合コンで10年ぶりに会った元カノは、あの頃よりもずっと綺麗になって、俺のことを「田村君」と呼んだ。席の前では、木島に「お前みたいな何の取り柄もない母子家庭育ちの男を好きになる女がいるのか」と笑われた。彼女はそんな俺に、昔一緒に覚えたモールス信号を机で打ってきた。「2人きりになりたい」。黙ってついていった先のカフェで、彼女は言った。「あのね、私、まだ君のことが好きなの」。10年前、彼女に「住む…

合コンで10年ぶりに会った元カノは、あの頃よりもずっと綺麗になって、俺のことを「田村君」と呼んだ。席の前では、木島に「お前みたいな何の取り柄もない母子家庭育ちの男を好きになる女がいるのか」と笑われた。彼女はそんな俺に、昔一緒に覚えたモールス信号を机で打ってきた。「2人きりになりたい」。黙ってついていった先のカフェで、彼女は言った。「あのね、私、まだ君のことが好きなの」。10年前、彼女に「住む...

最終面接の部屋に足を踏み入れた瞬間、俺は息を呑んだ。そこにいたのは、5年前に別れた元カノ、篠崎遥だった。幼馴染みで、高校から大学4年まで付き合っていた相手だ。美人で、一流企業の社長令嬢で、成績優秀で、運動神経抜群で、生徒会長まで務めていた。そんな彼女と、何の取り柄もない平凡な俺が、なぜ付き合えていたのか。周りからは何度も「釣り合わない」と言われたけれど、その度にはるかが言い返してくれた。「成績とか運動神経とか、そんなの関係ないでしょう。私は匠と一緒にいる時間が楽しいの」。

7年間付き合っていたのだから、名前や顔を見れば分かるはずなのに、はるかは俺を一瞥しただけで、淡々と面接を進めた。「こんにちは、織川匠さん。どうぞ座ってください」。俺は言われるままに椅子に座った。最初のうちは、復習してきた模範回答をハキハキと伝え、面談は順調に進んでいた。ところが、突然質問の方向性が変わった。「現在ニュースで話題になっている宇宙開発のためのシステム開発チームの責任者の名前を答えてください」。そんな質問、この会社の勤務に何の関係があるんだ。対策なんて何もしていない。俺が戸惑っていると、はるかはクスクスと笑った。「こんな簡単な質問にも答えられませんか?」。まるで一問一答のテストが始まったようだった。続いて、税制の業務を短縮できる画期的なシステムの開発チームの人数を聞かれ、次に社長の名前を聞かれた。これは流石に答えられたが、はるかは目を細めて言った。「さすがにこれくらいは分かりましたか」。そして、面接の最後に、冷ややかな瞳で俺を見て言い放った。「最後に私を振った理由を答えなさい」。俺は黙り込む。答えるべきか、黙るべきか。素直に話してしまおうかとも思ったが、結局何も言えなかった。「まあ、言えないわよね」。はるかはため息をついて、こう言い渡した。「あんたみたいな無能、採用するわけないでしょ」。

その言葉に、俺は直感した。落ちた、と。せっかく5年間、死に物狂いで頑張って積み上げてきたキャリアで、新卒時の学歴では絶対に手が届かなかったこの会社の最終面接まで来たのに。ただ馬鹿にされて終わった。俺はそう思い、重い足取りで会社を後にした。

ところが、一週間後、俺の元に届いたのは、あろうことか採用通知だった。「この度は、採用が内定しましたのでご通知申し上げます」。そして、出社した俺を出迎えたのは、はるかだった。「本日から、私があなたの教育係を務めさせていただきます」「なんでお前が」。はるかは人事の責任者でもあった。「私は人事の責任者です。あなたに仕事の仕方を教えるのは当然の責務ですが、疑問がありますか?」。俺は、彼女からの嫌がらせが続くだろうと覚悟を決めた。振った俺が悪いのだから、耐えるしかない。そう思って、最初の数日は案外平穏に過ぎていった。

入社から数日が経ち、俺がようやく一人で仕事をこなせるようになった頃、はるかが俺のテーブルに大量の書類をドンと置いた。「これ、今日中に終わらせておいてくださいね」。定時では絶対に終わらない量だった。彼女の表情を見る限り、分かって持ってきたのだろう。昔の俺なら諦めていたかもしれないが、俺は書類を手に取り、淡々と言った。「わかった」。そして、彼女が帰った後も、俺は一人でオフィスに残り、タスクをこなしていた。深夜、誰もいなくなった頃、はるかが現れた。「ねえ、みんな帰ったわよ。あんたは帰らないの?」。「これをやれって言ったのはお前だろ」。俺がそう返すと、はるかは慌てた様子で言った。「仕方ないわね。期限を明日中に伸ばしてあげたわ」。「大丈夫だ。これを終わらせて帰るから。お前は先に帰れ」。「せっかく私が明日でもいいって言ってるのに!」。「今日中にやれって言ったのはお前だろ」。「だから、明日でもいいって言ってるの!」。苛立ちが募る。優しくするなら、そもそもこんな妨害的な量の書類を持ってこなければよかったのに。わけのわからないことばかり言って引き下がろうとしないはるかに、とうとう俺の苛立ちは爆発した。「いいから、ほっとけって言ってるんだよ!」。言ってしまった後で、俺はハッとする。強く言いすぎたせいか、はるかは驚いたように目を見開き、その表情はなぜか悲しそうだった。そして、彼女はそのまま走り去ってしまった。どうして泣きそうな顔をするんだ。仕返しをするつもりでいたんだろうが。俺は慌てて追いかけた。廊下で追いつき、肩を掴んで振り向かせると、はるかは泣いていた。「なんで追いかけてくるの?」「そんなの……あんな顔されたら、放っておけないに決まってるだろう」。俺がそう答えると、はるかは涙を拭いながら、懐かしそうに笑った。「昔のあんただったら、すぐに音を上げると思ってたのに」。「まだ覚えてるのか? 何年も前のことなのに」。「忘れるわけないでしょ。今でも匠のこと、好きなんだから」。俺は驚いた。この会社に採用されたのも、教育係を務めているのも、振った俺への仕返しのためだと思っていたからだ。「5年も前のことだぞ」「そうだよ。5年間、匠のことがずっと忘れられなかった」。まさかここまで思われていたとは思わず、俺は言葉を失った。すると、廊下から警備員の声が聞こえてきた。俺ははるかの手を引いて、近くの室内に逃げ込んだ。薄暗い部屋の隅で、2人で息を潜めていると、警備員が通り過ぎていく。すっかり静かになったところで、俺は自分がはるかを抱きしめてしまっていることに気づいた。「近いわよ」「ごめん」。慌てて離れると、はるかは改まって問いかけた。「あんた、一体何がしたいの? 私を振ったくせに、私のいる会社に入って。あんた、ここの社長が私のお父さんだって知ってたでしょ」。「ああ、知ってた」。「だったら、どうしてこの会社にどうしても入りたかったんだ?」。「それでここで実績を積んで、いつか高い地位について……」。その時、俺のスマホが鳴った。友人との約束を忘れていたのだ。はるかは俺のスマホを奪い取り、勝手に着信を切った。すると、彼女は画面に気づいてしまった。俺のスマホの待ち受けには、はるかと昔撮った写真が設定してあったのだ。「これって……」。「……俺は、お前のお父さんに認めてもらいたかったんだ」。

はるかが俺を見る。説明しろと目で訴えている。俺は観念して白状した。「はるかさんを、俺にくれませんか?」。大学卒業前、俺ははるかの父親に会い、結婚前提で付き合っていきたいと話した。ところが、父は険しい表情で俺を睨み、言った。「帰れ。お前のような奴には、はるかは任せられん」。お前とはるかが釣り合わないと言われるたび、はるかがお前を守っていたそうじゃないか。だが、それに報いるためにお前は何かしたのか? お前ははるかの優秀さに甘え続けていた。卒業後ははるかに養ってもらおうとでも考えているのか? 何も言い返せなかった。その通りだったからだ。俺は、はるかと別れることにした。「どうして? 私、何か悪いことした?」「お前は何も悪くないんだ」「卒業して仕事が落ち着いたら結婚しようって言ったじゃない。嘘だったのね」「ごめん」「そんな言葉聞きたくない。ちゃんと答えて!」。今にも泣きそうな顔で詰め寄るはるかから、俺は逃げるようにその場を駆け出した。父のことは話せなかった。話したら、はるかは父に文句を言いに行くだろうと思ったからだ。その後、はるかから何度もメッセージや着信が届いたが、一度も返事をしなかった。

そして、俺は気づいた。自分はまだはるかのことが好きなのだと。自分勝手に振ったくせに、諦めきれていなかった。もう遅いかもしれないけれど、はるかにふさわしい男になろう。そう決めて、同業他社で懸命に働き始めた。そして、実績が集まったところで、はるかが働くこの会社に応募したのだ。最終面接の相手がはるかで、教育係がはるかになるとは思っていなかったが、一度観念してしまうと、思いの外すんなりと自分の気持ちを言えてしまう。「お前に釣り合わなくて、しかも勝手にお前のことを振った俺のことなんて、とっくに嫌いになっていたと思うけど、まだ好きでいてくれてありがとう」「バカ」。

翌日、俺ははるかと共に社長室へ向かった。帰れと言われて睨まれた時のことを思い出すと少し怖い。それでも、昔の俺と今の俺は違う。そう言い聞かせて、ドアをノックした。「はるかさんを、俺にくれませんか?」。お父さんは昔と同じように俺を睨む。だが、この時のために俺は努力してきた。睨み合っているうちに、お父さんが口を開いた。「君の採用を、私は見送るつもりだった。だが、君を採用するように進言したのは、はるかだ」。こんなことは初めて聞いた。振り返ってはるかに視線をやると、バツが悪そうに目をそらした。「今回も、お前ははるかに守られた。だが、それに報いるためにお前は何かできるのか?」。俺は昔と同様の言葉を投げかけられる。昔の俺は何も答えられなかったが、今は違う。「俺の学歴だと、新卒でこの会社への就職はどうしても無理でした。だけど、俺はこの会社に入ることを諦めきれなくて、今までいくつも実績を作ってきました。昔の俺と今の俺は違います。もう、はるかに守られるばかりではありません。俺はこれからもっと成長して、はるかを支えて、そして守ります。だから、お父さん、考え直してもらえませんか?」。張り詰めた沈黙が続く。しばらくして、お父さんが口を開いた。「……なよなよとしていた男が、随分と変わったものだ。あの言葉でここまで這い上がってくるとは、正直驚いた。はるかは優秀なだけに、よくない男に言い寄られることが多くてな。お前もその一人だと思っていた。だが、ここまではるかのことを思ってくれる者は、他には見つからなかった。はるかと、この会社のことを、頼む」。

父は、俺と母が知らないところで話していたようだった。「お前がお父さんに反対されたなんて、相談したらまたはるかに守ってもらったって言われるだろう。そんな情けないこと、嫌だったんだよ」「だとしても、5年間もこじれることにはならなかったでしょ」「じゃあ、お父さんのことはどうするんだよ。あの時の俺じゃ、絶対に認めてもらえなかったぞ」「匠のためなら、私は別の会社に就職しても良かったのに」「気持ちは嬉しいけど、一流企業の社長令嬢が他の会社に務めるのは、さすがにもったいないだろう」「それくらい、私は匠と一緒にいたかったし。振られた時だって、どうしてって思ったのよ」。これに対しては何も言い返せない。「だからこれからは、ちゃんと相談してよね」「はい、はい。分かったよ」「あと、結婚のことも忘れてないから」。はるかは笑っている。一度は諦めたけれど、どうしても諦めきれなくて、死に物狂いで挑戦して、ようやく彼女の隣に立てるようになった。これからは胸を張って、はるかの隣に立てる。努力によって自分で掴み取った、はるかの笑顔が眩しく見えた。

それからしばらくして、高校の同級生に誘われた合コンに行った。すると、そこにいたのは、高校の頃に学校一可愛いと評判だった社長令嬢。彼女は不敵な笑みを浮かべて、俺たちにこんな問題を突きつけた。「1枚だけページの破れた本があります。破れていないページ番号を合計すると1万5000になります。さて、破れたページは何ページ目でしょう?」。その場にいた男性は頭をひねるが、誰も答えられない。しかし、俺にはその答えがすぐに分かった。彼女が机を不連続的に叩いていたからだ。それは昔、俺が彼女に教わったモールス信号で「2人きりになりたい」と伝えていたのだ。俺は静かに答えた。「25ページと26ページ目だろう」。周囲がざわめく。それを見て、彼女は耳を疑うような言葉を放った。「あのね、私、まだ君のことが好きなの」。俺の名前は田村司。とある会社に勤めていたが、現在は独立して自分の会社を経営している。仕事は忙しいが、自分の采配で仕事を進める方が性に合っているようで、毎日充実している。そんなある日、高校時代の同級生で、社長の息子で、俺が高卒だからと何かと見下してきた木島から連絡が来た。「今度合コンするから、お前も来い」。どうせ自分の引き立て役に考えているのだろう。断ろうとしたが、その前に聞こえてきた言葉に息を飲んだ。「小林も来るぞ。分かるだろう」。高校の時一緒だった小林りんご。俺は彼女と昔付き合っていた。高校2年の時、くじ引きでりんごが学級委員長、俺が副委員長になった。りんごは学校一可愛いと評判で、勉強も運動もできて、さらに社長令嬢。誰もが彼女を完璧だと褒め称えていた。そんな彼女から告白され、付き合うことになったが、3ヶ月も経たないうちに振られてしまった。「私と司君は、住む世界が違うから」。それが理由だった。振られた後も、俺はりんごのことが好きだった。別れてから10年が経った今でも、彼女のことを引きずっている。この合コンはチャンスかもしれない。一目だけ彼女を見て、未練を断ち切ろう。俺はそう心に決めて、合コンに参加した。

会場に着くと、りんごは10年前よりも美しく成長していた。そして、彼女の隣には木島がいた。合コンが始まると、りんごは俺に「田村君は解かないの? 最初から解くのを放棄してるんだね」と言い放ち、モールス信号を送ってきた。俺が答えを言うと、彼女は勝ち誇ったように言った。「正解者は私に命令しないとだめだよ。田村君、私にやって欲しいことある?」。「それじゃあ、俺と一緒に来てくれ」。こうして俺とりんごは店を出て、近くのカフェに入った。「それで、何の用だ? あんな周りくどいことをして、木島には聞かせられないような内容なのか?」「そうだね。あのね、司君、私、まだ君のことが好きなの」。突然の告白に耳を疑った。「まだってなんだ? お前が振ったんじゃないか」「そうだよ。だけどね……」。りんごは唇を噛んで俯いた。その夜、連絡先を交換して別れた。

数日後、りんごから隣の市に新しくできたテーマパークに誘われた。日曜日、俺は彼女と遊園地を楽しんだ。しかし、翌週、博物館で待ち合わせた時の彼女の様子がおかしかった。顔が艶めかしく赤く、汗の一つもかいていない。熱中症のようだった。俺は急いで館内の救護室に連れて行き、冷やして水分を取らせた。「ちょっと楽になってきた」。ほっとしたのも束の間、りんごは重い口を開いた。「私、今、お父さんの会社で働いてるの。うちの会社、ずっと経営状態が良くなくて。高校の時、ちょうど司君と付き合い始めた頃に、父が『倒産するかもしれない』って言ったの。それまで私は本当に自分のことしか考えてなかった。社長の娘だからってみんなちやほやしてくれるから、すっかり気になってて。でも、そうじゃなかった。うちには全然お金の余裕なんてなかった。なのに、両親は私のわがままを叶えてくれてた」。彼女は、家の会社を助けるために必死で働いていた。そして、俺に迷惑がかかると思って、わざと「住む世界が違う」と言って別れたのだと告白した。「ごめんね、司君。あの時、全部話せばよかった。でも、怖かった。私みたいな弱い人間だって知ったら、司君が私のこと、嫌いになるんじゃないかって」。「そんなこと、言ってくれれば良かったじゃないか。俺は彼氏だったんだ。相談に乗るぐらいなら」「そう言うと思ったから、言わなかったの。司君は優しいから」。そして、彼女は続けた。木島の父親の会社が、自分の会社を救う代わりに木島と結婚することを持ちかけているのだと。俺は彼女を抱きしめた。「お前こそ、自分を犠牲にしてるじゃないか。お願いだから、俺を頼ってくれ。俺だって、りんごのことがまだ好きだ」。すると、そこに木島が現れた。「りんご! これはどういうことだ? 浮気か?」。木島はりんごを連れて去っていき、「今度のパーティーで正式に婚約発表をする。お前も招待してやるよ。指を加えて見ているんだな。りんごが永遠に手の届かない存在になるところを」と言い放った。

木島コーポレーションの創立30周年記念パーティー。木島の父が経営する会社だ。そして、木島とりんごの婚約発表の場。俺は、その豪華な会場に足を踏み入れた。木島がステージに立ち、りんごを紹介すると、俺は声を張り上げた。「待った」。俺はポケットからスマートフォンを取り出し、会場の大型スクリーンに、木島が小林家の会社、小林フーズに業務妨害を行っている証拠を映し出した。「これは木島が婚約者である小林家の会社に対して行った違法な業務妨害の証拠です。木島さんは小林フーズへ営業妨害を行い、経営を悪化させました。そうやって自ら作り出した弱みに付け込み、救済の代価として、社長の娘であるりんごさんとの結婚を承諾させたのです」。木島は高笑いをあげた。「皆さん、落ち着いてください。このふざけた野郎の正体、知ってますか? 今時珍しい高卒ですよ。こんな奴の言うこと、誰が信じられますか?」。俺は深呼吸をして、冷静に返した。「確かに私は高卒です。私の家は母子家庭で、大学に行くお金はありませんでした。しかし、私の名前を聞いていただければ、私が何者か分かっていただけると思います。私は、田村司です」。会場が騒然となる。すると、木島の父親が驚愕の表情で俺に歩み寄ってきた。「まさか、あの田村司でしたか?」。「愚か者め。この方は我が社の救い主だ」。そして、俺に向かって深々と頭を下げた。「AIを駆使した画期的なシステムで、わずか数年で業界に革命を起こした天才実業家だ」。そう、俺は高卒だ。だが、人一倍努力して、今ここにいる。高校を卒業した日、母の病気のために大学進学を諦めた。将来への不安に押しつぶされそうだった時、母は弱々しい声で言った。「司、あなたは頭がいいのよ。きっと自分の道を切り開けるわ」。その言葉が俺の人生を変えた。昼は工場で働き、夜は独学でプログラミングを学んだ。そして、運命の出会いがあった。工場の先輩が俺の作ったプログラムを見て驚き、会社のシステムを作り直してくれないかと言ってきたのだ。口コミで仕事が増え、やがて大手企業からも声がかかるようになった。俺は会社を興し、ここまで成長させた。俺は続けて、木島コーポレーションの新しい方針を発表した。不正な取引や違法行為の洗い出し、社員の待遇改善、社会貢献を重視した事業展開。そして、小林フーズを全面的にサポートすることを宣言した。「小林さん、これからは誰にも邪魔されることなく、あなたの夢を追求してください。我々はその夢の実現のために、全力でサポートさせていただきます」。会場から大きな拍手が湧き起こった。木島は逮捕され、刑罰を受けることになった。

それから数ヶ月後、俺は小林フーズでりんごと仕事をしていた。彼女の会社は見事に立て直り、業績も回復していた。ある日、俺はりんごに結婚を申し込んだ。「りんご、俺と結婚してほしい。俺は君の隣で、一生君を支えたい」。りんごは顔を真っ赤にして、嬉しそうに笑った。「私も司君を支えたい。これからはずっと、あなたのそばにいたい」。完璧な人間なんていない。だからこそ、人は助け合い、支え合って生きていくのだろう。彼女を支えて、そして、俺も彼女に助けられながら、この先の人生を共に歩んでいきたい。

ある夜、階段から転落しそうな女性を受け止めて、そのまま転倒してしまった。俺の足が彼女のスカートを押し上げてしまったらしく、中の下着まで丸見えになってしまった。「すみません! 本当にすみません!」。俺が大慌てで謝ると、女性は恥ずかしそうに俺の耳元で言った。「いえ、それより……。このまま2人でしませんか?」。俺の名前は渡辺孝志、27歳。多方面に事業を展開する大企業、渡辺コーポレーションの本社で働いている。父はこの会社の社長で、俺はその一人息子だ。あえて公表はしていないが、周知の事実である。だから、周りは気を遣ってくれるが、実際はどこにいても雑用に回される。仕事ができないことで有名なのだ。昔から人と関わるのが不得意で、特に会話が大の苦手。営業には最も向かないタイプだ。今日もまた、情けない自分にへこみながら、久しぶりに飲みに来ていた。すると、生まれて初めて、女性と一緒に階段から転げ落ちた。そして、その井上舞衣さんという女性は、なんとIT系ベンチャー企業のCEOだった。彼女と意気投合し、居酒屋で飲み明かした。目が覚めると、体には絆創膏が貼られていて、そんなことが書いてあった。「またね、孝志君」。

その日の夜、彼女から電話がかかってきた。どうやら酔っ払った俺は、彼女の会社の経営について的確なアドバイスをしていたらしい。「ありがとう。孝志君のおかげで、会社を立て直せるかもしれないの」。そこから、俺たちは毎週金曜の夜に会うようになった。彼女の会社の相談に乗り、代わりに、彼女から社長業で培ったコミュニケーションを学ばせてもらう。そんな協力関係を築いていった。彼女の会社が復活した時、彼女は言った。「孝志君のおかげよ。本当にありがとう」。「十分だよ。それに、こうして毎週一緒に飲めるだけで、十分すぎるくらいだから」。そして、俺は自分が成長したいと思った。彼女から学んだことがきっかけで、営業部の主任に、外回りに同行させてほしいと頼み込んだ。「営業を覚えたいんです。うまくできなくても、何も学ばないまま、成長しないまま、次の部署には行きたくないから、お願いします」。最初は渋々だった主任も、俺の必死さに根負けし、連れて行ってくれた。すると、徐々に周りの目が変わっていった。「渡辺君、やるじゃないか。見直したよ」「ありがとうございます」。会社で初めて、仲間を得ることができた。

そんなある日、俺はある大きなプロジェクトに参加させてもらえることになった。父の右腕的存在である鈴木事務が、俺を補佐役に指名してくれたのだ。そして、連れて行かれた先で、俺は驚きのあまり立ち尽くした。そこは井上サイバーテックの本社だった。そして、会議室で待っていたのは、まい衣さんだった。「あなた、よくも私の前に平気な顔で。父を裏切ったくせに」。まい衣さんが見つめる先には、微笑む鈴木事務の姿があった。事務は、15年前に井上サイバーテックを裏切り、会社を倒産寸前に追い込んだ張本人だったのだ。さらに、事務は俺に言った。「君は私の補佐だろう。一緒に彼女を説得してくれないと。それがお父さんのためにもなるんだよ」。まい衣さんは俺が渡辺コーポレーションの御曹司だと知らなかったのだ。彼女は、俺のことも「鈴木と組んで買収を進めるためのスパイだったのか」と勘違いしてしまった。「もう2度と会いたくない。今日はそれを伝えに来たのよ」。俺は、まい衣さんに誤解を解きたい。買収もさせない。そう強く思った。俺は独自に調査を始め、鈴木事務の不正の証拠を掴んだ。そして、父にも直談判した。最初は信じてもらえなかったが、根気強く通い続け、ようやく父も動いてくれた。取締役会の日、俺はスクリーンに鈴木事務の不正の証拠を映し出し、告発した。「鈴木事務は不正を行っている」。彼がキックバックを受け取る計画も録音していた。そして、まい衣さんも、15年前の父の遺した証拠を突きつけた。鈴木事務はその場で完全に追い詰められた。そして、俺は提案した。「私の提案は、共業です。子会社化ではなく、事業定携という形で、我々は共にビジネスを展開していくべきだと思います」。父も、まい衣さんも、その提案を受け入れてくれた。2つの会社は、対等なパートナーとして歩み始めたのだ。

その後、父は俺に言った。「立派になったんだな、司。すまなかった」。父が謝罪する言葉を聞くのは、生まれて初めてだった。まい衣さんとは、今も一緒に仕事をしている。2つの会社が共同開発したサービスは大成功し、俺は経営企画部に移動し、会社を動かす経営戦略の立案に関わっている。尊敬する経営者である父の近くで働いている。今の自分が好きだ。そんなある日、まい衣さんがぽつりと呟いた。「来月から、打ち合わせを週2回にしない?」。「週3回でもいいよ。まい衣さんとは、毎日会っても足りないくらいだから」。そう言うと、彼女は顔を真っ赤にして、そっと耳元に顔を近づけた。「じゃあ、こういうのは、毎日一緒にいられるわね」。まさか、先にプロポーズされるなんて。こっちにもちゃんと準備を進めていたのに。「とても素敵なご提案だと思います」。「そうでしょ」。クスクス笑うまい衣さんに、俺は降参のポーズをした。これからもきっと彼女の方が一枚上手だろう。だが、それがきっと俺たちにとって幸せの形だ。だって、今でさえこんなにも幸せな気持ちが溢れてくるから。「ずっと一緒にいよう、まい衣さん」「2人で、幸せになりましょう」「うん」。俺は絶対に自分が変われないと思っていたけれど、それは思い込んでいただけだった。変わりたいという強い思いが宿った途端に、俺の気持ちは前を向き始めた。そして、自分を取り巻く環境ごと、大きく変わり始めた。自分の限界を決めることなく、迷った時は進み続けよう。そうすれば、きっと光が見えてくる。進み続けた日々が報われる瞬間は、きっと目の前に訪れるはずだから。

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