電話の向こうで、幼い頃からずっと一緒にいた親友の死を知らされた。嘘だろ。昨日も元気に話したばかりなのに。事故だったらしい。葬式の準備をしていると、親族たちが遺産の話ばかりしているのが聞こえてきた。あいつがどれだけ子供たちを愛していたか、誰も考えていない。
通夜の最中、見知らぬ男性が近づいてきた。かずの弁護士だと名乗り、遺言書を手渡された。そこにはこう書かれていた。「り子とまこを頼む。俺の代わりに2人を守ってくれ」
かずの双子の娘たちを、俺が引き取れというのか。子供の育て方なんて何も知らないのに。遺産を狙う親族たちは「施設に入れればいい」と冷たく言い放つ。かずの想いを無視したその言葉に、俺は怒りを覚えた。た1人の子供すら育てたことがない俺に、何ができるというのか。
ああ、でもかずがどれだけ娘たちを大切にしていたか、俺は知っている。あいつが誰よりも信頼していたのが、俺だったってことも
葬式から数日後、気になって施設に足を運んだ。こんにちは。俺は君たちのパパの友達だよ」そう話しかけると、2人は不安そうな目で俺を見つめる。「パパ、どこ? 」というその言葉に、胸が締め付けられた。
パパは君たちのことが世界で一番大事だったんだ。だから俺が君たちを守りたいんだよ」そう言った時、何かが心の中で固まった。覚悟が決まったわけじゃない。かずの遺言に従ったわけでもない。ただ、あの子たちを笑顔にしたかった。その日から、俺は施設に通い続けたかずの娘だからという理由ではなく、ただ純粋に、あの子たちのことが気になって仕方なかった。彼女たちが新しい環境に馴染めず、夜中に泣いていると聞いて、俺の中で何かが動き出した。
「あの子たちを引き取ることって、できますか? 」言葉が、勝手に口から出ていた。
準備は手探りだった。子供部屋にするために旅館の一室を片付け、ホームセンターで布団や机、ぬいぐるみを買い揃えた。何が正解か分からないまま、ただ彼女たちが喜ぶ顔を想像しながら、必要なものを集めた。
迎えに行った日、まこは「ここお家じゃない。パパとママのとこに帰りたい」と泣き出した。りこはそんなまこを必死に慰めていた。「大丈夫。ここは安心できる場所だよ」そう言い聞かせながら、2人がこの場所を少しずつ「家」と思ってくれるまで、時間をかけるしかなかった。
夜中に泣き出した時は、こう言ってやった「怖い夢を見たら、俺がすぐに追い払ってやるからな。俺は絶対に君たちを1人にしない」
福祉事務所の山口さんの訪問もあった。彼女は俺の不安な気持ちを、いつも優しく受け止めてくれた。「双子ちゃんたちは、少しずつ心を開いていますよ」「あなたは十分やっています」そう言ってもらえるたびに、迷いながらもこの道を選んで良かったと思えた。
ある日、絵本を読んでやると、2人が初めて笑った。その笑顔を見た瞬間、俺の中で何かが確信に変わった。育児のない自分に自信が持てなかった俺が、「お父さん」と呼ばれる日が来るなんて、想像もしていなかった。
「お父さんが作ったの? 」りこが朝食を見て言った。「修三おじさんは私たちの味方なんでしょ。だからお父さんなんだよね」まこが頷く。そうか。俺は今、この子たちの父親になったんだな。
不器用ながらも、少しずつ父親になっていった。玉ねぎが食べられないまこのために煮込んだり、走り回るりこに転ばないように注意したり、学校の初日は2人の帰りを心配しながら待っていた。「ただいま」その言葉に、今日も無事に帰ってきたという安心感が込み上げた。学校で楽しかったと話す2人の顔は、日に日に明るくなっていった。
家族での初めての旅行にも行った。温泉に入り、景色を眺め、名物のおにぎりを食べた。「また旅行しようね」と2人がはしゃぐ姿を見て、かずが遺してくれたものは、こんなにも大きな幸せなんだと実感した。
成長するにつれて、悩みも増えた。りこは明るく社交的だが、まこは内向的で友達を作るのが苦手だ。山口さんに相談すると、「双子でも性格は違います。まこちゃんのペースを尊重して、見守ってあげてください」と言われた。完璧な子育てなんてない。そう言われて、少しだけ肩の力が抜けた。
確かに、2人の笑顔は日々増えている。それは俺がちゃんとやれている証拠なのだろう
地域の夏祭りにも連れて行った。金魚すくいに射的、かき氷り。キラキラと目を輝かせる2人は、すっかり明るい女の子に育っていた。「また来年も来ような」「うん、絶対また来る」
旅館の手伝いも始めた。「いらっしゃいませ」とにこやかにお客さんを迎えるり子は、評判も上々だ。まこは板場でお皿を並べ、丁寧に掃除をするようになった」。看板娘ね」と褒められるたびに、誇らしい気持ちでいっぱいになった
反抗期もあった。宿題を後回しにするり子に注意すると、「本当の親でもないくせに」と言われてしまった。確かに、俺は実の親ではない。言葉に詰まる俺を見て、まこが不安そうにり子を見つめる。「どうしてそんなこと言うの?

」り子の言葉に、まこが反論する。そのやりとりを見て、俺は言い方を間違えたことに気づいた。「君たちのことが心配なんだ。それだけだ」そう伝えると、2人とも黙って頷いた。
言葉に出して話し合うことの大切さを、この子たちは教えてくれる。
そんなある日、山口さんに改めて思ったことを伝えた。「あなたといると、心が安らぐんです」彼女も同じだと言ってくれた。俺たちは、いいチームかもしれない。「最高のチームですよ」笑顔で返してくれる彼女と、この先も一緒にいられたら──そう考えるようになった。
夕食の席で、2人に将来のことを聞いた「私は旅館を継ぎたい。お父さんみたいにみんなを笑顔にしたい」り子が力強く言う。「私はもっと勉強したい。知らないことを知って、遠くの世界を見てみたい」まこが控えめに、しかししっかりとした口調で言う。2人とも、しっかり自分の夢を持っているんだな。「どんな夢でも、俺は全力で応援するからな」そう約束した佐2人の目が、希望に輝いた。
施設から引き取って初めての誕生日、俺は2人にサプライズを用意した。ケーキの前で、山口さんに告げる。「山口さん、これからは俺たちの家族として一緒にいて欲しい」彼女は驚いた表情を浮かべた後、涙を浮かべて頷いた。「私も、みんなとずっと一緒にいたい」4人の家族が、ここに誕生した
それから10年後、旅館は相変わらず賑わっていた。り子は看板娘としてお客さんを笑顔にし、まこは裏方から厨房まで、縁の下の力持ちとして丁寧に働いていた。「お父さん、お客様みんな喜んでくれたよ」報告してくれる2人の顔は、かつて施設で見せていた不安げな表情とは、まったく違うものになっていたろう
そして今、2人が改まって俺とより子さんに話しかけてきた「お父さんとお母さんがいてくれたから、私たちここまで来れたの」「お父さんが迎えてくれなかったら、こんな幸せになれなかった」「家族で支え合うって、こういうことなんだろうな」2人の感謝の言葉に、俺は目頭が熱くなった。「2人がいたから、俺たちも人として成長できたんだ」そう返すと、2人はいつもの笑顔を見せた
夜、俺は1人で庭に出たかずの墓前に、心の中で語りかける。「かず、見てくれているか。お前の娘たちは、立派に成長してるよ明るくて元気で、旅館の看板娘としてみんなに愛されてる。まこはうち木だけど、真の強い子だ」。お前の遺言を受け、俺なりに精一杯やってきたよ。失敗もたくさんあった。でも、こんなに豊かな人生を歩めているのは、お前のおかげだ」だから、ありがとうな。俺は幸せだよ
旅館のリニューアル計画も、家族会議で決まった。庭の整備、季節の飾り、新しい宿泊プラン、看板のデザイン、そして制服。「みんなで素敵な場所にしよう」そう言うと、2人もより子さんも「うん、みんなで頑張ろう」と頷いてくれた。家族全員で、同じ方向を向いている実感が、何より幸せだった
かず、これからも俺たちを見守っていてくれ。いずれ俺もそっちに行くからさ。その時は、また語り合おうな


