「お前みたいな役立たずは会社にはいらない。首だ」
32歳の俺、火山孝志は、人生で何度目かの会社員生活に夢と希望を抱いていた。これまでいくつか会社を経営してきたが、今回は知り合いの聖野さんの会社で、一から学び直したいと思ったのだ。
でも、それはあくまで表向きの話。実は俺はこの会社の株を5割も保有している。だが、そんなことは社員たちには内緒にすると決めていた。特別扱いされるのも嫌だし、ただの平社員として働きたかったのだ。
入社初日、社長の聖野さんは温かく迎えてくれた。尊敬する先輩であり、実力も人柄も折り紙付きの人物だ。この会社なら、きっと素敵な仲間に出会える。そう確信していた。
しかし、その期待は配属された部署で早速打ち砕かれることになる。部長の足立さん。その人は、まさに俺が昔経験したいじめ上司と同類の匂いがした。大きな声で社員を怒鳴り散らし、理不尽な説教を繰り返す。中には泣きながら戻ってくる社員もいた。
「お前、何年目だ?小学生からやり直せ!」
足立さんの怒声が響くたび、俺は過去の嫌な記憶を思い出した。かつて新卒で入った会社で、毎日のように心を折られた日々。あの時は耐えきれずに退職し、独立を決意したのだ。
「俺はターゲットにならないように気をつけよう」
そう思っていたのに、足立さんの標的はすぐに俺に向けられた。
「山、ちょっと来い」
呼び出されたのは、入社して数日後のことだった。足立さんは明らかに怒りをあらわにしていて、目つきが鋭い。
「このボケっとした顔は何だ?見てるとイライラするな。本当に身に覚えがないのか?」
「はい。締め切りも守っていましたし、本当に何もしていないのですが」
正直に答えたのだが、足立さんはますます機嫌を悪くした。何が気に入らないのか、俺にはさっぱり分からない。
「教えてやろう。お前の日頃の態度だ。常に上から目線で、さもこの業界の全てを知ってるかのような話し方をする。新人なら上司に従うべきだろうが」
確かに、多少の経験はある。だが、ただの平社員として入ったのだ。まさか自分が経営者だとは言えないし、少しアドバイスをしたことが気に食わなかったのかもしれない。
「すいません。これからは気をつけます」
謝ったが、足立さんの怒りは収まらず、最後にはこう宣言された。
「お前、このままだと首にするぞ」
──首、ね。
実は俺、この会社の株を5割も持ってるんだけどな。足立さんが首を宣告できる立場じゃないことを、俺は知っている。でも、そんなことを言うわけにもいかない。ストレスが溜まる毎日が続いた。
昼休み、ベンチで一人休んでいると、聖野さんが声をかけてきた。
「山さん、大丈夫か?なんだか疲れてるように見えるけど」
「いえ、皆さんいい人ばかりで、おかげ様で馴染めてます」
そう答えるのが精一杯だった。聖野さんに足立さんのことを言うべきか。でも、証拠もないし、聖野さんの立場を悪くしたくない。俺は一人で抱え込むことを選んだ。
しかし、状況は悪化していくばかりだった。足立さんの直属になり、様子見だと言われた。毎日のように理不尽な理由で怒鳴られ、深夜までの残業が続く。
「お前、自分が首になるかもしれないって危機感はないのか?自覚のないアホだな」
何を言っても無駄だ。足立さんは、最初から俺を辞めさせるつもりでいる。1週間後、ついにその時が来た。
「お前みたいな役立たずは、会社にはいらない。お前は首だ」
「……分かりました」
もはや反論する気力もなかった。俺はそのまま会社を去ることにした。聖野さんには申し訳ないが、足立さんにこれ以上振り回されるのは御免だった。それに、株を持っている以上、次の株主総会には出なければならない。それが終われば、もうこの会社ともお別れだ。
あれから数週間。株主総会の日がやってきた。
会場には多くの株主が集まっている。俺は決められた席に座り、静かに開始を待った。すると、最初に聖野さんが口を開いた。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。会議の前に、少しお話ししたいことがあります」
聖野さんの視線が俺に向かう。
「そちらにいる山孝志さんは、最近までうちの社員でした。実は彼は、うちの株を5割保有している、会社経営者でもある素晴らしい方なんです」
──え?
会場がどよめく。俺が株主だということを、なぜ聖野さんが知っている?確かに、入社する時は伏せるように言ったはずだ。それなのに、なぜ……。
しかし、その衝撃はさらに大きなものへと変わった。足立さんが立ち上がり、真っ青な顔で叫んだのだ。
「なんでここに山がいるんだ!しかも、うちの株を5割持ってるだと?どういうことだ!」
聖野さんは冷静に、足立さんを睨みつける。
「あなたには、人を見る目がなかったようですね」
「待て!俺が何をしたっていうんだ!」
聖野さんは構わず続けた。
「彼は才能があるからこそ、この会社のために働きたいと思ったんです。学ぶためにね。なのに、あなたはそんな彼を、ただの気に入らない社員として潰そうとした。しかも、それは今に始まったことではない」
そう言って、聖野さんは一つの書類を取り出した。そこには、これまで足立さんにいびられて退職に追い込まれた人々のリストが記されていた。五十人以上。俺はその数に驚愕した。
「これらの人たちは、皆あなたを訴えています。最初は相性の問題かと思いました。しかし、ここまでの数では、もう言い訳ができません」
「俺は何もしていない!勝手なことを言うな!」
足立さんは必死に抵抗するが、状況は不利なまま。周りの株主たちも、足立さんの解雇を求める声を上げはじめる。
「足立さん、あなたはクビです。もうこの会社にはいりません」
聖野さんの一言で、足立さんは完全に追い詰められた。
「俺は!この会社に貢献してきたんだ!解雇される理由なんてない!」
──貢献?それは誰のための貢献だったんだろう。足立さんは、ただ自分が偉いと思いたかっただけじゃないか。
その時、俺は初めて、自分の口から言葉を発した。
「私は、希望を持ってこの会社に入社しました。その希望を、あなたに壊されたんです」
「それはお前が使えないからだ!」
聖野さんが口を挟む。
「あなたは50人以上の人間の人生を壊してきた。それがどれほど重いことか、理解していますか?今回は、あなたにあげた最後のチャンスだったんですけどね」
足立さんは何か言いたそうだったが、言葉を失っていた。そして、会場中が彼を見つめる中、聖野さんは静かに言い放った。
「最初から人に親切にしていれば、こんなことにはならなかったと思いますよ。足立さん、残念な人ですね」
足立さんは、逃げるように会場から出ていった。その姿は、かつて俺がこの会社を去った時の自分と重なって見えた。
──こうして、会社には平和が戻った。
後日、聖野さんに謝られ、もう一度戻ってきてほしいと頼まれた。
「ずっとお世話になってきた聖野さんの頼みとあらば、断れない。それに、足立さんがいなければ、本当はこの会社が好きだったんだ」
「戻ってきてくれてありがとう。これからも山さんのことを頼りにしてるからな」
「任せてください。これからもよろしくお願いします」
こうして俺は、再びこの会社で働くことになった。今度は、ただの平社員としてじゃない。一人の株主として、そして、この会社を支える一員として——。



