「子供は目に入れても痛くない」と言うけれど、私にとって娘のエリナはまさにその言葉通り、この世で一番大切な存在だ。しかし、夫のかずは違った。
かずは4歳年上のサラリーマンで、紹介で知り合った。見栄っ張りで、何につけても褒められたがる人だった。私の誕生日にバラを50本抱えて現れた時も、嬉しいよりも「どこに飾ろう」という現実的な悩みが先に立っただけなのに、彼はすぐに不機嫌になった。「男がバラを50本も買うのはすごく恥ずかしいんだぞ」と。自分の行为を認めてほしい気持ちが強すぎて、周りが見えなくなるタイプだった。
新婚の頃はベタベタで、後ろからハグされたり、出勤の度に特大のキスをされたり、正直「バカップル」そのものだった。それでも幸せだった。結婚1年目でエリナを授かり、私はもちろん、私の両親も大喜びした。私の実家の地域では女の子の七五三を盛大にやる風習があり、女の子と分かった時は大騒ぎだった。
しかし、かずの両親は違った。かずの姉が1ヶ月前に女の子を産んでいたので、そちらが優先だった。エリナの顔を見に来たのは、私が退院してから1ヶ月も経ってからだった。
それから、状況は悪化していった。
かずはエリナに嫉妬し始めた。「なんで俺よりエリナを優先するんだよ」と不満を漏らすようになったのだ。こっちは夜中に何度も起きて授乳してボロボロだというのに、「弁当を作ってくれない」「夕食が手抜きになった」、さらには「お前が俺の隣で寝てくれない」とまで言い出した。
「エリナの夜泣きがうるさくて寝れない」と不満たらたらだったのはあなたの方でしょう。私はかずに「自分の世話は自分でしてほしい」とお願いした。するとかずは、私の実家ではなく、自分の実家に足しげく通うようになった。
そこには、かずが妄愛する姉がいた。容姿端麗で、一流商社で秘書をしていたという義姉は、夫も一流企業勤めで、都会のタワマンに住むセレブ一家だった。義姉の娘メイが熱を出したのを機に、一時的に実家に帰っていたのだ。
かずは「タワマンだぜ」「姉ちゃんの娘はインターナショナルスクール通ってるんだぜ」とシスコン全開で自慢していた。そして最近では、メイをベタ褒めし、我が子をけなすようになった。
「メイはまだ3歳なのにもう英語が話せるんだぜ。発音だってネイティブなのに、うちのエリナは日本語だっておぼつかないんだからな」「エリナはなんであんなブスなんだろうな」
よく自分の子をそこまで侮辱できるものだ。エリナはまだ3歳なのに、父親が自分を良く思っていないことを敏感に感じ取り、かずの近くに寄らなくなった。すると、かずはますますエリナに冷たく当たった。
我慢の限界だった。私はかずに怒鳴った。「メイちゃんはお姉さんに、お姉さんはお父さんに、エリナはあなたに、あなたはお母さんに。エリナが可愛くないと言うなら、自分とお母さんの顔を恨みなさいよね」
かずは反省するどころか、実家にほとんど入り浸りになった。私はかずがいなくなって、エリナの明るさが戻ってきたのを見て、むしろホッとしていた。偶然かもしれないが、かずがいなくなってから、エリナは急に言葉がはっきりしてきた。「ママ、大好き」と言い、「パパ、嫌い。エリナのこと嫌いでしょ」とまで言うようになった。
離婚も考えるようになった矢先、七五三の話で決定的な事件が起きた。
私の母が、エリナの3歳のお祝いにと素敵な着物を送ってくれた。エリナは「お姫様みたい!」と大喜びで、何度も私に聞いてきた。私も「本当にお姫様だわ」と目を細めた。参拝の日取りも決め、記念撮影の予約も入れて、ほっとしていた時、かずから電話が来た。
「おい、七五三やるのか?」
「もちろん。母が着物を送ってきてくれたし、神社と写真館の予約もしてあるから」
「なんで? メイが急に着物が着たいって言い出してさ」
かずの話によると、義姉はメイの七五三をドレスで迎えたいというので豪華なドレスを買ったらしい。ところが、メイがテレビで着物を見て、急に着物が着たいと騒ぎ出したのだ。義姉は「ドレスを着たいと言ったのだから、今回はドレスにしなさい」と言い聞かせているらしいが、それを聞いたかずが義姉にいいところを見せようとしたらしい。
「エリナの参拝日はいつだ?」
「来月の土曜に入れたわよ」
「ちょうどいい。メイの参拝がその前の週だから、エリナの着物を貸せよ」
はあ? 私はあ然とした。母がくれた着物を、うちの子より先にメイに着させるだと? そもそも、母が送ってくれた着物は人に貸せるものじゃない。高価なものだし、何より私の両親の思い入れのあるものだ。血の繋がりがない子に貸すことなどできるわけがない。
「かわいそうだろう。あんなに着たがってるのに」
「最初はドレスがいいって言ったんでしょ? 3歳の子だぞ。気持ちが変わることなんていくらでもある」
「お姉さんはメイちゃんに生きかせてるんでしょ? なんであなたが余計なことするのよ」
私は「エリナ以外の子供に着させるつもりはない」とはっきり言った。「着物は一度着たらクリーニングが必要で、ちゃんとしたところに頼んだら2週間以上かかる」とも言った。
「適当なところでいいじゃないか」
「冗談じゃないわ。着物のこと何も知らないくせに勝手なこと言わないで」
私は電話を切った。
すると翌日、今度は義母から電話が来た。「どうしても貸してもらえないのかしら」と。私は断ったが、義母は「高が七五三の着物じゃないの」と言った。その言葉にカチンと来た私は、「高がとおっしゃるなら、お母さんがかずに買ってあげればいいんじゃないですか。安いものなら1万円前後のものだってありますよ」と言い返してやった。
「まあ、なんてこと言うの? あんなに可愛い孫にそんな安物は着せられないわ。あなたのご実家から送られたものなら、それなりのお値段でしょ。そういうもの着させてやりたいのよ」
「とにかくお断りします」と、私は乱暴に回線を切断した。
しかし、これだけ言ってもかずも義母も懲りなかった。
メイが参拝するという日の前日。2人で私の元に押しかけてきて、リビングに置いてあった着物を持っていこうとしたのだ。
「やめてください、この泥棒!」
私が思わず叫ぶと、その瞬間、かずに殴られた。
「泥棒だと? お前の親が買ったものなら、俺のものも同じだ」
「違うわよ!」
痛みをこらえ、着物を抱きしめ、必死に抵抗したが、力では敵わず、かずに引っ張られた。義母は「早くかずに謝っちゃいなさいな。着物が破れて七五三できなくなっちゃうわよ」とニヤニヤしながら言う。
私は耐えきれず叫んだ。
「お父さん、助けて!」
その声と同時に、奥の部屋から私の父が出てきた。その後ろには、私の声に驚いたんだろう、涙目のエリナが母に抱かれている。数日前、母にこれまでのことを電話で話すと、義姉が参拝を予約した日に近く、かずたちが押しかけてくるだろうと踏んで、父と一緒に泊まりに来てくれていたのだ。
「かず君、随分なことをしてくれるじゃないか」
父がかずを睨みながらそう言うと、かずは真っ青になりながら「いえ、父さん。俺はちょっと貸してくれと言っただけで」と必死に言い訳をする。
「言っておくがな。その着物は、うちの母方の家系に代々伝わるものだ。巧妙な着物作家が何年もかけて作ったもので、祖母の時代から七五三の時に着てきたものだ。今なら1000万以上の価値があるだろう。それを君は随分乱暴に扱ってくれたじゃないか」
そう父が言うと、かずも義母も縮み上がった。
「まさか、そんな高価なものだとは思わず……」
そんな2人を見ながら、父は続けた。
「しかも今、君は娘を殴ったな。かず君のお母さん。あなたは彼を焚きつけ、娘を殴らせたな。着物の破損の上に暴力侮辱。今すぐ警察を呼んでやろうか」
かずと義母はわなわな震えながら、その場で土下座して謝った。
「もう、もう2度とこんなことはしません。どうぞお許しください」
その時、母に抱かれたエリナが叫んだ。
「パパ、嫌い。あっち行け。パパ、いらない」
3歳の子供にそこまでズバッと言われ、今度はかずが涙目になった。しかし、私は容赦なく彼に離婚届を差し出した。
「私も、もうあなたはいりません」
その後、かずは必死に謝ってきたが、私は弁護士を通して離婚と慰謝料、養育費の請求をした。さらに、あの着物は専門の方に見ていただいたところ、生地が歪んでしまっているため、糸を全部ほどいて洗い張りが必要と言われ、その費用も請求した。今ではまた美しい着物に戻り、業者の方に保管していただいている。
離婚が成立してすぐ、元義姉から謝罪の電話が来た。彼女は元夫と元義母がやらかしたことを全く知らなかったようで、「2人が勝手に暴走してしまって、本当に申し訳ない」と謝ってくれた。彼女も、自分の実家と絶縁したそうだ。
私は今、エリナと2人、実家に戻り、平和に暮らしている。実家にあるたくさんの着物を見て目を輝かせているエリナは、誰が何と言おうと、世界一可愛い女の子だ。


