「私、十八歳で実の両親に『赤の他人だ』と言われて家を追い出されたんです。それから十八年。テレビで成功した姿が放送された翌日、実家の全員が突然押しかけてきて、父が開口一番こう言いました。『おい、喜べ、歩美。感動を解いてやる』って。年商五億の会社を興した私に、金をよこせと言いたいだけなのに。しかも兄に至っては『俺の嫁がお前と縁を切ると言ってくれた』と得意げで。でもね、あなたたちに言っておくわ。『…

「私、十八歳で実の両親に『赤の他人だ』と言われて家を追い出されたんです。それから十八年。テレビで成功した姿が放送された翌日、実家の全員が突然押しかけてきて、父が開口一番こう言いました。『おい、喜べ、歩美。感動を解いてやる』って。年商五億の会社を興した私に、金をよこせと言いたいだけなのに。しかも兄に至っては『俺の嫁がお前と縁を切ると言ってくれた』と得意げで。でもね、あなたたちに言っておくわ。『...

「お前とはもう赤の他人だ。近づくな、うちの敷地をまたぐな」

父の怒鳴り声を背に、私は泣きながら実家を後にした。夫となる予定の吉明さんがそっと肩を支えてくれた。高校を卒業したばかりの、十八歳の時だった。

私は歩美、三十六歳の農家だ。ちょうど今年で実家を出てから十八年になる。今の人生は、実家で過ごした時間よりも長くなった。

私の実家は都会にあり、父は会社員、母は専業主婦だった。年子の兄と四人暮らし。私の両親は、子供に明確な順位をつける人たちだった。兄が全て優先。ご飯のおかずも誕生日プレゼントも、兄の方が豪華なのが当たり前。兄は「俺の方が偉いんだ」といつも私を意地悪した。寂しいと思い、「私にもかまって」と泣いたこともある。でも両親は全く変わらなかったから、私はすっかり諦めてしまった。

人生が変わったのは、高校二年生の夏。兄は受験生で、一流大学を志望していた。でも判定が良くなくて、ずっとピリピリしていた。兄は八つ当たりしてくるし、両親は兄を腫れ物のように扱い、私には家事を押し付けて勉強する時間すら与えなかった。私の成績は兄より良かったから、兄の機嫌を取るために私の成績を下げようとしたのだ。意味が分からない。

そんな時、学校で農村体験の話を聞いた。希望者は二泊三日で田舎の農家に泊まり、野菜の収穫や料理を体験できるという。家庭環境に悩んでいた私は、思い切って参加することにした。

父は「農業なんて会社ができないバカのすることだ」と大反対。母も「泥まみれで臭くて汚い肉体労働をわざわざ体験するなんて頭がおかしい」と笑った。でも私は、自分が貯めたお年玉を使って申し込んだ。両親の言いなりにならなかったのは、これが初めてだった。

結果は大正解。家族の愛に飢えていた私にとって、本当に素晴らしい経験だった。綺麗な空気の中で働くことは新鮮で、そこで私は家族の温かさに触れた。受け入れ先の農家の長男は私の一つ上で、名前を吉明さんといった。兄と同い年だった。最初は年上の男性というだけで緊張したけど、吉明さんは兄とは全然違った。優しくてしっかりとした信念を持っていて、両親とも仲が良く、私にも親切にしてくれた。吉明さんのご両親も本当に優しい人たちで、たった三日間でその農家を去る時には、私は大泣きしてしまった。

おばさんは一緒にもらい泣きして、「またいつでもおいで」と言ってくれた。私は「必ず来ます」と約束した。おじさんもおばさんも携帯はあまり見ないと言っていたから、私はこまめに手紙を書いた。手紙の返事は、いつの間にか長男の吉明さんから来るようになった。まるで交換日記のように続き、私たちは付き合い始めた。キスもしたことのない、純粋な遠距離恋愛だった。

兄が第一志望の国立大学に落ち、三流私立に入った後、私も受験生になった。でも両親は私に「大学に入らず就職しろ」と迫ってきた。理由は「女に学力は必要ないから」だそうだ。本音は、兄よりも頭のいい大学には行かせたくないからだろう。農村体験以来、私には農家になりたいという夢ができていた。農家になるだけなら大学に行かなくてもいい。でも吉明さんは大学生で都会に出てきているし、私も大学で学んで新しい農業を目指そうと思った。目標があったから、両親や兄に邪魔されても毎日一生懸命勉強した。

いざ大学に受かったら、父が激怒した。「お前は女のくせに、兄よりもいい大学に行くつもりなのか」。母も「お前にかけるお金なんてない。お兄ちゃんにお金がかかるんだから。お前は働いてうちにお金を入れなさい」と言った。私は絶望し、両親と絶縁した。

吉明さんが家まで迎えに来て、吉明さんの両親、つまり今の私の義両親が大学費用を援助してくれた。私は大学に通い、そのまま四年後、吉明さんと結婚した。両親や兄とは、大学時代ずっと連絡を取らなかった。でも義両親から「結婚の挨拶はしないと」と言われ、私たちは四年ぶりに実家を訪れた。卒業後すぐはバタバタしていたし、田植えもあったから、挨拶に行けたのは夏に差しかかった頃。義両親も夫も私も、日に焼けて真っ黒な顔をしていた。

私の両親と兄は、あからさまに馬鹿にした態度を取った。母は「失礼ですけど、お年はいくつなんですか? そんな真っ黒になるまで働くなんて、随分貧しいんでしょうね」と言った。私は恥ずかしくて仕方なかった。「やめてよ、お母さん」と小さな声で訴えても、母は聞こえないふりだ。兄はニヤニヤしながら「俺みたいに賢い人間は頭脳労働でお金を稼ぐんだよ。肉体的な仕事しかできないのは低能な証拠だな」と暴言を吐いた。恩のある義両親の笑顔は凍りついていた。

夫が「お言葉ですが、私たちは農業に誇りを持っているんです」ときっぱり宣言した。父は見下したように笑い、私に向かって言った。「言っておくが、お前はこれから先、赤の他人だ。汗水垂らして働かなければいけないような貧乏な農民と結婚するんだ。私たちはもうお前をいないものとして扱うからな。金を無心されても困る。もうお前とは会いたくない」。

十八歳で絶縁された身としては、改めて言われなくても承知していた。それでも義理を通そうとしたのに、私を気遣う義両親と夫の視線が辛かった。帰り道、静かに泣きながら、私は実の家族の存在を忘れようと決意した。

それから十八年。心の傷は癒え、子供も二人生まれ、忙しくも充実した日々を送っていた。両親と兄のことは、ほとんど記憶の彼方に消え去っていた。ある時、従妹から兄が結婚すると教えられた。従妹とは元々仲が良く、私たちの収穫した米を送ったところ喜んでくれて、定期的に購入してくれる。だから今も付き合いがあり、数ヶ月に一度は電話で話す。

「結婚式で久しぶりに会えるね」。従妹に言われたけど、私は両親からも兄からも結婚の話なんて聞いていない。まあ、絶縁しているから知る由もないのが本当のところだ。両親も兄夫婦も、兄の結婚を機に引っ越すらしい。従妹は私と両親が疎遠なのは知っていたけど、結婚総裁には顔を出すと思っているようだ。

従妹との電話の後、私は衝動的に母の携帯へ電話をかけた。すると「この電話は使われておりません」という機械音声が流れた。父にもかけると、同じく機械音声。携帯を変えたんだろうか。兄の番号は知らないからかけられない。震える指先で実家の番号を押すと、繋がった。ドキドキしながら誰かが出るのを待つ。

「もしもし」。電話に出たのは兄だった。

「あ、お兄ちゃん。私、歩美だけど。結婚して引っ越すんだってね」。なんて話そうか迷いながら、とりあえずお祝いを言おうとしたら、兄に遮られた。

「お前が知る必要なんかない。農民のお前なんか他人なんだよ。赤の他人が電話かけてくるな」

兄はそれだけ言うと、電話を切った。慌てもう一度かけたけど、すでに着信拒否されていた。ひどい。いくら私のことが嫌いでも、家族なのに、こんな風に拒絶されるなんて辛かった。

私があまりに落ち込んでいるので、夫が心配して優しく聞いてきた。我慢していた涙がこぼれる。事情を話すと、夫も義両親も、まるで自分のことのように怒ってくれた。

「あなたの家はここよ。歩美さんの家族はここにいるからね」。お母さんにそう言われて、私は涙が止まらなかった。この人が本当のお母さんだったら良かったのに。血の繋がりがある実の母よりも、よっぽど私を大切にしてくれる。

お父さんも「今が幸せなんだからいいじゃないか。傷つくことなんかない。笑った方が勝ちなんだよ」と慰めてくれた。夫も「彼らを反面教師にして、俺たちはそうならないようにしよう」と言ってくれた。子供たちも分からないなりに、ぎゅっと私に抱きついてきた。

「ありがとう、みんな」。実の家族には恵まれなかったけど、今はこんなに幸せなんだと実感し、気持ちが温かくなった。

ところが、また状況が一変したのは、私のビジネスが全国ネットのテレビで放映された時だ。元々それなりの規模の米農家だった義実家。野菜や果樹も手広くやっていたけど、規格外品が大量に出てしまう。大学でフードビジネスを学んだ私は、どうすれば無駄なく野菜を売り切れるかを一生懸命考えた。そのままでは売れない、ちょっと傷がついた果物や野菜をジャムやジュース、お漬物などに加工してネット販売を始めたのだ。地元の農家の後押しもあって、私の起業は大成功。国産の安心安全なものを子供に食べさせたいママたちや、昔懐かしいお漬物を食べたいお年寄りに大受けだった。私と同じように農家に嫁いだ若いお嫁さんや、仕事がなくて困っている若い世代で会社を作り上げ、今や年商五億の企業に成長し、そのサクセスストーリーを密着取材されたのだ。

テレビ放映後、「そんなに稼いでいたのか」と大勢から電話がかかってくる。注文や問い合わせ、取引や取材の申し込み。会社の電話はもちろん、私のスマホも鳴りっぱなしだ。だから知らない番号からでもとりあえず出るようにしていたら、なんと兄からの電話だった。さすが全国ネットのテレビだ。兄も私の成功を知ったのだろう。

挨拶もそこそこに、兄は言ってきた。「俺も事業を起こそうと思うんだ。金を融資してくれ」。

「は? 嫌ですけど」。私は怒りよりも生理的に無理だと感じ、冷たく断って電話を切った。するとまたかかってきた。

「コウベ言わずに金をよせよ。お前みたいに起業できて金を稼げるんだったら、俺なら成功間違いなしだ」。

兄はしつこく迫る。お金を借りたい人の態度じゃないし、その自信はどこから来るんだろう。農民の私は赤の他人だと言ったのは、兄なのに。私は返事をせず、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

「ねえ、家を引っ越したのを教えないって、誰が決めたの?」

「あ? そんなの俺に決まってるだろ。俺の嫁さんもさ、都会的な女だからな。お前の話をしたら、すぐ縁を切ろうと言ってくれたぜ」

そういうことだったのか。私はそれ以上話を聞かず、電話を切って着信拒否した。私が会ったことのない兄の嫁も、どうやら兄や実家の両親と同じような性格らしい。

兄がテレビを見たということは、もしかしたら両親も見たのかもしれない。そう考えた数時間後、また知らない番号だと思ったら、今度は父だった。

「なんでお前が社長なんだ。お前は男の仕事を奪ったのか」

「だって、吉明さんもお父さんも農業法人の仕事をしているから」

実は、大規模な農家は法人化した方が制度上有利なのだ。義父は地域の農業組合の組合長をしているし、吉明さんは義実家の農園を農業法人化して社長をしている。説明して一応納得したのか、今度は「水臭いじゃないか。なんで連絡をよこさないんだ?」と言う。

私は内心呆れてしまった。「感動したのはお父さんでしょ。もう切るね」と電話を切り、着信拒否した。

すると数分もしないうちに、今度は母から電話がかかってきた。

「なんでお兄ちゃんにお金をあげないのよ。年商五億でしょ。私たちに仕送りしなさいよ。実の家族なのよ。今まで育ててあげた恩を忘れたの? 三億、少なくとも半分の二億五千万くらいはよこしなさい」

母は鼻息荒く迫ってくる。

「あのさ、年商五億って言っても会社の総売上なの。経費も従業員の給料も全部そこから払っているんだから、私の給料はほとんど残らないよ」

「ちょっと大げさに行っておくと」

母はすぐに反論してきた。「嘘おっしゃい。そんなわけないでしょ」

私はイライラしてきた。母はしつこくお金を要求してくるけど、恥ずかしくないんだろうか。

「お金があってもなくても、仕送りなんてしないよ。他人なんだから」。そう言って電話を切り、当然着信拒否した。

これで完全に縁が切れたと思ったら甘かった。なんと私のいる義実家へ、両親と兄、それから初めて見る兄の嫁が押しかけてきたのだ。

父は「おい、喜べ、歩美。感動を解いてやる」と言う。そこまでして金が欲しいのか。呆れた。義母は「何なんですか、あなたたちは」と不快感をあらわにする。義父も義母の横で無言で睨んでいた。従業員たちも集まってきて、呆れた顔で両親たちを見つめていた。

兄だって、自分が歓迎されていないことくらい分かっているだろう。「ふん。本当の血の繋がりのある家族は俺たちだ。俺たちだって、稼いだ金をもらう権利はあるはずだ」。兄嫁らしき人が頷いている。

私はカッとなった。「お断りを。血の繋がりがあっても、心の繋がりなんて全然なかったじゃない。私を赤の他人だと捨てたくせに」

実の家族に捨てられた心の傷が蘇り、また涙が出そうになった。そこへ夫が来て、私の隣に立った。

「歩美はもう私たちの家族です。あなたたちから感動を解いてもらわなくても、十分に幸せに暮らしています。お帰りください」

夫がきっぱりと言ってくれた。従業員たちも「そうだそうだ」「何なの、非常識な」と口々に両親たちを非難する。ここには私の味方がたくさんいる。私の居場所はここなんだと思うと、心強くて嬉しかった。

兄が怒り出した。「うるさい、うるさい。田舎の農民の分際で。どうせお前たちは低学歴のゴミどもだろ。黙って俺たち一家に従えよ」

すると夫が、「え? 俺も東大ですけど。歩美だって農業で有名な大学を出てますし」とあっさり学歴を暴露した。

「はあ? 一流大学出身なのになんで農業なんて」と兄が驚いて叫んだ。三流私立卒の兄にとって、大卒という肩書きだけが唯一の自慢だったのに、まさか学歴で負けるとは思っていなかったのだろう。夫は涼しい顔で「農業だって立派な職業です。大学で勉強したこともしっかり生かせますし」と答えた。

私はプッと吹き出してしまった。「お兄ちゃん、吉明さんに全部負けてるね」。笑えたことで、なんだかすっきりした。兄や両親を恐れすぎていたのかもしれない。

「これが最後だから、はっきり言わせてもらうけど、私はもう赤の他人なんだよね」

ここまで言って、言葉を切る。丁寧な口調に変えて、「だから、赤の他人にはお金を貸したりはできませんし、あげるのはもっと無理ですから。どうかお引き取りください。騒いだり暴れたりするようなら、警察を呼びますし、法的な手段で訴えますから」ときっぱり絶縁宣言をした。

義両親と夫は、それとなく私の近くに来て、両親や兄から何かされないように守ってくれた。本当に大事にされているなと感動した。従業員たちも「とっとと出ていけ」「帰れ」と罵声を浴びせていた。両親も兄も兄嫁も、私を睨んできたけど、それ以上は何も言えずに退散するしかなかった。

その後、従妹から聞いた話によると、兄と両親は一攫千金を目指し、私から借りずに借金して起業したものの、傲慢な性格が災いして大失敗したらしい。今や倒産寸前だそうだ。でも、赤の他人だし、もう関わる気はない。

私は仕事はもちろん順調だし、尊敬できる義両親と愛する夫、可愛い子供たちという本当の家族に囲まれている。人生の幸せを噛みしめながら、今日も一日を大切にしよう。

Thumbnail