「払えないとは言わせねえぞ。俺はヤクザなんだ。客がどうなってもいいのか?」…

「払えないとは言わせねえぞ。俺はヤクザなんだ。客がどうなってもいいのか?」...

お袋、来たよ。
店の扉を開けると、常連の高齢男性が一人、昼食を取っていた。彼は私を見て気のいい笑顔を向けてくれる。母はテーブルを拭きながら振り返った。
「おや、今日も早いね。いつも言ってるけど、無理して来なくてもいいんだよ」
「いいの。私が手伝いたいだけだから。洗い物やるから、お母さんは休んでなよ」
エプロンをつけると、時計は15時を過ぎていた。昼の営業は終わったばかりで、夜の営業は17時から。片付けと仕込みで母の負担は大きい。少しでも減らしたくて、私はいつもこの時間に来るようにしていた。
「そうかい。ちょうど外に用があったから助かるよ」
「任せて。シジさんもすぐ戻るんでしょ?」
シジさんは私と同じく週末だけ働く従業員で、幼い頃からの知り合い。兄のように慕っている、気のいい男性だ。母を見送った時、客が伝票を持ってレジへ向かった。
「あ、ありがとうございます」
私が足早にレジへ向かうと、その時だった。店のドアが乱暴に開かれる。そこにはサングラスをかけた、柄の悪い男が立っていた。彼は鋭い目つきで店内をゆっくりと見渡す。
「あの、すみません。昼の営業は終了してしまって…」
すると男は私に視線を向け、低い声で言った。
「おい、ここの店のババアと、目つきの悪い従業員はいるか?」
その物言いに苛立ちを感じながらも、私は答える。
「今は二人とも外出中です。何かご用でしょうか?」
男の顔がにやりと歪んだ。
「そうか、いないのか。そりゃちょうどいい。俺は中田組のヤクザ、鈴木竜也だ。みかじめ料を払ってもらおうか」
みかじめ料?母からは何も聞かされていないし、私は何度も店に来ているが、そんなものを支払っている姿を見たことがなかった。
「母が不在なので、私の一存で支払うわけにはいきません。また母がいる時に来てください」
「何言ってんだ。わざとババアがいない時間を狙って来たんだよ。てめえの母親も、もう一人の従業員も支払いを拒んでるんでな」
「それなら尚更、勝手に払えません」
きっぱりと断ると、鈴木の表情が一変した。彼はレジ横のゴミ箱を蹴り飛ばした。派手な音に、食事をしていた客が縮こまる。
「冗談じゃねえぞ。こっちはもう3ヶ月も待ってやってんだ。今日こそ全額払ってもらうぜ」
「暴力はやめてください」
「俺に命令できる立場だと思ってんのか?」
黙り込む私を見て、彼は続ける。
「未払い分、3ヶ月で1000万だ。払えないとは言わせねえぞ」
「そんな、高すぎます!」
叫ぶと、鈴木は客のテーブルを強く蹴り上げた。激しい音とともに食器が床に落ちて割れる。そしてそのまま店内の物を投げ、蹴り飛ばし、暴れ始めた。客の顔は恐怖で真っ青になっている。
「やめてください!お客さんがいるんです!」
「じゃあ早く金を出せよ。それとも、このじじいがどうなってもいいのか?」
鈴木は客の肩を掴んだ。
「お客さんは関係ないでしょう!」
「この店を利用してるなら無関係じゃないだろうが。金を払えば解放してやるよ」
私は唇を噛みしめ、拳を握りしめた。
「…わかりました。でも、そんな金額はここにはありません。取りに行ってきます」
「いいぜ。だが、客が大事なら逃げんなよ」
私は客に「すぐ戻りますから」と言い残し、店を飛び出した。スマホで母に電話するが、繋がらない。仕方なく、店から歩いてすぐの叔父の家へ走った。
叔父に状況を説明すると、彼は驚きながらも力強く頷き、家の奥へと引っ込んだ。少しして、紙袋に入った1000万を持って戻ってきた。
「ありがとうございます。必ず返します」
私はそれを受け取り、店へと急いだ。扉を開けると、鈴木は椅子にふんぞり返り、客はすぐそばに立たされている。
「お、思ったより早えじゃねえか。ちゃんと用意できたのか?」
ニヤニヤしながら近づく鈴木に、私は紙袋を突き出す。
「その前にお客さんから離れてください」
鈴木は小さく舌打ちをし、客を見て顎をしゃくった。客はおどおどしながら私の元へ来た。私は安心させようと客の手を握り、微笑んだ。
「おら、次はてめえの番だぞ」
鈴木は紙袋を奪うように受け取り、中身を確認してにやりと笑った。
「もう帰ってもらえますか?」
「待て待て。急ぐなよ。本当に1000万入ってるか確認しねえとな。おい、茶でも出せよ」
鈴木は椅子に座り、札束を数え始めた。その時、店の扉が音を立てて開いた。
「なんだこれ…。どういうことですか?」
シジさんだった。彼は呆然と店内を見渡し、椅子に座って金を数える鈴木を睨みつけた。
「ああ、うるせえな。客ならさっさと追い出せよ」
鈴木は金を数えることに夢中で、シジさんに気づいていない。
「大丈夫でしたか?」
「ええ、私は大丈夫です」
「よかった。いくら払ったんですか?」
「1000万。母と連絡が取れなくて、叔父に借りたの」
「そうでしたか。すみません、遅くなって。お嬢、2000万を回収します」
はっきりとした声でシジさんが言う。金を数え終えた鈴木は振り返り、やっとシジさんに気がついた。
「ち、もう戻ってきたのかよ。まあ受け取るもんは受け取れたしいいか。じゃあまた来月来るからな」
鈴木が札束を紙袋にしまい、立ち上がった瞬間、シジさんが入り口の前に立ちはだかった。
「待てよ。何帰ろうとしてんだ」
「用が済んだら帰るのは当たり前だろうが」
二人は睨み合い、今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だ。私はその隙に客の手を引いて、店の外へと連れ出した。
「怖い思いをさせてしまって、本当にごめんなさい。もう大丈夫です。どうか気をつけてお帰りください」
頭を深く下げると、客は心配そうにしながらも帰っていった。
「その様子じゃ、何かあったようだね」
背後から覚えのある声。振り返ると母が立っていた。
「お母さん!鈴木って人が来て…」
母は頷くと、扉を開けて中を覗いた。未だに睨み合うシジさんと鈴木を見て、店内をゆっくりと見渡し、大きなため息を吐いた。
「なるほどね。仙台、もう客もいませんし、全部明かしませんか?このままじゃこいつは諦めませんよ」
シジさんが母に問いかける。
「諦めるだと?誰が払わない方がいけねえんだろうが。ちょっとてめえらが喧嘩強いからって、ヤクザを舐めてんのか?」
無表情で鈴木を見つめると、母は小さく息を吐いた。
「このバカにはそれが一番だろうね。いいだろう、教えてやんな」
「この俺をバカだと?ババア!」
鈴木が母に飛びかかろうとすると、シジさんがその腕を掴んだ。
「ここで俺が仙台を殴ろうとしたのを止めたのは、お前のためだぞ。後で後悔することになる」
シジさんに睨まれ、鈴木もさすがに様子がおかしいと気づいたのか、動きを止めた。
「な、何なんだよ」
「俺は、ただの従業員じゃなくて、虎屋組の組長なんだよ」
「は?」
鈴木は目を見開いて動きを止めた。
「言ってるだろうが、虎屋組だ。てめえの中田組よりもはるかにでかい組織だからな」
「う、嘘ついてんじゃねえぞ!片方がそんなことしたらどうなるか分かってるのか?」
「俺を見ても分かんねえのも無理ねえな」
シジさんはポケットから名刺入れを取り出すと、片手で名刺を出し、鈴木の目の前に突きつけた。
「おら、名刺だ。受け取れよ」
「あ…虎屋組、組長、高橋シジ…」
震えた声で読み上げると、鈴木の顔から血の気が引いていく。
「信じたか?それとな、さっきからババアと呼んでるこちらの方は、虎屋組の仙台組長だ」
「仙台…?定食屋の店主じゃなかったのか…」
「やっと分かったかい。誰に手を出そうとしていたのかを」
母が普段の優しい雰囲気を消し、鈴木を睨みながら低い声で言う。その圧に鈴木は腰を抜かし、その場に座り込んでしまった。
「ああ!俺はなんてことを…!知らなかったんです!」
「そうだろうね」
「さて、これから片付けやら何やら、私たちはすることがあるんだ。さっさと出て行ってもらおうか」
母が冷たい目で鈴木を見下ろすと、鈴木は驚くほどの速さで立ち上がり、店を飛び出していった。
静まり返る店内。最初に口を開いたのはシジさんだった。
「どうして何もさせずに帰らせたんですか?お嬢が怖い目にあったのに、1000万も持ち逃げされて、このまま許すんですか?」
シジさんは不服そうな表情で母に迫る。
「まあ待ちな。あんまり血の気が多いのは、組長として褒められたもんじゃないよ」
「うっ…すみません」
母が片手を上げてそう言うと、シジさんは言葉に詰まり、頭を下げた。
「さて、れ子。何があったか詳しく説明してくれるかい?」
私は一から詳しく説明した。鈴木が現れ、みかじめ料を要求し、客を人質に取り、1000万を要求したこと。叔父から借りて渡したこと。
「そう。確か、私が店を出る前にいたお客さんだね。怪我はしてないと思うけど、怖かっただろうね」
「うん。まさか私しかいない時を狙うとは思わなかった」
「3ヶ月前からって言ってたけど、いつもはどうしてたの?」
「お客さんもいたし、普通にやり過ごして追い返してたね。時にはシジが拳で相手をしてやったりしてね」
「だから喧嘩が強いと鈴木は言ったのか…」
「それで仙台、これからどうするんですか?」
「もちろん、倍にして報復するに決まってるだろうよ」
「倍にして…どうやって?」
「来週の週末に来れば分かるさ」
母は不敵に笑ってそう答えた。

一週間後、定食屋の扉には「臨時休業」の張り紙が貼られていた。そっと扉を開けて中を覗くと、いつもと違い、黒いスーツを着た母とシジさんが立っていた。
「二人とも、どうしたの?」
驚いて言うと、二人は顔を見合わせ、おかしそうに笑った。
「そりゃ、これからヤクザとして仕事をするんだ。それらしくしないと格好がつかないだろう」
「さて、れ子も来たところだし、行こうか」
シジさんは携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかける。数分も経たずにスーツ姿の男たちが現れ、店の外へ出ると、そこには黒塗りの車が数台止まっていた。
「それで、どこに行くの?」
車に乗り込みながら問いかけると、母はにっこり微笑んだ。
「中田組の事務所だよ」
「事務所に乗り込むの?」
私の言葉に、母は声を上げて笑った。
「穏便に話し合いをするだけさ。まあ、中田組の反応によっては分からないけどね」
「そうなんだ…。中田組より、虎屋組の方が大きいの?」
「そうですね。組員の数も、縄張りの大きさも、うちの組が圧勝ですね」
そんな話をしている間に、中田組の事務所へ到着した。車を降りると、そこは街中の雑居ビルだった。黒塗りの車が何台も止まったことを不審に思ったのか、組員たちがビルの中から飛び出してきた。
「おい、何だ!」
「俺は虎屋組の組長、高橋だ。組長に、今日は金の回収に来たと伝えろ」
シジさんが真剣な顔で言うと、組員たちはざわつき、一人がすぐ事務所へと入っていった。数分もせずに戻ってきた組員は、オドオドしながら言った。
「お、お待たせしました。どうぞ。組長がお待ちです」
「わかった。ここからは俺と仙台、お嬢で行く。お前らはここで待機していろ」
シジさんは連れてきた部下たちに指示を出す。私たち三人が事務所に足を踏み入れると、中には数人の組員と、組長らしき男がソファーに座っていた。
「お久しぶりです、高橋組長。まさか仙台までいらっしゃるとは」
組長がシジさんに軽く挨拶をしながら立ち上がり、シジさんの後ろに立つ母の姿に気がつくと、慌てて頭を下げた。母はそんな組長を見て笑みを浮かべる。
「あんたと最後に会った時は、まだ若頭だったあんたが、今や組長とはね。時の流れってのは、本当に早いもんだよ」
私たちは促されるまま、向かいのソファーに座る。組長も再び着席すると、真剣な顔でシジさんを見つめた。
「それで、今日は金の回収に来たと仰いましたが、心当たりがないんですが。何かの間違いではないでしょうか?」
「いや、確かだ。1000万貸して、今では利息と合わせて2000万になっている」
「2000万?何の話をしているんですか?」
組長は本当に何も知らないようで、困惑した表情を浮かべている。
「鈴木竜也ってのが、あんたの組にいるだろう。そいつに聞いてみな」
「鈴木竜也?確かにうちの組員です。分かりました。おい、鈴木を呼んでこい!」
組長が後ろに控える組員に命令すると、彼はすぐに部屋を飛び出していき、5分もしないうちに鈴木を連れて戻ってきた。部屋に入った鈴木は、シジさんと母の姿を見て青ざめ、素早い動きで土下座をした。
「これは一体どういうことだ?」
「黙って土下座しただけじゃ分からないだろうよ。自分の口で組長に言いな」
母は立ち上がり、震えている鈴木のすぐそばに歩み寄ると、しゃがんで彼の髪を掴み、顔を上げさせた。
「あ、はい…。その、俺はこの組に入ってから全然成果を上げられなくて…。そしたら偶然、みかじめ料を取ってない店があったので、徴収に行ったんです」
「まさか、てめえ…」
組長は何かを察した様子で目を見開いた。
「その店が、虎屋組の仙台がやってる定食屋だったんです…」
「野郎!あの店に手を出しちゃならねえってのは、俺たちだけでなく他組も知ってる事実だろうが!」
組長が立ち上がり、鈴木を怒鳴りつけると、彼は体を縮こまらせて顔を伏せた。
「お、俺は知らなかったんです!ただ腕っぷしの強い店主と従業員のせいで、うまく徴収できていないだけだと思ってたんです。だから、娘だけが店にいる時を狙って1000万を回収しました」
そこまで聞いた組長は深いため息をつき、すぐに鈴木の隣に土下座した。
「うちの者が、本当に申し訳ありませんでした!」
母は立ち上がると、しばらく腕を組んで土下座する二人を見下ろしていた。
「…その様子だと、本当に鈴木一人の独断だったようだね。虎屋組としても、中田組と無駄な争いはしたくない。それなら、鈴木をこの場で破門にするなら、中田組へ金を請求はしないっていうのはどうだい?貸した2000万を全額鈴木に背負わせる。悪い話じゃないだろう?」
母の提案を聞いた瞬間、組長は大きな声で宣言した。
「しょ…承知しました!分かりました!鈴木を今この場で破門にします!」
「そ、そんな組長!俺、破門にされたらどうしたらいいんですか!金を返す当てもありませんよ!」
「決まりだね。支払いなら気にする必要はないよ。私に考えがあるからね。さて、話もついたし店に帰ろうか。行くよ、れ子」
「それとシジ、鈴木を連れてきな」
「はい、仙台。おら、行くぞ」
シジさんは母の指示に頷くと立ち上がり、顔を真っ青にして座り込んでいる鈴木をひょいっと担ぎ上げた。
「助けてください!」
鈴木は手足をバタつかせるが、シジさんの力には敵わない。そのまま連れて行かれてしまう。

母の店に到着すると、鈴木は車から引きずり下ろされ、店の中へ放り込まれた。受け身も取れず、鈴木は店内の床に転がった。
「さて、金の話をする前に、まずは荒らした店の掃除をしてもらおうかね」
倒れた鈴木を見下ろしながら、母は不敵に微笑んだ。
「あ、はい!」
鈴木は大きな声で返事をすると、機敏に動き出して店内を掃除し始めた。意外にも掃除の手際はとても良く、荒れ放題だった店内はあっという間に綺麗になっていった。
「あ、終わりました!」
「おお、なかなかやるじゃないか。ありがとう」
「中田組でもよく掃除させられていたので、得意なんです」
「何自慢してんだ。ここを荒らしたのはてめえだろうが」
「す、すみません…」
シジさんに怒鳴られ、鈴木は肩をすくめて黙り込む。そのやり取りを見ていた母は、小さく息を吐いて腕を組んだ。
「さて、それじゃあ本題の金の話をしようじゃないか。いいかい?あんたはこれから、この店で無給で働くんだ。食事ぐらいは出してやるから、安心しな」
「そ、そんな…。こんなしょぼい店で俺が働くなんて…」
「てめえ、自分の立場分かってんのか?」
「え?」
母がつぶやいた瞬間、シジさんが怒鳴りながら鈴木の胸ぐらを掴み上げ、拳を振り上げた。
「シジ、やめな」
母の鋭い声が飛ぶと、シジさんの拳がぴたりと止まった。彼は舌打ちをすると、乱暴に鈴木の胸ぐらから手を離した。
「確かに、しょぼい店かもしれない。実際、そこまでの儲けもないさ。赤字の日が続いていた時もあったけどね。この店は、旦那が死んでヤクザから足を洗う時に、迷惑をかけてきた人たちに少しでも償いができないかと思って始めた店なんだよ」
「お母さん…」
「そんな店であんたは、俺の客に怖い思いをさせた。もしもこれで客や娘に暴力を振ってたら、俺は警察じゃなく、あんたを海に沈めるか山に埋めるかしてたんだろうね」
母は鈴木に近づくと、彼の顎を掴んで睨みつけた。
「そんなに働くのが嫌なら選ばせてやる。命を差し出すか、ここで働くか」
「ああ!働きます!働かせてください!」
鈴木は母の時を含んだ空気に圧倒され、震えた声で答えた。
「そうかい」
「仙台、俺は反対です。こんな奴、さっさと処分した方がためになりますよ」
不服そうな表情でシジさんが鈴木を睨みながら言う。母はシジさんを一瞥した後、私に視線を向けた。
「れ子はどうしたい?」
「私?」
「ああ。今回の一番の被害者の一人でもあるだろう。れ子が許せないなら、こいつはやっぱりすぐ処分する」
私は俯いて少し考えてから顔を上げた。
「それなら…。あの時のお客さんにちゃんと謝って、許してもらえたなら、働いて返すでも私はいいと思う」
「なるほど。それはいい案じゃないか。早速明日にでも行くよ。いいね」
母は私の考えを聞いて一瞬驚いた顔をした後、にっこりと笑った。
「はい」
「うわ、分かりました…」

翌日、鈴木は早速菓子折りを持って客の店へ赴き、土下座して謝罪した。客はあの日のことを許してくれたそうだ。

騒動から二週間後、久しぶりに実家へ向かった。週末の手伝いは鈴木が働くから、もう来なくても大丈夫だと母に言われていたからだ。店の扉を開けて、私は驚いた。そこには、別人のように柔らかい笑顔を浮かべて働く鈴木の姿があったからだ。
「全然違う人みたい」
「驚いただろう?鈴木は今まで人に感謝されたことなどなかったらしくてね。逆に毎日ありがとうって言われてたら、気持ちが変化していったみたいなんだよ。だんだん表情も行動も変わっていった」
「俺もここまで変わるとは思いませんでした。今では借金を返済し終えたら、調理師の免許を取りたいって意気込んでましたよ。いい拾いものをしましたね」
母は優しい表情で目を細め、生き生きと働く鈴木の姿を見て微笑んだ。
「もしかしたら、あの人にとってはヤクザよりも天職なのかもしれないね」
私が冗談めかしてそう言うと、母とシジさんは目を瞬かせた後、吹き出しておかしそうに笑った。
私はそんな穏やかで温かい空気に包まれる店内に、これからもこうやって平和な日々が続けばいいと心から願うのだった。

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