私の夫、博幸さんはこの地域で名の知れた開業医で、裕福な生活をさせてもらっていた。でも、結婚前は優しかった彼は、月日が経つにつれて高圧的になっていった。仕事の不満をぶつけるように家事に文句をつけ、夕食が気に入らないとゴミ箱に捨てる。掃除のほこり一つで何十分も怒鳴られる日々。そんな生活にストレスが溜まり、私は不眠に悩まされるようになった。
両親に電話で相談しても、彼らは私より博幸さんからの仕送りが途絶えることだけを心配していた。味方だと思っていた両親にも見放され、限界だった私は買い物の途中で過呼吸を起こして動けなくなってしまった。みんなが避けて通り過ぎる中、声をかけてくれたのは翔太さんというスーツ姿の男性だった。1時間近くそばにいて落ち着かせてくれた彼に、後日お礼をするために食事に行くことになった。
翔太さんと会っているうちに、私は自分の本音を話し始めていた。仕事を続けたかったこと、不眠のこと、博幸さんとの生活から抜け出したいこと。彼は何も言わずに聞いてくれて、最後にこう言った。「もっと自分に正直に生きてみてもいいと思いますよ」その言葉で私は心臓を掴まれたような感覚になった。私はずっと自分の気持ちに蓋をしていたのだ。
その夜、私は博幸さんに離婚届を突きつけた。彼は激怒した。「俺の経歴に傷をつけるつもりか」「仕事のないお前がどうやって生活していくのか見物だな」と言いながらも、怒り任せにサインをしてくれた。両親にも離婚を伝えると、「幸さんは医者なんだぞ」「俺たちの生活が成り立たなくなるじゃないか」と金の話ばかり。私は「もう2人は必要ない」と言い残して席を立った。
自由になった私は、自分のための買い物やヘアカットを楽しみ、少しずつ元気を取り戻していた。そんな時、知らない番号からしつこく着信があった。出てみると、博幸さんの再婚相手だという南さんだった。「あなたみたいに愛想を尽かされないように、博幸さんの好きなものを教えてほしい」と言う。私は皮肉を込めて「あの人の好きなものは若い女よ。趣味は嫁を罵倒すること」と教えてやった。
南さんは23歳の女性で、パパ活の延長のような感覚で博幸と結婚したらしい。そして私にこう言ったのだった。「博幸さん、私のために2億円もする豪邸を建ててくれるんです。あなたの時は賃貸でしたよね」建築中の豪邸の写真を見せられて、私は目を疑った。あの博幸さんがそんなことをできるはずがない。でも南さんは私がショックを受けたと勘違いして、得意げに続ける。「こんなおばさんより若くて可愛い私の方が愛されて当然ですよね」
私がぶち切れそうになったその時、翔太さんが口を挟んだ。「南さん、残念ながらその家はあなたたちのものではないですよ。見たところそこは私の土地で、私が建築を依頼しているんです」翔太さんは南さんに封筒を渡した。そこには博幸さんの調査結果が書かれていた。博幸さんは病院を経営破綻させた後、患者に「払えなければあなたは死ぬ」と脅して数百万円を騙し取っていたのだ。異常がないのに癌が悪化していると偽り、手術代として500万円を請求していたケースもあった。
「同じものを警察に提出済みなので、博幸さんは近々手錠をかけられると思いますよ」翔太さんの言葉に、南さんは「そんなはずはない」と叫んで店を出ていった。私たちは顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
数日後、翔太さんに呼ばれてホテルのレストランに行くと、彼は超有名企業の社長だと名乗った。そして「ぜひうちで働いて欲しい」と言ってくれた。商品開発への思いを評価してくれたのだ。さらに、彼は綺麗なネックレスを差し出して言った。「僕と結婚を前提にお付き合いしてもらえませんか?」私は迷わず「もちろん喜んで」と答えた。
その後、翔太さんの言った通り博幸さんは逮捕された。私の両親もなぜか詐欺に巻き込まれて刑務所生活を送ることに。南さんも共犯を疑われ、博幸さんとは離婚。借金まみれの生活を送っているらしい。因があれば報があるというものだ。
私は今、翔太さんの会社の商品開発部で働いている。そこで開発した不眠枕が大ヒットし、全国1位の売上を叩き出した。私と同じように不眠に悩む人を助けたいと開発したものだから、本当に嬉しかった。翔太さんとは今も順調で、彼が建ててくれた家で2人で気ままに暮らしている。あの時、翔太さんの言葉がなければ、私は未だにあの地獄の日々を送っていただろう。でももう大丈夫。自分に正直に生きるって決めたから。



