私の夫・かず久が事故で亡くなった。その一か月後、義母が言い放った。
「私も最愛の息子をなくして辛いんだから。あきさん、あなたは私に尽くしなさい。ずっと嫁は私の奴隷よ。未亡人になろうが関係ないわ」
私はその言葉を聞いて、ようやく確信した。この人に遠慮する必要はないと。
「お母さん、あなたは終わりですよ。私は全て知っているんですから」
義母は反撃に目を丸くした。
「飲関関係終了届けというものです。これを提出すれば、私は親族から抜けられます。もう二度と、あなたに尽くす必要なんて1ミリもありません」
義母は怒り狂った。「そんなこと簡単にできるわけないでしょ!」
「飲関関係終了届けは、義父母の許可なく提出できます。だから、あなたに無断でも問題ありません」
義母の顔色が変わった。今までの嫁へのいびりが、どれほど酷かったか。私は思い出していた。煮物の切り方が1ミリ大きいとか、味噌汁の味噌が1グラム少ないとか、そんな些細なことで毎日のように責め立てられた。義母は家事もせず、すべて私に押し付けていた。
義父と夫だけが、私を守ってくれていた。でも夫は亡くなり、義父は病気で歩けなくなった。それから義母のいびりはエスカレートした。娘のとみも結婚して家を出て行ったが、義母はやめなかった。
義母は突然笑い出した。「まあいいわ。あきさんが他人になったのなら、遺産を相続できるからね。役立たずの嫁がいなくなろうが、何も問題ないわ。ありがとうね、あきさん。さっさと出ていけ。役立たず」
「お母さん、後悔しないでくださいね」
「バカなの? 後悔なんかするわけないでしょ。もうあなたは用済みよ。二度と顔を見せるな」
私は何も言わず、用意していた荷物を持って家を出た。心の中で義父に伝えた。「お父さん、少しの間待っていてくださいね」
それから13日後。私は娘のリリカと新居に引っ越していた。スマートフォンがひっきりなしに鳴る。義母からだ。五十件以上は超えているだろう。私はわざと出なかった。義母を焦らせるために。
三時間後、ようやく電話に出た。義母の声は怒り以上に焦りで震えていた。
「あきちゃん、今すぐ家に来なさい!」
義実家に戻ると、家の中は荒れ果てていた。洗濯物や食器が散乱し、キッチンには食べかけのものが放置されていた。私はいなければ、片付けもできないのか。
「あの夫から聞いたわ。私に遺産相続の権利がないって。あなた何か知ってるんでしょ?」
「遺産は、私の娘リリカが相続することになりました。お母さんには1円も渡しません」
「それはおかしいでしょ! あきさんが陰族関係終了届けを出して他人になったなら、リリカだって他人じゃない!」
「間違ってますね。私が親族から抜けても、リリカの戸籍は残ったままです。リリカはお父さんとお母さんの孫であることに変わりはありません」
義母は震える手で顔を覆った。「いつの間にそんなことになってたのよ」
「お父さんが信頼できる弁護士さんに遺言状を預けています。もう覆せません。ちなみに、遺言状の偽造は無駄なのでやめてくださいね」
義母は全身を震わせた。「あきさんみたいな役立たずがここまで用意だった理由。それは私の夫をたぶらかしていたからでしょ? 卑怯な女ね」
その時、車椅子に乗った義父が現れた。「あきさん来てくれたんだね。ここからは俺が話すよ。あきさんは俺をたぶらかしたわけでも、リリカちゃんを利用しているわけでもない。今回のことは、俺から提案したことだからね」
「え? あなたから提案したの? 私はあなたの妻よ! 私が遺産相続するのは常識でしょう」
「お前はこそこそと質のないいびりを続けていた。それに俺は知っているんだぞ。お前があきさんから金をせびっていたことを」
義母は慌てた。「せびっていたなんて人聞きの悪い。私は生活費のために、あきさんにお願いしていただけよ。だって保険金もあるじゃない」
「生活費はすべて、あきさんが結婚前から出してくれていたんだぞ」
義父は一冊の本を取り出した。「結論から言おう。あきさんは漫画家だ。しかも、大人気の漫画を手がける売れっ子なんだ。収入は、かずや俺よりもはるかに上だ。あきさんは数久の保険金も一切使っていない」
義母は信じなかったが、私がタブレットでデジタル作画の作品を見せると、気まずそうに目を泳がせた。
「仮にあきさんが漫画家だったとして、どうしてすぐに家を出て行かなかったの?」
「お父さんを、お母さんに任せることができなかったからです。お父さんは歩けなくなり、介護が必要になりましたが、私に迷惑をかけたくないと、自分でできることは自分でしていました。そんなお父さんを置いていくことは、できませんでした」
義父が続けた。「俺はあきさんに自由になってもらいたかった。ただでさえかずを失い辛かっただろうに。そんなあきさんをお前は追い詰めていた。許せるはずがない。だから俺から飲族関係終了届けと遺産相続について提案したんだ」
義母は観念したのか、義父に土下座した。「私が悪かったの。全面的に認めて謝罪します。だから許してください。私にはこの家しか残らないじゃない」
義父は呆れたように言った。「あきさん、そろそろお時間だね。準備をしようじゃないか」
「準備? 何のことよ?」
「お母さん、勘違いしないでくださいね。あなたには、何も残りませんよ」
直後、インターホンが鳴った。業者が家の中に入ってくる。「それでは2階から回収してください」
「回収って、この人たちは誰なの?」
「ああ、業者さんだよ。この家は売却したからね」
義母は絶句した。「ふざけないで! 妻の私に相談もなく家を売ったの?」
「普通は名義人の妻に相談するのが筋だろうね。だが、この家の名義はかずに変更している。あきさんが結婚すると同時にね。そして、かずの今の名義人はあきさんになった。つまり、お前に相談する必要はないんだよ」
私は義母に言い返した。「お母さん、前に言われたこと、そのまま返しますね。あなたに遺産を相続する権利も、この家に住む権利もない。私をこき使うこともできませんので、さっさと出ていってくれますか?」
義母は魂が抜けたような顔をしていた。義父が問いかける。「嫁は家族に尽くすべき。黙って言うことを聞くのが当然なんだよな。じゃあ、お前も黙って言うことを聞いてくれ。これからは自分のことは自分でするんだ」
義母は泣きながら土下座した。「ごめんなさい。本当に反省しているの。家だけでも残してちょだ。このままだとホームレスになっちゃうわ」
「謝る相手が違うんじゃないのか。本当に反省しているのなら、あきさんに謝罪するのが筋だろうが」
義母は私に謝った。「ごめんなさい。私が悪かったの。考え直して欲しいの。帰ってきて欲しいのよ」
「お母さん、私は言いましたよね。後悔しないでくださいよって。その時あなたはこう言いました。後悔なんかしない。さっさと出ていけ、二度と顔を見せるなと。私はお母さんのお望み通りにしているだけです。二度と顔を見せませんから、安心してくださいね」
義母は震えるだけで、何も言えなくなった。
荷物の回収を終えた業者が去ると、義母は不敵に笑った。「私を捨てるのね。勝ったわ。もうあなたたちには頼まない。私には娘のとみがいる。とみは私の味方よ。家族は支え合うものだからね。残念だったわね、あきさん」
私と義父は無言で家を出た。義母がとみを頼ることも想定内だった。
数日後、私は義父がいる施設を訪れていた。義父は施設のスタッフと楽しそうにしている。そんな中、スマホに義母からの着信が入った。
電話に出ると、義母は大声で叫んだ。「あきさん、お願い! 今すぐお金を振り込んで欲しいの!」
「早速お金の無心ですか? もう私には頼らないって言ってたのに」
「どうしてもまとまったお金が必要なの。実は、とみさんのためですよね。旦那さんとトラブルがあって離婚を迫られている。慰謝料請求もされているから、お金が必要だ。違いますか?」
「え? なんであきさんが知っているの?」
「とみさんには、私から接触したんですよ。お母さんは最後にとみさんを頼ると予想していました。だから先回りして手を打とうと思いまして。でも、それを伝える必要はありませんでした。だって、とみさんは最初からお母さんの味方ではなかったからです。とみさんは、旦那さんからの慰謝料は、お母さんに払ってもらうつもりだと言っていましたよ。『私が泣きつけば、何でも言うこと聞いてくれるから』って、笑ってましたね」
義母は沈黙した。唯一の味方だと思っていたとみに裏切られた。義母にとって最悪の真実だっただろう。
「お母さん、お金が必要なら、自分で働いてください。それこそ当然のことじゃないですか? 家族は支え合うもの。一方的に寄りかかるものではありません」
「ごめんなさい。でもね、私だって息子が亡くなって辛かったのよ。分かってくれるでしょ、あきさん」
「いいえ、分かりません。お母さんは、かずが亡くなって一か月しか経っていないのに、息子が亡くなったことよりも、嫁を好き放題にできることの方が重要だった。そう感じていました。だから、許せそうにもありません。今日で本当に最後です」
私は電話を切った。
その後、義母は義父に何度も連絡を試みたが、すべて無視された。義母はこれまでまともに働いたことがなく、私たちに隠れて借金を抱えていたことも発覚した。私にお金をせびっていたのは、とみに渡すためだけでなく、その借金の返済のためだったのだろう。
一方、私はリリカと新居で平穏に暮らしている。仕事も順調で、私の描く漫画はアニメ化も決定した。すぐに義父に伝えると、自分のことのように喜んでくれた。
リリカも私の手伝いをしてくれるようになった。やっぱり家族は支え合うものだ。きっと天国にいるかずも、同じ気持ちだろう。


