「お前みたいな金食い虫はもういらない」…

「お前みたいな金食い虫はもういらない」...

「離婚してくれ」
その言葉を告げた元夫・弘樹の目は、ゴミを見るかのように冷たかった。目の前には腕を組み、勝ち誇ったように立つ姉・累の姿。結婚3年目の記念日を目前にした夜、私はすべてを失った。

仕事を終えて帰宅した私を待っていたのは、凍りついた空気と、改まった表情の弘樹だった。
「話がある」
その声に、嫌な予感がした。しかし、まさか離婚を告げられるとは思わなかった。

「金食い虫はもういらない」
彼は吐き捨てるように言った。私が必死に働いて家計を支えてきたことも、彼の出世を支えてきたことも、全部知っているはずなのに。
「俺はルイさんと結婚することにした。彼女こそ俺を支えてくれる理想の女性なんだ」
頭が真っ白になった。夫と、たった一人の姉が、ずっと裏で繋がっていたなんて。

姉の累は昔から私に競争心を燃やしていた。私は自分の手で夢を掴むことに生きがいを感じるタイプで、姉は「女の幸せは男に尽くして養ってもらうこと」と口癖のように言う人間だった。私がデザイナーとして必死に働く姿を、ずっと見下していた。

離婚後、私が持っていたのは小さなアトリエとわずかな貯金だけ。家具もほとんど置き去りにしたガランとした部屋で、私は何日も泣き続けた。信じていた2人に裏切られた悲しみと絶望。もう何もかもどうでもいいと思った時、あの言葉が蘇ってきた。
——お前みたいな金食い虫はもういらない。

その瞬間、悲しみは燃え上がるような怒りに変わった。
「見ていなさい。私が自分の力でどれだけのことができるか、絶対に見返してやる」
私はその日から仕事に全ての情熱を注いだ。屈辱をバネに、デザインセンスとビジネススキルを磨き抜き、自分のブランドを立ち上げた。寝る間を惜しんでデザインに没頭し、自分の足で工場や取引先を走り回った。

努力が実を結び始めたのは、それから半年後のこと。私のデザインが人気インフルエンサーの目に留まり、SNSで爆発的に話題になった。注文は殺到し、ブランドは急成長。私は若き女性経営者として、テレビや雑誌からも注目される存在になった。

そんな日々の中で、私は新しい出会いを果たした。経営コンサルタントの利太さん。彼は私の過去など気にせず、一人のデザイナーとして、一人の経営者として、心から尊敬してくれた。
「真子さんの才能と、何よりその努力を、僕は心から尊敬しています」
彼の誠実で温かい人柄に惹かれ、私たちは自然と恋に落ち、再婚した。

人生は再び幸せに満ち溢れていた。そんなある日、私たちは都内でも最高級と言われるタワーマンションのモデルルーム見学会を訪れていた。
「すごい眺めだね」
「ええ、素敵ね」
そう話しながら豪華なエントランスを歩いていた時だった。

「え、ま、真子?」
聞き覚えのある、聞きたくもない声。振り返ると、そこに立っていたのは元夫の弘樹と姉の累だった。2人とも以前と変わらないが、どこか品性のないギラギラした雰囲気をまとっている。累は私を頭のてっぺんから爪先まで舐め回すように見ると、鼻で笑った。
「あら、真子じゃない。こんな場所に貧乏人が何の用?まさか冷やかし?迷惑だからさっさと帰りなさいよ」
隣で弘樹もこれ見よがしにため息をつく。
「はっ、まだそんな安っぽい服作ってんのか。全然成長しないなあ。お前には一生アパート暮らしがお似合いだろう」
彼らは私が今どうしているのか知らないようだった。離婚のショックで落ちぶれていると信じ込んでいる。笑う2人に向かって、私はこれ以上ないほど意地の悪い顔で胸を張って言った。
「いいこと教えてあげる。私たち、今にマイホームを建てるのよ。あなたなんかが一生かかっても住めないような、豪華な一戸建てをね」

その言葉が、私の長い復讐劇の始まりを告げるファンファーレとなった。

累は人生の勝者であるとでも言いたげな表情で私を見下した。弘樹も満足げに腕を組んでいる。彼らにとって豪華な家を持つことが何よりのステータスなのだろう。そして私が今も貧乏で不幸のどん底にいると信じて疑っていない。哀れな人たち。

私は心の中で静かに呟いた。彼らが見せてもらっているキラキラとしたパンフレット。そこに書かれた間取りと、窓から見えるであろう景色には見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころではない。だってそれは、私がつい先日契約を終えたばかりの、私の最高級タワーマンションなのだから。

私は湧き上がる笑いをぐっとこらえ、まずは2人の茶番に乗ってあげることにした。
「へえ、すごいじゃない。一戸建てか。羨ましいな」
私が素直な態度でそう言うと、2人はますます得意満面になる。
「でしょ?やっぱり女はしっかり稼いでくれる旦那様を捕まえないとね。あなたみたいにいつまでも仕事に夢中になってるようじゃダメなのよ」
「まあ、お前には縁のない話だろうがな。せいぜい俺たちの成功を指を加えて見てることだ」

ふざけるような自慢話だが、そのくだらない優越感が彼らの大事な価値観。そろそろそれをへし折ってあげてもいい頃だろうか。私はゆっくりと口を開いた。
「そうなんだ。でも私はやっぱりマンション派かな」
「はあ?何言ってんの?あんたにマンションが買えるわけないでしょ。妬んでるの?」
「そういうわけじゃなくて、特にここの最上階は景色が最高だって聞いて、すごく気に入っちゃったの」
私の言葉に、弘樹と累は困惑した顔で顔を見合わせた。この貧乏人が何を言っているんだとでも言いたげな表情。その顔が見たくて、私はとどめの一言を告げる。
「ああ、自己紹介が遅れちゃったかな。私、離婚してから自分で会社を立ち上げて、今はその会社の経営をしてるの。それでね、色々頑張った甲斐もあって、ここのマンション買っちゃったんだ」

なるべく穏やかに、そしてはっきりと話す私の顔を見て、2人の顔が固まった。
「だからここの最上階、200億円のペントハウスなんだけど、先日契約してきたところなのよ」
私の言葉が理解できるまで、2人は数秒間、壊れたロボットのように口をパクパクさせていた。やがて最初に我に返ったのは弘樹だった。彼の顔はみるみる真っ赤に染まっていく。
「う、嘘をつくな!お前なんかに会社経営ができるもんか!200億だ?ありえない!寝言は寝て言え!」
累もヒステリックに叫び出す。
「そうよ!あんたが稼げるわけないじゃない!だって、だって弘樹から聞いたわ。あんたはただの金食い虫だって!」

ああ、そうだ。私は金食い虫だった。あなたたちが私に与えた屈辱的な言葉。でもその言葉が今の私を作ったのだ。私が冷静な笑みを浮かべていると、弘樹はさらに怒鳴り散らした。
「そもそも累から全部聞いてるんだ!お前のブランドなんて全然売れてなくて、火の車のはずだろうが!」

なるほど。姉は私の会社の経営状況まで探っていたらしい。もちろんその情報はガセネタだろうが。私が何か言い返そうとしたその時だった。
「お客様、いかがなさいましたか?」
声のする方を見ると、先ほどまで別の客を案内していたモデルルームの担当者らしき男性が慌てた様子で駆け寄ってきた。そして私の顔を見るなり、彼の表情は驚きに変わり、次の瞬間には深々と頭を下げ、極めて丁寧な調子で言った。
「真子オーナー様、本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます。お連れ様もご一緒でしたか?」

——オーナー様。
その言葉を聞いた瞬間、弘樹と累の動きがぴたりと止まった。開いた口が塞がらず、信じられないものを見る目で私と担当者を交互に見ている。私は担当者ににっこりと微笑みかけた。
「ええ、こんにちは。今日は夫と下見に来たんです。それでこちらは、昔の知り合いで偶然お会いしたんですよ」
「昔の知り合い」。その言葉が彼らのプライドをさらに傷つけたのが分かった。

担当者は私の言葉に納得したように頷くと、呆然としている弘樹たちに向かって説明を始めた。
「皆様にご紹介させていただきます。こちらにいらっしゃる真子様は、当タワーマンション最上階の特別室ロイヤルペントハウスを先日ご契約くださいました、心からの光栄を持つオーナー様でございます」

ゲームセットのホイッスルが、脳内に響いた。弘樹と累の顔から血の気が引いていくのが手に取るように分かる。さっきまでの威勢はどこへやら、2人はただパクパクと口を動かすだけで、声も出せないようだった。

形勢が完全に逆転したことを誰よりも早く察知したのは、やはり姉の累だった。彼女は憎しみのこもった目で弘樹を睨みつけると、金切り声をあげた。
「ちょっと弘樹、どういうことなのよ!話が全然違うじゃない!」
「なんだよ、急に」
「俺は出世して金ならいくらでもあるですって!豪華な一戸建ても最高級タワーマンションも買ってやるですって!全部嘘っぱちじゃない!」
彼女は憎しみを込めてさらに続けた。
「あの人は私と付き合いながら、会社の部下にも手を出してたのよ、この浮気者!」
堰を切ったように、累は弘樹の秘密を暴露し始めた。それは私が知らなかった事実も含まれていた。

そして弘樹を罵倒し尽くすと、今度はくるりと私の方に向き直り、信じられない言葉を口にした。
「ねえ、真子」
その声は先ほどまでとは打って変わって、媚びるような甘ったるい声だった。
「あんたも大変だったわよね。こんなクズみたいな男に騙されて。私もね、ずっと弘樹に言い寄られてて困ってたのよ。私だって被害者なのよ。私たち、やっぱり世界でたった2人の姉妹じゃない。これからは助け合っていきましょうね」
そう言って彼女は私の腕に馴れ馴れしく絡みついてくる。鳥肌が立った。この人は、自分が生き残るためならプライドも何もかも捨てられる人間なのだ。
「お願い。このマンションに一緒に住ませて。私、今度こそ心を入れ替えるから。家事は何でもするし、あんたの仕事も手伝うからね。お願い!」

その見苦しい姿に、今度は弘樹が激昂した。
「累!てめえ、どの口が言うんだ?被害者だ?俺を真子と離婚させたのはお前だろうが!お前こそ俺の財産目当てで近づいてきた金食い虫じゃないか!」

ああ、懐かしい言葉。かつて私が浴びせられたあの言葉。今、その言葉はあなたたちが見苦しく罵り合うための道具になっている。2人の醜悪な言い争いを、私は冷たい目で見下ろしていた。

人切りに累を罵倒し終えた弘樹は、最後の望みを託すように私の前に崩れ落ちた。どさっと音を立てて土下座する。
「ま、真子、すまなかった。俺が、俺が全て間違っていた」
彼は私の足元にすがりつくように言った。
「累みたいな小悪女に騙されて、俺はどうかしてたんだ。俺にはやっぱりお前が必要だ。お願いだ、もう一度やり直してくれ。今度こそ世界一幸せにしてみせるから」
必死に復縁を迫るかつての夫。その隣で、まだ私に何かを期待するように上目遣いでこちらを見ている姉。なんて滑稽な光景だろう。

私はすがりついてくる弘樹の手を振り払うでもなく、ただ静かに自分の左手を彼の目の前に差し出した。私の左手の薬指には、利太が送ってくれたダイヤモンドの指輪が上品に輝いていた。
「ごめんなさい。もう私には、あなたなんかよりずっと素敵な生涯を誓ったパートナーがいるの」
私の言葉に、弘樹の顔が絶望に染まる。その時だった。
「真子、どうかしたのかい?」
優しい声と共に、利太が私の肩をそっと抱き寄せてくれた。どうやら言い争いの声を聞きつけて、心配してきてくれたらしい。利太は私を庇うように一歩前に出ると、土下座する弘樹と呆然とする累を冷静な目で見下ろした。
「私の妻に、何かご用でしょうか?」

——妻。
その一言が2人に最後のとどめをさした。弘樹と累は何も言い返せないまま、ただ呆然と私と利太を見上げるだけ。私はもう彼らに何の感情も抱かなかった。怒りも憎しみも、哀れみさえも。ただ、最後にこれだけは伝えておかなければならない。
「あなたたちに言われた“金食い虫”という言葉のおかげで、私はここまで来ることができたわ。私をどん底に突き落としてくれて、ありがとう。ある意味、心から感謝してる」
そう言って私は利太を見つめる。私を庇うように立つ、その広い背中がとても頼もしい。

絶望の縁にいた弘樹は、利太の登場で一瞬怯んだものの、すぐに歪んだ希望を見い出したようだった。
——そうだ。こいつも俺と同じ男だ。女の欠点を吹き込んでやれば、俺の気持ちが分かるはずだ。
弘樹は惨めに土下座したままの姿勢で、利太に向かって必死に語りかけ始めた。
「あ、あんた、そいつに騙されてるんだ!今すぐ別れた方が絶対にあんたのためだ」
「ほう、詳しく聞かせてもらえますか?」
利太は興味深そうにそう返したが、その目は全く笑っていなかった。それに気づかない弘樹は、待ってましたとばかりに、かつて累が自分にしたのと同じように私の悪口を並べ立て始めた。
「いいか、よく聞けよ。こいつはな、仕事のことしか頭にない冷たい女なんだ。家庭を顧みず、夫より自分のキャリアを優先する。男を立てるってことを全く知らないんだよ」
興奮した様子で弘樹は言葉を続ける。
「料理も掃除も中途半端。それなのにプライドだけは一流で、全く可愛げがない。こんな女といたら、あんたも不幸になるだけだぞ」

それは彼が信じてやまない古びた価値観の結晶だった。女は男の背中に従い、家庭を守るべきだという彼の信念。私が捨てられた最大の理由。
しかし、利太の反応は弘樹の予想を180度裏切るものだった。利太は静かに弘樹の話を聞き終えると、ふっと息を吐き、そして穏やかに、しかしはっきりとこう言った。
「なるほど。よくわかりました。あなたが彼女の隣に立つに値しない人間だったという理由が」
弘樹が絶句する。
「あなたが欠点だと言った、仕事に情熱を注ぐ姿。それこそ私が彼女を世界で一番愛しいと思う理由です。誰かの言いなりにならず、道を切り開く強さ。それこそが私が経営者として、男として彼女を尊敬する理由です。そして誰にも媚びない、その凛とした生き様が何よりも美しく、私の誇りなんです」
弘樹が欠点としてあげた全てを、利太は最高の魅力だと断言した。それは弘樹という人間の価値観そのものを底から否定する言葉。利太は冷たい視線で弘樹を見下ろすと、最後の言葉を突きつけた。
「あなたのような器の小さい男には、彼女の本当の価値は永遠に理解できないでしょう。これほど尊敬し合える最高のパートナーを、この僕が手放すはずがない」

弘樹は完全に言葉を失っていた。自分の信じてきた世界がガラガラと音を立てて崩れ落ちるのを感じているのだろう。
その時、これまで状況を静観していた累が動いた。弘樹という船が沈むと見るや、彼女はためらいもなく次の船に乗り換えようとしたのだ。累はわざとらしく髪をかき上げると、うっとりした瞳で利太を見つめ、甘い声を出す。
「利太様ですわよね。なんて素敵な方。私もこんな最低な男にずっと騙されていて、利太様のような本当の紳士とお知り合いになれて、本当に光栄ですわ」
しかし利太の目は氷のように冷たかった。
「ああ、あなたが累さんですか。妻から話は聞いていますよ。いつて妹を言葉巧みに落とし入れ、その夫を奪い取ったそうですね。あなたは人として、恥というものを知らないのですか?」
完璧なまでの拒絶。累の作り上げた笑顔が仮面のように剥がれ落ちる。彼女のプライドは完膚なきまでに粉砕された。累はもはや一言も発することができず、顔を真っ赤にして、逃げるようにその場から走り去っていった。

一人取り残された弘樹は、まだ往生際悪く何かを言おうとしていたが、利太は静かに内線を手に取り、一言だけ告げた。
「警備をお願いします。オーナーフロアで不審者が騒いでいますので」
すぐに屈強な警備員たちが駆けつけ、弘樹の両脇をがっちりと固めた。
「あ、話せ!俺は客だぞ!」
「いいえ、あなたはオーナー様への著しい迷惑行為を行いました。今すぐご退場いただきます」
「待ってくれ、真子!話を聞いてくれ、真子!」
無様に叫びながら、拒む間もなく引きずられていく元夫の姿を、私は静かに見送った。もう2度と会うこともないだろう。そう思っていた。

数日後、私と利太は引っ越しを終えたばかりのペントハウスで、穏やかな時間を過ごしていた。眼下に広がる東京の夜景を見ながら、利太が入れてくれたハーブティーを飲む。あの日々の悪夢が、まるで嘘のようだ。
その時、静寂を破るようにエントランスのインターホンが鳴った。モニターに映っていたのは、派手なスーツに身を包んだ、見るからに胡散臭い男だった。
「私、風水師の坂本と申します。こちらのマンションに不吉な気を感じましたので、是非一度鑑定させていただけませんかな?」
——風水師?かなり怪しい。
もちろん丁重にお断りしようとしたその時だった。
「少し面白そうだから、あげてみないかい?」
利太が私の肩を叩き、いたずらっぽく笑ったのだ。彼の言うことならと、私は坂本と名乗る男をリビングへ通す。坂本は部屋に入るなり、大げさな身振り手振りで叫び始めた。
「おお、これは何という邪気が淀んでおりましょうぞ、奥様!」
彼は大げさに続けた。
「タワーマンションは最悪の住居なのです。まっすぐこの家を手放しなさい」
なるほど、分かりやすいわね。私は呆れながらも、彼の次の言葉を待つ。坂本は私の顔をじっと見つめると、もったいぶったようにこう言った。
「そして奥様、あなた様の運命の相手は、過去に一度強い縁で結ばれた方に違いありませんな。今の縁を立ち切り、過去の縁を結び直せば、大きな幸運が舞い込むことでしょう」

もう、誰がこんな茶番を仕組んだのか考えるまでもなかった。最後のあがきにしては、あまりにも稚拙すぎる。私がため息をついていると、それまで黙って話を聞いていた利太が静かに口を開いた。
「坂本さんでしたか。素晴らしい鑑定、ありがとうございます。ところで、一つお伺いしても?」
「何でしょうかな」
利太は自分のスマートフォンを坂本に見せながら、にっこりと笑った。
「あなた、複数の詐欺事件で指名手配されている、海運詐欺師の坂田ではありませんか?この警察の公開捜査資料にある写真、あなたにそっくりなのですが」
坂本の顔が一瞬で青ざめへと変わった。
「な、な、何のことでございますかな?人違いでは?」
「ほう、そうですか。では、今から来ていただく警察の方に直接ご説明しますか?」
そう言って利太はためらいなく110番に電話をかけた。
「もしもし、警察ですか?現在重要指名手配中の詐欺師が私の自宅におります。すぐ来てください」
坂本は観念したように、その場にへたり込んだ。やがてパトカーのサイレンの音が近づいてきて、あっという間に警察官が部屋になだれ込んでくる。抵抗する間もなく、坂本は取り押さえられた。そして連行されていく間、彼は最後の叫び声をあげた。
「わ、私は頼まれただけなんです!弘樹さんという方にお金を渡されて、言われた通りにやっただけなんです!」

その言葉を、私は静かに聞いていた。哀れな元夫の、最後の情けない末路。こうして私を巡る長くくだらない復讐劇は、本当の終わりを告げたのだ。私の隣には、誰よりも私を理解し愛してくれる最高のパートナーがいる。もう何も怖くない。私は利太の手をぎゅっと握りしめ、眼下に広がる美しい夜景を晴れやかな気持ちで見つめるのだった。

警察に連行された自称風水師の坂本は、あっさりと全てを自白したようだ。元夫である弘樹に雇われ、高額な報酬と引き換えに、復縁を促すよう指示されたと。この一件が引き金となり、弘樹と累の人生はまるで砂の城のようにあっけなく崩れ落ちていく。
警察は詐欺調査の疑いで、弘樹が務める会社へも連絡を入れた。それがきっかけとなり、会社は弘樹の素行に関する内部調査を開始。すると出るは出るわ、彼の悪行の数々。累に貢ぐために会社の経費を不正に流用していたこと。複数の女性社員と不適切な関係を持っていたこと。そしてブランド品や高級レストランでの飲食費で膨れ上がった、多額の消費者金融からの借金。彼が築き上げてきたエリート社員という虚像は、あっという間に剥がれ落ちた。会社は当然の如く弘樹を懲戒解雇。
「俺は会社に貢献してきたんだ!」
そう最後まで喚いていたそうだが、誰も彼に同情する者はいなかったという。まさに自業自得だ。

風の噂で聞いた話では、弘樹はその後、再就職も見つからず都内の安アパートで日雇いのアルバイトをしながら、なんとか食いつないでいるらしい。かつて私を金食い虫と罵った彼自身が、その日暮らしの生活を送っているなんて、皮肉なものだ。
一方、姉の累もまた逃れることのできない罰を受けることになる。弘樹との一連の騒動で、彼女の悪業——実の妹を落とし入れ、その夫を奪い、さらには複数の男性と金銭目当ての関係を持っていたこと——が、共通の知人たちの間に一気に広まったのだ。彼女の唯一の武器であった男をたぶらかす美貌も、悪評の前では何の効果もない。
「あんな汚い女とは関わりたくない」
そう言って、あれだけちやほやしていた男たちは雲の子を散らすように彼女の元から去っていく。居場所も収入もなくなり、経済的に困窮した累は実家に泣きついたそうだが、両親も今回の件で愛想を尽かしていた。
「お前の居場所はもうない」
そう言い放たれてしまったとか。結局彼女もまた、全てを失い孤独になったのだ。

それから数年、私と利太はあのペントハウスで穏やかで幸せな日々を過ごしている。眼下に広がる街の光を見ながら、2人でゆっくりと食事をするのが私たちのお気に入りの時間。
「それにしても見事な逆転劇だったね。君は本当に強い人だ」
「うん。利太さんがいてくれたからよ。1人だったら、きっと心が折れていたわ」
「そんなことはないさ。君は自分の力で立ち上がったんだ。僕はそんな君の強さに惹かれたんだから」
彼はいつでも、私が一番言って欲しい言葉をくれる。彼の前では、無理に強くならなくていい。

私のブランドは利太の的確な経営サポートもあり、今では海外からも注目されるブランドへと成長した。新しいデザインに悩んでいる時には彼が全く違う視点からアドバイスをくれる。彼が大きなプロジェクトで疲れている時には、私が彼の好きな料理をたくさん作ってねぎらう。私たちは互いを深く尊敬し、対等なパートナーとして支え合っている。

あんなにも私を縛りつけた、古臭い価値観。男を立てろ、家庭を守れ、仕事ばかりするな。あの言葉は結局、自分に自信のない男のただの嫉妬と束縛でしかなかった。本当のパートナーシップとは、どちらかが一方的に我慢するのではなく、お互いの夢を応援し共に成長していくこと。利太と出会って、私はそのことを心から実感することができた。あの時の屈辱と絶望がなければ、今の私はなかったかもしれない。そう考えると、あの2人との出会いも私の人生にとっては必要な出来事だったのだろう。もちろん、感謝なんて微塵もしていないが。

本当の幸せとは、誰かに与えられるものでも、見せつけるものでもない。自分の足で立ち、自分の手で掴み取るものなのだと、今ならはっきりと分かる。これからもデザイナーとして、経営者として、そして利太の妻として、私は私らしく前を向いて生きていく。隣で優しく微笑むこの人と共に、これからもずっと歩んでいきたいと、心から思うのだ。

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