「職人の手作業?バカなの?ゴミはいらないんだよ。」…

「職人の手作業?バカなの?ゴミはいらないんだよ。」...

「職人の手作業?バカなの?ゴミはいらないんだよ、坊ずね。」

俺のプレゼンを聞き終えるなり、取引先の新入社員が鼻で笑った。あまりにも失礼な物言いだが、それを注意する社員は誰もいない。彼が社長の息子だからだろう。

「それじゃあ会議終わり。ゴミはこっちで捨てておきますね。」

そう言って試作品をわし掴みにすると、ゴミ箱に向かって投げつけた。信じられない行動に頭の中が真っ白になり、身動きが取れない。そんな俺の横を、社員たちは愉快そうに笑いながら通り過ぎて部屋を出て行ってしまった。

一人取り残された俺は、我に返ると同時に急いでゴミ箱にかけ寄り、工場のみんなと完成させた試作品を拾い上げた。そしてなんとか平常心を保って会社を後にした。

絶対に後悔させてやる。胸に渦巻く悔しさと怒りに両拳を握りしめながら、俺は強く誓った。

俺の名前は青木亮平。小さな町工場で働き出して十数年になる。商人数ながらも高い技術で評価を受けている工場で、特殊加工など他社では難しい部品製造などを求める企業との取引もあり、毎日忙しい日々を送っていた。そんな中で、ここ一年ほどは工場の仲間たちと一緒に新しい製品の開発にも取り組んでいた。

「よし、この加工が終わればやっと完成だな。」

試作品がもうすぐ完成しそうだ。以前から親しくさせてもらっている大口取引先の担当者には、試作品ができたら是非見せてほしいと頼まれている。俺はどんな風にこの製品をプレゼンしようかとワクワクしていた。

やっと納得のいく試作品が完成し、プレゼンの準備も万全だ。いよいよ大口取引先へ持っていこうという前日、先方の担当者から連絡が入った。

「申し訳ありません。明日のプレゼンには立ち合えなくなってしまいました。」

「え、何があったんですか?」

急なことに俺は驚き、思わず声をあげた。担当の斎藤さんはいつもハキハキしていて、明るい笑顔が印象的な青年だったが、電話の声は沈んでいて、どこか緊張していた。

「それが急な話なんですが、一身上の都合で退職することになったんです。」

強い無念が感じられる、堪えているような声。理由を聞けるような雰囲気でもなく、俺は驚きと共に、なんと声をかけようかと迷った。

「明日のプレゼン会議は別の担当者が対応することになっています。本当に立ち合えなくて申し訳ないのですが、青木さんが準備してくださった試作品ですから、きっと大丈夫です。頑張ってください。」

どんな理由があったにせよ、急な退職は相当大変なことだろう。それでも斎藤さんは俺を励まそうと、最後は明るく応援してくれた。

「わかりました。大変残念ですが、明日のプレゼン頑張ってみます。」

先行き不安ではあったが、俺はもう一度気を取り直した。

翌日、いよいよ試作品を持って取引先へ向かった。まずは受付に向かったのだが、そこで早速様子がおかしい気がした。いつもはスムーズに中へ通してもらえるはずが、今日はロビーで待たされることになったのだ。しかも、しばらく待っていたが誰も現れない。もう一度受付の方に聞いてみようかと思った頃、初めて見る男性がニコリともせず現れた。かなり若い。

「青木さんですか?」

「はい、そうです。」

「内藤さんから聞いています。担当の津井です。」

津井さんはボソボソと名前を告げ、軽く頭を下げた。津井という名前には聞き覚えがあったが、すぐには思い出せなかった。

「初めまして。青木と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」

「津井さんは新入社員の方ですか?」

「まあ、新入社員ではあるんですけど、俺、社長と同じ名前でしょ。」

「ああ、そうですね。通りで聞いたことがあると思っていました。」

言われてやっと思い出す。津井はこの会社の社長と同じ苗字だ。

「息子なんですよ。時期社長になる人間なんで、あんまり新入社員とか言ってほしくないんですよね。」

俺は曖昧な笑みを浮かべ、頷くことしかできなかった。長く待たされたこと、彼の態度や言動を若干不快に感じてはいたものの、試作品のプレゼンを聞いてもらうまでは我慢しようという気持ちで、大人しく会議室までついていった。

会議室には数名の開発部の社員が待っていた。以前斎藤さんとの会談の時に同席していた社員さんも座っているのが見える。知っている顔があることに少し安心し、俺は早速プレゼンを始めた。熱心に聞いている社員さんも数名いたが、津井さんに関してはわざとらしく咳払いをして、興味のなさそうな態度を取っていた。正直気分の良いものではなかったが、それはなるべく気にしないように務め、ようやく全てのプレゼンが終わった。

「はい。で?」

まるで初めから言うのを待っていたかのように、敬語も使わず津井さんが言い放つ。会議室の中は一瞬、水を打ったように静まり返った。

「ちょっと待ってください。」

俺も一瞬、津井さんの言葉に思考が停止してしまったが、すぐに慌てて口を開く。

「こちらの製品は、以前の担当の方からもご意見を伺いながら開発をしてまいりました。御社の需要にもマッチしていると聞いております。質疑などあればお答えしますので、ご検討いただけませんでしょうか?」

「検討も何も、値段が高すぎるよ。こんな小っさい部品だよ。しかも、一度に生産できる数が少なすぎる。」

「どうしてもこの質を保つためには手作業で加工を行わなくてはいけないので、生産量はそれが限界になってしまうんです。」

「それでも機械化された大きな工場で大量生産できる時代に、職人の手作業ってバカなんですか?」

俺の言葉を遮り、津井さんはそう言って笑い飛ばした。

「御社は精密機器も扱っていると聞いています。私たちはそれらも踏まえて、精密機器に対応できる部品を考えてきました。大量生産できる部品の質では対応できないはずです。」

「はあ。機械の精度や質に叶うはずがないよ。何言ってんの?自分たちを過剰評価して、時代の流れに乗れてないんじゃないの?」

「過剰評価?…って誰だったっけ?ああ、斎藤とかいう無能なやつね。辞めた奴の話をされても困るんですけど。」

「はい、みんな解散。会議終わり。あ、ゴミはこっちで捨てておきますね。」

そう言って津井さんは試作品をわし掴みにすると、乱暴にゴミ箱へ向かって投げつけた。ここにいた社員さんたちは何も言わず目を伏せて会議室を出ていき、俺はその場に一人残されてしまう。社長の息子に逆らおうという者は誰もいないということなのだろう。そんなことをぼんやりと考えつつ、予想していなかった結末に、俺はショックのあまりしばらく呆然と立ち尽くしてしまった。

そして我に返ると、工場のみんなと完成させた試作品をゴミ箱の中から拾い上げた。悔しさで溢れそうになる涙をなんとかこらえ、俺は会議室のドアを開け、なんとか平常心を保って会社を後にした。

工場に戻ると、同僚たちは期待した顔で俺と挨拶をかわした。しかし、浮かない顔の俺を見て、何かあったのだろうとすぐに察したようだった。俺は試作品に関わった社員を集め、例の試作品を取り出しテーブルの上に置いた。

「みんなには本当に申し訳ない。この試作品のプレゼンは失敗だった。」

担当者が斎藤さんから新しい人に変わったこと、どんなに説明をしても伝わらず、否定されるだけだったということを話した。

「もう少しアプローチの仕方を変えてみるのはどうですか?」

そう言ってくれた社員に、おそらく津井さんは俺たちの試作品に興味がないとは言えず、返事ができなかった。

「あれ?この試作品、傷入ってませんか?」

試作品を手に取った他の社員が軽くそう呟いた。俺はもう隠すことはできないと口を開いた。

「申し訳ない。新しい担当者は斎藤さんとは全く反応が違ってて、否定的だったんだ。言いづらいんだけど、もう試作品は見てもらえないと思う。これは一度ゴミ箱に投げ捨てられて、それを拾ってきたんだ。」

社員たちがざわついた。きっと俺と同じようにショックを受けているのだろう。

「他の社員さんたちは、斎藤さんと一緒にいた人たちがいましたよね。」

「うん。その人たちもプレゼンは聞いてくれてたんだけどね。新しい担当ってのが社長の息子さんで、あの雰囲気だと彼の意見には逆らえない感じだった。」

みんなが道を失ったような、虚しい気持ちになったようだった。暗くなった雰囲気の中、別の社員が励ますように言った。

「そうですか。これ以上、その社長の息子さんを刺激しない方がいいですね。今の取引もあるし、今回は諦めましょう。それに、この製品なら他のところへもきっとプレゼンできますよ。また探しましょう。」

俺たちは気持ちに折り合いをつけ、今ある仕事を頑張ろうと前を向いた。

数日後、意外なことに津井さんから連絡が入った。俺は緊張しながら電話を取る。一度は断られたものの、やっぱりあの試作品に興味を持ってくれたのかもしれないと淡い期待をしたのである。

「先日はありがとうございました。今日はどうされましたか?」

「ええ、先日のプレゼンを聞いて決断したんです。」

俺の心臓がドクンと跳ね、期待が大きく膨らんだ。

「こちらの工場から仕入れている製品、全ての取引を今月一杯で中止します。」

一瞬にして血の気が引いていくのが分かった。

「え、どうして?どういうことですか?」

「オタクのような生産性の悪い工場と取引を続けていることに疑問を持ったんですよ。これで、これからは生産性の高い機械化された大規模工場へ全て乗り換えることにしたんです。」

こちらに同様に共感を示すそぶりもなく、淡々と話す津井さんの声が遠くに聞こえた。うちの工場の売上の大半は、津井さんの会社が占めている。もし全ての取引を中止されれば、倒産確実だ。

「そんな急な…一度会って話を。」

「ああ、そういうの迷惑なんで。それに決定事項なんで、話すことなんてないんですよ。」

「そんなことおっしゃらず、一度だけでも。」

「そんなこと言って、取引を再開してもらえるまで粘るつもりでしょ。貧乏工場は考えることがセコいんだから。来たら営業妨害で警察呼ぶんで。」

そこまで言われては、俺もこれ以上何も言えなかった。津井さんは「それじゃあ、そういうことでよろしく」と軽い口調で言って電話を切ってしまう。俺はすぐさま社長に報告する。緊急会議が開かれた後、俺はあの試作品を修復し、他社へ営業に駆け込んだ。取引中止までになんとか手を打ってみようと思ったのだ。

しかし、新しい取引先はそう簡単には見つからない。連日営業に失敗し、あっという間に月末を迎えた。今日で津井さんの会社との取引が終わってしまう。どうしたらいいんだ?このままでは完全に仕事がなくなるわけではないが、工場としては経営が成り立たなくなる。

最後の営業が失敗に終わり、とぼとぼと会社へ帰りつきながら頭を悩ませる。

「青木さん、青木さんじゃないですか。」

その時、不意に声をかけられた。振り返ると、津井さんの前担当者である斎藤さんが明るい笑顔でそこに立っていた。

「斎藤さん、お久しぶりです。」

「こちらこそ、ご無沙汰して申し訳ありません。時間があれば少し話しませんか?」

そう言って、俺たちは近くの喫茶店に入った。

「気になってたんですよ。試作品、どうでしたか?」

「いや、それが…」

俺はプレゼンで起こったこと、そして取引が今日で中止になることを全て話した。

「そんなことが…実は私が辞めたのにも、彼が関わっているんです。」

斎藤さんは辞めることになった理由を話してくれた。津井さんの教育係になった斎藤さんは、仕事を教えつつ彼の態度についても注意したことがあったという。そのことで反感を買い、社長にあることないこと吹き込まれた挙句、自主退職に追い込まれたのだそうだ。

「ひどいですね。」

「まあ、当時は私も落ち込みましたが、あれで良かったと思っています。今はマーケティングの会社に転職しましたし、とてもいい環境で働いています。」

「それは良かったですね。マーケティングか…。」

「あ、そうだ。その試作品を他の会社に持ち込まずに、自社製品として販売してみてはどうですか?俺がマーケティングの専門家としてサポートします。」

俺はその話に一瞬だけ迷ったが、乗ることにした。信頼している斎藤さんの提案ということもあるが、今日で取引中止なので迷っている時間はなかった。早速社員にも協力を仰ぎ、工場の社長を説得した。そうして試作品を自社製品として販売することになった。

マーケティングについては全く知識がなかったが、斎藤さんが何度も工場に足を運んでくれ、俺もそれなりに分かってきた。斎藤さんの会社も協力してくれて、商品のアピールに力を入れることができた。しばらくするとその効果が現れ始め、毎日数件ずつの問い合わせが入るようになる。そして、結果として身を結んだのは数ヶ月後のことだった。ある国内屈指の大手メーカーからの問い合わせを受けたのだ。

そして大手メーカーは工場の生産品質を気に入ってくださり、とうとう契約にまで至った。これまでの貯蓄も銀行からの融資も尽き、倒産も目の前という経営状態からの大逆転である。さらに大手メーカーとの取引が始まったことで、知名度と評判がぐっと上がり、これまでとは比べ物にならないほど他社からの問い合わせも殺到し、工場は大忙しとなった。その年は約二十億の売上を達成し、とても小さな工場のままでは足りなくなり、今後は規模拡大を検討している。

うちの工場の評判を聞いたせいか、最近になって俺宛てに津井さんから連絡が入った。是非会って話がしたいのだという。俺には会いたいという気持ちはなかったが、元は取引をしていた会社を無下に扱う気になれず、指定された料亭へ向かった。そこには津井さんだけでなく、その父親である社長も同席していた。

あの日の津井さんの態度が嘘のように、丁寧に俺を迎える。

「どうもご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。」

津井さんは愛想よく挨拶し、津井社長は手を差し出した。

「初めましてですね。今日は再契約をしたいと思いまして、相談に伺いました。」

「あの、どういうことでしょうか?」

俺は津井さんの方を見た。津井さんは罰が悪そうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに愛想よく笑う。その後、社長が話してくれたところによると、うちの工場との取引中止後、大規模工場と契約したが、品質が想定よりも悪かったらしい。工場と協力して改善を図ったり、代替品を見つけたりもしたが、満足いくものではなく、顧客からクレームが上がってきているらしい。また、それすらも困難で、販売を中止する商品も出ているとのことだ。

「恥ずかしながら、あなたの会社との契約が切れていることを私は最近知りました。クレームが相次いでいることも、そもそもそれが原因なんです。本当に困っております。」

「そう言われましても、契約はそちらが…」

そう言おうとすると、すぐに津井さんが言葉を被せた。

「前に持ってきてもらった試作品だけどね。あの時はタイミングが悪くて契約できなかったんだけど、今なら喜んで契約させてもらうよ。」

何を言っているのだろう。呆れた俺は、思わず恨み言を言葉にしてしまった。

「タイミングが悪く?あの試作品なら『ゴミだ』って言って、ゴミ箱に投げ捨てましたよね。」

社長が目を見開くのが分かった。きっとそのことも聞いていないのだろう。

「それはどういう…」

「いや、違うんだよ。あれは…」

「お前は黙っていろ。」

青い顔をして言い訳をしようとした息子を一喝し、社長は俺をまっすぐに見た。

「何があったか、話してもらえませんか?」

俺はあの時受けた屈辱を全て話し、さらに津井さんの教育係だった斎藤さんが自主退職に追い詰められた話も付け加えた。

「私は社長にも失望していたんです。息子さんにそういう風に教育をしているのだと思っていました。」

「そう思われても当然です。鍛えさせていた私に責任があります。数々の失礼をお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした。」

そう言って社長は頭を下げ、息子の首根っこを押さえて謝罪させた。

「もう済んだことです。ただ、以前のような信頼は、残念ながらもうありません。申し訳ありませんが、再契約はできません。」

「それはそうでしょう。本当に申し訳ない。」

俺がそう言うと、社長は力なく頷き、津井さんは下を向いたまま唇を噛んでいた。俺は一礼し、その場を立ち去った。

その後日、斎藤さんから社長から謝罪の連絡があったことを知らされた。

「青木さんが言ってくださったんですね。すみません。勢い余って、全て胸に溜めていたものを話してしまって。俺も胸のつかえが取れました。おかげで、前のように社長と久しぶりに話すことができました。」

斎藤さんが言うには、社長は息子が社会人としてどれだけやれるかを試すために、あまり口出ししないようにしていたそうだ。だが、それが間違いだったと分かった社長は、息子の素行調査をしたという。そして数々の勝手な行動や不正が発覚し、社長は心底失望したそうだ。息子が会社にふさわしくない人間だと判断した社長は、すぐに退職させ、会社から追い出したのだという。

そして会社はと言うと、俺たちの工場と再契約できなかったことが大きな痛手となり、人気商品を販売中止にせざるを得なくなり、現在も業績は悪化しているという。

「俺も社長には恩義があるから、知り合いの技術の高い工場を当たってみようと思っているよ。」

「そうですか。今はうちの工場も急に忙しくなってきたところなので余裕がありませんが…善処しますよ。社長に話してみます。」

「そうか。ありがとう。」

斎藤さんはキラキラとした笑顔を見せた。本心では、俺に再契約を頼みたいと思っているのだろうと思った。

「青木さんて、お人好しって言われません?」

「そういう青木さんもでしょ。」

二人で笑った。

その後、工場は忙しさを増したものの、敷地を拡大したり、新しい工具や技術者も迎え、作業量が分散されるようになった。これまでどんなことがあってもみんなで前向きに取り組めたのは、どこに出しても恥ずかしくない品質の製品を作っているという自負があったからだと思う。その自信さえあれば、こうして何度でも立ち上がれるのだ。どんなに忙しくなろうと、これからも変わることなく質の高い製品を作っていこうと、俺は心に誓うのだった。

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