感あるわ」他のママたちは苦笑いするだけで、誰もかばってくれない。先月のバザーでは、私の手作りケーキの味を「スーパー以下」と切り捨てた。運動会では、転んだ娘のことを笑った。それでも私は、表の顔を守るために、ただ微笑み続けるしかなかった。

「あみさん、明日のランチ会、いらしてね。素敵なイタリアンよ。みんなで予約したの。あみさんも来るでしょ?」

電話の向こうの、圧のある声。それは挑発でしかなかった。行きたくない、と思いながら、私は返事をしていた。台所で夕食の準備をしていた手は、包丁を強く握りしめていた。

「お帰り、大丈夫? 何か、思い詰めた顔してるよ」

帰宅した慎二が、心配そうに私を見た。彼は私の二つの顔を理解し、常に支えてくれる存在だ。

「また、由亜さんからお誘いが」

「無理して行かなくてもいいんじゃないか」

「他のママ友たちとの関係もあるし、行ってくるわ」

「気をつけろよ」

彼はそれだけ言って、私の肩に手を置いた。どんな状況でも、私が最適な判断ができることを知っているからだ。

「ママ、明日のランチ会、達也君も来るの?」美咲が不安そうに尋ねた。達也君は学校でも問題を起こす子供らしく、美咲も何度か嫌な思いをさせられたようだ。

「大丈夫よ。ママ友だけの会だから」

娘にこれ以上の影響が出ないよう、この問題は早く解決しなければならない。私は心の中でそう決意した。

翌日。指定されたのは、この街で一、二を争う高級イタリアンレストランだった。個室に通されると、すでに由亜と5人のママ友たちが座っていた。皆、緊張した面持ちで、私に申し訳なさそうな目を向けている。何かが起きる。私の背筋を、その予感が走った。

普段の私なら、こんな場所には足を踏み入れない。危険を察知する能力は、組長として生きてきた本能だ。しかし、私は今日、彼女の罠にあえて飛び込むことにした。穏やかな主婦の仮面を被ったまま。

他のママたちがテーブルに着席する中、私だけが離れた席へ案内された。その時点で違和感はあったが、私は社交辞令として従うしかなかった。季節の花が活けられ、ワイングラスが柔らかな光を反射している。白いテーブルクロスに、繊細な刺繍が施されたナプキンと銀の食器。一見すると、優雅なランチ会の風景だ。

「今日は皆さん、集まっていただきありがとうございます」

由亜がワイングラスを高く掲げ、微笑んだ。他のママたちは彼女を中心に絵を描くように座り、私だけがその輪の外。乾杯の音が響くと、まるで私だけが違う世界にいるようだった。

「さあ、お料理が来るわよ」

由亜の合図で、白い制服を着たウェイターたちが料理を運んできた。最初に運ばれてきたのは前菜。特製エビのカルパッチョ。トリュフオイルとレモンのアクセントが効いた一品らしい。透き通るように薄くスライスされたエビは宝石のように輝き、色とりどりの野菜のピューレが添えられている。皆の前に次々と配られていき、最後に私の前に皿が置かれた。

「そして、藤村様には…特別メニューです」

ウェイターは、少し戸惑ったような表情を浮かべながら、私の前に皿を置いた。その瞬間、場の空気が凍りついた。皿の上に横たわっていたのは、たった一本の生のゴーヤ。塩も胡椒も何もかけられていない、ただのゴーヤ。特徴的な濃い緑色と凹凸のある表面が、白い高級な皿の上で異様に浮かび上がっている。

「あら、藤村さんがゴーヤ苦手だって言ってたでしょ。特別メニューよ」

由亜は、嬉々として笑った。あの日、何気なく話した私の冗談を、彼女は覚えていたのだ。

「でも、これはちょっと…」1人のママ友が、小さな声で抗議した。

「何か問題でも?」由亜の声のトーンが、急に冷たくなった。その視線は、彼女を射抜くように鋭い。周りのママたちの目には、恐怖と無力感が浮かんでいた。誰も、彼女に本気で逆らえない。

「これはないわよ、あみさんだけひどいじゃない」別のママ友が、勇気を振り絞って口を開いた。だが、次の瞬間、信じられないことが起こった。

パチンッ!

鋭い音が響き渡り、そのママ友は頬を押さえてうつむいた。由亜は、平然とした顔で手を振り下ろした。

「黙りなさい。私のパパは総流会のボスよ。あなたたちに、何ができるっていうの?」

総流会。誰もが知っている暴力団の名前だった。彼女がこれほどまでに横暴に振る舞える理由は、それで説明がついた。ウェイターたちも、恐怖と諦めの表情で固まっている。彼らは由亜の素性を知っていて、この理不尽な要求に応じざるを得なかったのだ。

私は背筋を伸ばし、表情を平静に保ったまま、ゆっくりと立ち上がった。心臓は早鐘を打っていたが、それを外に漏らすまいと必死だった。

「失礼します」

私はそう言って、静かに席を立とうとした。

「腰抜け。逃げるの?」由亜の声には、怒りが満ちていた。「私のパパを知らないの。あなたの家族にも、迷惑かけられるわよ」

彼女はそう脅しながら、素早く席を立ち、私の腕を強く掴んだ。爪が食い込むほど強い力だった。

「食べなさいよ。特別に用意したんだから」

由亜は、ゴーヤを私の口元に無理やり押し付けた。反射的に少し口が開き、部分が口の中に入る。瞬間、吐き気を催すような強烈な苦みが口いっぱいに広がった。胃がひっくり返りそうになる。

しかし、私は表情を変えなかった。感情を出すことは、彼女に勝利を与えることになる。ゆっくりと私はハンドバッグを取り、由亜の手を振り払った。口の中のゴーヤを、静かに白いナプキンに吐き出し、丁寧に包んでテーブルに置いた。

「皆さん、お元気で」

私はそう言って、背筋を伸ばしたまま、部屋を出た。背後から、由亜の怒声が聞こえてくる。

「あみさん、戻りなさい! 話はまだ終わってないわよ!」

エレベーターに乗り、レストランを出る。外の空気が、異常に冷たく感じられた。春だというのに、体が震えている。それは、怒りと屈辱から来る震えだった。家に着くなり、洗面所に直行し、何度も何度もうがいをした。歯を磨いても、苦みは舌の上に残り続けた。あれは単なる味覚ではなく、心に刻まれた屈辱の記憶だった。

鏡に映る自分の顔。普段は穏やかな主婦の顔だが、今は何か別の表情が浮かんでいる。冷酷さ、決意、そして何よりも復讐心。

「あの女、許せない」

私は心の中で硬く誓った。由亜が何者かは分かった。総流会のボスの娘。だが、彼女は私のことを何も知らない。私が何を隠して生きてきたのかを。

夕食の準備をしながらも、心は別の場所にあった。あの屈辱、あの苦み、そして由亜の傲慢な笑顔。ただの主婦として、黙って耐えるべきなのか。いや、違う。

夜、夫が帰宅した時、私はすでに覚悟を決めていた。

「お帰りなさい」

「…どうしたんだ?」

慎二は、いつもの私の表情に何かを感じ取ったようだ。彼は、藤村会の若頭。組織の頂点に立つ男だ。

「明日、仕事で出かけるわ」

「気をつけろよ」

彼はそれだけ言って、私の肩に手を置いた。たった一言。それで全部が通じ合う。それが、私たちの関係だった。

翌日、私は藤村会の本部に由亜を呼び出した。

「組長、総流会の娘さんと名乗る方がいらっしゃいました」

部下の葛西から、そう報告が入る。

由亜は、不安そうな表情で高級な和室に通されていた。そこには、総流会の幹部たちも集まっていた。彼らの顔には、緊張感が走っている。藤村会の本部に呼び出されることの意味を、彼らは痛いほど理解しているからだ。

「お久しぶりね、由亜さん」

私は、漆黒の着物に家紋の入った羽織りを身につけ、髪をきっちりと結い上げた姿で現れた。昨日までの主婦の姿は、どこにもない。

「えっ…あみさん? なぜあなたが…?」

由亜の目は、信じられないものを見るように見開かれている。

「紹介するわ。私は藤村会レディース組長、藤村あみ。あなたのお父様や、総流会の皆さんは、うちの組織に頭が上がらない関係よ」

由亜の顔から、血の気が引いていく。総流会の幹部たちは、一斉に深く頭を下げた。

「昨日はご馳走さま。特に、あなたが無理やり食べさせてくれたゴーヤ。なかなか、忘れられない味だったわ」

私の声は穏やかだったが、その場の空気が一気に張り詰めた。驚きに目を見開く由亜の横で、総流会の幹部たちは硬い表情で彼女を睨んでいる。

「あなたの父親も、幹部たちも、私には頭を下げている。つまり、あなたは誰にも守られていないってこと」

その言葉に、由亜の顔から血の気が引いていく。事の重大さを悟った由亜の父親は、土下座を始めた。

「あなたが何をしたのか、話してもらおうかしら」

私の一言で、由亜は震え始めた。

「申し訳ありません…」

「他にも、ママ友に立て替えさせてるガソリン代や電気代も、返済しないままだったそうね。迷惑料や慰謝料も含めて、総額で1億円。支払うか、それとも…」

私はテーブルの上に、小さな箱を置いた。箱を開けると、中には刃物と白い布が用意されている。由亜は青ざめた顔で震えている。彼女の父親も、脂汗を流している。

「この箱が何を意味するか、理解していると思うわ。3日以内に用意しなさい。支払いが滞れば、あなたの指一本では済まないでしょうね」

総流会の幹部たちも、黙って頭を下げている。1週間後、私は再び彼女を呼び出し、ママ友たちへの返済を執り行うことにした。私は立ち上がり、羽織りの袖を軽く払った。

「もし支払えないようなら、別の方法で返済してもらうことになるわ。遠い海の向こうで働いてもらうことになるかもしれないわね」

私の言葉の意味を理解した由亜の顔からは、さらに血の気が引いていった。

1週間後。高級料亭の一室には、かつて由亜に被害を受けたママ友たちが集められていた。彼女たちの表情には、不安と緊張が滲んでいる。

「皆さん、今日はお集まりいただきありがとう」

私は、あくまで穏やかな笑顔を見せた。だが、部屋の隅には藤村会の女性組員たちが静かに控えている。これは、ただのママ友会ではない。

「今日は、特別なお客様がいらっしゃるの」

扉が開くと、由亜とその父親が姿を現した。由亜の顔色は蒼白で、目の下には濃いクマがある。完全に別人のようだった。

「由亜さん、皆さんに言うことがあるのでは?」

由亜は震える手で封筒を差し出し、深く頭を下げた。

「これまで、本当に申し訳ありませんでした。こちらは、皆様からお借りしたお金…そして、慰謝料です」

封筒の中には、借金、迷惑料、嫌がらせに対する保障を含めた数千万円が入っていた。だが、それは私が提示した額のほんの一部に過ぎない。

「由亜さん、残りは?」

由亜は目を伏せ、別の封筒を差し出す。それでも足りない。

「この場で指を詰めさせることも考えたけれど、今日はママ友会だから、特別に免除してあげる」

その瞬間、由亜は安堵の表情を浮かべたが、私は言葉を続けた。

「その代わり、残り1億円、きっちり払ってもらうわ。支払いができないなら、こちらが用意した仕事についてもらう。少し危ないけれど、逃げなければ関西は可能よ」

由亜の父親は、脂汗を浮かべながら深く頭を下げた。

「総流会としても、娘が逃げたり支払いを拒むことがないよう、監視と管理を徹底いたします」

私は静かに頷いた。本家である藤村会への服従を示すため、総流会もこの命令に逆らえない。由亜は、その日から裏の仕事につき、監視付きで働くこととなった。

あれから半年後。

「組長、あの件の後始末が終わりました」

葛西が、分厚い封筒を私の前に置いた。中には現金と書類が入っている。

「由亜からの借金は、全額回収しました。彼女は香港の保養所へ送られ、借金返済のために働いています。最初は遠洋漁業の船に乗せる予定でしたが、彼女自身が別の道を選びました。ある種の接客業です」

私は目を閉じた。自業自得とはいえ、女として同情する気持ちもある。しかし、あの日のゴーヤの苦みと屈辱を思い出せば、因果応報以外の何者でもない。

「そこでの生活は、かなり厳しいようです。すでに2度ほど逃亡を試みたようですが…」

「それ以上の説明は、いい」

葛西が言葉を濁す。事故の可能性は、かなり高いだろう。あの業界では。

「保険は万全です。何かあれば、残りの借金は全て保険で精算される手はずになっています」

「…そう」

由亜の夫と子供は、北海道の小さな町に引っ越した。夫は地元の工場で働き始め、子供も転校している。罪のない家族まで巻き込むつもりはなかったが、これが彼女の選んだ道の末路だった。

「これが、回収した金額の明細です。ママ友たちへの分配額も、計算してあります」

翌日、私はママ友たちを自宅に招いた。普段着の私には、藤村会レディース組長の面影はない。

「皆さん、これを受け取ってください」

1人1人に封筒を手渡す。中には、現金と明細書が入っている。封筒を開けたママ友は、驚きの声をあげた。

「これは…?」

「由亜さんが集めていたお金です。彼女のご家族が、返済してくれました」

「でも、これは私が払った金額より多いわ…」

「利息と、精神的苦痛への保証です」

「あみさん、あなたが…?」

「私は何もしていません。ただの主婦ですから」

私は微笑み、湯呑みに緑茶を注いだ。こうして回収した金は、被害にあったママ友たちに分配され、平和な日常が戻ってきた。

「あみさん、あの後、どうなったの?」ママ友が、恐る恐る尋ねる日もあった。

「ご心配なく。もう、彼女に会うことはないでしょう」

私は穏やかに微笑むだけだった。力を持つということは、それだけ責任も伴うもの。私は娘を見つめながら、2度とこのような報復が必要のない世界を願った。2つの顔を持つ私だからこそ、平和の尊さを知っている。娘には、普通の幸せな人生を送ってほしい。それが、私の本当の願いなのだから。

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