契約が一方的に破棄された納品当日、俺は工場で立ち尽くしていた。8年かけて開発した特許モーター。エネルギー変換効率95%以上、電力消費を30%も削減できる革新的な技術だ。それを採用メーカーの新部長・安井は「高卒の町工場とは契約破棄だ」と、契約書もまともに読まずに投げ捨てたのだ。
父から受け継いだ小さな工場で、高校卒業後は働きながら職業訓練や通信教育で知識を身につけてきた。モーターが世界の消費電力の4割から5割を占めると知った衝撃が、開発の原動力だった。従来のモーターはエネルギーの2割を熱として無駄にしている。それを改善すれば、膨大な電力が節約できる。試作を重ねること200回以上。失敗の連続だったが、決して諦めなかった。
採用メーカーの前部長・岡部は、俺の技術を心から評価してくれた。「間違いなくあなたの技術が世界を変えますよ」と。定年を前に、最後の大仕事として契約を正式に成立させてくれた。だが、後任の安井は引き継ぎ資料すら読んでいなかった。「従業員8人の町工場が作るモーターにどれだけの信頼性があるんですか?」と鼻で笑い、「学歴は?」と聞いてきた。高卒だと答えると、「考察ね」と見下すように言った。
俺は最後の力を振り絞って技術の素晴らしさを訴えた。「この技術は地球環境にも大きく貢献できるんです」。しかし安井は「私は綺麗事より数字で判断するんです」と一蹴した。その言葉に、俺の中で何かが崩れていくのを感じた。父から受け継いだ工場も、8年の開発も、すべてが学歴と会社の規模だけで否定された。
静かに立ち上がり、安井の目を見据えて言った。「後悔するなよ」。安井は嘲笑を浮かべた。「法的措置?好きにすればいい。どうせ口だけだろ」。俺は冷静に続けた。「正式に成立した契約を正当な理由なく破棄すれば、契約不履行で訴えられます。損害賠償請求も視野に入れています」。安井の表情が一瞬こわばったが、もうこの会社とは一切取引するつもりはなかった。
工場に戻ると、ベテラン従業員の藤沢が声をかけてきた。65歳の職人で、俺の開発を誰よりも近くで見守ってくれていた。「社長が8年もかけて開発した技術を学歴と会社の規模で判断するなんて。必ず認めてくれる相手がいます」。その言葉に、心が少し軽くなった。そうだ。俺はモーター効率化で地球を救うという使命のために開発を続けてきたのだ。
その日の夕方、事務所の電話が鳴った。大手メーカーの技術部門を統括する取締役・田村と名乗る男性からだった。特許公報で俺の技術を知り、興味を持ったという。「モーター効率95%以上という技術に大変興味を持ちました。明日にでも工場を訪問させていただけませんか?」
翌朝、田村が工場を訪れた。落ち着いた雰囲気の初老の男性だった。開発の経緯を説明すると、真剣な表情で耳を傾けてくれる。実験室でモーターを実際に動かすと、田村は目を輝かせた。「この静粛性は脅威的です。効率95. 3%。特許公報の記載通りだ。この技術で我々の電気自動車は、1回の充電で走れる距離が30%も伸びます」と。
田村は契約条件を提示した。「特許の独占使用に関する契約金は業界相場の3倍を提示します。さらに長期パートナーシップ契約、設備投資支援も行います。環境負荷への貢献も契約書に明記します」。俺の胸に熱いものが込み上げてきた。目標を理解し、共に歩もうとする相手が目の前にいる。俺の技術で世界を変える。その道筋がようやく開けたのだ。
契約締結から1週間後、記者会見が開かれた。田村が「次世代電気自動車に革新的モーター技術を採用し、独占契約を締結いたしました」と発表すると、会場からは驚きの声が上がった。翌日には業界専門誌や経済誌が一斉に報じ、工場には問い合わせの電話が次々とかかってきた。海外メディアからも取材依頼が来るほどだった。
数日後、工場に見覚えのある高級車が止まった。乗務取締役の北条と、契約を破棄した安井だった。北条が深く頭を下げる。「中尾さん、この度は弊社の安井が大変失礼な対応をいたしました。心よりお詫び申し上げます」。安井は青ざめた顔で、俺の目を見ることもできずにいた。
北条が説明を始めた。安井が契約を破棄した翌日、開発部門から緊急の報告が上がったという。新型車は俺の特許モーターを前提に開発が進んでおり、代替技術がないと。だが、安井は工場の規模だけで判断し、技術の中身も確認せず契約を破棄してしまったのだ。代替技術を探しても、俺の技術に匹敵するものは見つからなかった。
「中尾さん、どうか契約を結んでいただけませんか?条件は全てお聞きします」。安井も土下座した。「お願いします。全て私が悪かったんです」。俺は静かに2人を見つめ、口を開いた。「安井部長、私があなたの応接室を出る時、何と言ったか覚えていますか?」。安井は震える声で答えた。「後悔するなよ、と」。その通りだ。あなたは今、後悔している。
「お断りします」。俺の言葉に安井が顔を上げる。「中尾さん、そこをなんとか」。しかし決意は揺がなかった。「あなたは岡部全部長が最後の大仕事として成立させた契約を、引き継ぎ資料も読まずに破棄した。私が8年かけて開発した技術を工場が小さいという理由だけで切り捨て、環境への貢献を綺麗事だと笑った。それが技術者として許せません」。
「私の特許モーターは、技術を尊重し地球環境を本気で考える企業にしか提供しません。すでに他社と独占契約を結んでいます」。2人が工場を去った後、俺は心の中で父に語りかけた。俺は工場と技術への誇りを守ったよ。
数ヶ月後、安井は懲戒解雇となり、業界からも追放された。転職活動も実らず、今は日雇いの仕事で生計を立てているらしい。新型電気自動車の発売は延期され、業界採用者の座を競合メーカーに譲ることになった。一方、田村の会社が発表した新型電気自動車は、発売前にも関わらず予想をはるかに上回る予約が殺到しているという。
俺の工場は契約で得た資金により設備を増強し、従業員も倍に増えた。地域の工業高校や職業訓練校から特別講演の依頼も受け、若い世代に技術の大切さを伝える機会が増えている。工場の外では、新しく入った若い従業員たちが作業に励んでいる。町工場からの挑戦は、まだ始まったばかりだ。



